4/25 〜 4/30 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. 「時間」は大切
  2. 鈍行列車の読書体験
  3. [祝]Evernote「超」知的生産術も電子書籍化
  4. 【書評】ヤバすぎる経済学(スティーブン・D・レヴィット、スティーブン・J・ダブナー)
  5. 名刺バインダーによるアイデア管理の難点
  6. おまえは今までとったメモの枚数をおぼえているのか? あるいはメモ試論

自著の電子書籍化が進んでおります。めでたい限りです。メモ論については、今後も考えていきたいところ。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

4月25日

これは言葉で説明するのが難しいところですね。

4月26日

知っていることが増えると知識の範囲が増えるので、その知識の境界線も増えます。つまり、知らないことも増えるのです。

4月27日

妬む気持ちを発生させないのは難しいのかもしれません。でも、妬む行為には基本的にきりがありませんし、そこに生産的なものが生まれないなら、妬みループにはまってしまう可能性は高いでしょう。

4月28日

この間を維持しましょう。

4月29日

デンと座って無言を貫くのはそれ自体がメッセージを持ちますが、ウェブでは発言しない=存在が見えないなので、そういうメッセージ性が非常に薄れます。

4月30日

もちろんメタファーです。

今週のその他エントリー

Honkure

WRM 2016/04/25 第289号
アニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』
応急処置の限界とその克服
セブンサーガ(和泉弐式)
成功本よ、サラバ
下心つきレビュー
AIの遺電子 1(山田胡瓜)
本棚の代謝
『ワープロ作文技術』における構想の育て方
僕だけがいない街(8)(三部けい)

今週触った本

ヤバすぎる経済学
スティーヴン・D・レヴィット, スティーヴン・J・ダブナー
東洋経済新報社 ( 2016-04-15 )
ISBN: 9784492314777

読み始めました。一気に読んでしまいそうな予感。

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○BizArts 3rd 「静かなテーブルで」
○SSS タイトル未定
○「本」を巡る冒険 「文化破壊行為」
○物書きエッセイ 「物語という言語」
○今週の一冊 『ヤバすぎる経済学』
○Q&A

→メルマガの過去分エッセイは「Facebookページ」にて読めます。

頂いた感想など:

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おまえは今までとったメモの枚数をおぼえているのか? あるいはメモ試論

メモ。

Memo。

Memory。

Memorandum。

メモは一般名詞であり、メモは動詞であり、メモは概念でもある。

書き付けるツールとしてのメモ(メモパッド)。書き付ける動作としてのメモ(メモする)。そして、ノートと対比されるメモ。

それらすべてが「メモ」と呼ばれる。混乱は激しい。

メモの流れ

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頭の中に情報が生成される。心象が発生する。それらを脳の外に追い出すために書き留める。脳以外の媒体であればなんでもいい。アナログ・デジタル問わない。チラシの裏だってOKだ。そうした行為を行うとき、誕生するのがメモである。

もう一度確認しよう。まずツールは問わない。メモ帳を使わなくてもメモは発生するし、ノートを使ってメモをとることもできる。

さらに、そこで書き留められるものが何かも問わない。頭の中に生成された情報であればなんだってメモの範疇である。それは素晴らしい解法かもしれないし、カレーのレシピのひねりかもしれないし、仕事でやらなければいけないことかもしれないし、これ伝えといてと言われた伝言かもしれないし、欲望の赤裸々な記述かもしれない。そこはなんでもいいのだ。

脳内のものを脳外へ移す。それがメモだ。

なぜメモ

なぜ人はメモするのか。そこにメモ帳があるからだ……というのはある意味で間違ってはない。

メモ帳がすぐそばにあるのはその人が事前にメモしようと思っていたからではあるが、その動機付けが生まれているのは、メモ帳という存在があるからだ。それが安価であり、容易に操作可能なツールで、さらに実用的な価値を持つから人はそうした行動を起こす。メディアはマッサージである。

では、メモの実用的価値とは何か。

記憶の外部化である。あるいは短期記憶の拡張と呼んでもいい。パーソナルなコンピューターが登場する以前から、私たちは脳を拡張してきた。ごく身近なツールで、ごく安価なツールで。

紙がここまで安価なツールでない時代の人々は、きっと今よりも記憶力が優れていたに違いない。何事も訓練すれば鍛えられる。あるいは、そこまで情報が必要ではなかったという可能性もある。人がメモを使うようになったから、世の中の情報流通が増え、結局人々はメモをより必要としてしまう。メモには外部性があるのかもしれない。

ともかく、情報の安定性・再利用性を高めるためにメモは存在する。その利用スパンが短期的ないしは一度きりなものがメモであり、長期的ないし複数回が想定されるものがノートである。概念としてのメモとノートの対比はここにあるし、ここにしかない。だから両者はよく似ていて、見分けが付きにくい。混乱の元である。

それって何メモ?

