Category: セルフマネジメント

読書目標からみる目標の浸蝕

「今年はもっと本を読む!」

そう決意することは、おそらくは良いことでしょう。そこで、一年で100冊読了するという目標を立てたとします。なにせ100という数字はキリがいいですからね。

すると、100を12ヶ月で割り算して、8.3という数字が出てきます。一ヶ月でまず8冊読んで、次の1冊の1/3を読む、という感じでしょうか。数字を丸めると、一ヶ月9冊、あるいは8冊という数字が月ベースの目標となります。一ヶ月を30日として計算すると、9冊目標なら、3.3日に1冊、8冊目標なら3.75日に1冊読了すればOKです。言い換えれば、一日に一冊の1/3を読めればいいわけです。

本の平均ページを仮に300とおけば、一日に100ページを読了することになりますし、一日に1時間しか読書時間がとれないのならば、その1時間で100ページを読了することになります。1ページ1分30秒くらいでしょうか。

まともな頭で考えれば、この目標を達成するためには、

1.本を早く読む技術
2.読みやすい本の選択

が必要なことはわかるでしょう。「今年はもっと本を読む!」という目標の設定から、どんな風に本を読むのかと、どんな本を読むのかが方向付けられてしまったことになります。

で、それってやりたかったことなのでしょうか。

根拠less

『「目標」の研究』で書いたことですが、人間は非常に楽観的に目標を立て、計画を立案します。

「目標」の研究
「目標」の研究

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まず1年間に100冊という最初の目標自体、何の根拠もありません。「そうあったらいいな」という理想であって、現実の何にも依拠していないのです。もしかしたら、そういうことを誇らしげに語る方がいらっしゃったのかもしれませんが、標準偏差でみれば、そのような人はかなり偏った場所におられて平均とはかなりズレているかもしれません。

たとえば、日本人の一年間の平均読了冊数が50冊だと聞いた後で、年間100冊という目標を設定できるでしょうか。あるいは平均数が12冊ならどうでしょうか。

もちろん、理想の地点を目標にすること自体は悪いことではありません。あこがれは立派な原動力となります。しかし、そうして立てられた目標を達成するために、肝心の読書の行為自体が変質してしまうなら本末転倒と言えるでしょう。そこは落ち着いて考えてみたいところです。

Re:目標

年間100冊、月間9冊という目標を立てても、実際一月を終えてみたら、4冊しか読めていなかったという事態に陥るかもしれません。それはかなりがっかりする結果ですが、少なくとも依拠できる何かが一つ確認できたことはたしかでしょう。

加えて、「4冊は読んだ」という事実も残っています。それは捨てたものではありません。あと、案外周りを見てみたときに、一ヶ月4冊も読んでいない人は大勢いるかもしれません。上と比べれば悲惨な気持ちが湧いてきますが、見上げることにキリはありません。そこで視点の切り替えが必要となります。

一ヶ月で4冊読了できたのなら、それを12倍して、48冊を年間目標に再設定するのがよいでしょう。当初の半分以下になってしまっていますが、そもそも100冊という目標自体が何の根拠もなかったのですから、そこはまるっと忘れて大丈夫です。むしろ、その48冊という目標の方を大切にしたいところです。

意欲的な人ならば、もう1冊上乗せして、60冊の目標を設定するのもありでしょう。チャレンジ精神気質が多い人ならば、その方がモチベーションが刺激されることもあります。どのように目標を再設定することも自由ですが、少なくとも当初の100冊にこだわらないようにすることだけは肝要です。それを欠いては、前には進めません。

Re:Re:

でもって、その再設定された目標ですら、通過点なのです。

一月はたまたま調子が良かったり、時間が多くとれたりして4冊読めたのかもしれません。人間生きていれば、トラブルやら不調やらに見舞われます。すると、3冊の月もあったり、0冊の月もあったりするでしょう。平均すれば、2.5冊くらいになるかもしれません。それはまたガッカリする事実ですが、それもまた依拠できる事実です。

そして、その事実を確認すると、「なるほど、読書の時間というのはなかなかとれないものなのだな」という認識が生まれてきます。そのような貴重な果実をどう使うのかという視点は、本選びに影響を与えるかもしれません。与えないかもしれません。

どちらにせよ、そこで立てる目標は、それまでの目標とは数も質も変わってくるでしょう。がむしゃらに冊数を追いかけるのを止めたり、分厚い本に長く熱中したり、一度読了した本をとことん追求したりといった行動が生まれてくるかもしれません。それはそれで、一つの読書のスタイルです。本を読むことは、ステータスを手にすることとは違うわけですから。

