Rashita’s Christmas Story 8

 視界の端の時刻表示が23:59から00:00に切り替わる。セカンダリースペースに置いておいた動画サイトから、サービス名を高らかと宣言するPR音声が溢れてくるが、今は気にしている場合ではない。イベントの始まりだ。

 僕はずっと待機していたイベント入場画面の「開始」ボタンが、暗い背景色から、赤みがかったクリックを促すような明るい色に変わった瞬間にそれをプッシュする。すぐさまローディング画面が視界いっぱいに表示された。予想通りサーバーは混雑しているようだ。

 僕は一時的にオフスクリーンにして、体を伸ばす。疑似フルダイブ型のVRは、体の動きが画面操作に直結してしまうので、予想外の動作を避けるためにはオフスクリーンにするのが基本だ。せっかくいの一番に乗り込んだイベントを「戻る」でキャンセルしてしまっては元も子もない。なにせこのイベントは、その内容も得られる報酬も、事前にはいっさい告知されていない。「惨劇のクリスマス」という不吉なイベント名と、開始時間だけが開示されただけだ。

 今どきのゲーム運営ではずいぶんと珍しいスタイルで、プレイヤーたちは大いに戸惑った。だからこそ、ゲーム攻略情報を公開している僕にとってはまっさきに乗り込む価値があると言える。きっと、僕のような引きこもりゲーマーが画面の向こうで今か今かとローディングが終わるのを待っているだろう。さっさとイベントをクリアし、その内容と適切な攻略方法を真っ先に提示できたサイトは、著しいPVをゲットできるだろう。通常のイベントでもバカにはならないが、今回は内容が不明瞭なイベントなのでいっそう期待できる。

「ゲーム運営会社からのクリスマスプレゼントみたいなもんか」

 僕は自分の冗談につい笑ってしまう。引きこもりのゲーマーにも振る舞われるクリスマスプレゼント。サンタさんも忙しい。

 now loading……の表示が消え、Ready? の文字がでかでかと表示された。

 僕は右手の親指と人差し指で輪を作り、少しだけそれを前に伸ばす。承諾のサインが受諾され、イベントが開始された。

※ ※ ※

「なんだ、あっけねぇ〜な」
 きっと、イベントに参加したプレイヤーは皆同じことを感じただろう。「惨劇のクリスマス」は、ソロプレイ固定イベントで、必要レベルも15〜だった。チュートリアルを終了して数日でもプレイすればたどり着けるレベルだ。また、ソロプレイ固定イベントは基本的に厄介な敵は出てこない。麻痺や石化は、単独戦闘だとそのまま死に直結するし、魔法しか効かない敵キャラは、武闘僧では絶対に歯が立たない。だからどうしても、誰がやっても問題なくクリアできる難易度設定になってしまう。

 攻略組にせよ、情報組にせよ、レベル100以上はザラザラいるので、このイベントは楽勝以外の何ものでもなかった。具体的な内容は、暴走したスノーマンを討伐すること。一応三段階の難易度が設定されており、街を徘徊するスノーマン、森に潜むスノーマン、ダンジョンを彷徨うスノーマンと徐々にレベルは高くなっているが、それでもレベル100のプレイヤーが苦戦するほどでもない。ダンジョンの奥に強力なボス__ビッグ・スノーマン__がいるかと思いきや、そういったものも一切登場しなかった。

 そもそもスノーマン自体、動きが遅く、攻撃力もほとんどない。低いボイスで威圧をかけてくるが、小学生低学年くらいでないとビビることはないだろう。どこまでいっても余裕の戦闘だった。

 それでも、スノーマンは後から後から湧いてきた。街が雪に覆われているのだから、それも当然だろう。ポップの限界はどうやらなさそうだった。

 僕は一体、また一体とスノーマンを屠っていった。イベント専用のウィンドウには、スノーマン・カウンターなるものがあり、その数字が徐々にカウントアップされていく。どうやら、どのマップでスノーマンを狩っても、カウントは同じように進むらしい。どのスノーマンでも困るレベルではないし、一応経験値もそれなりにもらえるが、イチイチ帰るのも面倒なので、僕は初期配置の街でスノーマンを狩ることにした。同じように考えているプレイヤーも多いようで、街には見知った顔が余裕の表情でスノーマンを狩っていた。

