WorkFlowy企画:第五回:Make Lists, Not War.

WorkFlowy企画:第四回:根源たる場所

Make Lists, Not War.

WorkFlowyの左下には、こんなフレーズが載っている。

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「Make Lists, Not War.」

ヒッピー文化の「Make Love, Not War.」のモジりなわけだが、この言葉には気の利いたジョーク以上のメッセージが込められている。どういうメッセージだろうか。

たとえば、次のような二つのリストを作ったとする。

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プロジェクトA、プロジェクトBにはそれぞれ3名が含まれていて、Aに含まれている人はBには含まれていないし、Bに含まれている人はAには含まれていない。排他的である。ファイル形式であれば、別のファイルとして作成された可能性もある。特に両者のプロジェクトに何の関係性もなければそうなるだろう。

しかし、WorkFlowyにはファイルがないので、上のような作り方をすることになる。何か一つの大きな項目の下部リストとして作るしかない。それは、WorkFlowyで作成する全てのリストについて同じことが言える。

すると、次のような二つの思想的視点が生まれてくる。

  • 全ての要素は交換可能である
  • 全ての要素は「名前の付けられない大きなもの」の一部である。

ずいぶん大げさな話になってきたが続けよう。

WorkFlowyは、どのようなリストも一番大きなリストの下に位置することになる。そして、これらの要素はドラッグで移動可能だ。プロジェクトAに配置された人を、すぐさまプロジェクトBに移動することができる。つまり、それらは流動的であり、プロジェクトA、Bというのは暫定的な仮置きの場所でしかない。

「あれは、これ」であり「これは、あれ」であるのだ。私はあなたであり、あなたは私でもありうるのだ。

だから日記を書きながら考えたことを報告書の文章に混ぜ込むことができる。全然違う文脈のアイデアを、ひょいと持ってくることができる。イマジナリーに引かれた境界線をやすやすと越えることができる。仕事とプライベートを飛び越え、遊びと思想を飛び越え、敵と味方を飛び越え、過去と未来と飛び越える。全ては交換可能・配置換え可能な要素であり、そしてつながっている。

プロジェクトごとにファイルを作り、それぞれを開かないと中身が閲覧・操作できないツールでは、このようなことは不可能である。

WorkFlowyはリストという境界線を引くが、その境界線は暫定的、流動的、仮説的なものでしかない。このツールが育む思想的視点は、いわゆる「レッテル貼り」とは真逆の方向性を持っている。固定ではないのだ。ある場所に置かれたものが、まったく別の場所に置かれうる可能性を提示する。

それがどれほど可能性に満ちているかを想像できるだろうか。そこにはアイデアの閃きがあり、慈愛があり、共感があり、同情がある。「あれは、これ」であり「これは、あれ」であるのだ。

イマジン。

名前の付けられない大きなもの

(第六回に続く)

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WorkFlowy企画:第四回:根源たる場所

WorkFlowy企画:第三回:ファイルがないこと

根源たる場所

ファイル構造がなく、すべてを一枚のアウトラインに収める、というのは居心地が悪いよう思えるかもしれない。パソコンのファイル形式に慣れていれば、特にそう感じられるだろう。

また、意識の問題にしても同様だ。私たちの意識は__「言葉」によって創出され、維持される意識は__、「あれは、あれ」「これは、これ」という傾向を強く持っている。全てがごちゃまぜに、一つにまとまっているのは違和感が強い。

しかし、私たちはそれぞれが一人の人間であり、一つの脳を有している。記憶も思考も、すべてそこで行われる。同一の主体が行う行為なのだ。

瞬間瞬間の私たちは、あたかも別の存在であるかのように感じるときがある。仕事をしている自分と、恋人と一緒にいる自分は、思っていること、考えていること、口にする言葉が違う。だから、あたかも違う存在であるかのように「感じられる」。

が、脳は一つである。それはビリー・ミリガンだって同じだ。

私たちは日記をつづり、仕事の報告書を書く。

アウトプットとしてはまったく別物だ。もし、報告書.docに日記.txtの文章が混ざり込んでしまえば、怒られることは必至だろう。しかし、報告書の文章に、日記を書きながら考えた論考を混ぜ込むことはおかしくない。むしろ、意義あるアウトプットはそんなところから生まれてくる。