さいごに

もう一度確認しておきますが、別に「一年で100冊読了する」という目標を立ててはいけない、という話ではありません。人間は基本的楽観思考ですし、何も依拠するものがなければ、そのような目標が出てくるのは避けられないでしょう。それが避けられると想定してしまうこと自体がある種の楽観思考に彩られています。

ただ、最初に立てた目標を、まるで刷り込みのように(あるいは刻印のように)絶対視しない方が良い、という話です。設定した目標は、状況を踏まえて、現実を織り込んで、再設定していきましょう。

少なくとも、最初に立てた目標を絶対視するあまり、行為そのものを歪めてしまうことは避けたいところです。

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MPの5万円ルール

たとえば、財布に5000円入っているときと、5万円入っているときがあるとします。細かい条件についてはあまり考えないでください。単に手持ちのお金に差がある、という状況だけを設定します。

多くの人がそうなのかはわかりませんが、私個人の話をすれば、だいたい多くのお金を財布に入れている方が無駄遣いが発生します。今別に必要ないもの、生存にたいした役割が期待できないものを買ってしまうのです。たぶん、財布のお金を見ることで、気が大きくなったりしているのでしょう。

だからまあ、必要最低限のお金しか財布に入れておかないハックは、私のような人間には効果覿面です。

さて、翻って時間です。あるいは意志力です。わかりやすくMPと言い換えてもいいでしょう。

仮に、MPが普通の状況と、MPが多い状況の二つがあったとします。そして、先ほどの無駄遣いのメタファーから考えると、後者の方が無駄MPを使う可能性が高まることが仮説されます。でもって、それはなかなかやっかいなことです。

コマンドの選択肢を比較してみましょう。

元気なとき={作業もできる、気分転換もできる}
疲れているとき={気分転換しかできない}

この二つを比較してみれば、元気なときに作業を行い、疲れてきたら気分転換するのが明らかに合理的です。なにせその逆は成立しないのですから。ここまでは、単純な仕事術なのですが、さきほどの人間の行動の傾向を踏まえると一筋縄ではいかないことがわかります。

つまり、元気なとき(=使えるMPが多いとき)ほど、それを無駄遣いしてしまう可能性が高いのです。

だからこそ、「朝一番に重要な仕事をする」というルールが効いてきます。ルールにすることによって、いやおうなしに作業に取りかかるように仕向けてしまうのです。

もし、ここに「判断」を持ち込めば、5万円の財布と同じ状況になってしまうでしょう。つまり、ついついタイムラインをチェックしたり、ウェブを読み漁ったり、何か別のことをしてしまう可能性が高まるのです。ルールによって律しておけば、その状況を回避しやすくなります。

これは、自分のある時点の行動を、あるいはそのための判断基準をあらかじめ決めておく、ということです。なぜそんなことをしなければいけないかというと、たくさんのMPがあるときほど、それを無駄遣いしやすいからです。これを5万円ルールと呼ぶことにしましょう。

よいでしょうか。元気なときに、自由に行動を決めようとすると、無駄遣いが発生しやすくなる。この認識をベースを織り込んでおくと、MP運用がもう少しうまくなるかもしれません。

別にその時間は朝とは限りません。夜型の人ならば夜であっても良いでしょう。ともかく、元気に活動できる時間帯こそ、無駄遣いが発生しやすい、という認識はとても大切そうです。

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ルーチンのノロイ

前回:「やることを減らす」というやること


繰り返し。
繰り返しの力。

習慣化。
認知エネルギーの省力化。
素晴らしい。

毎週発行のメルマガ。
5つのコンテンツ。
月〜金で毎日一つ。

月はBizArts。
火はSS。
水は週替わり。
木はエッセイ。
金は今週の一冊。

毎週、毎週繰り返す。
学校の授業のように。
今日何をするのかをいちいち判断しない。
月曜日はこれを書く、と自然に決まる。

それならば。
それであるならば。
どこまでも繰り返していける。
いつまでも繰り返していける。

轍の上を進むのは楽なのだ。

でも。
困ることもある。

たとえば、200回目だとする。
たとえば、新年特別号だとする。
何か変わったことがやってみたい。
そんなことを思いついたとしても。

月曜日にはBizArtsを書いている。
火曜日にはSSを書いている。
水曜日には週替わりを書いている。
木曜日にはエッセイを書いている。
金曜日には今週の一冊を書いている。

