回ってきたバトンに全力で答える

どうも。質問に答えるのと、困っている人にアドバイスするのが三度の麦酒の次に好きなRashitaです。

今回は『明日が雨でも晴れでも』の晴海まどかさんからバトン(※)を頂いたので、ちょっと答えてみます。
『月刊群雛』最新号Kindle・koboなど配信開始&バトンに答えてみた

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晴海 まどか Nacht

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▼1. アイディアとかどうやって出してますか?

アイデアを「出す」というよりは、日常生活中にふらっと思いついたアイデアを「掴まえる」というのが近いかも。そういうのをこまめにメモしています。

そうしたアイデアを「広げる」ときは、紙に書き出したり、付箋にだだっと書き込んでいったりはします。

どうしても必要なアイデアが出てこないときは、アフリカ南部に住むアドゥル民族が代々受け継いでいるというアイデア乞いの踊りというのを三日三晩かけて踊ります。嘘です。

そういうときは散歩しますね。iPhoneかメモ帳だけ持って。


▼2.アイディアが出やすい場所は?

読書中か、エディタの前かもしれません。もちろん、書店はインスピレーションの宝庫です。

あと、油断ならないのが車の運転中ですね。

出にくい場所は、たぶんゲームセンターと雀荘とパチンコ屋です。


▼3. 作品仕上げるのにどれくらいかかる?

電子書籍に関しては一ヶ月です。『アリスの物語』もそれぐらいだったような気がします。

基本的にプロットなしで、勢いで書き始めるので完成までは早いのですが、書き終わった後の手入れになかなか時間がかかります。

そもそも「一ヶ月かかる」というよりは、一ヶ月で無理矢理締め切っているというのが現状かもしれません。ゆったり進められるなら2〜3ヶ月ぐらいでしょう。きっと。


▼4. 今までで一番嬉しかった感想は?

「他の人から感想を頂けている」という現象自体が、もうとびっきり嬉しいことは間違いありません。

あと、一つの作品を、いろいろな角度から読んで頂けていることも嬉しいです。人によって、何をどう読むのかは違うんだな〜と改めて思い知らされます。


▼5. 尊敬する人は?

作家として好きという意味ならば、村上春樹さんです。

が、それはそれとして川原礫さんは、すげーなと思います。現代における文学の在り方について、いろいろ考えざるを得ません。


▼6. 目標とかありますか?

面白い本を書くこと。

それも、とびっきり面白い本を。


▼7. 描きたいジャンルは?

(゚∀゚)o彡゜ファンタジー! ファンタジー!


▼8. 回してくれた人(晴海まどかさん)の作品どう思う?

妙な表現ですが、「基本的な部分がしっかりしている」という印象を強く受けます。読んでいて安心感があるというか、不安定感が少ないという感じ。ライティング技術とかプロットとか、そういう基礎が作品を支えている印象です。

そういえば、12月3日に新刊を発売されるということで今から楽しみです。

髪の毛探偵 石神くん

一つ言っておきますが、表紙にメガネっ娘を持ってくるのは反則です。


▼9. お疲れ様でした!

お疲れ様です!


▼10. 最後に回したい絵描きさん字書きさんをどうぞ!

では、『あずきちゃんと虹色クレヨン』のとしさんにバトンを回してみたいと思います。

あずきちゃんと虹色クレヨン
あずきちゃんと虹色クレヨン

はれときどきくもりZ

バトンは回ってきてないけど、自分も書きたいぜ!という方も、ぜひぜひどうぞ。

※質問は以下からどうぞ。

▼1. アイディアとかどうやって出してますか?
▼2. アイディアが出やすい場所は?
▼3. 作品仕上げるのにどれくらいかかる?
▼4. 今までで一番嬉しかった感想は?
▼5. 尊敬する人は?
▼6. 目標とかありますか?
▼7. 描きたいジャンルは?
▼8. 回してくれた人(高波一乱さん)の作品どう思う?
▼9. お疲れ様でした!
▼10. 最後に回したい絵描きさん字書きさんをどうぞ!

