Category: 教育

専門と一般のブリッジング[今日の情報カードより]

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上級者が初級者に教える場合は、段階を設定する必要はあるものの、最終的には同じレベルまでの引き上げが目的となる。一から十要素があるなら、一から十教えていけばよい。

対して、専門分野の知識(たとえば法律など)を、一般の人に伝える場合は同じようにはいかない。一般は専門を目指しているわけではないからだ。一から十を段階的に教えることなど不可能である。

かといって、時間つぶしのトリビアを伝授しても意味は無い。そんなことはわざわざ専門家がやるのは時間の無駄である。その分野の知識が、少なくとも一般的生活において「使える」ようになってこそ意味というものが出てくる。

そのためには、全体の中で何が知識として必要なのかを確定し、それをいかにすれば伝えられるのかを考えなければならないだろう。それは初級者へのレッスンとは__共通する部分はあるにせよ__違ったものになるだろう。

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書評 名ばかり大学生(河本 敏浩)

2009年12月20日初版のこの本のタブタイトルは「日本型教育制度の終焉」である。

名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉 (光文社新書)
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はじめ、タイトルからは学力のない大学生を批判する本かと思っていた。そういった本は今まででもかなりの数発売されているので、そういった本であれば遠慮しようと思っていたのだが…。
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子どもとゲーム(毎日新聞)を読んで

子どもとゲーム:(2)レースゲームまねて事故 現実と混同する例も(毎日新聞)

00年1月、川崎市内のある住宅街は騒然となった。半年前から足や耳を切り取られた野良ネコが次々と見つかっていた。交代で夜間の巡回を続けていた住民が見たのは、近所の14歳の少年がエサをまいてネコをおびき寄せる姿だった。

 「ゲームをしているうちに殺してみたくなった」。母親に連れられて東京都内の神経科クリニックを訪れた少年は、医師に抑揚のない声で打ち明けた。


えっととりあえずゲーム脳という話なのでしょうか。

 ゲームと暴力の関連性は、凶悪事件が起きるたびに取りざたされる。98年に東京都江東区で15歳の少年が警察官をナイフで襲った事件では、東京家裁がゲームの影響を指摘。00年に大分県野津町(現臼杵市)で一家6人が15歳の少年に殺傷された事件では、大分家裁は「残虐なテレビゲームや映画の影響で、殺人への抵抗性が低くなっていた」とした。

秋葉原で起きた事件はまさにそのゲームと暴力の関係性という点で象徴的ですらあった事件でした。
この大分家裁の「残虐なテレビゲームや映画の影響で、殺人への抵抗性が低くなっていた」というのはなかなか判断の難しい問題をふくんでいます。

05年2月の大阪府寝屋川市での教職員殺傷事件では、17歳の少年がゲームマニアと報じられたのを機に、神奈川県などが残虐ゲーム規制へと動いた。ゲーム業界を中心に「今どき、ゲームをしていない子を探す方が難しいのに、なぜかゲームのせいにされる」(ゲームソフト会社社長)との反論が出ているがゲームと事件に因果関係はあるのか。

普通のゲームは良くて残虐なゲームはダメなのか。それとも普通のゲームも悪影響があるのか。だったらアニメは?だったらマンガは?だったら小説は?だったら映画は?

ゲームの子どもへの影響を約20年間調査している坂元章・お茶の水女子大教授(社会心理学)によると、心理学の分野では世界的に「暴力的要素が強いゲームが暴力性に影響を与える場合がある」という論文が90年代後半から目立つようになった。影響がみられないケースもあり、何が左右するのか未解明の部分が多いが、坂元教授らの調査では「一緒に遊ぶ他者が暴力シーンに否定的な態度を示すと影響が弱まる」との結果も出ている。

「暴力的要素が強いゲームが暴力性に影響を与える場合がある」という表現はそりゃそうだろ、という感じしかしません。結局のところ原因をゲームだけに絞り込むのは難しいという問題もあります。

基本的に暴力的な要素の芽を持っていたら、ゲームによってそれがさらに強化されてしまうという場合もあるでしょう。その場合はそれがたまたまゲームであったということだけです。影響のない子には全く影響がないという事だとすれば、一方的にゲームを否定することはできません。

話は変わって。
この脳に対する興味関心の高さというのは日本独特のものなのでしょうか。
例えば、ゲームで脳を鍛えるというのが一時期ブームになっていました。
ゲームで脳を改善できるのであれば、改悪もできると信じることができてしまいます。
であれば、ゲーム脳というのもすんなり受け入れられそうです。

