「効率」の耐えがたき軽さ

@kazumotoさんの「能率」と「効率」どっちを重視すれば良いのか?(Find the meaning of my life.)というエントリーが興味深い疑問を提出されていました。提示されていた疑問を中心に捉えながらいろいろ考えてみたいと思います。

とりあえずは、そちらのエントリーからお読み下さい。

さて、どこからいきましょうか。

言葉の定義

辞書の意味合いは元のエントリーでも参照されています。それを引用しておきます。

「効率」
(1)得られた成果に対して費やした労力や時間の割合。
(2)機会によってなされた仕事の量と、それに使われたエネルギー量との比。

「能率」
(1)一定の時間内にすることのできる仕事の割合。仕事のはかどり具合。
(2)〔物〕モーメント

さらにgoo辞書で引いた結果も引用しておきます。

こうりつ 【効率】

(1)機械作業などをする際に、その仕事量とそれを行うのに要したエネルギー量との比。
+ 「熱―」
(2)(費やした労力に対する)仕事のはかどりぐあい。能率。
+ 「―のよい作業方法」

のうりつ 【能率】
(1)一定の時間内にすることのできる仕事の割合。仕事のはかどり具合。効率。
+ 「仕事の―を上げる」
+ 「―よく働く」
(2)〔物〕 モーメント(3)に同じ。

これらの引用からそれぞれの定義について考えてみます。

まずは、効率から。

効率

例えば「熱効率」と言う言葉があります。

発電における熱効率とは投入した熱エネルギーが電力に変換される割合の事です。

つまりは、「効率=インプットとアウトプットの比率」と考えておいて間違いはなさそうです。ただ、この時点ですこし疑問が湧いてきます。

その疑問とは、仕事における効率とは「何効率」なのか、ということです。

電力の場合は熱効率が一つの基準です。じゃあ仕事においても「~」効率というものがあるのではないでしょうか。

まず思いつくのは「作業効率」ですね。作業効率が良いとは一つの作業にかかる時間が短いということなので、熱効率の定義を応用すると「使った時間が成果に変換される割合」と言えるでしょう。

じゃあ、他に「~」効率は存在しないのでしょうか。例えば「知的生産効率」はどうでしょうか?少ないインプットで数多くのアウトプットを生み出せば「知的生産効率」は高そうです。

しかし、これには落とし穴がありそうです。以下「知のソフトウェア」(立花隆)よりの引用です。

p22
インプット量とアウトプット量の比は、物質的生産であれば小さければ小さいほどよい。それは原材料がいかに無駄にならず有効利用されたかを示す尺度だからである。しかし、知的生産においては、この比は大きければ大きいほどよい。この比が小さいということは、ひどい場合には剽窃、よくてもノリとハサミでデッチあげられた作品ということになる。

ここから考えられるのは、効率には「質」という視点が欠けているということ。あくまで「量」的なアプローチが効率と言えそうです。

能率

さて、次は「能率」です。お忘れになったかもしれないので、もういちど意味を引用しておきます。

「能率」
(1)一定の時間内にすることのできる仕事の割合。仕事のはかどり具合。
(2)〔物〕モーメント

(1)の意味を見ればほとんど同じではないか、という気もします。しかしながら微妙な差はあります。

字義通りに捉えるならば、

効率=一つの作業をやり終えるのにかかる時間
能率=一定の時間内にできる仕事の量

こういう差があります。効率は仕事そのものにフォーカスが当たっていますが、能率の方は時間に焦点が集まっています。

「能率」と「効率」の違い(Happy LifeHacking!)」で@toshiya240さんが書かれているように

何が言いたいかというと、「能率が良い人」は「時間の使い方がうまい人」で、「効率が良い人」は「仕事のやり方(力の使い方)がうまい人」ではないかと私は思うのです。

こういった差がこの言葉の差として考えることができそうです。

これで、引用元の

勝間和代さんのベストセラー本『効率が10倍アップする新・知的生産術』は何故「能率が10倍アップする新・知的生産術」ではないのでしょうか?なぜ『能率手帳』は「効率手帳」ではないのでしょうか?

