【レビュー】ふせんの技100(舘神 龍彦)

文房具にはさまざまなジャンルがある。ボールペン、万年筆、情報カード、カバーノート、……と数え上げればきりがない。そして、あまり知られていないかもしれないが、ふせんもそのジャンルの一つである。

「いや、ふせんってあのぺたっと貼るだけのやつでしょ」と首をかしげられる方は、一度大きめの文具店の付箋コーナーに足を運んでみるとよいだろう。驚くぐらいの種類が発売されている。コレクション欲求がビンビンと刺激されるくらいだ。また、ふせんが持つ特性(貼って、はがせる)は、さまざまな使い方を可能にする。そういう意味で、探求しがいのあるジャンルなのだ。

本書は、そうした「ふせん」を丸々一冊扱った本である。

ふせんの技100 (エイムック 3484)
舘神 龍彦
エイ出版社 (2016-09-20)
売り上げランキング: 3,791

視点は二つある。一つは、タイトル通り「ふせんの使い方」を網羅したもの。非常に細かい使い方までが網羅されており、切り口も「まじめ」と「おもしろ」の両端がある。「おもしろ」は、実用性はないものの、何事も遊び心は大切である。

もう一つは、「ふせんのカタログ」である。先ほども述べたが、これがまた本当にたくさんある。使い方に汎用性を持たせたものや、ニッチな使い方に特化させたものなど、見ているだけで楽しくなってくる。

ちなみに私は、スマイルリンク工房さんの「正六角形の付箋」に強く惹かれた。アイデア出しに大いに活躍しそうな付箋である。


というわけで、本書は「ふせんの使い方」と「ふせんのカタログ」の二つの側面を併せ持つのだが、冒頭にさらりと書かれている「ふせん学入門」も見逃してはいけないだろう。短いが読み応えのある考察が展開されている。この部分を発展させれば、それだけで新しい知的生産系の書籍になりそうである。

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セルパブ実用書部会、ゆっくりとスタートしました

以前「セルパブ実用書部会」の構想(あるいは妄想)について書きました。

R-style » 「セルパブ実用書部会」の野望

ともあれ、現状は構想の段階というよりも妄想の段階ですが、そうした活動をサポートするための「何か」を作ってみたいと考えています。技術的な問題をサポートしあったり、内容や章立てについて相談したり、レビューを交換したり、進捗報告をしたり、といった集まりです。もちろん、オンラインの集まりとなるでしょう。

いろいろ考えたあげく、とりあえずFacebookグループでそれを始めてみようと思います。

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セルパブ実用書部会

技術的な質問、アイデアの検討(ブレスト)、こまごまとした問題点、お互いの原稿チェックなどを投稿していくためのグループです。定期的に進捗報告するなどすれば、モチベーション維持にも役立つかもしれません。

狙いとしては情報交換ですが、もう一つ、「知見の蓄積」もあります。質問とその答え、課題と改善点などがこのページに溜まっていけば、新しく参加される方にとっても有益でしょう。それが一定量蓄積したら、別にウェブサイトを立ち上げてまとめてみる、なんてこともちょっと考えております。

で、この有料サロン的な「セルパブ実用書部会」ですが、入会金・月額ともに無料。いや〜お得ですね。ただし、ほんのわずかでも実際に本を作るつもりがある方に限定させていただきます。あんまり拡げてしまうと、自由な意見が集まりにくいかと思いますので。なので、どこかの段階で定員を切ることも一応想定しております(※)。まあ、そんなに集まらないとは思いますが。
※以前の記事に反応してくださった方は優先します。

一応「実用書部会」と銘打っておりますが、文芸畑の方を門前払いしているわけではありません。文芸的質問をされても、答えられないよ、というくらいのニュアンスです。そのあたり、了承していただければと思います。

ちなみに、現在のメンバーは私と先日新刊を発売されたLyustyleさんの二人です。

25年前からのパソコン通信: 1990年代初頭のシドニーから
Lyustyle Books (2016-09-24)
売り上げランキング: 1,292

まあ、焦らず気負わず、じっくり進んでいきましょう。

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本を「並べる」

「ああ、もうダメだ」

本棚が一杯なのである。もちろんこれまでも一杯だった。でも、だましだまし本を積んできたのだ。もはやそれも限界だ。後ろの方から「床が抜けても知らないよ」と妻の声も聞こえてくる。

