Category: 書評・レビュー・紹介

【書評】なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか(シェルドン・ソロモン、ジェフ・グリーンバーグ、トム・ピンジンスキー)

「恐怖管理理論」についての本。原題は『The Worm at the Core: On the Role of Death in Life』。私たちの心に住まう「虫」(バグ)がどのような振る舞いをするのか、それが3人の共同研究者によって描かれている。

なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか :  人間の心の芯に巣くう虫
シェルドン・ソロモン ジェフ・グリーンバーグ トム・ピジンスキー
インターシフト
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目次は以下の通り。

◎第1部 恐怖管理とは何か
第1章: 人間は死の恐怖管理を求める
第2章: 文化的世界観によって守られる
第3章: 自尊心が壊れるとき
◎第2部 文化の根源
第4章: 儀式・芸術・神話・宗教の成り立ち
第5章: 死を乗り越える方法(1) 文字どおりの不死
第6章: 死を乗り越える方法(2) 象徴的不死
◎第3部 人間の心理・社会を読み解く
第7章: なぜ悪と暴力が栄えるのか
第8章: 動物性を遠ざける
第9章: 二つの心理的防衛
第10章: 精神障害と恐怖管理のかかわり
第11章: 死とともに生きる

リンゴに巣くう虫

まず「恐怖管理」とは何だろうか。語感的に「恐怖政治」に近いもの__人間を恐怖によって支配する行為__だと感じられるが、そうではない。人間の心理機構が、いかに死の恐怖を管理しているのかについての理論である。

アダムとイブは知恵の実を食べた。結果、知恵やその他もろもろを抱えて楽園を追い出され、「人間」となった。ホモ・サピエンスは、他のサピエンス種に比べてかなり複雑な思考を扱えるようになり、(比較はしにくいが)強度の高い自我を持つようになった。それが、これまでの文明を発展させてきた原動力になったことはたしかである。

だがしかし、そのリンゴには虫が巣くっていた。「人間」はそれらも一緒に体内に取り込んでしまったのだ。

生と死のはざまで

「私」という意識は、死を認識できる。膨れあがった脳を持つ私たちは、単に反応的に生きるだけでなく、「私」がいずれ死に、この世界は「私」抜きで進んでいくことを想定できてしまう。想像できてしまう。どのような生物でも、本能的に死に怯えることはあるだろう。ウサギが空腹のライオンに直面したら、臨戦態勢を整えるか、身動きがとれなくなるか、ともなく何かしらの反応を示し、そこに「恐怖」と呼びうるものが含まれていることは間違いない。

しかし人は、そんな実際的な危機的状況になるはるか以前に、「死を想う」ことができてしまう。理性を持った人間は、死を想いながら、生きていくことを定められているのだ。

別の言い方をしよう。自我の機能の一つは「自己同一性」の保持である。それは「自分は自分である」という感覚の担保だ。もっと言えば「自分は自分であり続ける」ことこそが自我(という機能)の存在理由である。「死」の認識は、それに刃向かう剣である。自己同一性において、死は決定的な否認となる。

思考実験をおひとつ

空想的に思考実験してみよう。あなたがもし単一個体の自己同一性を持たず、集合的意識の一部であるとしたら。あなたは「死」を恐れるだろうか。もちろん答えはノーだ。「あなた」という感覚を生みだし、支え続けている精神機構が自己同一性を持っていないのなら、死は何の反抗にも抵抗にもならない。単なる一つの事象と見なされる。

問題は、それは思考実験に過ぎず、私たちは「わたし」という自我を有していることだ。その自我は、自らの役割を否定するものと共に歩んでいかなければならない。まるで人が影と寄り添って歩くようにだ。

装置での対抗

このような不安定とも呼べる状況に、人(あるいは人類)は、メカニズムを持って対抗してきた。それこそが人類が進んできたすべての歩みでもある。単に環境に適応するだけではなく、環境を変えてしまう「道具」を作ること。それが人類が人類たるゆえんであり、死の恐怖もまた、その対象となった。

以上が「恐怖管理理論」の前提にある。そして、中心理念は以下の二点だ。

第一に、文化的世界観に対する信念を持続する
第二に、「自尊心」を高め、維持する

簡単に言おう。人は死を免れられない。しかし、死を超越したもっと大きなもの(Greatなもの)があり、自分がその一部だと認識できたなら、どうだろうか。死を恐れる「わたし」は、その恐怖を完璧にゼロにはできないにせよ、かなりの癒しがもたらされるのではないか。自分が不死になれなくても、不死性を持つものに接続できる、あるいはその一部と見なせる。その認識は、防壁となり、私たちが持つ死の恐怖を和らげてくれる。だから、日常生活において、30分に一回死の恐怖に怯えて何も身動きがとれなくなる、といった事態に見舞われなくても済む。

人間の心理機構をこのように捉えるのが「恐怖管理理論」である。まず私たちは「文化的世界感」によって、不死性が認められるものを獲得する。基本的にそれは共同幻想であって構わない。宗教でも共同体でも靖国神社であってもなんでもござれだ。そうした死を超越しるものを仮設__『サピエンス全史』の著者ならば虚構だと呼ぶだろう__した上で、自分がそこに属している感覚を持つこと。それが一般的に「自尊心」と呼ばれるものである。

この二つの要素__文化的世界観を自尊心__によって、人は防壁を築き、死への恐怖を緩和している、というのが「恐怖管理理論」である。ずいぶん興味深い話ではないか。

たとえば、現実の世界にもインターネットワールドにも、極端に間違いを認められない、謝れない人たちがいる。そういう人たちを揶揄して「謝ったら死ぬ病」なんて呼び方をするが、恐怖管理理論に照らし合わせてみれば、それは揶揄でも誇張でもないことがわかる。

もし謝ることが、その人の自尊心を傷つけるに値することであれば、その行為は防壁の一部を壊すこととイコールなのだ。ウォール・マリアの町に住む人に、「ねえ、ちょっと壁壊してみたら?」と提案したら、気が触れたと思われるだろう。その人にとって謝ることは、まさにそれと同じ行為なのだ。謝ったら死ぬ(=不死性が棄損される)のだ。

自尊心ではなく、文化的価値観についても似た話は多い。人は自分が所属する共同体もろもろが非難されると、異様なまでに怒り出すことが多い。もちろんそれは集団的反動を伴うので、ときに血で血を争う抗争にまで発展してしまう。なにせ攻撃された側も、自らの不死性に危機が迫っているわけだから、死にものぐるいで反撃してくるだろう。こうして戦火は広がっていく。人間が経済合理性を信奉するエージェントであれば、まったく考えられない行動だ。でも、実際の人間はそのような行動をとり、歴史に血の色を刻んできた。なぜか。文化的世界観を攻撃されることに、自我が耐えられないからだ。それは不死性への叛逆なのだ。

わたしの「神」(他の何かでもいい)は正しい。私はその神に所属している。だから、別の神が正しいと良い、私の神が間違っているという人間は滅ぼさなければならない。もし、彼らの神が正しいのならば、私の神が間違っているのだから。そんなことはあってはならないし、あるべきでもない。さあ、旗を掲げよ。

こういうわけだ。

理性的に考えれば、各々が自分のうちなる神を静かに信奉していればいい。真なる信仰とはそのようなものであろう。しかし、絶対的な不死性という点を考えると、いろいろな「神」(何度も言うが別の何かでもいい)の存在は都合が悪いのだ。文化的成熟が未熟で、人が自分を依託できる文化的世界観が限られている場合、正しい「神」を競うための諍いが起こるのは、(少なくとも恐怖管理理論からすれば)ごく自然な話である。

二つの不吉な連想

本書はその恐怖管理理論をベースにして、死への恐怖がどんなメカニズムによって緩和されているのか、そしてその恐怖がどのような影響を人間の行動に与えるのかが詳しく論じられている。

