腰を据えて本を読むこと

昨日発売された村上春樹さんの新刊を買って読んだ。朝10時から夜の11時までという、言葉通り一日仕事だった。なにせ500ページを超える本を二冊である。これはなかなかタフだ。それでも、一面に豊かに実った稲を収穫し終えたような充実感があった。ああ、俺はきょう本を読んだのだな、という確かな手応えがあった。

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ここまで集中して本を読んだのは久々だった。春樹さんの新作は発売日に買ってすぐに読み始めるが、前作の長編『1Q84』は7年前だという。まるで信じられない。でも、私の実感とはまるで関係なく、時間は前に進んでいるのだ。そして、その7年間で私の生活、特に読書生活は大きく変わってしまったのかもしれない。それも、あまり良くない方向に。

それでも嬉しい発見はあった。

デヴィッド・L・ユーリンの『それでも、読書をやめない理由』に、読書家の悲痛な叫びが次のように綴られている。

それでも、読書をやめない理由
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ところが最近では、パソコンの前で数時間過ごしてからでないと本を手に取らなくなった。一段落ほど読むと、すぐに気がそれて心がさまよい始める。すると、わたしは本を置いてメールをチェックし、ネットサーフィンをし、家の中をうろついてからようやく本にもどるのだ。あるいは、そうしたい気持ちを抑え、無理にじっとして本を読むこともあるが、結局いつものパターンに身をまかせてしまう。

似たような感覚はとてもわかる。落ち着いて本を読んでいられない自分に気がつき、そのことに唖然とするのだ。なぜならその場所は、どう考えても私が辿り着きたい場所ではないからだ。

ネットでは事情通の連中があらゆる情報を提供してくる。このような状況では、知識は幻想に取って替わられる。じつに魅力的な幻想に。ネットの世界はこう断言する。スピードこそがわたしたちを事実の解明へ導き、深く考えることより瞬時に反応することのほうが重要で、わずかな時間も無為に過ごしてはいけない、と。

まさにこれだ。本を読もうとしてどうしても落ち着かないのは、自分が見ていない間に有益な情報が生まれているのではないか、自分は他にもっとやることがあるのではないか、という気持ちが消えないからである。その焦りは、たしかに行動を生むかもしれない。賢明とは言えない行動を。

そのことは、『かーそる 2016年11月号』でHibikiさんが「誠実なステップは利己的なストーリー」として書いていることだ。速度ある反応は、ぜんぜんよくないかもしれない。必要なのは、熟慮なのだ。しかし、ネット的な価値観はそれとはまるで逆の方向に進んでいる。速度が善なのだ。

かーそる 2016年11月号
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ユーリンは、本を読むためには「余裕を持って深くのめりこむ姿勢」が大切だと言う。その通りだ。それらは基本的にゆっくりとした行為であり、無為であり、反応とは呼べない何かを引き出すためのものだ。速度と意味に(そして反応的感情に)溢れた情報交流とは、違った場所に身を置くことだ。

興味深いのは、私がそのように考えていてもなお、つまり熟慮に価値を置いてなお、やっぱり読書するときに落ち着かない感覚を得てしまう、ということだ。価値観と脳の機能がマッチしていない。由々しき事態である。

とは言え、昨日は言葉通りいちにち本を読んだ。散歩もしたし、ご飯も食べたし、少しTwitterを覗いたりもしたが、それでもこれまでの散漫な読書とは違った、どっしり腰の据わった読書体験だった。どうやら、まだ私の脳はその能力を喪失したわけではないようだ。水が流れなくなったことで、少々古びてしまってはいるかもしれないが、まだそこに水路はしっかりと残っている。

そしてその水路は、きっと文章を書く上でも機能してくれるはずだ。書くことは読むことであり、読むことは書くことなのだから。

読書は精神の調律であり、そのために他者の精神に同調する必要がある。私たちは、他者の視点から世界を眺めることによって、自分自身を把握し、それを取り戻すことになる。三角測量。

断片的かつ大量なテレパス__それはもはや洗脳だ__が横行する中で、まるで叛逆のように、あるいは神殿で執り行われる密儀のように、ゆっくりとじっくりと本を読むこと。

非常に残念ながら、それを実行するために私は多くの労力を支払った。一日何もしなくても良いように、一週間の半分ほどを使い、前のめりに作業をこなしたのだ。次の日に送ったタスクもある。そのように準備を万全に整えて、ようやく私は「気を散らす」要素から遠ざかることができた。儀式には生け贄が必要なのだ。昔は必要なかったのかもしれないが、少なくとも今は必要なのだ。