いよいよ処分するときがやってきたのだ。心が痛い。ツイッターでフォローしている人のフォローを解除する以上に辛い。でも、仕方がない。なにせ、1.現状でも置き場所がない。 2.私が本を買うことを止めることはない。 この二つを合わせると、3. 旧い本を処分して置き場所を作る という解答がナチュラルに出てくる。そうだ、処分するのだ。

これまでほとんどまったく「捨てるもの」として本を見てきたことはなかった。今回は鬼の形相で本棚を眺める。すると、案外「あっ、これいらないな」という本がいくつも見つかった。読み返すことはないだろうし、読み返したいと思うこともないような本だ。小説の類は一冊もない。ほぼすべてが実用書だ。2010年くらいに買った本が多いように思う。

大きめの紙袋にどしどしそういう本を投げ込んでいく。予想していた通り、そこには背徳感を含んだ愉悦があった。たぶんダンシャリ的な面白さもこの辺にあるのではないか。

ともかく本を処分した。当然、本棚にスペースが空く。これまでサイドテーブルに積んであった本も、本棚に収納できるようになった。そうなると、配置が始まる。本を並べるのだ。

他の人がどのように本棚に本を並べているのかは知らない。でも、そこには何かしらの意図があるだろう。私の場合は、なんとなく近しい本を並べていく。「これはここ、これはあっち、これはそこだけど……そうすると、あの本も一緒に並べておいが方がいいな」といった感じで単に追加されるだけでなく、全体の構造が入れ替わっていく。実に楽しい。

そこには情報カードを並べ替えて、書籍の構成を練り込むようなタンジブルな知的操作があった。これもまたフラグメント・マネジメントである。たとえば、こんな棚ができた。

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脳の話であり、知性の話であり、人工知性の話であり、自由意志の話であり、総じてそれは「人間とは何かという話」である。これらの本は、単純なメタデータでは共通性を持たないが、私の脳の中では共通のラベルが貼られている。タグ、と言ってもいい。

他の人がこれらの本に共通のタグを見出すのかどうかはわからない。むしろ、見出さない方が情報としては面白いだろう。つまり、他人の本棚はそれだけで面白いはずなのだ。

だからそう、こうして本棚でやっている操作は、まさに私がHonkureでやろうとしていることなのだ。本を「並べる」こと。それは暗黙なるコンテキストの明確な提示であり、読書の面白さを(あるいは豊かさ)を増加させる要素でもある。

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それぞれの本はもちろん面白い。が、そうした本が「並んでいる」風景自体も面白いのだ。

とある本の題名を拝借すれば、「本はガジェットではない」。それは有機的な結びつきを欲する点なのだ。点は線を構成し、線は面を構成する。そして、立体が生まれる。それは、心理的な(認知的な)立体感とも呼応する。物の見方は世界の見方であり、世界の見方は世界そのものとなる。

いや、そんな大げさな話をしたかったわけではない。私は願うだけだ。本を紹介するだけでなく、本を並べてください、と。そういうものがたくさん集まれば、まったく新しい本の選び方ができるに違いない。

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5つの仕事術、5つの領域

次の記事を読みました。

[Lifehack Basics] 私の仕事の習慣、すべて公開します | Lifehacking.jp

2つの原則と、5つの領域が紹介されています。

こうした記事を読むと、「はて、自分はいったいどうだろうか」と考えたくなりますね。とは言え、とっかかりがなければ、思索は進めにくいものです。

そうだ、と昔書いた記事をふと思い出しました。

R-style » 「5つの仕事術」

今でも活躍している5つの仕事術です。ここからちょっと考えてみましょう。

5つの仕事術

  • デイリータスクリスト
  • MIT feat.ファーストタスク
  • タイマー・ダッシュ
  • 精神と時の部屋法
  • 週次レビュー

具体的な内容については元記事をご覧頂くとして、これらの仕事術にはいくつかの傾向があります。

まず、人間が持つ弱さについての理解__というのはさすがに主語が大きいので、私が持つ弱さについての理解としておきましょう__があります。「やる気を出せば、なんでもやれる」と思っている人は、ファーストタスクという考え方はバカらしいでしょうし、タイマー・ダッシュは軟弱であるかもしれません。重要なことは忘れないと信じている人は、タスクリストすら無用に思えるでしょう。