気がつけば、メルマガは完成している。
そんなことがよくあった。

意識することなく取り組んで、
意識することなく完了する。

それが轍の力。
それがルーチンの呪い。

ルーチンが悪いわけではない。
むしろ、それはたしかな力を有している。
できれば、積極的に利用していきたい。

しかし、それ以外の視点もたまには持っておきたい。

部屋の空気を入れ換えるように。
クラスで席替えするように。

ルーチン以外のことも、取り組めるように。

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「やることを減らす」というやること

前回:R-style » プロジェクトを1つ1つ1つ終わらせていく


「やることがいっぱいありすぎて、どうしようもなくなってますね。そんなときは、やることを減らしましょう!」

さて、どんなイメージが頭に浮かんだでしょうか。すごく長く伸びているタスク・ゲージが、ぎゅんと減ったようなイメージが浮かんだかもしれません。非常に清々しい状態ですね。でも、それは間違っています。

すごく長く伸びているゲージが、さらにほんの僅かだけ伸びて、その後、ぎゅんと減るのが正確なイメージです。

どういうことでしょうか。

「やることを減らす」ということも、純然たる「やること」なのです。だから、やることを減らそうとすると、まずやることが一つ増えます。そして、それが実行されて、やることが減るのです。

でも、そんな風には思えませんよね。きっと、いっきにぎゅんっとゲージが減るだけのイメージしか湧かないと思います。それが「時間が見えない」ということです。

ゲージが、処理可能数範囲よりも上に伸びているのなら、その上に積まれたタスクはいつまでたっても実行には移されません。「優先順位」を上げて、無理矢理処理可能範囲に放り込むなら、別の何かを抜き出す必要があります。このトレードオフからは逃れられません。
※これはタスクシュートを使うと非常によく分かる(というより体感できる)と思います。

どれだけ具体的なノウハウがあろうとも、どれだけ意欲を刺激される言葉が並んでいても、その作業に時間がかかることだけは変わらないのです。むしろ、やる気だけが刺激されて、実際にそれができない自分が自覚されると、「やっぱり自分はダメなヤツだ……」となる可能性があります。

教訓

・できないことを自分から背負い込んでいって、「できない……」と嘆くのは避けましょう。それははじめからできないのです
・何かをやろうとするならば、そこには時間がかかることを意識しましょう
・今自分がやっていることすべてにも時間がかかっていることを意識しましょう

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プロジェクトを1つ1つ1つ終わらせていく

前回:目標に水を差す


前々回、着手するプロジェクトを3つに限定する、と書きました。

ではなぜ3つなのでしょうか。1つでもなく、5つでもなく、3つです。

もちろん、意味はあります。

リピート化するプロジェクト

一口にプロジェクトと言っても、その粒度はまちまちです。一週間で終わるものもあれば、数ヶ月かかるものもあります。

そして、一度着手したプロジェクトは__決定的な破綻が訪れなければ__終了するまで続けることになります。つまり、リピートされるのです。今週もやり、来週もやり、その次の週もやり。完了するまで、それが繰り返されるのです。タスクリストにはほとんど似たような項目がのり続けるのです。

長期的な目標を立てるときの私たちは、この事実をよく見逃します。「一年間毎日ブログを更新するぞ!」と高らかに決意することは、毎日毎日タスクリストに「ブログを更新する」と書き加えることとイコールです。そこで生じるであろう倦怠感に、高い意欲に燃えているときの自分は気がついていません。

逆に、そのイコールが体感的に分かっているならば、その人は時間が見えていると言って差し支えないでしょう。

話を戻します。

本の執筆を進めるならば、それこそ数ヶ月は「〜〜の執筆」というプロジェクトに関わることになります。悪ければ、一週間以上同じ章にかかりっきりなんてこともあります。その間、ず〜〜〜と同じ風景(同じタスクリスト)を目にすることになるのです。これは、精神衛生的にあまりよろしくありません(もちろん、個人差はあるでしょう)。

だから、三つ選ぶのです。

リスクの分散

プロジェクトが3つあれば、1つくらい進まないものがあっても、他の何かは進んでくれます。そこで、充実感や達成感が得られるのです。

理想的には三ヶ月以上かかるプロジェクトと、二週間くらいで終了するプロジェクトが両方含まれていることです。それくらいであれば、腰を据えながらも、充実感を得て進捗していけます。

もちろん、時と場合によっては、そうはうまくいかないこともあります。結果、長期プロジェクトばかりでどうしようもない、という状況もありえます。しかし、完璧なノウハウなどこの世に存在しないのだから、それは仕方がないでしょう。ようは、全体的に見てそこそこうまく稼働しているかどうかが重要です。