実際のところはかなり極端な事件を起こす人間の場合、ゲームに没頭するあまり現実世界との接点の時間がなくなってしまっている、ということが本当の問題なのでしょう。
現実的な体験が出来なければ、仮想で描かれる世界が現実の物として感じられて当然だと思います。

同じゲームをするのでも、一日に1時間するのと8時間するのではまったく違うといっていいでしょう。この7時間の差があるかないかで他の体験や思考や仮想によって思考や価値観の修正を生んでいくか否かということが分かれてくるように思います。

なんだか話がごっちゃになりましたが、ゲーム脳うんぬんは別段どうでもよくて、基本的にゲームだけして人生の時間を送る(特に少年期)のには弊害がある、ということではないでしょうか。

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持たざるものでいることは、もはや無理では?

教育再生懇中間報告案、小中学生に携帯持たせず(IT PLUS)

政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応塾長)が6月にまとめる中間報告の素案が15日、明らかになった。有害情報から子供を守る観点などから、小中学生に携帯電話を持たせないことを提言。福田康夫首相が打ち出した「留学生30万人計画」実現に向け、日本で学ぶ留学生の5割が卒業後、日本で就職できる支援体制づくりなども盛りこんだ。

なんか、「なんだそりゃ」というような結論ですね。有害情報からの遮断といったところでPCを使えればなんのフィルタリングも存在しないことになってしまいます。じゃあPCにもアクセスできないようにするのか、という終わりのないアクセス制限に最終的には落ち着いてしまうのではないでしょうか。

結局、もはや今の情報氾濫社会のなかで、一定の情報を完全に遮断するというのはかなり難しい状況です。学校裏サイトの存在も確かに有害情報といえますが、その存在を知っていてじゃあ見ないでいる状況にストレスを感じないのかというような疑問もあります。

こういった問題は、そういった有害情報に対処する方法を教えていくしかないのでしょうが、それを教える側がきちんと理解していなければ伝達も不可能です。
その齟齬が一番の問題であると思うのですが、それは子どもの問題よりも大人側の問題なので、教育再生懇談会はそのあたりを意識したほうがよいと思うですが、いかがでしょうか。

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社会の必修科目は?

世界史だけ必修「おかしい」 規制改革会議が物言い(朝日新聞)

政府の規制改革会議(議長・草刈隆郎日本郵船会長)は今月下旬にまとめる第2次答申で、高校の地理歴史で何を必修にするかは「学校現場の裁量に委ねるべきだ」との指摘を盛り込む方針だ。中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が来春予定の学習指導要領改訂で世界史だけを引き続き必修にしようとしていることに、かみついた。文科省側は「指導要領について規制改革会議からモノを言われるのはおかしい」(首脳)と突っぱねている。

なんか記事の見出しだけ見ると規制改革会議がいちゃもんつけているみたいに見えますが、ごくごく普通の提言ですね。

規制改革会議は、「教科内の必修科目指定は子細に過ぎる」と主張。今月初めの内閣府の電子メールによるアンケート(全国の1000人が対象)で、高校の地理・日本史・世界史については「すべて必修」(41%)「2科目を選択」(23%)など特定科目を特別扱いすべきでないとの答えが64%▽必修を絞りこむとすれば「日本史のみ」(12%)「地理のみ」(8%)「世界史のみ」(6%)の順だった――ことなどを示す考え。

もう高校生だったら、世界史と日本史ぐらいは必修で良いと思います。しかし、まあ日本史は近代に近づいてくるほどややこしい問題を含んでしまう可能性があるので難しいところなんでしょうけども。
自分も高校では日本史は受けてこなかったので、大人なってから必至で学んだ記憶があります。まあそれでも足りてない部分がたくさんありますが。

受験に必要かどうか、というような事はちょっと横に置いておいて、戦国から近代史までをざっと教える程度でも日本史を必修にしても良いと思いますが、だれか都合が悪い人でもいるのでしょうか?