しかし、人間の認知活動は、受動的な部分が多分に含まれているので、タイマーを一つセットするだけで集中力が湧いてくる、ということがありますし、逆にタイマーをセットしないとなかなか集中できないということもあります。緊急かつ重要なことは思い出せても、非緊急な重要なことは思い出せなかったりします。

もちろん、それらには個人差があるわけですが、置かれている環境が自身のマインドモードに影響を与えることは多くの人に共通するでしょう。自分自身だけをあてにするのではなく、ある程度はツールをあてにする。意志を頼りにするのではなく、ある程度は環境ドリブンに身を任せる。そういう傾向がありそうです。

また、緩やかな段取りを好んでいます。「すべての行動を俯瞰する」というようなものはありませんが、ざっくりとは方向性を掴んでおきたい、という意欲が見て取れます。

最後の一つは、制限(制約)による力を活かす、ということでしょうか。これは自分自身の弱さをバックボーンに据えれば必然的に導き出される傾向です。何もかもはできないのだから、限定し、その領分で力を発揮する。実際、その方が私はうまくできることが多いようです。

5つの領域

ということを踏まえた上で、じゃあ、どんな領域があるのかを考えてみると、次の5つになりそうです。

  • 「やること」管理
  • 段取リズム
  • 集中力ストラテジー
  • フラグメント・マネジメント
  • セルフR&D

それぞれみていきましょう。

「やること」管理

タスク管理ではありません。「やること」管理です。もちろん、「やること」管理の中にはタスク管理も含まれますが、全体像はもう少し広いのです。

私はフリーランスですので、「なにを≪やること≫にするのか」という管理がどうしても必要になってきます。逆に言えば、それを自由に設定できるのがフリーランスでもあります。

言い換えれば、「やること」管理は、「やらないこと」管理と背中合わせです。何をやって、何をやらないのか。その判断ができないと、「やること」は山のように膨れあがっていきます。その管理だけで膨大なリソースが消費されてしまうでしょう。望ましい姿ではありません。

私は、極力「やりたくないことはやらない」という方針で仕事をしていますし、それは「面白そうなことは積極的に取り組む」という方針とセットにもなっています。この二つが機能することで、「やること」が一定水準に保てるわけです。

また、キリッとした表情で「やること」と「やらないこと」を選り分けるだけではつまらないので、ある程度はS/Nな状態を受け入れるようにしています。Sを100%にしようとすると、どこかしらに硬さが出てくるものです。これもまた望ましいものではありません。

ともかく、私は時間ではなく「やること」を管理します。手持ちの時間に合わせて、やることを増やしたり減らしたりするわけです。

段取リズム

造語のつもりでしたが、ググッたらすでに複数ありました。残念です。

「計画」ではなく、「段取り」が私のメインスタイルです。段取りとは、事前の計画だけでなく、「準備→実行→後始末」を含む全体的なプロセスのことで、かつ「想定外のこと」が起こりうることもそこには含まれます。

だからきちきちに固めるのではなく、ゆるやかに「あれと、これと、これ」というくらいに定めて、それに向けて進んでいきます。つまり、空白があります。言い換えれば、余白があります。それがバッファーとなってくれるわけです。

「リズムは休符から生まれる」

というのは、ちゃんと私の言葉ですが、段取りの感覚はリズムの感覚に似ています。

集中力ストラテジー

やる気と集中力は同じでしょうか。

私にはわかりませんが、仮に同じでないとしたら集中力の方がはるかに重要です。そもそも、作業に集中しているその最中は「やる気」なんてどこにも見当たらないはずです。

だから必要なのは集中力です。時間というリソースが限られているのならば、いかにその時間を濃密に、濃厚に使えるのかが鍵となるでしょう。クオリティ的なものも、そこから生まれてくる(はずです)。