脳は、カテゴリーごとに記憶を切り分けたりはしない。ファイルを分けたりはしない。だから、「ベンゼン環」を思い出そうとして「ジェレミ・ベンサム」という単語が頭に浮かんでしまう。蜜柑を食べながら、未完の作品についてふと考えてしまう。全てがごちゃまぜに、一つにまとまっていて、そのときそのときに応じて「切り出されている」だけだ。

WorkFlowyも、同じ構造になっている。

保存し、操作し、引き出す場所は単一。「すべてはそこにある」という感覚があり、実際的にもWorkFlowyにアクセスすればすべてが手に入る。ファイルを一つ一つ探し回る必要はない。目視でも検索でも、必要なものは見付けられる。

また「切り出し方」にもさまざまな方法がある。タグによるカテゴライズであったり、ズームによるフォーカスであったりと多様だ。

使う前に感じていたWorkFlowyに対する違和感も、徐々に使い込んでいくうちに消えていく。むしろ、この方が自然な気がしてくる。実際に、その方が自然なのだ。「あれは、あれ」「これは、これ」は人間の意識(主に前面に出ているもの)が持ち出した流儀であり、実際の本質ではない。あくまで意識にとっての便宜というだけだ。

そして、この設計(ファイルなし方式)は、ツールの使いやすさ・自然さだけでなく、そこに一つの思想を垣間見ることもできる。

Make Lists, Not War.

第五回に続く)

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WorkFlowy企画:第三回:ファイルがないこと

WorkFlowy企画:第二回:WorkFlowyの三つの特徴

ファイルがないこと

WorkFlowyの最大の特徴は、「ファイル」が存在しないことだろう。一連のアウトライナーツール群で見ても異質だし、知的生産を補助するツールで見ても同様だ。

私が最初にWorkFlowyを触ったとき、違和感を感じたのもここだ。ブランクのページにいくつか項目を追加し、順番を入れ換える。ふむ、なかなか良い。じゃあ、別のファイルを作って……「ファイル」という項目が見つからない。「New Page」のボタンも見当たらない。

……。

わかった。これは私が無料ユーザーだからだろう。機能制限を受けているのだ。有料アカウントになれば、たとえば3つとか5つとかファイルが作れるに違いない。

違う。解説ページを読み漁っても、そんな記述は一切ない。

WorkFlowyには、ファイルという概念はもともと存在していないのだ。ユーザーに与えられるのはただ一枚の大きなアウトラインだけ。

パソコンに慣れたユーザーならば違和感の方が強いかもしれない。どうやってこれでドキュメントを管理するんだよ、と。その戸惑いは、おそらくEvernoteと最初に遭遇したときに感じる違和感に通じているだろう。これまでの常識が通用しない、そんな感触だ。

Evernoteも、ファイルを持っていない。いや、実際はパソコンの都合上ファイルはある。ただ、ユーザーはファイル構造を意識しなくてもよい。そこがポイントである。つまり、扱うプロジェクトが変わるたびに「新規書類の作成」を押さなくてもよいのだ。そこにはドキュメントごとの切り替えはない。Evernoteというツールの(あるいはウィンドウの)上に、すべての情報が乗っかっている。それはつまり、プラットフォームとして機能するということだ。

WorkFlowyも同じである。ユーザーはプロジェクトごとにファイルを切り替える必要はない。すべてがWorkFlowyの中にある。それも一枚のアウトラインの中にある。

この両者が似た構造を持っていること、そして共に「脳」に言及しているのは、もちろん偶然ではない。機能的に重要な意味があるのだ。

根源たる場所


Make Lists, Not War.

第四回に続く)

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WorkFlowy企画:第二回:WorkFlowyの三つの特徴

WorkFlowy企画:第一回:WorkFlowyとは何なのか?

