『まるで未来からやってきたかのような』が発売されました。

「月刊くらした」計画の第四弾。

まるで未来からやってきたかのような (WRM エッセイ集)
まるで未来からやってきたかのような (WRM エッセイ集) 倉下忠憲

倉下忠憲 2014-07-29
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7月30日の夜か、7月31日の早朝にAmazonレビューが終了してストアに並んだのですが、なぜかすでに購入してくださっている方がいらっしゃいます。ありがとうございます。

今回はエッセイ集になっております。

『赤魔導師の白魔法レベルぐらいまでは』『遠くて近い場所、近くて遠い場所』と同じく、有料メルマガで連載していたエッセイをまとめました。2012年版です。表紙はあいかわらずですね。

箇条書きで特徴をまとめると

  • 横書き
  • 約8万7千字
  • 300円(税込み)
  • 時系列

といったところ。

サンプルは以下のページから確認できます。

『まるで未来からやってきたかのような』

今回はボリュームたっぷりな一冊になっているので、じわじわ読んで頂ければよいかと思います。

ちなみに、以下は目次。

常識を疑うこと、あるいはその癖
”道具に使われている”という言葉
タコと革命
1991年と教養課程と今の教養
情報という科目単位
エントロピーと情報と欲望の関係性
過労自殺と仕事先の選択について
気をつけます
評価する人の評価
ボーリングと文体
グッバイPPG
電子書籍とコンビニの棚
ランニングコストとケチ・ハッカー
ハイコンテキストな<ヤバイ>
マナー音痴
自分なりのブログスタイルについて
わからないこと耐性
これから欲しい教科
対話相手の素養
定点観測と自分パラメータ
コンビニで買い物
予期せぬ成功に注目する
優しさとブタ
フィードの消化、という言葉
プレイリストの共有と、松丸本舗の3冊セット
文章の袋小路 あるいは不完全な創世の神
ゆがんだ怒り方
バタ足と楽しい仕事
cakesと新しい登竜門
攻撃的な信者と言葉にならない良さ
きんちょーという言葉
もしお気に入りのお店が
kindleストアと個人の書き手の展望
電子書籍戦略
自分に自信を持つということ
本棚に潜むエロス
まるで未来からやってきたかのような
やってみて、得られるもの
自分が書く本の目標
献本の取り扱い

チャレンジ:ハイボリューム+時系列

詳しい話はメルマガで書きますが、今回のエッセイ集は「時系列」でまとめてみました。

前回の『遠くて近い場所、近くて遠い場所』ではカテゴライズしたので、本作では何も考えずただ時系列に並べてあります。はたして、8万字を超えるエッセイ集が、カテゴライズなしで読みやすいのかどうか。そこが気になるところです。

また、ご感想などいただければ幸いです。

値段について

余談になりますが、「月刊くらした」計画__毎月一冊電子書籍の新刊を発売する__は、個人的な実験です。電子書籍というメディアに適した本作りとはどのようなものかを、模索しています。

で、値段の付け方もその実験対象になっています。

今のところ、このエッセイ集は300円で発売しておりますが、「月くら」計画が終了したら値段変更されるかもしれません。というか、されます。おそらく値上げの方向で。

たぶん「月くら」計画終了後は、全ての作品の値段を再考することになるでしょう。で、きっと値下げされる可能性は低いです。もともと安い値段にしてありますので。

なので、別に脅迫マーケティングではありませんが、興味をお持ちの方は、半年以内ぐらいにポチっておくと多少安く買えるかと思います。まあ、目玉飛び出るほどの値上げにはなりませんが。一応。

さいごに

ここ最近、書籍の執筆作業が立て込んでおりますので、しばらくは新規書き下ろしではなく、既存のコンテンツのまとめ電子書籍にチャレンジすることになるかと思います。

それでも、まだまだネタがたくさんありますので、ご期待ください。

▼こんな一冊も:

赤魔導師の白魔法レベルぐらいまでは (WRM エッセイ集)
赤魔導師の白魔法レベルぐらいまでは (WRM エッセイ集) 倉下忠憲

倉下忠憲 2013-08-25
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遠くて近い場所、近くて遠い場所 (WRM エッセイ集)
遠くて近い場所、近くて遠い場所 (WRM エッセイ集) 倉下忠憲

倉下忠憲 2014-05-29
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本の売れ行きとメディア的価値

『ベストセラーの世界史』という本を読んでいると、本の売り上げというのは「作られる」ものなんだな、ということがよくわかります。

ベストセラーの世界史 (ヒストリカル・スタディーズ)
ベストセラーの世界史 (ヒストリカル・スタディーズ) フレデリック・ルヴィロワ 大原宣久

太田出版 2013-06-29
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つまり、すごく売れる本は、すごく売れるだけの価値があるから、すごく売れる、という構図ではないわけです。マーケティング的施策や周りの状況といったものが、売り上げには多分に関わってきます。

