Category: クラウド時代のアナログ力

ZEBRAの「サラサドライ」

そうだ、このブログは文房具についても書くブログだった、ということを思い出したので、最近使っているペンをご紹介。

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ゼブラより発売中の、サラサドライです。

ZEBRA | ゼブラ株式会社 | サラサドライ

紙に浸透しやすい新成分をインクに配合。すぐに紙に染み込むので、書いた直後に触れても汚れません。乾燥時間は当社従来品に比べ約85%短縮しました。(0.5 ミリで普通紙に書いた場合)

表現は難しいのですが、Jetstreamだとペンを走らせている感覚があり、サラサドライだと紙にインクを乗せているような、そんな不思議な感覚があります。でも、本当にすぐ乾くのでまったく問題なし。たしかにサラサラ感とドライが一体化しています。

低粘度のジェル状のインクにしたことで、よりさらさらとした軽い書き味の筆記感を実現しました。色の濃い染料の色材を使い、筆記線がよりくっきり見えるようになりました。

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手持ちのJetstreamと書き並べてみたところ、たしかに字がはっきり、くっきりしています。この辺は好みが分かれるところかもしれません。

ペンが走る感覚だとJetstreamに軍配が上がりますし、インクを使って字を書いている感覚ではサラサドライが強いです。で、最近ではその感覚に惹かれてサラサドライばかり使っています。あとはブルーブラックのインクが欲しいところですね。

では、では。

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無印ノートカバー、情報カード、ひらくPCバッグ

かな〜り昔に紹介した無印良品のノートカバー。

R-style » 無印のノートカバーを購入したので、リーガルパッドとノートを差し込んでみた

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最近はリーガルパッドを持ち歩かなくなったので、ノートカバーとしての役割は一段落しました。その代わり、新しい役割を担ってもらっています。それが情報カード入れです。このノートカバー、B6サイズの情報カードを入れるのにピッタリなんですね。

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ポイントは、両側に袋がある点。片方には新品の情報カードを、もう片方には書き終えた情報カードを入れておけます。これがまざるとなかなかややこしいのです。

で、この情報カードカバーセットをひらくPCバッグの中左ポケットに常駐させています。これで、いつでもどこでもカードを取り出せますね。

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で、このカバーなんですが、ペラペラした小さい紙を運ぶときにも便利なんですね。公共料金とか車の税金とかをコンビニに支払いにいくとき、払込票をポケットに入れるのも躊躇しますし、かといってカバンにそのままつっこむとぐちゃぐちゃになりそうで心配です。そういうときに、このカバーに挟んでおけば、ばっちり安心。ハガキとか封筒とかを投函しに行く場合も同様です。

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以上、豆技でした。

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名刺バインダーによるアイデア管理の難点

本棚を整理していたら、昔のノートがいろいろ出てきました。中にはこんなバインダーも。

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名刺入れなんですが、名刺を入れずにアイデア管理ツールとして使っています。いや、使っていました。

カードを見ると「091014」などとあるので、2009年のものですね。今から7年ほど前。ということは、一冊目のEvernoteの本を書く前です。

たぶんこの「システム」を思いついたときは相当ワクワクしたんじゃないでしょうか。ホームセンターだか文具店だかに行って持ち運びしやすい名刺バインダーを購入し、名刺サイズの無地のカードを買う。準備は万端。

後は思いついたアイデアを1枚のカードに書き付けて、それをバインダーに収納していきます。で、なぜバインダーを使うのかと言えば、それはもちろん「アイデアを整理」するためです。たとえば、ノートの使い方に関してのアイデアが複数あるなら、それをまとめてしまう。後から似たアイデアを思いついたら空いているところにカードを追加する。そうやって動的にアイデアを管理できるのが、バインダー方式のポイントです。

付箋よりとっちらかりにくいですし、ルーズリーフほど大がかりではありません。Good Sizeな手法です。

でも、そう、結局は「使っていました」となりました。過去形なのです。

アイデアをカードに書き付けるのはいい。それをバインダーに差し込むのもいい。でも、問題はその移動です。

見開きには6枚のカードが差し込めるのですが、言ってみればこれはアイデア管理の上限でもあります。たとえば、最初の見開きで「ノート術」についてのアイデアをまとめ、次の見開きで「タスク管理」についてのアイデアをまとめていたとしましょう。当初は問題ないのですが、時間が経つにつれ、「ノート術」についてのアイデアが増えていき、ついには7枚目のカードが生まれました。

さて、どうしましょうか。

「タスク管理」の次の見開きに入れる? それでは集めている意味がありません。ということは「ノート術」の次の見開きに「ノート術2」を作ることになります。むしろ、それを作れるのがバインダー方式のメリットはなずです。でも、そのためには「タスク管理」の見開きに刺さっているカードをすべて動かさなければいけません。「タスク管理」の次の見開きにカードが埋まっているならばそれもです。あまりにも面倒であることに疑いの余地はありません。