WorkFlowyの三つの特徴は以下である。

  • クラウドであること
  • 1ペイン方式であること
  • ファイルがないこと

それぞれ見ていこう。

クラウドであること

WorkFlowyはクラウド型ツールであり、IT中級者がクラウドツールに望むであろう機能を一通り揃えている。具体的には、

  • 端末を気にせずに使える
  • ネット環境にある限り自動的に保存される
  • 他者とのコラボ(シェア)が可能

などの機能だ。

なかでも重要なのは「端末を気にせずに使える」点である。ブラウザベースなので、パソコンのOSによる垣根もなければ、Flashを使っていないのでiOSでも問題ない。つまり、スマートフォンを運用している限りにおいて、WorkFlowyはいつでも使える。

これは便利であるだけでなく、脳に寄り添うツールなら必須でもある。なにせ私たち(の意識)と脳は切り離せないからだ。影のようにいつでも付きまとってくれないと困る。脳の中身を吐き出す、吐き出して整理したものを参照する。こうしたことがいつでもできること(ただし、as possible)。これが重要だ。

Evernoteも、もちろん似たことができる。むしろ、「できること」はWorkFlowy以上にたくさんある。しかし、それゆえに弊害も持っている。それについては後述しよう。

1ペイン方式であること

アウトライナーには1ペイン方式と2ペイン方式があるわけだが、WorkFlowyは前者である。
※両者の違いについては参考文献を。

一見、「organize」という目的を考えれば、2ペイン方式の方がうまくやれそうな気がする。見出しと中身が綺麗に分離された情報構造体の方が「組織」はしやすい。しかし、どのように観察のレンズの自分の意識に向けたところで、私たちの脳にあるものはそんな綺麗には分離されていない。

「連想」という行為をひとつとってみても明らかだが、思想の発展において主と従は容易に反転する。まだ固まりきっていない思想であればなおさらである。そして、私たちの脳内にはそんなゲル状のものが大量に潜んでいるのだ。

もし操作しようとしているものが最終的な成果物に近いのならば、2ペイン式でも構わない。むしろ、その方が好ましいだろう。最終的な成果物ではどうしたって見出しと中身は分離されなければいけないからだ。ただ、扱おうとしているものが、より脳に近いのであれば、その段階において見出しと中身を簡単に切り分けてはいけない。ベットのサイズに足の長さを合わせるようなことになりかねない。

おそらく理想的なアウトライナーは1ペイン方式を主としながら、2ペイン式のビューを持つものであろうが、その議論については割愛して話を先に進める。

ファイルがないこと

第三回に続く)

▼参考文献:

アウトライン・プロセッシング入門: アウトライナーで文章を書き、考える技術
アウトライン・プロセッシング入門: アウトライナーで文章を書き、考える技術 Tak.

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WorkFlowy企画:第一回:WorkFlowyとは何なのか?

脳をまとめる

Organize your brain.

クラウド・アウトライナー「WorkFlowy」のトップページに掲げられている言葉だ。

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Organizeは、組織する、計画する、調達する、体系づけるといった意味なので、少し意訳すれば「思考を体系化する」や「気になることをまとめる」となるだろう。

たかだかアウトライナーがおおげさな、と思う向きがあるかもしれない。段差を付けられるだけのテキストツールで、「思考を体系化する」ことなんてできるのか、と。その疑問はもっともである。その上、WorkFlowyはシンプルな外観をしており、詳しい使い方も__操作方法の動画を除けば__解説されていない。いっそ、不親切な響きすらある。

しかし、そうではないのだ。

WorkFlowyは、brainをorganizeしうるツールである。

そして、「organizeしうる」という可能性と、WorkFlowyの不親切さはリンクしている。詳しくはこれから考えていくが、簡単に言えば「未開の地には、道がない」ということである。

もちろんWorkFlowyのorganizeは完璧・完全とはほど遠い。それにMRIを撮影するときのように、寝転がっていたら自動的にorganizeされました、みたいな結果は訪れない。鍬や鋤と同じく手足のようにそれを振るい続ける必要がある。