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複雑な物体の、ダイナミックな印象

複雑な物体があるとしましょう。とても、複雑な物体です。

どのくらい複雑かというと、見る角度が1度違うだけで、まったく違った形に見えてしまうぐらいの複雑さです。

あなたは不思議な体験をするかもしれません。

角度を変えてその物体を見れば見るほど__言い換えればその物体についての知識が増えれば増えるほど__その物体に対する印象は鮮明さを失っていきます。全体像がぼやけてくるのです。

一つの角度からしか見ていなければ、「この物体はAだ」ときっぱり断言できます。そのイメージはあまりにも鮮明なので疑う余地はありません。しかし、Bが増え、Cが増え、Dが増え……、となっていくと、徐々に短い言葉で言い切ることが難しくなってきます。

おそらく、ピントを変える必要があるのでしょう。

では、ズームアウトして、A〜Zをすべてフレームに収めれば事足りるでしょうか。

いささか不安は残ります。

なにせその物体は複雑です。あなたは観察を通して、その複雑さを体験しています。自分が想像もしなかったことが、そこにはあったことを知る体験をしています。

であれば、もしかしたらA〜Z以外の印象もあるかもしれません。A〜Zというフレーミングが本当に正しいものなのか、断言しづらいものがあります。

できれば、そこにあるもので、そこにないものを伝えたいところです。

もう一つ、やっかいな点は、「この物体はA〜Zだ」という言葉で表現してしまうと、損なわれてしまうものがあるということです。もちろん、その表現はある事象においては正しいものです。つまり、静的な見方をすれば正しい、ということです。

しかしその物体は、「Aだ。あれっ、Bもある。あれっ、Cもあるのか」という印象を与えるものでした。つまり、動的な変化を伴うものです。「この物体はA〜Zだ」という短いフレーズは、受容しやすい反面、動的な変化はまるっきり切り落とされています。

動画、連続写真、物語、といったものが必要なのでしょう。

さいごに

ピントの話と、メディアの話をしました。

残念ながら、複雑な物体は、その取り扱いも複雑にならざるをえないようです。

このエントリーだって、単純化しすぎているかもしれません。

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バトンが渡るということ

TEDの動画を見ました。

ジョン・ハンターの世界平和ゲーム(TED)

二つの「教え」__あるいは「学び」__が、この動画には登場します。

一つは、小学4年生たちが行う「世界平和ゲーム」。非常に興味深い授業です。日本で同じような授業を行ったらどんな風景が広がるのでしょうか。なかなか楽しい想像です。

もう一つが、ジョン・ハンター氏が語る「教師のバトン」。ハンター氏はこの表現を使っていませんが、私の脳裏にはバトンのイメージがありありと浮かんできました。

教えられるという体験

彼は、自分が授業を行う姿を映像で見たとき、そこに恩師の先生方の姿を認めたそうです。知らない間に同じような仕草をしていた、別の言い方をすれば、彼らの教え方が無意識下にインストールされていた。そんなお話です。

「教える」というバトンが、ある人から別の人に渡ったと言ってもよいでしょう。

当然、そのバトンは、また別の誰かに渡されます。あるいは、時間をさかのぼってみれば、そのバトンははるか昔の誰かから回ってきたものでもあります。

どこかの時点で教師になる人も、それ以前の段階では誰かの生徒です。そして、その生徒は、自分を教える教師から__授業の内容に加えて__誰かに「教える」ということを学びます。それも体験的に学びます。

体験的に学ぶこと。これが動画のテーマです。

教師に教えられた生徒のうちの何人かが教師になり、そのあたらしい教師に教えられた生徒がまた教師になり……。そうやって教師のバトンが渡っていく。もし、限りある生命を自覚する人間という動物が、遙か未来に希望を抱けるとしたら、そういうバトンの力を信じられることが背景にあるのかもしれません。