そういうときはバインダーページを増やせばいいんじゃない? その通りです。それをすれば少なくとも移し替えるのは見開きの片方だけで済みます。しかしながら、バインダーに挟めるページ数には物理的上限があるので、このやり方にもどこかで限界がやってきます。

結局、この方法はバインダーにカードが埋まった時点で続かなくなりました。そうなるとアイデアを「動かせない」(=動かすのに非常な手間が必要となる)ことがわかったからです。

残念ですね。

でも、学んだこともあります。それは「アイデアを管理する手法は、数が増えていった状況のことも考慮しなければ機能しない」ということです。でないと、スタート直後はうまくいくが、どうあがいても長期的な蓄積ができない、なんて事態に陥りかねません。

そう考えてみると、なんとEvernoteの素晴らしいことでしょうか。ノートブックにノートはガンガン突っ込めますし、最悪「ノートを全て選択→ドラッグ」でなんとでもなります。そうそう、こういうものが欲しかったんだよ、と今から振り返ってみても思えます。これぞテクノロジーです。

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なぜなに”知的生産” 〜カードのサイズ〜

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どっか~ん!

なぜなに”知的生産”~!

「お〜いみんな〜、集まれ〜。なぜなに”知的生産”の時間だよ〜!」
「わ〜い! ねえねえ、お姉さん、今日はどんなお話をしてくれるの?」
「今日はね、みんながこっそり気になっているカードのサイズのお話だよ!」
「やった〜〜!」
「じゃあ、さっそく始めましょう」

(シーン切り替え)

生じた疑問

前回は、「カードを使って情報を操作する」手法としてカード・システムとこざね法を紹介しました。そこで一つの疑問が出てきました。それは、

「なぜ使う紙のサイズが違うのか」

というものです。

梅棹のカード・システムはB6、こざね法はB8が推奨されており、これはもうまったく違うサイズと言ってよいでしょう。なぜ、こうしたサイズの違いが生じるのかと言えば、カードを使った情報操作に違いがあるからです。

カード・システムのカード

梅棹のカード・システムでは、B6サイズのカードの使用が提唱されています。一般的に「カード」と聞いてイメージするものよりはずいぶん大きなサイズです。

梅棹はこのカードを「ノート的」に使っていました。豆論文(=ひとまとまりのしっかりとした文章)を書くための場所なのです。

小さなカードでも、文字を小さくすれば多くの言葉を書き留めますが、後から見返す際には不便となります。ある程度の分量の文章を書き留めて、それで後から活用するためには多少大きめのサイズが必要なのです。

こざね法の紙

では、こざね法はどうでしょうか。

こざね法で行うことは、ある大きなアウトプットに向けた構成案作りです。その作業には、大きく2つの特徴があります。

その1:個々の素材は、詳しく記載されている必要はない
その2:大量に広げる必要がある

まず1からいきましょう。

たとえば、私が本の構成案を考えて、そこで「ソーシャルネットワークは、個人に扱える以上の力を与え、さらにある種の錯覚を生じさせることでやっかいな行動を起こしてしまう。それはイカロスの翼のようなものだ」というトピックを扱おうとしていたとしましょう。

このトピック自体は、たとえばB6サイズの情報カードに記載しておいても良いものです。しかし、構成案を作るときはそのような詳細は必要なく、単に「SNSとイカロスの翼」とだけあれば十分でしょう。

紙片にそう記載されていれば、操作している私はその記述が何を意味するのかを分かっていますし、仮に分からなくなったら対応する情報カードを閲覧すれば済む話です。

このように構成案を考えているときは、具体的な記述はなくてもかまわず、「見出し」に当たるものさえあれば十分に操作できます。

さらに、そのような「見出し」を大量に扱うのが構成案作りでもあります。カードや紙片は物理的なサイズを持ち、それを俯瞰するためには、机の上に並べたり、紙に貼り付けたりする必要があります。簡単に言えば、場所を取るのです。

以上2つの特徴から、こざね法で使う紙のサイズは、カード・システムに比べると小さいものになるのです。

さいごに

この比較からみえてくるものはなんでしょうか。

それは「情報操作の作業においては、どんな情報がどのように必要になるのかを考慮しなければいけない」ということです。

たとえば、すべてをB6のカードに書き留めているならば、それを使って構成案を考えたくなるかもしれません。が、それでは取り回しが悪くなります。作業がしにくいのです。そこで、一度情報を小さいカードに書き写し、「見出し」だけに変換することで、別の作業に適した形にするわけです。

詳細に書かれたB6サイズの情報カードは、時間が経った後(たとえば一ヶ月後、たとえば一年後)に、「そうだ、こういうことを書いていたんだ」と思い出すには最適のツールです。しかし、それはそのまま構成案を作るのに最適なツールとは言えません。

で、これはおそらく視点をデジタルツールに移動しても同じことが言えるでしょう。

というところで、カードとサイズの話はいったん終わります。次回は、「カードに何を・どのように書くのか」についてです。

▼その他の回:

なぜなに”知的生産” 〜情報カードの使い方〜
なぜなに”知的生産” 〜情報カードの種類について〜
なぜなに”知的生産” 〜カード・システムとこざね法〜

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なぜなに”知的生産” 〜カード・システムとこざね法〜

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どっか~ん!