しかし「作られる」ものであっても、ベストセラーの方程式は誰も知りません。知っているように感じられる人もいますが、実際は怪しいところです。そういう人の発言を検証するためには、累積的優位を取り除かなければならないのですが、それが難しいのです。

たとえば、たまたま大ヒットを生み出したAという人がいたとしましょう。その人の次作も、次々作もヒットしたとします。そうすると、この人はマジックの種を知っているような気がしてきます。でも、次作のヒットは、一発目の作品がヒットしたおかげ、という可能性もあるのです。つまり「あの○○が送り出す超期待作!」みたいな宣伝ですね。

まったく質が等しい他の作品があったとしても、そういう作品の方が、取り扱ってもらいやすく、宣伝文を書きやすく、書い手の目に止まりやすい、という効果はあるでしょう。その効果のおかげで、売り上げが作れた、という可能性を排除しきれません。だから人気者が確信している「方程式」は、ほんとうのところどうなのかはわからないわけです。

もちろん、ほんとうなのかもしれませんが、だったら、その人は永遠にヒット作を生み出せるでしょうし、そのコツを聞いた人も同じようにヒット作を生み出せるはずです。が、これまでの販売の歴史を眺める限り、両方とも相当に怪しいものがあります。

「本」というメディアの価値

私は別に「マーケティングが作品の質を歪めてしまう」的な話をしたいわけではありません。

なんといってもビジネスなのですから、売ってナンボな姿勢を間違っていると断言することはできないでしょう。事業を継続していくことは、重要な課題です。つまり、売り上げを作ることは大切なのです。

でも、売り上げが「作れる」ことを考えると、ソコソコの質の作品でも大々的に売り出せばそれなりの数字をたたき出すことができます。ものすごい宣伝をして、売り上げを作る。その売り上げを宣伝材料にして(「ただいま、○万部!」)、さらに宣伝を重ねる。それが売り上げにつながり……、といった累積的優位のサイクルをぐるぐる回していくわけですね。

それはたしかに有効な手段なのかもしれませんが、メディアとしての「本」を考えた場合にどうなんだろうか、という気もやっぱりしてきます。

現代では、本以外にも多数のメディアがあって、おそらく子どもたちは本よりも先にそうした多数のメディアに触れることでしょう。今はまだ絵本がありますが、それも時代を経れば変化していくかもしれません。学校の教科書も同様です。

で、本にまったく触れたことのない人が、はじめて読んだ本が、大々的に売り上げを宣伝された本であったとしたら。で、その質がソコソコレベルだったら。

「ものすごく売れている本でも、こんなものか。それに1500円も払わなきゃならないし。本なんて別に読まなくていいな」

なんて思ったりはしないでしょうか。

本にまったく触れたことのない人であれば、「ものすごく売れている本」が本の真なる実力(一番高い質)を体現している、と思ってしまうかもしれません。で、そのラインで本というメディアをジャッジしてしまう。

本をたくさん読む人であれば、あたりはずれは理解していますし、そんなに面白くない本にぶつかったとしても、それで読書から遠ざかることはないでしょう。でも、すべての読者がそうであるとは限りません。

さいごに

本が売れなくなっている、という嘆きの声が聞こえてきますが(実際の数字はわかりませんが)、そもそもとして読書好きの人を増やせているのでしょうか。本の価値を認めている人を増やせているのでしょうか。本を売ることに必死になりすぎて、本を読むことの価値を伝え忘れてはいないでしょうか。

ドラッカー風に言えば、ノンカスタマーに注目しているのか、ということです。

もちろん、「本を読まないやつはダメだ」みたいな煽り文句は厳禁ですよ。どう考えたって反面教師にしかなりませんので。

まあ、業界全体を広く薄くみれば、本が好きな人が多いのでしょうから、安心できそうな気もしますが、そうでないジャンルもどこかしらにあるのかもしれません。

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付箋の逆貼り法が、なかなかイケてる件

発想作業において、大いに役立つのが付箋です。

KJ法的なことをやりたければ、とりあえず適当なサイズの付箋をまとめて買っておくに限ります。

で、その付箋なんですが、以下の記事を読みました。

ポストイットは逆貼りでアウトラインプロセッサになる。(コトノハコトバ)