いささかショックであり、行動経済学的な話でもあるのだが、判事に、死を想うような情報を与えると、売春婦に言い渡す判決(保釈金の額)が変わってしまうという実験は、考えさせられるものである。もちろん、死を想った方が、より懲罰的であったのだ。死が意識されると、自分の文化的世界観を守ろうとして、ルールから逸脱した人を攻撃してしまう。これを逆に見れば、ルールから逸脱した人を激しく攻撃している人は、必死で自分の文化的世界観を守っているのだと考えられる。

ここから二つの不吉な連想が広がる。一つは、テクノロジーの進化によって、私たちがこれまで以上にフィルターバブルに閉じ込められるとき、この文化的世界観を巡る闘争は、一層激しさを増すだろうという予想だ。フィルターバブルは、文化的世界観を多様に(あるいは多層に)するようには作用しない。むしろ単一の文化的世界観を強化するように働く。となれば、その世界観が攻撃されれば、目を覆いたくなるような反撃が始まるだろう。アメリカで生じつつある出来事は、その前兆なのかもしれない。

もう一つは、人が恐怖の示唆によってその行動を変えるのならば、そしてその変化に傾向があるのならば、虐殺のための文法というのは、存在しうる、という話である。その意味で、心に住まうその虫こそが「虐殺器官」を成り立たせているのかもしれない。

もちろん恐怖管理理論は、人の意思決定を理解し、それをより良き方向に導くために使えるはずである。しかし、そこに潜む人間の心のトラップには、恐怖を感じずにはいられない。

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サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福
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【書評】立て直す力(ブレネー・ブラウン)

後悔しないで生きていくにはどうするか?

一切の内省を排除すればいい。感情をそぎ落とせば、あらゆる苦難から解放される。ばかばかしい答えかもしれないが、ある種のポジティブ教が言っているのはそういうことである。何もかもを肯定することは、何も考えないのと同義だからだ。

本書のアプローチは違う。

※献本ありがとうございます

悲しいほどに現実的であり、それはまた人間的でもある。

概要

著者のブレネー・ブラウンはソーシャルワークについての研究者だ。以下の動画でご存じの方も多いかもしれない。

その著者が、「倒れた自分を起き上がらせる」のプロセスを開示したのが本書である。目次は以下の通り。

イントロダクション――果敢に挑み続ける価値
1章 「立て直す力」10の法則
2章 立て直すプロセスを理解する
3章 最良のストーリーをつくる
4章 自分の感情を自覚する
5章 ストーリーを整理整頓する
6章 境界線を引く方法
7章 傷つく勇気をもつ
8章 助けを求める勇気をもつ
9章 倒れた時の立て直し方
10章「恥ずかしい自分」を受け入れる
11章 立て直す力を身につける

最初に断っておくと、「倒れた自分を起き上がらせる」ことは簡単ではない。嫌悪される勇気を持てば、世界はあっという間に塗り変わる、なんてことはない。それには時間もかかるし、痛みも伴う。「楽しく」生きていくためには、無用のものだろう。なにせ、倒れた自分を自覚さえしなければ、倒れたことにはならないのだから。

人間はそういうことをよく行う。明らかに倒れているにも関わらず、それを無視するのだ。「ちくしょう。地球の方が俺にぶつかって来やがった」そう言っておけば、自分が倒れた事実はどこにも存在しない。そして他者に憤怒と憎悪をまき散らすことになる。

自分が倒れたことを認めるには本当に勇気がいる。自分の心が恥辱に染まっていると自覚することにすら恥の感覚が伴うのだ。よく言われる「弱い心」__本当は非常に強力なのだが__に自分がまみれてしまっていることを自覚しなければならない。それは辛いものだ。

しかも、である。自覚したからと言って即座にそれを克服できるわけではない。ある種の刺激に対して起こる自分の反応は、かなり強固なもので、変更を加えるにはタフな努力が必要となる。怒りでカンカンになっている人に、「あの人も別に悪気があってやったわけじゃ……」とアドバイスしたことがある人ならば、容易に理解されるだろう。「そんなわけあるか」で一蹴である。それと同じ心のメカニズムが自分に対しても起こる。考え方を変える、それも自覚的に考え方を変えるのは至難の業なのだ。

そんなことをするくらいなら、自分が倒れたことを無視すればいい。何もかもが他者のせいにして、自分はひたすらに被害者ぶっていればいい。少なくとも、それで自分が持つ心の弱さについては自覚しなくて済む。

むろん、それで状況が改善することはまずない。自覚のないところに、改善などありえない。

本書は、著者自らの体験を交えて、人がどのように倒れ、そこにどんな感情と痛みがつきまとい、そこからどのように立ち上がるのかが克明に明かされている。とは言え、本書のアプローチがどこまで有効なのかは私には判断がつかない。なにせ私は専門家でもないし、実証実験で確かめられるものでもないからだ。

それでも、自分が頭の中でこしらえた「ストーリー」を記述してみる方法は、実体験から言っても有用だと感じる。心の中にあることを書き出すのは、それを整理するために必要なプロセスである。その場所は、パブリックに共有される場所であってはいけない。本当に信頼できる人、そうでなければずっと口をつぐんで寄り添ってくれるノートが必要だ。その意味でも、ノートはあなたのパートナーとなりえるし、あなたそのものを吐露する場所だと言える。

そこに自分が感じている、怒り、悲しみ、恥ずかしさ、混乱といったものを書きだし、それが何に由来するものなのかを検討してみる。最初は、すべて他者のせいだという自分の声が聞こえるだろう。それこそがでっち上げた「ストーリー」であり、あなたの心を束縛しているものでもある。

本書で紹介されている面白い「実験」がある。これは私の体験からも頷ける実験だ。

「人は皆、最善を尽くしているか?」

この問いにノーと答える人は、他者を攻撃しがちであり、悪しき完璧主義に陥っている。そして「〜〜すべき」という言葉をよく使う。自分が最初に思いついたストーリーに固執し、他の可能性について考えることができず、攻撃的に振る舞う。もちろん、その人もまた、最善を尽くしているのだ。この話の難しいところはここにある。だから、変えるのが難しいのだ。

一つ言えることは、人の強さとは、怒り、悲しみ、恥ずかしさ、混乱を持たないことではない。それは単なるロボットであり、言ってみれば強力な自己催眠を施しているだけである。人間的でなくなれば、人間的な弱さからは開放される。それと同時に人間的な強みも失う。目指したい場所はそこだろうか。

むしろそのような感情が自分にも生じることを認め、それを受け入れた上で、克服することが強さであろう。そして、その強さは他者に向ける眼差しにも反映される。自分にだって限界があり弱さがある。だったら、他者もそうだろう。人はそれぞれに最善を尽くして生きている。どう考えてもそうはみえないときもあるだろう。が、そんなときにそう思い直すことが、一つのゆるしである。それは人の、いや人間の気高き力なのだ。

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【書評】『アイデア大全』(読書猿)

「人類よ、これが発想法だ」

思わずそんなハリウッド映画的キャッチコピーを思いついてしまう本である。古今東西の発想法を俯瞰し、位置づけ、整理した上で、それぞれに解説が加えられている。

アイデア大全――創造力とブレイクスルーを生み出す42のツール
読書猿
フォレスト出版 (2017-01-22)
売り上げランキング: 78

著者は読書猿。というか実際はメルマガ「読書猿」あるいはブログ「読書猿Classic: between / beyond readers」の中の人なのだが、提喩としても読者の感覚としても読書猿で間違いはないだろう。少なくとも私にとってはそうである。

さてそのブログ「読書猿Classic: between / beyond readers」であるが、これはまあ、「東に千夜千冊あれば、西に読書猿あり」くらいの存在である。まあ、どちらも西なのかもしれないが、ここではそれは気にしない。ともかく、本を貪るように読み、知識を探求し、一歩間違えれば自分で概念を構築してしまいがちな人にとっては、ある種の「宝物庫」である。

