Category: 電子書籍

セルパブ実用書部会、ゆっくりとスタートしました

以前「セルパブ実用書部会」の構想(あるいは妄想)について書きました。

R-style » 「セルパブ実用書部会」の野望

ともあれ、現状は構想の段階というよりも妄想の段階ですが、そうした活動をサポートするための「何か」を作ってみたいと考えています。技術的な問題をサポートしあったり、内容や章立てについて相談したり、レビューを交換したり、進捗報告をしたり、といった集まりです。もちろん、オンラインの集まりとなるでしょう。

いろいろ考えたあげく、とりあえずFacebookグループでそれを始めてみようと思います。

screenshot

セルパブ実用書部会

技術的な質問、アイデアの検討(ブレスト)、こまごまとした問題点、お互いの原稿チェックなどを投稿していくためのグループです。定期的に進捗報告するなどすれば、モチベーション維持にも役立つかもしれません。

狙いとしては情報交換ですが、もう一つ、「知見の蓄積」もあります。質問とその答え、課題と改善点などがこのページに溜まっていけば、新しく参加される方にとっても有益でしょう。それが一定量蓄積したら、別にウェブサイトを立ち上げてまとめてみる、なんてこともちょっと考えております。

で、この有料サロン的な「セルパブ実用書部会」ですが、入会金・月額ともに無料。いや〜お得ですね。ただし、ほんのわずかでも実際に本を作るつもりがある方に限定させていただきます。あんまり拡げてしまうと、自由な意見が集まりにくいかと思いますので。なので、どこかの段階で定員を切ることも一応想定しております(※)。まあ、そんなに集まらないとは思いますが。
※以前の記事に反応してくださった方は優先します。

一応「実用書部会」と銘打っておりますが、文芸畑の方を門前払いしているわけではありません。文芸的質問をされても、答えられないよ、というくらいのニュアンスです。そのあたり、了承していただければと思います。

ちなみに、現在のメンバーは私と先日新刊を発売されたLyustyleさんの二人です。

25年前からのパソコン通信: 1990年代初頭のシドニーから
Lyustyle Books (2016-09-24)
売り上げランキング: 1,292

まあ、焦らず気負わず、じっくり進んでいきましょう。

Send to Kindle

合同電子書籍マガジンを作りませんか?

先日に続いて、今年度からスタートさせる新しいことの二つ目のご紹介。表題通り、合同で電子書籍の雑誌を作ろうかと思います。

とは言え、具体的なことはほとんど何も決まっていません。おおよそ付いている方向性については、箇条書きしてみましょう。

  • 電子書籍のみのマガジン
    • Kindleだけでなく複数のストア配信を想定
    • 複数人の原稿を集める
    • (一応)私が編集長的ポジション
    • メンバーは毎号かわって良い
  • テーマは「知的生産の技術」
    • 特に「個人の知的生産の技術」が良い
    • 要は、Evernoteとかノートとか執筆術とかブログとかの話
    • もちろんそれ以外でも良い(チームのとか、技術史とか)
    • 毎回ワンテーマのコンテンツをお送りする
  • 原稿料ではなく印税の分配制度で
    • よって売れないとほぼロハ
    • 執筆者が多いことを考えると売価は500円〜800円くらいか
    • 専属の編集者がいないので編集作業もご一緒に
  • 一年で3〜4冊出せたらいいね
    • 専業ではない書き手が中心になるのでタイトな進行にはしない
    • でも目標としての締切は設ける(でないと誰も書かない)
  • 「知的生産の技術マガジン」は仮題
    • もっと現代風のタイトルが欲しい
  • 書き手は基本的に私からのオファー
    • でも、もしかしたら……
    • ブログを見て判断する
    • 「ある程度長い文章かけるな」が最低条件
    • 個性ある書き手が望ましい
    • プレビューしてくれる人を集めるかも

おおよそこんなところです。とは言え、まだまったくメンバーが集まっていない(というか声をかけていないので)、今後の話し合いによっては細かい部分は変わってくるかもしれません。

進め方のモデル案

私は京都在住なので、打ち合わせや原稿のやりとりは基本的にオンラインで行います。今のところ想定しているのは次のような構図です。

infotecktool.001

ホームベースとなるのはEvernoteの共有ノートブック。そこに掲示板的ノートブックを設置し、情報のやりとりを行います。具体的な検討課題がある場合は、何かしらのチャットツールを使っても良いでしょう。

で、原稿が集まったら、Googleドキュメントを使って校正作業を行い、完成したらBCCKSで電子書籍のデータを作成し、ストア配信を依頼する、という流れ。大半は、月刊群雛さんのやり方のパク……いや、オマージュです(こほん)。

というわけで、最低条件として

  • Evernoteのアカウントを持っている
  • Googleドキュメントが使える

があり、出版の段階では「BCCKSにアカウントを作ってもらう」が入ります。
※BCCKSを使うのは、印税分配機能があるからで、KDPに同様の機能があればまた変わるかもしれません。

とりあえずどれも無料なので、特に障壁にはならないかと思います。

執筆者の候補について

箇条書きにも書きましたが、基本的に私が「この人なら書けるだろうし、書いて欲しい」という方に参加をお願いする形になります。で、それを判断するのは当然ブログの記事です。

美しい文章を書ける必要はまったくありませんが、まとまった分量の文章を、きちんと筋道立てて書ける方が候補となるでしょう。できるだけ「上がってきた原稿を真っ赤にして返す」ということを(作業量的に)減らしたいと考えています。

