【書評】勉強の哲学(千葉雅也)

たとえば、書店のビジネス書や自己啓発書の棚で本書を手に取ったら、ちょっとびっくりするんじゃないかと思う。

勉強の哲学 来たるべきバカのために
千葉 雅也
文藝春秋
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何に驚くかっていうと、「勉強」という言葉の存在感が異質なんだ。

そういう──つまり、ビジネス書や自己啓発書のってことだよ──本棚の文脈が持つ勉強っていうのは、資格試験とか、何かそういったものをパスするための行為だよね。頭の中の倉庫に新しい知識を放り込んでいくような、今井むつみさんの『学びとは何か』ではドネルケバブモデルとして紹介されているアレだよ。言ってみれば、線形な成長ってやつさ。チャララッチャラー、という効果音と共にレベルが上がる感じだね。

本書はそういう「これまでと同じままの自分に新しい知識やスキルが付け加わる」という勉強のイメージを冒頭から捨て去るように言ってくるんだ。だったら、勉強って何なの? ってことになるよね。僕も同じ疑問を抱くよ。

著者は、わりあいあっさりとこう言い切っている。

むしろ勉強とは、これまでの自分の破壊である。

ええぇ〜なんだって〜、みたいなマスオさん的リアクションをしちゃうよね。僕なんかはついついニヤニヤしちゃったんだけど。でもまあ、そういう本なんだ。自分を変える、つまり変身のための勉強論なのさ。

概要

本書は「勉強の哲学」でありつつも、「哲学の勉強」にもなっている。何を言っているのかちょっとわからないと思うけど、読んでみるとすぐにそれとわかるよ。本書は紛れもなく哲学書なんだ。

でも、自己啓発的な要素がないわけではないし、ノウハウ書的な佇まいだってある。そういう意味で、多義的というかカテゴリが揺れ動いている本であるとも言えるね。読む人によってずいぶん読まれ方が違うかもしれない。

目次は以下の通りだ。

第1章 勉強と言語――言語偏重の人になる
第2章 アイロニー、ユーモア、ナンセンス
第3章 決断ではなく中断
第4章 勉強を有限化する技術

たぶん、これを見ただけじゃ、何が書いているのかはわからないよね。だからちょっと解説してみるよ。

第1章

第1章の「勉強と言語」では、勉強というものと言葉というものが考察されるんだけど、その前に自分というものと言葉というものの関係も考察される。つまりね、自分:言葉、言葉:勉強、というものの関係性がわかれば、自分:勉強の構図がよりはっきりと見えてくるってことだよ。

僕たちの存在は基本的に不自由なものだ。もっと言えば不完全でもある。でも、言葉は自由だ。完全ではないかもしれないけど、幅広い自由さは持ち合わせている。不思議だと思わないかい。不自由な存在である僕たちが、自由である言葉を使うんだ。その素敵で歪んだ関係は、僕たちが言葉を使っているのか、言葉に僕たちが使われているのかをわからなくしてしまう。でも、そこにこそ可能性があるんだ。

つまりね、言葉を先行させることで、僕たちがその後を付いていくことができてしまうんだ。少なくとも、そう信じるに値する何かはあると思うよ。文学作品が持つ力を考えれば、納得できるんじゃないかな。

ともかくね、本書では言葉がとても大切にされている。(まあ、言葉を大切にしない哲学なんて存在しないと思うけど、僕が知らないだけかもしれないから、断言は避けておこう)

そして、勉強というのは新しい言葉との出会いなんだ。あるいは、新しい言葉遣いとの出会いと言い換えてもいいね。

そもそもさ、僕たちが幼児から少しずつ成長するとき、その人格的成長はどうやって測定されるか考えてみてよ。そうだよね。どう言葉を使っているかで測定されてしまう。僕たちが消防車と救急車を間違えずに示せるとき、僕は消防車と救急車を「正しく」(危険な言葉だけど、ここでは便宜的に使っておくよ)認識できていると、観測される。言葉遣いは、内在する世界を映し出す鏡なのさ。あるいはそのものなのかもしれない。

僕たちは、言葉に過不足を感じることなく日常生活を過ごしている。でも、勉強はそこに新しい言葉(あるいは言葉遣い)を持ち込む。異物混入事件発生だ。使われている意味がわからない、あるいは意味が取りにくい状況に置かれてしまう。それは、言ってみれば全能感の欠損であり、そこから自我というのが生まれてくる。わかるかい。新しい言葉(言葉遣い)と接するってことは、生まれ直すということなんだ。

なんだか長くなっちゃったけど、第1章では、そんなことが書かれているんだ。でもって第2章「アイロニー、ユーモア、ナンセンス」では、どうやったらその新しい言葉の世界に飛び込めるのかってことが語られている。ここがまた面白いんだ。

