WorkFlowyにある等価性と絶対性

その1. アウトラインに存在する各項目は等価である
その2. それらすべては一つの大きな流れの下にある


その1. アウトラインに存在する各項目は等価である
 各項目に表現上の区別はない
 各項目は上位にも下位にも位置できる
 各項目はズームによってカレントになれる
 →すべては断片である
その2. それらすべては一つの大きな流れの下にある
 各項目は大きなアウトラインの一部である
 そこから逸脱することはできない
 移動しようが、ズームしようが大に位置する小の構造は動かない
 →ひとつの全体がそこにある


WorkFlowyは、一つの大きなアウトラインを持ちます。すべての要素(項目)はそのアウトラインの中に位置づけられます。原則的に「他の場所」は存在しません。まるで私たちの人生のようです。

『アウトライン・プロセッシング入門』が示すように、WorkFlowyはプロセス型アウトライナーであり、見出しと本文の区別がありません。すべての項目が同じ性質であり、いつでも見出しになれますし、本文にもなれます。その意味で、すべての項目は等価な存在です。

ときに一つの項目にズームして、その他の項目を無視することもできます。私たちが「今」という瞬間にフォーカスするかのようにです。結局の所、私たちの人生が「今」という瞬間の連続でしかないように、WorkFlowyの各項目もフラグメント(あるいはピース)な存在でしかありません。むしろ、そうであるからこそ、移動したりズームしたりが可能になります。

とは言え、すべての項目がどれだけ等価で自由であろうとも、一つの大きなアウトラインに位置していることは代わりありません。それぞれの項目は相対的自由を手にしていながらも、一つの大きなアウトラインという絶対性の中に制約されています。それを人は(もしかしたら)一貫性と呼ぶのかもしれません。自我と呼ぶ人もいるでしょう。自分の人生という呼び方だってあるはずです。

自分の人生の中に位置するもの、それらはどれだけ偉大であろうとも、あるいは愚かしくあろうとも、すべては等価で、相対的です。環境の揺らぎの中で、ズームするもの、上位に置くものは代わりえます。それを私は自由だと呼びましょう。

しかし、それらはどこまでいっても、自分の人生の中に位置するのです。どれだけズームしたってそれはかわりません。逃れられないのです。その絶対性を受け入れること。どこにも逃れられないことを、肯定的に受け入れること。

これもまた、私は自由と呼びましょう。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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