もう一つは、雑誌のコンテンツ的に執筆者の個性かぶりは避けたいところです。よって、ある程度スキルがある方でも、執筆陣に似た傾向を持つ方がいらっしゃる場合は候補に上がらないことがあります。極端なことを言えば、私と同じようなことを書く人は__そんなにたくさんはいらっしゃらないと思いますが__、その雑誌では採用されにくい、といことです。これはまあ、苦渋の決断ではありますが、仕方がありません。

どれほどその方がPVを持っていても、以上のようなポイントに引っかかる場合はスルーしますのでご注意ください。

「売れるコンテンツ」ではなく、(私が個人的に)「面白いと感じるコンテンツ」をまとめる、というのが今から作ろうとしている雑誌の意義です。もちろん、売れたら売れたで嬉しいんですが。

さいごに

おそらくこの雑誌が、私が個人メディアとしてのブログに示せる「次の一歩」の一つの答えとなるでしょう。

ブログは思考的に拡散に向いたメディアではありますが、収束にはあまり適していません。で、私は自分のブログ記事なんかをセルフパブリッシングで電子書籍にまとめています。個人的には他のブロガーさんもそうした流れに乗ってくれると面白いのですが、「わざわざするのもな……」と思っている方も少なからずいらっしゃるでしょう。

というわけで、合同電子書籍の登場です。

とりあえず年度のはじめは皆さん忙しいでしょうから、私もぼちぼち体制を整えながら声かけを進めていきたいと思っております。最後にもう一度書いておきますが「書き手は基本的に私からのオファー」ですので、よろしくお願いいたします。

Send to Kindle

「月くら」計画の現状と、もう一つの企画

先日お知らせしたとおり、新刊が近々発売になります。ということは、私は脱稿した、ということです。

で、本書の原稿作業に注力するために、ひたすら後回し(先送りとも言う)していた「月くら」計画にようやく戻ってくることができました。

2015年の11月号分からが止まっていますので、

  • 2015年11月号
  • 2016年1月号
  • 2016年3月号

の制作を同時並行で進めています。

どの本をどのタイミングで発売するかは決まっていませんが、今のところ「知的生産系1冊」「仕事術系1冊」「物語系1冊」「書き下ろしエッセイ系1冊」が構想に入っています。あれっ?……4冊あるな……まあ、いいか。

おそらく2015年11月号分は、2月中に発売できるかと思いますのでまたよろしくお願いします。

いや〜、今だから書きますけど、実は2015年11月号は「物語系」を発売しようとせっせと推敲を進めていたんですが、ちょうどそのとき書いていた「ズボ本」も物語形式でして、脳内の物語回路がはげしく干渉してしまい、「こりゃ、ダメだ」とさじを投げたのでした。同時並行で二つ、三つの物語を進められる人はすごいと思います。私の脳内のキャパでは大きな物語はせいぜい一つが限界なようです。

それはさておき、もう一つ新しい軸を考えています。月刊くらしたのスピンオフとなるのか、新しいシリーズの立ち上げとなるのかはわかりませんが、以前ポロっと書いた「知的生産の技術をテーマにした、合同雑誌」というのを、2016年中に出してみたいな、と構想中です。

一つのテーマで複数人に原稿を書いてもらい、それをまとめて電子書籍にする、というのが基本的なコンセプトで、具体的な形式や進め方については、まったく何も決まっていませんが(※)、私のやる気ゲージは徐々に高まっているのでおそらく実行に移されることでしょう。
※かなり高い確率で月刊群雛っぽくはなりそう。

今のところ、

  • ブログと知的生産
  • テキストエディタ・ハック
  • みんなの書棚
  • 私とEvernote
  • アウトライナー・ライフ

というようなテーマ(すべて仮です)を想定しています。もし、「ちょっと原稿書くのに興味あるな」という方がいらっしゃいましたら、ひそかにウォーミングアップを始めておいてください。本格的に募集するときは、また改めて告知します。

というわけで、紙の本も発売となりますが、電子書籍作成もバリバリ進めていきますので、どうぞよろしく。

Send to Kindle

「文字モノ」の売上げを増やす

以下の記事を読みました。

出版不況は終わった? 最新データを見てわかること – CNET Japan

この点については、以前もこのコラムで取り上げたことがありますね。もちろん、これはこれでいいのですが、今後は「文字モノ」の電子書籍の拡販が課題であることも間違いありません。

電子書籍が最近売れてきているといっても、その大半は「コミックス」(つまり漫画系)。今後、さらなる拡大を目指すならば「文字モノ」を積極的に売っていく必要がある、というお話です。なるほどですね。

じゃあ、どうやったら「文字モノ」って売っていけるんでしょうか。


一口に「文字モノ」といっても、文学(いわゆる純文学)、エンターテイメント、教養、実用・趣味、といろいろなジャンルに分けられます。で、購入する層や動機といったものも違っているでしょう。当然、アピールのための施策も分けて考える必要があります。

たとえば、2016年2月12日のAmazonランキングを覗いてみると、「本」(つまり紙の本)では、実用・趣味に属する本が上位に並んでいます。上位20冊を見ても、文学と教養に分類できる本は数冊といったところです。

では、Kindle本ランキングではどうかというと、やはり実用・趣味やエンターテイメントが強いのですが、『文藝春秋2016年3月号』みたいなものも入っています。ただ、この号は芥川賞発表号(受賞作が掲載されている)なので少し例外かもしれません。

こうしてみてみると、電子書籍の「文字モノ」でも、エンターテイメントと、実用・趣味のジャンルは、徐々に売り方の体制が整いつつある予感が湧いてきます。紙の本でも比較的動きの良いものが、電子書籍化され、販促も進められる。流れとしては自然なものです。