第2章

アイロニー=ツッコミ、ユーモア=ボケ、というわかりやすい(あるいは身近な)たとえを用いて説明されているんだけど、たしかに勉強しちゃった人というのは、こういうアイロニーとかユーモアとかを会話の中に放り込んでくることが多い。それで場がしらけるようなことだってある。蘊蓄を語り出しちゃったり、みたいなやつだね。

その分析には深く静かに頷けるんだけど、著者はそんなところでは止まっちゃくれない。

そこから僕は、逆にこう考えました──アイロニーとユーモアをわざと発揮する方法を示せば、勉強を深めるべき方向が見えるだろう、と

Wow! 実にアグレッシブだね。そんなこと考えたこともなかったよ。でも、著者がそこから提案する方法は、まさしく発想法や思考法のノウハウ書で語られることにぴったり呼応するんだ。むしろ逆なのかもしれない。そういうノウハウを、理論的に再定義したというか、そんな感じも受けるね。ともかくこの辺の筆運びには唸らされるよ。ほんとに。

でもって、ポイントは「わざと」にある。本書には、「わざと」とか「あえて」という表現がちらほら出てくる。それはつまり、意識的、自覚的、意図的に何かを行うってことだ。そもそも僕たちは環境に浸かりっきりで、そこから抜け出ようとする行動すら環境の影響下にあることが大半だ(何かの資格を取ろう!みたいなことが一例だろう)。だから、そこから抜け出すためには意識的にズレたことを行わないといけない。

理屈としてはもっともで、シンプルですらあるね。でも、これが難しいんだ。

ロケットが地球外に飛び立つには、宇宙速度を得なくちゃならないし、それには莫大なエネルギーが必要になる。それと同じで、僕たちの日常環境から抜け出るのは結構なエネルギーがいる。それも体力的ではなく知的なエネルギーだ。そのエネルギーが得られないならば、どれだけ飛び出しても元の地表に戻ってきてしまうんだよ。

でも、エネルギーが多すぎると、今度は地球だけでなく太陽の重力下からも飛び出してしまう。それはつまりどこにでも行けるということであり、どこにでもない場所に行ってしまうということでもある。これはこれで結構危ういわけさ。

そういうわけで第2章では、わざとズレを生み出す手法と、ズレすぎてどっかに行っちゃわない手法が紹介されている。

第3章

続く第3章「決断ではなく中断」は本書の中で一番重要で、かつ一番が扱いが難しい章だ。だから、解説に関してはさじを投げさせてもらうことにする。まあ、読んでもらうのが一番だし。

でも、かっこいい一文だけは紹介しておこう。

信頼に値する他者は、粘り強く比較を続けている人である。

もうこの一文に出会えただけで、本書を読んだ価値があったと言えちゃうね。バカとかそうでないとかは関係ないんだよ。権威があるとか、PVがあるとかもテーブルから下ろしていい。「粘り強く比較を続けている人であるかどうか」。たしかにこれは大切な要素だと思うよ。ほんとにね。

第4章

ようやく最後の章まできたね。第4章「勉強を有限化する技術」では、実践的なノウハウが紹介されている。勉強の基礎に関する話が多いので、これから何かを(つまり学問的な何かを)学ぼうという人には役に立つと思う。

Evernoteとかアウトライナーの話も少しだけ触れられているので、そういう話題にワクテカする人も安心だ。Evernoteと三日坊主の相性の良さは、そういうノートがいっぱいある僕も保証しておくよ。

あと、蛇足になるけど、四章の内容に絡めて僕なりのかっこいい一文を書いておくならば、

知的な体力とは、自分の実感に引きつけてすぐさま理解しようとする欲求にあらがう力である

みたいなことが言えるんじゃないかな、と思う。どれだけ頭の回転が良くても、知識の引き出しが一杯でも、この体力がないとすぐさまトンデモに飛びついちゃう。たぶんSNSとかをやっている人だったら、例を示さなくてもいいんじゃないかな。

さいごに

ながながと書いちゃったけど、本書は一般書に近い位置づけなので、案外スムーズに読めると思う。でも、シンプルな内容というわけではなく、「〜〜の話でもある」的に読み取れる示唆も多い。最初の方にも書いたけど、人によって切り取り方がずいぶん違ってくる本だと思うよ。

文章に関しても、哲学的にキリッとした部分と言葉遊び的にふんわりした部分が交じり合い、常体と敬体が入り乱れ、詩的な言葉と散文的な文章が交錯して……、と独特なリズムを形成しているね。リーダブルであるけども、リーダブルすぎない感じだ。これも「わざと」な匂いがしてくるよ。この書評記事みたいにね。

さて、本の紹介はここまでにしておこう。どこかで読書会みたいなのができるといいかもしれないね。たぶん僕も関係する話を二、三は別の記事に書くんじゃないかな。そんな気がするよ。

それじゃまた。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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