でも、それができるとわかったことで、私は暖かい気持ちを抱くことができた。生き別れた弟に再会したような気分だ。まだ、取り返しはつくかもしれない。

メディアに触れることは、精神をそこにアジャストすることである。生活をそこにフィッティングさせることでもある。少なくとも、今を生きる私たちはまだ、その先を選ぶことができる。20年先ならもう不可能になっているだろう。だからこそ、今は選びたいと思う。選択こそが、我々の自由意志を感じさせる骨幹なのだから。

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毎度好例

フリーランスの特権をフル活用です。はい。

では、また。

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一周回って、酸いも甘いも噛み分ける

麻雀の覚えたての頃って、相手の手なんか読めないのでガンガンつっぱねるわけですよね。好きな牌を切る。

で、ちょっくら覚えてくると、抑えるようになる。切らないようになる。防御力は高くなる代わりに、攻撃力は落ちる。トレードオフ。

やがてそこを突き抜けると、あたる確率なんてそんなに高くないし、守ってばかりでは勝てないことに思い至って、結局まっすぐ行くようになる。ただし、要所要所は押さえた上での突っぱね。

こういう巡回というか巡礼がある。

行く→守る→行く

でもって、二回目の「行く」は、単純そうに見えてやっぱり奥深い。機微を含み、ぎりぎりまでリスクを追及した「行く」になっている。巡礼効果。

さて、レビュー(評論・批評)。

最初の頃は、たぶん単純に「面白い」「すごく好き」みたいな感想を抱き、それを発露する。「すごーい!君は面白作品を書けるフレンズなんだね!」

でも、慣れてくると抑えるようになる。いくつか作品を知ることで、比較して評価するようになり、また世間的な評価が低いものを高く評価してしまって、自分にマイナスのフィードバックが返ってこないか心配になってしまう。むしろ、ネガティブな批評をすることで、自分をかっこよくみせたくなる気持ちが湧いてくる。

やがてそこを突き抜けると、そもそも一つの作品を完成させることの苦労を知ったり、単純な比較から抜け出して、自分自身の評価軸においてその作品を位置づけられるようになる。機微のあるほめ方ができるようになる。でもって、全体を活性化していくのは、そうした評価の声であることにも気がつく。人の心にガソリンを注げるようになる。呪いの言葉は、誰も幸せにしない。

褒める→けなす→褒める

こういう巡礼がありそうだ。

でもって、世間を見渡してみると、こういう「一周回って最初の場所に帰ってくるけれども、最初とは違う」というものが結構あるような気がする。これは、初心忘るべからず、ということではない。初心のままであれば、最初の行為と何ら変わらなくなってしまう。そうではなく、ポジティブとネガティブの両方を踏まえた上で、どちらを選択するのか、という意志の問題だ。

当たり前だが、これはネガティブを排除せよ、という原理主義的な話ではない。それは一つ目の「褒める」に留まれ、ということであり、非常につまらない結論だ。ポイントは、一周回ることである。けなすこともできる人が、褒める(=新しい価値を与える)こと。それもまた、一つの創造であることは言うまでもない。

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【書評】立て直す力(ブレネー・ブラウン)

後悔しないで生きていくにはどうするか?

一切の内省を排除すればいい。感情をそぎ落とせば、あらゆる苦難から解放される。ばかばかしい答えかもしれないが、ある種のポジティブ教が言っているのはそういうことである。何もかもを肯定することは、何も考えないのと同義だからだ。

本書のアプローチは違う。

※献本ありがとうございます

悲しいほどに現実的であり、それはまた人間的でもある。

概要

著者のブレネー・ブラウンはソーシャルワークについての研究者だ。以下の動画でご存じの方も多いかもしれない。

その著者が、「倒れた自分を起き上がらせる」のプロセスを開示したのが本書である。目次は以下の通り。

イントロダクション――果敢に挑み続ける価値
1章 「立て直す力」10の法則
2章 立て直すプロセスを理解する
3章 最良のストーリーをつくる
4章 自分の感情を自覚する
5章 ストーリーを整理整頓する
6章 境界線を引く方法
7章 傷つく勇気をもつ
8章 助けを求める勇気をもつ
9章 倒れた時の立て直し方
10章「恥ずかしい自分」を受け入れる
11章 立て直す力を身につける