本書から受ける印象も近い。「大全」の名は伊達ではなく、よくもここまで集めたなと感嘆が漏れる。まるで、アーチャーとして顕現したギルガメッシュのゲート・オブ・バビロンを眺めているようだ。もはや、その光景だけで神々しさすら感じられる。人類の知を扱う技術を辿る旅は、それだけで読み応えのあるコンテンツとなる。

しかし本書は、実用書であることからまったく逸脱していない。それは拍手を送っていいだろう。そうでなければ、この本は必要な人には届かないのだ。本書の基本は、あくまで発想法を「使う」ことにある。だからこそ、各発想法にレシピとサンプル(実際例)がついている。その意味で、本書は非常に使いやすいノウハウ書だとも言える。

同じように発想法を集めた本としては、マイケル・マハルコの『アイデア・バイブル』があるが、本書はそれよりも広く・深く発想法が収集されている点が大きく違う。ビジネスや学術の分野だけでなく、宗教や呪術の分野にまで分け入って行われるその収集(いっそ狩猟と言った方がいいかもしれない)によって、本書には非常に多様な発想法が集まっている上、それぞれの発想法の文脈的解説まで行われている。

アイデア・バイブル
アイデア・バイブル

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マイケル・マハルコ
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 25,809

技法的解説を行う本は珍しくないが、文脈にまで踏み込んだ本は稀有であろう。その解説によって、私たちはそれぞれの発想法を一段深く理解し、他の発想法との関係性を連想できるようになる。このような仕事は、本書内でも紹介されているカイヨワの知的活動に近く、それだけで目を見張るものがある。

本書ではそのように収集された42の発想法が、

01 バグリスト/02 フォーカシング/03 TAEのマイセンテンスシート/04 エジソン・ノート/05 ノンストップ・ライティング /06 ランダム刺激/07 エクスカーション/08 セレンディピティ・カード/09 フィンケの曖昧な部品/10 ケプナー・トリゴーの状況把握/11 空間と時間のグリッド/12 事例-コード・マトリクス/13 P.K.ディックの質問/14 なぜなぜ分析/15 キプリング・メソッド/16 コンセプト・ファン/17 ケプナー・トリゴーの問題分析/18 仮定破壊/19 問題逆転/20 ルビッチならどうする?/21 ディズニーの3つの部屋/22 ヴァーチャル賢人会議/23 オズボーン・チェックリスト/24 関係アルゴリズム/25 デペイズマン/26 さくらんぼ分割法/27 属性列挙法/28 形態分析法/29 モールスのライバル学習/30 弁証法的発想法/31 対立解消図(蒸発する雲)/32 バイオニクス法/33 ゴードンの4つの類比(アナロジー)/34 等価変換法/35 NM法T型/36 源内の呪術的コピーライティング/37 カイヨワの〈対角線の科学〉/38 シソーラス・パラフレーズ/39 タルムードの弁証法/40 赤毛の猟犬/41 ポアンカレのインキュベーション/42 夢見

2つのパート、11の章に分けられている。

第I部 0 から 1 へ
 第1章 自分に尋ねる
 第2章 偶然を読む
 第3章 問題を察知する
 第4章 問題を分析する
 第5章 仮定を疑う
第II部 1から複数へ
 第6章 視点を変える
 第7章 組み合わせる
 第8章 矛盾から考える
 第9章 アナロジーで考える
 第10章 パラフレーズする
 第11章 待ち受ける

注目したいのは、二つのパート分けである。第Ⅰ部は「0から1へ」ということで、何も無いところから何かを見出すための「発想法」が紹介されている。しかし、無から有を生み出すことはできないのだから、そこで行われることは、ざっくり言えば「問題設定」である。問題が見えていないところに問題を設定(見出す、命名、たぐりよせ)したり、すでに存在している問題を再解釈したり、再定義することが「0から1へ」の発想法となる。

この発想法は、0→1であるからして創造的でもあるが、それはつまり破壊的でもある。どういうことかは後で説明するとして、次のパートに入ろう。

第II部の「1から複数へ」では、すでにある1を多様に膨らませていく発想法が紹介されている。一般的に発想法と言ってイメージされるのはこちらの方だろう。『アイデアのつくり方』で有名なヤングの定義(「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」)もこちらに属している。システマティックな方法もあり、逆に遊びに近いものもあるが、概して非常に身近な発想法(というよりも頭の使い方)と言える。

アイデアのつくり方
アイデアのつくり方

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ジェームス W.ヤング
CCCメディアハウス
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たとえば、出版社に勤めている編集者がいて、半年で6冊本を出版しなければいけないとしよう。そのとき、「アイデア出し」として活躍するのは「1から複数へ」の方だ。自分の手持ちのアイデア、書店で売れてる本、雑誌やテレビの人気の企画といったものを「既存の要素」として扱い、それらの新しい組み合わせを考えれば、企画案はいくらでも湧いてくる。

しかしそのとき、「なぜ半年で6冊も本を出版しなければならないのか?」という問いを立てることもできる。込み入った話は避けるが、出版業界の事情がそこにあるとして、「じゃあ、新しい出版のビジネスモデルを構築しよう」と思い立つかもしれない。それは、極めて創造的な行為だが、「日常」に対する破壊行為だとも言える。

以上のように、0から1を作り出すときには、たいてい別の何かを壊すことにつながるので、発想法にもTPOはある。必要とされる発想(の土俵)があり、それに適した発想法があるのだ。その意味において、本書のパート分けには好感が持てるし、実用的でもあろう。

各発想法のより細かい分類については、11の章が担当している。章題で端的に要約されているので、ここでの解説は不要だろう。ちなみに私は『ハイブリッド発想術』において、発想法を以下の4つに分類した。

  • 制約設定法
  • 自由連想法
  • メタ思考法
  • トリガーワード法

今見返しても十分機能する分け方だと思うが、本書に比べると若干実用性に欠けるかな、という印象もある。そのあたりを今後掘り下げてみるのも良さそうだ。その辺のアイデアもモクモクと刺激される本である。

Evernoteとアナログノートによる ハイブリッド発想術 (デジタル仕事術)
倉下 忠憲
技術評論社
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さいごに

「大全」とある通り、本書は一通り読んだ後、本棚に置いておける本だ。発想の行き詰まりを感じたら、手にとってパラパラと読み返しこれまでと違った発想法を試してみる、といったハンドブック的な使い方ができるだろう。

それはそれとして、本書は発想技法の歩みとして読んでも面白い。これだけ網羅的な(トランス・ジャンル的な)知的生産の技術系の本はめったにない。その意味でも、著者の続刊には期待している。

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2016年の<びっくら本> #mybooks2016

2016年に読んだ本で面白かった本を紹介します。

まずは総合部門というか、「とりあえず、これ読んでおけば」大賞。

………
………
………
……
……
……


はい、やっぱりこの本です!