そのようにメモを捉えると、メモにもいろいろあることが見えてくる。固定化される情報の種類によって、メモにもタイプが生まれてくるのだ。

そして、それらを何と呼び、どのように管理するかが、「脳内整理」(心象整理)の要となる。

アイデアメモがあり、アイデア予備メモがある。タスクメモがあり、プロジェクトタスクメモがある。欲求メモがあり、欲望メモがある。伝言メモがあり、他言無用メモがある。

それぞれに役割が違い、それぞれに使われ方も違う。

そして、それらの一時的・断片的なメモを連結するとき、そこにリストが生まれる。GTDでおなじみのリストだ。

デビッド・アレンに怒られるかもしれないが、このリストはなんだって構わない。どんな形をしていてもOKだ。自分の行動・環境・心象に沿っていれば機能するし、そうでなければ機能しない。

ここを組み立てていけるのは、どうしたって本人だけである。

だからそう、名前を付けてみよう。メモたちにカテゴリーを与えるのだ。ビジネス書の著者たちがよくそうするように。

大丈夫、別に彼らの言うことを真に受ける必要はないし、それと同様に自分で似たようなことをしても構わない。彼らの本は文科省が認定した「教科書」ではない。単なる自己流のやり方だ。だから、自分たちも自己流を立ち上げよう。自分の行動・環境・心象に沿ったやり方を。

そして、そのためには名前を与えることが必要である。独自のカテゴリーを見つけ出すのだ。

さいごに

本稿はメモについての試論である。記事のタイトルを「メモ試論」としようとしたのだが、あまりにも地味すぎるので、有名でキャッチーな台詞を拝借させていただいた。内容には直接関係ないが、でも、実はこれは面白い問いである。私たちは気がつかないところでメモを活用している。記録を使っている。メモは遍在するのだ。

だからこそ、メモとは何で、それをどう活かすのかのノウハウは、汎用的に役に立つ。

ただし、それはCPUをクロックアップはしてくれない。それはそれでまた別のノウハウが必要になってくる。

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名刺バインダーによるアイデア管理の難点

本棚を整理していたら、昔のノートがいろいろ出てきました。中にはこんなバインダーも。

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名刺入れなんですが、名刺を入れずにアイデア管理ツールとして使っています。いや、使っていました。

カードを見ると「091014」などとあるので、2009年のものですね。今から7年ほど前。ということは、一冊目のEvernoteの本を書く前です。

たぶんこの「システム」を思いついたときは相当ワクワクしたんじゃないでしょうか。ホームセンターだか文具店だかに行って持ち運びしやすい名刺バインダーを購入し、名刺サイズの無地のカードを買う。準備は万端。

後は思いついたアイデアを1枚のカードに書き付けて、それをバインダーに収納していきます。で、なぜバインダーを使うのかと言えば、それはもちろん「アイデアを整理」するためです。たとえば、ノートの使い方に関してのアイデアが複数あるなら、それをまとめてしまう。後から似たアイデアを思いついたら空いているところにカードを追加する。そうやって動的にアイデアを管理できるのが、バインダー方式のポイントです。

付箋よりとっちらかりにくいですし、ルーズリーフほど大がかりではありません。Good Sizeな手法です。

でも、そう、結局は「使っていました」となりました。過去形なのです。

アイデアをカードに書き付けるのはいい。それをバインダーに差し込むのもいい。でも、問題はその移動です。

見開きには6枚のカードが差し込めるのですが、言ってみればこれはアイデア管理の上限でもあります。たとえば、最初の見開きで「ノート術」についてのアイデアをまとめ、次の見開きで「タスク管理」についてのアイデアをまとめていたとしましょう。当初は問題ないのですが、時間が経つにつれ、「ノート術」についてのアイデアが増えていき、ついには7枚目のカードが生まれました。

さて、どうしましょうか。

「タスク管理」の次の見開きに入れる? それでは集めている意味がありません。ということは「ノート術」の次の見開きに「ノート術2」を作ることになります。むしろ、それを作れるのがバインダー方式のメリットはなずです。でも、そのためには「タスク管理」の見開きに刺さっているカードをすべて動かさなければいけません。「タスク管理」の次の見開きにカードが埋まっているならばそれもです。あまりにも面倒であることに疑いの余地はありません。