また、ここ最近私の目に入ってくる電子書籍の情報も、おおよそエンターテイメントか実用・趣味の本になっています。情報流通の流れが偏っているわけですが、当然その方が売上げが立つからでしょう。

というわけで、元々売上げが期待できるようなジャンルについては、自然発生的に販売が拡大していくことが予想できます。この辺は心配しないでよいでしょう。


問題は、残されたジャンルです。もし、こうしたジャンルの本の売上げが伸ばせるならば、全体の傾向としてはプラスαの数字になるでしょう。しかし、課題も少なくありません。

第一に、もともと紙の本であまり売れていないのですから、電子書籍でも似た結果が想定できます。

第二に、そもそも電子書籍になっていない本がたくさんあります。学術書なんかは顕著ですが、教養系文庫でも「えっ、これないの?」みたいな状況がときどきあります。

第三に、こういう本はだいたい読むのに時間がかかります。そしてレビューを書くのが難しいです。

第四に、上記と似た理由で、キュレーターを担える人の数が非常に限られています。

漫画のコミック一巻くらいであれば、買ったその日に読み終えて「面白かったです」とツイートができます。そうしたつぶやきが同時多発的に発生すれば、販売にも大きな影響が生まれるでしょう。しかし、買って読み終えるのに3日や一週間もかかる本では、感想のタイミングがずれるので、バズが発生しにくい状況が生まれます。

また内容が高度だったり、深淵だったり、哲学的だったりすると、簡単に感想が書けません。口コミが生まれにくいわけです。じゃあ、それを解説してくれる人がいると良いわけですが、それができるのはタフに本を読み込んでいる人だけでしょう。いないわけではないですが、その数は限られています。でもってネットでの話題の拡散において、出発点が少ない、というのはなかなか不利です。

というわけで、元々数が売れるわけでもないその商品性も相まって、エンタメ系や趣味・実用系と似たような拡大の仕方は難しいのではないか、という予測が立ちます。


じゃあ、どうしたらいいんだ? という疑問に答える術を私は持ち合わせていないわけですが、とりあえず、エンターテイメントや実用・趣味と同じトロッコに乗せてもうまくいかないだろうな、ということは思います。何か別の新しい軸を作る必要がありそうです。

ちなみに、ピケティのようにバカ売れする本もあるわけですが、消費のされ方を見ると、教養書というよりは実用書的、あるいはいっそエンターテイメント的と考えておいた方が無難でしょう(もちろん内容にけちを付けているわけではありません。あくまで消費のされ方という話です)。

個人的にはロングテールをさらに長くする、あるいは少しだけ厚みを増やす、という方向性を模索するのが良いような気がします。商品性的にも、その方が合致しているでしょう。

Send to Kindle

電子書籍が嫌われる理由を考えてみた

以下の記事を読みました。

まだ電子書籍で消耗してるの?–電子書籍が嫌われる3つの理由を考えてみた(前編) – CNET Japan

電子書籍が嫌われる理由と、その実体が語られています。


たぶん、「電子書籍を嫌っている」人にもいろいろなバリエーションあるんだと思います。

で、個人的にふと思いついた理由を今回は書いてみましょう。

それは、「電子書籍は便利だ」という理由です。


「本」というメディアは、音楽・映画・テレビといったメディアと比べて、読者の意識的な参加を必要とします。頭がぼーっとしているときの読書は、1行たりとも前進しませんが、映画であれば、ぼんやりと眺めているだけでシーンは進んでいきます。

つまり、本というメディア、あるいは読書という行為は、全般的に「しんどい」ものなのです。苦労を必要とすると言い換えても良いでしょう。

そしれ本を取り巻く環境も、いろいろな「しんどさ」に満ちあふれています(あるいは溢れていました)。

紙の本を買うときは__一昔前では__書店に足を運ぶ必要がありましたし、検索機のない時代では一つひとつ棚を覗いていく必要もありました。書店ごとにラインナップが違うので、書店のはしごをすることも珍しくありません。買った本は家に持って帰らなければいけませんし、しかも家に帰ったら帰ったでどこにその本を置くのかの問題にも直面します。

そのすべてが「面倒」です。「手間」と言い換えても良いでしょう。

おそらく、その環境が長く続くことによって、本の価値と「しんどさ」や「面倒さ」がリンクしてしまった、あるいは癒着してしまったということがあるのかもしれません。あるいは、実際にその「しんどさ」や「面倒さ」それ自身にたしかな価値があるのかもしれません。

どちらかはわかりませんが、ともかく「しんどさ」と価値が固く結び付いてしまっている可能性はあります。


その視点で眺めてみると、電子書籍は「しんどさ」や「面倒さ」が徹底的に排除されています。

  • 書店に行かなくても買える
  • 本を探して歩き回る必要もない
  • 重たい本を持ち運ぶ必要もない
  • 本棚はクラウドにある

圧倒的です。さらにこれが「読み放題サービス」であれば、もう完璧と言えるでしょう(品揃えが問題ですが)。

よく「手のかかる子ほどかわいい」なんて言われますが、認知心理学の知見でも、自分が手間をかけたものにより強い価値を感じる、ということが言われています。

そう考えると、紙の本を苦労しながら楽しんできた人が、電子書籍を忌み嫌うのはわからないではありません。なにせ、そこには本に付随する苦労がほとんどないのですから。


言うまでもありませんが、私は上記のようなものを「不合理だ」と切り捨てたいわけではありません。価値というのは、それぞれの人が心の内側で感じるものであって、他人がとやかくいうものではないでしょう。そういう人もいて、そうでない人もいる。ただ、それだけの話です。

