4/20 〜 4/25 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. デジタル・ブレストツールに求める要件
  2. 【レビュー】荒木飛呂彦の漫画術(荒木飛呂彦)
  3. 【レビュー】運を支配する(桜井章一 藤田晋)
  4. Scrivener→でんでんコンバーターで気をつけたいこと(アルテさんと僕)
  5. でんでんランディングページを改造して、カタログを作成
  6. 【書評】クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本(鷹野 凌)

セリフパブリッシング系のお話が多かったですね。「月くら」計画の後作業をいろいろやっているせいかもしれません。もちろん、次の本もじわじわと鋭意制作中です。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

4月20日

今まで社会が続いているということは、つまりはそういうことです。

4月21日

王様であることが楽でないのと同様に。

4月25日

言い方を変えると、歴史は少し先のこと、未来は少し前のことに影響を受けます。なぜならば、それは人が語る(あるいは紡ぐ)ものだからです。

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○BizArts 3rd 03「これは何か?」
○BNS #47
○Evernote四方山話vol.16 「Evernoteにお金を支払うこと」
○今週の一冊 『運を支配する』(桜井章一 藤田晋)
○知的生産エッセイ 「SECIモデルと読書」

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【書評】クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本(鷹野 凌)

著作権は、自然に発生するらしい。

クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本
クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本 鷹野 凌 福井 健策

インプレス 2015-04-24
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※献本ありがとうございます。

本書にはこうある。

作品として表現された瞬間、自然に発生する権利が著作権です。

何かの著作を生み出せば、著作権はその瞬間に発生する。つまり、特許などとは違うわけだ。著作権法17条2項(著作者の権利)[参照]にはこうある。

著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要しない。

クリエーターにとってはありがたい権利である。著作物を生み出すたびにイチイチ登録などしていられない。何か著作を生み出せば、その瞬間から「これは私のものです。使いたければ許可を求めてくださいね」と主張でき、それによってお金を稼ぐこともできるようになる。

問題は、普通の人が著作権法17条2項を読んでも意味がとれないことだ。これは著作権法だけに限った話ではないが、とにかく法律の条文は読んでもよくわからない。しかしながら、権利を行使するためにはその条文を読み取れないといけない。

本書の役割はその橋渡しにあるわけだが、著作権法をすべて読み解いていこうといった大げさな話にはなっていない。現実的にクリエーターが直面するであろう問題に絞って話が進められている。おかげで150ページほどのコンパクトなボリュームにまとまっており、厚みで威嚇されるような感覚はまったくない。

また文体も意識して軽めに整えられている。タイトルからも想像できるが(※)、本書は比較的若い人・ネット親和性がある人が対象読者である。そうした人を意識したネタも本文中にはちりばめられている。

堅い話になりがちな(そして漢字密度が高まりがちな)法律の話を、ライトなテイストで進めていく。しかし、監修が入っていることからもわかるように、堅い部分の信頼性はきちんと担保されている。
※昨今はやりのライトノベル感が漂っている。

そういう意味でバランスの良い本だ。

目次は以下の通り。

第1章 なぜ著作権という権利があるの?
第2章 著作権で保護される作品を教えて!
第3章 著作権について詳しく教えて!
第4章 無断で利用できる著作物を教えて!
第5章 先生……二次創作がしたいです
第6章 表現の自由って、どれぐらい自由なの?
第7章 作品を発表するときに気をつけること
第8章 作品がパクられた!どうしよう?

私自身も物書きであり、言ってみればクリエーターなわけだが、漠然としか知らない話が多かった。自分の仕事に直接関係する権利__なのにである。「それでよくまあ、物書きなんてやってられますね」と呆れられるかもしれないが、著者の場合であれば間に出版社・編集者が入ってくれるので、なんとなく知ってるぐらいでもやっていけてしまうのだ(※)。
※もちろんきちんとした知識を持っている方が良いことは言うまでもない。

が、セルフパブリッシングを行うなら、そうはいかないだろう。

また、ウェブの世界では誰でもがパブリッシャーになれることを考えれば、著作権は情報化社会の生活に寄り添う権利だとも言える。ブログ記事やツイートだって、開かれた場所に公開していることを__つまり、不特定多数に読まれることを__考えればパブリッシュメントである。

