Category: 歴史

5月2日 経済・株式ニュース速報

ちょ、おま・・・

米国株急反発、ダウ189ドル高で1万3000ドル乗せ (日本経済新聞)

ひゃくはちぃじゅうきゅうどるのぷらすって、こりゃ1万4000円台乗せてくるな・・・。
祭りの予感。

Send to Kindle

4月8日 経済・株式ニュース

日銀人事、衆院で白川氏らの所信聴取 (日本経済新聞)

ようやく日銀総裁が決まりそうです。副総裁についてはいまだごちゃごちゃする可能性もありますが、とりあえずは一段落、ということになるでしょうか、

「経産省はきちんと説明を」・Jパワー株買い増し問題で金融相(日本経済新聞)

この辺をあまり厳しくしてしまうと、ますます外国人投資家から敬遠されてしまう可能性が高いわけで、その辺の説明はきちんと行う必要はあるでしょう。さすがに鎖国感がかなりあるということだけは確かです。

KDDI、障害者の雇用促進へ新会社(日本経済新聞)

なかなか変わった試みです。これに市場がどのように反応するかというと、あまり影響はないでしょう。さすがに規模が小さすぎますね。まあ全国レベルまでこれを大きくしていくというのならばインパクトは大きいかも知れません。しかし株価に直結するような動きでないことも確かです。政府からの助成金エトセトラというのはでるんでしょうか。気になるところです。

日経平均反落、終値199円安の1万3250円 (日本経済新聞)

というわけで、日経平均は反落。しかも昨日の上昇分を飲み込むほどの下落ということになりました。さすがにダウのチャートもかなり弱そうな雰囲気を備えてい他のに加え、どうも中国関連もやばそうということで、積極的に買いに入る理由はひとつもありません。最近売買代金が3兆に行った試しがないですね。
日銀総裁が決まったところで、もちろん日本経済の先行きが明るくなるわけでも無し。
1ドル103円の壁を越えればもうすこし安定感でるのではないか、とそんな気もするのですが、なかなか壁は分厚いですね。

Send to Kindle

自国中心主義的史観

韓国、扶桑社教科書に「遺憾」 検定中に内容報じられ

記事の内容については、まあいつもの反日的攻撃である。

韓国メディアは11日、06年度から使用される中学教科書の検定に扶桑社が出している歴史教科書の内容が明らかになったと一斉に報じた。同教科書の内容が「植民統治を美化している」、「歴史をまた歪曲(わいきょく)」などと批判した。韓国外交通商省当局者は同日、扶桑社版教科書について「相変わらず自国中心主義的史観に立脚している。極めて遺憾だ」と述べた。

韓国の皆様が不快を感じておられる教科書ってどうなのよ?というような雰囲気を感じる。殖民統治とか歴史の歪曲といったことについてはここでは触れない。それに触れだすとあっちいったりこっちいったりしなければならないし、そのようなテンションは今のところ無いので、大スルーとさせていただく。

ちょっと気になったのは記事の中に出てきた自国中心主義的史観という言葉だ。
このような言葉は日本よりもはるかに国土の広い国に当てはめてあげればぴったり来ると思うのだが、まあそれは置いておこう。

しかしながら世界を見渡してみて、自国中心主義的史観をほとんど持たない国などあるのだろうか。この日本を除いて。自分の国の歴史を自分の国の視点から見るというのはそれほど悪いことだろうか。一方的に歴史的事実を抹消したり、明らかにあったことを無くしたりすることは「歴史学」というものとしてはもちろん失格であるが、ある歴史的事実がどのような経緯で起こったのか、それがどのような意味合いを持つものであったかというのは、ある意味で価値観というものではないのだろうか。

戦後の日本の教育はほとんど他国の視点から(あるいはそれを配慮した)見た歴史の教育だったということなのだろう。いや~怖い、怖い。

Send to Kindle

とりあえず、岡田氏と小泉氏

大体の所感ではあるが、民主代表岡田氏と小泉首相は、なんだか相性が悪そうだ。

とくに、岡田氏からみた、小泉首相は、本当に相手にしにくいと思う。

どんなにクリーンなイメージで売っていたとしても、長い間国会議員をしていれば、泥も抱え込まなければいけないだろうし、小泉首相も、それはそれ、これはこれ、と割り切っている感じはあるが、性格的に岡田氏はそういうのは我慢できないのであろう。

小泉首相ののらりくらりとした答弁はいつもどうりだが、それを受けた岡田氏はやりにくそうであった。まあ真っ向から議論していくというのは、本来日本の政治家にあまりフィットしないスタイルなので、どうしても浮いてしまう感じはある。