プロジェクトが1つだけならば、それが行き詰まったときのリスクがあります。逆に5つや10選んでしまうと、使える時間が非常に限定されてしまいます。3つくらいが、ちょうど良いのです。それが、私がこれまで仕事をしてきた経験から得た教訓です。

着手しない勇気

3つのプロジェクトを選ぶということは、4つめのプロジェクトはやらない選択をする、ということです。

これがかなり重要であり、難しいことでもあります。

今私は、とある電子雑誌に投稿するための原稿を書いています。2000字程度の原稿ならだいたい一日で完成するのですが、今回は規模が大きく、おそらく一週間はかかるだろうと見込んで、それを一つのプロジェクトとして扱うことにしました。4つめのプロジェクトの登場です。

もちろん、4つめは存在できないので、そのプロジェクトに着手している間は、雑誌「かーそる」のno.2の原稿作業を着手プロジェクトから外す決定をしました。

理想的に言えば、両方を共に進めるのがよろしいでしょう。「進めるべきプロジェクト」をいったん「着手せず」に戻すのは、心躍る作業ではありません。人間の損失回避性に訴えかけてくるような痛みすらあります。でも、そうするしかないのです。

時間が見えない人間は、両方を同時に進められるような気がします。「プロジェクトを1つくらい追加してもなんとかやっていけるだろう」と甘い見積もりを立ててしまうのです。

それは、家に帰ったら置き場所に悩むのにも関わらず、書店では気楽に本を買ってしまうというのに似ています。書店にいるときは、圧迫されている本棚が「見えない」のです。だから、そこに本来潜むはずのトレードオフが感じられません。

ある種の「仕事術」は、理想を膨らませてくれます。能力は無限大で、時間もいくらでも湧いてくるような気にさせてくれます。時間を見たくない人にとっては最高のデザートでしょう。とは言え、目を逸らしたところで時間はそこにありますし、私たちは時間からスタートするしかありません。

「あることをやれば、別のことができなくなる」

なんの変哲もないただの事実です。でも、それが見えないのです。それを見たくないのです。それが、人間というものなのです。

プロジェクトを3つだけ選ぶ、という指針は、その忘れたい事実を否応なしに突きつけてくれます。むしろ、それが見えなくても、時間からスタートさせてくれます。

さいごに

もちろん、その雑誌原稿が書き終われば、「着手せず」にしておいたプロジェクトを、再び「着手」に戻すことになるでしょう。あるいは、そのタイミングで何か別のプロジェクトが発生しているかもしれませんし、次はそれに取りかかることになるかもしれません。ともかく、永遠に同じことをしているわけではないのです。どこかで終わりがやってきます。そして、次のプロジェクトが始まるのです。

一つのプロジェクトが終わるたびに、次のプロジェクトを選択する。そして、一つ、一つ、また一つとプロジェクトを亀のように進めていく。ただしマルチスレッドの亀なので、速度はそんなに遅くありません。これが唯一希望を抱けるポイントでしょうか。

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目標に水を差す

前回:着手を限定する3プロジェクト・マネジメント その2


前回は、プロジェクトの3つのステージについて書きました。「やりたいこと」は捨てずに貯めておきながらも、行動に近ければ近いほど、それを限定してしまう。そういうやり方です。

これにより、(おおげさに言えば)大志を失わず、かつ現実的な行動を拠り所にできます。

今回は少し違ったお話をしてみましょう。三つのお話です。

移動する価値の基準点

人間というのは、多かれ少なかれ目標を立てるものです。

目標という言い方がきつすぎるなら、抱負や希望、期待という言い方でも構いません。「こうありたい」「こうなって欲しい」「こうなったらいいな」__そんな希求の気持ちを持つことは自然なことでしょう。むしろ、それがあるからこそ、前向きに生きていけるという側面もあるかもしれません。

それはそれで別段かまわないのですが、不思議とその「こうありたい」状態が、価値の基準点になってしまうことがあります。

screenshot

現在の状態、つまり「こうありたい状態」にはまだ至っていない状態ではなく、「こうありたい状態」を基準点にしてしまうのです。そこにたどり着けなければ、自分はダメだ、人生は失敗だ、と考えがちなのです。

このような考え方は、だいたいにして人を苦しめます。少なくとも、そこに辿り着くまでの間ずっとマイナスの状態が続くことは間違いありません。

「人が苦しむこと」自体にも、プラスの意義があるかもしれないので、そのすべてを否定できませんが、かといって、わざわざそちらに向けて進む必要もないでしょう。なにせ、生老病死は避けて通れないわけで、結局どこかの時点で人は苦しまなければなりません。仮にそれにプラスの意義があるにしても、余計に荷物を背負い込む必要はないのです。