最初に断っておくと、「倒れた自分を起き上がらせる」ことは簡単ではない。嫌悪される勇気を持てば、世界はあっという間に塗り変わる、なんてことはない。それには時間もかかるし、痛みも伴う。「楽しく」生きていくためには、無用のものだろう。なにせ、倒れた自分を自覚さえしなければ、倒れたことにはならないのだから。

人間はそういうことをよく行う。明らかに倒れているにも関わらず、それを無視するのだ。「ちくしょう。地球の方が俺にぶつかって来やがった」そう言っておけば、自分が倒れた事実はどこにも存在しない。そして他者に憤怒と憎悪をまき散らすことになる。

自分が倒れたことを認めるには本当に勇気がいる。自分の心が恥辱に染まっていると自覚することにすら恥の感覚が伴うのだ。よく言われる「弱い心」__本当は非常に強力なのだが__に自分がまみれてしまっていることを自覚しなければならない。それは辛いものだ。

しかも、である。自覚したからと言って即座にそれを克服できるわけではない。ある種の刺激に対して起こる自分の反応は、かなり強固なもので、変更を加えるにはタフな努力が必要となる。怒りでカンカンになっている人に、「あの人も別に悪気があってやったわけじゃ……」とアドバイスしたことがある人ならば、容易に理解されるだろう。「そんなわけあるか」で一蹴である。それと同じ心のメカニズムが自分に対しても起こる。考え方を変える、それも自覚的に考え方を変えるのは至難の業なのだ。

そんなことをするくらいなら、自分が倒れたことを無視すればいい。何もかもが他者のせいにして、自分はひたすらに被害者ぶっていればいい。少なくとも、それで自分が持つ心の弱さについては自覚しなくて済む。

むろん、それで状況が改善することはまずない。自覚のないところに、改善などありえない。

本書は、著者自らの体験を交えて、人がどのように倒れ、そこにどんな感情と痛みがつきまとい、そこからどのように立ち上がるのかが克明に明かされている。とは言え、本書のアプローチがどこまで有効なのかは私には判断がつかない。なにせ私は専門家でもないし、実証実験で確かめられるものでもないからだ。

それでも、自分が頭の中でこしらえた「ストーリー」を記述してみる方法は、実体験から言っても有用だと感じる。心の中にあることを書き出すのは、それを整理するために必要なプロセスである。その場所は、パブリックに共有される場所であってはいけない。本当に信頼できる人、そうでなければずっと口をつぐんで寄り添ってくれるノートが必要だ。その意味でも、ノートはあなたのパートナーとなりえるし、あなたそのものを吐露する場所だと言える。

そこに自分が感じている、怒り、悲しみ、恥ずかしさ、混乱といったものを書きだし、それが何に由来するものなのかを検討してみる。最初は、すべて他者のせいだという自分の声が聞こえるだろう。それこそがでっち上げた「ストーリー」であり、あなたの心を束縛しているものでもある。

本書で紹介されている面白い「実験」がある。これは私の体験からも頷ける実験だ。

「人は皆、最善を尽くしているか?」

この問いにノーと答える人は、他者を攻撃しがちであり、悪しき完璧主義に陥っている。そして「〜〜すべき」という言葉をよく使う。自分が最初に思いついたストーリーに固執し、他の可能性について考えることができず、攻撃的に振る舞う。もちろん、その人もまた、最善を尽くしているのだ。この話の難しいところはここにある。だから、変えるのが難しいのだ。

一つ言えることは、人の強さとは、怒り、悲しみ、恥ずかしさ、混乱を持たないことではない。それは単なるロボットであり、言ってみれば強力な自己催眠を施しているだけである。人間的でなくなれば、人間的な弱さからは開放される。それと同時に人間的な強みも失う。目指したい場所はそこだろうか。

むしろそのような感情が自分にも生じることを認め、それを受け入れた上で、克服することが強さであろう。そして、その強さは他者に向ける眼差しにも反映される。自分にだって限界があり弱さがある。だったら、他者もそうだろう。人はそれぞれに最善を尽くして生きている。どう考えてもそうはみえないときもあるだろう。が、そんなときにそう思い直すことが、一つのゆるしである。それは人の、いや人間の気高き力なのだ。

