私の最高の読書環境

以下の記事を読みました。

読書環境について #WRM感想(知財渉外にて)

つらつら考えていたのだけど、私が至福に感じる読書環境としては、

1) 大きな書店に併設されたカフェで
2) 美味しいコーヒーを飲みながら
3) 帰る時間をまったく気にせずに読書に没頭できる

というところだろうか。

幸福感が行間からポタポタとしみ出してきそうな時間です。良いですね。

さて、上の記事でも紹介されていますが、WRMの今週のQ(キュー)は以下でした。

「Q.考えうる限りで最高の読書環境について教えてください」

この質問を考えたとき、私の脳裏に浮かんだのが「東京→京都間の新幹線の中」です。

なぜ、これが「最高の読書環境」なのでしょうか。少し書いてみます。

本に入り込む時間

そもそもとして「最高の読書環境」とは何を指すのでしょうか。だいたいにしてWRMのQは、その辺りが大ざっぱです。ようするに、自分で定義して、自分で答えてね、というスタンスの問いが多いのです。

で、私なりにそれを定義すると「最高に読書に没頭できる環境」となりました。

それと共に、東京→京都の新幹線内が思い浮かんできたわけです。

最初のポイントは、京都→東京ではなく、東京→京都、という順番です。

私が東京に行くときは、たいてい何かの仕事を抱えています。ですから、新幹線での移動中はスライド作りであったり、資料の整理であったり、と何かしらの作業を行っていることが大半なのです。つまり、そもそもとして本を読む時間はあまりありません。

しかし、東京からの帰りは違います。何しろ大きな仕事は終わっているのです。なんなら、缶ビールの一本でもプシュッとやっても罪悪感は何一つ騒ぎ声を上げません。そういうリラックスした時間が、東京→京都の新幹線内には流れている、というのがポイントの一つ目。

限定と開放

新幹線の中は、案外できることが少ないものです。トンネルがポツポツあるので、電波も盤石というほどではありません。だから、なんとなくTwitterとかもチェックしません。そう、気が散る要素が少ないのです。

昔に比べると、すぼりと没頭して本を読むことが少なくなりました。ついつい、Twitterにアクセスしてしまうのです。主には、本を読んで感じたこと・考えたことをつぶやくためですが、タイムラインをチェックしてブログ記事を読んだりすることもないではありません。「電波があまりない」という環境では、まあ、しゃーないなという感じで本に没頭できます。潜り込めます。

そうした没頭した環境でありながらも、ふと顔を上げれば風景が目に入ってきます。しかも、移動する風景です。しばらくぼーっと外を眺めて、考えごとにふけるのも心地よいものです。新幹線からの風景は、だいたい緑に包まれているので、きっと目の疲労回復にも役立つでしょう。読書が縦の目の動きなのに対して、風景は横に動いている、というのもポイントかもしれません。

限定された環境と開かれた風景。

この組み合わせがなかなかイケています。

制限時間

さらに、新幹線にはあるものがあります。これがさらに本に対する集中度を高めます。

それは何かというと「到着時刻」です。つまりリミットタイムがあるのです。

この効果については、改めて書くまでもないでしょう。

移動

最後のポイントは、うまくいえませんが「移動」という要素に関わっています。

これは新幹線に限らず、電車やバスで本を読んでいても同じです。

一般的に読書という行為は、本の中の世界に入っていきます。フィクションであろうがノンフィクションであろうが、著者が構築した世界に入り込んでいくのが読書です。

で、読み終えると、読者は現実の世界に帰ってきます。

私たちは、一歩も動かずに旅に出て、そして一歩も動かずにそこに帰ってきます。それが、読書というものがもたらす体験です。

でも、新幹線で本を読むと、本を読み出した時の物理的な場所と、読み終えた時の物理的な場所が変わっています。それも、新幹線であれば、結構変わっています。方言やエスカレーターの左右が変わる程度には、変化しているのです。

読書による心の旅と、新幹線による物理的な体の旅。

この奇妙な組み合わせが、私には面白く感じられます。

さいごに

もちろん、他にも至福の読書時間というものはあります。ただ、「最高に没頭できる時間」というものを思い描いてみると、帰りの新幹線の中、という答えに至りました。

一見逆のようですが、私の場合「制限時間」がある方が没頭できるのです。もちろん、そうではないという人もいるでしょう。この辺りは個人差というか、性格的なものが関係してきそうです。あと、非日常的な空間にいる、というのもポイントな気がします。

