逆効果なエフェクティブ <Dr.hack>

「やあやあ、よく来てくれたね」
 研究所となっているマンションの一室に入ってみると、ハカセが両手を拡げて迎え入れてくれた。
「どうしたんですか。めずらしく呼び出しなんて」
 僕が問いかけると、ハカセがニンマリ頷く。「ちょっとしたアルバイトみたいなものさ。君も何かと入り用だろう」
 そう言うと、ハカセのニヤニヤが一層強まった。そうなのだ。先週はサクラさんの誕生日があって、財布の薄さがひどいことに……。
「というわけで、さっそく本題に入ろうじゃないか。二つのことを考えてくれたまえ」
 そう言ってハカセは、あらかじめ準備してあったホワイトボードに大きく書きつけた。
≪クラスで人気ものになる方法≫
≪再現性の付与≫

 

「ちょっとした思考実験だよ。こういう本があったとしよう」
 ハカセはホワイトボードに長方形を描き、その中に≪クラスで人気ものになる方法≫と小さい字で書き入れる。
「どう思うかね。仮にこういう本があって、その本には「クラスで人気ものになれる方法」がわんさか書いてあったとしよう。それをじっくり読んで、実行に移せば本当にクラスの人気ものになれると思うかね?」
 う〜ん、と僕は考え込む。「ちょっと理由はわからないですけど、なんとなくそれは無理っぽい気がしますね」
「だろうね」とハカセは頷く。「その理由について考えてみようじゃないか」
 理由? 一体何だろうか。理屈は固まらないが、なんとなくそれは道理が通らないような気がする。でも、どこにその違和感のもとがあるのかはわからない。
「まずそのノウハウに、本当に効果があるのかが問われるべきだろう」
「そりゃそうでしょうね」
「しかし、話を簡潔にするために、効果があるものだとしよう。問題はその再現性だ」
「再現性?」
「あるクラスにおいて、そのノウハウを実施した結果、人気ものになれたとしよう。素晴らしいことだ。しかし、それが別のクラスにおいて役立つことはなんら担保されていない。行きすぎた帰納だ」
「たしかに、クラスが違えばそこに属する生徒も違うわけですから、ノウハウの有用性も変わってきそうですね」
「それだけじゃない」ハカセは指を一本立てた。「実行する人間も変わっている点がある。プロゴルファーのスイングを注意してみてごらん。みなそれぞれに違った振り方をしている。もちろん、大まかには同じだよ。それでも注意深く観察すれば、リズムや腰の使い方、それに腕の振り幅なんかが違っている。それは、それぞれの体格や筋力が違うからだね」
「なるほど。つまり、人が違えば、ノウハウの細かい部分も変わってくるということですね」
「そう考えるのは何も不自然なことじゃないだろう。そういう意味で、そのノウハウには効果があるとも言えるし、ないとも言える。まずその点に留意が必要だろう」
 そう言ってハカセはホワイトボードの本の下に「効果あり」「効果なし」と書き込んだ。そして、「効果あり」から一本の矢印を伸ばす。
「では、仮にそのノウハウが普遍的に、言い換えれば汎用的に効果があるものだったとしよう。その本をAくんがウキウキしながら読んでいるところを、クラスメイトに見つかってしまう。Aくんは、さんざんからかわれたあげく、結局その本はクラス中で読み回されることになった。さて、どうなるだろう」
 う〜ん、と再び僕は考え込む。
「ややこしそうですね」
「それは間違いないね!」
 ハカセはハッハッハと声を上げて笑った。「でも、それを考えるのがこの思考実験の肝だよ。ちょっと場合分けをしてみようか」
 ハカセはホワイトボードにさらに書き足す。≪満場一致≫≪疑心暗鬼≫
「まず、そのノウハウは普遍的に効果があるんだったね。だったら、そのノウハウを読んだクラス中が「人気ものになれるノウハウ」を手にしたことになる。仮にそれを全員が行使したらどうなるだろうか。単純に考えれば、クラスの全員が人気ものになってしまう。しかし、これは定義的に少しおかしい。人気もの、というのは他と比べて突出していなければいけないからね」
「でも、人気ものにも高低があるんじゃないですか」
 僕は思いついた疑問を挟み込む。ハカセが僕に求めていることでもある。
「言いたいことはわかるよ。同じ人気ものでも、1番人気があるのと、31番目に人気がある、ということだね。でも、これは詭弁だろう。少なくとも31番目に人気があるとされた生徒にとってはね。言葉の定義を拡大して、ノウハウの効果を誤魔化しているにすぎない」
 僕は31番目に人気があると言われた生徒のことをちょっと想像してしまう。そして、心が痛くなってしまう。そんな人気ぐらいなら、いっそぜんぜんない方がいいくらいだ。
「よって、この場合は矛盾が発生する。となると、次だ」
 ハカセは≪満場一致≫にバツをつけ、≪疑心暗鬼≫からさらに矢印を伸ばす。
「クラス全員がノウハウを知っているということは、誰かがそのノウハウを使えば、「あっ、あいつ人気ものになろうとしているぞ」と察知されることを意味する。そうなると、その意図的な行動は逆の結果を引き起こしかねない」
「そういうのよくありますよね。いかにもって感じでテクニック使ってくる人間って薄っぺらい感じがします」
「それがクラス中に広がっているんだ。しかも、ごく自然な動作でそのノウハウに近しいことをしようとする生徒__きっと彼はもともと人気ものになる素質があったんだね__ですら、「作為的だ」と糾弾されることになる。彼は混乱するだろう。そうじゃないんだ、と。でも、その声は誰にも届かない。何せ、そのテクニックがあることは、彼自身も知っていたはずだからだ」
「なんだか、怖い話ですね」
「そうだね」ハカセはゆっくりと頷いた。「そうしてクラスの雰囲気はギスギスしたものになる。自然な調和はすっかり壊されてしまった。まるで、外来種によって元からあった生態系が破壊されてしまうみたいに、ね」

 

次回:整えられた再現性

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