そういう意味で、情報化社会における著作権法は、自動車社会における道路交通法のようなものに位置づけられるかもしれない。

さいごに

ブログ記事の引用要件については、拙著『BlogArts』でも触れたが、本書では二次創作にまつわるお話や、ウェブ時代のクリエーションについても言及されている。個人的には、バイラルメディアやパクツイ周りの話が面白かった。

こうした知識があれば、「何が良くて、何が悪いのか(グレーなのか)」を知ることができる。自身がそういった行為を避けるのは__クリエーターの矜持があれば__当然として、情報の受け取り手としても、信用できるメディアとそうでないメディアを見分ける手がかりになるだろう。

結局の所、メディア空間の健全さは、そういうものの積み重ねでしか担保されない。そのことは送り手も、受け取り手も自覚しておきたいものである。

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でんでんランディングページを改造して、カタログを作成

まずはこちらをご覧ください。

倉下忠憲の電子書籍カタログ

screenshot

自作の電子書籍の数が増えてきたので、トータルのカタログっぽいページを作ってみました。いわば、メタ・ランディングページ。ランディングページが存在する本についてはそのサイト、存在しない本についてはAmazonへの動線となっております。

作成にあたり使わせていただいたのは「でんでんランディングページ」の通常版なんですが、改造しすぎて「もはや最初から作った方が早いのでは?」みたいな疑問も湧いてきます。が、でんランの「Related-works」の仕組みが素敵だったので、それを使わせていただきました。

基本的には使わない部分を削除し、Related-worksをひたすらコピーしてあるだけです。

どう考えてもページが縦に長くなるので(そして、これからも長くなっていくので)、ヘッダーに該当箇所へのリンクボタンを付け加えました。といっても、これも元々あったボタンのアレンジです。

スクリプトまわりでは、jQueryを使ってページ内リンクへのジャンプをスクロールにしたことと、下にスクロールさせたときに「トップに戻る」ボタンを右下に表示させる機能を追加しました。

まあ、それだけです。最初から作った方が早い、ということはなさそうですね。なにせ半日でできましたから。

いちおう自分のサイトにも著作リストがあるんですが、「セルフパブリッシングだけ」のものはなかったので(そして、ちょっと思いついてしまったので)とりあえず作ってみました。

自作した本の数が増えてきたら、なにかしらまとめページを作っておくのも良いかもしれませんね。

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Scrivener→でんでんコンバーターで気をつけたいこと(アルテさんと僕)

「アルテさん、助けてください!」
「何?」
でんでんコンバーターでEPUBファイル作ったんですけど、エラーが出ちゃってうまく表示されないんです」
「エラー文でググってみて」
相談はそれで打ち切り、と言わんばかりに本のページをめくるアルテさん。
「いや、一応僕もウェブ時代に生きていますから、それぐらいはやってみましたよ。でも、英語のページばっかりでさっぱりなんです」
「ウェブ時代に生きてるんだったら、英語ぐらい読めないとね」
ページをめくる手は止まらない。厚みのある文庫本は、まだはじめの方だ。きっと買ってきたばかりの新刊なのだろう。
「ア・ル・テ・さん!」
目一杯のアピールをすると、やれやれと大げさに首を振ってから、アルテさんは机に本を置いた。
「どんなエラー?」
「Char value 12なんちゃらっていうのが出てくるんです」
眉をぴくりと上げたアルテさんは、「みせて」と僕のノートパソコンを引き寄せる。

screenshot

「どうやってこのEPUBを作ったの」
ほとんど詰問口調でアルテさんが尋ねてくる。
「ええっと、この前教えてもらったScrivenerというアプリで、テキストファイルを作って、それをでんでんコンバーターにアップしたんですが……」
「そのファイルは? テキストじゃなくて、おおもとの方」
「これです」
えらく画面に近いアルテさんの顔に遠慮しながら僕はキーボードを叩く。
「ちょっといい?」と僕の返事を待たずに、アルテさんはトラックパッドに指を置く。繊細な長い指。ピアノの鍵盤が似合いそうだ。
「これね」