さて、みなさんの読書環境はいかがでしょうか。

▼WRM:

Weeky R-style Magazine
Weekly R-style Magazine ~プロトタイプ・シンキング~(まぐまぐ)

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Evernoteのプレゼンモードで、アイデアノートを閲覧しつつ追記(したい)

以下の記事を読みました。

準備のいらないプレゼンで社内コミュニケーションの活性化(Evernote日本語版ブログ)

Evernoteのプレゼンテーションモードの紹介です。

私は「社内でミニプレゼンする」みたいな機会はほぼありませんので、そういう用途では活躍していませんが、ノートの表示スタイルが変わる点は結構気に入っています。

以前、こんな記事を書きました。

Evernoteのアイデアカードを「くる」方法(シゴタノ!)

画面端をクリックするか、左右の矢印キーでノートの移動が可能です。どんどん右を押していけば、カードを「くる」ような感覚が味わえます。

これはこれでよいのですが、問題はそのままの状態でノートの書き込みができないこと。何か追記すべきアイデアを思いついたときは、プレゼンモードを一度終了させる必要がでてきます。

プレゼンモードで表示させながら、同時にノートに書き込みができないことに問題点を感じていたわけです。

でも、日本語版ブログを読むと、サブディスプレイを使えば、この問題が改善できることに思い至りました。

やってみる

まず、ノートを複数選択。

screenshot

プレゼンモードにして、右上の「ディスプレイ画面を変更」をクリック。すると、Evernoteのクライアントは通常通り表示されたまま、サブディスプレイにプレゼンモードが表示されます。

20140916194006

で、この状態で表示されているノートと、同じノートをクライアント上で編集すると、見事にプレゼンモードの表示にもそれが反映されます。

※追記前
20140916194039

※追記後
20140916194130

そうすると、Evernoteのノートをまるでカードをくるように表示させていきながら、何か追記できそうなことがあれば、そのままスルスルと入力してしまえる、という環境が作れるわけです。

と、素晴らしい発見に至ったような気がしたのですが、もう一歩足りないところがありました。プレゼンモードで「次のノート」に移動したとしても、クライアントのノート表示は変わっていないのです。よって、プレゼンモードでノートを移動→クライアントでもノートを移動、と非常にアナログちっくな動作を行わなければいけません。

若干面倒です。

さいごに

が、その面倒さは横に置いておくとして、「プレゼンモードで表示させながら、かつ追記ができる」という体験は、実に素晴らしいものでした。なんとなく、未来はそこにありそうな気すらします。

もう一度書いておきますが、カードをくるようにノートをパラパラとめくっていき、かつそこに追記(を含む編集)ができること。こういうことができると、もっとEvernoteのアイデアノートを活かせるような感触が強くあります。

今のところは、以上です。

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Gingkoでプロフィールページを作ってみるテスト

シゴタノ!の方では何度か取り上げた「Gingko」。

新しいワードプロセッシング体験「Gingko」
Gingkoのテンプレート紹介と面白そうな使い方

あたらしいワードプロセッシング・ツールとしても興味深いものがありますが、あたらしい情報の見せ方としても可能性を秘めているかもしれません。

Gingkoでは、テキストだけでなく、画像などの表示も可能です。

そこで私は考えました。これって、プロフィールページに使えるのでは、と。

こんな感じ

さすがに百聞は一見にしかずです。画像をご覧ください。

※略歴
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※著作リスト
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※ブログ一覧
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※その他の活動
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※商業出版リスト
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※セルフパブリッシングリスト
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※寄稿リスト
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※ツイートの埋め込みからの〜〜〜
screenshot

※EPUBサンプルファイルの表示
screenshot

ついでに、動画も作成しておきました。

上記の画面だと、EPUBのサンプルファイルが表示されていますが、ページを公開して閲覧してみると、うまくいきません。私の指定が悪いのか、何かの不具合なのか、プレミアム版にせよ、ということなのかは不明です。

まあ、サンプルはテキストで普通に突っ込んでおけばよいので、そこはスルーでOKでしょう。うまくEPUBファイルを(Twitter経由で)埋め込めれば、さらに面白そうではあります。

さいごに

いちいちリンクでページを飛ぶ必要がありませんので、見る方は楽でしょう。スルスルとスクロールで進んでいけます。

こういうのは、これまであまりなかったのではないでしょうか。ただ背景エトセトラは誰が作っても同じになりますので、そこで個性を出すことは難しいかもしれません。そういう用途なら、Tumblrとかの方が手っ取り早いですね。

いまのところ「オススメ!」という感じにはほど遠いですが、こういうもあたらしい試みとして面白いのではないかと紹介してみました。

実際は、こんな感じになります。
※あくまで試運バージョンです。

https://gingkoapp.com/rashitaprofile

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強さと弱さと真ん中と

以下の記事を読みました。

やめがたいことをやめないと、時間は作れない(シゴタノ!)