しかし、ツールというのはえてしてそういうものだ。人間の拡張としてのツールが背負い込む宿命である。

WorkFlowy

まずは簡単に確認しておこう。

「WorkFlowy」は、クラウド型のアウトライナーである。

では、アウトライナーとは何か。その深遠な問いは本連載の手にはあまるので、以下を参考文献として提示しておく。

アウトライン・プロセッシング入門: アウトライナーで文章を書き、考える技術
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その上で、もう一度確認しよう。

「WorkFlowy」は、クラウド型のアウトライナーである。

では、その特徴とは何だろうか。三つ挙げられる。

  • クラウドであること
  • 1ペイン方式であること
  • ファイルがないこと

第二回に続く)

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5/11 〜 5/16 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. 【書評】アウトライン・プロセッシング入門(Tak.)
  2. Tak.さんへの手紙
  3. 評価を与えること
  4. 解毒剤
  5. シェアされる情報の傾向、あるいはささやかな予言
  6. 【勝手にHOW I WORK】田舎系物書き「らした」の仕事術

今週もバラバラなテーマでした。最近ちょっとビジーなので、しばらくは短めの記事が続くかもしれません。まあ、予定は未定ですが。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

5月11日

答えのためだけの答え。決して変更されない、検討されない、議論されない、答え。どこにもたどり着けない答え。

5月14日

もちろん自覚があっても抑制できるとは限りませんが、自覚がなければ抑制しようもありません。まずは、どういう状況になっているのか認知することが始まりになります。

5月16日

表面的な要素が代わったとしても、関係性はキープされます。

今週のその他エントリー

Я-style

「とにかく、いろいろやってみる」
編集、はじめました。
一作目の著者さんは……

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○BizArts 3rd 006 「ツールの導入方法」
○BNS #49
○「本」を巡る冒険 06
○今週の一冊 『自分をいかして生きる』(西村 佳哲)
○知的生産エッセイ 「呪術的なコンテンツ」

→メルマガの過去分エッセイは「Facebookページ」にて読めます。

頂いた感想など:

Weekly R-style Magazineは、毎週月曜日の朝7時に配信されているメルマガです。

Weeky R-style Magazine
Weekly R-style Magazine ~プロトタイプ・シンキング~(まぐまぐ)

ブログに書けないテーマ、長期的な連載、日々考えていることなどをお送りしています。

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【勝手にHOW I WORK】田舎系物書き「らした」の仕事術

【勝手にHOW I WORK】オタク系フリーランス「ゆのき」の仕事術(すみっこの記)

── あなたが受けたものと同じ質問をしてみたい相手はいますか?

「この人たちの職業ってなんなんだろう」的な意味で、

明日やりますの奥野さん@odaiji

R-styleの倉下さん[twitter@rasita2]

テレイドスコープの大下さん[twitter@yawn_c]

の3人です。気が向いたら是非お願いします。

バトンを頂いたのでちょこっと書いてみます。

田舎系物書き「らした」の仕事術

氏名:倉下忠憲(rashita,@rashita2)
居住地:限りなく奈良に近い京都
現在の職業:フリーランス物書き
 ビジネス書
 ライトノベル・小説
 セルフパブリッシャー
 編集(←New)
現在のコンピューター:MacBook Air 13-inch
現在のモバイル端末:iPhone 4S(せめて5にしたい)
仕事スタイル:エブリデイ

── 「これがないと生きられない」というアプリ・ソフト・ツールは?

「Evernote」「Dropbox」「Gmail」「Googleカレンダー」は仕事上必須。逆に言うと、これさえあれば後はどうにでもなります。物書きというのは__大量の資料を除けば__仕事で必要なものって案外少ないものです。

加えて、タバコ的なポジショニングで「Twitter」は欠かせません。

── 仕事場はどんな感じですか?

以前紹介しました。自宅なら、MBA+サブディスプレイですが、カフェで作業することも多いです。

── お気に入りの時間節約術は何ですか?

「通知を切る」こと。正直、電話も常にオフにしておきたいです。

あと、ありきたりではありますが、朝早い時間帯などに集中力が必要な作業をほうり込んでおく、というのも有効ですね。

── 愛用中のToDoリストマネージャーは何ですか?

