ブログにピリオドをうつ

あっ、別にブログを止めるという話ではありませんので、あしからず。

以下の記事を読みました。

『ブログ論と、芸と、測定不能なもっとも大切なものについて』(Lifehacking.jp)

するとごくまれに、気づく日もあるのです。実は自分はすでに踊っていたのだと。そしてそれが楽しくて楽しくて、やめられないと思う日が。

それが、ただ書かれて終わる小説とは違う、現在進行形の作品であるブログのもつ「芸」の良さなのではないかなと思うのです。

記事の趣旨とは若干ずれますが、「踊る」と「現在進行形の作品」という二つのフレーズが心に留まりました。

たしかにブログは現在進行形の作品です。そして、私たちは(少なくとも私は)常に踊り続けています。あるときは楽しく、あるときは悲しみを持って__そのときの自分に合わせて、踊り続ける存在。それがブロガー(少なくとも私は)です。

それが当たり前だと思っていました。それが「あるべくしてある状態」だと思っていました。

でも、その考えが少し変わりつつあります。

もちろん、踊るのをやめたりはしません。なんといっても、それは楽しいものなのです。

ただ、一度はピリオドをうってみることも必要なのかな、という気もしています。

私の視点を選ぶ、私の視点

全ての楽曲はピリオドで締めくくられます。言い換えれば、ピリオドが「曲」を作るのです。

これまでたくさん踊ってきました。その日の気分に合わせて、そのときの状況に合わせて。その中には、気に入ったステップ、乗ってくる手の振り方、カッコイイ決めポーズなんかがきっとあります。それらを振り返り、一つの曲としてまとめること。言い換えれば「踊る」を「踊り」に変えること。そうした再構成によって、あたらしい価値が生み出せるのではないか、そんな予感があります。

ブログ一つ一つの記事は断片でしかありません。単独の存在です。しかし、その記事らは「私の視点」という共通項を有しています。その視点の中から、さらに共振性の高いものを選び、あらたに一つにまとめ直すこと。そうすれば「曲」が生まれるのではないでしょうか。その意味では、ブログはずっと続く音楽ではあるのですが、曲ではないのです。

こうしたまとめる作業は、簡単に言えば「編集」になりますが、ここではその言葉は使いません。そういう慣れ親しんだ言葉を使ってしまうと、見えにくくなってしまうものがあるからです。大切なことは、根本からきちんと考えていきたいところです。

時間と共に「読者」は変わる

ブログは、現在進行形の作品です。そして、その歩みは書き手だけでなく読み手も一緒に進んでいきます。

2010年ごろから毎日のように更新しているこのブログを、それこそ毎日のように読んでくれている方もいらっしゃるでしょう。逆に、2015年2月からRSSリーダーに加えて頂いた方もいらっしゃるかもしれません。このブログは一つですが、それぞれの人にとってのR-styleは異なっています。

きっと後から覗きにきた人には、このブログの「時間的厚み」はほとんど意識されないでしょう。それが「現在進行形の作品」であることのもう一つの意味でもあります。

誰でもが過去記事にアクセスできるオープンなブログではありますが、万人に対して同じというものではありません。記事が存在しても、読まれなければ無いに等しいのです。

特に私の記事は、タイトルの付け方があまりにキャッチーさにかけるので、検索経由でのアクセスは難しいものがあります。はてなブックマークもあまりつかないので、面白い記事を探す指標にはつかえません。各記事に表示される「関連する」記事で読み漁っていくことは楽しいのですが、3000以上もある記事を探索することは不可能でしょう。さりとて、最初から全部読んでね、というのも無理があります。

長い時間、その場その場で踊ってはきたものの、時間が経てば経つほど、その大半は見えなくなります。もちろん、「現在進行形の作品」を一緒に楽しんできた人にとっては、その体験は消えて無くなったりはしません。でも、後から参加した人はそうではないのです。

香りが変わる

R-styleは、一つ一つの記事が「読み物」として成立するように書いています。もちろん、全ての記事にその配慮ができているわけではありませんが、半分かそれ以上は単独で読める内容です。そして、(主観に過ぎませんが)どの記事も読み応えがあります。

そんな記事たちが(読み手からみて)消失してしまうというのは、もったいないように感じました。独善かもしれません。親切の押し売りかもしれません。それでも、セルフパブリッシングで電子書籍を作りました。最初に手がけたのは、この本です。

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Category Allegory 倉下忠憲

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ショートショートを集めた作品ではありますが、この本ではっきり手応えを感じました。これはブログとは別種の価値を提供するものだ、と。

素材そのものはブログに掲載した文章です。その意味では「ブログの文章を寄せ集めただけなんでしょ」と皮肉を言えるかもしれません。で、一面ではたしかにその通りです。でも、これは「現在進行形の作品」ではありません。はじまりがあり、おわりがあります。ピリオドがついているのです。そのことの本当の意味を、この本を作るまではまったくわかっていませんでした。ブログにのせた文章を本にまとめなおすと、香りが変わるのです。

自由に踊り続けていれば、ときどきジャンプが出てくるかもしれません。そのジャンプだけを集めれば、ひたすらジャンプの連続になります。そうすると、踊っていた中ではわからなかった、それぞれのジャンプの差異が目立つようになります。あるいは、並べ方によっては、ジャンプに違った意味を持たせられるかもしれません。つまりは、そういうことです。

それに味を占めて(表現が悪い)、次の本も作りました。

真ん中の歩き方: R-style selection
真ん中の歩き方: R-style selection 倉下忠憲

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R-styleの「厳選集」です。総まとめというよりは、「生き方・考え方」に関する記事がピックアップされています。おそらくR-styleが気に入らない人にとっては文字化けしたPDFファイルぐらいの価値しかないでしょうが、面白いと感じる人には楽しく読める本になっています。

R-styleを新しく気に入った人に、「現在進行形の作品」を同じように体験してもらうことはできません。それは時間という要素が関わっているのでどうしようもないことです。でも、それとは違った価値の提供の仕方はあるように感じます。

さいごに

その時その時に合わせて踊る。踊り続ける。

ひとしきり踊ったら、後からきた人にも楽しめるように工夫しておく。あるいは一緒に踊っていた人に別の楽しみ方を提供する。

もちろん、どんなブログでも同じことができるわけではありません。ニュース系・速報系は、あるタイミングで消費されるからこそ価値があります。それを後からまとめてみたところで、新しい価値の提供にはなり得ません(※)。ただ、読み物を提供しているブログなら(そしてリピーターが多く、アクセス経由が少ないブログなら)、まとめておく価値はあるかと思います。
※もちろん新規の分析を加えるなら話は別です。

あと、ごく当たり前の話ですが、記事が20個しかないブログの記事を10個まとめてもたいした価値は生まれません。それこそ年を超える継続があり、「最初から読むのはまず無理」というレベルになってこそ、というところです。

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