タスクの管理 [タスク管理概論]

基本的な話をしてみる。

タスク管理とは何か。タスクを管理することだ。タスクリストの作成などが、その代表的行動だろう。

では、それで十分だろうか。言い換えれば、タスクリストさえ作成すれば、仕事は円滑に進むだろうか。

もちろんそんなはずはない。たとえば、「いつそのタスクを実行するのか」について考えなければならない。「どのくらいの時間」でもいい。つまり、タスクだけでなく、時間についても管理しないとうまくいかない。

では、タスクと時間を管理すればOKだろうか。そうである場合もあるし、そうでない場合もある。

目の前にあるタスクが、「やるべきこと」であればそれでいい。しかし、そうでないとしたらどうだろう。いや、この表現は曖昧を含むし、各自の解釈に大いに委ねられてしまうので、もう少し引き締めよう。

何か成し遂げたいことがあり、そのために必要な行動があるとして、今自分の目の前にあるタスクが、その必要な行動に合致するかどうかを気にする必要があるだろう。それは、狭義の「タスク管理」ではない。実行のためのリストを作るだけでは十分ではない。もう少し、高い視点、広い視野での検討が必要だ。

仮にその視点を、タスクマネジメントと呼ぶことにしよう。ドラッカー風に言えば、タスクをして何かを成し遂げること。それがタスクマネジメントである。これは、管理とマネジメントが一見似ていながらも、基本的には別の意味を所有することを「悪用」した言葉遊びに過ぎない。それでも、二つの概念の区別だけはつけておきたい。そこにあるタスクを、いかにうまく処理するのかを考えることと、そもそも何をタスクをするのかを決めることだ。

概念的に整理すれば、タスクマネジメントは、タスク管理の上位に位置するだろう。

タスクマネジメント
・タスク管理

ざっくりまとめてしまえば、時間管理(スケジュール管理)もそこに混ぜてしまえる。

タスクマネジメント
・タスク管理
・スケジュール管理

人によっては、スケジュールを上位に置くこともありえる。その場合は、こうなる。

スケジュールマネジメント
・タスク管理
・スケジュール管理

作業をベースに思考するのか、時間をベースに思考するのかによって、この構図は変わってくるだろう。意味付け、重要度が変わってくる、ということだ。が、構成する要素は同一である。

では、このタスクマネジメント(スケジュールマネジメント)があればそれでいいだろうか。もちろん、そんなはずはない。どれだけ綿密なタスクリストが組み上がり、緻密なスケジュールが設定されていても、二日酔いではまるで作業は手につかない。体調を代表とする、ボディ資源の管理は必須である。

タスクマネジメント
・タスク管理
・スケジュール管理
ボディマネジメント
・体調管理
・メンタルヘルス管理

要素が並列に並んだ。「一つ上の階層」について考える契機だ。しかるべき名前を与えるならば、当然こうなるだろう。

セルフマネジメント
・タスクマネジメント
 ・タスク管理
 ・スケジュール管理
・ボディマネジメント
 ・体調管理
 ・メンタルヘルス管理

こうなると欲が出てくる。要素が二つあるなら、収まりよく三つ目はないだろうかと考えてしまう。「タスクマネジメント」は、何をするのか・どうするのかについての関与だ、ボディマネジメントはその行為主体についての関与だ。主体と客体が揃った。では、他には? 場だ。環境と言い換えてもいい。私たちが存在するためには、かならず場が必要である。主体と客体だけ、というのはあくまで概念上のモデルでしかない。実存には、場が必要なのだ。

セルフマネジメント
・タスクマネジメント
 ・タスク管理
 ・スケジュール管理
・ボディマネジメント
 ・体調管理
 ・メンタルヘルス管理
・フィールドマネジメント
 ・作業場管理
 ・環境管理

「作業場管理」は、作業に直接関係がある要素についての管理だ。資料の保存、エディタの設定などがここに含まれる。「環境管理」は、それ以外の自分を取り囲む要素を指す。たとえば流れるBGMや周りの人々の声、突然かかってくる電話などだ。これらの制御は、いわゆる「集中力」に影響を与える。これも作業のためにはかかせない。