なぜなに”知的生産”~!

「お〜いみんな〜、集まれ〜。なぜなに”知的生産”の時間だよ〜!」
「わ〜い! ねえねえ、お姉さん、今日はどんなお話をしてくれるの?」
「今日はね、カード法とこざね法の違いについてだよ!」
「まってました〜〜!」
「じゃあ、さっそく始めましょう」

(シーン切り替え)

梅棹の二つの手つき

梅棹忠夫の『知的生産の技術』には二つのメソッドが登場します。

一つは、「発見の手帳」をベースとしたカード・システム。もう一つは、アウトライン作りとしての「こざね法」です。

カード・システムは日々の着想を管理するためのものであり、思いついたことを小さくてもまとまった文章として書き残していくことでそれを実現します。いわば日常的実践であり、それは習慣でもあります。

対して「こざね法」は、アウトプットを生み出すための手法です。小さな紙片を使い、構成案を練り込んでいきます。これは原稿を書くときに用いられるものであり、日常的実践というよりもプロジェクト的実践と呼んだ方が近いでしょう。

梅棹はこの二つの手法を用いてアウトプットを生み出しています。

こざね法

カード・システムについては前回簡単に紹介したので、ここでは「こざね法」について触れてみましょう。

こざね法では、紙きれを使います。カード・システムは厚手の紙を使いましたが、こちらはペラペラの紙でまったく問題ありません。ただし、その紙はすべてB8判に切りそろえます。規格化するわけです。

その紙きれを以下のように使うのが「こざね法」です。

  • いまの主題に関係あることがらを、単語、句、または短い文章で、一枚に一項目ずつ、書いていく。
  • おもいつくままに、順序かまわず、どんどん書いていく。
  • すでにたくわえられているカードも、きりぬき資料も、本からの知識も、つかえそうなものはすべて一度、この紙きれに書いてみる。
  • ひととおり、出尽くしたと思ったら、その紙きれを、机の上、またはタタミの上に並べてみる。

こうすることで、その主題について自分の頭の中にある素材のすべてを一覧することができます。
※以上は『知的生産の技術』p.202~203より。いくつかひらがなを漢字に直した。

あとはそうして書き出した紙きれを1枚ずつ見ていきながら、「これとつながりのある紙きれはないか?」を探し回っていきます。もし見つかれば、それをいっしょに並べておきます。ポイントはカードを分類するのではなく、論理的につながりがありそうだと思われるコネクトを自らの手で(もう少し言えば自らの頭で)探していくことです。機械的な部類は、知的生産の要である「自分の頭を働かせて」が抜け落ちてしまうので注意しましょう。

で、何枚か紙きれがまとまったら、論理的にすじが通ると思われる順序に紙きれを並べて、その端を重ねてからホッチキスでとめます。このひとまとまりの紙きれが、鎧を構成する鉄製の短冊状の小さな板(こざね)に似ていることから、この手法は「こざね法」と名付けられています。

screenshot
大鎧 – Wikipediaより、

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※ウメサオタダオ展で展示されていた「こざね」。

共通点と相違点

カード・システムとこざね法の二つを見比べてみると、共通点と相違点が浮かび上がってきます。

まず共通点ですが、「頭の中の情報を、外のツールに預けること」が一番重要な共通点でしょう。どちらも情報をカードや紙に固着化させ、操作可能な単位を作り出しています。これは人間の脳が、そういうことをあまり得意としていないからです。

また、それを操作する意図があるので、「一枚に一項目」という原則も共通しています。これは目的からくる要請です。この辺りは、他のツールや手法に目を向けても同じことになるでしょう。

では、相違点は何でしょうか。

簡単に言えば、カード・システムは長期記憶を補強するものであり、こざね法は短期記憶(≒作業記憶)を補強するためのものです。メタファーを用いれば、前者は自分だけの辞書を作る、後者は筆算するための大きな紙を準備する、となるでしょう。

私たちは日常的に会話をしていますが、もちろん言葉の意味を忘れることもあります。そのとき辞書は大いに役立ちますね。

また、私たちは暗算だけで簡単な計算を行えますが、4桁の掛け算くらいになると急にスピードが落ちますし、3次方程式とかになってくると暗算ではもうお手上げです。しかし、紙とペンがあればそれが可能になってきます。なぜ可能になるのかと言えば、一つひとつの小さな出力(=計算結果)を記憶に留める必要がなくなるからです。

