炊飯器

「お前、これ使うか?」
段ボールに本を詰めていた僕に、先輩は小さな炊飯器を掲げてみせた。
僕は大量の本を、先輩はキッチン家電を、先輩の彼女は食器を段ボールに詰めていた。狭いアパートとは言え、3人で引っ越しの準備をするのは大変である。二人分の生活用品とは言え、年月と共に物は増えていく。まるで垢のようだ。月日が積み重ねていくものは、年齢だけではない。
「先輩たちは持っていかないんですか」
はっはっは、と先輩が笑い、隣の彼女が答える。
「うちのお父さんがね。炊飯器ぐらいは良いの使いなさいってもう買っちゃったみたいなの。新しいやつ」
「それがまたスゲーんだ。南部鉄器ってのを使ってるらしくってさ。かまどで炊いたより美味しいご飯ができるんだぜ」
誇らしげに胸を反らす先輩。でもきっと、先輩はかまどで炊いたご飯を食べたこともなけば、その高級炊飯器で炊いたご飯すら食べていないに違いない。クスクス笑う彼女さんが全てを物語っている。
「でも、信じられるか。炊飯器が10万以上もするんだぜ。それがあれば、一体どれだけの本が買えるか・・・」
「買っても、置く場所がないでしょ。新しい部屋だって、そんなに広いわけじゃないんだから。さあ、無駄口叩いてないで、さっさと箱詰めを終わらせましょう」
ほーい、と答える先輩は、僕の答えも聞かずにその炊飯器を箱の外に置いた。

僕の部屋にやってきた、新しい(そして古い)炊飯器は、その日から大活躍をはじめた。中古といっても、炊飯器なんてそうそう壊れるものじゃない。それに、きっと丁寧に使われていたのだろう。目立った汚れもなければ、潰れたボタンもない。それまでパスタが中心だった僕の食生活に、白ご飯という選択肢が生まれた。
学生アルバイトの身の上では、白米は少々値が張る。でも、一度作っておけば、冷凍することもできるし、使い勝手は広い。それに、炊きたての米粒を口に運んだときに感じる、あの独特の感覚はパスタでは決して得られない。DNAに何かが刻印されているのだろうか、と疑いたくもなってくる。一種の民族的記憶だ。
物にも記憶が宿るのだろうか。
在るべき所を移した炊飯器を見ながら、僕はそんなことを考えた。
新しい(そして古い)同居人は、もう違和感なく僕の部屋の風景に溶け込んでいる。でも、こいつは先輩たちの生活風景にも溶け込んでいたんだろう。毎日毎日白米に熱を加えながら、彼らが交わす言葉、流れる音楽、行き交う感情、どうしようもない沈黙を見つめ続けてきたのだ。クスクスと笑う彼女さんの姿が僕の頭に浮かぶ。先輩の顔は蒸気に覆われてぼんやりしている。
パーラリラー、パラリーラリー
炊飯完了のお知らせが鳴り響く。「なあ、お前、何を感傷的になってるんだよ。お前はお前、あいつはあいつじゃないか」炊飯器がそう語りかけてきた。その口調があまりにも先輩そっくりだったので、僕は思わず笑ってしまう。
「そうですよね。僕は僕だ。そして、炊飯器はここにある」
僕は炊飯器の蓋を開け、炊きたてのご飯をしゃもじで切り始めた。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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