今のところEvernoteですが、自作する意欲は常に持っています。

── 携帯電話とPC以外で「これは必須」のガジェットはありますか

iPod Classic__No music, No life__。最近容量が限界に近づいてきたのが不安材料です。

── 日常のことで「これは他の人よりうまい」ということは何ですか?

七対子を作ること……は、あんまり日常ではありませんね。う〜ん、特にないかもしれない。5分間だけ熟睡するとかはどうですかね。わりと便利ですよ。

── 仕事中、どんな音楽を聴いていますか?

Rock、アニソン、Classic、Jazz、テクノ、Pop、なんでもござれです。最近はアニメ系の楽曲が多いかもしれません。やなぎなぎさんとかKalafinaとかLiSAとか。

── 現在、何を読んでいますか?

並行読書家なので、いろいろあります。『神話の力』『リトルピープルの時代』『いま、集合的無意識を、』『世界はシステムで動く』『思考の技法』『図書館に訊け!』。とにかく雑食家です。

── あなたは外向的ですか、内向的ですか?

長年、内向的だと信じて生きています。

── 睡眠習慣はどのような感じですか?

午前2時頃に寝て、8〜9時頃に起きる、というところでしょうか。妻の仕事終わりが遅いので、だいたい私も遅くなります。

── この仕事を始めたばかりのころと変わったことはありますか?

年々本を書くのが難しくなってきています。その分、面白さも増していますが。

── これまでにもらったアドバイスの中でベストなものを教えてください

「群れから外れたからといって、すぐさま死ぬわけではない」

具体的なひとまとまりの言葉としてではありませんが、さまざまな文学作品からそうしたメッセージを受け取ってきました。言葉通り、それは私の人生におけるセーフティーネットになっていたと思います。

── ほかに読者に伝えたいことがあればどうぞ。

この時代になっても、むしろこの時代だからこそ「本」作りは楽しいですよ。

── あなたが受けたものと同じ質問をしてみたい相手はいますか?

そうですね、

  • Lifehacking.jpの堀さん[@mehori]
  • 「数学ガール」の結城先生[@hyuki]
  • 灯台杜と緑の少年(あるいはもふもふ出版)の犬子さん[@sleeping_husky]

の3人にお聞きしてみたいきがします。なんか、すごくバトンがつながらない気がしてきましたが気にしないでおきましょう。

というわけで、こちらからは以上です。


以下テンプレート

〜〜の仕事術

氏名:
居住地:
現在の職業:
現在のコンピューター:
職場:
自宅:
現在のモバイル端末:
仕事スタイル:

── 「これがないと生きられない」というアプリ・ソフト・ツールは?
── 仕事場はどんな感じですか?
── お気に入りの時間節約術は何ですか?
── 愛用中のToDoリストマネージャーは何ですか?
── 携帯電話とPC以外で「これは必須」のガジェットはありますか
── 日常のことで「これは他の人よりうまい」ということは何ですか?
── 仕事中、どんな音楽を聴いていますか?
── 現在、何を読んでいますか?
── あなたは外向的ですか、内向的ですか?
── 睡眠習慣はどのような感じですか?
── この仕事を始めたばかりのころと変わったことはありますか?
── これまでにもらったアドバイスの中でベストなものを教えてください
── ほかに読者に伝えたいことがあればどうぞ。
── あなたが受けたものと同じ質問をしてみたい相手はいますか?

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シェアされる情報の傾向、あるいはささやかな予言

一つ、予言をしておきましょう。

あなたはこの記事をシェアしません。

もちろんこの予言は、本稿の主旨に関係があります。

共有されやすいコンテンツの傾向

ソーシャルウェブにおけるネットワーク構造とその性質を論じた『ウェブはグループで進化する』に次のような記述があります。ウェブで共有されやすいコンテンツの特徴を紹介した文です。

共有されやすいコンテンツは、内容が肯定的なものや有益な情報を含むもの、驚きを与えるものや面白いもの、もしくは目立つ形で取り上げられているものである。しかし、こうした要素よりももっと重要なのが、どれほど感情を刺激する内容であるか、という点なのだ。