そういうときはバインダーページを増やせばいいんじゃない? その通りです。それをすれば少なくとも移し替えるのは見開きの片方だけで済みます。しかしながら、バインダーに挟めるページ数には物理的上限があるので、このやり方にもどこかで限界がやってきます。

結局、この方法はバインダーにカードが埋まった時点で続かなくなりました。そうなるとアイデアを「動かせない」(=動かすのに非常な手間が必要となる)ことがわかったからです。

残念ですね。

でも、学んだこともあります。それは「アイデアを管理する手法は、数が増えていった状況のことも考慮しなければ機能しない」ということです。でないと、スタート直後はうまくいくが、どうあがいても長期的な蓄積ができない、なんて事態に陥りかねません。

そう考えてみると、なんとEvernoteの素晴らしいことでしょうか。ノートブックにノートはガンガン突っ込めますし、最悪「ノートを全て選択→ドラッグ」でなんとでもなります。そうそう、こういうものが欲しかったんだよ、と今から振り返ってみても思えます。これぞテクノロジーです。

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【書評】ヤバすぎる経済学(スティーブン・D・レヴィット、スティーブン・J・ダブナー)

一瞬パクり本かと思いきや本人たちの本でした。でも、雰囲気がちょっと違います。

ヤバすぎる経済学―常識の箱から抜け出す最強ロジック
東洋経済新報社 (2016-04-15)
売り上げランキング: 944

これまでの二冊(『ヤバい経済学』と『超ヤバい経済学』)はハードカバーだったのに、本書はソフトカバー。なぜだろうと思って冒頭を読むと納得です。本書は著者らが運営するブログの記事をまとめた本なのです。『真ん中の歩き方』と同じですね。

でも、彼らの良い感じにクレイジィな様子はまったく変わっていません。というかむしろ逆の方向にソフィスティケーションされている印象すらあります。冒頭で著者らはつまびらかにこう書きます。

でもこのとき、ブログを本にするってアイディアがそんなに頭悪く思えなくなった。で、ポーランド・スプリングだのエヴィアンだのみたいな単なる水を商売にしようって古式ゆかしき伝統を見習って、ぼくらもタダで手に入る材料をボトルに詰めて、あなたからお金をふんだくることにしたってわけです。

本書はずっとこんな調子で続いていきますので、こういう露悪的な文章に相性が悪ければ、そっとブラウザを……じゃなかったページを閉じるのがよいでしょう。しかもタイトルがミスリードを誘っていて、別に「〜〜経済学」を解説している本ではないのです。なんたって、ブログ記事のまとめですからね。

原題は、『When to Rob a Bank…And 131 More Warped Suggestions and Well-Ontended Rants』で、訳者あとがきから日本語訳を拝借すれば「銀行襲うならいつがいい? その他斜め上からのご提案と悪気のない暴言131個」となるみたい。

うん、この方がずいぶん率直に本書を言い表しています。まさにそういう本です。でもまあ、レヴィット&ダブナー本をアピールするには「ヤバい」を付けた方がいいのかもしれません。ビジネスの力学はいつでも難しいです。

で、内容ですが、やさしく言えば「刺激的」となるでしょうか。率直に言えば「こりゃ、カンカンに怒る人出てくるだろうな」と思う内容です。でも、確かに彼らの視点はシャープで、独特です。

本編のトップを飾るのが、ブログの一番最初の記事で、なんと当時は『ニューヨーク・タイムズ』紙のウェブサイトに設置されていたようです。そこでレヴィットは、次のような自問を提示します。

こういうルールの話を聞くと考えてしまうのは、自分がテロリストで、使える資源に限りがあるなら、どうやって恐れを最大化するかってことだ。

そこからさまざまな考察を進めた上で、こんなことを書く。

読者のみなさんはもっといいアイディアを持っているかもしれない。ぜひ聞かせてください。テロのアイディアをこのブログに書き込むのは、ある意味お国のためだと思ってください。

こりゃまあ、炎上しますわね。でも、冷静に考えれば彼の提案はそう筋の悪いものではないでしょう。

第一にテロの首謀者が本当に何を求め、そのためにどんな手段を取り得るのかがイメージできます。実体が掴めないと、妄想は広がり、余計なことばかり考えてしまうわけですが、テロ首謀者が優れていればいるほど、より効果的な方法だけを取り、そうでない方法は取りません。それがわかれば、心配の範囲は狭くなります。

第二にこれは、ソフトウェア利用者による「不具合レポート」みたいなものになるでしょう。群衆の知恵がどれほど優れているかは別として、ブログを読んでいる人の中にはとんでもなく頭の良い人たちだって混ざっているわけで、そういう人たちのテロのアイデアを「公開」しておけば、それを潰す役には立ちそうです。