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『いつでもどこでも書きたい人のためのScrivener for iPad&iPhone入門』にユーザインタビューでご協力させていただきました

パソコン用のScrivener入門書については以前紹介しました。

考えながら書く人のためのScrivener入門 小説・論文・レポート、長文を書きたい人へ
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今回発売されるのは、そのiOS版です。

でもって、その中にあるユーザインタビューにご協力させていただきました。ラインナップは以下。

  • ユーザインタビュー:小説家・藤井太洋氏に聞く、Scrivener for iOS & Mac版の使い方
  • ユーザインタビュー:物書き・倉下忠憲氏に聞く、Scrivener for iOS & Mac版の使い方
  • ユーザアンケート:うさぼうさんの場合
  • ユーザアンケート:早川純一さんの場合
  • ユーザアンケート:とし(Toshiaki Nakamura)さんの場合

ご存じの名前もちらほらあるかもしれません。私としては、「おぉ、藤井先生とご一緒させていただけるとは……」と三点リーダ付きで感動しております。

ちなみに本書はScrivener for iPad&iPhoneの入門書ですが、私はあまりiOS版を使っていません。メインはMac版で、その補佐としてiOS版を位置づけています。

でもまあ、ツールなんてそんなものです。「こう使わなければならない」というのはなく、自分の環境に合わせて最適なツールをセッティングしていくものです。その意味で、Scrivenerは、MacでやりたければMacで、iOS端末でやりたければそれで、という使い分けというか、多様な運用モデルを構築できるのが魅力かと思います。

ともあれ、ScrivenerのiOS版をがっつり使い込んでみよう、という方は本書が役に立つでしょう。なにせ高機能・多機能なツールなのでガイドブックは有用です。

それと、本書刊行記念のトークイベントが書泉ブックタワー(秋葉原)で行われる模様です。開催は3月13日。詳細は以下のページからどうぞ。

『いつでもどこでも書きたい人のためのScrivener for iPad & iPhone入門 記事・小説・レポート、文章を外出先で書く人へ』刊行記念トークイベント -藤井太洋先生×向井領治先生に聞く、Scrivener iOS版入門- – 書泉/東京・秋葉原

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Evernoteと大学ノート

私はEvernoteを使っています。
私は大学ノートを使っています。

統一したらいいのに。

でも、できません。

なぜ。

ノートの中の記録

大学ノート(以下ノート)は、書き込むときにページを開きます。

最新のページに辿り着くまでに、過去の記録の存在が知覚されます。内容が目に入ることすらあるかもしれません。あるいは、新規ページに書き込んでいるときに、パラパラと前のページを読み返すこともできます。

連続性の中に、記録が置かれているのです。

Evernoteの中の記録

Evernoteだって、連続性を持っています。タイムスタンプがあり、過去全ての情報にアクセス可能です。

とは言え、ノートにつらつらと記録を書きつけるのと同じような感覚がEvernoteにあるのかというと、やっぱりそれはありません。

なぜか。

inboxです。

inboxは、基本的に常時Zeroであることが推奨されます。でもって、新しく作成されたノートはこのinboxに入ります。このやり方をしている限り、新規作成されるEvernoteのnote(以下note)は、断片的に浮遊した存在となります。別の記録と切り離されているのです。

解決策としてのビュースタイル

もちろん、これは使い方の問題です。

私は気がつきました。inboxをホームにしなければいいんだ。では、どこにする。「すべてのnote」だ。Mac版のEvernoteには、特定のノートブックを表示させることもできますし、ノートブックの区切りなくすべてのnoteを表示させることもできます。

でもって、この「すべてのnote」をデフォルトで使うようにしておくと、ノートを使うときと同じような感覚が得られることがわかりました。

inbox zero体制で新規noteを作れば、そのノートは一人ぼっちの状態に置かれます。しかし、「すべてのnote」状態で新規noteを作れば、それはnoteのタイムラインに位置することになります。過去の記録と今の記録がひと連なりになるのです。

でもって、この使い方は、すべてを一つのアウトラインにまとめるWorkFlowyを触っている感覚と近くなります。実際は違いが多くありますが、「すべてがここにある」という感覚は強まるのです。

