書評 失敗の技術(マルコム・グラッドウェル)

「良い本の定義」は何か。人によって答えはさまざまであろうが、私が選ぶとすれば「拡がる本」になる。「その本を読み終えたときに、別の本が読みたくなるような本」、それが私なりの「良い本」である。

マルコム・グラッドウェルの「失敗の技術」は、私なりの評価で「良い本」といえる。

マルコム・グラッドウェル THE NEW YORKER 傑作選2 失敗の技術 人生が思惑通りにいかない理由 (マルコム・グラッドウェルTHE NEW YORKER傑作選 2)
マルコム・グラッドウェル THE NEW YORKER 傑作選2 失敗の技術 人生が思惑通りにいかない理由 (マルコム・グラッドウェルTHE NEW YORKER傑作選 2) マルコム・グラッドウェル 勝間 和代

講談社 2010-08-06
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構成・内容

サブタイトルは「人生が思惑通りにいかない理由」。訳は第一弾と同じく勝間和代氏である。「The New Yorker」に掲載されたコラムがテーマに基づいて7編収録されている。

第7章 公開されていた秘密
第8章 100万ドルのマレー
第9章 画像を巡る問題点
第10章 借りもの
第11章 点と点を結べ
第12章 失敗の技術
第13章 爆発
※章番号は 第一弾からの続き番号

帯にはこうある。

「人はなぜ、物事を間違った方向に考えてしまうのか」を解き明かす!

確かに、これは興味深い問題だ。しかし、結論はそれほど難しいものではない。簡潔に言えば「考える前提が間違っているから」である。言い換えると、「不適切なフレームワーク」の選択の結果だ。

例えば、ある状況を解決するためのセオリーAがあったとする。問題の解決にあたりセオリーAを使ってみたが、うまくいかない。あるいはもっと大きな問題を引き起こしてしまった。さてなぜだろうか。

「セオリーAが間違っている!」

こう言ってしまうのは簡単な事だ。でも、セオリーAが適応できると考えていた状況の認識そのものが誤っていた、というのが本当の所だろう。セオリーBなりセオリーZなりを適応すべきだったのだ。

本書に収められている7つのコラムは、その実際例だ。

第7章 公開されていた秘密

投資に関わっている人ならば、まず忘れることはないだろう「エンロン社」の事件がテーマ。

現実に存在する問題をパズルとミステリーという二つのフレームワークで切り分けている。過去__情報の公開が当然ではなかった時代__の問題の多くはパズルであった。つまりピースさえそろえば、あとはそれをはめ込むだけ。必要なのはどのようにして隠されたピースを集めるか、という技術だ。

翻って現代__情報公開時代__の問題はミステリー的だ。推理小説を想像してみて欲しい。推理するための情報は本文中に全て提示されている(はずだ)。問題は、「何が解決に役立つ情報かがわからない」という所だ。つまりピースは全てあるのだ。ただし、ピース以外の物も大量にあるし、ピースに似た物もある。

ここから考えられることは二つある。

「私たちは見たいものしか見ない」

一つは情報の提供者は利用者にとって有益なナッジを与える必要があるということ。

保険の契約条項に全て目を通す人がどのくらいいるだろうか。無人島に送り込まれて他に読む物が何一つ無い状況ならまだしも、過度の情報に晒されている私たちは本来重要であるはずの情報も軽く扱ってしまう。これに対して「ちゃんと契約書全て読まなければいけません」と警句をならすだけでは解決にはたどり着かない。私たちは見たいものしか見ないのだから。

その前提に立てば、契約条項の中で利益や損害に大きく関わる部分についてはわかりやすく説明する必要があるだろう。ナッジについて詳しい「実践 行動経済学」から引けば

「役に立つ可能性が最も高く、害を加える可能性が最も低いナッジを与える」

となる。

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star「選択アーキテクチャー」の創造を巡って
starナッジにはなってるだろう
starなるほどこの手法か!

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企業にこのような活動を促進させるために、インセンティブが働くような仕組み、あるいは強制するような仕組みを作らなければ、利用者はいつでも損害を被る可能性がある。さらに継続的にナッジが機能しているのかをフィードバックしていく必要もあるだろう。

「これはいったい何事だ」

もう一点考えたいことは、情報の利用者にとっての心がけだ。

情報が溢れかえる時代において、事実を探し回る必要はない。それよりも、提示されている情報に何の意味があるのかを問う力が必要になる。いわば情報をメタ思考で分析していく力__あるいは解釈する力__が問われる時代になりつつある。

また、環境はかならず変化する。機能していたフレームワークが不適応を起こす可能性はいつでも秘められている。複数の視点からフレームワークを見直し、検討する作業が必要になってくる。

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star軍事戦略や軍人の行動を知るにはよい本
star「知性的世界の戦略論」って??
star物足りない面もあるが、有益でもある本

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その他の章

第7章だけでずいぶんとスペースを使ってしまったので、その他の章は簡単な紹介と関連しそうな書籍の提示に絞っておく。

第8章 100万ドルのマレー

ホームレスへの対策とそれにかかる費用。

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starインセンティヴがどう効くかを端的に示している
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star雑学の書として面白い。「経済」の部分に期待すると肩透かしを食うかも。

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第9章 画像を巡る問題点

画像は真実を伝えうるか。あるいは統計学的な問題。

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starリスク・リテラシー
star医療関係者はベイズの定理ぐらい理解しとけや
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第10章 借りもの

盗作と二次創作の境目。そもそも全ての創作は模倣ではないのか?

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starみんな 異本
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第12章 失敗の技術

パニックによる失敗と、緊張で固くなることによる失敗の違い。

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第13章 爆発

チャレンジャー号の失敗は、「ありふれた話」だったのか。

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starマートンとショールズはノーベル経済学賞を返上すべきだろう

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さいごに

「その本を読み終えたときに、別の本が読みたくなるような本」

という言葉には二つの意味がある。それは参考文献などに提示されている新しい本を読みたくなる本、というのが一つ目の意味。もう一つは、今までに読んだ本とのつながりが見いだせる本、という意味だ。

私にとっては本書は後者の意味で「良い本」といえる。

現代社会での情報力というのは、いかにたくさんの情報を集めるか__情報量__を意味してはいない。

むしろ、既存の情報から新しいフレームワークを作ったり、解釈を変えることで新しい視野を提示する能力の事を意味している。その能力を得るためには厳選した情報と自分の頭で考える力(と時間)が必要になってくる。

そういった意味において「良い本」というのは格好の情報源であり、また教科書でもある。もちろん、本書も同様だ。

編集後記:
最後になりましたが、本書は出版社様より献本いただきました。ありがとうございます。このシリーズは本当に面白いです。スペシャリストの必要性が叫ばれる中で、「教養」という言葉が日本では死滅しつつありますが、こういった本を読むとやはり物書きにとって最低限の教養は必要だなと痛感させられます。

第三第も期待しております。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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