暗発想としてのカードあるいは紙

「こざね法」でやっていることも、基本的にこれと同じです。私たちは脳内で情報のつながりを見出すことはできます。しかし、10を越える情報単位を同時に扱うのも難しいですし、またひとつのつながりを作ったあと、別のつながりを考えているうちに前のつながりを忘れてしまうこともあります。紙に書けば、これを回避できるわけです。

「暗算」「筆算」に対応させるなら「暗発想」「筆発想」と呼んでもよいでしょう。

ただし、「構成を寝る」作業は、数式を一つひとつ展開していくようなリニアな作業ではなく、さまざまな材料を組み合わせて一つの大きな流れを作るタイプ作業なので、「一枚の大きな紙に書き出す」よりは「一つひとつの要素を一枚の紙に書き出す」方が向いてはいるでしょう。カードではなく付箋で似たような作業を行っている人も多いはずです。

が、一応「記憶の補助」ということを考えれば、大きな紙でもやってやれなくはありません。消しゴムは必要でしょうが。

さいごに

今回は、「カードを使って情報を操作する」の二つのタイプを眺めてみました。

カード・システムの「情報の操作」のスパンは比較的長いものです。自分なりの図書館の蔵書を増やしていくような、そんなイメージがあります。

対するこざね法は、特定のアウトプットに向けた「情報の操作」であり、スパンそのものはそんなに長くはなりません。紙の上での計算と似ようなものです(もちろん数ヶ月かかるようなことは十分ありえるでしょうが)。

この二つの手法の違いについて、今回は「補助する記憶の違い」という補助線を引いてみました。案外すっきりしたのではないかと思います。

さて、前回紹介したカード・システムと今回のこざね法は、使う紙のサイズが違います。片方はB6、もう片方はB8判でした。これはなぜなのでしょうか。

では、次回は「カードのサイズ」をお送りします。お楽しみに!

▼前回:
カードを使って情報を操作する

▼こんな一冊も:

知的生産の技術 (岩波新書)
梅棹 忠夫
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なぜなに”知的生産” 〜情報カードとカードシステム〜

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どっか~ん!

なぜなに”知的生産”~!

「お〜いみんな〜、集まれ〜。なぜなに”知的生産”の時間だよ〜!」
「わ〜い! ねえねえ、お姉さん、今日はどんなお話をしてくれるの?」
「今日はね、みんながとっても大好きな情報カードのお話だよ!」
「やった〜〜!」
「じゃあ、さっそく始めましょう」

(シーン切り替え)

情報カードとカード・システム

情報カードは、情報を扱うためのカードです。少し厚みのある紙で、100枚入り300円〜400円程度で販売されています(※)。サイズはいろいろありますが、5×3やB6のカードが主流です。
※最近では100円均一ショップのダイソーで100枚入り100円(税別)で発売されているものもあります。

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※左がダイソーの情報カード、右はLIFEのJ857

このような情報カードを使った情報管理の手法として、カード・システム(カード法)が開発・提唱されています。個人が情報を扱うためのシステムです。たとえば梅棹忠夫の『知的生産の技術』、渡部昇一の『知的生活の方法」、板坂元の『考える技術・書く技術』などが参考になるでしょう。

またそれらの知見を踏まえ、さらにデビッド・アレンのGTD(※)の概念を取り込んだ「PoIC」という比較的新しいカードシステムもあります。
※『はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』(デビッド・アレン)

このどれもが、個人の知的生産に寄与するシステムであることは発案者の業績をみれば容易に想像がつきます。

ただし、カード・システムは情報カードを使わなくても運用が可能ですし、また情報カードを使うからと言って必ずしもそうしたカード・システムに準拠しなければならないというルールもありません。この点には注意しておきましょう。

カードは何をする?

情報カードは、あなたが何かを書き込むのを待っています。前述の梅棹はカード法について次のように書きました。

カード法は、歴史を現在化する技術であり、時間を物質化する方法である。

カードという物質の上に情報を固着化し、それをストックして並べておく。そうすることで、私たちはもっと容易に情報を扱えるようになります。むしろそうしなければ、私たちは非常に狭いフィールド__短期記憶と連想が及ぶ範囲のみ__で知的活動を行わなければなりません。非常に息苦しいものです。

カードに何かを書き込むことで、そこに一つの「まとまり」が発生し、情報の単位が生まれます。それがノートではなくカードである理由は、その単位を後から操作するからです。組み替えたり、つなぎ合わせたりして新しい情報の生成を促す目的があるからです。だからこそ、それぞれの情報は独立した単位として扱われなければなりません。操作可能な、独立した単位として。

カード・システムの本質

梅棹は次のようにも書きました。

知的生産の技術としてのカード・システムは、さまざまな場面で、さまざまな方法で、つかうことができるだろう。研究の過程も、結果も、着想も、計画も、会合の記録も、講義や講演の草稿も、知人の住所録も、自分の著作目録も、図書や物品の貸出票も、読書の記録も、かきぬきも、全部おなじ型のカードでいける。

