頭の中の概念を整理するツール

頭の中にいくつかの概念が浮かんでいる。着想、と言い換えてもいいだろう。

この扱いが難しい。


それぞれの概念は独立していながらも、強くリンクを求めている。思春期まっただ中の男子学生のように「つながりたい」と希求しているのだ。

≪無謬幻想≫≪正解信仰≫≪モノクーミズム≫
≪省エネ嗜好≫≪マニュアリズム≫≪慣性的自我≫

これらに関係があることはわかっている。私の頭の中で、それぞれの概念が呼応しているのだ。つながりの予感は灰色の部屋の中に満ちている。

しかし、それを記述することはできない。少なくとも、その構造を明示することはできない。

それぞれの概念は、その内側に記述を持つ。ラベルだけではなく、「〜〜とは、これこれこういうことで」という説明がついてくる。ただし、まだその記述は書き切れていない。時間をかけてゆっくりと肉付けしていくことになる。

やっかいなのは、その記述に他の概念が登場しうる、ということだ。何せそれぞれには関係があるのだ。そういうことはいくらでも起こりえる。

たとえば、≪モノクーミズム≫の中に、≪無謬幻想≫が登場するかもしれない。アウトライナーで言えば、≪モノクーミズム≫の下位の階層に≪無謬幻想≫が位置するわけだ。問題は、≪無謬幻想≫の記述も空白であり、そこに≪モノクーミズム≫が登場する可能性もある、ということだ。こうなると循環に引き込まれ、確定された構造を明記することは不可能となる。

少なくとも現時点において、あらゆるものが最上位概念になりうるし、またあらゆるものが別の概念の下位につきうる。もっと言えば、いまだ見つけられていない概念すらあるかもしれない。流動的かつ未確定な状態なのだ。

脳の中なら別にそれでも構わない。この不思議な情報空間は、そのような状態をするりと受け止める。しかしそれを、何かしらの情報ツールに転写しようとするとやっかいが生じる。そこでは、確定された構造が求めらる。しかし、それは存在しない。現時点では「仮説としての構造」すら持ち合わせていない。

よって、そうした情報ツールにこれを落とし込むことはできない。できることと言えば、せいぜいそれぞれを独立したファイル(ノート、ノード)として入力することだけだ。でも、その状態は、私の脳の中にある機微をほとんど再現できていない。野菜と肉抜きのカレーのようなものだ。


最終的には構造に向かうものの、経過段階では構造的記述を要求しないもの。ギリギリまで構造化を回避できるもの。それでいて、呼応関係を明示できるもの。さらに言えば、肉付け的記述が可能で、そこにハイパーリンクがあれば最高だろう。

たぶんそれが、思考のためのツールと呼びうるように思う。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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