違和感表現としての寝かせたままの文字

最初はふとした気まぐれだった。

「Dr.hack」のメルマガ連載は、当然のように横書きであったし(なにせメルマガだ)、その〈製本版〉も横書きでいこうとナチュラルに考えていた。計画段階では。

そもそも小説は縦書きであらねばならない、というのが慣例主義というかちょっと権威主義的じゃないかと疑っていたのだ。「Dr.hack」にはITツール名が結構登場するし、そのときナチュラルにアルファベットを並べられる横書きの方がフィットしているはずである。形式は内容に先行しない。内容に形式が追従するのである。みたいなことを考えていたわけだ。

で、実際に原稿をテキストファイルにまとめて、我らが「でんでんコンバーター」でEPUB化してみたのだが、でんでんコンバーターは、たった1つのラジオボタンのクリックで、横書き出力と縦書き出力が切り替えられる。だったら、まあ、ちょっとやってみようか。1クリックだしな。

と思って、ものの試しに縦書き出力も試してみた。ハカセも言っているが、アイデア段階ではあまり間口は狭めずに、いろいろ試してみるのがいい。

で、出力された縦書きEPUBを読んでみて、しみじみ思ったのだ。「あっ、こっちがいい」と。

感じてもらえるだろうか。そのときの私が得た微妙な敗北感が。王室に楯突いた若者が、やっぱり王家の力によって国家が守られていたのを知った、みたいな感じである。微妙な敗北感と、圧倒的な納得感。

ともかくまあ、『Dr.hack』の〈製本版〉は縦書きでいこう、とそのとき決めた。

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で、それに合わせて文章のネジの締め方も変えた。やはり、縦書きと横書きではリズムが違う。そんなはずはないようにも思えるが、そんなはずはあるのである。現実的に、体感的に、実感的に、文章を読むときのリズムは変わってくる。それに文体をアジャストしていく。

加えて、数字とアルファベットの調整である。半角のアルファベットなどは、そのままだと横に寝たまま出力されてしまうので、縦中横的な調整が必要なのだ。

調整自体は単なる手間の問題に過ぎないので、コツコツと処理をしていったのだが、そのとき一つ副産物を得た。

〈製本版〉の『Dr.hack』を通読された方にはお気づきの方もいるかもしれないが、この本ではちゃんと縦になっているアルファベットと、そうでないアルファベットがある。で、後者は縦向ける処理を忘れたのではなく、あえてそうなっているのだ。具体的には、主人公である「僕」が、〈わかっていない〉言葉を口にするとき(あるいは耳にするとき)、その言葉を横のまま表記している。

この〈わかっていない〉については、本書をお読みになっていただければわかると思うので説明はしないが__本書では章1つをあてている大きなテーマである__、そうした言葉が持つ異質な感じを出すために、二種類のアルファベット表記を利用させていただいた、というわけである。

これは初めから仕組んでいたことではなく、単に縦向け処理をしていないEPUBを読んでいたときに遭遇した違和感を逆手にとって利用した、という話である。冷蔵庫にあった残り物で新しい料理を作る、というのに似ているかもしれない。

で、先日読了した『勉強の哲学』が、この話に見事にリンクするのだ。

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主人公である「僕」は、まさにそれまでの自分の実感に即して「新しい言葉」を理解しようとした。これまでの実感を上書きするのでもなく、拡張するのでもなく、「ありのまま」で対応しようとし、失敗したのだ。

彼は言葉の異質性に気がつけなかった。自分が知っている「日常的な言葉」としてそれを理解・処理してしまった。読者である私たちは、彼が〈わかっていない〉ことを表記の差異で気がつくことができるが、彼は〈わかっていない〉ことをわかっていなかった。彼は自分の発言が縦を向いていると思い込んでいたのだ。

それが失敗の源ではあったのだが、もちろん、それは誰しもが通る道でもある。

さいごに

特に結論めいた話があるわけではないが、表現の仕方もいろいろあるよな〜、ということと、縦書きをバカにしてはいけない、ということと、新しい言葉に触れたときに、その異質性を保護し、意味の確定を保留したまま、とりあえず先に進んでいくことは大切だね〜、というようなことは感じるわけである。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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