タイマーをセットするのも、耳に入ってくる雑音や通知をカットするのも、すべてその集中力をいかに活かすのか、という視点からです。朝イチに大切な仕事__たとば、このブログを書くこと__を入れるのも同様です。

外で作業をしたり、馴染みのカフェでアイデア出しをしたりするのも、ある種のモードを発揮させ、そこから集中力をひねり出す(というほど大層なものではありませんが)ためです。

でもってこれは、「やること」管理と段取リズムに呼応しています。「やること」が多すぎれば、集中力ストラテジーはすぐに破綻します。一日500個しか作れない工場で、一日1000個の受注をしたらパンクするのは目に見えています。多少稼働を上げても追いつくものではありません。

また、集中力が効果的に発揮されるタイミングを見計らって、段取りを考えるのも有効です。

フラグメント・マネジメント

講演「断片からの創造」に登場しました。

大まかに言えば、メモの管理であり、インプット・アウトプットの管理です。これは仕事がらどうしても必要なことです。継続的なアウトプットを出すためには、継続的なインプットが欠かせませんし、そのインプットの「成果」もまた管理しなければいけません。

それが、フラグメント・マネジメントです。これだけで一冊の本になりそうです。

セルフR&D

で、これが一番大切なことですが、以上のような領域それぞれについて、自分なりに研究なり改善なりをしています。「常にブラッシュアップ」というほどストイックではありませんが、それでも問題点があれば改善しようとしますし、新しい何かがあれば試していたりもします。

これは全体的に見れば、「無駄」なことも多いのですが__S/NでいうところのNにあたる__、たまにヒットもありますし、そのたまのヒットが意外な効果をもたらしてくれることもあります。

広い言い方をすれば、週次レビューもセルフR&D(と段取リズム)の時間かもしれません。

さいごに

というわけで、今回は自分の領域を探索してみました。案外これはこれで面白いコンテンツになりそうです。

皆様もご自分の領域をexplorationしてみてください。

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9/19 〜 9/25 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. 自分の階段を登る、自分のグラフを見る
  2. 歩き方、考え方
  3. 連ドラの「ついつい」をリバエン
  4. MacにSiriがやってきた。使ってみた。
  5. MacのEvernoteで、ノートの見出しマークダウンをhタグに変換するスクリプト
  6. 刃と葉

「自分の〜」シリーズ第二弾。もう一つくらいは書けそうな気がします。

あと、MacのSiriはなかなか良いです。今後に期待です。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

9月19日

この乖離がポイントなのだと思います。ともかく、意識はリニアです。

9月20日

それがあるからこそ、元いた場所に戻れるのです。

9月21日

仮に意志なるものがあるとすれば、それは何かを選択することです。その結果として起こることを引き受けて、選択することです。

9月22日

引かれた手が、引く手になる。その手に引かれた手が、また引く手になる。そのようにして世界は循環しています。

9月23日

なぜか、この二つは取り違えやすいんですよね。「やりたい」と思うことと「やったほういい」と思うことは、ぜんぜん別物です。たまに重なることはありますが。

9月24日

「みんなと一緒にやる」というのは、その一つでしかありません。

今週のその他エントリー

Honkure

WRM 2016/09/19 第310号
『電気革命』(デイヴィッド・ボダニス)
映画『聲の形』
『Babel ―異世界禁呪と緑の少女―』(古宮 九時)
適したボリュームと価格で
『フェオーリア魔法戦記 死想転生』(旭 蓑雄)

今週触ったメディア

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○BizArts 3rd 「第二章 第一節 リマインダー」
○SSS 「タイトル未定」
○エッセンシャルEvernote vol.9 「そのノートはいつ使う?」
○今週の一冊 『仕事は楽しいかね?』(デイル・ドーテン)
○物書きエッセイ 「出版の相互補完関係」

頂いた感想など:

Weekly R-style Magazineは、毎週月曜日の朝7時に配信されているメルマガです。

Weeky R-style Magazine
Weekly R-style Magazine ~プロトタイプ・シンキング~(まぐまぐ)