もう、タイトルからそそられる記事ですね。で、読んでみて、感心して、実際にやってみました。

Let’s Try

まず、3枚ほど付箋に書き出してみます。

20140728182653

ポイントは、二つ。

  • のりが付いている方を下側にしておく
  • 上部に見出しを書き、中部に中身を書く

これだけ。

で、こうして書いたものを縦に並べて(貼って)いきます。

20140728182705

上部に書いた見出し部分が一覧できるのがわかるかと思います。で、中身が気になったら、ぺろっと捲れば、

20140728182710

ばっちり確認可能。

めちゃくちゃ些細なテクニックですが、おどろくほど付箋の使い方が変わります。イッツ・シンプル・文具・ハック。

さいごに

今までは付箋同士を重ねないで並べていたんですが、それだと妙に机のスペースを使ってしまいます。この方法であれば、狭いスペースに付箋を並べることができ、「一覧性」を確保できます。

また、あえて書くまでもありませんが、貼る場所を少し右にずらせば、階層表現も可能になります。そういう意味で、確かにアウトラインプロセッサっぽい使い方と言えるかもしれません。

ちなみに、横長の付箋では機能しにくいので、長方形・あるいは正方形の付箋を使いましょう。

ひさびさにハッとしたハックでした。

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Scrivenerにテキストファイルを分割してインポートする機能。そしてEvernoteからScrivenerへ。

Scrivenerにはファイルを取り込む機能がいくつかあるのですが、中でも覚えておきたいものがあります。

それが、「Import and Split」。

テキストファイルを取り込む際、ファイル分割を同時に実行してくれます。

普通は、一枚の大きなテキストファイルを取り込み、その後自分で「Split with Selection as Title」を複数回実行して、ファイルを分割していき、順番の入れ換えといった構成作業を行いやすくするのですが、事前に分割する箇所がわかっているなら、テキストに小細工をすることで、あらかじめ分割された状態でファイルをインポートできます。

実際にみてみましょう。

ファイルを分割して取り込む

こういうテキストファイルがあったとします。

screenshot

ごく普通のテキストですが、ところどころに「###」が入っていますね。これが小細工です。

このテキストファイルを「File」>「Import and Split」から取り込みます。Selections are Separated by に「###」を指定するのも忘れずに。

screenshot

インポートが完了すると、以下のように3つのファイルが追加されます。当然ように、それぞれのファイルの中身は、テキストファイルの中身と対応しています。

screenshot

screenshot

いちいち分割作業する必要がないので、簡単ですね。

コピペはつらい

という機能を踏まえた上で、読み進めてください。

ここ最近「月刊くらした」計画として、毎月一回電子書籍を発行しています。で、そのために過去原稿をEvernoteから探しだし、それをScrivenerに移し替える作業を行っています。コピペで。

短めのエッセイ集なら10回ほどの作業ですが、長くなればなるほどコピペ回数が増え、面倒くささゲージが真っ赤に染まり始めます。

というわけで、上記の「Import and Split」を意識してAppleScriptを書いてみました。

スクリプトの動作

まずは機能から。

Evernoteで、ノートを選択。Scrivenerに取り込みたいものを、ぽんぽんとクリックしていきます。

screenshot

で、スクリプトを起動。

すると、こういうテキストファイルができあがります。

screenshot

ノートごとの

ノートタイトル
ノートの中身(テキストだけ)

###

がまとめられたテキストファイルになっています。

あとは、「Import and Split」でそのファイルを取り込めば、作業は完了。

screenshot

Evernoteのノートを使って、すぐさまScrivenerでプロジェクト管理ができるという、(たぶん私しか使わないでしょうけれども)優れものアプリです。

中身


スクリプトは以下。

当スクリプトは、全面的に@s_z_k_3師匠の「Evernoteのノートをプレーンテキストで取得」スクリプトに依っています。プレーンテキストに変換できさえすれば、いろいろ工夫は広がりますね。

その他、

エラーに備えよう(鳶嶋工房)
AppleScriptで扱う日本語(マルチバイト)文字列について(キッズプレート、パスタおかわり)

のページも参考にさせていただきました。

さいごに


区切りのための文字や、テキストファイルに書き出す内容(たとえばノートのタイトルを含めるかどうか)など、アレンジする要素はいくつかあります。適当に改造して、お使いください。

まあ、Evernote→Scrivenerの連携を使っている人がどれだけいるかはわかりませんが。

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7/21 〜 7/26 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. もやもやを通り抜ける、ということ
  2. 熱狂的なファンを生む「成城石井」の姿勢
  3. 【書評】GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代(アダム グラント)
  4. Evernoteのinbox整理アプリ『zen』
  5. Evernoteのノートブックの「場所」
  6. 「異世界もの」における描写についての雑記

今週も良い感じに話題がバラバラでした。ある程度似通った部分もあるわけですが。

とうとう7月も最終週。つまり、「月刊くらした」__月くらと呼びましょう__の7月版発売が迫っております。まだ、完成していないんですが……。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