ともかく、上記の基準点の移動から考えると、目標そのものが人を苦しめているわけではないのです。目標(やそれに類するもの)によって価値の基準点が移動し、現状の状態がマイナスとして捉えられてしまうことが問題なのです。
※あるいは価値の基準点が移動した結果として、目標が表出してくるとも考えられます。

だからといって、頭にメスを入れて脳梁を切断し、未来について何も期待を抱かないようになることが解法かと言われれば、それはちょっと首をかしげたくなります。「人間的な悩みは、人間でなくなれば消失する」というのはあまりに大胆で、いささか取り返しのつかい意見でしょう。

これが一つ目。

移動させられる価値の基準点

行動を生み出すには、動機やモチベーションと呼ばれるものが必要なようです。

だから、新しいノウハウを提供するビジネス書・実用書は、さかんにその動機になるような燃料を提供してくれます。薪をくべてくれるのです。

それはそれで結構なことなのですが、そうして高められすぎたモチベーションは、理想を高い方に押し上げてしまう弊害を生みます。その人では__さまざまな要因から__絶対にたどり着けない地点にまで高めてしまうのです。

しかもそれは、「やってもやらなくてもいいよ」という形ではまず語られません。明示されるかどうかは別として「こうするのが良いんだ」「こうすべきなんだ」「こうなって当然なんだ」という価値観と共に語られます。それがモチベーションを刺激する上で一番効果が高いからです。

結果的に、高すぎる理想が、「そうなって当たり前」の状態として認識されます。価値の基準点を大きく変化させるのです。本人の現実は無視してです。

これが二つ目。

実行を疎外する情報提示

本を読んだとき、そこに有用な情報がたっぷり詰まっていた方が良い気がしますね。どうせなら1から10まで解説して欲しい。より具体的に、より詳細に語られていた方が望ましい。

では、ノウハウ本についてはどうでしょうか。

『なぜ、ノウハウ本を実行できないのか』では、ノウハウ本の内容が実行に移されない理由を三つ挙げています。

なぜ、ノウハウ本を実行できないのか―「わかる」を「できる」に変える本
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  1. 情報過多
  2. ネガティブなフィルター装置
  3. フォローアップの欠如

簡単にまとめると、知識を得ることばかりに注意が向き、いかに実行に移すのかが意識されないこと、うまくできるかどうか自信が湧いてこないこと、短期的なフィードバックサイクルによるフォローアップがないので行動が継続しないこと、この三つです。

これを踏まえると、行動を必要とするノウハウ本の場合、提示される情報は必要最低限であるのが望ましく、さらに「こうなれば完璧」という理想図を提示しない方が望ましく__提示してしまうと「自分にはそんなの無理」となってしまう__、できるだけ短いスパンでループを回していける方が望ましい、ということになります。特に「人によって、それぞれ実行のスタイルが違う」というノウハウの場合は__言い換えれば、職人的な「この通りにやればよい」という”正解”がない場合は__、より顕著にそうだと言えるでしょう。

つまり、ノウハウ本はちょっと物足りないくらいがちょうどいいのです。あまり書きすぎると、その書かれたことが読者を縛りつけます。むしろ余白があった方が、「自分ならどうするかな」という思考が促されるかもしれません。

これが三つ目。

さいご

さて、困った事態となりました。

人は目標(やそれに類するもの)を抱きがちで、それが動機の要因にもなります。ノウハウ書は、その動機を強める情報の提示を行い、懇切丁寧に膨大な量の知識を手渡してくれます。

結果、「知識は得たが、行動は生まれなかった」という状態になりがちです。

人が目標(やそれに類するもの)を抱かずにはいられないように、ノウハウ本も動機を刺激しないわけにはいきません。少なくとも、その力を有していないノウハウ本は、役立たずだと断じられてしまうでしょう。

だから、そう水を差すのです。

人間の前を見る力を否定するのではなく、それを受け入れた上で、いろいろ未来について想像する。そのことは全然悪くありません。生きる意欲を生んでくれたりもします。しかし、それを立てた後で、「いや、ちょっと待てよ」と現実にかえります。「現実的なこと」を考えるのではなく、1日には24時間しかなく、人間には寿命があり、体力や意志力にも限界があることを思い出すのです。

そうなれば、そうやって思い浮かべたバラ色の未来からいくつかを選択する__つまり、いくつかを捨てる__ことができるでしょう。また、「理想は現実ではないから理想なのだ」と気がつけば、価値の基準点が前に行きすぎることも避けられるでしょう。大切なのは、今を歩いて行ける力の方です。