でもまあ、そんな理屈は別として、炎上はするでしょう。レヴィットがその反応を織り込んでこの記事を投稿しているのか、本当にマジにまったく率直に書いているのかはわかりませんが、おそらくこの記事が彼らのブログの知名度獲得に役立ったことは想像に難くありません。きっと人気のブログなのでしょう。

で、こういう「刺激的な」投稿もありつつ、寄稿なんかもあります。あと、著名人が質問に答えてくれるコーナーもあって、そこにあのダニエル・カーネマンの名前が。どう考えてもカーネマンのQ&Aだけでも、読む価値はあります。だって、あのカーネマンですよ。彼らはカーネマン以外にもいろいろつながりがあるようで、タレブの名前なんかも挙がっていました。あの経済学者が大嫌いなタレブですよ。不思議な二人です。

彼らの暴言めいた物言いは、もちろんそれ自体が個性的で目立っちゃうわけですが、彼らがふと思いつく疑問はやっぱり注目した方がいいでしょう。変人でないと思いつかない疑問というのはあるものなんです。

▼こんな一冊も:

ヤバい経済学〔増補改訂版〕―悪ガキ教授が世の裏側を探検する
東洋経済新報社 (2014-07-01)
売り上げランキング: 167
超ヤバい経済学
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東洋経済新報社 (2014-07-01)
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真ん中の歩き方 R-style Selection
R-style (2014-08-28)
売り上げランキング: 106,498
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[祝]Evernote「超」知的生産術も電子書籍化

先日、三冊の自著の電子書籍化をお知らせしましたが、追加の一冊です。

EVERNOTE「超」知的生産術
EVERNOTE「超」知的生産術
posted with amazlet at 16.04.27
C&R研究所 (2016-04-21)

2011年の本なので、さすがにEvernoteや他のクラウドツール環境は変化していますが、それでもコアとなる考え方はほとんど間違いなく2016年でも2020年でも通用するでしょう。そういう本となっております。よろしければ、ぜひ。

ちなみに、もっとテクニック寄りならば以下をどうぞ。

Evernote豆技50選 (Espresso Books)
倉下忠憲 (2015-03-29)
売り上げランキング: 1,539

あと、次のようなツッコミをいただきましたが、

「KDP」の本であっても、BookLive!やiBookstoreや他のストアで発売されますので、そちらもよろしくお願いします。いや〜、略字でよかった、よかった。

というわけで着々と電子書籍化が進んでおりますが、自作の電子書籍の新作はちょっと遅れております……。

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鈍行列車の読書体験

『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』を読み終えました。

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この本、とても分厚いので、自力で悠々と立ちます。雄々しく屹立します。

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さすがにこの本は「持ち歩いて、隙間時間に読む」みたいなことはできません。椅子に座り、ゆっくり腰を落ち着けて読むことを迫ってきます。そうです。制約とは対象からの要求なのです。


本書で対談する二人は、引き出しも広く、知識も豊かで、ユーモアに溢れています。連想に導かれ、話がスーパーボールのようにあちこちにジャンプします。当然、読み手もそれに導かれ、縦横無尽に思索のツボを押されまくるわけです。不思議ですね。物理世界では「ゆっくり腰を落ち着けて読むこと」を要求する本が、一方その中身では読者をあちらこちらに引き回すのですから。

ともかく本書はずっと__正確には買った日を除いてずっと__家で読んでいました。椅子に座り、机を前にして読んでいました。私の中ではずいぶん珍しい読書体験です。たいていは本をカバンに忍ばせ、すきあれば読書に浸る、というのが私の読書の日常です。


非日常の読書には、非日常の読書術が適しているのではないか。そんなことをふと思いました。そこで、情報カードの出番です。

私は普段、読書中にはペンを持って直接書き込むか、そうでなければドッグイヤーをして、後から参照できる状態にしておきます。が、そのやり方は本書にはそぐわないような気がしました。特にペンでの書き込みは、本格的にやりはじめると、2本分ぐらいペンのインクを補充しなければならないのではないかと思ったほどです。というか、書き込むスペースがきっと本の余白では足りなくなるでしょう。

なので、普段なら本に直接書き込むようなものを情報カードに書き込むことにしました。日常ならこんなまどろっこしいことはやっていられません。というか、そもそも目の前に机がないことが大半なのでやろうと思っても無理なのです。でも、この本は違いました。だいたい、そそくさと読んで何か得るものがある本ではありません。たまにはゆっくりと、いささか遅すぎるくらいに読んでみるのもよいでしょう。鈍行列車の読書体験。