ブログに書けないテーマ、長期的な連載、日々考えていることなどをお送りしています。

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刃と葉

包丁は、誰にでも使えます。

ホームセンターにでも行って、手ごろな価格の包丁を買ってくれば、家に帰って大根を切ることができます。

誰の許可も要りません。誰の監視も必要ありません。

思うままに包丁を振るい、自分なりの料理を作ることができます。なんだったら、そのままの勢いでお店を開くこともできます。

そうです。調理師の資格を持っていなくても、仕事として調理に携わることはできるのです。

ただし、お店を開くには、食品衛生責任者の講習を受ける必要はあります。そこで、衛生法規やら公衆衛生学についてレクチャーを受けるわけです。テストはないのでそんなに難しいものではありません。

だったら調理師は何を学んでいるのかというと、食文化概論、衛生法規、栄養学、食品学、公衆衛生学、食品衛生学、調理理論といったもろもろの学問です(参照)。つまり、包丁の使い方だけではないのです。食べるという行為にまつわるさまざまなことを知識として学ぶわけです。

もちろん、そんなことをいっさい知らなくても包丁は使えますし、美味しい料理を作ることも可能でしょう。でも、それだけでは、プロとしては心許ないわけです。人の口に入れるものなのですから、そこには包丁の扱い方以上のものが求められます。

でなければ、食中毒なんかがわんさか生まれてしまいます。そうなると実質的な健康被害と共に、人々が外で食事する意欲が減退することによる経済的被害も発生します。業界的にはまったくよくないことです。

さらに言えば、ふぐという特別な食材は、ふぐ調理師という特別な資格が求められます。直接人命に関わってくる食材なのですから、これはもっともな判断でしょう。

包丁は、誰にでも使えます。

でも、それを使って仕事をするためには知識が必要です。資格ではありません。資格は知識の有無を担保するものであって、ある種のシンボルのようなものです。本当に必要なのは、自分の作ったものが他の人の口に入るとき、そこにどのような影響が発生しうるかを考慮できる知識です。

では、言葉はどうでしょうか。

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MacのEvernoteで、ノートの見出しマークダウンをhタグに変換するスクリプト

Evernoteのノートエディタは、リッチテキストを扱えるのですが、ワープロアプリのような見出しの設定ができません。

かといって、いちいち文字サイズを大きくして、太字に設定して、みたいなのは面倒なわけです。

そういうとき、たとえばUlyssesでマークダウン式で書き、Evernoteにエクスポートすればうまい具合に見出しが整った文章が作成できるわけですが、同じことがEvernote単独で完結すればそれはもう素晴らしいわけです。

というわけで、簡単なスクリプトを書きました。

サンプル

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このように書いた後、スクリプトを走らせると、以下のようになります。

screenshot

完璧です。

ちなみに、変換は不可逆で後戻りできませんので、その点にはご注意を。

スクリプトの中味

ちなみに、このスクリプトで変換できるのは、見出しだけです。#〜######の6段階の見出し。その他のマークダウンはまったくサポートされておりませんので、「おい、中途半端だな」と思われる方はご自分で実装してくださいませ。

苦労点

当初は、「ようするに正規表現で#のついている行を見つけて、置換すればいいんだろう」ぐらいに考えていました。ある部分まではそれで正解ですが、ややこしいのはEvernoteのノートの内部構造です。

通常のマークダウンの処理では、「行頭に#があるものを見つける」的な動きになるのでしょうが、Evernoteではそれがうまくいきません。何でだろうな、と思っていたら、そういえばEvernoteのノートの取得は、HTMLなのでした。どういうことかというと、各行がDivダグで囲われているのです。だから、行頭に#がないのです。

だったら、プレーンテキストで取得すればいいんじゃないか、となりますが、書き込みたい要素がHTML(hタグ)なので、これではうまくいきません。

なので発想を切り替えて、「Divの開きタグ+#」という検索条件にしました。今のところ、これで問題なく動いております。

さいごに

Evernoteのノートエディタで直接文章を書いている方は少ないかもしれませんが、もしバリバリ使っているなら一度試してみて下さい。わりと便利です。

  1. スクリプトエディタを立ち上げて、上記のコードをコピペ
  2. 名前を付けて保存
  3. スクリプトエディタの「環境設定」で、「メニューバーにスクリプトメニューを表示」をチェック
  4. スクリプトメニューから、スクリプト用のフォルダが表示
  5. そこに先ほどのスクリプトを保存する