本を書く技術

考えてみると、私はこうして文章を書いたり、それをまとめた本を書いたりしていますが、そのやり方は「誰かに技術を教わった」というよりも、本を読むことを通して学んできたように思います。

もちろん、文章技術に関する本も読んでいます。それなりの知識も蓄えています。

でも、それらは何かしらを補強したり、補足したり、確認したりするようなものかもしれません。もっとも根源的なことは、本を読むという体験を通して学んできたような気がしてなりません。

誰かが本を書く、その本を読んだうちの何人かが本を書く、そのあたらしい著者が書いた本を読んだ人間がまたあたらしい著者になり……。

そんな風にして受け継がれていくものもあるのでしょう。

さいごに

だとすれば、こうして書いているブログにも何かしらのバトンが含まれているのかもしれません。

そう考えると背筋が伸びます。

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Evernoteに手軽にリマインダーをセットできる「GoReminder」

自作スクリプトです。Mac用。

「とにもかくにもリマインダーがセットしたいんだ」という強い要望(主に私の願望)に応えて作りました。

Evernote(for Mac)は、control + command + n でクイックノートの作成が可能なのですが、いかんせんリマインダーの設定ができません。でも、ちょっとしたタスクを即座に追加したいときもありますよね。

そこで、このアプリの出番です。

主な流れ

アプリを起動。

ダイアログが立ち上がるので、メモを入力して、リマインダーボタンをボチっと(リターンキーでもOK)。

screenshot

Evernoteにリマインダーノートが登録される。

screenshot

以上です。

  • 登録されるリマインダーは、リマインド日時がありません。
  • メモボタンを押せば、リマインダーなしのただのメモが登録されます。

QuickSilver経由でHOTキーに登録しておくと、抜群に便利になります。

コード

コードは以下。

ver6.0以降で動くのは確認していますが、それ以前のversionはわかりませんのであしからず。

スクリプトエディタ・アプリ__ユーティリティフォルダに入ってます__を立ち上げ、上記をまるっとコピペして、実行ボタンを押して頂ければ、動作が確認できるでしょう。それをアプリケーションとして保存して、アプリケーションフォルダにでも置いてみてください。

さいごに

ver6.0になって、保存されているノートファイルの形式が結構変わっている印象があります。content.htmlがなくなり、note.xhtmlに変更されていたりとか。AppleScriptもちょこちょこ書き換えが必要っぽいですね。

他にもスクリプトは二、三ありますので、また紹介してみます。

では、皆様も楽しいEvernoteライフを!

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11/17 〜 11/22 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. CotEditorのアウトラインメニューを使う
  2. まっすぐではない読書道(みち)
  3. 時間ブロックのサイズとゴールデンタイム・ルール
  4. 「白か黒か」思考、あるいは
  5. 情報の構造、一本のメインストリーム、Evernote,Scrivener,WorkFlowy
  6. 注目しているEvernote for Mac ver.6.0の地味な二つの機能

Evernote 6.0がやってきてウキウキしておりますが、諸処の事情のためデータベースを一から入れ直したので、同期に時間がかかっております。

それが終われば、いくつかのスクリプトを公開予定。Evernoteマニアック研究会会長の本領発揮です。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

11月17日

信じる、というのは不思議な行為です。行為、というか姿勢かもしれません。

11月18日

起きていることが全て正しいと言い切れるほどタフではありませんが、何かしらの意味みたいなものを自分で見出すことはできそうな気がします。

11月19日

「手」がコネクターなのです。

11月20日

トゲを抜かないと。

11月22日

具体は、具体である分、応用に欠けます。

今週のその他エントリー

ジャムスタイル

今日の振り返り/Editonにメモモード、Evernoteスクリプトほぼ完成
今日の振り返り/Editonの改良、EvernoteクラウドAPIのさわり
今日の振り返り/Editonの改良、Evernoteの再インストール
今日の振り返り/Evernoteの同期が続く、goremainderの作成
今日の振り返り/Evernoteの同期は続く、summonProjectの方向性