カードはこれほどの包容力を持っていますが、だからといってこのすべてを「やるべき」だという話ではありません。やりたければ、できる。それだけのことです。

ただし、以上のすべての使い方の要点は「記録しておいて、後から取り出して使う」にあります。そのためには、

  • まず記録する
  • 記録を同一の場所に集めておく
  • 後から取り出せる形に並べる
  • 後から取り出す

の4つのプロセスを経なければいけません。こうすることで記録が扱えるようになり、そしてそれこそがカード・システムの本質でもあります。

さいごに

カード・システムは、情報を主体的に移動させることが一つの特徴です。操作こそがこの方法を使う目的なわけです。

ただし、カードを使って情報を操作する、という行為にはいくつかの分類が発生します。次回はそのことについて考えてみましょう。

また違う問題として、カードがあまりにも多様な情報を包括できるがゆえに、何をどのように書いてよいのかわかりにくい点もあります。これもカードシステムの導入時に起こりがちな問題です。そこでの鍵は「無駄に使う」ことにあるのですが、それについてはもう少し後の回で探求してみましょう。

では、次回は「カード法とこざね」です。お楽しみに!

▼その他の回:

なぜなに”知的生産” 〜情報カードの使い方〜
R-style » なぜなに”知的生産” 〜情報カードの種類について〜

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成長する構想メモマップ

次の電子書籍のコンセプトを考えていたんですが、どうにもうまくまとまりません。

付箋やらカードやらでアイデア出しするものの、「なんかこれじゃないんだよな」感がつきまとうのです。デジタルのアウトライナーでも、それは同じでした。そこで最終兵器「模造紙」の出番です。

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100均で買ってきた模造紙ですが、とにかく巨大です。A4なんて鼻で笑える大きさです。ここなら自由闊達に発想を広げていけるでしょう。少なくとも、そういう予感はあります。

結局三日ほどかけて、少しずつ書き足していきました。

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中盤以降には付箋も活躍しています。

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ここまで書き出してみてようやく「この本の筋となる要素」__文章にすれば2〜3行の要素__を見つけました。時間と手間がかかりましたが、やるだけの価値はあったと言えるでしょう。

抱えていた課題

今回考えていた本は、「既存の原稿を下敷きにしながら、最終的には全体を書き下ろす」という書き方をするもので__ドラッカーの『マネジメント エッセンシャル版』が近いでしょう__、これまで私はそのタイプの書き方をしたことがありません。だから、どう構想を進めていけばよいのかがわからなかったのです。

一番の問題は、「素材」があまりにも多すぎたことでした。すでに8万字ほどの過去原稿があり、それぞれが重なりながらも少しずつ違ったことを書いています。さらに、そこに付け加えたい(今の)私の書きたいこともあります。そんな大量の情報が、私の中で粒度も方向性もばらばらなままに渦巻いているのですから、これまでの本の構成の立て方ではうまくいかないのも道理でしょう。

今回の模造紙では、それを一枚の大きな紙にとりあえず並べてみました。そうして全ての要素を俯瞰しているうちに、「うん、そうだ。これだ」というものを発見できたわけです。

一つ言えるのは、これほどの大量の情報を脳内だけで「操作」するのは難しいだろう、ということです。脳はこれくらいの情報を蓄えておくことは容易にやってのけますが、それらを「同時」に処理することは苦手です。だから、それらを「一覧」したければ書き出すしかありません。

さらに言うと、今回は規模が巨大だったため、この作業に三日かかりました。当然、脳はその間同じ情報を同じ構造を保ったまま記憶しておくことも苦手です。だから、やっぱり外部ツールが必要なのです。

さいごに

ちなみに今回書き出したのは、あくまで「コンセプト」を見つけるためのものであり、これがそのまま「構成」や「章立て」になるわけでもありませんし、本の中身がここに反映されているわけでもありません。だからそのコンセプトを元に、もう一度章立てやらなんやらを考える必要があるわけですね。でも、そのコンセプトがなければ本は本として立ちません。でもってそれは全体を眺めることでしか見えてこないのです。

こればかりは、全データをスキャンしたAIによるアシスト__「これがこの本のコンセプトになるのではありませんか?」__を期待することはできないでしょう。「できません」と言い切れないところがつらいところではありますが。

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ほぼ日手帳2016の購入。あるいはEvernoteとの差異

年を越してしまいましたが、ほぼ日手帳2016を購入しました。ずっとバタバタしていたので、ゆっくりカバーを選ぶような時間も取れず、とりあえずLOFTに向かって、ノンカバーをゲット。

2014年はカズンでしたが、今年はオリジナルにしてみました。小さいサイズでもなかなかいいものです。

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えっ、2015年はどっちだったのかって?