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これで、メニューバーからいつでもこのスクリプトを起動できます。Evernote用のスクリプトフォルダに入れておけば、Evernoteがアクティブになっているときしか表示されないので、それはそれで便利です。

▼こんな一冊も:

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MacにSiriがやってきた。使ってみた。

macOS Sierraにて、ついにSiriが導入されました。

詳しい話は以下の記事を参照ください。

【macOS Sierra新機能】Siriの使い方。- あらゆる機能を声で制御。ショートカットで起動する設定も可。| 和洋風KAI

今回は使ってみたファーストインプレッションなどを。

起動

Siriの起動方法はいくつかありますが、一番使いやすいのがショートカットキーでしょう。

デフォルトでは「option + spaceの長押し」となっています(環境設定で切り替え可能です)。手元に近いので、悪くないショートカットです。

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ボタンを押していると、右上にウィンドウが表示されるので、あとはMacに向かって話しかけるだけ。

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「音楽を再生する」

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見事にiTunesで音楽の再生が始まりました。パチパチパチ。

その他アプリケーションの起動(※)やメールの送信など、いろいろなことができるのはiOS版と同じです。
※アプリケーションを終了させる権限は持っていないようです。

ちなみに、Siriのウィンドウが残っている状態で、再びショートカットキーを押せば追加の入力が可能ですし、escキーを押せばウィンドウは消えます。

便利なの?

たとえば、今こうして原稿を書いているわけですが、そのとき、後ろ方から「牛乳なくなったよ〜」と声をかけられとします。忘れないようにメモしなければいけません。

通常、それを行うには、マウスを操作するなり、アプリを切り替えるなりが必要になります。しかし、ショートカットキーからSiriを呼び出して、メモなりリマインダーなりにそれをつぶやいておけば、エディタから動く必要がありません。その画面のままメモが(あるいはリマインダーへの追加が)可能なのです。

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しかも、このメモやリマインダーはiPhoneからも閲覧可能です。完璧ですね。

これは地味なようで、案外便利です。アプリケーションの切り替えは、心のモードの切り替えにつながってしまうので、それを抑制するだけでもメリットがあるでしょう。つまり、コンテキストをキープする効果が期待できるのです。

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※簡易でWikipediaもひけます。

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※計算もしてくれます。

他には

ぱっと使った感じだと、「アプリケーションの起動」「iTunesの操作」「ウィキペディアの検索」「メモへの追加」「リマインダーへの追加」あたりの使用頻度は高くなりそうです。

また、メールの送信ができるので、Evernoteのメール送信によるノート作成機能が使える方ならば、SiriからEvernoteにノートを作成することもできます。ここまでくれば、あと一歩でしょう。

キーボードで仕事を処理しながら、別件で湧いてきた案件は音声で処理する。そうですね、『アリスの物語』の世界です。

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手でやった方が早いことを、わざわざSiriにやらせるのは不合理ですが、自分の手が忙しく動いているのなら(一つのコンテキストに束縛されているのなら)、Siriはもう一つの手として活躍してくれるでしょう。最終的には、キーボードショートカットすらなくなり、声を掛けるだけで起動してくれるのがベストではありますが。

あとは、音声の種類を追加パッケージとして購入できるようにすれば、日本人受けはするような気がします。「Siri」(CV.花澤香菜)とか、1万円でも売れるんじゃないでしょうか。まあ、それはそれで仕事にならなそうではありますが。

とは、言え

最大の問題は、この機能が周りに人がいると使いにくい、というものでしょう。

一応試してみたところ、ヘッドセットを装着し、入力を最大にしておくと、まわりがガヤガヤしているファーストフードの店舗で、目立たない程度にボソッとつぶやくだけでも音声は認識してくれました。なんか諜報員っぽい雰囲気がします。

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まあ、指示していることは「音楽を再生する」というしょぼい命令なんですけれども。

さいごに

仕事のメインフレームを抜本的にかえてしまうようなめちゃくちゃな便利さがあるわけではありませんが、地味に便利ですし、また一つの方向性として希望が持てる機能ではあります。

アリスやJUIZのようなものの萌芽、になってくれることを願うばかりです。

▼こんな一冊も:

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連ドラの「ついつい」をリバエン

inspired by 時間がないわけじゃないのに、なかなか仕事に取りかかれない理由と対策 | シゴタノ!