さて、要素は揃った。じっくり階層を眺める。上から下まで舐めるように。「もう一つ、階層は下げられないか」。自然な発想だ。たとえば、こうなるだろう。

セルフマネジメント
・タスクマネジメント
 ・タスク管理
  ・実行制御
 ・スケジュール管理
  ・アポイントメント制御
・ボディマネジメント
 ・体調管理
  ・飲食制御
  ・睡眠制御
  ・運動制御
 ・メンタルヘルス管理
・フィールドマネジメント
 ・作業場管理
  ・デスクトップ制御
 ・環境管理

新しい階層として「制御」が加わった。これは管理を実行するための述語とも言える。これで、縦と横は一揃いしたと考えてもよいだろう。少なくとも、次に進むための道具は整った。

とは言え、検討課題も多い。タスク・ボディ・フィールド以外のマネジメント対象はないのか。制御以外の述語は存在しないのか。そして、そもそもこのツリー図ですべてを網羅できているのか。いや、これはマッチョな思想に染まっている。言い換えよう。すべてを網羅してわかった気になっていいのか、だ。この問題は軽んじてはいけない。でないと、タスク管理が抱えている問題を超克できない。

今回は、ここまでにしておこう。

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GTDと禅 [タスク管理概論]

時間がない。さっそく始めよう。

GTDは優れたタスク管理の思想である。有能な一揃えのシステムもある。しかし、問題がないわけではない。ざっくり言って二つの問題を抱えている。

一つは、タスクの整理はできても、実行についてのサポートが存在しないことだ。整理されたリストがあればどのタスクに着手するかは自ずと明らかになるらしく、また、着手すればそれは達成できることになっている。前者は定義をいじればぎりぎり納得できないこともないが、後者に同意するにはいささか厳しい。私たちはそういう風にはなっていない。

もう一つは、「水のような心」に関する問題だ。

GTDは、見通しと制御感を得ることによって、「水のような心」に至ることを目指す。それがストレスフリーの状態というわけだ。思想としてはごくまっとうである。「気になること」を心から追い出し、それらをすべて「しかるべき位置」に置けば、私たちの心は軽やかに開放されるだろう。

問題はここにある。

見通しと制御感は、容易に支配感へと移行する。「すべてをコントロールしている感覚」があれば、「水のような心」に至れる、といった思想に傾きがちなのだ。

これがどのくらい問題であるかは、だいたい20数年生きてきた人間ならばすぐに察せられるだろう。人生のすべてをコントロールすることはできない。当たり前の話だ。人が生きることは、結局はままならないことなのだ。そして、禅とは、そのままならなさを受け入れることであろう。制御できないものを制御しようとする心から距離を置くことで、心に平穏さを取り戻す。

思想の乖離がみて取れるだろうか。

どうしようもないことを、「どうしようもないこと」として支配下に置こうとするのが、マッチョ型GTDである。これは限定的な領域においては「水のような心」を得られるだろうが、生きること全般ではそうはいかない。むしろ、苦悩が増える。

禅型のGTDは、「どうしようもないこと」は制御の対象から外す。「気になること」であり、それが自分の責任の範囲に位置するとしても、対処することを放棄する。不条理を不条理として受け止め、「そういうものだ」と受け流すのだ。

このような運用方法であれば、「水のような心」はより広い領域へと広がっていくだろう。しかし、もう一度言っておくが、それはすべてを制御できたからではない。むしろ、「自分が制御しなければならない」と思っている範囲を改めたのだ。あるいは「自分が制御しうる」と思っている範囲を適正に戻したのだ。

まったく同じようにGTDを運用していても、「どうしようもないこと」への対応で、その結果はずいぶん違ってしまう可能性がある。

今回は、ここまでにしておこう。

▼参考文献:

全面改訂版 はじめてのGTD ストレスフリーの整理術
デビッド・アレン
二見書房
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2/20 〜 2/25 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. Evernoteと大学ノート
  2. 『いつでもどこでも書きたい人のためのScrivener for iPad&iPhone入門』にユーザインタビューでご協力させていただきました
  3. 【書評】立て直す力(ブレネー・ブラウン)
  4. 一周回って、酸いも甘いも噛み分ける
  5. 毎度好例
  6. 腰を据えて本を読むこと

今週は久々に一日休みみたいな状況を作れました。頭がすっきりしてなかなか良いものです。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

2月21日

それをどのように見極めるか。

2月22日

意識的に「見る」ことは、対象に注意を向けることとイコールです。そうでなければ、ただ「目に入っているだけ」な状態と言ってよいでしょう。

2月23日

後悔は避けたいものですが、後悔から始まる何かもあります。

2月24日

だから、「複数の始点から考えましょう」というアドバイスは短期的にはまったく役に立ちません。できない人はその技能がないのですから。でも、逆に言えば訓練すれば得られる技能だ、ということでもあります。それは希望でしょう。