同じように、ノウハウ本も、動機自体は刺激します。でないと、そもそも行動は生まれないでしょう。でも、最後の最後でそれに水を差します。料理の用語で言えば、「締める」わけです。グツグツに煮えた鍋でゆがいた後、すぐさま氷水に移して締めてしまう。そのような仕組みがあれば、ノウハウとうまく付き合っていけるのではないでしょうか。

大切なのは二つの視点を持つことで、もっと言えば、一方向に向きすぎた視線を瞬間的に「戻す」体験を持つことです。

ええ、以下の本についての話ですよ。

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着手を限定する3プロジェクト・マネジメント その2

前回:その1


着手するプロジェクトは3つだけに限定する、というお話を前回は書きました。

すると、「プロジェクト3つだけなんて、つまらなくない? 成果はあがるの?」という疑問があがってくるかもしれません。もっともな疑問です。なにせ、世の中はすごい勢いで進んでいます。なのに「3つだけ」はあまりにも頼りなく感じられます。

で、結論から言っておくと、「大丈夫、問題ない」となるわけですが、少しずつ確認していきましょう。

「やった方がよいこと」圧

私はフリーランスです。で、フリーランスにとって「やらなければならない仕事」は山のようにあります。実際の作業から雑用までなんでもござれです。さらにたちの悪いことに、「やっておいた方がよい仕事」も星々のようにあります。

たとえば読者さん一人ひとりに感謝のメールを送ってみたり、名前を知っている出版社すべてに企画案を送信してみるのも、「それなりに」有用でしょう。書籍を出版したら、全国行脚をすることだって、やらないよりはやった方が売上げに貢献するはずです。

で、この「やらないよりはやった方がよい」ことは、ものすごくたくさん存在していながらも、一種のトリックを含んでいます。それぞれの主張はたしかに真なのです。やらないよりはやった方が良い。しかし、それをやることによって、別のことをやる時間が損なわれるデメリットが隠蔽されています。つまり、時間からスタートしていないのです。

ぱっと考えると、「行動をたくさん増やした方が成果があがる」と思いがちですが、成果にそれほど貢献しない行動を増やしても、もちろん成果にはつながりません。この点は考慮すべきです。

で、3つしかプロジェクトを選べないのならば、これはもうどうしたって、「やらないよりはやった方がよい」程度のことは切り捨てられます。心理的な動きをあえて記述すれば、「やった方がいいのかもしれないが、プロジェクトは3つしか選べないので、実行できない」となるわけです。

「やらないよりはやった方がよい」ことも、まったくやらないわけではありませんが、時間の使い方の中心には位置しません。中心はあくまで3つのプロジェクトです。言い換えれば、分散しがちな資源(リソース)を一点__実際は三点ですが__に集める効果があります。散漫に何かをやるよりは、はるかにこの方が効果的でしょう。

もちろん、これは職種によって変わってきます。いろいろなところに注意を振り分けた方が能率が良い仕事もあるでしょうから、これは私の、つまり物書きとしての選択だということを補足として書いておきます。

つまる?つまらない?

また、つまらないかどうかですが、これはまったくもってつまらなくありません。私にはプロジェクトに3つのステージを用意しています。

第一ステージが「いつかやる」ステージ。あるいは「できたらいいな」ステージ。ここにはプロジェクトと見なせる大量のものが放り込まれています。

第二ステージが、「プロジェクト」ステージ。第一ステージの中から、そろそろこれにとりかかろうかと決めたものがここに移動されます。一般的なタスク管理で、プロジェクトと呼ばれるものがここに相当します。数はだいたい3〜10程度。それ以上に大きくなることはまずありませんし、そうなったらレビューして整理が必要です。

第三ステージが、「着手しているプロジェクト」ステージ。第二ステージの中から、実際に行動することを選んだプロジェクトです。これまで書いてきたとおり、ここが「3つのプロジェクト」の場所です。

流れを確認します。

何かを思いついたとしましょう。プロジェクトと呼べるような何かです。そうしたものはまずinboxに入り、その後振り分けられます。緊急性のないものであれば、「いつかやる」ステージへと移動。重要性があるものは、「プロジェクト」ステージへ移動。そして、一週間の予定を立てるときに、そのプロジェクトステージから、「今週はこれとこれとこれをやろう」と決めます。つまり、「3つのプロジェクト」の選択です。このような段取りになっています。