もちろん、商売をしていくのであれば、どういう人をターゲットにするのかは、きちんと見極める必要があるでしょうが。


というようなことを書いてきましたが、私はやっぱり紙の本には紙の本なりの独特の良さがあるとは思います。

一つには、「物」としての価値ですが、それ以外にも情報を摂取する体験に違いがある気がします。どれだけ電子書籍で読むことに慣れたとしても、紙の本で読書するという体験とは同一にならないだろう、という予感です。

でもそれは、「どちらが優れている」という話ではありません。単に違いがある、という話です。ベートーヴェンが優れているからと言って、モーツァルトが優れていないことにはなりません。そういうことです。

Send to Kindle

宣伝についての連ツイ。

rashita120

メルマガを5年以上続けている。始めた当初は、このメルマガどう推移していくのかまったくわからなかった。人気の出る出ないではなく、どんな内容を書いていくのかすらわかっていなかった。だから、うまく宣伝できなかった。だって、どんな内容なのかわからないのだから。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

とりあえずざっくり決めた方向だけでスタートした。細かいことはやりながら考えていこうというのが、私の常なる流儀である。結果どうなったか。もちろん、宣伝できないのだからそんなに人も集まらない。当然だ。でも、とりあえず自分が面白いと思うこと、価値があると思うことを書き続けた。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

とても気前の良い人たちだと僕は思うのだけども、そういう時期でも購読してくれる人たちがいた。感想をくれる人たちがいた。もちろん、プラスの評価ばかりではない。でも、何かしらリアクションがもらえるのは嬉しかった。時給計算ではどう考えても赤字だけども、それでも続けた。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

数年続けてみて、ようやく自分がやっているメルマガがどういうものかがわかってきた。読むこと・考えること・書くことが好きな人向けのメルマガだ。最近ではそこに物を売ることについてなんかも書いている。僕の中で、それら関心は基本的に同じ方向を向いている。そういうのがわかった。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

それがわかると、こういう人たちには全然読まれないだろうけども、こういう人たちならもしかしたら楽しんでもらえるだろうというのがわかってきた。そういうのがわかってくると、俄然宣伝というのはやりやすくなってくる。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

ほとんど全ての人向けに宣伝するのは難しい。なぜなら、心の底でそこに嘘が混じっているのを自分が知っているからだ。でも、線引きができるとそういう嘘が消えていく。どうせ、すべての人に好かれるものを作ることはできない。だから、線引きするのは当然なことだし、必須なことでもある。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

宣伝について考えることは、自分が提供するものを受け取る人は誰か、を考えることとイコールだ。最初からそれがイメージできているかもしれないし、後々それがわかってくることもある。どちらにせよ、それをイメージしないことにははじまらない。そして、イメージできたなら、胸をはってやってみても良いと思う。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

もちろん、自分が提供するものに1mmの自信もないのなら、宣伝は止めた方がいい。でも、やっぱり少しくらいは「これ面白いよね」という気持ちがあるから出そうとしているのではないのだろうか。だとしたら宣伝はまっすぐ行えばいい。過大な広告や過剰な煽り文句を避けたのなら、恥じることは何もない。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

もちろん、それでもミスマッチがゼロにはなったりしない。それは悲しいことだと思う。でも、どういう形で書かれた作品でも、ミスマッチはある。結局それは宣伝が問題ではないのだ。もし宣伝を行わずにまったく誰にも知られないのなら、そういうミスマッチは起こらないだろう。その代わり、それを読みたいと思う人との出会いの可能性も削ってしまう。それもやっぱり悲しいことだ。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

宣伝については、「とりあえず宣伝しなさい」みたいに軽く言えるものではない。ナイーブなものであることはたしかだ。少なくとも、マッチの火薬ほどの自信はあった方がいいだろう。そうでないものをアピールするのは、欺瞞でしかないのだから。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

ただ、ナイーブだからといってまったく何もしないのも、少し違う気がする。「作品」はありとあらゆる意味においてあなたのものだが、でもあなただけのものではないのかもしれない。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

僕が一つ言えることは、それを受け取る人のことを考えている宣伝は、決してイヤな気持ちしない、ということだ。最悪の宣伝は、「やたらめったらな」ものである。それは回数についてではない。内容についてでもない。想像力が欠落している、ということだ。最悪の宣伝。災厄の宣伝。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

告知、宣伝、アピール。やろうと少しでも思うならやった方がいい。でも、「がむしゃら」は良くない。がむしゃらは受け手のことを見ていないからだ。必死さが伝わって報われることもあるだろうが、それが続くことはない。必要なのは想像力であり、工夫である。それは遊び心に似ているかもしれない。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

どちらにせよ、最初からうまくいくことなんてほとんど何もない。慣れるなら、つまり失敗するなら早い方が。いろいろやってみるのは、それはそれで楽しいものである。手をかえ品をかえ。声をかえ仮面をかえ。舞台をかえBGMをかえ。いろいろと、いろいろと。

— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2015, 12月 2日

Send to Kindle

トロイの木馬としての電子書籍

前からぼんやり考えていることがあって、それは次の三つをクリアすると、電子書籍(というかKindle)って一気に普及するんじゃないかな、ってこと。

  • 岩波新書の全面的な参入
  • アクセル・ワールドの新刊が電子書籍でも紙と同時発売
  • 村上春樹さんの小説がラインナップされ、新作も早いタイミングで登場

これはまあ、条件というより指標みたいなものだ。こうした経営的ジャッジメントが出てくるということは、そこに市場規模が見込まれているということだし、逆にそのジャッジメントそのものが波及効果を呼び、市場規模を拡大させる。それがグルグル回って、どんどん普及していく。そんな感じかな。