2月25日

今の自分ではなく、将来の自分に向けられたギフト。その価値は、将来の自分にしかわかりません。

今週のその他エントリー

Honkure

WRM 2017/02/20 第332号
『知の編集術』(松岡正剛)
『魔法密売人』(真坂マサル)
『ワープロ作文技術』(木村泉)
『騎士団長殺し』(村上春樹)

シミルボン

無知の力・情報の選別・ゆっくり学ぶこと「逆説の情報摂取学」 | コラム | シミルボン

今回は身の回りの情報や学びについて。

今週触った本

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○BizArts 3rd 「第五章 第七節 ホームのロール」
○でんでんコンバーターで電子書籍を作る vol.10
○エッセンシャルEvernote vol.14 「Evernoteのタイムライン性」
○カクウの一冊 『誰でも書けるデジタル作文技術』(倉下忠憲)
○物書きエッセイ 「リライトの難しい方向性」

頂いた感想など:

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腰を据えて本を読むこと

昨日発売された村上春樹さんの新刊を買って読んだ。朝10時から夜の11時までという、言葉通り一日仕事だった。なにせ500ページを超える本を二冊である。これはなかなかタフだ。それでも、一面に豊かに実った稲を収穫し終えたような充実感があった。ああ、俺はきょう本を読んだのだな、という確かな手応えがあった。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編
村上 春樹
新潮社 (2017-02-24)
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騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編
村上 春樹
新潮社 (2017-02-24)
売り上げランキング: 2

ここまで集中して本を読んだのは久々だった。春樹さんの新作は発売日に買ってすぐに読み始めるが、前作の長編『1Q84』は7年前だという。まるで信じられない。でも、私の実感とはまるで関係なく、時間は前に進んでいるのだ。そして、その7年間で私の生活、特に読書生活は大きく変わってしまったのかもしれない。それも、あまり良くない方向に。

それでも嬉しい発見はあった。

デヴィッド・L・ユーリンの『それでも、読書をやめない理由』に、読書家の悲痛な叫びが次のように綴られている。

それでも、読書をやめない理由
デヴィッド・L. ユーリン
柏書房
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ところが最近では、パソコンの前で数時間過ごしてからでないと本を手に取らなくなった。一段落ほど読むと、すぐに気がそれて心がさまよい始める。すると、わたしは本を置いてメールをチェックし、ネットサーフィンをし、家の中をうろついてからようやく本にもどるのだ。あるいは、そうしたい気持ちを抑え、無理にじっとして本を読むこともあるが、結局いつものパターンに身をまかせてしまう。

似たような感覚はとてもわかる。落ち着いて本を読んでいられない自分に気がつき、そのことに唖然とするのだ。なぜならその場所は、どう考えても私が辿り着きたい場所ではないからだ。

ネットでは事情通の連中があらゆる情報を提供してくる。このような状況では、知識は幻想に取って替わられる。じつに魅力的な幻想に。ネットの世界はこう断言する。スピードこそがわたしたちを事実の解明へ導き、深く考えることより瞬時に反応することのほうが重要で、わずかな時間も無為に過ごしてはいけない、と。

まさにこれだ。本を読もうとしてどうしても落ち着かないのは、自分が見ていない間に有益な情報が生まれているのではないか、自分は他にもっとやることがあるのではないか、という気持ちが消えないからである。その焦りは、たしかに行動を生むかもしれない。賢明とは言えない行動を。

そのことは、『かーそる 2016年11月号』でHibikiさんが「誠実なステップは利己的なストーリー」として書いていることだ。速度ある反応は、ぜんぜんよくないかもしれない。必要なのは、熟慮なのだ。しかし、ネット的な価値観はそれとはまるで逆の方向に進んでいる。速度が善なのだ。

かーそる 2016年11月号
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ユーリンは、本を読むためには「余裕を持って深くのめりこむ姿勢」が大切だと言う。その通りだ。それらは基本的にゆっくりとした行為であり、無為であり、反応とは呼べない何かを引き出すためのものだ。速度と意味に(そして反応的感情に)溢れた情報交流とは、違った場所に身を置くことだ。

興味深いのは、私がそのように考えていてもなお、つまり熟慮に価値を置いてなお、やっぱり読書するときに落ち着かない感覚を得てしまう、ということだ。価値観と脳の機能がマッチしていない。由々しき事態である。

