目標、思考矯正、書斎

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

目下、原稿がいろいろ滞っているので、今年のテーマを「着々、進捗」にしようかと模索中です。なんならTwitterで一日一回「着々、進捗」とつぶやいてみましょうか。

今、冗談だと思ったでしょ。

でもね、たとえば元旦とかに「今年一年はこれこれする!」とか高らかに宣言したとしても、よくて一週間後、わるければ3日後ぐらいには忘れてます。もう、まるっと忘れています。人の脳なんてそういうものです。

だからこそ、手帳とかに今年の目標みたいなものを「書き留める」わけですね。書くことによって、置き留めておくわけです。記録による情報の固定化です。

そうして固定化しておけば情報の消失は防げます。が、それだけでは十分ではありません。書いたものがもう一度目に触れない限り、記憶を想起する働きは生まれないからです。

だからこそ、「毎日見るツール」に書くわけです。ある人は手帳でしょうし、別の人はEvernoteかもしれません。だったら、Twitterでもいいですよね。毎日自分宛にDしてもいいくらいです。

その目標、大丈夫?

でもまあ、よくよく考えてみると、これは一種の洗脳です。軽く言えば、マインドハックです。思考矯正とすら言えるかもしれません。

骨折している骨をギブスで固めるようなもので、もちろん基本的には良いことなんですが、やっぱり注意は必要でしょう。悪しきものが、目標に混じり込んでしまうと、じわじわと淵に吸い寄せられてしまいます。これは、冗談ではありません。真剣な話です。

目標を設定することの重要性はたしかにあります。設定した目標をいかに進めるのかのノウハウも意味があります。

でも、根本的に、根源的に、ベーシックに、シンプルに、プリミティブに、立てた目標の良し悪しについて問うことも必要でしょう。

いやいやそんな、目標を立て間違うなんて、ありえないでしょ。

と思われるかもしれません。そうでないのは、企業活動をみれば一目瞭然です。能力の高いはずの人たちが、滑稽無糖な(あるいは有害な)目標を立てているではありませんか。人間の認識なんて限られたものです。誰しも間違うことがあるのです。

さらに私たちには社会的模倣という性質があります。人の影響を受ける、人の真似をする、そういう性質です。でもって、目標を立てることも、間違いなくそうした性質の影響を受けます。

自分の人生にとってどうでもいいことでも、周囲の影響を受けて「これが大切」と、思い込んでしまうことは珍しくありません。

だからこそ、「書斎」が必要なのです。

ここでの書斎は、概念的な存在を指しています。部屋としての書斎ではなく、周りと距離を置くための場所です。雑音を遮断する空間です。自分自身と対話するための時間です。

そこで、自分が大切にしたいと思っていることを確認すること。自己を確立(あるいは再生)すること。人生を深化させること。

そういうものの上に立った目標ならば、ある程度は安心して自分の行動をゆだねられるのではないでしょうか。少なくとも、納得感は得られるでしょう。

さいごに

大げさな話に聞こえるかもしれませんが、そうではありません。

「生きるとは何か?」みたいな哲学に入り込む必要はありません。自問の中で「おいしいカレーが食べたい」とかが出てきてもいいのです。それがFacebookの写真を見て思ったのでないのならば、たぶんカレーに対する根源的な欲求があり、それを充足していくことが人生の納得感を増やすことにつながっていくでしょう。

空虚なものが残るのか、納得感が残るのか。そこには大きな違いがあります。人はやがて虚無に吸い込まれますが、だからこそ納得感の多さこそが鍵を握るのかもしれません。

しかしながら、自分のプリミティブな欲求が見えにくくなっているのが現代です。そういう現代だからこそ、目標の立て方についても、改めて考えておく必要があるでしょう。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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