でもまあ、これが正しいってことを主張したいわけじゃない。僕が業界を観測するときのチェックポイントみたいなものだ。「あっ、第二チェックポイントまで来たぞ」みたいな感じのね。

それに、こうしたチェックポイントを通過しようが通過しまいが、電子書籍は普及していく。それはほとんど確定事項だろう。ルート分岐はいろいろあっても、大まかなエンディングにさほど違いはない。

さて、それは悲しむべきことなんだろうか。紙の本好きとして、号泣すべき事態なんだろうか。僕はそんな風にはとても思えない。

まず確認しておきたいのは、そもそも読書という行為自体がメディア消費時間争奪戦に巻き込まれているってことだ。もちろん、どうあっても本を読む人は本を読む。それはたしかだ。逆に、どれだけ素晴らしい本があっても読まない人は読まない。それもたしかだ。で、その中間にさまざまな人のグランデーションが広がっている。

ときどき本を読む人、気になった本があったら読む人、ごくごくたまに本を読む人。そうした人たちは、読書に対する動機付けはさほど強くない。だから、他のメディアにフラッと流れてしまえば、読書量は減ってしまう。本好きとしては悲しいことだが、時代の情勢は動かしようもない。そして、全体的に見れば、読書というメディア消費行為は、不利な状況に追い込まれている。

もちろん、糸を引いているのはネットだ。必要な情報を探す行為から、空き時間をつぶすことまで、ネットは一手に引き受けてくれる。ああ、なんと素晴らしき人類のテクノロジー。おかげで電車の中では文庫本や新聞よりも、スマートフォンをいじっている人を多く見かけるようになった。

ん?

そんな昔から本を読んでる人って多かったっけ?

まあいいや。

ともかくスマートフォンとにらめっこしている人は増えた。

結構、結構。大いに結構。だって、そうではないか。なんといっても、その端末で電子書籍が読めるのだから。

いいかい。よおく考えてみよう。テレビはテレビ番組やDVDを見る。そこは「本」を消費する場ではない。でも、スマートフォンは違う。いくつかのタップで「本」を読み始められる。これはよくよく考えてみると、すごいことだ。

言い換えてみよう。電子書籍というのは、映像メディアやプッシュ型メディアを消費する人たちへのトロイの木馬なのだ。だから、うまく立ち回れば、グランデーションの狭間で、向こう側に行ってしまった人たちに「本」を届けることができる。

もう一度確認しよう。そんなものが無くても本を読む人は読むし、どうしたって読まない人は読まない。僕が今焦点化しているのは、中間地点にいる人たちのことだ。そして、そのボリュームは存外に多いのではないだろうか。

そうした人たちが「本」の情報に興味を持ち出せば、あとはこっちのもんである。なにせ紙の本しか発売されていないものはたくさんあるし、人間には所有の欲求もある。物を所有したい気持ちは、普遍的とまでは言えないが、わりと多く見られる傾向だ。それに、現状のKindleのシステムは、「本」を所有しているとはとても言い難い。読んだ本を紙で買い直す、みたいなシチュエーションもゼロではないだろう。

そう。結局の所、「本」に興味を持ってもらうことが肝心なのだ。ここで重要なのは、「読書好き」な人たちへのアピール__マーケティングと言い換えてもいい__と、そうでない人たちへのアピールのやり方はかなり違う、ということだ。

今のところ、電子書籍をよく利用する人は、読書好きの人たちだ。間違いなくその人たちは蔵書に悩みを抱えている。その点、電子書籍のあの開放感は素晴らしいものだ。でも、それは本をよく読む人向けの宣伝文句である。トロイの木馬を機能させるためには、別のアプローチが必要であろう。

もちろん、僕にそのアイデアがあるわけではない。そんなものがあるなら、今すぐ原稿を放り出して会社を興しているだろう(これは嘘だ。やっぱり原稿を書いているに違いない。たぶん内容はそのアイデアについてだろう。1600円(税別))。

現状の電子書籍とそれを取り囲むシステム(プラットフォームを含む)は、あまり出来の良いものではないのかもしれない。でも、これを一つの武器として考えると、きっといろいろ広がりが出てくるだろうし、それが閉塞感みたいなものを打ち破ってくれるかもしれない。希望的観測? まあ、そうだろう。人は希望を抱く唯一の動物なのだから、それは仕方がない。

Send to Kindle

「群雛文庫」が始まるようです

「群雛文庫」なるものがスタートするようです。

新レーベル「群雛文庫」を11月5日に創刊!『月刊群雛』掲載作よりセレクト:群雛ポータル

NPO法人日本独立作家同盟は11月5日、『月刊群雛』掲載作から編集長がセレクトした新レーベル「群雛文庫」を創刊します。以下、その詳細です。

たびたび紹介しているインディーズ作家を応援する電子マガジン「月刊群雛」は、もう通算21号にもなっているようで、当然のことながら、そこには多くのストックが生まれています。で、その中から、鷹野編集長みずからが「これは!」と思った作品をピックアップし、パッケージして販売する、というのが「群雛文庫」というレーベルのようです。

「月刊群雛」は、何が出てくるのかわからない、という意味合いにおいて福袋的ですが、次の一歩たる「群雛文庫」では、ある程度期待が持てるものが出てくることになります。クオリティーコントロールが効いた「文庫」の発売によって、「気鋭の電子書籍作家に興味がある人」ではなく、「作品を読みたい人」へのアプローチが期待できます。いわば、客層を広げていくような施策ですね。