岡田氏が、代表を続けていくうちに、何らかの変化があるのかどうか、気になるところである。

Send to Kindle

方向修正

はっきり言って、ひどい事件である。

小学校6年生の子供が、同級生を殺意を持って殺した。

何度考えてみても、これはひどい事態である。

この事件によって、小学校でのカッターの使用の是非だとか、インターネットの使用の是非だとかが、すこし抜けたコメンテーターが意見するだろう。

が、それは方向が間違っている。

問題が起こった枝を一つ一つ切り落としていっても、結局幹がおかしければ、間違った枝は生え続ける。

われわれが考えなければいけないことは、「教育」される子供たちのことではない。
「教育」する大人のことである。

それは、教師達に問題がある、というレベルではない。
教師、親、その他もろもろの社会を構成する大人が深いそして、大きな心の病理を抱え込んでいる、ということであろうと思う。

子供は、周りの大人に大きな影響を受ける。
インターネットの広まりによって、その「大人」というものの範囲もかなり広がったかもしれない。

では、ネットから子供達を遠ざければよいのか、もちろん否である。
少なくとももう、そんなことができる社会状況ではなくなってきている。

ある一定の年代からは、ネットが使えるということがもう当たり前になってくる。
これは、政府や文部科学省の意思とはまったく関係なく動いている流れである。
それをとめることはできない。

また、ネットを関係を持っているのは、「子供」だけではない。
大人だって少なからず、周りの人間から影響を受けるのだから、ネットもその影響力の一部になりうる。

つまり、「子供」だけにネットを禁止したところで、根本的な問題の解決にならない、ということになると思う。

伝達力があり、形に残り、また相手の姿が直接見えないことで、過剰な意見が出やすい。それが、「ネット」である。

まず、そのことを大人がしっかりと理解するべきである。

そして、子供達にその情報をしっかりと伝えてゆく。

恐るべきは、人をあやめることではない。
人をあやめることに対して抵抗感が生まれない、ということである。

その抵抗感は、ひとりでに生まれてはこない。子供というのはいろいろな意味で無邪気なものなのである。
それは、「文化」なり「社会」なりが、生み出し、伝えていくものなのだ。

(自分を含め)人間をなぜ殺してはいけないのか?

そういう内省的な問いが、少しずつ失われているこの社会の方向修正が、本気で迫られていると思う。

Send to Kindle

うんざり気味の年金問題

国会議員だけではなく、さまざまな人の未納問題が取り上げられている。

たしかに、年金未納というのは、多少の問題である。
が、ここまで勢いがついてしまえば、それは過剰というものではないか、と思う。

毎日毎日、未納者の名前が公表されていく中で、メディアを見る人々は、「またか」という気分になっていく。

そういう気分のなかで本質的な問題が、だんだんと薄れていっているような気がする。

たしかに、この一連の報道によって、日本に住む多くの人々が「年金」に注目し始めたことは確かだ。

しかし、その現状になにかしの違和感を感じる。

まず、一つは情報の一過性ということだ。
要するに熱しやすくさめやすいメディアの報道は、これが一段落ついてしまえば、次の獲物を探すことだろう。
タイミングを計ったかのように(もちろん図ったのだろう)小泉首相の訪朝が報道された。