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職場のストレスと学校制度

闇サイト通じ復讐、路上で顔に希硫酸…依頼者と実行者逮捕(読売新聞)

福岡県警東署は13日、福岡市東区の歩道で会社員男性(44)に希硫酸をかけて大やけどを負わせたとして、同県中間市桜台1の女性会社員大原千浪(ちなみ)(36)、住所不定の無職四十物谷(あいものや)久志(50)両容疑者を傷害容疑で逮捕した。

 大原容疑者は、携帯電話の掲示板に「復讐(ふくしゅう)請け負います」とのサイトを開設していた四十物谷容疑者に犯行を依頼したと供述、同署で詳しい経緯を追及している。


なんでまあ数十万のお金払ってまでこんなことするんでしょうね。そりゃまあ恨んでいたからなんでしょうけどもなんかもっと方法無いんですかね。

普通なら心の内にしまわれるか、あるいは別の手段になるような事がこうして事件となってしまうのは、ある種ネットの持つ「人と人を結び合わせる力」によるものなんでしょうけども。

女性教諭けり中2男子逮捕 胸の骨折る重傷、神奈川(産経新聞)

 女性教諭に暴行を加え胸の骨を折る重傷を負わせたとして、神奈川県警小田原署は14日、傷害容疑で、同県湯河原町立中学二年の男子生徒(14)を逮捕した。容疑を認めているという。

 調べでは、男子生徒は6日午後3時半ごろ、体育館で卓球部の指導中だった女性教諭(27)の首に腕を回して中庭まで連れて行き、芝生の上に倒したり、胸をけるなどの暴行を加え、重傷を負わせた疑い。


これは逆に自分の直接的な行動を制御できない中学生。ただ子ども達が暴力的になった、ということではなく自分をうまくコントロールできない子どもの存在を想像してしまいます。もちろんこういった事件を興すのは特殊な子どもだと偏差から切り捨てる事もできるかもしれません、しかしこういった極端に行き過ぎた事件というのは子どもの全体がちょっと危ない方向に行っているということを示唆しているのかもしれません。

職場ストレス:5割が「増えた」 物価上昇も一因?(毎日新聞)

 労働者のストレス増大の理由は物価も一因?--。連合総合生活開発研究所の労働者へのアンケート調査で、労働者の約5割が1年前に比べてストレスが増えていると感じていることが分かった。また、物価が上昇していると感じる人は01年の調査開始以来、過去最多の割合になった。

最近では働くこととストレスというのが切っても切れない話題となっています。
おそらく学校にいる子ども達も似たような状況なのかも知れません。

ストレス増大を感じる層は「働く人数がかなり不足している」「成果主義導入で差が拡大した」「週50時間以上働く」の順で多かった。ストレスが少なかったのは「人間関係が良い」「現状の労働時間で良い」と感じている層だった。

労働力不足やハードな労働環境そして収入格差などがストレスを感じている層らしいです。年功序列による横並びの組織と、成果主義導入後の組織では「働く」という行為に対する精神的なポジションも変化せざる得ないでしょう。アメリカ型の成果主義が日本に適しているかどうかというのは未だ見定められていません。しかしすくなからずの企業がそれを程度の差はあれ導入しているという点、今後外資がもっと増えていくという点から考えてもこういった成果主義には慣れておく必要があることは間違いありません。

おそらくは未だ過渡期であり、アメリカ型を受けて日本流の成果主義の形というのがどこかで見いだされることでしょう。それが5年後になるのか10年後になるのkははわかりません。しかし10年も立てば、世代が動きその中で「働く」という事へのスタンスは
変化し、今のストレスの原因というのはまた別のことにシフトしていくのでしょう。

労働の環境の問題と学校教育の問題というのは、一人の人間が学校→社会という流れで人生を歩むということから考えても、多くの問題がリンクしていると思います。

過酷な労働環境はそのままゆとり教育の中の受験戦争と似た構図になっていますし、賃金格差は学歴格差にリンクしています。教育は学校という堅い殻に包まれてかなりの期間変化を拒否してきました。雇用体系は習慣・慣例というものに守られ長い間変更の必要すら論じられることはありませんでした。

ただ雇用・労働の問題は海外という競争相手があり、外資の進出により法律でも守りきれない状況が変化を促しています。しかし国内で完結する教育というのはメディアと並んで最後まで改革に抵抗することでしょう。

しかし子どもたちの置かれている境遇が決して良くないという認識だけはもはや覆りそうもありません。「ゆとり教育」からの脱却、授業時間の拡大、授業内容の拡充などが今後の路線として掲げられ、教員免許の更新や、新しい学校制度などが議論されています。ただ、労働環境がそうなっているように、新しい変化当初は過渡期としてさまざまな問題、軋轢が議論に上ることでしょう。それは避けられないことです。