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○ブログを10年続けて、僕が考えたことvol.24 「a little bit」
○BNS #026
○BizArts 2nd #04 「続Section2:リスト編」
○知的生産エッセイ 「自作エディタ」
○今月の数冊 

→メルマガの過去分エッセイは「Facebookページ」にて読めます。

頂いた感想など:

Weekly R-style Magazineは、毎週月曜日の朝7時に配信されているメルマガです。

Weeky R-style Magazine
Weekly R-style Magazine ~プロトタイプ・シンキング~(まぐまぐ)

ブログに書けないテーマ、長期的な連載、日々考えていることなどをお送りしています。

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注目しているEvernote for Mac ver.6.0の地味な二つの機能

EvernoteのMac版にアップデートが来ました。

概要は以下。

screenshot

大きい機能としては「ワークチャット」がありますが、こればかりはしばらく使い込んでみないとなんとも言えません。私はEvernoteを常時立ち上げているので、案外使いやすいのではないか、という予想はありますけれども。

今回注目したいのは、地味な二つの新機能。

  • 画像サイズの変更
  • 表のスタイル変更

画像サイズの変更

ノート内の画像サイズが変更できるようになりました。

画像をクリックすると、右下に丸いハンドルが表示されるのでそれをドラッグすることでサイズが変更できます。

screenshot

といっても、変わるのはノートの表示上だけの様子。HTMLでいうところの、imgタグのwidthとheightを変更するような感じでしょうか。データとしての画像ファイルそのものは変わっていないと思います。

それは、画像をデスクトップにドラッグしてみると確認できます。

ノートの画像をデスクトップに持っていくと、新規で画像ファイルが作成されますが、ノート上でサイズ変更しても、その新規画像ファイルのサイズは変わっていません。「名前を付けて添付ファイルを保存」でも同じことです。

ということは、ノート上で画像を小さくしても、ファイル容量の削減にはつながらない、ということにはなるでしょう。

が、それはそれとして、これは便利です。

「時計回り・反時計回りに回転」
「サイズ変更」
「画像に注釈を加える」

という、画像でよくある編集がEvernote上で完結できるようになりました。

表のスタイル変更

これまでのEvernoteでは、表組みは非常にシンプルなスタイルしか使えませんでした。黒ボーダーで、線の幅も一定。背景色も白一色。

ver6.0では、表のスタイルがカスタマイズ可能になっています。

screenshot

これで綺麗な表組みが作れますね、というのもあるのでしょうが、私は別の使い方に思いを馳せます。

表の背景色が変えられるということは、一歩飛躍すれば、ノートの背景色を変えられる、というところまでたどり着きます。

つまり、こういうことです。

screenshot

ノートに1×1の表を設置し、その背景色を好きな色に設定する。すると、あら不思議。テキストエディタで背景色を変えている__みたいになります。

実際は余白の白い部分が大量にあるのでまったく同じというわけには行きませんが、普段テキストエディタの背景色を変えている人間からすると、わりと気分が出てきます。

まあテキストエディタ的に使わなくても、背景色を変えるDiv的に使うことはできると思います。表組みでデザインするという発想は、やや一昔前のHTMLデザインみたいですが、使えるものはなんでも使いましょう。

さいごに

「ワークチャット」に関しては今後も使い込んでいきたいところですが、私自身が「ひとりでこもって作業」スタイルなので、活躍の場面が乏しいというのが一番の問題ですね。

何か考えないと。

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情報の構造、一本のメインストリーム、Evernote,Scrivener,WorkFlowy

よく使っている3つのツールがある。

Evernote,Scrivener,WorkFlowy

これらをパッと眺めたとき、なんとなく以下のようなグルーピングが脳内で発生する。

Evernote,Scrivener| WorkFlowy

EvernoteやScrivenerは、同一プロジェクトかつ種類の異なるファイル(テキストと画像など)を一元管理するのに最適だ。たいして、WorkFlowyはアウトライナーであり、基本的にはテキストのみが管理対象になる。