もっとも効果的で簡単な対策は「近寄らない」ことなのです。その代わりに「気分はコントロールできない」ことを受け入れるしかありません。

たしかに、その通りです。

でも、その「受け入れ」は広い対象に関して難しい行為でもあります。

たとえば、あなたがダイエットをしているとしましょう。そのとき、脂肪分の多い食べ物を冷蔵庫に入れておくのは危険です。ついつい食べてしまうかもしれませんからね。だから、はなから冷蔵庫に入れておかないのが一番賢明なことは言うまでもありません。

でも、その施策を実施するためには、「自分は美味しそうな食べ物を目の前にしたら、自制が効かなくなる」という事実を認めなければいけません。つらい事実です。

自分というものが、「自分」のコントロール下に置かれていないなんて、実に不安ではありませんか。でも、たいていそれは真実です。

精神的にタフであるか、あるいは科学者のように自分自身ですら観察対象にしてしまえるような人なら話は別でしょうが、そうでなければ、そんな事実は認めたくないものでしょう。

とある思想家は「強さとは、弱さを認めること」と説きましたが、ある意味ではその通りです。

糸口はどこにある?

よくメモ魔と呼ばれる人がいますが、その人たちはメモすることにどん欲なのではなく、単に記憶力に自信がないのです。実際その人の記憶力が、他の人と比べて低いかどうかが問題なのではありません。自分は忘れっぽい、という自覚の有無が問題なのです。

自分の弱さをストレートに受け入れられれば、必要な行動を取る準備が整います。

でも、たぶん、それって言うほど簡単なことではないのでしょう。

「弱さ」の自覚に役立つのはログ(記録)ですが、そもそもログを残そうという施策のスタート地点が、弱さの自覚だったりするわけで、高速回転を続けている縄跳びのように入り込む余地が見つからなかったりします。

知りたくなかったこと


小説なんかでも、とりあえず必要なのは作品を完成させてみることだ、とよく言われます。実にその通りです。どれほど稚拙であれ、書き上げてしまえば、そこからブラッシュアップを進めていけます。脳内にあるぼんやりとした作品(的なもの)は、一生改善されることはありません。

でも、そのためには、「自分は稚拙な作品を書く」という事実を引き受ける必要があります。脳内だけであれば、どんな人気作家よりも面白い作品を書ける自信を維持できます。しかし、一度でも稚拙な作品を書いてしまえば、その自信がボロボロに打ち砕かれる経験を通り抜けなければいけません。

はじめから自信などまったく持たなければよいのでしょうか。でも、「自分は面白い作品が書ける(に違いない)」と思わない人が、執筆に着手するでしょうか。

やっぱり、簡単なことには思えません。

弱さを認めることは、きっと痛みを引き受けることとイコールです。そして、「それでも僕は、」と次の一歩を歩み出すことは、真ん中を歩くことに繋がっていくのでしょう。無謀でも臆病でもなく、その真ん中を。

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9/8 〜 9/13 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. Scrivenerの「Separators」と「Formatting」で「でんでんコンバーター」に改ページを入れる
  2. Ingressにみる、「遊び」の4要素
  3. 強さについて B-side
  4. さようなら、iPod Classic
  5. アウトライナーと思考について
  6. 糖分と脂肪分の組み合わせ

お気づきの人もいらっしゃるかと思いますが、今週は毎日ぴったり7時に更新されていました。前日に書いて予約投稿していたのです。

いつもは朝〜お昼にその日の記事を書くんですが、そこに執筆タスクを突っ込んだので、ブログ・タイムがずれて夕方以降になりました。なかなかこういうのも良いですね。もうしばらく続くかも。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