ストックの利用という資源への投資を必要最低限に抑えているところを含めても、非の打ち所のない施策と言えるでしょう。

また、この「群雛文庫」の登場によって、「月刊群雛」の位置づけも少しシフトします。

「月刊群雛」への掲載自体は、早いもの順なわけですが、「群雛文庫」はそうはいきません。もし「群雛文庫」のラインナップに加わりたければ、クオリティーにこだわる必要があります。もちろん、鷹野編集長フィルターというある種の「偏り」による選別なわけですが、それでも「書けたらなんでもいいんじゃなくて、少しでも良い作品・面白い作品を書こう」という動機付けとして機能してくれることでしょう。

これは、すごく極端に言ってしまえば、参加者に向けられた「そろそろ、ウォーミングアップは終わりだよ」という挑戦状のようにも受け取れます。つまり、群雛側も体制が整ってきたし、参加者の人も慣れてきましたよね、じゃあ次のステップへ、というシフトです。

もちろん、「月刊群雛」のルールはこれまでと変わらないわけで、今後も文庫の存在などまったく気にしない人も参加されることでしょう。それでも、少なからずの参加者が、文庫の存在を意識するのではないでしょうか。

ここまでの「月刊群雛」は、ある種の「場」として機能していました(あるいはそのように見受けられました)。人が集まる「場」です。「文庫」の登場は、これに揺さぶりを与える可能性があります。

もし、「群雛文庫」が一定の注目度を集め、期待通りに客層を広げられるのならば、それは「ブランド」としても機能し始めます。上に引いた記事にあるように「登竜門」となるわけです。このシフトは、方向は逆ですが、先日紹介したnoteとcakesとのコラボにも重なっています。

総じて言えば、力のある(でもまだ名前のない)書き手がピックアップされやすい環境が整いつつあるわけですが、その話はWeb広告の変化と絡めてまた別の機会に書いてみましょう。

ともかく「群雛文庫」は、これまでとは対象読者というか客層が異なるわけで、広い認知を得られる可能性を秘めています。それは、トータルで見て良い方向に作用してくれるでしょう。あるいはそのことが期待されます。

ちなみに、想定されているコンセプトは、「一人の作家の作品を集めたもの」「連載(連作)もの」「複数作家による短編集」の3つパターンがあるようで、11月5日の第一号では複数作家の短編集が発売されるようです。楽しみですね。

ということを考えたときに、じゃあ自分はどうするのか、なんてことが頭をよぎります。そうです。ちょっとやってみたいんですよね。雑誌の主催の方を……。

Send to Kindle

電子書籍のセールとそれ以外の情報

電子書籍に関する情報って、もっと多様なものが欲しいと感じます。

だいたい流通しているのが新刊情報かセール情報。特に最近ではセール情報が目につきます。

もちろん、セール情報はありがたいものです。私も参考にさせてもらっています。でも、セール情報ばかりなのも、若干飽きを感じないではありません。だって、本って安いから買うものばかりではないわけですから。安さはポイントの一つですが、ポイントの一つでしかありません。

もうちょっと違った視点からの情報も欲しいところです。

今回は、電子書籍とセールについていろいろ考えてみましょう。

入り口としてのセール

電子書籍元年では、当然のように電子書籍ユーザーの数はあまり多くありませんでした。まったく使ったことがない、という人が圧倒的多数だったのです。

電子書籍を販売したいプラットフォームとしては、とりあえず一度は使ってもらいたいところです。そうでなければ、勝負の土俵に立つことすらできません。

そこで効果的なのがセールです。セールは単純かつ暴力的な力があります。端末をセールし、電子書籍そのものをセールし、ということで電子書籍の「入り口」にいろいろな人を誘い込んできました。その施策は圧倒的に正しいと言えるでしょう。

しかし、マーケティング的に考えればセールだけをアピールポイントにしているのは若干力弱いものです。なぜなら、ユーザーの中には「安さ」にはあまり反応せず、別の要素に反応する人もいるからです。売り上げのロングテールを作るのは、おそらくそういう人たちが買う(特に安くはなっていない)本たちです。

もう一度強調しておくと、セールは総ユーザー数を増やしてくれる効果があります。細かくは触れませんが、「安さ」は口コミの世界では万能鍵のような働きをしてくれます。現に、安売り情報はネットでゲリラ豪雨のように降り注いできます。大量の情報が創出され、ネットを駆け巡っているわけです。それによって、「ちょっと電子書籍というものを使ってみようか」と思う人は、一定の確率で生まれてくるでしょう。

ただし、そうしたものはある意味で一階部分です。二階、三階と積み上げていくためには、ユーザーの中でも「安さ」にはあまり反応しない人たちが反応する何かの情報を出していかなければいけません。

セールの効能

少し別の視点から、セールについて考えてみます。

数年ほどAmazonのKindleで本を買ってきた感触から言うと、セールには次のような効果があります。

・「安くなっている」から買う効果
・内容と値段のマッチング
・セール情報のまとまり

「安くなっている」から買う効果

たとえば1200円で販売されている本が、セールで980円になっていたとしましょう。あなたはその本が前から欲しかったので、「せっかく安くなっているんだから、買おうか」と思い、購入ボタンをぽちっと押します。