感情を刺激する、それも強く刺激するものほど共有されやすい。それはディスコメントや炎上騒ぎを見ていても納得できます。そうした共有の引き金になっているのは、理性というよりはむしろ、怒り・恐怖・嫌悪といった感情です。そこにどれだけ理屈の彩りがコーディングされていようとも、根源にあるのは感情の動きなのです。

それほど心が躍らないようなコンテンツ、例えば快適に感じたり、リラックスしたりするようなものはシェアされない。

「うんうん、そうそう」と軽く同意したり、あるいは読んでいてほんわかした気持ちになった(しかし、それ以上は特に何もない)ものは、シェアされにくいわけです。

著者のポール・アダムスはこう続けます。

公衆衛生に関する情報を広める場合には、悲しみよりも不安を感じるような内容のほうが効果的だろう。

理屈の上ではそうなのでしょう。しかし、それで本当に良いのだろうか、という不安も感じます(やはり、著者は正しいわけです)。

先に待つ世界

データ分析がコンテンツの生成に影響を及ぼしているのならば、ウェブで影響力を持ちたい人が作成するコンテンツは、必然的に感情を強く刺激するものに流れていくでしょう。

すると、二つの方向性が考えられます。

  • 感情を強く刺激しないものは生成されない。
  • 感情を強く刺激するものばかりで溢れかえってしまう。

どちらも厄介そうです。

感情を強く刺激しないものは生成されない

感情を強く刺激しなくても、良いコンテンツというのはたくさんあります。

それは緩やかだけれども良いコンテンツ、という方向性だけでなく、「そのときはまったく言葉にはできないし、自分の中でも着地点が見付けられないけれども、ともかく気にかかる」という方向性もあるのです。

私がウェブでコンテンツを読んでいても__ありがたいことに__そういうあやふやなものに遭遇することがたまにあります。そして、たしかにそれを共有しないことの方が多いのです。Evernoteにクリップしておき、時間が経ったあとで読み返す。そういう付き合い方をするのです。

もし、瞬間的に感情を強く刺激するコンテンツだけが「是」となり、それ以外のものを作るのは「労力に見合わない」なんてことになれば、非常に偏ったコンテンツ生態系が出来上がってしまいます。飲食店がファーストフードしかない街、中身が缶ビールだけの冷蔵庫、みたいなものです。

感情を強く刺激するものばかりで溢れかえってしまう。

そんな生態系が出来上がったウェブを眺めれば、どうなるでしょうか。

何を見ても感情が強く刺激される、ということになります。間違いなく疲れることでしょう。いっそ見なくなるか、あるいは耐性がついて感情が動きにくくなるかもしれません。

前者は、一つの付き合い方としてありかもしれませんが、後者は心のスイッチをオフにしているようなものです。ウェブ以外の場所でも影響が出てくるかもしれません。あまり、喜ばしくない状態です。

さいごに

もちろん、人間というのは多様であり、それはつまりクリエーターというのも多様だということです。

感情を強く刺激するものが広く共有される、ということを知っていても、その手法を使わない人は、それなりの割合で(たぶん)存在することでしょう。仮にそれが1%であっても、ウェブの全体で見れば十分なコンテンツ数になりえます。

あとは、フォローする側が選択し、バランスの良いインプット・ポートフォリオを築いていけばよい話です。

たとえば、ここの部分を、

「このままいけばウェブの風景は感情を強く刺激するものばかりになり、ゴミ屑と変わりなくなる」

みたいに書けば、誰かの感情を刺激できるかもしれません。

しかし、私は1%に属するので、そういう表現は避けておこうと思います。

▼参考文献:

ウェブはグループで進化する
ウェブはグループで進化する ポール・アダムス 小林 啓倫

日経BP社 2012-07-26
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解毒剤

「博士、ついに完成しましたね」
「うむ。これで多発性認識偏向症を克服できる」
 さっそく博士と助手は、いくつかの試験を行い、効果と安全性を確認した上で、<解毒剤>として大々的に発売した。博士は研究一筋ではあったものの、研究にはお金がかかる。この<解毒剤>は、そうとうな売り上げが期待された。なにせ、いままで市場にはまったく存在しなかった薬なのだ。困っている患者は大勢いるにちがいない。博士は使えるだけのコネを使い、全国の薬局にその<解毒剤>を展開した。
 しかし、博士の読みは大きくはずれ、その<解毒剤>はまったく売れなかった。在庫は大きく積み上がるばかり。博士は困り果てていた。
「なぜこんなにも売れないのだ」
「ほんとうに不思議です」
 もしかしたら、症状を患っている人が思っているよりも少ないのかもしれない。そう思い、博士は路上でアンケートを採ることにした。立てられた仮説は、確かめるしかない。医療用に使われるチェックリストを持ち、博士は街に出た。
 当初予想していたとおり、症状を患っている人は少なからずいた。むしろ、想像よりも多かったくらいだ。しかし、現実には<解毒剤>はまったくと言っていいほど売れていない。
 博士は、いつもやるようにさまざまな手がかりを求めた。あたらしい仮説を立てる材料を探し回った。何か手がかりはないかと、大量に印刷して余っていたアンケートも自分でやってみることにした。
 50以上も続く質問に、一つ一つ回答を書き入れていく。取るに足らない質問ばかりだ。馬鹿馬鹿しい。最後の質問はこうだった。「あなたは、自分の認識が偏っていると思いますか?」
 博士は自信満々に「いいえ」に丸をし、その2秒後に全ての答えを悟った。
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評価を与えること

二つの場合に分けてみよう。

一つは、評価がまだ定まっていない場合。もう一つは、評価がすでに定まっている場合だ。

前者はシンプルだ。評価の与え方は、二つに絞られる。

  • 評価が定まっていないものにプラスの評価を与える
  • 評価が定まっていないものにマイナスの評価を与える

プラスの方にはリスクがあり、マイナスの方にはそれがあまりない。

評価が定まっていないもの(=あたらしいもの)は、常に失敗する可能性を秘めている。あたらしいことが10あれば、そのうち9ぐらいはうまくいかない。だから、マイナスの評価を与えておけば、9割打者である。

でもそれは、結局のところ何も言っていないに等しい。ほとんど普遍的な記述をしているだけだ。

すでに定まっている場合

後者を考えよう。こちらは、合計4つのパターンが想定できる。

  1. プラスの評価が定まっているものに、プラスの評価を与える
  2. プラスの評価が定まっているものに、マイナスの評価を与える
  3. マイナスの評価が定まっているものに、プラスの評価を与える
  4. マイナスの評価が定まっているものに、マイナスの評価を与える

まず、1と4は何も言っていないに等しい。

2は、いわゆる逆張りと言われる方法だ。人気があるものを批判しておけば、その人気があるものを気にくわない人に好まれる。仮に人気が失墜したら予言者の登場である。万物は流転することを考えれば、どこかで変化は生まれるだろうから、「これはダメになる」と言い続けていれば、どこかでヒットが(あるいはホームランが)生まれることになる。

もちろん、そうしたポジショニングとはまったく異なる、シンプルな「プラスの評価が定まっているものに、マイナスの評価を与える」という行為もある。ピュアな批判だ。

が、これは姿勢の話であり、継続的な視点の問題である。常に、「プラスの評価が定まっているものに、マイナスの評価を与える」のは、批判者とは言えないだろう。

3は難しい。あたらしい価値の発見者かもしれないし、ドンキホーテかもしれない。また、マイナスの評価がされているがゆえに、プラスの評価を与えるという天の邪鬼な存在もいる。見極めは難しい。あと、詐欺師もここに混じっている。

さいごに

言うまでもなく、上の分類は話を圧倒的に単純化している。

ほんの少しだけ複雑さを取り入れれば、こんなパターンもありうる。

  • プラスの評価が定まっているものに、それまでとは違ったプラスの評価を与える

面白いレビューや評論はこんな感覚ではないだろうか。個人的に目指したいところでもある。

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