とは言え、昨日は言葉通りいちにち本を読んだ。散歩もしたし、ご飯も食べたし、少しTwitterを覗いたりもしたが、それでもこれまでの散漫な読書とは違った、どっしり腰の据わった読書体験だった。どうやら、まだ私の脳はその能力を喪失したわけではないようだ。水が流れなくなったことで、少々古びてしまってはいるかもしれないが、まだそこに水路はしっかりと残っている。

そしてその水路は、きっと文章を書く上でも機能してくれるはずだ。書くことは読むことであり、読むことは書くことなのだから。

読書は精神の調律であり、そのために他者の精神に同調する必要がある。私たちは、他者の視点から世界を眺めることによって、自分自身を把握し、それを取り戻すことになる。三角測量。

断片的かつ大量なテレパス__それはもはや洗脳だ__が横行する中で、まるで叛逆のように、あるいは神殿で執り行われる密儀のように、ゆっくりとじっくりと本を読むこと。

非常に残念ながら、それを実行するために私は多くの労力を支払った。一日何もしなくても良いように、一週間の半分ほどを使い、前のめりに作業をこなしたのだ。次の日に送ったタスクもある。そのように準備を万全に整えて、ようやく私は「気を散らす」要素から遠ざかることができた。儀式には生け贄が必要なのだ。昔は必要なかったのかもしれないが、少なくとも今は必要なのだ。

でも、それができるとわかったことで、私は暖かい気持ちを抱くことができた。生き別れた弟に再会したような気分だ。まだ、取り返しはつくかもしれない。

メディアに触れることは、精神をそこにアジャストすることである。生活をそこにフィッティングさせることでもある。少なくとも、今を生きる私たちはまだ、その先を選ぶことができる。20年先ならもう不可能になっているだろう。だからこそ、今は選びたいと思う。選択こそが、我々の自由意志を感じさせる骨幹なのだから。

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毎度好例

フリーランスの特権をフル活用です。はい。

では、また。

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一周回って、酸いも甘いも噛み分ける

麻雀の覚えたての頃って、相手の手なんか読めないのでガンガンつっぱねるわけですよね。好きな牌を切る。

で、ちょっくら覚えてくると、抑えるようになる。切らないようになる。防御力は高くなる代わりに、攻撃力は落ちる。トレードオフ。

やがてそこを突き抜けると、あたる確率なんてそんなに高くないし、守ってばかりでは勝てないことに思い至って、結局まっすぐ行くようになる。ただし、要所要所は押さえた上での突っぱね。

こういう巡回というか巡礼がある。

行く→守る→行く

でもって、二回目の「行く」は、単純そうに見えてやっぱり奥深い。機微を含み、ぎりぎりまでリスクを追及した「行く」になっている。巡礼効果。

さて、レビュー(評論・批評)。

最初の頃は、たぶん単純に「面白い」「すごく好き」みたいな感想を抱き、それを発露する。「すごーい!君は面白作品を書けるフレンズなんだね!」

でも、慣れてくると抑えるようになる。いくつか作品を知ることで、比較して評価するようになり、また世間的な評価が低いものを高く評価してしまって、自分にマイナスのフィードバックが返ってこないか心配になってしまう。むしろ、ネガティブな批評をすることで、自分をかっこよくみせたくなる気持ちが湧いてくる。

やがてそこを突き抜けると、そもそも一つの作品を完成させることの苦労を知ったり、単純な比較から抜け出して、自分自身の評価軸においてその作品を位置づけられるようになる。機微のあるほめ方ができるようになる。でもって、全体を活性化していくのは、そうした評価の声であることにも気がつく。人の心にガソリンを注げるようになる。呪いの言葉は、誰も幸せにしない。

褒める→けなす→褒める

こういう巡礼がありそうだ。

でもって、世間を見渡してみると、こういう「一周回って最初の場所に帰ってくるけれども、最初とは違う」というものが結構あるような気がする。これは、初心忘るべからず、ということではない。初心のままであれば、最初の行為と何ら変わらなくなってしまう。そうではなく、ポジティブとネガティブの両方を踏まえた上で、どちらを選択するのか、という意志の問題だ。

当たり前だが、これはネガティブを排除せよ、という原理主義的な話ではない。それは一つ目の「褒める」に留まれ、ということであり、非常につまらない結論だ。ポイントは、一周回ることである。けなすこともできる人が、褒める(=新しい価値を与える)こと。それもまた、一つの創造であることは言うまでもない。

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【書評】立て直す力(ブレネー・ブラウン)

後悔しないで生きていくにはどうするか?