集まりすぎる情報

ただ、問題は一つあって、どう考えてもそれは使いにくい、ということです。だって、noteを分類する役割こそがノートブックの存在意義ですからね。「すべてのnote」はその役割をはぎ取ります。

特に私は、多くのものをEvernoteに入れてしまっているので、「すべてのnote」ビューはかなり雑多なものとなります。幕の内弁当とハッピーセットとラーメンライスを合わせたくらいの雑多さです。そのままの状態では使いづらいことこの上ありません。

とはいえ、「すべてのnote」ビューを使いやすくするために保存する記録を減らす、というのは本末転倒間が漂ってくるので避けたいところです。

さいごに

という問題を解消するために出てきたのが、flowboxでした。「すべてのnote」から醸し出される要素をinboxに寄せたのです。

しかし、これを書いていて思ったのですが、inboxはinboxのままにして、なんとかして「すべてのnote」ビューでやっていく、というのも一つの手かもしれません。

noteの数(あるいは増加数)が少ない場合は、試してみる価値はありそうです。

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2/13 〜 2/18 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. Evernoteのinboxをflowboxに その1
  2. Evernoteのinboxをflowboxに その2
  3. ほぼ半額! 『EVERNOTE「超」知的生産術』がKindleの月替わりセール対象です
  4. Evernoteのinboxをflowboxに その3
  5. Evernoteのinboxをflowboxに その4
  6. Evernoteのinboxをflowboxに その5

今週は、一週間かけて一つの対象について書いてみました。その分、一エントリーの分量を短くしたのですが、やっぱり若干書き足りない感じはありますね。また、来週からは変わると(あるいは戻ると)思います。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

2月13日

楽しいことには慣れてしまう、ということは覚えておいた方がよいです。「楽しさ」を基準にしていると、だいたい続きません。

2月14日

8割原則の裏利用です。

2月15日

簡単にゆるせるのならば、それはもうはじめからゆるしているのとかわりありません。ゆるせないようなものをゆすることが「ゆるす」ということなのです。

2月16日

リアルタイム、現場、フィードバック、動的変化。本当に足りないものを把握し、それを埋めるように動くこと。

2月17日

人は必ず失敗するものです。不完全な存在なのだから仕方がありません。だから、失敗そのものよりも、その失敗にどう対処するのかが、たとえば責任感や行動力というものと結びつきます。そしてそれが信頼感を醸成するのです。

2月18日

後悔しないで生きていく上で一番簡単な方法が、内省しないで生きていくことです。多くの動物はきっと後悔を心の内側に抱えることなどないでしょう。そういうことです。

今週のその他エントリー

Honkure

WRM 2017/02/13 第331号
『ソードアート・オンライン19 ムーン・クレイドル』(川原礫)
『魔法科高校の劣等生(21)』(佐島勤)
『老人とプログラム言語』(松永肇一)
『一九八四年[新訳版] 』(ジョージ・オーウェル)

シミルボン

ポピュリズムと「トランプ現象」を位置づける | コラム | シミルボン

今週触ったメディア

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○BizArts 3rd 「第五章 第六節 システムの拡大」
○でんでんコンバーターで電子書籍を作る vol.9
○艱難Think 「昔から言われていたとしても」
○今週の一冊『ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く』
○物書きエッセイ 「執筆と共にある問い」

頂いた感想など:

Weekly R-style Magazineは、毎週月曜日の朝7時に配信されているメルマガです。

Weeky R-style Magazine
Weekly R-style Magazine ~プロトタイプ・シンキング~(まぐまぐ)

ブログに書けないテーマ、長期的な連載、日々考えていることなどをお送りしています。

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Evernoteのinboxをflowboxに その5

Evernoteのinboxをflowboxに その4

概要

  • 基本はinbox
  • しかしzeroにはしない
  • かといって入れすぎたりもしない
  • でもって戻すことも

flowboxとは

flowboxはinboxの拡張的概念です。基本は同じ。すべての情報の受け皿となる場所で、そこから振り分けて、適切な場所に情報を移動させます。

ただし、その運用においてはinbox zeroを目指しません。情報が残っていても気にしないのです。むしろ、常に一定量の情報がそこに存在していることを推奨すらします。