 珍しくイベント中にチャットが飛んでくる。普段は、生き馬の目を抜く__スノーマンを倒すよりもはるかに難しそうだ__戦いをしているもの同士、イベント中には一切情報のやりとりを行わないのだが、今回は「ハズれ」イベントの匂いが濃厚で、僕以外のプレイヤーも毒牙を抜かれているのかもしれない。僕も、半ば無意識でスノーマンを狩りながら、チャットのウィンドウを開く。情報組の古参プレイヤーからだった。
「おい、これいつまでやるんだ」
「とりあえず、100体を目指そうと思っている。カウントが3桁までしかないから、いっても999までだろう」
「なるほどね」
 無限にスノーマンが湧いてくる上、「この弱点を突かないと負ける」といった要素も皆無なので、攻略情報などどこにもない。ソロプレイ固定ゆえに効率的なパーティーの組み方も模索しようがない。ただひたすらにスノーマンを狩るだけ。それだけだ。あきれるほど退屈だが、不思議と撤退しているプレイヤーはほとんどいないようだった。まだ報酬が明らかにされていないからなのか、そうではないのか。

 次第に僕もスノーマン狩りに夢中になっていった。目の間に出てくる敵をただ倒す。そんな単調な作業は久しく忘れていた気がする。95、96,97、98、100。あっという間にスノーマンカウンターは100に辿り着いた。鈴鳴りのジングルと共に、大きなウィンドウが開く。
≪Congratulation! You get a present!≫
 提示された報酬は、ミステリーキューブ1つ。
 ……
 ショボい。実にショボい。ガチャすら回せない。まあ、イベント自体が簡単なものだったから、当然と言えば当然だけど、待機してまでイベントに一番乗りした期待は、思いっきり空振りしてしまった。
 ふとウィンドウのスクロールに気がつく。追加の説明があるらしい。
「おめでとうございます。あなたにはミステリーキューブ1つが送られます。あるいは、ミステリーキューブ1つをもらう代わりに、他の誰か二人にミステリーキューブ1つをプレゼントすることもできます。プレゼントしますか?」
 一瞬何が書いてあるのか理解できなかった。落ちているミステリーキューブ1は、ドラゴンの根城の前でも拾っておけ、がこのゲームの鉄則である。なのに、それをもらわないなんて選択があるだろうか。
 もう一度文章を読む。ゆっくりと氷が溶けるように、意味を吟味していく。僕がミステリーキューブ1つを放棄すれば、他の誰か二人が1つもらえる。つまり、全体のミステリーキューブが1つ増える、ということだ。
 僕は想像してちょっとゾッとしてしまった。貨幣でこんなことをやれば、一気にインフレになってしまうだろう。しかし、このゲームではシステム内でミステリーキューブが完結していて、直接トレードも金銭トレードも不可能になっている。完全に運営会社の管理下に置かれているのだ。だから、システム内でミステリーキューブがどれだけ増えても、新しいガチャなりなんなりを投下すれば問題は何も起きない。それにしても大胆な内容である。誰も反応しなければ、ただのショボいイベントで終わってしまうのだから。

 僕は考えた。普通に考えれば自分でキープしておくのが良いだろう。僕が誰かにミステリーキューブを送っても、誰かから僕にキューブが送られてくるとは限らない。どうやらプレゼント相手はランダムに選ばれるようなので、どれだけ有名プレイヤーと友達であっても意味は無い。でも逆に、ある程度のキューブがプレゼントされるならば、一定の確率で僕に返ってくることになる。というか、全員がプレゼントを選択すれば、確率上は期待値は2倍になるはずなのだ。
 しかし、100人中99人がプレゼントを選択し、ひとりだけが自分のポケットに入れてしまえば、そいつだけが少し得をすることになる。そして、誰もがそのひとりになろうとすれば、結局期待値は変わらない。
 どうやら運営会社は、ゲームのイベントを使って、別のゲームを僕たちにやらせたいらしい。

 周りを見渡すと、他のプレイヤーも虚空を見つめて止まっている。ウィンドウのメッセージを「読み取って」いるのだろう。僕はふと我に返り、思わず笑ってしまった。そもそもミステリーキューブ1つなんてそれほど価値のあるものではない。入手が困難だから貴重ではあるが、かといって少なくとも5つ集めないとノーマルガチャすら回せないのだ。でも、僕たちはついつい真剣にこのイベントの攻略方法を考えてしまっている。それがゲームというものなのだろう。

 僕が≪誰か二人にプレゼントする≫を選択すると、スノーマンカウンターはゼロに戻った。それを確認した後で、先ほど声を掛けてきたプレイヤーに僕の意図を開示する。すぐさま彼は同意してくれた。なんと言っても彼もゲーマーなのだ。いったんイベントからログアウトし、情報を待ち望んでいるあまたのプレイヤーに向けて僕はシンプルな記事を書いた。きっと彼も別のテイストで記事を書いてくれているところだろう。
「今すぐイベントに参加して、みんなにプレゼントを配ろう」
 タイトルをそうつけた記事のPVなど気にすることもなく、僕は即座にイベントに戻り、そのまま夜が明けるまでスノーマンを狩り続けた。時間が経つにつれ、プレイヤーは増え続け、スノーマンは惨劇に見舞われた。
 僕たちにはミステリーキューブが見舞われた。

 メリークリスマス!

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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