一切の内省を排除すればいい。感情をそぎ落とせば、あらゆる苦難から解放される。ばかばかしい答えかもしれないが、ある種のポジティブ教が言っているのはそういうことである。何もかもを肯定することは、何も考えないのと同義だからだ。

本書のアプローチは違う。

※献本ありがとうございます

悲しいほどに現実的であり、それはまた人間的でもある。

概要

著者のブレネー・ブラウンはソーシャルワークについての研究者だ。以下の動画でご存じの方も多いかもしれない。

その著者が、「倒れた自分を起き上がらせる」のプロセスを開示したのが本書である。目次は以下の通り。

イントロダクション――果敢に挑み続ける価値
1章 「立て直す力」10の法則
2章 立て直すプロセスを理解する
3章 最良のストーリーをつくる
4章 自分の感情を自覚する
5章 ストーリーを整理整頓する
6章 境界線を引く方法
7章 傷つく勇気をもつ
8章 助けを求める勇気をもつ
9章 倒れた時の立て直し方
10章「恥ずかしい自分」を受け入れる
11章 立て直す力を身につける

最初に断っておくと、「倒れた自分を起き上がらせる」ことは簡単ではない。嫌悪される勇気を持てば、世界はあっという間に塗り変わる、なんてことはない。それには時間もかかるし、痛みも伴う。「楽しく」生きていくためには、無用のものだろう。なにせ、倒れた自分を自覚さえしなければ、倒れたことにはならないのだから。

人間はそういうことをよく行う。明らかに倒れているにも関わらず、それを無視するのだ。「ちくしょう。地球の方が俺にぶつかって来やがった」そう言っておけば、自分が倒れた事実はどこにも存在しない。そして他者に憤怒と憎悪をまき散らすことになる。

自分が倒れたことを認めるには本当に勇気がいる。自分の心が恥辱に染まっていると自覚することにすら恥の感覚が伴うのだ。よく言われる「弱い心」__本当は非常に強力なのだが__に自分がまみれてしまっていることを自覚しなければならない。それは辛いものだ。

しかも、である。自覚したからと言って即座にそれを克服できるわけではない。ある種の刺激に対して起こる自分の反応は、かなり強固なもので、変更を加えるにはタフな努力が必要となる。怒りでカンカンになっている人に、「あの人も別に悪気があってやったわけじゃ……」とアドバイスしたことがある人ならば、容易に理解されるだろう。「そんなわけあるか」で一蹴である。それと同じ心のメカニズムが自分に対しても起こる。考え方を変える、それも自覚的に考え方を変えるのは至難の業なのだ。

そんなことをするくらいなら、自分が倒れたことを無視すればいい。何もかもが他者のせいにして、自分はひたすらに被害者ぶっていればいい。少なくとも、それで自分が持つ心の弱さについては自覚しなくて済む。

むろん、それで状況が改善することはまずない。自覚のないところに、改善などありえない。

本書は、著者自らの体験を交えて、人がどのように倒れ、そこにどんな感情と痛みがつきまとい、そこからどのように立ち上がるのかが克明に明かされている。とは言え、本書のアプローチがどこまで有効なのかは私には判断がつかない。なにせ私は専門家でもないし、実証実験で確かめられるものでもないからだ。

それでも、自分が頭の中でこしらえた「ストーリー」を記述してみる方法は、実体験から言っても有用だと感じる。心の中にあることを書き出すのは、それを整理するために必要なプロセスである。その場所は、パブリックに共有される場所であってはいけない。本当に信頼できる人、そうでなければずっと口をつぐんで寄り添ってくれるノートが必要だ。その意味でも、ノートはあなたのパートナーとなりえるし、あなたそのものを吐露する場所だと言える。

そこに自分が感じている、怒り、悲しみ、恥ずかしさ、混乱といったものを書きだし、それが何に由来するものなのかを検討してみる。最初は、すべて他者のせいだという自分の声が聞こえるだろう。それこそがでっち上げた「ストーリー」であり、あなたの心を束縛しているものでもある。