screenshot

ディスプレイにはCompileの設定ウィンドウが表示されていた。「このPBが悪さをしてるの」。アルテさんは、画面右の小さい文字を指さす。そこには「Pg Break Before」とあった。
「Pg Break? プログラマーをぶっ壊すってことですか。なかなか物騒ですね」
「その発言の方が物騒だと思うけど」
コホンと咳払いを一つしてから、アルテさんは続ける。
「PgはPage。Page Breakで改ページの区切りってところね」
「それをBefore?」
「そう、ようするにこのテキストの後に改ページを入れます、というのがこのチェックマークの意味」
「それを入れるとどうなるんですか」
「もちろん改ページされるわよ。テキストファイルでは意味がないけれども、たとえばPDFでコンパイルしてみればわかるわ」
「これが何か悪さをしてるんですか」
「まあ、そうね。さっきのEPUBのもとになったテキストファイルを開いてみて」
アルテさんが立てた指をクルクルと回す。
僕は、tab + commandでアプリを切り替える。ちょうどさっき開いていたところだ。

screenshot

「ほら、ここ」とアルテさんが指さす。
「何かありますか?」
「よく見なさいよ」
「この横棒ですか?」
「そう、それがChar value 12ね。その行を削除してみて」
言われた通りに、僕は行頭でdeleteキーを押す。

screenshot

「ほら、消えたでしょ。これならエラーは出ないわ」
「ということは、さっきのコンパイルの設定でチェックマークを外せばOKなんですね」
「まあ、そうね。ただし、注意する箇所がもう一つ」
「もう一つ?」
「Scrivenerだと、コンパイル時にSeparatorsの設定ができるの。テキストとテキストの間とかテキストとフォルダの間に、任意の文字列なんかも潜り込ませられる。そこにも、Page breakがあるから、そこもチェックしておいた方がいいわね」

screenshot

「なるほど」
パタパタとチェックマークを外し、Separatorsの設定も確認する。アルテさんはじっとその作業を見つめている。テキストファイルでコンパイルし、一応その中身も確認する。変な横棒はついていない。
でんでんコンバーターにそのファイルをアップロードして、iBooksで確認。

screenshot

エラーはどこにもなかった。
「ありがとうございます」
僕がそう言うと、コクリとアルテさんが頷く。
「ところでその本、面白そうね」
「でしょ。といっても、まだ取りかかったばかりなんですが。完成したらまっさきにアルテさんにお見せしますよ」
ありがと、とだけ言ってアルテさんは自分の席に戻っていった。再び文庫本に手が伸びる。僕も原稿の手直しに戻る。
ぱらりぱらり、カタカタ、カタカタ、という音だけが部屋に満ちていた。


<アルテさんと僕シリーズ>

でんでんコンバーターでスタイルを変更する方法(アルテさんと僕)
でんでんコンバーターでスタイルを変更する方法2(アルテさんと僕)
でんでんコンバーターでスタイルを変更する方法3(アルテさんと僕)

でんでんコンバーターで改ページする方法(アルテさんと僕)

でんでんコンバーターにアップできるファイル(アルテさんと僕)

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【レビュー】運を支配する(桜井章一 藤田晋)

本書を読んではじめて知ったのだが、サイバーエージェントの社長さんである藤田氏は、2014年の麻雀最強戦で優勝しているらしい。つまり、現役の経営者でありながら最強位でもある。なかなかすごい。

麻雀最強戦は、プロ雀士だけでなく一般枠や著名人枠があり、決勝卓の顔ぶれが毎回違っていて楽しめるトーナメントである。でもって、過去の麻雀最強戦では雀鬼会の方が何度か優勝しているし、藤田さんも桜井さんの元に通っていた経験があると言う。

その二人が勝負事について、運について、ビジネス(仕事)について語っているのが本書である。

運を支配する (幻冬舎新書)
運を支配する (幻冬舎新書) 桜井 章一 藤田 晋

幻冬舎 2015-03-20
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著者は二人だが、対談形式ではなく往復書簡に近い構成だ。一つのテーマについて桜井氏が語り、同じテーマで藤田氏がビジネスの視点で語る。それがワンセットなって、いくつかの運に関するテーマが展開されていく。

目次は以下の通り。

1章 ツキを整える
2章 運をつかむ人の習慣
3章 悪い流れを断つ
4章 ツキを持続させる
5章 運をまねく作法

「ビジネスで大切なことは、すべて麻雀から学んだ」なんて書くとチープなビジネス書の雰囲気が漂うが、私の実感はそれに近しいものがある。

まえがきの中で、藤田氏は麻雀とビジネスの似た要素を4つ挙げている。

  • 「不平等」なところから始まる
  • 「相対的な競争」である
  • 「状況判断力」が問われる
  • 大半の時間は「忍耐力」を要する

まったくもってその通りだ。麻雀は不完全情報ゲームであり、運の要素が大きく絡む。さらに、一人があがれば、別の人はあがれなくなり、囲碁や将棋と違って対戦相手は3人もいる。だから、大抵の局面で思い通りにはいかない。