この疑問に対する答えは出たことでしょう。勝間さんの方は作業効率に注目した本ですし、能率手帳は時間の使い方へアプローチした手帳です。

ここまでは辞書の字義を引いただけです。問題はまだ残っています。

仕事を達成する為に重視すべきは「効率」なのでしょうか?「能率」なのでしょうか?人生の目的を達成する為だとしたらどちらを重視すべきなのでしょうか?これ微妙な違いですけど、意外と重要なことかもしれません。勘ですけどww

皆さんは「能率」と「効率」どちらに力点を置いて、仕事をしていますか?人生の力点をどちらに置いていますか?

さて、「効率」「能率」をどう捉えるか、そしてそれを仕事においてどう活用するかについても踏み込んでいくとしましょう。

力のモーメント

効率との比較の場合に置き去りにされた「能率」の(2)の方の意味。モーメントは「力のモーメント」と言った方が通りがいいでしょうか。

例えば、大きな岩があったとします。

その岩の真ん中の方をまっすぐ押します。岩を押すに足りる力を加えれば、その岩は横に動きます。(平行移動)

では、その岩の上の端の方をまっすぐに押したとしたらどうなるでしょうか。加えた力が充分であれば、それは横に動くのではなく、回ります。(回転移動)

ウィキペディアより引用します。

剛体にいくつかの力が影響しているとき、その剛体は回転する場合と回転しない場合があるが、回転しないときは力のモーメントが釣り合っている、という。 一般に、力のモーメントの値は回転の軸をどこに取るかによって変わる。しかし、剛体が回転していないとき、あるいは一定の回転を続けているときは、剛体のどこを基準に力のモーメントを取っても力のモーメントの和は 0、つまり釣り合っている。

物体を回転させるために必要な力は、どこを押すかによって異なり、回転軸(中心)からの距離に反比例する(てこ参照)。一方、物体をある角度だけ回転させるモーメントは、力を作用させる点によらない量であり、一定である。

なにやら興味深いことが書いてありますね。

・回転しないとき(あるいは一定の回転を続けているとき)は力のモーメントが釣り合っている
・力のモーメントの値は回転の軸をどこに取るかによって変わる
・物体を回転させるために必要な力は、どこを押すかによって異なり、回転軸(中心)からの距離に反比例する
・物体をある角度だけ回転させるモーメントは、力を作用させる点によらない量であり、一定

さて、ここで仕事を回転と置き換えて考えてみましょうみましょう。

・仕事をしていないときは特別な力が働いていない。仕事が上手くできているときは特別な力を働かせる必要がない。

・自分の軸(関心の向く方向)ならば行動しやすい。逆もまた然り。

・自分の中で心理的距離があるものほど始めるのに大きな力が必要になる。

・一度仕事を始めたら、始める前の状況に関わらず必要な力は一定。

少々強引かも知れませんが、ある程度人間行動力学で見ても納得いく所は多いのではないでしょうか。

つまり、「能率の良さ」とは「自分をいかにうまく行動に移せるか」と置き換えることができるかもしれません。

「効率」か「能率」か

こう考えてみると、「効率」も「能率」もそれぞれ重要だということがわかります。

作業効率が高くでも、行動に移せなければ意味がありません行動に移したとしても効率が悪ければ生産性は高まりません。仕事においてはこの両方を高めていくことが大切でしょう。

しかし、この二つの軸だけでは「質」は何も担保されていません。もちろん効率よく仕事を行えば時間的余裕がうまれるので、そこから「質」を高めていくことができるかもしれません。ただ、それは意識して始めてできることであって、「効率アップ=質アップ」ではない、ということは認識しておく必要があります。

まとめ

ビジネスにおいても、人生においても、効率の良さは能率の良さは重要です。しかし、それはおそらく「質」を高めていくための手段でしかありません。

作業効率マニアでも自己啓発マニアでもそれだけでは人生の質を高めることはできないでしょう。

最終的な「質」にこそ人生の力点を置いていくべきではないでしょうか。

参照エントリー:

「能率」と「効率」どっちを重視すれば良いのか?(Find the meaning of my life.)
「能率」と「効率」の違い(Happy LifeHacking!)

参考書籍:

「知」のソフトウェア (講談社現代新書)
「知」のソフトウェア (講談社現代新書)
講談社 1984-03-19
売り上げランキング : 33589

おすすめ平均 star
star情報へのスタンスとして
star無手勝流を勇気付ける
star知的刺激に富む一冊

Amazonで詳しく見る by G-Tools

Related Posts with Thumbnails
Send to Kindle
Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です