これによって、メディアは少しずつ、そちらのほうにシフトしていっている。
はたして、それでよいのだろうか。

あと、年金に注目が集まった、結果の行動が、自らの年金の心配である、ということだ。

結果的に自分がもらえるかどうか、ということだけに主眼が置かれて、年金制度全体の新たな視点ということに関しては、あまり関心は高くないような気がする。

しかしながら、国会議員の年金未納問題というのは、その未納が意図的なものでない限り、制度上の問題であるはずだ。

単純に手続きや仕組みがややこしいというだけに限らない。

が、議員年金の廃止まで、含めた議論にしてしまうと
圧倒的な反発が起こるはずである。

利益を得ているものが、それを手放すときは、それ以上の利益が得られるときだけである。

ごく、単純に年金を一つの制度にするといっても、そこには様々なハードルがあり、できることできないことをきちんと詰めていかないといけない。

肝心なことは、「年金制度」をきちんと機能するものに変えていくことだ。

日本のこの現状を見てまだ、年金は払われているんだから、「年金」は機能しているというのが、いかに空疎な議論であるかは自明である。

払える人、払いたくても払えない人(払いにくい人)、貰う人、(あまり)もらえない人、これら全ての人々の希望に沿った制度というのは、現実的に作ることはできない。

では、何に一番の力点を置くべきか。

それは、払える人が「払っていこう」と思える制度を作ることである。

「払っていこう」と思える制度とは、については次回に考えてみたいと思う。

Send to Kindle

小沢いちろうさん

ごくごく基本的に私は小沢いちろうさんがあまり好きではない、ということを前おいておいて話を始めよう。

現在の年金問題のごたごたから管氏が辞任して、その後任を決めるという事態はかなりメディアの注目をあつめている。

これほど、民主党がメディアの注目になるのは、発足いらいではないか、と思う。

さて、ぐるっと民主党を見渡してみて、後任はだれかと考えてみる。

そして、民主党が今後どういう方向性をもって進んでいくかを考えてみる。

民主党として、あくまで、政権をねらう、野党として進むか、それともこのまま第一野党としてその責務を果たしていくか、という選択肢があると思う。

もちろん、前回の選挙では政権を狙っていたわけだから、それを引き続いていくのが道理であろう。

が、その場合の党首の人選が難しい。

たとえば、第一野党という立場なら、私は岡田氏はぴったりだと思う。かなり攻撃的な顔をしておられる(笑)

しかし、次回の政権をになうとなってくると、はてさて誰が党首になりうるか。

だれもいない。

すくなくとも私はそうおもう。

岡田氏は、総理向きではない。枝野氏はまだ少し若い。鳩山氏は国民から飽きられているし、その他の人選は、全国的な知名度としてはイマイチ。

そこで登場してくるのが、小沢氏である。

知名度としては問題ない。政治家としてのキャリア長い。

が、果たして彼が代表で民主党はやっていけるのだろうか。

問題の一つは、若手議員の反対である。(私を含め)若い人間は小沢氏に対して、ちょっと引いてしまうようなところがある。よく「小沢アレルギー」などと呼ばれているが、アレルギーとはちょっとニファンスが違う。

なんといっても彼には全盛期の自民党の影がどうしてもついて回る。
つまり民主党が「民主党」でなくなる可能性がある。

それ以外では、彼自身が党首をやりたがらないだろうということだ。

今まで彼は、徹底して影になってきた。そのやり方はもちろん、某政治家ゆずりである。

その彼が表舞台に出ることをどれほど望んでいるのか、というのが図りかねるところだ。

このまま行けば民主党が崩壊してしまうという危機が間近に迫っていると考えれば出てこざるえなくなるだろう。なにせ他に出る人間が独りもいないのだから。

ともかく、望む望まないにかかわらず、小沢氏が政局の表舞台に出てくれば、大きな波紋が広がるだろう。

そして、現状をみれば、小沢氏が出なければ仕方ない状況になってきているのだ。

これから、しばらくの間、この変化を見守っておこうとおもう。

Send to Kindle

晴天の霹靂

タイトルの通りである。
たまたま、教習所のTVのニュースを見ていたら、福田官房長官が辞任の報告の会見が映っていた。

内閣の中でこの人だけは、変わらないと思っていた人が、辞任である。

小泉内閣の、総理が看板だとすれば、実務はこの人の担当である。

辞任しても何らかの影響力を持つのかも知れないが、それでも辞任はなかなかたいそうな話だ。

自民党が年金改革に対して、本気であるというアピールなのだろうか、それともちょっとうっとうしくなってきている民主党を抑える意味でも、管代表とともに、道ずれになるつもりなのだろうか。

すくなくとも、これで、管代表もなんらかのアクションを起こさなければいけなくなったことは確かである。

Send to Kindle

「フリーター」をどう捉えるか。

新聞やテレビなどのメディアではよく「フリーター問題」というのが取り上げられる。
フリーター問題というのは、フリーターが増えて困ったことになってます、というようなことだ。
では、なぜフリーターが増えると困るのか?

1、若い世代の収入があまり多くならず、経済的に安定しない。
2、仕事をしていくうえで技能を身につけることができず、人材が育たない。
3、親の負担が大きい。

と、まあほかにも、理由は挙げられるのだろうが、おおむねこういう路線の話であろう。
しかし、こういう論の展開の根本には、大人になったら就職するのが当たり前で、それをしない奴らはまじめじゃない、というような「大人の意見」があると思う。

こういう「大人の意見」の何が問題なのかというと、現在就職せずに、アルバイトや派遣などで会社を固定せずに働いている人間全てを「フリーター」としてくくっているということだ。

当たり前だが、その中には様々な理由でそのような雇用形態で働いている人がいる。

認識の問題だが、フリーターつまりアルバイトもひとつの雇用形態である。ただそれだけだ。
が、社会の側が、アルバイトを雑用専門に使っているようなところが多いし、社会保障の制度からも、ほとんど考えられていないことから、社会における地位が低いものになっている。