配牌をもらって、「よしこれは三色であがろう」と決意して、コツコツ努力すれば皆が三色であがれるような世界ではない。配られた段階で三色ができている人もいれば、はるか彼方にしか見えない人もいる。順調に必要な牌をツモってこれることもあれば、何一つ有効配を引かないまま、周りの人だけが手を進めていることもある。五面待ちの清一が、ペンチャン待ちのリーのみに引き負けることも珍しくない。

ときに、不条理だと叫びたくなる。

でも、麻雀とはそういうゲームだし、ビジネスも同様だ。言ってみれば、人生だって似たようなものかもしれない。

だからといって、「運任せ」にして、何もしなくてもよいのか、というとそうでもない。細かい積み重ねは重要である。ツモによっては何も考えなくても三色ができることはある。それでも、毎回手牌に三色の種を探している人の方が三色は上がりやすくなるし、平均打点も間違いなく上がる。

囲碁や将棋の場合、細かいやりとりが勝負に直結する。囲碁の一目、将棋の一手は、とても大きな価値を持つ。麻雀の場合は、それが運のせいで見えにくい。が、やっぱり細かい部分は大きいのだ。むしろ、見えにくい分だけ重要性は高まるのかもしれない。

ただし「細かいことをやっていれば、すぐに勝てるようになる」とはいかないのが難しいところで、フィードバックが機能しにくい。だから、「運任せ」で適当にやっている人が豪快に上がるのをみて、それに引き寄せられてしまう。でも、結局それは短期的な結果でしかない。


本書のタイトルは「運を支配する」となっているが、実際に運を支配する方法が書かれているわけではない。別にスピリチュアルな話でもない。いくつかあげると、「勝負は複雑にすると負ける」とか「負けの99%は自滅である」とか「パターンができたら自ら壊せ」とか「違和感のあるものは外す」といった、心構え・姿勢のお話である。

準備ができていれば、幸運が巡ってきたときにそこに乗ることができる。またブレーキを避けていれば、勢いは長く続く。そういう話である。怪しい石や壺によって、「それを持つだけで」新しい人生が始まることはないし、高額のセミナーに参加して「本当のあなたの力」が目覚めることもない。

そうしたものは単なるショートカットでしかない。中には「コツコツ努力しましょう」というショートカットを売りつける人もいるが、見かけを複雑にしただけで話は同じである。結果が出ることを前提とした「コツコツした努力」が報われるのは、整えられた環境の中だけである(学校の暗記試験、RPGのレベル上げ)。現実のビジネスはそんなにうまくは行かない。

「結果が出ること」が前提になっているか、なっていないのかの違いは、状況に適応する力の差として現れる。「これをやっていれば、必ずうまくいきます」と思い込んでいると、新しい状況に対応できない。結局、言われたことをそのまま実行しているだけで、アレンジするような基礎がその中に根付いていないからだ。

では、どうすればいいのか。

「運任せ」と「自分が世界を支配できている感覚」の、真ん中を歩いて行くしかない。前者は怠惰で、後者は傲慢である。

ある部分では、自分の力ではどうしようもないものがあることを悟り、その上で自分の力でできることをする。そして、目先の結果ではなく、自分の力そのものを上げていくように心がける。もちろん、どこまで力を上げたところで、ドミネーションできるわけではない。そのバランス感覚を保つことだ。それが、真ん中を歩いて行くことになる。

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【レビュー】荒木飛呂彦の漫画術(荒木飛呂彦)

漫画に限らず、エンターテイメント作品をクリエートしたいんだったら、読んどいた方がいいんじゃないか、ていうか読もうぜ、というテンションで推したくなる本です。

荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)
荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書) 荒木 飛呂彦

集英社 2015-04-17
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目次は以下。

第一章 導入の描き方
第二章 押さえておきたい漫画の「基本四大構造」
第三章 キャラクターの作り方
第四章 ストーリーとの作り方
第五章 絵がすべてを表現する
第六章 漫画の「世界観」とは何か
第七章 すべての要素は「テーマ」につながる
実践編その1
実践編その2