今までの学歴重視、能率良く従順に仕事をこなせる労働力の必要性ということが新しい社会の雇用では低下することも十分考えられます。そうなったときにじゃあ学校は子ども達にどういった教育をしていくのか、ということが初めて明らかになるのかも知れません。


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教師のFA

教員にもFA制、教育再生会議が素案(読売新聞)

政府の教育再生会議(首相の諮問機関、野依良治座長)が、特色ある小中学校づくりに向けた校長の権限強化策の素案が12日、分かった。

 校長の学校運営方針に基づき、教員を公募し配置できる「公募制」導入を盛り込んだのが特徴だ。教員の側から自分の得意分野をアピールし希望校へ転勤できるようにする「フリーエージェント(FA)制」も導入し、魅力ある学校づくりを進める校長の下に意欲ある教員が集まる仕組みとする。


こういった仕組みはいつでも賛否両論ある物です。良い教師が良い学校に集まることにより子ども達に取って非常に勉強しやすい環境がうまれるというのがメリットの一つでしょう。学校間に競争が意識され、より子ども達向けの学校が作られるのではないか、という期待がそこにはあります。

しかし、競争が意識されるあまり、過剰に子どもに甘くしたり、優遇したりする学校が現れる可能性もあります。そういった学校は本来保護者が選別しはじいて行けば淘汰されるわけですが、現状の保護者と呼ばれる人たちの行動を見聞きしているとどうもそうにはならないだろうという気がします。

子どもにとって良い環境を与えるというのと、子どもを甘やかすというのは全く別物ですが、学校が競争化され、教育がサービスの一環として認識されるようなことが広まっていけば保護者や子どものご機嫌を伺うような学校が増えてくる可能性もあります。

まあこうった両方の意見があると思います。あと教師の負担が増えて大変というような指摘もあがってきそうです。

しかしたとえば、現状を見ても教師は保護者や子どもに強い立場で接することが相当難しくなってきているようです。先ほどの教育のサービス化という認識はもう少なからず広まっているのでしょう。このような状況では教師は思うような授業ができないという事態が多発してきます。また心労により教師を続けられなくなる人も結構いるでしょう。

逆に、意欲的な学校でかつ恵まれた人材がいる学校は、子どもの学習意欲を広げていくような創造的な授業を行っているところもあるでしょう。

良い悪いは置いておくとして、教師のFAなどによって起こる学校間の競争というのはもうすでに存在している学校間の格差をより広げるものとなることだけは間違いないと思います。これは不公平な教育といえるかもしれません。
つまり単純に教師の流動化を行ったり、競争化をはかったりするだけでなく、そこに一定ラインの教育の質の担保というものが必要となってくるように思います。今の教育指導要領といったものではなく、学力が著しく悪いとか、不適切な教師しかいないような学校に関しては、第三者機関などの意見によって廃校もありえる、という制度を作っておいて、最低限の基準は作っておくべきだと思います。

今後はどうしてもこういった学校間の格差についてさまざまな問題を議論していく事は避けられないでしょう。確かに学校によってばらつきがあるのは不公平に感じられるかも知れません。しかし現状ですらその芽は十分にあるわけです。教師も働きにくい、子どもも学校に興味が持てない、保護者も教師を信用していない、というような状況から抜け出すためには大きな路線転換が必要だ、という認識は誰しもが持っているはずである。

行政は学校の質の担保、教師の質の確保、などサポートでしか対応することができません。保護者も教師が付随した学校を選択するということで教育行政に少しは関わることができます。両者の努力の歩み寄りで、子ども達が圧迫感を感じることなく勉強できる環境を提供していくことこそが一番肝要な事ではないでしょうか。

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日本での義務教育中の職業訓練

少し前になるのだが興味を引いた記事があったので備忘録的に引用しておく。

英ブラウン政権、ニート対策で義務教育を18歳まで延長へ(読売新聞)

英国のブラウン政権は6日、イングランドでの義務教育修了年齢を現行の16歳から18歳に引き上げる方針を明らかにした。

 国家元首のエリザベス女王が同日、英議会で同政権の施政方針演説を行い、表明した。通学も就労もせず、職業訓練も受けていない若者(ニート)への支援が狙いで、若者の1割に上るニート対策を強化することになる