7月21日

むしろ、だいたい複雑です。

7月23日

だから慎重に判断する必要があるでしょう。

7月26日

でも、ときどき同じアドバイスをする人がいるんですよね。

今週のその他エントリー

note


つながりを生む本 それが変えるもの #burningthepage
電子書籍の普及と、それから #burningthepage
読者の利益を考える #burningthepage
出版の分散と集約 #burningthepage
面白い本との出会い #burningthepage

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○ブログを10年続けて、僕が考えたこと vol.07「ブロガーと物書き」
○BrtNoteboShe #11
○僕らの生存戦略 vol.52 「進捗記録:02」
○今月の数冊
○知的生産エッセイ 「本棚の効用」

→メルマガの過去分エッセイは「Facebookページ」にて読めます。

頂いた感想など:

Weekly R-style Magazineは、毎週月曜日の朝7時に配信されているメルマガです。

Weeky R-style Magazine
Weekly R-style Magazine ~プロトタイプ・シンキング~(まぐまぐ)

ブログに書けないテーマ、長期的な連載、日々考えていることなどをお送りしています。

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「異世界もの」における描写についての雑記

「異世界もの」が多い、みたいな話を読みました。

コンテンツを最適化すると多様性は死ぬのか?(fladdict)

なんと人気ランキングの1位〜10位中、9本までが「異世界に飛ばされた主人公が(略)」というストーリーだった。

単純に考えれば、最近のヒット作を研究して物を書けば、上のような結果になるでしょう。特定のジャンルに向けて作品を作ると、自然に起こるものなのだと思います。

ジャンルは、本棚における配置を決めるだけではなく、読み手に「この作品はおそらくこういう感じだろう」という前のめりの期待感を発生させる機能もあります。

その期待感と実際の作風にズレが少ないほど、違和感なく本を読み進めることができます。『アリスの物語』なんかは、ジャンルとしてはライトノベルですが、作風がライトノベルの主流とは若干ずれているので、そこに違和感を覚えられた人もいるかもしれません。というような話は別にいいですね。

ジャンル、特に成熟化が進むジャンルがもたらす類型化、といった視点とはまったく別に、この「異世界ものが多い」という話が若干気になりました。

それは、描写における簡易化です。

その描写は「不自然」です。

たとえば、あなたがSF作品を書いているとしましょう。

2112年の地球が舞台です。その世界では、建物の材質が根本から変わり、「火事」という現象が一切消失しています。そういう世界では、ナチュラルに「火事場の馬鹿力」なんて慣用的表現を用いることはできません。少なくとも、昔こんな言葉があった、みたいな補足が必要です。

あるいは、こんな場合はどうでしょう。

舞台は火星。人類とはまったく別の文明的進歩を遂げてきた世界。主人公はおどろおどろしい形状をした無機生命体。その生命体は、火星の巨大トンネルの中で、一つの物体を見つける。色は白。サイズは、……頭ぐらい……誰の頭?人間?でも火星には人間がいない。だったら、手のひらに載せられるぐらい?誰の?そもそも無機生命体に手はあるのか。だったら、10cmと直接書けば?なぜ火星がメートル法を採用していると思った?えぇい、だったら比喩だ。「まるで豆腐ぐらいのサイズの」火星には豆腐など存在しない。

という風に、私たちが日常的に使っている描写・表現が、まったく異なる世界だと使えない(使いにくい)ということが起こります。

これはSFだけでなく、ファンタジーでも同じですね。魔法の世界と科学の世界は似ている部分もあるでしょうが、それぞれの世界にしか存在しないものもやっぱりあるわけで、一人称でも三人称でも、その部分を意識せざるを得ません。

読みやすさの提供

しかし、異世界は魅力的です。なにせ非日常的な冒険やワクワクがそこには広がっているのですから。それに、何が起きても「これは異世界ですから」ときっぱり断言することができます。

そこで、「異世界もの」です。

私たちと同じ世界で暮らしている主人公が、ある日突然異世界に飛ばされる。

すると、舞台は異世界であるにもかかわらず、描写に関してはこちら側の世界の「常識」を用いることができます。どれだけ非常識なことが起きてもストーリーに破綻はありませんし、描写に関してはわかりやすい日常的表現を用いることができます。

もちろん、こちら側の世界の人間が異世界にいることで生じる描写の難しさみたいなものも、きっとあるでしょうから、別に作者が手抜きしていると言いたいわけではありません。

