のろいビジネス

特異なスキル、あるいは限定的な境遇に恵まれた人だけが成し遂げられることを、「誰でもできる」成功法として騒ぎ立てること。それは人の心に影を落とす。「誰でもできる」はずのことができない自分に、自尊心を持つ人などいるだろうか。そうして傷ついた自尊心は、さらなる出費を許容する。呪いビジネスだ。

呪いビジネスの収益源は、希望と絶望の相転移から生じるエネルギーだ。彼らはそのためにかりそめの力を与える。代償に口をつぐんで、限定的にしか機能しない力を与える。それだけで、人の心は希望に膨らむ。夢を見る。そして、現実を直視し、絶望へと堕ちる。

堕ちた人間は発言力を無くし、認識から疎外されるのだから、そこにできあがるのは成功者バイアスで溢れかえる世界だ。非常にビジネスしやすいだろう。そのようにして、呪いは循環していく。やがて、致命的なまでに誰かを蝕むまでは。

救いがあるようにみえるとき、希望がそこに灯るように思えるとき、それらが巨大であり、かつ簡単に手にできそうなものであればあるほど、そこに潜むのは欺瞞でしかない。そのような条理を覆すものをなんと呼ぶか。魔法である。そして、魔法には代償が必要なのだ。

銀の弾丸を求める気持ちは、経済的損失を呼び込むだけではない。この世界に銀の弾丸があり、しかも自分はそれを持っていないと感じる認識は、心に歪みを生じさせてしまう。ほんとうは、そんなものは存在していないのだ。誰も持っていない。ただ、たまたま突き刺さった銀の槍の破片を、誰かが「銀の弾丸だ」と騒ぎ立てているに過ぎない。それが呪いを呼ぶとも知らずに。

あるいは、知っていてやっているのかもしれない。

誰であっても、自分なりの努力を積み重ねることはできる。その範囲で手にできる成果もまたあるだろう。それは一つの真実と言える。

一方、人生に起こる出来事は、影響を与える変数が多すぎる。一ヶ月後の天気でさえ正確な予測は難しい。地震ならなおさらそうだ。だったら、地殻変動と人間の感情と、思惑と、経済と、その他あらゆることが関係する人生を予測し、なおかつ制御することは可能だろうか。魔法ならば、可能だろう。つまりは、そういうことである。

一方では、自分ができることがあり、それをやっていくしかない人生というものがある。もう一方では、どうしてもままならない人生というものがある。その両方は、もしかしたら難しいかもしれないが、なんとか折り合いがつけられるものである。あるいは、ままならないからこそ、自分ができることを自分なりに精一杯やるしかない、と前向きに止揚することもできる。

たぶんこれも、真ん中の歩き方ではあるのだろう。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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