「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズでおなじみの荒木飛呂彦先生が、どのようにして漫画に取り組んでいるのか。それがまるっと公開されています。もう、それだけで興味を引かれますね。

で、読んでみるとやっぱりいろいろ計算して描かれていることがわかります。いかに読者を惹きつけるのか、ページをめくる手を止めさせないか、一つの絵にどれだけの情報を込めるのか……。圧倒的です。プロの仕事です。

ほとんど間違いない話ですが、本書を読み終えるとジョジョを読み返したくなります(なりました)。「なるほど。こういう話の進め方は、こんな意図があったんだな」なんて考えながら読む漫画は、将棋の感想戦のような楽しさがありそうです。

というわけで、本書は漫画を描かない人でも、ジョジョファンなら楽しめます。

あと、漫画でなくても、「他の人の消費してもらってナンボ」なコンテンツを作っている人には__特にその初心者には、役立つ内容がわんさか盛り込まれています。もう少し言えば、具体的なテクニックだけでなく、「学び方」の姿勢が開示されているのです。

先達の作品に触れる、分析する、真似する、アレンジする……。

漫画家というのは個性を__もちろん作品の個性です__持てなければ話にならないわけですが、とんがっていたらいいかというとそういうわけでもないでしょう。読者に受け入れられるものでなければなりません。しかし、「読者受け」を狙うと個性が急速に失われていきます。

人気作品を分析するというのは、その構図をそっくりそのまま持ってくることではなく、そこに込められた意図やテクニックを分解し、さらにそれを自分用に調整して使うことでしょう。「ジョジョ」シリーズでは、それがはっきりと行われています。

本書のどこをとっても、「楽して人気作家になれる」的な話は出てきませんし、基本的にこつこつやっていくしかない(ただし天才は除く)という地味な話が続きますが、たぶんこれは本当のことです。本当のことは、案外地味な姿をしているものです。

本書を読み終えても、結局のところ自分の手を動かさないと漫画は上手くならないわけですが、作品を見る目つきははっきり変わると思います。それは大きいことです。

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デジタル・ブレストツールに求める要件

先日シゴタノ!で、「Twine」を紹介しました。
ブレストにも使えるゲームブック制作支援ソフトウェア「Twine」

でもって、それより前に「Wordrium」という自作ツールを公開しました。
新感覚ブレストツール「Wordrium」

ともにブレスト系ツール__あるいはそれ用に使えるツール__なわけですが、これらを触りながら感じたことがあります。

ブレストツールにあって欲しい機能

まずもって、デジタルであろうがアナログであろうがブレスト系ツールは入力が簡単でなければいけません。新規項目の作成に2ステップやら3ステップもかかってしまうようでは失格です。

脳内はそれほど潤沢なリソースを持ち合わせていません。ぱぱっと思いついたことは、ぱぱっと入力できる必要があります。

また、作成した項目を移動させられることもポイントです。

どのような移動が可能かはツールによって違うでしょうし、それこそがツールの特徴ともなるわけですが、移動不可はブレストツールとは呼べません。

デジタル・ブレストツールにあって欲しい機能

それらの最低限の条件を踏まえた上で、デジタルツールならではの特徴__言い換えれば、アナログツールでは実現しにくい機能を考えてみると、一つは「ビュースタイルの変更」があります。

「Twine」では、全体を俯瞰するビューと、一つ一つのアイデアをスライドで表示させるビューがありました。また、iPadの「Idea Sketch」は(疑似)マインドマップツールではありますが、アウトラインモードがあって、それぞれの表示を切り替えられます。

こうした切り替えは、アナログツールではほぼ無理です。しかし、デジタルツールならなんてことはありません。そして、視点を切り替えることによって、見えてくるもの・連想されるものに違いが生じることも確かです。

このあたりの追求が、デジタルならではのブレストツールの特徴になっていくのではないでしょうか。

もう一点、「Wordrium」を作りながら考えたことですが、「動き」の要素と呼びうるものもデジタル・ブレストツールの特徴と言えそうです。特に、ランダムな「動き」の要素。

「Wordrium」は、それをストレートに表現していますが、他にも方法はあります。

たとえば、ブレスト中にまったく関係ない言葉が画面に表示されるというのも「動き」です。Twitterのトレンドワードからひっぱってきたら面白いですね。あるいは、自分の過去のEvernoteからでも楽しそうです。