ニート対策として、義務教育を16歳までから18歳までに引き上げるというものである。
はてさて、これには効果があるのだろうか。

たとえば日本では高校は義務教育ではないが限りなくそれに近い状況である。
多くの学生(あるいは親が)がとりあえず高校くらいはと進学する。
そのまま大学に進学し、就職活動、失敗、フリーター、ニートという道のりもあるだろうし、高校でドロップアウトそのままニートというのもあるだろう。
すくなくとも前者のパターンは義務教育を2年のばしただけではほとんど何の意味もない。

まあ日本だけではないだろうが、ニートの形というかそれまでの成り行きというのはいろいろなパターンがあるだろう。仕事が見つからないままやる気をなくしたとか、社会に一度出てみて肌が合わず退社そしてそのままニートというのもあるだろう。こんなところでは語り尽くせない形の「理由」が存在していると思う。

このロンドンの2年間義務教育をのばすことで、単純に学生の数は増える。学生の間はニートとは呼ばないので、数は減少する、というまああまり意味の無い施策というのとはちょっと違う。
義務教育の中で職業訓練ができる、というのが一つの大きなポイントではないだろうか。日本のフリーターにしてもそうだが、職業訓練を受けていないから、しかるべきところの仕事に就けない、という状況がある。気にくわない仕事を気にくわない労働環境で行えば当然やる気というものに悪影響を与えてしまう。
その部分へのてこ入れとしてこれは結構大きな意味を持つのではないか、そういう気がする。

働くナビ:フリーターの経験は評価されるか。(毎日新聞)

企業は、フリーターに厳しい目を向ける。厚労省の調査では、フリーターであったことを「マイナスに評価する」と回答した企業が30・3%に上る。「影響しない」も61・9%あり、「プラスに評価する」はわずか3・6%だった。マイナス評価とする理由(複数回答)では「根気がなくすぐ辞めそう」(70・7%)、「責任感がない」(51・1%)、「職業意識の教育が必要」(42・6%)などが並ぶ。企業のフリーターに対する固定観念の強さがうかがえる。

多くのサービス業でフリーターが重宝されているというのに、正社員として雇うとなるととたんに冷たい視線を浴びせる。こんな状況が続いている。その上あまり積極的にそれを変えていこうという意志みたいなものも政府からは見えてこない。
問題の本質は、職業訓練をしていないから職業訓練の場がないという悲惨な悪循環である。

改正最低賃金法、成立へ…与党・民主が合意(読売新聞)

最低賃金法改正案の修正は、都道府県で異なる地域別最低賃金の水準について、「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」という文言を追加した。政府案よりも、最低賃金の引き上げ幅の上積みが期待できるという。

政府はあくまで最低賃金の底上げでフリーターが何とかましな状況になってくれれば、という対応しかできていない。というかしようという意志がない。これはかなり深いレベルまで入り込んだ日本社会の雇用体系の問題である。

フリーターにしろニートにしろ社会で働くこととについて、制度と現状がうまくかみ合っていないというのが大きな原因ではないだろうか。そこにメスを入れない施策ではおそらく点滴を打ったほどの効果しか無く、本質的には問題を先送りしているだけである。
最低賃金を上げれば、当然フリーターの収入は上がるが、当然雇用する側の負担が増える。それを税制上補ってくれるならまだしも、不必要なリストラを招くおそれすらある。
おそらくそういうことを理解していても、それ以上の行動に出ることができない、というのが政府の本音なのかもしれない。
これは問題が入り組みすぎている。

「少年家庭省」創設提言へ・教育再生会議(日本経済新聞)

現行の子供や家庭の問題に関する機関では、法務省が所管する少年鑑別所、厚生労働省が所管する児童相談所、文部科学省が所管する教育委員会などがあるが、連携不足が問題となっていた。再生会議では縦割り解消に向けた少年家庭省のほか、子供の権利保護や紛争解決のための少年家庭審判所(仮称)の創設検討も打ち出す。

11月の5日に出された教育再生会議では子どもの問題に関する縦割り行政を一括に管理する「少年家庭省」なるものの設立について議論されている。おそらくこれは作られないだろうし、作られても機能しないだろうと思う。おそらく各省庁が譲り合わない、というのが目に見えた結論だし、もし設立されたとしても形だけのものになってしまうだろう。
しかし、本格的に各省庁が人材と情報を出し合ってこの問題に取り組むとなれば、今よりはもっと現場的な対応もできるようになるかもしれない。