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面白いのは、これによって新しい読書の節目が生まれたことです。30分だけ読むとか、一章分だけ読むといった節目とは別に「情報カードが1枚分埋まったら、そこまでとする」という節目が生まれました。なかなか面白い節目です。

さらさらと読んでいくようなところ、つまり書き留めるようなものが少ないところはバシバシページが進みます。また、考えることが多く含まれているようなところはすぐにカードが埋まり、見開き2ページほどでそれまでとなってしまうこともあります。この二つは、時間も分量も違いますが、「脳を動かしている具合」は同程度かもしれません。

そうした量が可視化できるかもしれないな、と発見できたのはこの新しい読書術のおかげです。


もちろん、通常の読書にまでこのやり方を広げることはできません。この本そのものが制約を持っていたので、その制約に合わせた読み方を持ち出した、というだけです。

あと、こうして書き付けたカードはそれだけではほとんど何の意味も持たないので、一項目ごとを再チェックして、必要なものは新たに情報カードの転記する必要があるでしょう。面倒ですね。

でも、それはそれで楽しいものがあるわけです。

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「時間」は大切

時間は大切です。タイムイズマネー、という言葉もあります。

なにせ人生は有限です。寿命には限りがあります。一日も24時間しかありません。絶対の不文律。人が生きる上でのサンクチュアリー。それが時間というものです。

仮にその話を受け入れたとしましょう。

となると、出てくるのはどんな行動でしょうか。「だから、時間を大切にするんだろ」

では、時間を大切にするとは、どのような行動でしょうか。「ばかばかしい、そんなくだらない話に付き合ってられるか。こっちは忙しいんだ」

そうですね。ありがとうございました。なにせ時間は大切です。あとは私ひとりで考えてみます。


お金を大切にする場合、たとえば無駄なお金を使わない、といった行動が出てくるでしょう。そうやって無駄なお金を使わなければ、大きな買い物をするときに役立つかもしれません。なにせ塵も積もれば山となるです。

だから、時間を大切にする場合でも同じようなものかもしれません。無駄な時間を使わない。無駄なことをしない。そういった戦略です。すばらしいですね。今の時代、なんとか速報とかの記事を読んでいる暇はありません。炎上ブロガーで消耗している時間も無駄です。ぜひともミュートしておきましょう。すばらしい、すばらしい。

で、そうやって無駄な時間をダンシャリしていけば、時間を大切にできる__のでしょうか。

これはいささか難しい問題です。ここにはお金と時間の違いが如実に発生しています。

自動販売機でコーヒーを飲むのを我慢すれば、130円が手元に残ります。理路がなく感情でわめきちらしているだけの記事を読まなければ、5分の時間が手元に残る……のでしょうか。

時間は絶え間なく流れていきます。だれもその流れを押し留めることはできません(光速に近づけば多少は抗えますが)。押し留めることができなければ、貯めることもできません。そうです。時間の貯蓄はできないのです。これが大きな問題です。

「いや、毎日5分ずつ隙間時間に読書をすれば大著でも読めるだろ」

おや、お帰りなさい。たしかにそのように感じます。でも、それは時間を貯金しているのではなく、小さい行動を積み重ねているだけです。ここに大きな勘違いの元があります。

時間はただ流れていくだけなのです。それを貯めることはできません。

無駄なことをしない。それは結構なことです。でも、私は代わりにこう問わなければいけません。「その空いた時間に何をするんですか?」と。

その問いに答えられないのなら、無駄な時間をどれだけ削減していっても、時間を大切にすることはできないでしょう。むしろ、そうしている時間そのものが無駄になる可能性すらあります。

時間がなくてやりたいことができない、という状況はあります。でもそれは時間さえあればやりたいことができることを意味してはいません。ビジネス書風に言い換えれば「時間さえあれば、どうとでもなる」わけではないのです。

時間はただ流れていくだけだからこそ、「使う」ことが大切です。使うという言い方が悪ければ、波に乗ると言い換えてもよいでしょう。そこに自分の意志を乗せるのです。


もう一つ、「時間を大切にするために無駄なことをしない」施策をとると、困ることがあります。話はかなりシンプルで「何を無駄だと断じるのか」ということです。

比較の視点を宇宙にまで持っていけば、何もかもが無駄になります。人ひとりの人生すら消しカス以下です。安易な相対化は、虚無への最短ルートなのです。

あるいはまるで逆の方向もあります。ある時点での「自分が無駄だと思うこと」を徹底的に避けていたとしましょう。当然そこでは「自分が有益だと思うこと」ばかりに時間を費やすことになります。そのような状況では決して「自分は無駄だと思っていたけど、実は有益なことだった」に出会うことはありません。なにせ自分でその扉をかたく閉め、鍵をかけているのですから。