また、「それはどうしてか?」「なぜそうなっているのか?」「実現を妨げるものは?」「逆の立場だったら求めるものは?」といった、思考を刺激するクエスチョンを定期的に表示させることも可能です。表示の方法も、一瞬だけちらっと表示させたり、あるいは昔懐かしいJavaScript風に右から左にクエスチョンが流れていくスタイルもできるでしょう。

「動き」についてはアナログツールでも可能な部分はありますが、他のツールとの自動的な連携や、膨大なクエスチョンの管理、あるいは共有といったことはデジタルツール向きです。

さいごに

こういうことを考えていくと、これまで「一人ブレストに使えるツール」は存在していたものの、「一人ブレストのためのツール」という特化型のデジタルツールはあまりなかったのではないか、という気がしてきました。

  • 項目が即座に入力できる
  • 作成した項目を後から移動可能
  • ビューの変更可能
  • 外部的な「動き」が入る

こういうのを兼ね備えたブレストツールを作ってみたいですね。

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4/13 〜 4/18 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. 1000冊本の紹介サイト、移行しました
  2. 理由もなく説明もできないもの、あるいはF&t
  3. 『Evernote豆技50選』を作ったときに使ったツール
  4. DQNが不得意だったゲーム
  5. ポスト「戦略」についての雑記
  6. 『信頼の構造』とメディアの変化

今週もいろいろ書きました。ますます何ブログかわからなくなってきていますね。満足です。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

4月14日

ある段階では似たように見えるものでも、時間が経つと大きな違いが生じているものがあります。その違いを生じさせたものは、それぞれが何を一番大切にしていたのか、ということです。それが、羅針盤となるわけです。

4月16日

たとえば、地面の固さがわからないと端の強度設計ってできませんよね。何かを伝える場合にも、似たようなことはありそうです。

4月17日

逆に言うと、何かの列に並んでいるうちは……。

4月18日

はたしてそれは「友」だったのか、という定義の問題もありそうですが。

今週のその他エントリー

ブックランプ

オートメーション
『NOVEL 11, BOOK 18』(ダーグ・ソールスター)-0062
ネット、情報経済、ポスト資本主義
「終わりのセラフ」シリーズ -0063

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○「本」を巡る冒険 005
○今週の一冊 『ビッグデータ・コネクト』(藤井大洋)
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頂いた感想など:

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『信頼の構造』とメディアの変化

山岸俊男さんの『信頼の構造』は以下のように始まる。

本書は、1つの中心的なメッセージをめぐって書かれている。集団主義社会は安心を生み出すが信頼を破壊する、というメッセージである。

信頼の構造
山岸 俊男
4130111086

集団主義社会は、言ってみれば小さな村である。そこでは、皆が顔見知りであり、誰もそこで悪いことをしない。少なくとも、そういう前提が共有されている。

だから、そこで暮らす人々はみな安心して生活を送る。その代わりに、人を信頼する力を失う。「よそ者は、この村に立ち入るな」という言葉は、まさにそれを象徴している。

代わりに小さなバザールを思い浮かべてみよう。いろいろな商人が集まる市場だ。そこにはたくさんの商品と、たくさんの人も集まっている。精一杯の善意を発揮する人もいれば、ギリギリのラインの悪道を突き進む人もいる。買い物をする人は、シビアな目を持たなければいけない。かといって、全てを拒絶すれば__「よそ者は、この村に立ち入るな」__、買い物はまったくできなくなってしまう。

安心はないが、その代わり__幾度かの失敗を経て__信頼する力が磨かれていく。

本書で指摘されている、「高信頼者ほど情報に敏感」は非常に重要である。人のことをよく信頼する人は、ぼけーっとしたお人好しではなく、むしろ人が発する情報に敏感だと言うのだ。簡単に言えば、人をよく見ている。そして、相手が裏切ったら強く反撃する。ゲーム理論でお馴染みの「しっぺ返し戦略」というやつだ。

もう一度、小さな村を思い浮かべてみよう。

小さな村は、「よそ者は、この村に立ち入るな」で、よそ者を排除し、村人は安心して暮らしている。もし、何かしらの変装をしてその村の「中の人」として認知されたらどうなるだろうか。もちろん、やりたい放題である。なにせ、村人は安心しきっているわけだから。気がついたときには、もう取り返しのつかないことになっていて、「しっぺ返し戦略」なぞ取りようもない。