実際、日本においてフリーター・ニートなどの問題も厚労相文科省などが関わって結局どういう方向に導いていくのか、という大きな指針が立てられていないし、もし立てたとしてもうまく機能しないのは上と同じ理由だ。

しかし、本当に危機感を持ってこの問題に向き合うなら、「少年家庭省」のように、殺陣の行政を超えた取り組みが必要であると思う。
英国のように義務教育に職業訓練を入れるというのは今の日本ではかなり難しいであろう。職場体験というのが各地域で行われているようだが、コレはそのレベルの話ではない。学校の中に厚労相の得意分野をつっこんで行かなければならない。

その様な行政の対応が日本でできるのか、疑問ではあるが、少しは期待したい。

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少子化白書07版

「働き方の改革が必要」07年版少子化白書を閣議決定 (日本経済新聞)

 白書によると、未婚者の9割は「いずれ結婚したい」と考え、男女とも平均2人以上の子どもを望んでいる。しかし「仕事(学業)に打ちこみたい」「結婚資金が足りない」などの理由で、国民の結婚や出生行動に対する希望と実態に乖離(かいり)があると指摘。こうした希望が一定程度満たされれば、40年には合計特殊出生率が1.75(06年は1.32)になると試算した。

「こうした希望が一定程度満たされれば、40年には合計特殊出生率が1.75(06年は1.32)になると試算した」ってすっごいアバウトな感じですね。まあ結婚したい、子どもを持ちたいと思いながらも何らかの障害があってそれを達成できない人たちには、その障害を取り除いてやることで、子どもが生まれやすい環境を提供することができる、というのは当然のことですね。
が、仕事に打ち込みたい、なんていうのは完全に価値観の問題ですし、それを政策でどうこうするのは難しいでしょう。結婚資金が足りない、に関しても基本的に給与の問題なわけで、それを何処まで国がフォローできるのかはかなり疑問です。

この国の状況と制度があって、そこにすむ人が多少の犠牲をはらっても子どもを作りたいと思わない、とい現状は単純に制度を整えればすむ、というものでも無くなってきているような気がします。生活のスタイルとして子どもをつくならないことを選ぶ人たちも結構入るでしょう。単純に持たない方が有利に(あるいは裕福に)生活できる、ということもあるでしょうし、あるいはそれぞれが自分自身の仕事や趣味に打ち込みたいから、ということかもしれません。前者に関しては確かに政府の気の利いた政策があれば、子どもを作りやすい環境ができるかもしれません。でも、ちょっと追い込むような感じで子どもを作ってもらってもいいものかなぁ、と私なんかは疑問に思ってしまうわけです。

だいたい生むのも大変なら生まれてから育てていくのも大変なわけで、気楽に子どもを作る、なんて言う環境はあんまり良くないよう気もしてしまいます。

すくなくとも現状は親となる人たちがどうしてもこの国に子どもを残したいとは思えない国になっているということなんでしょう。でもその状態を変えるのは簡単な事ではありません。この少子化白書によって政府がどういった方向を目指すのかは若干見えてきますが、それが効果的かどうかは今の段階ではかなり疑問、といった感じです。

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全国学力テストの結果が公表

全国学力テスト結果公表、基本知識あるも応用力に課題(読売新聞)

文部科学省は24日、小学6年生と中学3年生を対象に今春実施した全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果を公表した。

 全員参加を前提としたテストとしては43年ぶりで、計算などの基本的知識は身についていたものの、応用力に課題があることが浮き彫りになった。

 都道府県別の結果では、ほとんどの自治体が全国平均に近い成績を収め、大きな格差は見られなかったが、学校ごとに見ると成績に開きが生じている実態も明らかになった。


基本的知識は身についていたものの、応用力に課題がある。
①基本的知識が身についていただけマシ
②だいたい今の大人だってこれと同じような状況
③大学生は基本的知識すら身についていないものが大量にいる

って感じがするんですがどうでしょう。だいたい基本的知識を教えて応用力を鍛えるような授業をしているのでしょうか。まずそこから疑問ですよね。
まあここ数年で教育というものが必然的に変わらなければいけない状況になってくるでしょう。あとは文科省がどれくらいフランクに権益から手を離して現場の声を生かしていけるか、ということでそのスピードが変わってくると思います。

ちなみにざっと見ると近畿は半分かそれより下くらいに固まっていましたね。ちょっと残念です。

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