実は、衝撃的告白をここでしますが、2015年はほぼ日手帳を買っていません。オリジナルもカズンも、その他のサイズも、あるいは他のメーカーの手帳も一切購入していないのです。

つまり、2015年は紙の手帳を持たずに過ごしたことになります。

これは、実際にその経験を一年過ごしてから書こうと思っていたのでずっと黙っていました。何かしら先に書いてしまうと、自分の認識にバイアスがかかりそうな気がしたからです。名のある投資家が、相場の予想を明言しないように__言葉として口に出してしまうと、自分の判断がその言葉に引っ張られるからだそうです__、私もこれが良いことなのか悪いことなのかの先入観を持たずに実験してみたかったのです。

実際、紙の手帳を持たずに一年間を過ごしてみて、わかったことはいろいろあります。

つつがなく

まず、率直に結論を書けば、「手帳を持たなくても仕事はできる」ということは言えそうです。実際に、その通りになりました。ブログ、メルマガ、自作の電子書籍などは一年間順調に進捗しました。書籍の原稿については目下もがき苦しんでおりますが、これは私の技術不足によるもので、手帳の在・不在はあまり関係していないでしょう。

予定管理としてのGoogleカレンダー、タスク管理・プロジェクト管理としてのEvernote(とTodoist)。これぐらいがあれば、仕事を前に進めていくこと自体は可能です。過不足だけを考えれば、「特にない」という結論になるでしょう。

しかし、じゃあ紙の手帳を持って過ごす一年と、そうでない一年はまったく同じなのかというと、どうやらこれは違うようです。「大きく違う」とまでは言えないかもしれませんが、イコールでは結べそうもありません。

催促・促進する機能

2015年の後半くらいでしょうか。あることに気がつきました。

私はほぼ日手帳のカズンを、3つのスペースに分割して使っています。詳しくは拙著『シゴタノ!手帳術』か『ハイブリッド手帳術』をご覧いただければよいのですが、左上・右上・下の三区切りがベースです。

で、その「下」の部分をノートスペースに使っていました。書籍の感想やイベントの感想、ちょっとミニテーマで考えたことなどを書く場所です。

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で、ほぼ日手帳を使わなかった2015年は、書籍の感想やイベントの感想などをほとんどまったく書きませんでした。書いたのは、ブログ記事などの改まった文章のみで、「ちょっとした感想」がまったくないのです。

2015年にもたくさん本を読みましたし、いくつかのイベントにも参加しました。ほぼ日手帳がある年では、たとえ数行でもそれらの感想を書いていたのです。が、2015年はそれが激減しました。

これは、「書くことが定められた場所が、定期的に目に入る効果」が失われたかたらでしょう。言い換えれば、リマインダ+アフォーダンスの欠如です。

ほぼ日手帳を使っているときは、一日に一回以上ページをめくり、そこに行動記録や考えたことを書いていきます。そして、そのとき空白のノートスペースが私の目に入ります。「何か書かないとな」と私は思います。そのまま今日のタイムラインか昨日のタイムラインを見ると、読み終えた本やら参加したイベントの名前が出てきます。「そうそう、これについて書こう」。こういうシームレスな流れが、存在していました。

逆もあります。タイムラインに一日の行動を「思い出しながら」書き込んでいく。すると、「そうだ、これについて書いておこう」と思う。そう思った瞬間、ノートスペースにペンを走らせます。ここにはツールの切り替えがありません。ペンの持ち替えも必要ありません。書こうと思ったらネタを探せる、思い出したその瞬間に書ける。見事につぎはぎなくつながっています。

そして、そうした情報が「一日一回以上は手帳を開く」という行為によって、私の目に定期的に飛び込んでくるのです。当然、感想を書くような刺激も少なからず得られることでしょう。

Evernoteのデイリーノートにも、もちろんノートスペースを設けています。しかし、そのスペースには、「何かを書かないと」という気持ちを刺激させる力はありません。あったとしてもその力はごく弱いものです。また、行動記録などは別のノートに保存していたので、シームレスなつながりが生まれようもありません。

この反省を受けて、2016年のEvernoteのデイリーノートは行動のログを残すスペースを作りました。これがどのような結果を導くのかはまだ不明です。

去年はこれをした

もう一つ気がついたことは、「情報のパターンの再利用」についてです。

このことは、先日の「「1年前の今日のこの時間は何をしていたのか?」を知ると、次の一歩が見えてくる」というシゴタノ!の記事を読んだときに気がつきました。

この記事の教えにしたがって、2015年1月頭のノートをいくつか読み返したわけですが、その中に1月3日に書いた「2014年の振り返りと2015年の抱負」をテーマとした文章を見つけました。「おぉ、そうだ。去年の頭はこういうのを書いていたんだ」とほっこりした気分を味わいながら、年の数を一つプラスした同じテーマの文章を書いたわけですが、そこではたと思い至りました。

