0.01%の変化

人生を変えたいと願う人たちがいる。それも劇的に人生を変えたいと願う。今日よりもずっと素晴らしい明日を手に入れる。未来を手中に収める。普遍的ではないが、ありふれた欲求だ。

未来に希望を持つのは、人類の希有な特徴である。だからこそ、私たちは文化を発展させてきた。未来に希望を持たない生物種にそのようなことは生じない。だから、人生を変えたいと願うこと自体はいびつではない。

しかし私たちは急激には変われない。

私たちの肉体を構成する細胞は、新陳代謝によって変化する。しかし、それは徐々に進むものだ。急激ではない。脳内ネットワークでもそうだ。私たちの脳は可塑性を持つ。ただしそれはゆっくりと進む。だからこそ、アイデンティティーというものが成立しうる。それが無くなくなれば、私は私ではなくなるだろう。「自分」は今よりももっと曖昧になるはずだ。

よって人生を変えたいのならば、次のように宣言しなければならない。「私は人生を劇的に変えたい。だから、そのために今日少しだけの変化を起こす」と。

少しだけの変化は劇的なものではない。ここにジレンマがある。それは物足りないし、何も変わっていないようにも思える。しかし、それだけが現実的にできることだ。

細胞は、その大半をコピーして、ごく一部をランダムに改変し、進化に見えるものを引き起こす。あとはそれを繰り返すだけだ。その成果は、今私たち自身が目にしている。劇的でないと誰が言えるだろうか。

99.99%は同じでいい。変わらなくていい。それが変わらないことには理由がある。制約は、阻害を意図して存在しているわけではない。重力が私たちを地球に縛り付けるために存在しているわけではないのと同じである。

もしその制約を無視してしまえば、何かが壊れるだけだ。何かを壊したいと思っているのでない限りは、お勧めできない。一度壊れてしまうと、それは二度と復元できない。よって、「とりあえず、やってみればいい」という安直なアドバイスは存在しえない。取り返しがつかないからだ。折れた骨はいずれくっつく。切断された右腕はそうはいかない。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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