さて、考えてみよう。

ある社会が、村型からバザール型へ移行するとする。それ自体はただの変化にすぎないが、渦中にいる人間は大変である。なにせ、あたらしい社会で必要になる「信頼する力」がまったく鍛えられていないばかりか、そもそもそういうコンセプトすら持たない。

安心で担保されていた生活から、信頼で構築していく生活への移行は、口で言うほど簡単なものではない。「痛み」と呼ばれるものが多数発生するだろう。しかし、なんとか適応するしかない、というのが悲しい結論だ。

メディアの変化

視点を変えてみる。

マスメディア型情報社会からソーシャルメディア型情報社会への移行について。

一極集中型のマスメディア型情報社会は、ある意味で村と似ている。一つの(そして大きな)「信頼できる」ニュースソースがあり、それが全国に均一に配信される。人々は日々それを安心して受け取っていればいい。しかし、その「信頼できる」は言葉通りの意味ではない。単に「相手が裏切らないだろう」という予測、もっと言えばそうあって欲しいという一方的な願望に基づいている。

安心して情報を受け取っている代わりに、信頼する力は磨かれない。仮に良くないものが変装して紛れ込んでいても、検証されないまま流通してしまう。

ソーシャルメディア型情報社会では、そうはいかない。そもそも「信頼できる」ニュースソースなんてものはない。バザールに並ぶ商人たちのように、そこにはどんな人もいる、ということが前提である。だから、そこで情報を得る人は__幾度かの失敗を経て__目利き力を身につけていかなければならない。その上で、信頼するソースを見出し、もし欺瞞が発生すれば、以降は見限る、あるいはもう少し踏み込んだ対策をとる、といった手段をうつことになる。

実に面倒だ。しかし、それはもう避けようもない話である。

そして、ソーシャルメディア型情報社会であるにも関わらず、マスメディア型情報社会の心持ちでいると手痛い目にあうことになる。偽物の商品を掴まされ続けるか、あるいは何も買い物ができない。そういう状況に陥ってしまう。

これは送り手の方も同じで、村型のやり方はバザールでは通用しないことが多い。もう少し言うと、バザール型の心持ちの受け手には村型のやり方は通じない、ということになる。

さいごに

メディアに視点を取れば、楽して儲かるならその手法を採るだろう。水の流れのように自然な話だ。しかし、欺瞞を含めてしまうと「あとあと、しっぺ返しが待っている」ということが学習されるなら、インセンティブは変化する。あるいは、変化することが期待できる。

ようするに、信頼されることに価値があり、信頼を毀損することにデメリットがある、という構造があるのならば(そして、それが認知されているのならば)、全体としては自然にそちらの方に流れていく。ただし、その構造設計は簡単ではないかもしれない。

ただし、社会の方はもう変化が進んでいる。受け手であれ、送り手であれ、(そして、それが面倒でコストを伴うものであれ)その変化に対応していかなければならないだろう。

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ポスト「戦略」についての雑記

以前メルマガでこんなことを書きました。

『古代から現代まで2時間で学ぶ 戦略の教室』(鈴木博毅)(note)

ふしぎと企業と戦略という言葉は、うまく噛み合います。

それはもちろん、自由市場における資本主義経済が「競争」を原理にしているからでしょう。戦争と競争は、重なる部分がたくさんあります。

「戦略」という言葉はごく日常的に使いますが、この言葉には「戦」の文字が含まれています。それはつまり争いであり、勝者を決めるゲームということです。でもって、それはゼロサムゲームを彷彿させます。そして、その先には贈与の関係性はありません。なんたって、ゼロサムゲームです。

もちろん戦略というか、プランニングは大切です。「こうきたら、ああする」とか「次の一手はこう打つ」といったことを、ぼんやりとした長期展開を見据えながら考えることは必要でしょう。で、そういう行為にフィットする言葉は今のところ「戦略」しかありません。

しかし、言葉は道具であり、道具は使う人間に影響を与えます。メタファーは、それなりに強力なのです。もう少し言えば、言葉は関係性を定義します。企業VS企業、企業VS顧客、という(旧来の)関係性の構図に思考が絡め取られてしまう__可能性もあるわけです。

もしかしたら、企業活動を戦争活動と同じように捉えている間は、決して出てこない発想があるのかもしれません。で、その発想こそがポスト資本主義の企業に求められるのかもしれません。もちろん、はっきりしたことは何も言えないわけですが。

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