しかし、よくよく考えてみると、以下のようなグルーピングも可能になる。

Evernote,WorkFlowy| Scrivener

そして、こちらの方が情報管理の本質部分では近しいものがあるのかもしれない。

どういうことだろうか。

EvernoteとWorkFlowyは似ている部分がある、ということだ。

いつでも、どこでも

第一の共通点は、クラウドであるという点だ。これについては解説は必要ないだろう。

EvernoteとWorkFlowyはブラウザでも使えるし、iOS端末でも使える。しかし、Scrivenerはクライアントでの使用のみが想定されている。

一応、Dropboxにファイルを保存すれば、端末を飛び越えることは可能だが、標準機能ではない。あくまで、そういう風に使える、というだけだ。現状のScrivenerのツール思想にクラウドはない。
※もちろん今後どうなるかはわからない。

ファイル or not ファイル

第二の共通点は、ファイルベースではない、という点だ。ここは少しややこしい。

Scrivenerは、ピュアなファイルベースのソフトだ。プロジェクトごとにScrivenerの専用ファイルを作る。テンプレートもファイルごとに適用する。ごくごく普通のアプリケーションだ。

WorkFlowyは、それとは異なった使い方をする。

WorkFlowyにはアウトラインが一つしかない。「新規ファイルの作成」もないし、「新しいタブを開く」もない。一つのアカウントには一つの大きなアウトライン。もちろん、機能を渋っているわけではないだろう。それで問題なく使えると、開発側が想定しているのだ。いや、むしろ、その方がうまく使えるとすら考えているのかもしれない。

アウトラインが一つしかないなんて不便じゃないんですか、と思われるかもしれないが、WorkFlowyにはフォーカスの機能があるのでまったく問題ない。フォーカスとは特定の項目(とその子の項目)だけをピックアップして表示する機能で、それが擬似的なファイル管理として働いてくれる。

ようするに、WorkFlowyを使うユーザーは、メインのアウトラインになんでも突っ込んでいく使い方をすることになる。つまり一元管理だ。

私の仕事のプラットフォーム

さて、この二つを見比べてみたときに、Evernoteはどちらに近いと言えるだろうか。

私はWorkFlowyだと思う。多様なファイルを扱えるという点では、たしかにScrivenerに近しいのだが、Scrivenerではプロジェクトごとに情報が閉じてしまう。その点Evernoteは、Evernoteを開けば、すべてのプロジェクトにアクセスできる__もちろん、保存していれば、だが__。

Scrivenerは各プロジェクトのプラットフォームとしては機能するかもしれないが、「私の仕事」のプラットフォームにはならない。

WorkFlowyでは、プロジェクトAにぶら下がっている資料をプロジェクトBに移動するのは簡単だ。Scrivenerでは、少々手間がかかる。やってやれないことはない、ぐらいのものだ。

EvernoteはWorkFlowyに非常に近い。プロジェクト間のデータの移動はごくごくシンプルに行える。そうできるように設計されている。

ファイルを意識しない

Evernoteは、一見するとノートブックという「仕切り」があるが、それは擬似的なものに過ぎない。Finderを開いたら「ノートブックA」というフォルダがあって、その下にそれぞれのノートのファイルが存在している、というファイル構造にはなっていない。

基本的には一つの巨大なデータベースと、それに対応するデータがあるだけだ。

もちろんEvernoteにはファイルがある。しかし、Finderのファイル構造をベースに情報の構造を作っているわけではない。だからEvernoteを使う人は、ファイルがどう、フォルダがどう、といったことを一切考えなくてもよい。
※その代わり、中身を覗いてもさっぱりという事態にはなっている。