ここでの重要なポイントは「せっかく」の部分です。つまり、「980円だから買う」のではないのです(これが下の項目との違いです)。

こういう購入動機は、「期間限定発売」や「数量限定」に近いものと言えるでしょう。簡単に言えば、「自分の気持ちを正当化できる、何かしらの理由」を見つけたので、それを言い訳に使って購入した、ということです。逆に言えば、言い訳になる別の何かがあっても購入は発生したかもしれません。

内容と値段のマッチング

たとえば、前々から古代の神話について知りたいと思っていて、関連する書籍を探していたら一冊2000円もすることを発見してしまったとしましょう。そこまでのお金を払うつもりはないな〜と思っていたところ、たまたまセールでそれが1000円になったとします。1000円ならば、古代の神話についての情報を得るために払う価値はある。そう考えたあなたは購入ボタンをポチッとします。

これは、上のパターンとは違い、はじめからその本をその値段では買うつもりがなかった人が、値段が下がったことで買うつもりになった、という状況です。

理想的なモデルを立てれば、最初の一ヶ月で2000円でも買うつもりがある人に販売し、次の一ヶ月で1000円なら買う人に販売し、その次の一ヶ月で500円だったら払ってやってもいいという人に販売できれば、トータルの販売数や売り上げは最大にできます。が、なかなかそううまくはいかないのがセールの難しいところです。

セール情報のまとまり

以上のように、価格を変更することで、本と読者の関係に揺さぶりをかけられるのがセールの特徴です。

しかし、それとは別軸の魅力もあります。

たとえば、ある出版社がセールを行ったとしましょう。そのページには、いろいろな作品がラインナップされることになります。

そうしたページにアクセスすると、新しい本との出会いが期待できます。名前の知らなかった、つまり検索しようとも思わなかった本たちのタイトルを眺めることになるのです。これはまさしく、(これまでの)書店の機能の一つと言えるでしょう。

読者としては、自分の文脈外にある電子書籍と出会うことができ、売り手としては新しい動線を獲得することができる。非常に優れた効果です。しかし、これはセールに限定されるものではありません。ようするに「検索によって本を探す」のとは違うアプローチで本の情報を提供できている点が重要なのです。

例えば、以前このブログで以下のような記事を書きました。

R-style » GW後半戦からでも読み切れる、薄くて面白い本7選

どのような切り口でもよいのですが、こうした情報が提供されているとロングテール部分が積み上がっていくのではないかと思います。

さいごに

あまりまとまっていませんが、電子書籍のセール情報について考えてみました。

最後にもう一度書いておきますが、セール情報は有用です。それは売り手にも書い手にもありがたいものです。が、それはそれとして、何かしら別のアプローチも欲しいところです。

重要な点は、本は「安いから」(あるいは、人気があるから)買うものばかりではない、ということです。もちろん、そういうニーズは存在し、しかも大きいのかもしれませんが、視野は広く持ちたいところです。

Send to Kindle

『ブログを10年続けて、僕が考えたこと』のScrivenerのファイル構成およびcompileの設定と使用したCSSファイルについて

先日発売した以下の新刊ですが、

ブログを10年続けて、僕が考えたこと
ブログを10年続けて、僕が考えたこと 倉下忠憲

倉下忠憲 2015-05-28
売り上げランキング : 1809

Amazonで詳しく見る by G-Tools

あいかわらず作成に使ったツールは同じです。

Scrivenerでテキストを構成し、.txtに出力。それをでんでんコンバーター変換して、KDPにアップロードという流れ。

でんでんコンバーターで少し凝ったデザイン(組版的な意味で)を行う場合は、作成後のepubファイルをzipにして開くことが必要だったりするわけですが、今回の本はでんでんコンバーターからの出力一発となっております。

それはあらかじめ「仕込んである」からなんですが、その辺も含めて今回は中身の方を紹介してみましょう。

Scrivener
カテゴリ: 仕事効率化, 教育

ファイル・フォルダ構成

まずはScrivenerの中身から。

ファイル&フォルダ構成はこのようになっています。

screenshot

まず「原稿」という大きなフォルダがあり、その下に本の素材となるファイルとフォルダが並んでいます。フォルダは章ごとに1つあり、その下にそれぞれの章の本文となるファイルが並んでいます。ただし、「扉」というファイルは「原稿」フォルダの直下に置いてある点に注意してください。後ほどのcompileでこの配置が効いてきます。

続いて、本文の中身。

screenshot

上の画像は、第一章のフォルダの中身です。第一章のテキストを収めたファイルがここにすべて含まれているわけですが、冒頭の数行に関しては、フォルダの中にあるファイルではなく、フォルダに直接書き込んである内容です。いちおう書いておきますと、Scrivenerのフォルダは、直下にファイルやフォルダを配置するだけのものではなく、そこに直接テキストを書き込むこともできます。
※テキストを入力すると、アイコンの表示が変わります。

こちらは「扉」のテキスト。

screenshot

ご覧の通り、マークダウンではなくがっつりHTMLが使われています。ここが組版的デザインのポイントで、でんでんマークダウンだけだとclassの指定ができないので、「じゃあ、もう直接HTML入れとくか」のノリで、それが記入されています。もちろん、対応するCSSもCSSファイル内に書き込んであるわけですが、それはまた後ほど。

separateの設定

separateの設定は次のようになっています。

screenshot

ほかはすべてシングルリターンですが、ファイル→フォルダの境界だけカスタム設定として「===」が入ります。「===」は、でんでんマークダウンで「(ファイル分割によって)改ページせよ」として機能します。先ほどのファイル構成をもう一度ご覧ください。

screenshot

ファイル→フォルダの境界となるのは(ファイルの次にフォルダが出てくるのは)、

「扉ファイル」→「第一章のフォルダ」
「第一章のラストファイル」→「第二章のフォルダ」
「第二章のラストファイル」→「第三章のフォルダ」
「第三章のラストファイル」→「第四章のフォルダ」
「第四章のラストファイル」→「第五章のフォルダ」
「第五章のラストファイル」→「おわりにのフォルダ」

