Rashita’s Christmas Story 5

ピンポーン、とチャイムが鳴ったので玄関を開けると、サンタがそこにいた。
「メリークリスマス!今、新築マンションのご案内を──」
「興味ありません。結構です」
とドアを閉める。何が悲しくてイブにマンションを買わなければいけないのだ。私はパソコンに戻り、停止していたプレイリストの再生ボタンを押す。まあ、あの人もこんな時間まで外回りは大変だろうが、仕事しているのは私も同じである。
二つほど原稿を終えたところで、再びチャイムが鳴った。私が玄関を開けると、サンタがそこにいた。またか。
「メリークリスマス!どうだい、私と契約してサンタにならないかね」
「興味あり・・・え、?サンタ?」
「そうだよ、サンタだよ」そういって、そのサンタは大きな袋を抱え上げる。プレゼントでも入っているのだろうか。
「サンタのアルバイト勧誘ですか」
「いやいや、そうじゃないよ。正真正銘、純粋無垢、言語道断、絶体絶命のサンタさ」
「なんか変なことば混じってないですか」
「サンタは細かいこと気にしちゃいけないよ。太っ腹でGO!さ」
はあ、と答えを返す。新しい宗教団体だろうか。
「すいません、会員費とか払う余裕がないので・・・」
「そんなことはまったくノープロブレムだよ。ほら、ここに名前を書くだけだから。そうしたら、君は今日からサンタになれるんだ。このサンタの衣装もすぐさまプレゼントしちゃうよ」
そういってサンタは袋の中から綺麗に折りたたまれた赤い服を出してくる。勢いというか、雰囲気というか、ともかく私はサンタの衣装を手に入れた。

特に深い考えがあったわけではないが、一人っきりの部屋の中に、サンタの衣装が置かれているというのは実に奇妙なものだった。簡単に言ってしまえば落ち着かない。そのせいなのかどうか、あのサンタが帰ってから一行たりとも原稿は進んでいなかった。文章が生まれないと、フラストレーションだけが溜まってゆく。良くない兆候だ。しかし、お酒を飲むには早すぎる。
そのサンタの衣装を見て、私は一ついたずらを思いついた。
この衣装を着て、不機嫌そうな顔をしながら街を歩いてやろう。さぞかし、インパクトがあるに違いない。ニコニコ笑っているサンタはお馴染みだが、不機嫌をまき散らしているサンタなど滅多にお目にかかれないだろう。私なりのクリスマスプレゼントだ。さっそく私はサンタの衣装に着替え、街へと繰り出した。