ファイル構造からの解放、というと少々大げさだが、その意義はこれから問われていくような気がする。

さいごに

しかしながら、Evernoteがアウトライナー的かというとそれはまた別の話である。あくまで「単一のメインストリームしかない」という点で、EvernoteとWorkFlowyが似ている、というだけの話だ。ツールの設計思想に共通点がある、と言っても良い。それは両方のツールがクラウドであることにも呼応しているだろう。

とりあえず、Evernoteはアウトライナー的とは言えない。

ノートブック間でノートを移動するのは楽チンなのだが、ノート間での情報の移動は手間がかかる。せいぜいがノートリンクかマージぐらいである。粒度の小さい情報を、アウトライナーのように機動性を持って扱うには、十分とは言い難い。
※そして、マージのスタイルがあまりCoolではない。

Skitchのように、ノートを外部ファイルで開くと一行が一項目としてアウトライナーで編集できるようになるとか、あるいは、アウトライナーのフォーカスをモチーフにして、一つのノートブックだけを別で表示できるようになると、面白いかもしれない。

まあ、そのためにAPI公開しているんでしょ、と言われればそれまでなのだが。

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「白か黒か」思考、あるいは

にげんろん 【二元論】〔dualism〕

〘哲〙物事を相対立する二つの原理または要素に基づいてとらえる立場。神話や宇宙論における光と闇,陰と陽,哲学における形相と質料,現象と本体,宗教や道徳における善と悪,など多くの思想領域に見いだされる。西洋近代では,精神と物体を二実体ととらえるデカルトの物心二元論ないしは心身二元論が近代哲学を特徴づける枠組みを与えている。

by 大辞林 第三版

白か?黒か?

二元論的な考え方というものがあります。Aあらずんば、B ー Bあらずんば、A、みたいな考え方ですね。概念の整理としては有効なのですが、現実世界に目を向けてみると、そんな単純な話で収まらないことが結構あります。

「白か黒か?」と問われても、灰色だったら答えづらいことこの上ありません。

「それは白なの?黒なの?」
「えっと、灰色です」
「だから、それは白なの?黒なの?」
「……どちらかといえば、白よりの灰色です」
「白なのね。わかった。はやくそう言えばいいのに」

みたいになります。あと、緑色だったらまったく噛み合いません。

「それは白なのかね?黒なのかね?」
「これは緑色です」
「緑色というのは、白なのかね?黒なのかね?」
「……」

「白か黒か」思考は、モデルとしてわかりやすい反面、中間の色合いを無視してしまいます。コントラストを強調しすぎてグランデーションが潰れてしまっているのです。もちろん、二極とはまったく別の答えがあることも想定外です。

脳のエネルギー消費を抑える意味では、合理的な思考法なのかもしれません。ようするに試験問題をすべて二択にしているようなものです。すばやくテキパキと答えをだせるでしょう。でも、いびつに歪んでしまう状況も発生するかもしれません。自由記述欄はきっと空白のままです。

ある程度は、その思考にはまり込まないだけの余力を持ちたいところです。できれば、「白か黒か」思考__Black or Whiteを略してBoWと呼びましょう__のアプリケーションをオフにして、別の思考アプリケーションを意識的に立ち上げられるようになりたいものです。

二つの力関係

しかしながら、BoWはわりと力を持っています。

一つには、わかりやすさ、シンプルさがあるのでしょう。「断言した方が説得力がある」みたいなことが文章術・プレゼン術でもよく言われますが、BoWにおいては、「白か黒か」しかないので必然的に断言しやすい状況がうまれます。たとえその認識が間違っていても、断言した方が説得力があるならば、BoWは非常に力強い思考法と言えるでしょう。

もう一つには、アンチBoWの力弱さがあります。

BoWにおいては「BoW思考は、すこぶる良い」と言えます。BoWにおいては、良いか悪いかしかないわけで、悪くなければ良く、良くなければ悪いのです。だから力強く断言できます__逆に良くないよと指摘されると、悪いと断定されたと思い込んで即座に強い反撃が返ってきます__。