しつこいくらいに紹介していますが、それくらいの価値がある本です。上下巻ですが、ちっとも長くは感じないと思います。

書評は以下。

【書評】サピエンス全史 -文明の構造と人類の幸福(ユヴァル・ノア・ハラリ)

あとは、個別のカテゴリに分けて紹介していきます(順番に特に意図はありません)。

セルフパブリッシング

長袖にきがえました
犬子 蓮木
もふもふ出版 ( 2016-01-09 )

犬子蓮木さんの『長袖にきがえました』は寂寥感溢れる作品。ドラマチックとか、カタルシスといった「ありがちな展開」の枠組みにはまらない世界を提供しくれます。

悪魔とドライヴ
ヘリベ マルヲ
人格OverDrive ( 2016-02-14 )

ヘリベマルヲさんの『悪魔とドライヴ』は、バイオレンスな要素のある「恋愛小説」。スピード感ある展開と、独特な描写が魅力です。

赤井五郎さんの『チョコレートの天使』は、異世界のファンタジー。それも、かなり緻密に作り込まれた独自の異世界です。非常に細かい想像力には脱帽させられます。

広橋悠さんの『IMAGO』は、ユートピア/ディストピアSF。未来の話でありながらも、現代への暗喩がしっかりきいています。

Lost in Conversation
王木亡一朗
ライトスタッフ! ( 2016-10-27 )

王木亡一朗さんの『Lost in Conversation』は、なんというかやるせない/切ない作品。構造的にも工夫がありますが、それ以上にうちに秘めた情熱(=エネルギー)が感じられます。

Lyustyleさんの『25年前からのパソコン通信』は、少し複雑な構造を持ったエッセイ集。シドニーに赴任していた時代の過去の自分の視点を掘り起こすという体裁で、世代が近い人は昔を懐かしみながら、世代が遠い人は異文化に触れるような、そんな感覚で読めそうです。

Tak.さんの『Piece shake Love』は、エッセイ集……と言っていいのかわかりませんが、何かそういったものです。本全体が独特のリズム感で構成されていて、簡単な説明を拒絶している雰囲気があるので、簡単に説明するのは諦めておきます。

メディア論

一人で雑誌を作り続け、ときの権力をそこから批判し続けた男カール・クラウス。私の月くら計画や、「かーそる」という雑誌のロールモデルというわけではありませんが、「うんうん。そうだよな。マスメディアにはできなことってあるよね」と思いを強めた本ではあります。

ネット小説が売れる、という内容よりも、メディア間の変換や、既存メディアの衰退と変化についての視点が面白かったです。

デジタル・ジャーナリズムは稼げるか
ジェフ ジャービス, 茂木 崇
東洋経済新報社 ( 2016-05-27 )
ISBN: 9784492762257

ここ最近、キュレーション風メディアの話題が盛んですが、結局それは、インターネットとメディアの関係の些末な話でしかありません。ビジネスモデルをどう構築していくのか。そのときに絶対に守らなければならない価値とは何なのか。腰を据えて考える必要があるでしょう。

現代における情報環境について考える上では必読の一冊でしょう。Rashita’s Book Selection100にも入りそうな一冊です。

もうすぐ絶滅するという紙の書物について
ウンベルト・エーコ, ジャン=クロード・カリエール
CCCメディアハウス ( 2010-12-17 )
ISBN: 9784484101132

紙の本の話はメディアの話でもあります。本はデジタルメディアに比べて長生きするといった言説もありますが、紙もやっぱり物質であり、いずれは風化して読めなくなります。慎重に保存しておければたしかに長持ちするでしょうが、手にとってページが捲れない本は、つまり情報を日常的に伝達しない本は、そもそも「本」としての機能を失っています。その意味で、やはりデジタルメディアについても考えて行かざるを得ないでしょう。

生き方・ライフスタイル

私も、一人で在野で生きているので、こういう本には励まされます。

科学・文化

ほんと面白いです。『サピエンス全史』では、数行で触れられているだけですが、もちろん本一冊になる内容です。

私は「意識は傍観者である」という言説には__特に「意識は完全に傍観者でしかない」という言説には__反対ですが、それでも本書の知見は非常に面白く、かつ役に立つものです。この場合の役に立つは、実利があるというよりも、人間に対する理解が深まるという意味であることは言うまでもありません。

〈わたし〉は脳に操られているのか : 意識がアルゴリズムで解けないわけ
エリエザー・スタンバーグ
インターシフト ( 2016-09-05 )
ISBN: 9784772695527

上の本の内容にまっこうから反旗を翻しているのがこの本。本書で自由意志の存在が守り切れたのかどうかはわかりませんが、個人的にはこのアプローチを伸ばしていってもらいたいところです。

「常識」の研究 (文春文庫)
山本 七平
文藝春秋 ( 2015-06-10 )
ISBN: 9784167903930

古い本ですが、書いてある内容がまったく古びていない=日本文化がほとんどかわっていない、という半ば絶望にも似た気持ちが湧き上がってきます。

消極性デザイン宣言 ―消極的な人よ、声を上げよ。……いや、上げなくてよい。
栗原一貴, 西田健志, 濱崎雅弘, 簗瀬洋平, 渡邊恵太
ビー・エヌ・エヌ新社 ( 2016-10-24 )
ISBN: 9784802510301

ライフハックの本として読めますし、学びも多いことでしょう。

情報概論

もし『サピエンス全史』がなければ、総合部門はこの本だったでしょう。私たちがいかにして「学ぶ」のか。そのエッセンスがわかりやすく紹介されています。おそらく本書で紹介されている知識の形成は、(こういう言い方は若干うっとうしいですが)ほんものの教養の形成と呼応しているでしょう。そこにはネットワークが存在するのです。

「考える」の型を、数々の文章を引きながらモデル化した本。似たようなことをやろうと思ったので参考になりました。読み物としても知的な刺激に溢れています。

思考のエンジン
奥出直人
株式会社 青土社 ( 2012-10-10 )
ISBN: 9784791726714

けっこう難しい内容なのですが、惹きつけられてしまいます。特に、「考える道具としてのコンピュータ」という視点は、今後もっと重要になっていくでしょう。

いや〜すごいですね。だってアウトライナーで一冊の本が生まれるんですよ。でも本書は、アウトライナーの本というよりも「考える」ための本です。考える道具としてのアウトライナーです。

かなり甘く見ていた本ですが、本を読むとはどういうことか、について深々と考えさせられました。いかにも哲学者という感じの内容ですが、耳を傾けるべき内容が含まれています。

思想・哲学

考える道具(ツール)
ニコラス ファーン
角川書店 ( 2003-03-18 )

著名な哲学者が、「どのように考えたのか」を振り返りながら、私たちにも使えそうな道具としてそれを提示するという内容。「何を考えた」のではなく「どのように考えたのか」にフォーカスを当てているのが面白いですね。非常にライトな哲学の歩みとしても読めないことはありません。

現代思想史入門 (ちくま新書)
船木 亨
筑摩書房 ( 2016-04-05 )
ISBN: 9784480068828

こちらはかなりディープな現代思想史。分厚いです。込み入った思想の流れを、あえて整理することなく、複雑なものは複雑なままに提示しようと試みています。

ロラン・バルトの著作は一冊も読んだことがありませんが、本書を読んでいると彼のスタンスには心惹かれるものがあります。でもって、彼の人生の歩みはまるで小説のようでもあります。

感情化する社会
大塚英志
太田出版 ( 2016-09-30 )
ISBN: 9784778315368

現代が感情化しつつある、という側面はたしかにあるでしょう。村上春樹作品への言及は、ちょっと私の理解が及びませんでしたが、現代の文学が変容しつつあるという指摘は面白かったです。

ビジネス一般

本書では短期のアテンションと持続するアテンションの違いが言及されていますが、最近インターネットで増えつつある「お手軽情報メディア」は、……まあ言わないでおきましょう。

これはもう必読の一冊でしょう。とは言え、ここまで概念が普及していると__『読んでいない本について堂々と語る方法 』の考え方に倣えば__別に読まなくてもいいと言えるかもしれません。でも、クリス・アンダーソンは文章がうまいので、面白く読めると思います。

ライトノベル

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン (電撃文庫)
宇野朴人
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス ( 2012-06-08 )
ISBN: 9784048865593

今年新しく読み始めたシリーズとしては筆頭の一冊。結構真剣に「なんでもっと早く読んでなかったんだろう」と思ったほどです。ファンタジーの戦記物ですが、若干ひねくれたヒロイックもので、さらに「科学」の扱い方がとても面白いです。