の6つです。これはつまり、章と章の境目です。ここに改ページが入るようになっています。

このseparateの設定を使わず、本文に直接「===」を記入していっても、できあがるepubは同じです。ただし、こうした設定をしておくと、「記入し忘れる」というミスを防ぐことができます。また、校正作業でファイルの順番を入れ換えても、いちいち「===」の場所を移動させる必要がありません。

formattingの設定

formattingは、3つのパターンを使用しています。「第二階層のフォルダ」「第二階層のファイル」「第三階層のファイル」の3つです。
※第一階層のフォルダは、「原稿」という一番上のフォルダなので使用しません。またその階層にはファイルはありません。

一番簡単なのは、「第三階層のファイル」です。

screenshot

ここには本文が入っています。そこで、titleとtextを選択し、titleの接頭辞として、「### 」を指定します。

ここでのtitleはファイルやフォルダの名前ですので、たとえば「ブログの流れは絶えずして」というファイルならば、

### ブログの流れは絶えずして

ここから本文

といった感じでcompileされるわけです。
※###はでんでんコンバーターにおけるH3の指定。

screenshot

続いて「第二階層のファイル」。

ここに位置するのは、「扉」というファイルだけです。で、名前の通りこのページは扉ページなのですが、一行だけの言葉が置いてあります。このページを「第三階層のファイル」と同じにしてしまうと、少し問題が発生します。

### 扉

あなたのブログが、良き読者と共にあらんことを。

このように、でかでかと(h3で)「扉」と表示されることになるのです。さすがにそれはダサいです(あと、表示上の問題もあるのですが、それは後ほど)。

そこで、第二階層のファイルは、textは選択するものの、titleは選択していません。

というか話はまったく逆で、このファイルだけtitleを選択したくないので階層を分けているのです。

章の扉ページ

screenshot

一番ややこしいのが「第二階層のフォルダ」です。章のトップページに位置する要素です。

ここで使用するのはtitleとtext。そこまでは普通なのですが、接頭辞と接尾辞が込み入っています。

接頭辞と接尾辞は、簡単に言えば、

[○○ title △△]

の○○(接頭辞)と△△(接尾辞)を指定するものです。「第三階層のファイル」ではこの接頭辞を使用しました。で、この○○と△△にはなんでも入力できます。たとえば、○○に<h2>を、△△に</h2>を指定すれば、compile時には、

<h2>title</h2>

となるわけです。そして、接頭語・接尾語には複数行を入力することも可能です。ということは、

<section class=”titlepage”>

<div class=”titlepage-container”>

<div class=”titlepage-collectiontitle-placeholder”></div>
<h2 class=”titlepage-maintitle”>

を接頭辞に、

</h2>
<div class=”titlepage-subtitle-placeholder”></div>
<hr style=”border-top: 2px solid #bbb;” />
<p class=”titlepage-creator”></p>
</div>
</section>

を接尾辞に指定することも可能ということです。

そしてこれは、でんでんコンバーターが自動的に作成してくれる扉ページHTML(titlepage.xhtml)のほぼそのままのパクリでもあります(ある程度はカスタマイズしてあります)。

スタイルシート

が、単にこうしたコードを埋め込んでも、CSSが指定されていなければデザイン上の意味はありません。でんでんコンバーターが作成するtitlepage.xhtmlは、template.cssという特別のスタイルシートが当たっており、本文中に適用されるstyle.cssとは隔離されているのです。

だったら、混ぜてしまいましょう。

でんでんコンバーターの標準のスタイルシートに、epubをzip解体して中身を覗いたtemplate.cssを上乗せしてあります。これで、titlepage.xhtmlで使われているclass指定がそのまま使えます。

その他、標準のスタイルシートから変更を加えている点は、

  • blockquote,ulのフォントサイズをやや小さく
  • h3のmargin-bottomを少し広く
  • エピグラフ用のCSSを追加(フォント小さく、右寄せ)
  • h3のpage-break-beforeを常に

あたりです。

最後の「h3のpage-break-before」はページ制御で、h3の手前で改ページが入るようになっています。見出しごとにページの区切りがあるわけです。

しかし、この指定では、本の一番最初のページがh3で始まっていると、特に意味のない空白ページが生まれてしまいます。本の一番最初の要素がh3→その手間に改ページを入れなければならない→しかし、その手間には何の要素もない→空白のページが誕生、こういう流れです。

そこで、扉ページだけ第一階層に切り分けてtitleを入れないようにしているわけです。こうしておけばh3が入ることはありません。つまり、ここだけ手間に改ページを入れることを避けられるわけです。

この切り分けの強力さは、たぶん実際にcompileを体験してみないと理解しにくいかと思いますが、相当に便利な手法であることをここに宣言しておきます。

さいごに

以上のような、一見ややこしく、その実やっぱりややこしいことをいろいろやっております。

ただ、仕組みを理解するとすごく楽であることは間違いありません。構成を整えていると、文章の順番は結構な頻度で変わります。そのたびごとに、ページ構造を意識してコードを書き換えるのはわりと面倒なのです。

というわけで、上記の設定を確認しながら、実際に本の中身もチェックしてみるとより一層理解が進むかもしれません。宣伝です。

Send to Kindle

WordPress Themes