そうではなく、日常的な描写を使えるのであれば、読み手が複雑な想像を働かせなくてもストーリーを読み進められる、というのがポイントなのです。

つまり、「無機生命体ラゴスが見つけたその物体は、まるで豆腐のようだった」と書くことができ、そう書けば、「うん、なるほど」と納得しやすいわけですね。作品の雰囲気を盛り上げる描写ではまったくありませんが__まったくSFっぽくない__、読まれやすいメリットはあるような気がします。

さいごに

というのは、私のまったくもって当てずっぽうの推論ですので、正しい保証はどこにもありません。それに正しいからといって、どう、という話でもありません。

でも、世界設定と描写の関係性はなかなか面白い話です。

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Evernoteのノートブックの「場所」

先日、Evernoteのノートブック命名規則を変更しました。といっても、たいしたことではありません。

「進行中プロジェクト」スタックにあるノートブック名を統一したのです。カギ括弧や頭に■があったりなかったりだったので、それを整えたという感じ。

その結果、もともとスタックの一番上にあった<■00「有料メルマガ」>が一番下に移動しました。ディスプレイ上にして3cm程度の移動です。たわいない移動です。

screenshot

しかし、移動した直後は、ちょっと困ったことが起こりました。

ちがう、そこじゃない

「そうだ、メルマガを書こう。先週は何書いたかな」

そんなことを思ったとしましょう。もう、その瞬間に私はデスクトップをスワイプしEvernoteへ移動しています。で、ノートブックリストから、ノートブックを選択。<「■#SP」>……あれ? 違うノートブックだ……

ということが起きるわけです。つまり、ネーミングが変わる前に<■00「有料メルマガ」>が置いてあった「場所」を自然とクリックしてしまっているのです。

もし、この動作が意識的なものであったら、このようなミスは発生しなかったでしょう。

しかし、有料メルマガの情報が必要になったら、<■00「有料メルマガ」>を表示させるという動作は、これまで何度も何度も繰り返しているので、無意識下にまでインストールされてしまっています。で、そこでは、「場所」は変数ではなく定数的に処理されてしまっているのでしょう。だから、柔軟に変更がききません。同じ「場所」をクリックしてしまうことになります。

固有の存在

この出来事に遭遇して以来、情報の利用における「場所」の重要性に想いを馳せるようになりました。

実際、何一つ明確な結論は出ていません。問題提起すら怪しいものです。

しかし、よくパソコンユーザーが「デスクトップ」上にファイルをとっちらかしているのも、ある意味では「場所」が持つ力なのかもしれないな、とは感じます。「場所」は想起の中で(ある程度)固定的に扱われるのでしょう。だから、とりあえずデスクトップに保存してしまう。

もちろん、それはデスクトップが一番アクセスがよく、さらに付箋を画面に貼っておくようなリマインダー的機能が期待できる、という面もあるでしょう。でも、それだけではないと思います。何かを思い出すときに、「場所」というのは強いパラメータになるような気がするのです。

それは物理世界における「場所」が固有の存在である点に関係しているかもしれません。東京都千代田区千代田1-1-1は一箇所しかないのです。言い換えれば、認知的に「しっかりしている」のです。揺れが少ないと言ってもよいでしょう。その性質が、想起の際に効果を発揮するのではないか、なんて勝手に考えております。

さいごに

再度書きますが、結論めいたものは何もありません。

ただ、

あれに関連した情報が欲しい→あの場所にある

という心の動きが、意識的ではなく無意識的に発生するようになったら、ちまたでよく言われる「○○を活用できている」状態と呼べるのかもしれません。

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Evernoteのinbox整理アプリ『zen』

デフォルトノートブック(既定のノートブック)をノートの「受信箱」にしておき、そこからしかるべきノートブックに振り分けるスタイルをinbox方式と呼びます。

これは多様な情報が入り込んでくるEvernoteの整理法としては、非常にありふれたもので、個人的にもinboxは作っておいた方が良いと思います。少なくとも一度以上はノートを見返すことになるので、情報の非活用度を5%程度押し下げる効果が期待できます(数字は適当)。

で、そのinbox整理(inboxにあるノートを別のノートブックに振り分ける作業)なんですが、私としてはMacでやりたいところです。iPhoneの小さい画面でちまちま作業したくないのです。

でも、これぐらいシンプルな操作なら、iPhoneでやってもいいかな、という風には感じました。

Zen
カテゴリ: 仕事効率化, ユーティリティ

使い方

コンセプトは簡単です。

あらかじめ指定したノートブックに入っているノートを、別のあらかじめ指定したノートブック(アーカイブと呼ばれる)にスワイプ一発で振り分ける。

たとえば、こういう設定にしておいて、

20140724075508

リストから右方向にスワイプすると、スクラップのノートブックに瞬時に移動します。操作のもたもた感は一切ありません。

20140724075431

右側へのスワイプはアーカイブですが、左側へのスワイプでは、ノートブックリストの選択になります。右側に長スワイプすると、ノートの削除。私はあまり使いませんが、必要な方もいらっしゃるでしょう。