ソードアート・オンライン×渡瀬草一郎。これはもう読むしかありません。個人的には、このSAOのスピンオフが広がっていくことそのものが≪ザ・シード≫的で面白いと感じます。たぶん一人の作家の想像力をゆうにこえた世界がそこでは展開されていくことでしょう。

マネーものが好きならばオススメ。続編も出ています。いっそビジネス教養ライトノベルとすら言えるかも。

SF

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)
アンディ・ウィアー
早川書房 ( 2014-08-22 )
ISBN: 9784150119713

最近ちょいちょいSF熱が高まっていますが、これは文句なしに面白かったです。ハードなSFの「設定ごり押し」という感じはほとんどなく、主人公に絶妙に共感できる見事な作品です。

TAP (河出文庫)
グレッグ イーガン
河出書房新社 ( 2016-06-07 )
ISBN: 9784309464299

はじめて読んだグレッグ・イーガン。なんかね、もうね、すごいです。やはりSFは設定よりも、世界を見つめる視線こそが大切だと感じます。

『火星の人』はセルフパブリッシングスタートとして有名になりましたが、本書も同様です。こちらは厨二マインドをくすぐるあらゆる設定をぶちこんできたような作品。時間の行き来と視点の行き来が激しいので、若干読むのに慣れが必要ですが、それでも人類の誕生から進化までを辿っていくストーリーは『サピエンス全史』的ですらあります。

さあ、気ちがいになりなさい (ハヤカワ文庫SF)
フレドリック ブラウン
早川書房 ( 2016-10-21 )
ISBN: 9784150120979

私はキレの良いショートショートが大好きなのですが、本書はまさに大好物な一冊。狂気を扱った短編集で、読んでいく内に、私たちの正気と狂気の境界線が曖昧になっていきます。

コミック

今年から読み始めたシリーズとしてはやはりこの一冊。SF・ショートショート・ブラックジャック、あたりのキーワードが引っかかるなら、本シリーズも間違いなく面白いです。

さいごに

というわけで、ざざっと紹介してみました。10冊くらいにしようかなと思ったのですが、まったく絞り込めなかったですね。もちろん、他にも紹介しきれない本がいっぱいあったわけですが。

ちなみに具体的な紹介については、当ブログの書評記事かHonkureで書いてあると思いますので、また書名で検索してみてください。

では、皆様も実り多き読書ライフを。

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【書評】消極性デザイン宣言(消極性研究会)

「消極性研究会」とは何やら怪しい響きがするが、研究内容も負けてはいない(褒め言葉)。

消極性デザイン宣言 ―消極的な人よ、声を上げよ。……いや、上げなくてよい。
栗原一貴 西田健志 濱崎雅弘 簗瀬洋平 渡邊恵太
ビー・エヌ・エヌ新社 (2016-10-24)
売り上げランキング: 43,423

現代はコミュニケーション過剰時代であり、そこでは積極性が評価の指標となる。「ノリ」の悪いあの人はいつも損をしてしまう。でも、それって何かおかしくない? という問題提起が本書の基底にはあるのだろう。

かといってその「ノリ」の悪さを、自己啓発的に解消しようというのでもない。結局それは形を変えた積極性でしかないからだ。当人の性格そのものではなく、むしろそれを取り巻く環境に改善を加えることによって、「消極的なまま」でそつなく暮らしていけたり、「消極的でも」それなりに参加できる形を作ろうとする。それがShy Hackだ。それこそまさにHackの名を冠するにふさわしいアプローチと言えるだろう。

目次は以下の通り。

  • 第1章 「やめて」とあなたに言えなくて 一対一もしくは一対少数のコミュニケーション[栗原一貴]
  • 第2章 考えすぎを考えすぎよう 人が集まるイベントなどにおけるコミュニケーション[西田健志]
  • 第3章 共創の輪は「自分勝手」で広がる 複数人でのコラボレーション[濱崎雅弘]
  • 第4章 スキル向上に消極的なユーザーのためのゲームシステム[簗瀬洋平]
  • 第5章 モチベーションのインタラクションデザイン[渡邊恵太]

第1章「「やめて」とあなたに言えなくて」では、何もそこまでとツッコミたくなるくらい消極的(であることに積極的な)アプローチが紹介されている。人の目を見て話せないなら、AR的なメガネをかけて向かい合う人の顔にモザイクをかければいいじゃない。すごい発想である。

第2章「考えすぎを考えすぎよう」では、なかなか声を上げにくい状況で、声を上げられるようにするためのシステムが紹介されており、これは今後Webサービスの運用などでも重要な知見になっていくだろう。

第3章「共創の輪は「自分勝手」で広がる」は、直接的な消極性の話ではなく、集合知の運用方法について語られている。ニコニコ動画を代表とするボーカロイド動画の「縦ではなく横に広がるN次創作」を例に挙げながら、それぞれのプレイヤーが個人的動機に基づいて主観的最善を尽くすことの意義が考察される。この点は恐ろしく重要で、歪められたインセンティブによって金太郎飴が発生しがちなWeb世界では真っ先に検討すべき課題でもあろう。

また、次の指摘も慧眼である。

消極的な人は「炭坑のカナリア」なのです。つまり、消極的な人は社会的負荷に対して非常に敏感で、見つけにくい社会的負荷、解決すべき問題にいち早く気づくわけです。

たしかにその通りである。「消極的な人」がスムーズに使えるなら、その他の人も低い負荷で使えるはずで、それはより活発な交流(情報的やりとり)を促すことにつながるだろう。

第4章「スキル向上に消極的なユーザーのためのゲームシステム」は、いわゆるゲーミフィケーションにまつわる話で、この分野に興味がある人なら面白く読めるはずだ。「誰でも神プレイできるゲーム」などは、タスク管理に応用されたら面白ことになるかもしれない。

次の指摘もまったくその通りであろう。

一つ言えるのは、人が行動を続けるにはそれに対して何か意味がある、意味があったと感じることが必要、ということです。

だからこそ、システムの方から「たしかに意味がありましたよ」と伝える努力が必要なのだ。この点を軽視すると、あっという間に根性論に堕してしまう。

最後の第5章「モチベーションのインタラクションデザイン」は、私が一番刺さった章で、ライフハック的な観点からも面白く読める。むしろ、本章冒頭に掲げられる「人は基本的に消極的である」という文句は、ライフハック、それも人に優しいライフハックには絶対に必要な視点である。でないと、地獄の千本ノックみたいなものがスルスルと入り込んでしまう。

唸ったのは、「使いやすさ」から「使おうとしやすさ」への視点の転換だ。どれだけ「使いやすい製品」であっても、使おうとしなければそれが使われることはない。当たり前の話だが、開発している側ではよく失われてしまう視点である。

使おうとする気持ちになりやすいこと__この機能以前の概念を、著者は「アプローチャビリティ」と呼んでいる。「使おうとしやすさ」も「アプローチャビリティ」も非常に語呂が悪い__これは「使いやすくない」になるのだろうか__のが残念だが、それでも視点の重要さは特筆すべきだろう。

その概念を支えるのは、

人は一連の行為の流れの変更点に、接続が切り替わるところに、億劫さや面倒さを感じます。

という視点である。

そもそも「一連の行動」という認識自体が、私たちの認知の中でそれらの行動がパッケージングされていることを意味する。大きな塊のスキーム、あるいは一つの心の「ロボット」が担当しているわけだ。そして、それを切り替えるときに、面倒さが発生する。

おそらくそれは、判断が生じるからだろう。「この行動をとる意味はあるか」「行為に使う労力に対してメリットはどうか」という考えが生じてしまう。その判断・計算・認識の中で、心の摩擦抵抗が生じることになる。よって、行動を促すには、この抵抗値をどれだけ下げられるかにかかっている。「使おうとしやすさ」への配慮は、ダイレクトにその判断・計算・認識に影響してくる。