ほぼ日手帳を持っていたときは、これと同じことを毎年やっていたじゃないか、と。

ほぼ日手帳には、後ろの方に数枚のノートページが付いています。私は、そこに1月1日に「今年一年について」という文章を書き、12月31日に「今年一年を振り返って」という文章を書いていたのでした。

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たとえば、12月31日に「今年一年を振り返って」という文章を書いたとしましょう。当然、そのときには1月1日に書いた文章も目に入ります。すると、どうなるか。すでに持っているはずの来年の手帳のノートページに、「今年一年について」というページを設けることでしょう。ついでに、最後のページに「今年一年を振り返って」という見出しだけを打っておくかもしれません。このようにして、手帳から手帳へと情報のパターンが転写されます。

非常に残念ながら、シゴタノ!の記事を読むまで、去年の冒頭にそんなことを書いたことはすっかり忘れていました。もちろん、ほぼ日手帳を使っているときでも、12月の中頃までは忘れているのです。しかし、12月31日になると、その次にノートページが待っていて、その一番最初に1月1日に書いた文章が鎮座しています。自然なリマインダがそこにはあります。

Evernoteの場合は、意識的に見返さなければなりません。もし、シゴタノ!の記事を読んでいなかったら、去年の私がやっていたことは危うく忘却の湖に沈み込んでいたことでしょう。

もちろんこの問題は、Evernoteのリマインダ機能で十分解決します。今年の冒頭に書いた新年の抱負や、心に留め置きたい言葉を書いたノートを、「2016年12月31日」宛にリマイドしておけばよいのです。それならば、ほぼ日手帳と同じ効果が期待できます。

しかし、このような対策は問題が発生していることに気がついたから行えたわけで、そうでなければそのままあっさりスルーしていたことでしょう。

なにせ、はたと気がついたその瞬間まで、私が毎年のように年末年始に一年に関しての文章を書いていたという事実をすっかり忘れていたのですから。人間の記憶なんて、ほんとうにそんなものです。

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※こちらもすっかり忘れていた新年の抱負プロジェクトなど

さいごに

手帳は、予定を管理するだけではなく一年を振り返る良いツールでもあります。しかし、予定にはデジタルカレンダー、振り返りにはブログといった別の選択肢があります。私の経験から言うと、「手帳なしでもいける」というのはあながち間違いではありません。仕事は進められます。

が、それはそれとして、ここには少し難しい問題が潜んでいます。それは、長年紙の手帳を使っている人が、完全にデジタルシフトするときには、「予定」や「行動」の管理だけに注目していたのでは、見落としてしまうものがあるかもしれない、という点です。

この点は、もう一度紙の手帳+Evernoteという体制に戻ってみて、さらに考えてみたいと思います。

デジタルツールとアナログツールのそれぞれの良さを知るためには、やっぱりそれぞれのツールを使う必要があるでしょう。しかし、独自の良さを知るためには、両方を使った上で、「一度どちらかを使わない」体験をしてみるのも大切なのかもしれません。

それは何も、ツールの選択だけに限った話ではないでしょう。

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デジタルツールが主でありながら、紙のノートを使うということ

ノートを新調しました。

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A5サイズぐらいでページ数の多いノートはないかな〜と文具店をぶらついていたのですが、結局目にとまったのはLIFEの「NOBLE NOTE」。サイズはB6で、100 SHEETS。今回は無地をセレクト。

LIFE ライフ NOBLENOTE ノーブルノート 無地 B6 N29
ライフ
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しばらくはこのノートを相棒にしようかと思います。

使い方

ページ数の多いノートの場合、最初の数ページはインデックスに使ったりするんですが、今回は扉ページだけを「ぐっときた言葉置き場」として使用。

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「闇はあなたのろうそくである」って、なかなか意味深な言葉ですよね。『「無知」の技法』という本で知りました。わざわざ付箋に書いているのは、強調効果に加えて、ノートの代替わりに対応するためです。この辺はおなじみのテクニック。

次のページからは、ごく普通に考えたことを書いていきます。右下にはページのナンバリングも。ちなみに初回記入時は右のページしか使わず、左ページは追記用に空けてあります。

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Why I use it?

正直なところ、iPhoneは常に携帯していますし、そんなことを言えばMacBook Air だってたいがい出かけるときは持っていきます。その意味で、別に紙のノートなんて必要ないのかもしれません。

でも、理想はどうあれ、やっぱりノートは常に買い続けています。なんだかんだと言いながら、いつもどこかにノートを忍ばせています。これは、幻想に依る不合理な行動なのでしょうか。

そうなのかもしれません。そうじゃないのかもしれません。

まず、単純に言えることは、「ノートにペンを走らせる」という行為そのものが快である、という点です。もちろん、個人差はあるでしょうが、私の中ではこれは真です。ただし、それは生産性には影響しません__と言い切れるでしょうか。

たとえば、気分転換にiPhoneでゲームをする、というのはよくある風景です。だったら、気分転換に紙ノートに何かを書いても構わないでしょう。すべてを直接的な効率性で片付ける必要などないのです。