※ノートブックの選択画面
20140724075315

つまり、inboxに入っているノートを、右へ左へスワイプして、仕分け作業を行うことができます。

fcaac0c8168fdf18e3aabb83b03d1fdb

もちろん、ノートをタップすれば、中身の確認もOK。基本的なことは十分できます。

20140724075241

が、タグ付けはできません。今のところは。

あくまでノートブックの移動だけに特化したアプリになっています。

相性の良い人

と考えると、inbox方式を採用している方で、

  • 特定のノートブックへ頻繁に移動させる
  • タグを使わない

というタイプの方ならば、ベストマッチでしょう。びゅんびゅんinbox整理が進むかと思います。

逆に100個のノートを、5個ずつ20個のノートブックに移動させる、という場合どれをアーカイブに指定していいのか判断に困ります。それにこの操作感の快適性が若干いかされません(不便とまでは言えませんが)。ここら辺は整理システムとの相性があるでしょう。

さいごに

私の利用法では「スクラップ」と「象の墓場」が大半なので、わりと相性は良い方です。その部分だけをみれば、メイン使用もありえます。

が、タグとリマインダーが指定できないのが痛いところ。リマインダーに関しては危機的状況ではないものの、タグがないのはツライです。頻繁につけるものではありませんが、一回のinbox整理で数回のタグ付け作業は発生します。それができないと、いろいろ困るのです。

無茶な要求とは理解しつつも、この快適さを維持しながら、タグ付けもできるようになると、私的には超ハッピーなアプリになりそうです。

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【書評】GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代(アダム グラント)

「与える戦略?」
「そう。与える戦略だ。まず君があたえる。与えて与えて与えぬく。すると……」
「すると?」
「何かが返ってくる。必要以上に与えたその分が返ってくる」
「それが与える戦略?」
「その通り」

「与える」戦略

毎週配信しているメルマガで、「僕らの生存戦略」という企画を連載していました。

その企画では、現代で生きづらさを感じている人がいかにすれば少しでも生きやすくなるか、という「戦略」を考えていたのですが、そこで出てきたのが「与える」戦略です。

この戦略の発端は『与える人が与えられる』という本なのですが、その本では、他人に与えた人の方が結果的に多くのもの得られるというある種の<人生法則>が紹介されていました。で、その法則は私の周りを見渡しても頷けるものがあります。

たしかにそうだな、と思った反面、次のような疑問も思いつきました。

「与えたら、自分に返ってくるから、まず最初に与えよう」というのは、「自分は何を与えられるか」をまっさきに考える人と同じなのかどうか?

という疑問です。

時間平面を細切りにすれば、両者の「与える」行為は同じに見えます。であれば、問題ないのでしょうか。

本書は、その疑問に一つの答えを与えてくれました。

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代
GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 アダム・グラント 楠木 建

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ギバーとテイカーとマッチャーと

本書の要点は、ずばっと言ってしまえば「情けは人の為ならず」の一言に尽きるわけですが、もう少し膨らませて箇条書きにすると、

  • 人の行動パターンを類型化すると、ギバー・テイカー・マッチャーに分かれる
  • 大半はマッチャーで、少数のギバーとテイカーがいる
  • ギバーは、まず相手に与える
  • テイカーは、相手からもらうのに必死
  • マッチャーは、もらったら返す
  • ものすごく成功する人はたいていギバー
  • でも、失敗する人もギバー(ギバーにも種類がある)
  • テイカーは言葉遣いなどに特徴がある(見分けられるかも)

となります。

行動パターンの類型でこの社会を眺めてみると、

ギバーは、世の中にたくさん存在するマッチャーに与える。マッチャーはそれに恩義を感じて、必要なときにギバーにそれを返す。ギバーは与えるごとに味方を増やし、テイカーは得るたびに敵を作る。長期的にみると、周囲から声援や援助を受けて、成功しやすいのは、さてどっちでしょう?