街はいつも通りのクリスマス模様だった。ツリーが飾られ、LEDランプが輝き、飾り物が宙を舞っている。商品を売り込む熱気と、計算でラッピングされた打算が目に見えるかのようだ。
私はとっておきの不機嫌な顔をして街を歩く。早すぎず、かといって遅すぎず。私の顔を見るとたじろぐ人も確かにいた。メリークリスマス!と呼びかけられても、一切無視して歩いていく。でも、街は私とは関係なしに回っているようだった。一人ぐらい不機嫌なサンタがいても、共同幻想がそれを覆い隠してしまう。もしかしたら、他の人から見たら私はご機嫌なサンタに見えるのかもしれない。それでも私は歩き続ける。ここで止めるわけにはいかない。せめて何人かには「プレゼント」を配らないと。
あてもなく歩き回り、目についた角を曲がる。不思議なことに、サンタの服を着て歩いていると、まるで自分がサンタになったような気分になってくる。でも、不機嫌な顔は崩さない。自分のアイデンティティーを間違えてはいけない。
すでに何軒が閉店している商店街に出ると、言い争うような声が聞こえた。諭すような大人の声と、反発するような小さな子どもの声だ。
「そんなことないもん。じゃあ、あのサンタさんにきいてみる」
私がその言葉を理解したとき、すでに子どもは私の方に走り寄っていた。私は、浮かべる表情に困った。さすがにここで不機嫌そうな顔をするのは大人げないかもしれない。
「サンタさんは、いつからいるの?」見上げるように尋ねてくる。小学一年生ぐらいだろうか。ゲームのキャラクターをモチーフにした帽子をかぶり、ピンク色のカバンを大事そうに抱えている。
私はしゃがみ込んで、視線を合わせてから答える。「ずっと、ずっと昔からだよ」
「じゃあ、サンタさんは神様なの?」
「う〜ん、神様とはちょっと違うけど、似たようなものかもしれないね」
「じゃあじゃあ、プレゼントにママをお願いしても大丈夫だよね」
真摯な目の問いかけに、私の思考が一瞬止まる。が、創作はお手のものだ。
「サンタさんは神様じゃないから、そのお願いはちょっと困るかな。ママはプレゼントできたりするものじゃないんだ。その代わり、別のステキなものをプレゼントしてあげるよ」
きっと父親に言われたことと同じだったのだろう。その子はシュンと顔を落とした。父親が近づいてきて、軽く会釈を交わす。
「ほら、ルミ。サンタさんは、今日はとっても忙しい日なんだ。あんまり迷惑をかけちゃいけないよ」
話がややこしくなるといけないので、じゃあね、と言ってすぐさま私は立ち去る。しばらくしてから振り返ると、二人の手はしっかりと握られていた。私は、どんな表情を浮かべればよいのかわからなくなっていた。それでも、共同幻想の中を歩き続けた。

そろそろ帰ろうかと思っていたところ、ひらいたイベントスペースに多くの人が集まっているのが目に入った。「サンタ選手権」。どうやらサンタの衣装を着た人が集まって、何かの競技をしているらしい。赤い服があちこちに溢れかえっている。吸い込まれるように、私も会場に入っていた。ここでは、誰でもないサンタでいられる。
三輪車を改造したソリのレース、この街の地図を使った間違い探し、クリスマスケーキの早食い競争、・・・・・・。いくつかの競技が同時並行で行われている。選手権というか、出店のような感じだ。競技には、サンタの衣装さえ着ていれば参加できるようだった。家電量販店が協賛しているのか、各ゲームの賞品は今年話題になった家電ばかりである。真剣にそれを狙っている人もいるのだろう。サンタの争いを楽しそうに観戦しているカップルも多い。
街中で見かければ爆発しろと願うばかりのカップルでも、サンタの衣装を着て、サンタの中に混じっていると不思議とそんな感覚は湧いてこない。この中での異物は彼らなのだ。彼らは訪問者であり、滞在者であり、通過者に過ぎない。私たちこそが、サンタなのだ。たとえ家に帰り、サンタの衣装を脱ぎ捨てれば消え去ってしまうものでも、今この瞬間にここで感じている一体感は確かに本物だ。それこそが祝福の源なのであろう。もしかしたら、サンタの勧誘に来たサンタもここにいるのかもしれない。
私は会場内を歩き回り、一つの競技を見つけた。
マイクと共に、大きな電光掲示板が設置されている。デシベル、と表示があるので、どれだけ大きな声を出せるかを争う競技なのだろう。私は受付けに向かい、参加したい旨を告げる。「こちらにお名前とサンタ番号を」と書類が渡された。
「えっと、サンタ番号というのは?」
「はい、そちらのタグに記載されております」
とメガネをかけた秘書風の女性サンタが指さしてくれる。私が着ているサンタ衣装の袖に、小さなタグが付いており、そこに8桁の番号が記載されている。製造番号なのだろうか。あるいはこれは特別なサンタ服なのだろうか。ニコニコと笑っている秘書サンタは答えてくれそうにもなかったので、手渡された書類に名前と番号を書き付け、それを返す。「では、あちらへどうぞ」
マイクの前に立ち、胸の奥の奥まで息を吸い込んでから、街の通りという通りに響くように、私は叫んだ。
メリークリスマス!

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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