私は実行時には3つのプロジェクトにしか触りませんが、実際は自分の興味があること、関心があることはすべてEvernoteにストックしています。閲覧しようと思えば、いつでも閲覧できるのです。しかし、一週間の計画を立てるときには、大量の「いつかやること」を目にする必要はありませんし、一日のタスクを実行する際には、できもしない「プロジェクト」に思いを馳せる必要はないのです。

三つのステージにプロジェクトを分けることは、それぞれの状況(自分の全体を確認したい、一週間の予定を立てたい、今日のタスクに集中したい)に合わせて、目に入れる情報を変える、ということです。着実に実行しつつも、大局を見失わないことです。ボトムビューを確保しながらも、トップビューを参照できるようにすることです。

車を運転しているときに、世界地図は必要ないのです。

さいごに

以上のようなことを書くと、きちきちっと目標を立て、正確にそれをこなしているかのように思われるかもしれませんが、実際のところ、達成率は100%にはほど遠く、せいぜい(甘い自己評価でも)80%くらいでしょう。日によっては、割り込んできた作業ばかりやって、3つのプロジェクトにはぜんぜん触れないこともあります。

でも、それが一体なんだというのでしょうか。

目標は、達成されるべきものではありません。あくまで目印です。こうやって3つのプロジェクトを決めて、それに邁進するように意図しておけば、そうでなかったときよりもはるかにリソースを集中させることができます。それは100%意図した形ではないにせよ、意図がなければ到底たどり着けない量であることは、これまでの自分の行動ログからも明らかです。

“Progress is better than Perfect.”

これが目標について非常に重要な指針です。

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着手を限定する3プロジェクト・マネジメント その1

かつてドラッカーは言いました。時間からスタートせよ、と。

仕事に関する助言というと、計画から始めなさいというものが多い。まことにもっともらしい。問題はそれではうまくいかないことにある。計画は紙の上に残り、やるつもりで終わる。成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。

『「目標」の研究』で書いたように、計画は常に楽観的に立てられます。実効性よりは、「こうあって欲しい」という理想が強く投射されたものとなります。それは短期的に士気をあげる役には立つかもしれませんが、実際に歩みを進めていく上でのサポートにはなりません。無能な将軍が戦力差も弁えず、突撃命令を繰り返すのと同じです。

必要なのは、地形を見極め、兵力や兵糧を数えることです。また、地形は変えられませんが、兵力や兵糧はマネジメント可能です。つまり、勝負の鍵を握るのは資源(リソース)マネジメントなのです。

で、個人のセルフマネジメントにおけるリソースといえば、時間・能力・意志力の3つです。この管理こそが鍵であり、計画や目標はその土台の上に乗っかるものでしかありません。計画や目標を立てれば、それだけでそれが現実化するなんて思うのは、さすがに甘すぎる見通しでしょう。

そこで回を分けて、いくつかのお話をしてみます。何かしら上記に関わるお話です。

3プロジェクト・マネジメント

私は、一日に進めるプロジェクトを3つまでと限定しています。

たとえば、書籍の執筆、電子書籍の作成、雑誌の編集をやったら、それ以上はやらない。閉店ガラガラ。次の日も、書籍の執筆、電子書籍のリライト、雑誌の表紙作りをやったら、それ以上はやらない。閉店ガラガラ。これを繰り返して、毎日を進めています。

貪欲なタスク管理では、これらに必要な作業時間を「効率化」し、もっともっとたくさんのプロジェクトをこなすことを目指したりします。私は、そういう幻想をすべて捨てました。なぜか? そのやり方にはどこかで無理がやって来るからです。

10の作業を効率化して、8に圧縮し、新しく2を追加する。また10を圧縮して、2を追加。さらにまた2を追加……。

はたしてそんなことが可能でしょうか。どこかに「もうこれ以上効率化はできない」地点が存在するのではないでしょうか。あるいはそれは、「効率化を達成するためには質を落とさなければならない」地点かもしれません。どちらにせよ、破綻はあるわけです。

となると、「もっともっとたくさんのプロジェクトをこなそう」と思う気持ち、言い換えれば、欲望の火が消えない限りは、無理がやってくるわけです。イカロスの翼です。

だからプロジェクトは3つまでと決めました。そもそも、日常生活を維持していくためのルーチンをこなすだけで、大半の作業時間は失われていきます。たくさんあるようにみえる時間も、実際に作業に取りかかってみれば、思いの外少ないことに気づかされるのです。

この点からも、目標の弱点は見えてきます。着手する前は、手持ち時間は「たくさんある」ようにみえるのです。それは、戦闘を開始するまでは、兵士の数が多そうに見えるということです。そこで立てられる戦略の危うさは想像に難くありません。