「ついついやってしまうこと」は探求する価値がある。

そこには自分を動かす要素が多分に含まれている。リバースエンジニアリングの出番であろう。


dTVやNetflixでは、ついつい連ドラやアニメを見てしまう。

これはやはり一回あたりの放送時間がそれほど長くないからだろう。少なくとも、長編映画を一本見るよりははるかに短い。心理的な障壁が下がり、取りかかりやすくなる。

作業を大きなひとかたまりとして捉えるのではなく、もう少し細かい粒度で把握しておくこと。これは大切だろう。

でも、それだけだろうか。

こうした動画サービスでは、ごく当たり前のように「前回見たところ」から続きを視聴できる。13話を見終えていったん画面を消し、再びアクセスしたら14話から視聴できるのだ。話を探す必要はない。もしこれができないと非常に厄介である。「えっと、24のシーズン5の7話まで見たんだっけ……」

作業を細かく分けると、継ぎ目ができる。分断の可能性が生まれる。

さて、あなたの作業空間は、「前回からの続き」から即座に取りかかれるようになっているだろうか。必要な作業に即座にアクセスできるだけでなく、「前回までのあらすじ」を確認できるだろうか。それができていないまま作業を分割すると、むしろ混乱が増えるだけかもしれない。

カーソルが必要なのだ。「今はここですよ。続きはここから始まりますよ」を示すカーソルが。

もう一つ、関連する話では、海外の連ドラは「引き」が非常に強く作られている。最後の場面が、非常に気になるところで終わっているのだ。

こういうのを「クリフハンガー」と呼ぶのだが、そういう仕組みが視聴者の興味を惹きつける。その意味で、「キリのいいところ」で終わるのはダメなのだ。納得して、次への動線がなくなってしまう。何日も続く作業の場合、一日一日は、むしろ「少しキリが悪い」ところで終えるようにした方がいいかもしれない。

ストーリーテリングでも、そういう中途半端なところで話を終えておくと、次回スタートするのがすごく楽になる。物語の動きがそこにあるからだ。何を語るべきは明らかになっている。むしろ語りたくて仕方がないかもしれない。そういう状況にできれば、水が流れるように作業に着手できるかもしれない。


まとめよう。

  • 作業を取りかかりやすいサイズにしておく
  • それらの作業の流れと現在位置が確認できるリストを作る
  • 何をしていたのか、次になにをするのかを記すための作業メモを作る

それぞれにも効果はあるが、これらが統合するとよりいっそう「ついつい」感が出るのではないだろうか。

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歩き方、考え方

道を歩く。

ショッピングモールの、綺麗に整えられた道を歩く。

道幅も広く、障害物も少ない。さくさくと歩き続けられる。

ふと思う。歩き方は、道に依る、と。

デコボコしている道、ぬかるんでいる道。綺麗な道と同じようには歩けない。

足は自然と、道に合わせて歩き方を変える。歩幅が変わり、踏み締め方が変わる。当然、姿勢も変わる。

階段はどうだろうか。次の一歩は高さが違う。それでも、強い意識などなく、僕たちは歩き続けられる。

歩き方は、道に依る。

道があり、体があり、その相互作用としての歩き方がある。当然、靴も関係してくる。

考え方も似たようなものだろう。

何について考えるかは、どう考えるかに影響してくる。何を使って考えるかも、影響してくる。

だからこそ、足し算と推理ゲームは違っている。ペンとキーボードも、作業効率と人生の大きな決断も、話し言葉と書き言葉も、違ったものをもたらす。

思考は独立などしていない。単一のものですらない。

それはおどろくほど豊かで、確固たる矛盾を内包し、常に新しい形を生み出せる可能性を持つ。

そして自分にとって最適な形を、自然と選択する。そういうことはあるように思う。

考え方もまた、道に依る。

道によって決定することはないにせよ、影響は受ける。

思考もまた、所作なのだ。

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