緊張しても「あがらない」ためにしていること 〜心と体のハウリング〜

人前で話すとき、

「緊張されているように見えませんね」

とよく言われます。2月に実施した新刊イベントのときにも言われました。

そういうとき私は、「いえいえ、すごく緊張してるんですよ。実際」と答えます。事実すごく緊張しているのです。心臓もばくばくいってしますし、ノドも乾きます。

たとえるなら、物書きにもかかわらず「緊張して心臓が口から出そうですよ」なんて陳腐なセリフが口から出てしまうぐらいの緊張です(実際に言いました)。

しかし、それでパフォーマンス(性能)が劇的に低下する__言葉がうまくでない、何を話すか忘れる__かというとそうでもありません。緊張しながらも、割と__むしろいつもよりペラペラと__しゃべります。きっと、ノルアドレナリンが分泌されまくっているのでしょう。

ようするに、緊張はするけれども「あがる」まではいかない、というところでしょうか。

それはたぶん「緊張しているように見えない」ことと関係していそうな気がします。

緊張は避けられない

身体的な反応として、緊張をゼロにすることはきっとできません。たとえば私が極度の選民思想の持ち主で、自分以外の人間は家畜以下の存在だ、と認識していたら人前に出てもまったく緊張しないでしょうが、さすがにここからHackを抽出することはできません。

人前に出たら緊張状態が始まる、という部分は前提として受け入れておいた方がよいでしょう。

その上で何かできることがあるとすれば、緊張しすぎないようにする、ということです。

そこで考えたいのが「ハウリング」です。

心と体のハウリング

スピーカーとマイクを近づけすぎると「キーン」と高い音がなるときがありますね。それがハウリングです。ウィキペディアによれば「スピーカーからの出力の一部がマイクに帰還されたことにより生ずる発振現象」と説明されています。正確なところはわかりませんが、フィードバック的な何かなのでしょう。

人間の心と体の関係は不思議なものです。心気症といったものもありますし、プラセボ効果なんてものもあります。「病は気から」はいささか乱暴すぎる表現だとは思いますが、気分を軽視してはいけないことは確かでしょう。

そこで私は思うわけです。自分が緊張していると強く思い込めば、緊張状態の身体的な反応が生まれてしまうのではないか、と。

さらに私は思うわけです。最初はちょっとした緊張だったものが、「自分はこういう状況だから緊張するに違いない。違いない。ほら、心臓もばくばくいってるし。緊張してるんだ」と思うことで、緊張のハウリングが発生して、どんどん大きく膨れあがっていくのではないか、と。

さいごに

学術的な根拠はなにもありません。

でも、心と体のハウリングは何かしら、どこかしらで起きているような気がします。

というわけで、私は緊張するような場面でもつとめて「普通」に振る舞っています。それで緊張が抑え込めるわけではありませんが、それ以上拡大するのを防げる効果はあるように感じています。

心理学の実験で、口元で笑みを作った人の方が楽しいと感じる度合いが強い、なんてものがありますが、方向性的にはそれに近いものでしょう。

適度な緊張を受け入れつつも、あがりすぎない工夫は何かしら取り入れたいものです。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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