ともかく言えることは、人の行動についての課題を、(曖昧模糊とした)「やる気」の問題に還元してはいけない、ということだ。それでは何も解決することはない。本書が提示するShy Hackは、「やる気を出しましょう」とはまったく逆のアプローチであり、それはLifeHackの源流ともつながっている。そんな気がする。

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【書評】サピエンス全史 -文明の構造と人類の幸福(ユヴァル・ノア・ハラリ)

圧倒的である。もうそう言うしかない。率直な感想を尋ねられたら「みんな読もうぜ」となってしまう。

360度を捉えるようなパースで「文明史」を記述し、その先の世界について問題を提示する。まずは目次をご覧いただこう。

  • 第1部 認知革命
    • 第1章 唯一生き延びた人類種
    • 第2章 虚構が協力を可能にした
    • 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
    • 第4章 史上最も危険な種
  • 第2部 農業革命
    • 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
    • 第6章 神話による社会の拡大
    • 第7章 書記体系の発明
    • 第8章 想像上のヒエラルキーと差別
  • 第3部 人類の統一
    • 第9章 統一へ向かう世界
    • 第10章 最強の征服者、貨幣
    • 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン
    • 第12章 宗教という超人間的秩序
    • 第13章 歴史の必然と謎めいた選択
  • 第4部 科学革命
    • 第14章 無知の発見と近代科学の成立
    • 第15章 科学と帝国の融合
    • 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
    • 第17章 産業の推進力
    • 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
    • 第19章 文明は人間を幸福にしたのか
    • 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ

地球上にまだ複数の「人類」がいたころから話は始まり、そこから「文明」の歩みを辿っていく。上下巻であり、ちょっとボリュームが多いかな、と思われるかもしれないが、話はまるで逆である。よくまあ、この内容を上下巻に収めたな、というのが正直な印象だ。10冊以上の本になってもおかしくない視野の広さが本書にはある。それを一人の著者が書き上げているのだから、もう言葉が出てこない。

考え方を変えれば、ジャンルの違う教養新書を15冊くらいパッケージしたと捉えればいいかもしれない。それが一続きになって読めるのだから、これはもうお得である。なおかつ、本書は読みやすく、面白い。学術的な固さもなければ、博聞強識を誇るようなうんざりする引用の乱発もない。本当に、あっという間に読めてしまう。

そういうもろもろの感情をひと言でまとめると、「みんな読もうぜ」なのだ。

人類とサピエンス

本書のタイトルでは、人類ではなく「サピエンス」という言葉が使われている。これは別にトリッキーさを狙ったものではない。

人類__つまりひとのたぐい__には、本来我々ホモ・サピエンス以外の人類種も含まれている。よって、我々が、自分たちだけを指して「人類」と呼ぶのは、いささか傲慢なのである。その傲慢な呼称には、二つの不都合な事実が隠されていて、その一つは「我々は所詮その他の動物と同じであり、≪兄弟≫もたくさんいたのだが、なぜだか我々だけが今のところ地球上に残り、そして繁栄している」ということだ。我々は別に神の寵愛を受けて生まれたわけではないし、地球の支配者として定められているわけでもない。

本書はその名称をきちんと区分することで、(私たちが一般的に使う意味での)「人類」を相対化する。その上で、なぜそのような生物の一種でしかない存在が、ここまで地球上で猛威を振るうようになったのかを解き明かしていく。それが本書の大半を構成する要素であり、副題の「文明の構造と人類の幸福」の前半でもある。そして、副題の後半は、不都合な事実の二つ目と関わってくる。

本書は、現在(サピエンスの繁栄)を一つの点とし、人類の出発点からそこに至るまでの矢印を伸ばす。となると、次はどうなるか。現時点から未来に向けてその矢印は伸びていくだろう。

それを示すのが、第19章「文明は人間を幸福にしたのか」と続く第20章の「超ホモ・サピエンスの時代へ」である。本書において一番重要なのがこの二つの章でもある。言い換えれば、それまでの章は、「文明は人間を幸福にしたのか?」という問いに向き合うための下準備であると言ってもよい。「我々はこれからどう進めばいいのだろうか?」という問いに取り組むためには、まず「我々とは何か?」について考えなければいけない。本書は、見事にそれを達成している。

さいごに

二つ目の不都合な事実についてはあえて書かないでおく。本書を読んでいれば理解されることだろうし、一つ目の事実から自然と導き出されるものでもある。

その事実は、事実としてぽんと提示されるだけではたいして実感されないだろう。文明史の流れにのせることではじめて質感をもって感じられるようになるのだ。そして、そこで私たちは足を止めて考えることになる。非常に難しい問いについて、きわめて慎重に。

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【書評】読んでいない本について堂々と語る本(ピエール・バイヤール)

世の中には、タイトルだけで毛嫌いする本というのがあって、そういう本は目次の確認すらしない。読まず嫌い、というやつだ。

しかし、思い切って手にとってみると、その期待が裏切られることがある。もちろん、良い意味でだ。私はそういう経験を二回していて、一回目は『ベストセラー小説の書き方』だった。「へっ、小説っていうのは売るために書くもんじゃねーだろ」と思っていたのだが、内容はちゃんと「読者のことを考えて書こう」という話ですごく納得してしまった。

もう一回が、この『読んでいない本について堂々と語る方法』である。

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)
ピエール バイヤール
筑摩書房
売り上げランキング: 3,573

「いやいや、曲がりなりにも本について語るなら、ちゃんと読みましょうよ」と思ってしまうわけだが、著者は「ちょっと待てよ」と問いを投げかける。「そもそも、本を読むってどういうことよ?」、と。

概要

目次は以下の通り。

  • 1 未読の諸段階(「読んでいない」にも色々あって…)
    • ぜんぜん読んだことのない本
    • ざっと読んだ(流し読みをした)ことがある本
    • 人から聞いたことがある本
    • 読んだことはあるが忘れてしまった本
  • 2 どんな状況でコメントするのか
    • 大勢の人の前で
    • 教師の面前で
    • 作家を前にして
    • 愛する人の前で
  • 3 心がまえ
    • 気後れしない
    • 自分の考えを押しつける
    • 本をでっち上げる
    • 自分自身について語る
  • 結び

本書は大きく3つのパートに分かれている。

第1のパートでは、「未読の諸段階」として、読んだことがない本の程度について整理してある。続く第2のパート「どんな状況でコメントするのか」では、本について言及するシチュエーションを腑分けする。最後の第3パートでは、実際にコメントする際の注意点が「心がまえ」としてまとめられている。

基本的には順番通り目を通すのがよいだろう。

鏡像の読書論

タイトルに「方法」とあるが、単純なノウハウ本ではない。むしろ本書は、鏡に映した読書論と言えるだろう。

著者が、ほとんど詭弁気味に持ち出すのは、「読んでいない本についてコメントするのは不遜だと言うけれども、じゃあ読んでいないってどういうことよ?」という問いである。

読んでいない本とそれにたいするコメントについて考えることは容易ではない。そもそも「読んでいない」とはどういうことなのかよく分からないからだ。「読んでいない」という概念は、「読んだ」と「読んでいない」とをはっきり区別できるということを前提としているが、テクストの出会いというものは、往々にして、両者のあいだに位置づけられるものなのである。

この視点が非常にラディカルだ。「読んだ」と「読んでいない」を単純に区別できないとするならば、「読んでいない」がはっきりしなくなるだけでなく、「読んだ」もはっきりしないことになる。

いやいや、そんなことはないだろうと思われるかもしれない。

表紙を眺めただけの本と、目次だけを読んだ本と、一行目から最終行までちゃんと目を通した本。こんなものは明らかに違うだろう、と。しかし、そうして「ちゃんと」読んだ本も、時間が経てばすっかり内容を忘れているのではないか。だとしたら、それは他の「読んでいない」と何がどう違うのだろうか。