本書で紹介されている面白い「実験」がある。これは私の体験からも頷ける実験だ。

「人は皆、最善を尽くしているか?」

この問いにノーと答える人は、他者を攻撃しがちであり、悪しき完璧主義に陥っている。そして「〜〜すべき」という言葉をよく使う。自分が最初に思いついたストーリーに固執し、他の可能性について考えることができず、攻撃的に振る舞う。もちろん、その人もまた、最善を尽くしているのだ。この話の難しいところはここにある。だから、変えるのが難しいのだ。

一つ言えることは、人の強さとは、怒り、悲しみ、恥ずかしさ、混乱を持たないことではない。それは単なるロボットであり、言ってみれば強力な自己催眠を施しているだけである。人間的でなくなれば、人間的な弱さからは開放される。それと同時に人間的な強みも失う。目指したい場所はそこだろうか。

むしろそのような感情が自分にも生じることを認め、それを受け入れた上で、克服することが強さであろう。そして、その強さは他者に向ける眼差しにも反映される。自分にだって限界があり弱さがある。だったら、他者もそうだろう。人はそれぞれに最善を尽くして生きている。どう考えてもそうはみえないときもあるだろう。が、そんなときにそう思い直すことが、一つのゆるしである。それは人の、いや人間の気高き力なのだ。

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『いつでもどこでも書きたい人のためのScrivener for iPad&iPhone入門』にユーザインタビューでご協力させていただきました

パソコン用のScrivener入門書については以前紹介しました。

考えながら書く人のためのScrivener入門 小説・論文・レポート、長文を書きたい人へ
ビー・エヌ・エヌ新社 (2016-03-18)
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今回発売されるのは、そのiOS版です。

でもって、その中にあるユーザインタビューにご協力させていただきました。ラインナップは以下。

  • ユーザインタビュー:小説家・藤井太洋氏に聞く、Scrivener for iOS & Mac版の使い方
  • ユーザインタビュー:物書き・倉下忠憲氏に聞く、Scrivener for iOS & Mac版の使い方
  • ユーザアンケート:うさぼうさんの場合
  • ユーザアンケート:早川純一さんの場合
  • ユーザアンケート:とし(Toshiaki Nakamura)さんの場合

ご存じの名前もちらほらあるかもしれません。私としては、「おぉ、藤井先生とご一緒させていただけるとは……」と三点リーダ付きで感動しております。

ちなみに本書はScrivener for iPad&iPhoneの入門書ですが、私はあまりiOS版を使っていません。メインはMac版で、その補佐としてiOS版を位置づけています。

でもまあ、ツールなんてそんなものです。「こう使わなければならない」というのはなく、自分の環境に合わせて最適なツールをセッティングしていくものです。その意味で、Scrivenerは、MacでやりたければMacで、iOS端末でやりたければそれで、という使い分けというか、多様な運用モデルを構築できるのが魅力かと思います。

ともあれ、ScrivenerのiOS版をがっつり使い込んでみよう、という方は本書が役に立つでしょう。なにせ高機能・多機能なツールなのでガイドブックは有用です。

それと、本書刊行記念のトークイベントが書泉ブックタワー(秋葉原)で行われる模様です。開催は3月13日。詳細は以下のページからどうぞ。

『いつでもどこでも書きたい人のためのScrivener for iPad & iPhone入門 記事・小説・レポート、文章を外出先で書く人へ』刊行記念トークイベント -藤井太洋先生×向井領治先生に聞く、Scrivener iOS版入門- – 書泉/東京・秋葉原

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Evernoteと大学ノート

私はEvernoteを使っています。
私は大学ノートを使っています。

統一したらいいのに。

でも、できません。

なぜ。

ノートの中の記録

大学ノート(以下ノート)は、書き込むときにページを開きます。

最新のページに辿り着くまでに、過去の記録の存在が知覚されます。内容が目に入ることすらあるかもしれません。あるいは、新規ページに書き込んでいるときに、パラパラと前のページを読み返すこともできます。

連続性の中に、記録が置かれているのです。

Evernoteの中の記録

Evernoteだって、連続性を持っています。タイムスタンプがあり、過去全ての情報にアクセス可能です。

とは言え、ノートにつらつらと記録を書きつけるのと同じような感覚がEvernoteにあるのかというと、やっぱりそれはありません。

なぜか。

inboxです。

inboxは、基本的に常時Zeroであることが推奨されます。でもって、新しく作成されたノートはこのinboxに入ります。このやり方をしている限り、新規作成されるEvernoteのnote(以下note)は、断片的に浮遊した存在となります。別の記録と切り離されているのです。