さいごに

ともかく、手持ちの時間を考えれば、プロジェクト3つくらいがいいところなのです。多すぎもせず、少なすぎもせずというゴルディロックス・プロジェクト量なのです。

もちろん、これは人によって違いがあるでしょう。ある人は5プロジェクトかもしれませんし、別のある人は1プロジェクトがせいぜいかもしれません。でも、これはどうしようもないのです。手持ちのルーチンや、作業にかかる時間が違えば、リソースマネジメントも違ってきます。ある人が「一日にたったこれだけやるだけで、すごい成果が出ますよ」と言っていたとしても、別の人にとっては、それすらぜんぜん無理なことがあります。

ただし、その人なりの「たったこれだけ」を見つけ出すことはできるでしょう。もちろんそれは成果を確約するものではありませんが、世の中に存在する成果を確約するものの大半がダミーなので、そこは気にする必要はありません。

(次回につづく)

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目標達成力なんかよりも

目標達成力は、結構注目されるんですよ。クラスで言うところの人気者。Amazonでも、このタイトルを含む本はいっぱいあります。

まあ、わかりやすい力(パワー)ですし、あたかもそれさえあれば大丈夫、な雰囲気もあります。

でも、まっさきに考えるのは目標が達成できるかどうかではなく、目の前にある目標はそれでいいのかと、問うことです。人間のバイアスを考慮すれば破綻のない目標をスマートに立てられると考えるのは無理がありますし、目標そのものに善悪はありません。そうです。目標そのものには善悪はないのです。

目標を達成する力ばかりを追い求めるのは、前提として立ててある目標が「正常である」という認識があります。それは大変申し訳ないのですが、「会社が言っていることに従っておけば、自分の人生は安泰だ」という認識と呼応しています。与えられた枠組みを疑わないことなのです。つまり目標達成力とは、誰かが作ったゲームをプレイし、攻略するための力であって、自分で物語を紡ぐ力ではありません。

でもって、これからの時代で必要なのは、後者の力でしょう。私はそう思います。

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プロジェクトの階層がずれる

プロジェクトを管理しようとすると、戸惑うことがあります。階層が揃わないのです。


たとえば、何か単発のプロジェクトがあったとしましょう。≪〜〜さんのKDP出版を手伝う≫のようなプロジェクトです。この場合、そのプロジェクトの項目を作れば、それでOKでしょう。

では、≪「目標の研究」を出版する≫というプロジェクトはどうでしょうか。もちろん、このプロジェクトについても項目を作ればよいでしょう。

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ただし、若干の引っかかりはあります。このプロジェクトは、もう少し長いスパンの≪「月刊くらした」計画二年目≫というプロジェクトの下位に位置するのです。

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話はそれだけに留まりません。そもそも≪「月刊くらした」計画二年目≫というプロジェクトは、≪「月刊くらした」計画≫というより大きなプロジェクトの下位に位置するのです。

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「プロジェクトの全体像を把握したい」

と希求するなら、この構図もまた捉えておかなければなりません。しかしそれをどのように表現すればよいでしょうか。

ベースラインはどこか?

≪「月刊くらした」計画≫を、プロジェクトに設定すれば、その下位はすべてサブプロジェクト(あるいはサブ・サブプロジェクト)になります。

また、≪「目標の研究」を出版する≫をプロジェクトに設定すれば、≪「月刊くらした」計画二年目≫や≪「月刊くらした」計画≫は行き場を失います。あるいは、プロジェクトではなくなってしまいます。しかし、これらもまたその性質から言えばプロジェクトなのです。

Todoistであれば、プロジェクトに階層構造を持たせられるので、たとえば次のような感じになるでしょう。

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1つのシステムでうまくプロジェクトと、サブ(×n)プロジェクトがまとめられています。しかし、私の実感はこうではないのです。私の実感では、≪〜〜さんのKDP出版を手伝う≫と≪「目標の研究」を出版する≫は同じ階層であり、≪「目標の研究」を出版する≫に関してだけ、その上に階層があるのです。

だから、上記のように構造を表現してしまうと、どうしても違和感が消えません。

何かの位置が揃っているというのは、結構重要な要素なのです。

さいごに

理念あるいはイデアベースで思考すると、階層構造はトップダウンで上から下へと展開していきます。見た目が立派な構造はそれで作れるでしょう。

しかし、実際あるいはアクチュアルベースで思考すると、階層構造は「実際の行動」をスタートラインにして、下から上に展開していきます。

個人的には、後者のようなプロジェクト管理のスタンスを行いたいものです。幸いEvernoteのノートリンクによる管理は、多少近いことができます。ありがたいことです。

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