これは詭弁に聞こえるだろう。しかし、著者の視点はさらに先にある。

本の外に出る

著者は、読んでいない本についてコメントするのは全然ありだし、むしろ読まないでコメントした方がいい場合すらあると提示する。ここまでくると開き直り以上に、倒錯すら感じられるのだが、そこにあるのは「読書」という行為の本質的な意味づけの変更である。

三つだけ要点を示す。

  • 読書は、本の文章を脳にコピー&ペーストする行為ではない
  • 読書は、解釈であり、改変であり、ある種の創造である
  • 本を知ることは、一冊の本の中身を知ることではなく、その本の「位置づけ」を知ることだ

これが何を意味するのかは本書を直接当たってもらうとして、ともかく著者は、本の中身に「入れ込み」すぎることを警戒している。それは二つの意味で、「木を見て、森を見ず」な状況になりかねない。一つ目は、些末なことに囚われて本全体のメッセージを読み損なうこと。二つ目は、一冊の本に注目するばかり、その他の本との関係に目配せできなくなること。

それは、一冊の本を「神聖化」してしまい、読者をその本の中に閉じ込めることになってしまう。そこから抜け出るためには、「本を読むとはどういうことか?」を改めて考え直す必要があるのだ。

さいごに

「鏡像の読書論」とは、本を読んでいない状態について考察することで、そもそも読書するとはどういう行為なのかをあぶり出す、という意味である。

建前としては、一冊の本はちゃんと読むべきだろうし、幻想としては、人が一冊の本について語るとき、それは同じ「本」について言及しているように感じるものだが、実体はおそらくそうではない。

本書が指し示すのは、ある本を読んでいるかどうかなんて些末なことよりも、他に目を向けるべきことがあるのではないか、という至極健全な提案である。実際にその通りなのだ。

えっ、お前はこの本をちゃんと読んでからこの書評を書いているのか?

それはもう、ちゃんと読んでいる。「ちゃんと」の定義しだいではあるが。

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【レビュー】ふせんの技100(舘神 龍彦)

文房具にはさまざまなジャンルがある。ボールペン、万年筆、情報カード、カバーノート、……と数え上げればきりがない。そして、あまり知られていないかもしれないが、ふせんもそのジャンルの一つである。

「いや、ふせんってあのぺたっと貼るだけのやつでしょ」と首をかしげられる方は、一度大きめの文具店の付箋コーナーに足を運んでみるとよいだろう。驚くぐらいの種類が発売されている。コレクション欲求がビンビンと刺激されるくらいだ。また、ふせんが持つ特性(貼って、はがせる)は、さまざまな使い方を可能にする。そういう意味で、探求しがいのあるジャンルなのだ。

本書は、そうした「ふせん」を丸々一冊扱った本である。

ふせんの技100 (エイムック 3484)
舘神 龍彦
エイ出版社 (2016-09-20)
売り上げランキング: 3,791

視点は二つある。一つは、タイトル通り「ふせんの使い方」を網羅したもの。非常に細かい使い方までが網羅されており、切り口も「まじめ」と「おもしろ」の両端がある。「おもしろ」は、実用性はないものの、何事も遊び心は大切である。

もう一つは、「ふせんのカタログ」である。先ほども述べたが、これがまた本当にたくさんある。使い方に汎用性を持たせたものや、ニッチな使い方に特化させたものなど、見ているだけで楽しくなってくる。

ちなみに私は、スマイルリンク工房さんの「正六角形の付箋」に強く惹かれた。アイデア出しに大いに活躍しそうな付箋である。


というわけで、本書は「ふせんの使い方」と「ふせんのカタログ」の二つの側面を併せ持つのだが、冒頭にさらりと書かれている「ふせん学入門」も見逃してはいけないだろう。短いが読み応えのある考察が展開されている。この部分を発展させれば、それだけで新しい知的生産系の書籍になりそうである。

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わたしがえらぶ本についての本ベスト10

以下の記事を読みました。

わたしがえらぶ梅棹忠夫さんのベスト10: 鷹の爪団の吉田くんはなぜいつもおこったような顔をしているのか

いいですね。楽しそうな企画です。私もやってみましょう。

「本について」の本ベスト10です。

読書について 他二篇

読書について 他二篇 (岩波文庫)
ショウペンハウエル
岩波書店
売り上げランキング: 7,413

定番中の定番ですね。かなりガツンとやられる本です。若干教養主義的きらいはありますが、言っていることはごもっとも。「本を読むとはどういうことか」を考えさせてくれる一冊です。あと、とても短いのですぐに読めるのも高ポイント。

本を読む本

本を読む本 (講談社学術文庫)
J・モーティマー・アドラー V・チャールズ・ドーレン
講談社
売り上げランキング: 2,131

こちらも定番。ある程度本を読む力があるなら、読書についてはこの本を抑えておけば大丈夫でしょう。特に、知的生産における読書の基礎が徹底的に固められています。

本はどう読むか

本はどう読むか (講談社現代新書)
清水 幾太郎
講談社
売り上げランキング: 69,274

著者個人の読書体験が紹介されていて、普遍的なノウハウではないものの参考になる部分はたくさんあります。ポイントは読み手としての成長でしょう。誰しも最初は初心者であり、その後だんだんと熟達していきます。当然そこにはノウハウの乖離があるわけです。そうした遍歴をたどれるのも、一人の人間の体験を掘り下げるからこそと言えるでしょう。

それでも、読書をやめない理由

それでも、読書をやめない理由
デヴィッド・L. ユーリン
柏書房
売り上げランキング: 654,780

こちらも著者の読書体験を掘り下げた一冊。ただし視点は、ぐっと現代に置かれています。インターネット、ソーシャルメディア、スマートフォン。そうしたものが登場し、情報がお手軽に摂取できる時代になったとしても、「それでも」読書をやめない理由とは何なのか。面白いお話です。

プルーストとイカ

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?
メアリアン・ウルフ
インターシフト
売り上げランキング: 62,723

以上のお話を、神経学的に掘り下げたのがこの一冊。読書という体験を重ねれば重ねるほど、私たちの脳はそれに最適化していきます。本を読む脳と、本を読まない脳は、貴賎は別にして違うものなのです。その点は、結構しっかりと考えておきたいところです。

そのとき、本がうまれた

そのとき、本が生まれた
アレッサンドロ・マルツォ マーニョ
柏書房
売り上げランキング: 121,006

グーテンベルク以降の「本」の歴史が語られる一冊。これはもう、すごく面白いです。私たちが今、自然と「本」と呼んでいるプロダクトがどのようにして生まれたのか。それは自明なものではなかったのです。「本」の歴史はただそれだけで面白いものがあります。

ベストセラーの世界史

ベストセラーの世界史 (ヒストリカル・スタディーズ)
フレデリック・ルヴィロワ
太田出版
売り上げランキング: 604,353

さらにプロダクトとしての「本」を掘り下げたのがこの一冊。ベストセラーがいかに「作られるのか」という逸話が数々紹介されています。当然、本書を読んでもベストセラーの「作り方」はわかりませんのであしからず。

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

もうすぐ絶滅するという紙の書物について
CCCメディアハウス (2013-08-16)
売り上げランキング: 68,671

プロダクトではなく、カルチャー・スタッフ(culture stuff)としての本にフォーカスした本。本好きのおっさん(というかおじいちゃん)の二人の対談形式です。含蓄とユーモアに溢れた、非常に心躍る時間が楽しめます。

本は死なない

本は死なない Amazonキンドル開発者が語る「読書の未来」
講談社 (2014-06-20)
売り上げランキング: 92,934

で、プロダクトとしての紙の本はもしかしたら役割を終えるのかもしれませんが、カルチャー・スタッフとしての「本」は、姿を変えて文化の中に息づいていくだろうね、と感じさせてくれるのがこの本です。