しかし、アンチBoWの立場から、BoWを攻撃しようとすると厄介なことになります。自らの思想的要請から言って「BoW思考は良くない」なんて簡単に断言はできません。BoWあらずんば、アンチBoWと言ってしまったら、自己矛盾で崩壊してしまいます。いくつかの可能性を想定しながら、良い・悪いのレッテル貼りを避けていかなければなりません。

よって、その主張は長くなり、シンプルさは消失し、短い時間でのアピール力は激減します。

どちらの主張が受け入れられるでしょうか。

もちろん、そんなことは私にはわかりません。でも、ありそうな状況というのは想定できます。

さいごに

アンチBoWは状況を甘んじて受け入れるしかないのでしょうか。指をくわえて見守るしかないのでしょうか。

もちろん、そんなことはありません。そう考えるとしたら、BoWのウィルスが思考に進入しています。「断言した方が説得力がある」が仮に正しい側面を有していても、そのことは「断言しなければ説得力はうまれない」を意味することにはならないからです。さらに言えば、説得力を持たせなくても何かを伝えることは可能でしょう。

ただし、工夫は必要です。正攻法ではオッズはずいぶん悪いに違いありません。

最後にとある思想家の言葉を引用しておきます。

「どのような状況からでも、希望を立ち上げられるのが人間の特性である」

きっと、何かしらのやり方があるはずです。

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時間ブロックのサイズとゴールデンタイム・ルール

一日は24時間あります。

003

しかし、実際は睡眠時間があるので、活動時間としての一日はせいぜい16時間ぐらいでしょうか。

で、16時間というのは1時間が16個集まったものです。ようするに1時間というブロックが16個積み重なっているわけです。

004

これらを使って、いかに作業を行うのか。そういうのを考えるのがスケジューリングであり、タスク管理です。

が、もしかしたら上のような捉え方はいささか不十分なのかもしれません。

認知リソースという概念があります。RPG的に言えば、脳のMPと考えておけばよいでしょう。アクションを行えば消費され、空っぽになればほとんど何もできなくなり、休息すれば回復する。いささか大ざっぱすぎる説明ですが、とりあえず話を先に進めます。

たいてい認知リソースは朝一番がMaxで、夜に向かって徐々に減っていきます。

もし、行うべきアクションがすべて認知リソースを大して要求しないものであれば、別に問題ありません。しかし、高度な判断を伴うものは、認知リソースの量に影響を受けます。

たとえば文章作成で考えてみましょう。テンプレートに穴埋めしていくような単純な行為であれば、いつやってもさほどかわりません。しかし、こうやって文章を組み立てていく作業は、認知リソースが減少している状況だと、ひどく効率が悪くなります。求められている作業が精緻であればあるほど、うまく進められなくなります。

つまり、認知リソースの在庫によって、一時間に進められる作業量が違うのです。

で、時間の量ではなく、時間当たりに進められる作業量という視点で一日の量を捉え直すと、

005

このようになります。非常にざっくりとした図で申し訳ありませんが、方向性はご理解頂けるでしょう。
※朝一番は「寝ぼけている」の可能性を考慮しました。

で、ポイントはこの黄色の時間にどんな作業を行うのかです。大きな魔法を使うのはこの時間にした方がよいでしょう。下の方の赤いラインでは実行するのは難しそうです。

こういう手帳があれば

一般的な手帳は、すべての時間が均一なタイムラインになっています。まあ、それは仕方ありません。

20141119111756

しかし、できるならば、黄色いブロックの時間帯がはっきりわかるような形で表示されている方が、より良いスケジューリングができる可能性もあります。

20141119111837

ゴールデンタイム・ルール

きっと、人によって「高度な作業を行う最適な時間」(ゴールデンタイム)は異なるでしょう。だからまず、自分のその時間を知ることが大切です。さらに言うと、「規則正しい生活」をするのは、この時間を動かさないためにも意義があります。