ということになるわけです。

なんだから当たり前の話のようにも思えるし、逆にキツネにつままれたような気がするかもしれません。

ともあれ、上のお話を受け入れたとすると、「成功するためには、ギバーになりましょう」という教訓が出てくるわけですが、これは冒頭に掲げた疑問にまともに正面衝突します。

だって、「自分が成功するために、誰かに与えましょう」というコンセプトならば、それはどこからどうみてもテイカーの発想です。このねじれというか、パラドックスというかに、やっかいな問題が潜んでいるわけです。

変換ミス

ある人がいたとします。その人はギバーです。その人はギバーとして振る舞い、大きな成功を収めました。

それを後ろで見ていた誰かが(偉そうに)こう言います。「ほら、あの人はギバーとして振る舞ったから、成功したんですよ。あなたたちも、成功したいのであれば、ギバーとして振る舞いなさい」

情報伝達における変換が、うまくいっていません。

ギバーな人は、成功を求めてギバーとして振る舞ったわけではありません。そうしたいから、そうしたのです。それが結果的に成功につながった、というだけのお話。

昔の言葉に、

「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」

なんてものがありますが、「ギバー」の教訓は古人の跡を求めているようなものです。

だったら、どうすればよいのでしょうか。

詳しい話は本書に譲りますが、あなたが与えたくて仕方がないものを与えればよいのです。それが真の意味での「与える」戦略です。

テイカーにはご用心

本書はギバーについての本でもありますが、実はテイカーについての本でもあります。むしろ、テイカーに食い物にされないための指南書と言えるかもしれません。

本書では、自分の写真や言葉遣いによってテイカーを見分ける方法が紹介されています。逆に言うと、そういう方法が必要なのです。なにせテイカーは、

こうされないように、テイカーはバケの皮をかぶって寛大に振る舞い、ギバーやマッチャーを装って相手のネットワークの中にまんまと入り込もうとする。

というように、最初は親切な人なのです。後からの見返りを期待した親切を、存分に振りまきます。

で、そこで信用を獲得し、のちのち「回収」にかかります。ひたすら人脈を広げたり、偉い人とコネをつなげたり、何か売りつけたりするわけです。もう、その瞬間には、相手方のメリットなど何も考えません。ただ、「どうすれば、自分の得になるか」だけがテイカーの頭の中に渦巻いています。

あまりそういう人物に近づきたくはありませんね。

本書にもありますが、「自分の利得に関係無い人をどのように扱っているか」というのがテイカー傾向を見極める一つの指標になるかもしれません。特に「回収済み」の人をどのように扱うのかが、大きなポイントになるでしょう。

面白いのは、

ドイツの心理学者トリオによれば、初対面で一番好感をもたれるのは、「権利意識が強く、人を操作したり利用したりする傾向のある人びと」だという。

というお話。

これがどのぐらい真実なのかはわかりませんが、人に対する評価を、第一印象だけで固定してしまうのは、少々危うい、ということだけは覚えておいた方がよいでしょう。

最初は親切そうに見えたのに……、みたいなことはいっぱいあります。逆にどれだけ時間が経っても、同じように与え続けている人もいます。そういう人はギバー属性の可能性大です。

さいごに

ギバー作法やテイカー注意報ももちろん大切なのですが、本書において一番重要なのは以下の一文ではないかと思います。

しかし、世の中の大半はゼロサムゲームではない。

このコンセプトというか、世界の在り方を受け入れられるかどうかで、世の中の見方・自分の立ち振る舞いがずいぶん変わってくるような気がします。

私は著者があげた「人の行動パターンを類型化」を見たときに、「そもそもどうしてギバーはギバーとして、テイカーはテイカーとして振る舞うようになったのか?」という疑問が湧いてきました。それは遺伝的な何かなのかもしれませんが、もしかしたら「世界をどのように捉えているのか」という価値観・世界観に依るものなのかもしれません。

世の中を受験や入社試験といった限定的な視野で捉えた場合、たしかにゼロサムゲームな側面はあります。でも、空間・時間的に視野を広げれば、案外そういうものではなくなります。そういうものではない世界が、雄大に広がっているのです。

▼こんな一冊も:

あたえる人があたえられる
あたえる人があたえられる ボブ・バーグ Bob Burg ジョン・デイビッド・マン John David Mann 山内 あゆ子

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熱狂的なファンを生む「成城石井」の姿勢

以下の本を読みました。

成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?
成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか? 上阪 徹 織田桂子

あさ出版 2014-06-24
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※献本ありがとうございます。

ストレートに小売業のお話としても楽しめるのですが、メディアの運営__たとえばブログについて学べることもあるような気がします。

今回はブロガー視点で、「成城石井」のエッセンスを取り出してみましょう。

味や品質はもちろん、原材料や安心安全のこだわりの食材を求めるあまり、世の中になければ自分たちで作ってしまおう、となったという。

「読みたいブログがなかったら、自分で書け」

というやつですね。これってかなり重要だと思います。だって、そこには(小さいながらも)はっきりとしたニーズがあるのですから。

もちろん、「自分たちで作ってしまおう」は面倒ではあるのですが、「やっぱり、このブログだよね」と思ってもらえるような存在になるためには、その面倒さのハードルを乗り越える必要があるのでしょう。