もちろん、とくにコレといった目的もなしに、だらだらと働いている人間が増えるのは困る。
しかしながら、会社に就職しても、そのような奴は対して変わらない。会社にとっては、そういう人間に大きなお金を掛けるくらいなら、アルバイトでまかなった方がマシな仕事はいっぱいある。

しかも、数多くのフリーターがサービス業を支えているという現状もある。

いろいろなj雇用形態があり、それが一様に社会保障で守られているという制度を作ることがまず第一であろう。
その上で、目的や仕事が見つけられない若者になんらかのケアをするというのは有効だと思う。

現在、声高にフリーター問題が取り上げられているのは、大卒者などの就職率の低さであろう。
(個人的にはこの就職という言葉の使われ方もちょっと首を傾げたくなる場合が多いが)

つまり、就職する会社が見付からなくても、とりあえず働き口があるから、就職活動に熱心にならなくてすむという状態があるのだと思う。

それが、果たして悪いことなのであろうか。
逆に言えば、そういう人間達のクッションになっているのが、「フリーター」という存在ではなかろうか。

ある部分は、有効に「フリーター」期間を使う人間がいて、ある部分では、「フリーター」に振り回されている人間がいる。
問題なのは後者のほうである。

とりあえずフリーターが、なし崩し的に続けていくフリーターに変化したときに、それは問題となると思う。
しかしながら、その問題は、本人と周りの人間の問題である。

もちろん会社に勤めるというのは悪いことではニ。ある種の人間にとってはそれはひとつのゴールになりえる。
しかしながら、時代の変化から、それがゴールだと考えられない人間が増えてきている。

会社に勤めることが、人生の答えではない。

それは、ただの一歩に過ぎない。

そしてその一歩はいろいろな方向がある。

ちょっと、考える頭を持っている人間だったら、何でもいいからとりあえず会社に就職しようなんて思わないだろう。
そこには何の保証もない。唯一守られるのは、わけのわからない世間体というものだけだ。

自分のやりたいことがわかっている人間はそれに向かって進んでいけばいいし、それがわからない人間は立ち止まってそれを探す時間があってもいいと思う。

私はあくまでも「フリーター」という雇用形態を肯定的に捉えたい、
しかし、それは「フリーター」という人間を肯定的に捉えているわけではない。

議論の混乱は、それをいっしょくたんにしていることが原因ではないか。その二つはまったく別のものである。

前にも書いたが「フリーター」という人間を全て同じ線でくくることはできない。それをきちんと認識しておきたい。

Send to Kindle

ミサイル防衛システムと集団的自衛権

日米の情報網がイージス艦のデータリンク機能などを使って一体化される見込みであるらしい。

北朝鮮などから日米に向けて打ち込まれた弾道ミサイルに対して、双方のレーダー情報をリアルタイムで共有するというようなシステムらしい。

このシステムが実現すれば、とうぜん集団的自衛権の問題は議論の対象となるだろう。

アメリカは日本に向けられたミサイルを打ち落とすことが可能だが、その逆は現状の憲法ではできない。

果たしてそれで良いのだろうか。

こうしてシステムだけがどんどん導入されて、日本における軍事の方向性だけが曖昧なまま進んでいくというのはほっておいて良い事態ではない。

私は集団的自衛権を反対するのではなく、なし崩し的に憲法解釈を変えていく現状を憂いているのだ。
どうしようもない事態が起きて、それに対応するために、解釈を変え、時限立法を行い、というのでは国の進路はいつまでも曖昧なままだ。

集団的自衛権を認めて、自衛隊を軍として正式に認識し、少なくともひとつの国家として世界に名を連ねるか、自分の国すら他人に守ってもらうような状況を、「憲法の精神」として貫いてくか、それを決めるのは国民の意見であるはずだ。

現状は自分の国は、アメリカに守ってもらい、そのアメリカのお手伝いをさせてもらっている、というような状態だ。
私はそのような状態に積極的に反対したい。

戦争は悲惨な出来事である。だからそれは自分では行わない、というのは極論を述べてしまえば卑怯である。

多様な文化があり、社会がある世界では価値観の違いから起こる「争い」は絶えることがない。

何かに対してNOというには力が必要なのだと思う。

これから日本の国防ということが真剣に議論されなければいけないと思う。すくなくとも日常に生活している人まで被害がおとずれるという状況がもうそこまできているのだ。

国家は国民であり、国民は国家である。

Send to Kindle

WordPress Themes