ぼくらの時代の本

ぼくらの時代の本
ぼくらの時代の本

posted with amazlet at 16.09.16
株式会社ボイジャー (2015-10-01)
売り上げランキング: 157,377

というようなことをたくさん読んで、頭の中で攪拌した後に出てくるのが、「じゃあ、ぼくらの時代の「本」ってなんだろう」という疑問で、モドは、グッズとしての本、プロダクトしての本、カルチャー・スタッフとしての本に多方向から光を当てています。

変化を受け入れるべきなのは何か。
あくまで残していきたいのは何か。

しっかりと考える必要があるのでしょう。

さいごに

というわけで、本(&読書)について書かれた本を10個セレクトしてみました。特にランキングではありませんので、どれも面白いです。

みなさんも、ぜひ好き勝手なベスト10を作ってみてくださいませ。

それはそれとして、私も「わたしがえらぶ倉下忠憲さんのベスト10」みたいなものが作れるくらいにたくさんの良い本を書いていきたい所存はあります。

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【書評】あなたの知らない脳(デイヴィッド・イーグルマン)

思っているほど、「わたし」は、自分をコントロールできてはいない。

氷山の一角、という言葉があるが、「わたし」という意識はまさにそれと同じである。

ややもすると「わたし」は自分の中心であるような気がしてくるが、実際は地下の工場から上がってくる報告を聞いて、「へぇ〜そうなんだ」と頷くだけの中間管理職である。ときどき悪さをして、「これって、俺の手柄だよね」と主張したりもする。

あなたの知らない脳──意識は傍観者である (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
デイヴィッド・イーグルマン
早川書房
売り上げランキング: 3,365

本書は、脳が世界を知覚するメカニズムを説き明かしながら、「意識」の役割を再定義し、その上で新しい刑罰の制度にまで言及している。非常に興味深い。

概要

目次は以下の通り。

第1章 僕の頭のなかに誰かがいる、でもそれは僕じゃない
第2章 五感の証言―経験とは本当はどんなふうなのか
第3章 脳と心の隙間に注意
第4章 考えられる考えの種類
第5章 脳はライバルからなるチーム
第6章 非難に値するかどうかを問うことが、なぜ的はずれなのか
第7章 君主制後の世界

第1章から第4章までは脳がいかに世界を捉えているかという話で、ポイントは脳は受動的な存在ではない、という点にある。光を受信したら、それに対応する光を「見る」といったことではなく、もっと能動的に世界を推論し、シミュレーションしている。その結果と、外部からの刺激をうまく整合させて、私たちの知覚は創造されているのだ。

そして、そうしたメカニズムに「わたし」(という意識)はほとんど関与も参画もしていない。そういうメカニズムが働いていることを一切気にすることなく「わたし」は王様のような振る舞いをしているのだ。この手のお話は脳神経学や心理学ではごく一般的で、『<わたし>は脳に操られているのか』や『意識はいつ生まれのか』あたりでも類似の話が紹介されている。V・S・ラマチャンドランや、オリバー・サックスの著作も合わせて読むと面白い。

さらに第五章では、そうしたバックグラウンドで発生しているメカニズムが複数あり、競合していることを提示する。ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』では、わかりやすく二つのシステム(システム1、システム2)に代表されていたが、実際はもっと多様な切り口がありうるだろう。どちらにせよ、単一の反応ではなく、複数の反応の可能性があり、そのうちのどれかが一つ選ばれる(勝つ)ことによって表面に出てくる、という考え方だ。著者はこれを政党のようなものだと表現している。わかりやすいたとえだ。

著者は続く第6章で、かなり踏み込んだ提言をしている。私が一番興味深く読み、一番反論したくなったのもこの章である。

社会適応トレーニング

著者は、「自由意志」なるものは存在しないか、存在しても因子として小さすぎてたいした影響はないと言う。その場合、行為者に対して行為の「責任」を問うことは難しくなる。行動が選べないような状況では、責任は発生しようがないからだ。しかし、著者は別に犯罪者を牢獄から解放しようと意図しているわけではない。単に犯罪を「非難に値するかどうか」という基準から裁定するのを止めるべきだ、と述べているだけだ。

自由意志が存在しないか、存在してもたいして力がない状況であれば、言い換えれば脳の状態によって人の行動がほとんど決まってしまうのであれば、著者の主張はすんなりと飲み込める。むしろまっとうな話に聞こえる。

私が言いたいのは、どんな場合も犯罪者は、ほかの行動をとることができなかったものとして扱われるべきである、ということだ。

こういう物の見方は、おそらく社会に寛容性をもたらすだろう。たしかに、非常に追い詰められた人や環境的に劣悪な状態にいる人は、そうでない人よりもはるかに犯罪を犯しやすい。ノーマルな状態から見れば、「そんなことやりっこない。やるやつは悪意があるからだ」と思ってしまうが、人は簡単に道を踏み外すものなのだ。周りが暗闇であれば。

だからといって「どんな場合も」とまで言えるのかは私にはわからない。少なくとも私は自由意志の存在を否定しきれていないので、より強くそう思う。

が、それ以上に気に掛かるのは、そのような犯罪者の「非選択性」を認めた上での、対処方法である。

市民の社会復帰を助けるために目指すべき倫理にかなった目標は、本人をできるだけ変えずに、その行動が社会のニーズに合うようにすることだ。

非常に素晴らしい理念に聞こえる。著者は、そのためのリアルタイム・フィードバックによる行動改善の方法も提唱している。人間にさまざまな衝動や欲求が発生することそのものは止めようがない。しかし、それを抑止するための力を増強させることはできるかもしれない。政党のたとえで言えば、きちんとした国会運営ができるように法律を変えたり議員を訓練したりするわけだ。

しごくもっとものように思える。しかしこれは、パターナリズムではないだろうか。一見そんな風には見えないが、実際はこれは個人に強いメッセージを発している。「社会に適応する人になりなさい。でなければ、私たちはあなたを認めません」。PSYCHO-PASS的世界である。

著者が提唱しているのはリアルタイム・フィードバックによるトレーニングだが、もし「社会適応できるようになる薬」が開発されたらどうなるのであろうか。あるいは脳に埋め込むナノマシンだったらどうか。それは男性にポルノ欲求を強いた脳腫瘍と何が違うのだろうか。それがある種の犯罪を犯した「対処」として(つまり刑罰ですらない)施されるのである。そこにおぞましさはないのだろうか。

そもそもなぜ人は、人を罰するのか。共同体を守るためであろう。「ルールを破るやつは、この共同体にはいらない」__社会的秩序とは概ねそのようなものである。それは世界における真なる善によって裁定されているわけはない。その社会のルールに合致する人と、そうでない人を線引きしているだけなのだ。だから、その所行は基本的には傲慢なものである。

人に罰を課すという行為について考える場合、私たちはその行為が持つ傲慢性について常に頭に止めておくべきではないだろうか。「社会をよくすること」ことが「社会がよいと思う人だけを認める」「社会がよいと思う人を意図的に作り出す」となってしまうのが、本当によいと言えるのかは__多様性がもつ強靱性(ロバスト)も考慮して__、足を止めて熟考したい。

さいごに

ともあれ、脳の状態によって「やむにやまれぬ犯罪をしてしまう」ことが、想像以上にあり得ることを認識した方が良い、という著者の主張は非常に頷ける。主体的意志は強いコントロール主ではないのだ。

その視点は、他人や自分を「理解」する上で大いに役立ってくれるだろう。本書はそうした知見を非常にわかりやすくまとめてくれている。

▼こんな一冊も:

〈わたし〉は脳に操られているのか : 意識がアルゴリズムで解けないわけ
エリエザー・スタンバーグ
インターシフト
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