電子書籍市場と辺境の人たち

『出版ニュース2017年3月上旬号』の「特集:2016年電子出版市場と「電子化率」の相関関係」を読んだ。鷹野さんの記事だ。

出版ニュース2017年3月上旬号 – 雑誌・電子書籍 | BookLive!

出版物の「電子化」はどれだけ進んでいるのか。それがデータを元に解説されている。で、ポイントは「売っていないものは買えない」だ。しごく当たり前の話だが、少し考えてみよう。

たとえば、とある出版主体が「電子書籍って売れないよね」と思っていたとする。その主体からした合理的判断は、「電子書籍にはあまり注力しない」となるだろう。点数を揃えず、販促にも力をそそがない。だって、売れないのだから。結果どうなるか。当然、売れない。「ほら、やっぱり売れない」。

予言の自己成就だ。

もちろん売上げがゼロということはなかろう。しかし、このような状況でキャズムを越えるような出来事が起こるとは想像しにくい。どう考えても、注力が足りていないからだ。

もし出版主体が「電子書籍は売れる。未来がある」と考え、全力で取り組んでいたら、書い手からみても好ましいラインナップになるだろうし、消費刺激施策はノンカスタマーまで広がっていく可能性がある。そうなれば、市場が広がり、活性化され、本当に売上げが増える──少なくともその可能性は生まれる。

イノベーターの出現場所

現状、電子書籍の市場は小さい。文字モノは特にそうだろう。今この市場に参加する旨味は小さい。でもって、あらゆるイノベーションは、参加する旨味が小さい段階から足を踏み入れ、投資を積み増した先駆者が実現するものだ。もちろんリターンは彼らがかっさらう。IT化によってその傾向はより強まっている。

問題はしがらみだ。しがらみはいろいろなものを束縛する。そして、その束縛を抜け出せるほどの力を持たない中小主体は、現状維持するしかない。逆に、力を持つのなら、新しいしがらみを自らで生み出していける。市場はそこから変わっていくかもしれない。

あるいは、革命は辺境から生まれることもある。中央からはほど遠い、既存の出版ビジネスと縁遠い場所から、破壊的イノベーションがもたらされることもありうる。その波が生み出すものは、これまでのビジネスモデルとはまったく違っているだろう。

どちらにせよ、変化がまったくないビジネスはほとんど考えられない。いつかは何かが変わるのだ。

今買っている人たち

電子書籍の恩恵をまっさきに受けるのは誰か。はっきりしている。大量に本を買い込んでいる人間だ。

本をたくさん買っている(=持っている)人ほど、電子書籍はありがたい。蔵書管理は、あらゆる読書家の悩みであろう。置く場所がないのだ。まるで自己増殖するみたいに本は増えていく。本棚が一杯だから買い控えよう、ということすら起こりうる。購買活動におけるボトルネックが生じているのだ。言い換えれば、消費者はその点で「困っている」のだ。

「困ったままでいいから、紙の本を買いなさい」

と言うのは、売り手として誠実だろうか。少なくとも、電子書籍として買える選択肢は用意すべきではないだろうか。仮にそうしても、紙の本で買う人は買う。売上げは分散するだけで、(単価が変わらなければ)大きく減少することはないだろう。それに、電子書籍には売り切れがなく、言葉通り全国津々浦々に流通するので、発売日に購入者がきちんと購入でき、それによってレビューも集まりやすくなる。結果、紙の本の売上げにつながることすら想定できる。

さらに言えば、ロングテールな売上げも期待でき(※)、セールなどの消費刺激策も打てるので、過去のコンテンツがそろって資産となる。もちろん、管理の手間は増えるだろうが、「情報を残し、次の世代に伝えていく」という文化的使命から考えれば、マーケットプレイスでしか手に入らない状況よりは、はるかに選択肢は広がっていると言えるだろう。
※『ゼロから始めるセルパブ戦略』にも書いた話だ。

寄りつきにくい人たち

とは言え、である。先ほども述べたように、電子書籍の恩恵をまっさきに受けるのは(定義はさておき)読書愛好家である。

でもって、現状電子書籍がリーチできているのも、読書会愛好家ぐらいしかない、という問題がある。このリーチが、読書愛好家以外にまで伸びないと、市場は絶対に大きくならないし、ロングテール的な売上げやセールの動向も規模が小さくなる。これでは先行きは暗い。

電子書籍は書いたときに買いたい本が即座に買え、大量の本を一つの端末に持ち歩ける、というメリットがある。そのメリットは、読書愛好家にとって好ましいものではあろう。

しかし、書店ごとにストアがばらつき、行われているセールやポイント還元の制度がそれぞれ違っているので、読書好きでない人が「気楽に買える」環境ではない。その点、紙の本はどこかの書店に行って、お金を出せばそれで事足りる。そういう人は、書店をくまなく探索して、私にとっての最高の一冊を探すようなことはせず、気になった本、話題になった本を買いたいだけだ。そこでは、気軽に買えることが何よりも重要となる。

その点、他の買い物サービスとアカウントが同一のAmazonと楽天は強いであろう。後は、本への動線設計だけの話だ。それ以外のストアは、やはり今のところは「本好きの人のためのサービス」であり、ノンカスタマーにまでリーチするには一ひねりした施策が必要そうである。

さいごに

「売っていないものは買えない」

これは実にその通りである。売っていないものは買えない。売上げも立たない。そこから市場が広がることもない。瞬間的な売上げも、ロングテール的な売上げも、販売してこそ生じるものである。

とは言え、売っていたからといって買われる、という話でもない。売ることは買われることの必要条件だが、十分条件ではない。

今のところ、電子書籍ががっちりリーチできているのは、本をたくさん買う人か、パソコン(あるいはネット)に親しい人かのどちらかであろう。その外にまで広がらない限り、大規模な市場拡大は望めないと想定できる。

そこで出てくるのが、やっぱり「辺境の人たち」だ。業界の中心に位置するのでもなく、ネットの最先端にいるわけでもない人たち。そういう人たちの実感に即した何かが生まれてくれば、(たとえ日本中の人が電子書籍を読むような事態が訪れることはないにせよ)今よりは市場の拡大が望めるだろう。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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