ただし、その数が膨大になることは固く戒めます。上限はせいぜい30。それを超えるようであれば、強制力を持ってノートを移動させます。押し出しファイリングと同じです。

flowboxが抱える情報

では、このfowboxに置いておく情報とはどのようなものでしょうか。いくか種類があるのですが、その前にこのflowbox(旧inbox)が私にとってどんな存在であるのかを考えてみます。

まずEvernoteはMac上で常に開きっぱなしです。flowboxは最低でも一日に一回処理しますが、それとは別にflowboxは私にとってのEvernoteのホームでもあります。Evernoteを開いたらまず、flowboxを確認する。どこかのノートブックを参照し終えたら、一旦flowboxに返ってくる。そのような使い方です。サイドバーのショートカットの一番最初に登録してあるので、どこにいても、command + 1のワンアクションでflowboxに帰ってこられます。これがホームということです。

つまり、このflowboxは「私が常に目にする場所」だといってよいでしょう。逆に言えば、このflowboxには「私が常に気を止めておきたい情報」を置く場所として使う、ということでもあります。

ホットなアイデア

何かしら思いついて、メモを書き留めたとき、「あっ、これはちょっと掘り下げたい」と感じることがあります。もうちょっと何か書きたせる気持ちが湧いてくるのです。しかしそれを「アイデアノート」に移動させてしまうと、その他のアイデアと混ざり合い埋没してしまいます。そのとき感じたホットさが失われてしまうのです。

だから、flowboxに置いておくのです。そこに置いておけば、私は常にそれを目にし、機会があれば何かを書き込むことでしょう。しばらく置いて、何も変化がなければ、さっさと「アイデアノート」に移動して構いません。

この一時的な「滞留」を作るのが、flowboxの役割です。

情報の仮留め

あるいは、「一時的にしか参照しないが、直近ではよく参照されるし、わざわざプロジェクトノートを作るまでもない」情報というのがあります。たおえば「ガイノオト 進化素材」なんてノートがそれです(詳細は割愛します)。Googleカレンダーから飛んできた、「確定申告開始」のリマインダーも同様です。

こちらはホットなアイデアを温めていくのではなく、短期限定で参照したいもの、あるいは自分の肝に銘じたいもの(「これをゆめゆめ忘れるではない」)を保存しておく使い方です。パソコンのディスプレイに付箋を貼るようなものだと想像していただければよいでしょう。

熟成

単にホットなだけでなく、「これは時間をかけて、一行一行要素を追加していきたい」と思う企画案があるかもしれません。それもまた、このflowboxに保存しておきます。

このノートは活発に動くことはありませんが、自分が抱えているテーマの覚え書きのような働きをしてくれます。情報が過去に追いやられる状況になれすぎていると、新しいものばかりに視点が向かい、ゆっくりじっくり進めていくものが忘却されがちです。flowboxにそれを留めておくことで、状況の改善が少しは見込めるかもしれません。

さいごに

という使い方をするのがflowboxの運用法です。理屈は難しくありませんが、何をflowboxに置いておくのかの判断は簡単ではありません。一歩間違うと__大量のファイルに埋もれているデスクトップと同様に__何もかもをここに置いておきたくなるからです。

逆に言えば、ここに置いておく・置いておかないの判断を通して、アイデアのジャッジメントを行っていると言えるかもしれません。

一点付け加えるなら、このflowboxには、別の場所に移動したノートが「戻ってくる」こともあります。「ちょっとこれ、温めなおしてみようか」ということもできるのです。この動きもまた、flowboxをflowboxと呼ぶ由縁でもあります。

(おわり)

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Evernoteのinboxをflowboxに その4

前回:Evernoteのinboxをflowboxに その3

概要

  • 私がEvernoteに保存しているもの
  • それぞれの性質について
  • 厄介なアイデアメモ

Evernote内情報環境

すでに6万5000を超えている私のノートですが、その中身は多様です。仕事に使うものに限っても、アイデアメモ、書き終えた原稿、Webスクラップ、読書メモ、テンプレート、チェックリストなどがあります。

それらの情報は、いくつかの切り口を持ちますが、ポイントは使用頻度と使うタイミングです。今動いているプロジェクトで使う、将来のプロジェクトで使いそう、今のところ何の関連づけも行われていない、プロジェクトを問わず使用する、といった違いによって、使う頻度もタイミングも変わってきます。整理もそれに合わせて行うのがよいでしょう。

