point of no return

「みんな、大事なことだから、よく聞いてくれ。
 取り返しのつく一歩など存在しない。
 もう一度言うぞ。
 取り返しのつく一歩など存在しない。
 だって、そうだろう。
 進んだ時間は元には戻らないし、吐いた言葉を引っ込めることもできない。
 俺たちは、常に前に向かって進んでいるんだ。立ち止まっているときですら、な。
 そんな俺たちが相互に影響し合っている。わかるか。
 俺が変わり、みんなが変わり、環境が変わる。そして、それぞれが影響を与え合う。
 同じ一秒なんてありやしない。常に、新品の未来がやってくるのさ。
 といっても、そんな風には見えないだろうがな。
 それが厄介ごとの原因さ。

 そんなことはない、とお前たちは言うかもしれない。
 これまで取り返しがついたことなんていくらでもある、と。
 でもそれは違うんだ。それは単に赦されただけだ。他者からの眼差しに、赦しの波長が含まれていただけだ。
 みなが取り返せたかのように振る舞っているから、取り返せたことにしておこう。
 そういう遊戯、いや、虚構なのさ。
 そんなものは、床板が抜けちまうかのようにひっくり返ることがある。
 そこから得体もしれないものが飛び出てきて、お前たちを襲うんだ。
 そして、気付くわけさ。ああ、取り返しのつく一歩など存在しないんだな、と。
 
 でもだからどうだって言うんだ。
 取り返しのつく一歩など存在しないことを知っていても、やっぱり俺たちは前に向かって進んでいく。
 後悔や苦悩ですら、結局は一歩だ。
 何をどうあがこうが、体を操られたみたいに、俺たちは歩み続ける。止める術はない。
 よぉ〜く考えようが、思い付きで飛び込もうが、一歩は一歩だ。
 そしてそのどれも取り返しがつくことはない。
 だったら、そうだな。納得できるかどうかが大切だろう。
 リスクという概念は無意味だし、可能性なんてちゃんちゃらおかしい。
 だってそれは複数回の試行においてのみ意味を持つ概念だからだ。

 一歩。
 俺たちの目の前にあるのは、ただの一歩なんだ。
 その一歩をどう歩むか、それこそが人生のすべてであると言ってもいい。
 その一歩は、どんな一歩であってもいいし、どんな一歩でもありえる。
 何からの結果を引き起こすかもしれないし、引き起こさないかもしれない。
 が、それを憂いても、意味はない。
 そもそも取り返しのつかいなことを憂うことにどんな意味がある。
 結局その憂いですら、一歩なんだ。そのことを忘れちゃいけない。
 いいや、そういうわけじゃない。そんな極端な話はしていない。
 憂い自体に意味がないわけじゃないし、憂うなと言っているわけでもない。
 何をどう憂うのかがポイントだと言っているんだ。
 
 もし取り返しのつく一歩なんてものがあるとすれば、俺たちは延々とその一歩について考え、悩み、修繕のための手を打つだろう。
 その間は、決して誰も前には進めない。
 取り返しがつかないからこそ、慎重さが生まれ、あきらめられることがある。
 どちらにせよ、進んでいくしかない。

 いいか、もう一度言うぞ。
 取り返しのつく一歩など存在しない。
 これは祝福でも呪いでもない。単なる事実だ」

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