9月8日

だから、小さい変化から取りかかることです。やがて創発現象的に大きくなっていく、ということもありますので。

9月9日

不便ってわかりやすいんですが、不便さのメリットってあんまり気がつかないんですよ。それと似たようなことって、よくあります。

9月10日

あるいは縮尺をかえるか、ですね。

9月11日

よくよく考えてみると、長いものにまかるとデメリットが結構多い気がします。

9月12日

世界の大きさを知るからですね。

9月13日

多様性が無くなってきたら、もうお終いです。環境の変化に対応できなくなる、ということですから。

問題は、多様性をどのように計るのか、という点ですね。

今週のその他エントリー

Я-style


でんでんコンバーター用に画像ファイルの名前をタグ変換して取得するAppleScript

はじめて無料キャンペーンやってみました

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○ブログを10年続けて、僕が考えたこと vol.14「どんなブログにも哲学がある」
○BNS #18
○僕らの生存戦略 vol.59 「進捗記録:09」
○今週の一冊 『戦略の教室』(鈴木博毅)
○知的生産エッセイ 「メディア特性と文体」
○Q&A 無料キャンペーンってどうですか?

→メルマガの過去分エッセイは「Facebookページ」にて読めます。

頂いた感想など:

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糖分と脂肪分の組み合わせ

人間の脳って、糖分と脂肪分の組み合わせに弱いという話を聞きました。

その二つを一緒に摂取すると、コンボボーナスが付くみたいです。つまり、糖分で10満足、脂肪分で10満足だとすると、両方一緒に摂取すると、60ぐらいの満足感が得られる、という感じでしょうか(比率は適当)。

たっぷりバターにシロップがしたたり落ちるホットケーキが、魅力的なのはそのせいなのでしょう。

少なくとも、そうした満足感そのものは意思の力で減らせるものではありません。光が目に入ったらまぶしいのと同じで、満足感を感じてしまうものは止められないでしょう(100%無理かどうかはわかりませんが)。だから、食べることそのものを避けるしかないわけですね。体重を気にするならば。

さて、世の中には「甘いささやき」というものがあります。デーモンズ・ウィスパー。あなたの耳にささやきかける悪魔の声です。で、もしかしたら「甘い」という言葉が使われているのですから、脳内的に甘い物を摂取したのと同じような反応が出てくるのかもしれません。

乱暴な仮説だということは十分理解しています。でも、それをさらに推し進めると、一つの気付きがあります。

「楽して儲けられます」

なるほど。糖分と脂肪分の組み合わせなわけですね。そりゃ、効果的な謳い文句になるわけです。

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アウトライナーと思考について

以下の記事を読みました。

アンドロイドはアウトライナーの夢をみるか?[Sall Talk](るうマニアSIDE-B)

私たちの「思考」とアウトライナーの関係性について考察されています。

面白そうなので、私も考えてみましょう。

脳内に生まれるもの

なので,その考えにいろいろ理屈づけようとしたときに,「生活すべて」とまではいかなくても.少なくとも「思考システム」はアウトライナーと相補作用があるのかも,と思った.そしてそれは,アウトライナーのもつ「方向性」と「単一性」のためなのかもしれない.

まず、「生活すべて」ではなく、「思考システム」に限定してあるのがポイントでしょう。この視点は大切です。思考というのは、人の意識の大部分を占めるように感じますが、実際は違います。全体からすれば、ほんの一部分でしかない、といっても言いすぎではないでしょう。

たとえば、思考と感情は違います。これはもう明確に違います。で、感情をアウトライナーで扱えるか。

これはノーです。むしろ、感情を表現することすら難しいかもしれません。できるのは感情を言葉に落とし込んだものを、アウトラインの項目として入力することぐらいです。感情そのものと、感情を言葉に落とし込んだものは、正確にはイコールではありません。それは想像や共感という橋によって、ようやく結びつくものです。その橋が不良品なら、途中で落ちてしまうでしょう。

私たちは、誰かが好きであると同時に、その人が嫌いという感情をわりと頻繁に持ちます。でもそれを、

私はあの人が好きである。私はあの人が嫌いである。

と書いても、あまり意味はありません。

私はあの人が好きであると共に、嫌いである。

書いても同じです。言語的表現をするならば、「私はあの人が好きである」と「私はあの人が嫌いである」という文字を重ねて表示し、さらにそれぞれのフォントサイズを感情の強さによって変更する必要があるでしょう。言葉の限界を、なんらかの補助を使って乗り越えるしかないのです。もちろん、アウトライナーでそんなことはできませんし、できる必要もありません。

これは感情が不完全で不十分だ、ということではありません。言葉が持つ限界性がそこにあるだけの話です。

脱線が過ぎました。

ともかく「思考システム」(あるいは「思考プロセス」)に限定して、話を進めていきましょう。

意識と時間

なぜなら,人(と思想)というファクターが入り込んだ瞬間に,「時間軸」という要素が切っても切れなくなるから.思考の変遷は,ちょうどTwitterのタイムラインと同じように,常に一定方向に流れていくものなのだ.望む望まざるに拘わらず.