つまり、世界を狭い袋小路へと追いやってしまうのです。

「いや、それでも狭い世界で充足しているならいいじゃないか」

もちろんそうですね。ただし世界は変化し、エントロピーは増加し、人間は歳を取ります。環境がずっと同じである保証はどこにもありません。閉じた扉は、それだけで世界を悪くしていく可能性を秘めています。


「で、結局どうすれば時間を大切にできるんだよ」

たぶん、それを考えることが必要なんだと思います。誰かに教えてもらうのではなく、自分の頭をチクタクと動かして。

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4/18 〜 4/23 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. 提案型タスクリストと自分の意志
  2. なぜなに”知的生産” 〜カードのサイズ〜
  3. わかりたいやじるし
  4. [祝]拙著三冊が電子書籍化!
  5. 【書評】Who Gets What(アルビン・E・ロス)
  6. 脱線はやる気の近くで起こる

自分の本が電子書籍化されたのは嬉しいですね。たぶんBookWalkerさんとかでもラインナップされているかと思います。あと、「なぜなに”知的生産”」はまだまだ続きます。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

4月18日

というか、仮題を与えないと仮題として認識されません。

4月19日

その覚悟が必要ですね。

4月20日

それは試験ではないわけです。

4月21日

「あ、あれを真似しよう」と思うとき、その対象は自分の認識の中で「真」になります。あるいは「真」と思えなければ、真似することはできません。

4月22日

ときどき、逆向きに傾斜をつけられるとバランスできますね。

4月23日

熟考。

今週のその他エントリー

Honkure

トクシュー! ‐特殊債権回収室‐(吉野 茉莉)
ウェブ小説と書き手の在り方の多様性
数学ガールの誕生(結城浩)
レビューを書く姿勢
ラオスにいったい何があるというんですか?(村上春樹)
僕エバについて
残業を減らし定時で帰る仕事術〜SE女子のタスク管理奮闘記〜(ぞえ)
Lifehacking Newsletter 2016 #16より 〜ブログと村社会〜
パターン、Wiki、XP(江渡浩一郎)
フックとしての薄い自己啓発書

今週触った本

ヤバすぎる経済学
スティーヴン・D・レヴィット, スティーヴン・J・ダブナー
東洋経済新報社 ( 2016-04-15 )
ISBN: 9784492314777

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毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○BizsArts 3rd 「アリストレテスの中庸」
○SSS 「タイトル未定」
○ノンマーケッター・マーケティング
○今週の一冊 『考える人 2016年 春号』
○物書きエッセイ 「ブック・ドナドナ」

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頂いた感想など:

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脱線はやる気の近くで起こる

原稿を書こうとテキストエディタを立ち上げる。そのうち調べ物が出てきてWikipediaなんかにアクセスする。当然ブラウザを開くことになるので、そこでついついTwitterのタブを立ち上げる。そして失われていく5分、10分。

ええ、よくありますよね。日常的な風景です。

そういう失われ方をしていく時間を一日トータルすれば、きっと30分以上になるでしょう。嗚呼、なんたること。

でもふと考えます。たとえば書くべき原稿があるとことを意識した上で、それをまったく無視して本棚から漫画本を取り出し、それを30分読み漁るとしましょう。きっと、罪悪感はものすごく大きいのではないかと思います。だから、そういうことはあまりしないでしょう。

これを逆から眺めます。

テキストエディタを立ち上げ、そこからTwitterを覗いているとき、私は「作業をしている」気持ちの近くにいます。でも、漫画本を取り出して腰を据えて読み始めるのは、そうではありません。そこには明確な「自分は作業をしない」という決意の表明が伴うのです。

もし、Twitterのリプライが盛り上がって10分ほどが消費されたとしましょう。それは、机から立ち上がり、タバコ休憩している人たちに近づいていって10分ほどおしゃべりするのと、消費された時間で見れば同じ行為です。しかし、心理的にはそうではありません。後者は「やる気」の近くにはいないのです。

原稿を書いているときについついTwitterを見に行ってしまう行為は、「脱線」と呼ばれます。見事なネーミングです。本線を走っているときに、急に別の路線にズレ始めるのです。でも、まだ電車は走っています。ここがポイントです。

