棒を買う

15歳だかの誕生日の朝に起こされて、王様に挨拶に行ったら、魔王を倒せと命じられて雀の涙ほどの軍資金を渡される。なぜ自分が?という疑問も、「そなたは勇者なんだから」という無茶苦茶な理由で押し切られる。でも、不思議と「そうか、自分は勇者なんだから、仕方がない」という気もしてくる。人生なんて基本的に受動的なものでしかない。そこから何を選び取るのかが人の意志なのだ。

最終的に成し遂げなければならないのは魔王の討伐である。実際は世界に平和をもたらすことが最終的な目的であり、魔王の討伐はそのための目標でしかないのだが、どう考えても「すいません立ち退き料払うんで、帰ってもらっていいですか」という説得に応じてくれそうもないので、選択肢としては魔王をやっつけるしかないだろう。

だとすれば、魔王を打倒するだけの力と装備が必要だ。キラキラと輝き、全力の一撃を受け止めてくれる伝説の剣。おそらくその剣を持ってしか、魔王の討伐は達成できない。

勇者(と呼ばれた青年)は、「最終的な理想」をありありとイメージする。そんなことが本に書いてあったからだ。すべての物事は二度作られる。そこに向かって進んでいこうと、強く決意する。モチベーションは重要だ。

しかし、しかしである。

旅立ちの街にいる勇者が、まっさきにとるべき行動は、「棒を買うこと」なのだ。伝説の剣とは比べようもない≪ひのきの棒≫を5G支払って買うことなのだ。唖然とする格差ではないか。みっともなく、かっこ悪いではないか。でも、どうしようもない。それしか選択肢がないのだ。

もちろん、少し違った選択もあるかもしれない。素手で倒せるだけの敵と戦い続け、必死にお金を貯めてもいい。なんなら街の中で商売の真似事をすることだってできる。それで、高価な剣が買えるだけの貯金をしてもいいだろう。すごく時間がかかるだろうけれども。

しかし、仮に剣を手にしたところで、ろくな敵と戦っていない勇者(と呼ばれた青年)にはそれが扱えないだろう。筋力もおぼつかないはずだ。

そうした問題も、サプリメントとジムでの筋トレで補ったとする。気の長い話だし、たぶんその間に世界は滅びてしまっているだろうが、なぜだか魔王が酔狂な性格をしていて、勇者が来るまで暢気に待ってくれていたとしよう。どうせ彼らは長い寿命を持っているので、そうして待つのも遊びの一種みたいなものだ。

だとしても、だ。

そこまで勇者(と呼ばれた青年)に有利な環境が整っていたとしても、彼が伝説の剣を手にすることはない。その剣は、強敵がうろうろと徘徊するダンジョンの奥深くに眠っているからだ。その剣は、自ら冒険したものしか手にすることができない。街の中には売っていないし、ヤフオクで入手することもできない。

そして、その剣こそが魔王を打倒する剣なのだ。

雀の涙の軍資金でひのきの棒を買い、それで倒せるだけの敵を倒してレベルアップと軍資金集めを進める。そうして徐々に高価な武器を手にしながら、戦闘経験を積んでいく。もしかしたら仲間も集まるかもしれない。そうやって世界を旅し、見たこともない風景を転々としながら、どこか誰も知らないダンジョンの奥底で、宝箱と遭遇する。その宝箱にはもしかしたら≪ギフト≫と銘打たれているかもしれない。でも、それは関係ないのだ。その人が求め、歩き続けてきたからこそ手にできたものなのだ。

伝説の剣を求めているのにも関わらず、棒を買う。
伝説の剣を求めているがゆえに、棒を買う。

たぶん、一番難しいのはその選択なのだろう。ゲームだと簡単なのだが。

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