で、それを知った上で、その時間に「やるべきこと」をやるようにする。逆の言い方をすれば、それ以外の作業を入れないようにする。そんな試みも必要なのかもしれません。

ゴールデンタイム・ルール:その1

自らのゴールデンタイムを把握せよ

ゴールデンタイム・ルール:その2

ゴールデンタイムに、なすべきことをせよ

もちろんこれは、(ある程度)時間の使い方に関して裁量がある仕事において適用できる考え方ではあります。

さいごに

もし、脳の状態がリアルタイムで計測できる技術が生まれれば、認知リソースの残量なんかも把握できるようになるのかもしれません。

となると、高度なAIが「今の時間は、この種類の作業を行うのに適しています」なんて教えてくれる未来がやってくるのかも。

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まっすぐではない読書道(みち)

先日公開された「ライフハックLiveshow #119」のテーマはアートでした。そこで、「アートの楽しみ方」の話題がチラリと出てきました。

その話を聞きながら、「本の読み方も近しいものがあるかもしれないな〜」と感じた次第です。

たとえば、「いろいろ試してみて、気に入ったものがあればそれをとことん掘り下げる」とかって、まさに本の読み方ですよね。

あと、展覧会はある程度の速度で一度回ってから、どうしても気になるところをもう一度じっくり見る、みたいな話も、一冊の本をまず読了してみて、気になった箇所を再読するというのとほとんど変わりありません。

たぶんですが、「自分の関心の掘り下げ方」には、共通のパターンがあるのでしょう。そういうアプローチでないと見つけにくい何かがあるわけです。

少なくともそれは、誰かが提示したものを順番に消化していけば、どこかの時点で必ず手に入れられる、というものではない、ぐらいなことは言えそうな気がします。だって、自分の心に触れられるのは、自分だけですからね。

読書道の歩き方

本の読み方って、決して一直線なものではありません。

それは一冊の本を行きつ戻りつしながら読む、というだけの話ではなく、本を読むという全体的な行為にも言える話です。

ある本を読む、別の本を読む、途中で挫折する、また別の本を読む、前の本に返る、やっぱり挫折する、別の本を読む、最初に読んだ本をもう一度読む、別の本を読む、挫折した本を読む、なんとか読める、別の本を読む、最初に読んだ本をもう一度読む……。

こんな感じで進んでいくのではないでしょうか。

どんな本を、どんな風に、どんな順番で、何度読むのか。そんなのはまったく自由です。自分に由るのです。

誰かが提示した教養書100冊を頭から順繰りに読んでいけば、教養スキルが手に入る、といったものとは全然違います。読書という行為はカリキュラムに落とし込むことはできません。それは恐ろしいほどに個人的な行為であり、個人的な行為であるからこそ意味を持ちます。

面白い本を誰かに教えてもらうのは全然構いませんが、「何を読むのか」を最終的に決めるのは自分自身です。その決定権を譲渡すると、たぶんあまり面白くなくなります。意味みたいなものも消失していくのかもしれません。

もちろん、決めるのが自分ということはその責任を負うのも自分です。選んだ本がつまらなかったら、「まーしゃーねーな」と腹に飲み込まなければいけません。誰かのせいにできないことは、多少のしんどさもあります。でも、面白さというのは多少のしんどさと隣り合わせです。ずっと無敵状態のアクションゲームなんて、二面ぐらいで飽きてしまうでしょう。

あるものを手にするとき、別のものも同時に手にすることになる、ということはよくあります。別のものを手放そうとすると、一緒に掴んだものも手からこぼれ落ちていきます。

さいごに

が、それはそれとして、たぶん読書道(みち)の歩き方には、いくつかのポイントはありそうです。

  • 良い本には何度も触れること
  • 新しい話題に関心を開いておくこと
  • ノイズをゼロにしないこと

もう一点、「自分の読書の趣味を決して他人に押しつけないこと」を加えておいてもよいでしょう。なにせ読書は個人的な行為なのですから。

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