で、問題はアイデアメモです。

以前以下の記事を書きました。

Inspiration-State あるいは情報カードに書けること

さわりだけ〜完成品まで、着想にもさまざまな状態があります。完成品には(少なくとも素材としては)もはや手を加える必要はありませんが、さわりの状態のものには追加の知的作用が必要でしょう。

その必要性は、『アウトライン・プロセッシング入門』や『アウトライナー実践入門』からもふつふつと感じていました。すべてのアイデアメモを一つのアウトラインに入れ、定期的に読み返したり、手を入れたりして、素片を育てていく。これは完成品のアイデアメモには必要ないかもしれませんが、さわり状態のものには必須です。

再びinbox

inboxの話に戻ります。

inbox zeroは、入ってきたすべての情報に対して「処理」を行い、しかるべき場所へと移動させます。これはタスクに対しては合理的な判断でした。すでにプロジェクトに関連づけられているアイデアですらそうでしょう。では、アイデアの「さわり」はどうでしょうか。その「さわり」は処理できるのでしょうか。

本来それは時間をかけて育むべきものです。しかし、inboxの中で「処理」されてしまうと、どことなく終わった感じがするものです。言い換えれば、「意識的に見返さない限り、見返さない」状態になります。

もちろんそれはそれでよいのです。私が思いつくピンからキリのアイデアは膨大であり、そのすべてを見返している暇はありません。意識的に見返せる分だけを限定して見返す、というやり方は十分機能します。が、それだけで本当によいのか、という疑問も消えません。

アウトライナーを触るように、「それを触るときは、アイデアのさわりにも触る」という状況を作れば、何かが変わるかもしれません。特に、一日二日ではなく、数ヶ月かけて育んでいくようなアイデアについては。

(つづく)

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Evernoteのinboxをflowboxに その3

前回:Evernoteのinboxをflowboxに その2

概要

  • 情報の性質に合わせた管理
  • 「押し出しファイリング」から学ぶ
  • 自分にそれを適用する

情報の性質と整理手法

タスク管理から情報管理に視点を上げると、「情報にもいろいろあるよな」という発見につながります。情報にも種類があり、それぞれ性質は異なります。もし、適切な管理法なるものがあるとすれば、それぞれの性質に合わせた管理手法が含まれるものとなるでしょう。情報整理の道具箱です。

ここで参考にしたいのが、野口悠紀雄氏の「押し出しファイリング」です。詳細は割愛しますが、「更新日順」にファイルを整理していくやり方で、アクティブな作業情報を管理するのに適しています。

で、面白いのが「神様」ファイルの存在です。「神様」ファイルは、名前の通り特別なファイル存在で、野口氏は「論文のコピー、名簿、使用説明書、保証書」などがこのファイルになる可能性が高いと述べられています。使うには使うだろうけれども、頻繁に使うわけではない(≒アクティブではない)情報、ということです。こうしたものは通常使うのとは色を分けた封筒を用いるなどして、すぐにそれとわかるようにしておくと検索効率がアップすることが示唆されていますが、注目したいのはこの点です

。おそらくこの「神様」ファイルは、あまり使用されずに右側に押し込まれていっても、通常のファイルと同様に「押し出される」(≒捨てられる)ことはないでしょう。つまり、情報整理に二つの軸があるのです。

一つは「更新日順」に並び替えられ、使用率の低いものは端に押し出されて、やがては捨てられるフローを持つもの。もう一つは、使用率には注目せず、むしろ重要度に注目して、一つの場所にとどまり続けるもの。この二つです。

物事には周期があります。一日に一回、三ヶ月に一回、数年に一回。アクティブな仕事の情報は使用する周期が非常に短く、完了後は徐々に長くなっていきます。それにあわせて情報環境を整理するのは合理的でしょう。しかし、その物差しでもともと数年に一回しか使わない情報を処理してしまえば、即座に捨てられてしまいます。情報の性質が違うのに、一つの手法で処理しようとすると、どうしても無理がやってくるのです。

となると、私は次のことを考えなければいけません。私がEvernoteに保存している情報にはどんな種類があり、それぞれの性質はどのようなものなのか。

(つづく)

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