が、それはそれとして、何かしらそれらしい理由を挙げることもできそうです。

  • 他の要素が目に入りにくい
  • ディスプレイではない
  • キーボードタイプとは異なった手の動かし方をする

「テキストとイラストを混ぜられる」というのもありますが、それはまあよく言われていることなので割愛しておきましょう。

上記のような要素を複合した結果、生まれてくるのは「モードの切り替え」ということです。

私の「日常」はパソコンの画面の中にあります。別に二次元で生活しているわけではなく、仕事ではエディタと向き合い、気分転換ではタイムラインを眺めたり、といった感じで一日の多くの時間をディスプレイを見つめることで過ごしています。

人は、目に入る風景、耳に届く音といったもので、そのときの心理的なモードを醸成するわけで、すると私の日常的な感覚とディスプレイは密接にリンクしている、と仮定することもできるでしょう。

そこで登場するのが紙のノートです。

紙のノートに向き合うとき、そしてそこにペンを走らせるとき、パソコンの画面と向き合っている自分とは違う「モード」が立ち上がってきます。時間の流れ方(の感じ方)はゆっくりになり、興味の方向性は外側ではなく内側に向き始めます。

人は「さあ、心臓よ止まりたまえ」と自分で鼓動をコントロールできないように、「モード」の切り替えも意識的には行えません。だからこそ、「儀式」と呼ばれるものがあるわけです。

そう考えると、「今はゆっくり考えるモードに入ろう」と思っただけでは、そのモードには入れません。しかし、環境を操作することはできます。つまり、「今はゆっくり考えるモード」に入りやすい環境を作り、自分の身をそこに置くことはできるわけです。

紙のノートを使う、特にこのデジタルツール蔓延時代に紙のノートを使うことの意義みたいなものは、その辺にあるのかもしれません。

さいごに

もちろん「モードの切り替えみたいなものは必要ない」という方や、「別のスイッチがあって、それで切り替えられる」という方には不要なメリットでしょう。よって、紙のノートを使わなければならない、みたいな狂乱に満ちた言説を展開するつもりはまったくありません。

単に私は使っている、あなたはどうですか。

という話なだけです。

さて、あなたはどうですか。

▼こんな一冊も:

「無知」の技法 Not Knowing
スティーブン デスーザ ダイアナ レナー
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情報カードを持ち運ぶためのシンプル・バインダー

全国の情報カードファンの皆様お久しぶりです。

今回は、最近私が胸ポケットに入れているツールを紹介しましょう。

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ジャン!

情報カードフォルダーです。なんと手作り。DIYです。

材料は、「文庫本カバー」と「ゴムバンド」。以上です。両方100均で買ったので、材料費は216円。お手軽ですね。あと、本体内部に厚紙を使っていますが、処分する予定のハードカバーの表紙を使ったのでそこは無料でした。

カードをとったところ。

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ゴムの部分。

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これをシャツの胸ポケットに入れて携帯し、何か思いついたらぱぱっと取り出して、しゃしゃっと書き込む。書き終えたカードは最後尾に回しておき、家に帰ったら取り出して、Evernoteに転記するなり、カメラで撮影して保存。シンプルな情報の動線が出来上がっております。

いにしえの姿

もともと、このツールは、発案が私で以下のようなものを手作りしていました。

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プロトタイプは凝ってはいけない、という主義のもと文庫本カバーを雑に切り、段ボールとゴムバンドをホッチキスで留めるという荒技で接合していたのです。

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見た目は極端に悪いですが、これを持ち歩いてみるとすこぶる調子が良い。で、しばらく持ち歩いていたんですが、さすがに妻が見かねたのか「私が縫ってあげる」と手を挙げてくれました。そうです、プロトタイプではなく現行のバージョンは、妻の手縫いなのです。つまり、この記事は文具DIY自慢のように見せかけたのろけなんですね。いやはや恐ろしい。

さいごに

ちなみに、使っているカードは、普段愛用している5×3ではなく一回り大きいB7サイズです。

ゴムバンドの分、記入できる面積が小さくなってしまうので、それを見越して一回り大きいサイズを採用した__というのではなく、間違って買ってしまったB7サイズを5×3だと思い込みながらプロトタイプを作ってしまった、というのが本当のところなのですが、怪我の功名というか一回り大きいサイズにしたことにより、使用感は良くなりました。5×3で同じものを作っていたら、少々手狭に感じたことでしょう。

今回はこのツールを、大特価で皆さんにお届けしたいところですが、残念ながら家内制手工業なので大量生産は望むべくもありません。材料自体はすぐに揃えられるので、ご興味を持った方はぜひDIYしてください。

あるいは、こういうのもあるようです。

5×3情報カードを手軽に携帯&ジョッターのように使うための製品.TOTONOE 『Carry Board』(tadachi-net 出張所)

では、楽しい情報カードライフをお送りください。

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