ここで「時間とは何か」という問いが立ち上がってきます。もちろん、物理量として何かしらの定義を与えることはできるのでしょうが、ここに出てくる時間はそれではありません。

ここで言う「時間」とは、意識が流れていく方向のことです。

つまり「時間の流れ」という絶対的なものがあり、私たちがそれを認識しているのではなく、私たちの認知の仕組みに沿って、「時間」なるものが知覚されている、ということです。

だから、私たちの意識と時間は切っても切れません。というか、それは同じものを反対から見ているだけなのです。

その視点に立てば、時間軸と同じコンセプトを持つものは、意識と親和性があることになります。だから、意識が扱いやすいわけです。

マインドマップとアウトライナー

これは,似て非なるものであるマインドマップとの対比を考えると自分にはしっくりいく.同じように自由にみえるアウトライナーとマインドマップの決定的な違いは,アウトライナーには,「いつでも一定の流れがある」ということだと思う.

アウトライナーは、「上から下」という流れが確保されています。アフォーダンスがある、と言ってもよいでしょう。

しかし、マインドマップでは、それが弱まります。一般的には時計回りに要素を見ていくことになるでしょうが、それは強い縛りではありません。アフォーダンスにはなっていません。むしろ、それぞれのノードが目に入るのは「流れ」というよりも「俯瞰」の方が近いでしょう。これはマンダラートでも同じことが言えます。階層という流れはあるものの、一つの階層に含まれる要素は「流れ」よりも「俯瞰」に近いものです。

しかし、このことがマインドマップの特徴をも生んでいます。

私たちの思考には流れがあります。マインドマップに書き込んでいくときも、必ず一つ書いて次、もう一つ書いて次と進んでいきます。でも、私たちの感覚(あるいは無意識から浮かび上がって意識にたどり着こうとしているもの)はシーケンスではありません。同時多発的な感覚も、頻繁に起こりえます。それを拾い上げるのがマインドマップという手法の機能です。

そしてもう一つの思考とアウトライナーの共通点は.「単一性」と簡単に書いてはみたが,つまり「人の思考はいちどにひとつの場所にしか立てない」という原則なのだと思う.

意識的な思考が、シーケンシャルなものであり、パラレルに走るものがないとすれば、「人の思考はいちどにひとつの場所にしか立てない」という指摘はまさにその通りでしょう。

ようするに「釣り竿で釣れる魚は一匹」なのです。でも、池には大量に魚がいます。だから、一匹一匹釣っていき、そばに並べていくわけです。もちろん、網を投げる方法もあります(マインドマップ)。しかし、意識的な思考においては、一定の流れを持ちパラレルに走るものがない方が扱いやすいでしょう。

さいごに

これらはあくまで「意識的な思考」についての言及です。

私は「考える」という言葉と「意識的な思考」という言葉を切り分けて扱っています。前者が指すものは広大であり、後者を内包するものです。だから、上記の話が「考える」にまで敷衍できるかどうかは、また別のお話になります。むしろ、私は無理があるだろうと「考えて」います。

上の「考えて」いるは、意識的な思考ではありません。そういう違いです。

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さようなら、iPod Classic

iPhone6が発表されて、携帯の替え時が近づいてきました。今の4Sが使えなくなったら、5Sに替えようと思います。

というぐらいには、新製品には関心がないのですが、悲しいニュースがありました。

世界を変えたiPod classic、ついにその役割を終了(TechCrunch Japan)

ショックで言葉もありません。という言葉ぐらいは出てきますが、ともかく至極残念です。

私は、音楽と共に生きています。

歩くとき、本と読むとき、料理するとき、文章を書くとき__音楽は欠かせない存在です。

中学生時代のカセットタイプ・ウォークマンから始まり、ポータブルのCDプレイヤー、MDとさんざん渡り歩いてきました。そして、最終地点として遭遇したのがiPodです。

もともとWindowsユーザーだった私は、iPodがWindows対応になったとたん飛びつきました。1000曲も入る? アンビリーバボ。何枚ものMDを持ち歩く必要がない。そのときの気分に合わせて好きな曲を聴ける__なんだかKindleの宣伝文句みたいだ__。実に素晴らしい。