解決策としてのビュースタイル

もちろん、これは使い方の問題です。

私は気がつきました。inboxをホームにしなければいいんだ。では、どこにする。「すべてのnote」だ。Mac版のEvernoteには、特定のノートブックを表示させることもできますし、ノートブックの区切りなくすべてのnoteを表示させることもできます。

でもって、この「すべてのnote」をデフォルトで使うようにしておくと、ノートを使うときと同じような感覚が得られることがわかりました。

inbox zero体制で新規noteを作れば、そのノートは一人ぼっちの状態に置かれます。しかし、「すべてのnote」状態で新規noteを作れば、それはnoteのタイムラインに位置することになります。過去の記録と今の記録がひと連なりになるのです。

でもって、この使い方は、すべてを一つのアウトラインにまとめるWorkFlowyを触っている感覚と近くなります。実際は違いが多くありますが、「すべてがここにある」という感覚は強まるのです。

集まりすぎる情報

ただ、問題は一つあって、どう考えてもそれは使いにくい、ということです。だって、noteを分類する役割こそがノートブックの存在意義ですからね。「すべてのnote」はその役割をはぎ取ります。

特に私は、多くのものをEvernoteに入れてしまっているので、「すべてのnote」ビューはかなり雑多なものとなります。幕の内弁当とハッピーセットとラーメンライスを合わせたくらいの雑多さです。そのままの状態では使いづらいことこの上ありません。

とはいえ、「すべてのnote」ビューを使いやすくするために保存する記録を減らす、というのは本末転倒間が漂ってくるので避けたいところです。

さいごに

という問題を解消するために出てきたのが、flowboxでした。「すべてのnote」から醸し出される要素をinboxに寄せたのです。

しかし、これを書いていて思ったのですが、inboxはinboxのままにして、なんとかして「すべてのnote」ビューでやっていく、というのも一つの手かもしれません。

noteの数(あるいは増加数)が少ない場合は、試してみる価値はありそうです。

▼こんな一冊も:

EVERNOTE「超」知的生産術
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C&R研究所 (2016-04-21)
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2/13 〜 2/18 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. Evernoteのinboxをflowboxに その1
  2. Evernoteのinboxをflowboxに その2
  3. ほぼ半額! 『EVERNOTE「超」知的生産術』がKindleの月替わりセール対象です
  4. Evernoteのinboxをflowboxに その3
  5. Evernoteのinboxをflowboxに その4
  6. Evernoteのinboxをflowboxに その5

今週は、一週間かけて一つの対象について書いてみました。その分、一エントリーの分量を短くしたのですが、やっぱり若干書き足りない感じはありますね。また、来週からは変わると(あるいは戻ると)思います。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

2月13日

楽しいことには慣れてしまう、ということは覚えておいた方がよいです。「楽しさ」を基準にしていると、だいたい続きません。

2月14日

8割原則の裏利用です。

2月15日

簡単にゆるせるのならば、それはもうはじめからゆるしているのとかわりありません。ゆるせないようなものをゆすることが「ゆるす」ということなのです。

2月16日

リアルタイム、現場、フィードバック、動的変化。本当に足りないものを把握し、それを埋めるように動くこと。

2月17日

人は必ず失敗するものです。不完全な存在なのだから仕方がありません。だから、失敗そのものよりも、その失敗にどう対処するのかが、たとえば責任感や行動力というものと結びつきます。そしてそれが信頼感を醸成するのです。

2月18日

後悔しないで生きていく上で一番簡単な方法が、内省しないで生きていくことです。多くの動物はきっと後悔を心の内側に抱えることなどないでしょう。そういうことです。

今週のその他エントリー

Honkure

WRM 2017/02/13 第331号
『ソードアート・オンライン19 ムーン・クレイドル』(川原礫)
『魔法科高校の劣等生(21)』(佐島勤)
『老人とプログラム言語』(松永肇一)
『一九八四年[新訳版] 』(ジョージ・オーウェル)

シミルボン

ポピュリズムと「トランプ現象」を位置づける | コラム | シミルボン

今週触ったメディア

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○BizArts 3rd 「第五章 第六節 システムの拡大」
○でんでんコンバーターで電子書籍を作る vol.9
○艱難Think 「昔から言われていたとしても」
○今週の一冊『ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く』
○物書きエッセイ 「執筆と共にある問い」

頂いた感想など:

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