脱線しているとき、私の意識ではその行為は「作業の中」に含められています。それは脱線している最中にはほとんど罪悪感を覚えないことから確認できます。もし作業の外にあるなら、漫画版を読みふけるような罪悪感が生じるはずだからです。気分的には、脱線していてもそれは「作業中」なのです。

これはなかなか厄介な問題です。たとえばある会社の建物に入るとき、社員証を警備員に提示しなければならないとしましょう。厳重な警備に思えます。しかし、それは逆に言えば社員証さえ偽造できればいくらでも潜入できるということでもあります。パス、というのはそういう機能を持っています。

作業の脱線が心理的に作業に含められるとすれば、そこではいくらでも脱線的作業が発生する可能性があります。作業をしていないという罪悪感のブレーキが働かないので、いくらでも時間が浪費されていくのです。

しかしながら、生産性的観点からいえばそれらは実際には作業ではないわけで、「やる気を持って作業をしたけども、あまり成果は上がらなかった」ということになります。言うまでもありませんが、これは非常に疲れます。

だから、まあ、仕事術でよく言われる対策が出てきます。

  • 絶対に脱線的作業ができないようにしておく
  • 作業中はタイマーを使う
  • 行動の記録を取る

脱線的作業が行えないなら、脱線的作業を行いようもありません。ポメラが人気なのがわかりますね。

またタイマーをセットするのもそれなりに効果的です。当然、自分の行動を強制することまではできませんが、意志の力を発揮させる助力にはなってくれます。

最後の行動の記録は__たぶん一番面倒ですが__認知的な力強さがたしかにあります。行動の記録をきちんとつけると__家計簿がそうであるように__脱線が脱線とはっきり認知されはじめます。これまで「作業中」に含められていたものが分離されていくのです。つまり、罪悪感を覚えるようになります。

もちろん、それを覚えた後でその人の行動がどう変わるかはまではわかりません。家計簿を付けていても浪費を繰り返す人は山のようにいるわけですから。

こういうのはちょっと堅苦しいような、自分を締め付けるような感じを与えるかもしれません。でも、よくわからないまま30分を失ってしまうくらいなら、腰を据えて漫画を読む方が精神的満足度は高いような気がします。

仕事をきっちりこなして「今から30分は漫画を読むぞ」と宣言する。

まあ、毎回そんなにうまくいくとは限らないでしょうけれども。

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【書評】Who Gets What(アルビン・E・ロス)

市場は遍在し、交流をかたちづくる。

物と通貨であれ、情報と人材であれ、人生と人生であれ、それらが交わるところには市場がある。それらの市場は、神の見えざる手で精緻にコントロールされて、いたりはしない。市場の失敗はいたるところで目にする。

市場があればすべてがうまくいく、ということはなく、うまくいくような市場の整備の方法があるというだけにすぎない。本書は、そんな「うまくいくような市場整備の方法」について書かれた本だ。

著者のアルビン・E・ロスは経済学者であり、2012年にロイド・シャプレーと共にノーベル経済学賞を受賞している。対象となったのは「安定分配理論と市場設計の実践」。つまり、本書で紹介されているマッチング・メカニズムについての研究だ。なぜ、マッチング・メカニズムがそれほど重要なのかは、この分野でよく挙げられる腎臓移植の話がわかりやすいだろう。

腎不全の患者がいて、その患者に腎臓を提供したいと思うドナーがいるとする。しかし、運が悪いことにそのドナーの腎臓は患者に適合しない。よってその患者は待機リストで悶々と待ち続けるしかない。

もし仮に、似たような患者とドナーのペアが他にもいたとする。たとえば、それが1000組ほどだったとしよう。それらを一つひとつ確認していけば、見つけられるかもしれない。何が? 交換可能なペアが、だ。

つまり腎臓の適合をアルファベットで表せば、患者A:ドナーB、患者B:ドナーA、という組み合わせである。これが見つかれば、ドナーはそれぞれ相手の患者に腎臓を提供し、自分がペアとなっている患者もまた腎臓を提供してもらえる。組み合わせを変えただけで、二人の患者が救われたのだ。さらに興味深いのはここからである。これをチェーンにする。

つまり、患者A:ドナーB、患者B:ドナーC、患者C:ドナーA、である。腎臓交換の流れがイメージできるだろうか。ここでは直接的に互いのペアがマッチングしていない。それでも交換の連鎖によって3人の患者が救われている。そして、想像できるようにこのチェーンはどんどん長くできる。たった一人の腎臓提供からスタートし、それが幾人もの腎臓交換へと連鎖して、膨大な腎臓移植が行われうる、ということだ。