家に届いたiPod(たしか第三世代)をみたとき、カチリとスイッチが入る音が聞こえました。私はこれを待っていたんだ、と。カリカリ回すホイールのタンジブルさも、その感覚を強めてくれました。

そこからずっとiPodを使い続けています。その他の音楽プレイヤーに手を伸ばしたことはありません。今は、classicの80GBを使っていて、1万2000曲近くがそこに格納されています。そして、次は160GBかと虎視眈々と狙いを定めておりました。でも、どうやらその狙いは永遠に空振りに終わってしまうようです。

音楽を聴くことだけなら、iPhoneでも問題ありません。でも、全ての楽曲を入れて持ち運び、かつiPhoneのバッテリーを気にしないでいられる、という点が大切なのです。なんといっても、本当に私はずっと音楽を聴いているので。

世の中の流れが、ストリーミングに向かっている以上、製品ラインナップから消えてしまうのは仕方ないのでしょう。別に、慈善事業で製品を作っているわけではないのですから。

私とアップル製品との出会いはiPodによってもたらされました。その逆にならないことを、願うばかりです。

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強さについて B-side

inspired by 強さについて(Word Piece)

強さとは、

弱さを認めること。

相反するものを受け入れられること。

まっすぐ立つこと。
対応できること。

固執しないこと。でも、諦めないこと。
いつでも、捨てられること。でもまた、拾えること。

誰かに与えられること。でも、きっちり受け取ること。

見るべきものは、見たくなくてもちゃんと見ること。
言うべきことは、言いたくなくてもちゃんと言うこと。

とことん考え続けること。
知らないことを知らないといえること。

自分が大切にしていることを見失わないこと。
それを見失ってもまた見つけられること。

バランスを取れること。

それでも、と言えること。

閉じること。そして、開くこと。

深く想像できること。

真摯に遊べること。

生きる、こと。

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Ingressにみる、「遊び」の4要素

フランスの思想家ロジェ=カイヨワは「遊び」を4種類に分類した。

  • ≪競争(アゴン)≫
  • ≪偶然(アレア)≫
  • ≪模擬(ミミクリ)≫
  • ≪眩暈(イリンクス)≫

この4要素で、Ingressを覗いてみよう。

Ingress
カテゴリ: ゲーム, アドベンチャー, ストラテジー

≪競争(アゴン)≫

明確に存在する。なにせ、二大勢力の競争こそが、このゲームのバックストーリーである。

もちろん、実際にポータルを取ったり取られたりという競争もあるし、プレイヤー同士のレベル争い、記録の保持、巨大なフィールドの生成といった、さまざまな競争が含まれている。

≪偶然(アレア)≫

偶然の要素も、わりとある。

出かけた先でたまたま新しいポータルと出会う。わかりやすい偶然だ。お馴染みのポータルでも、たまたま別のエージェントと遭遇することだってある。

自分が作ろうとしてフィールドが、別のエージェントの行動によって変化を余儀なくされる、なんてこともある。プレイヤーが予期できない出来事は結構起こるのだ。

≪模擬(ミミクリ)≫

もちろん言うまでもなく、プレイヤーは「エージェント」の模擬を行う。

だいたい「エージェント」や「ポータル」、それに「ハック」や「レゾネーター」という単語が、いかにもSF的雰囲気を纏った厨二感溢れる言葉遣いではないか。

他にも大規模な「作戦」(とあえて呼ぼう)を行うためには、プレイヤーはリーダー的な立ち振る舞いを要求されるようになる。これも一種の模擬であろう。

≪眩暈(イリンクス)≫

眩暈は、ジェットコースター的なちょっとした(そして激しさを含む)トリップだ。ある意味では、非日常性でもある。

ingressに潜む非日常性は、SF的設定ではなく、新しいポータルをハックするために出かける、という行動の中に潜んでいる。

あるいはポータルというレイヤーを通してみる日常風景の変化も、そこに加えられるかもしれない。

さいごに

このようにingressは、4つの要素をわりとしっかり踏んでいる。それでいて、バランスがおかしくない。

あたりまえだが、4つの要素を入れたらなんでもゲームが面白くなるわけではない。単純な足し算にはならないのだ。カレーはおいしい。フグもおいしい。じゃあ、フグカレーは?

調和が大切なのだ。

その意味で、ingressは「遊び」のエッセンスのそのまた中心部分をきっちりおさえた、良いデザインのゲームであると思う。万人向けである、とは言えないかもしれないが。

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