興味深いのは、儲けよう、という発想ではなかったことだ。本当においしいものを、こだわったものをとことん突き詰めよう、というところから、成城石井は品揃えを考えた。それが結果として、他者が真似できない仕組みや品揃えにつながったのだ。

ブログでも、「あぁ、儲けようとしているな」と感じるものは、だいたいレイアウトやら広告の貼り方やら、紹介する商品などが似てきますね。別にそれが悪いわけではありませんが、差別化という点で弱いことは確かでしょう。印象に残りにくい。

「こだわったものをとことん突き詰めよう」としていると、だんだん<歪み>が出てきて、結果的にそれが個性となります。そのグルーヴィーな<歪み>は他の人が真似をしようと思ってもできるものではありません。

「本当においしいものを提供する。それが一番大事なことだと思っています。これは私自身もそうなんですが、おいしいものを食べちゃうと、もう戻れないんですよ(笑)。成城石井のこだわりを理解してくださる方が増えたというのは、それだけおいしいものを求める方が増えたということだと思っています」

言及は避けますが、まあ、そういうこともあるのでしょう。

背景には、基本をしっかりやっていれば、結果は後からついてくる、という思いがあるという。逆に結果だけを追いかけようとすると、基本がおそろかになるというのだ。

ブログにおける「基本」って何なんだろう、と一度じっくり考えてみたくなりました。成城石井の四つの基本は、挨拶、欠品防止、鮮度管理、クリンリネスだそうですが、ブログにも似たようなものがあるでしょうか。

たぶん、あると思います。そして、その中に炎上は入ってこないとも感じます。

とりあえず華やかなテクニックに比べればまったく見栄えのしない「基本」を、どれだけしっかりやれるか、ということなのでしょう。

「自分の考え方が大きく変わりました。路面店のスーパーマーケットとは、売れるものがまったく違ったんです。その一方で、それまで成城店をはじめとして、お客様のニーズに答えようと一生懸命に取り組んできたワインやシャンパン、チーズ、総菜といった成城石井独自の品揃えが大きく活きたんです。

駅の改札口のすぐ隣にある、それほど店舗面積が広くないスーパーと、路面店のスーパーとは売れる物が当然違います。お米とか大容量のお醤油だとかは、駅なんかでは買わないわけです。

そんなことはちょっと考えてみたらわかるだろう?

たしかにそうかもしれません。でも、それと同じ考え方を用いると、きっとワインやチーズなんかも売れないに違いないと判断され、スーパーの出店そのものが無くなってしまうでしょう。でも、実際はこれらの商品は大いに売れたわけです。もちろん、そこに売れた理由もあるのでしょう。後から考えれば。

何が人気になるのかを前もって予測することはできません。

できるのは仮説を立て、実行し、結果を受けて修正することです。後は、それと止めどなく続けていくことです。これこそ「言うは易く行うは難し」の典型例かもしれません。

「(前略)最初から飲食の経験者を入れたり、コンサルタントに入ってもらったら、今ある飲食店と同じになってしまうじゃないですか。そうじゃなくて、料理にしても、給仕にしても、接客にしても、ワインの提供の仕方にしても、自分たちが築き上げてきた成城石井なりのやり方があるんです。これまでと同じような店を作っても、まったく面白くもなんともない」

あきれるぐらい非効率的なやり方であり、驚くぐらい矜持を感じるやり方でもあります。

とにもかくにも、「まあ、これでいいか」という妥協をしない。チャレンジをして、新しい価値を生み出そうとする姿勢が窺えます。

当然、上のやり方で作られた飲食店はオープン初日から大混乱だったそうです。飲食業の素人が集まって作ったお店なんですから、当然の帰結ですね。でも、そこから少しずつリカバーしていった。で、結果的に他の飲食業とは一風異なったお店ができあがった。

注目したいのは、そうした独自のお店を築き上げたという結果ではなく、そこに至るまでのプロセスの特異性です。そのプロセスの特異性抜きに結果だけに注目してしまうと、何かしらを見落としてしまうことでしょう。

さいごに

全体を通してみると、私がよく言っている「隠れ家ブログ」の作り方に通じるところがあるような気がしてきました。

もちろんこれは、ガンガンPVを集めるブログの作り方ではありません。(固定的な)ファンを生み出すための方法です。方法、というか姿勢と呼んだ方がいいかもしれませんね。

ブログというのは、基本的にどんなやり方だってできる場です。それはつまり、個人の<歪み>を存分に受け止めてくれる場でもあるということです。

「オリジナリティー溢れるブログを作ろう」、というのではなく、自分が良いと思えるものをとことん追求していくのが、結果的にオリジナリティー溢れるブログへとつながっていくのかもしれません。

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