以上のような状況を眺めると、そこでは「患者:ドナー」のペア同士で「マッチング」が行われていることになるし、その交換に参加したいと名乗りをあげる人たちは「市場」に参加しているとも言える。そのアルゴリズムがいかに重要なのかは想像に難くないだろう。この辺りの話は、坂井豊貴氏による『マーケットデザイン』でも解説されているので、気になる方はそちらを参照されるのも良い。新書なのでコンパクトにまとまっていて読みやすい。

マーケットデザイン: 最先端の実用的な経済学 (ちくま新書)
坂井 豊貴
筑摩書房
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こうした交換は、広い意味での「経済」である。しかし、旧来の経済が対象としてきたのはもっと限定的な市場だった。本書によれば、それはコモディティ市場である。コモディティ市場とは、「何を手に入れるのかを決めるのは自分で、お金さえあればそれを得られる」市場を指す。コーヒーが飲みたい? 自動販売機に130円を入れればいい。「あなたはたった100人のコーヒー購入プログラムに選抜されました」みたいな通知を待つ必要もないし、「どのコカコーラの自動販売機で買えばよいのか?」を悩む必要もない。

そうしたコモディティ市場での資源の分配は、価格をシグナルとして行われる。何かについてお金を払う意図があればあるほど、その主体が対象を必要としている動機が強い。簡単に言えば、お金を多く払う人ほどそれが欲しい。だったらその人に資源を割り当てれば良い。価格シグナルによる需要と供給の一致である。

これはたいていの場合うまく機能するが、そのたいていの場合は「コモディティ市場」であって、その他の市場ではない。そもそも米国では腎臓を販売することは禁止されている。価格をシグナルとしようもない。仮に販売できたとしても、そのような市場が本当に望ましいのかはかなりの考慮の余地があるだろう。

そこでコモディティ市場以外の、市場設計(マーケットデザイン)が必要となってくる。当然、その市場では価格をシグナルとすることはできない。新しい考え方が必要となる。本書ではそれが提示されている。

おそらく本書の白眉は、第Ⅱ部の「挫かれた欲求」であろう。ここでは、市場がいかに失敗するのかが実際例をもとに紹介されている。「抜けがけ」「速すぎる取引」「混雑」「高すぎるリスク」の四つがあり、それぞれに一つずつ章があてられている。これらの知見は、自分でちょっとしたマッチングを実施する上でも役に立つだろう。

さいごに

最後に一つ引用しておこう。

コミュニケーションが安価で容易になればなるほど、その情報有用性が低下するのは、マーケットデザインのパラドックスだ。

出会い系のサイトがあるとして、そこに魅力的な女性がいたとしよう。当然彼女のもとには、男性からのメッセージが山のように飛んでくる。なにせ3分あればメッセージを書き、送信ボタンを押せる。便箋と切手を買いに行き、文面を考え、清書した上でポストに投函する手間など必要ない。

そこでは「メッセージがやってきた」ことは何のシグナルともならない。本当に彼女に興味があるのか、それとも冷やかしなのかを判断できないのだ。そんなメッセージが1000件以上もやってきたら? 彼女はどのように選択すればいいのだろうか。

逆に男性の方も、そうやって競争率が高まれば高まるほど、保険としていろいろな女性にメッセージを送ることになる。当然、一つひとつのメッセージにかけていられる時間は減る。大丈夫、技術は私たちにコピペという手段を与えてくれた。当然、そのようなメッセージでは選ばれる可能性があがることはなく、マッチング市場はひどい混乱へと陥る。

この問題は、出会い系サイトに限らず、インターネットのあちこちで発生している。

「コミュニケーションが安価で容易になればなるほど、その情報有用性が低下する」

少なくともシグナルとしての価値は低下するだろう。なんらかの対策が必要だ。

▼目次情報:
【第1部】 市場はどこにでもある
・第1章 はじめに──どんな市場にも物語がある
・第2章 一日のさまざまな活動を支える市場
・第3章 命を救う市場プログラム

【第2部】 挫かれた欲求──市場はいかにして失敗するか
・第4章 抜けがけ
・第5章 速すぎる取引
・第6章 混雑──厚みのある市場がすばやく機能しなくてはならないわけ
・第7章 高すぎるリスク──信頼性、安全性、簡便性

【第3部】 市場をよりスマートにし、より厚みをもたせ、より速くするためのデザインの発明
・第8章 病院と研修医のマッチングはどう進化したか
・第9章 安心できる学校選択へ
・第10章 シグナリング

【第4部】 禁じられた市場と自由市場
・第11章 不快な市場、禁じられた市場……そしてデザインされた市場
・第12章 自由市場とマーケットデザイン

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