靴下とその内側に潜む悲劇

inspired by 「きみとぼくと。」(やよこぶろぐ)

世の中にはたくさんの靴下がある。

素材・色・サイズ・長さ・デザイン・・・といった要素が複雑に絡まり合い、資本主義に基づく大量生産とそれによる価格の低下が、私たちの靴下ライフに目がくらみそうな彩りを与えている。

どのような靴下であれ、それがペアとして機能する、という点だけは変わらない。時に片方だけ靴下をはく、という異形さをオシャレとして提示する人もいるが、それが異形としての存在感を持つということは、両方をはくことこそが定型である、ということもまた意味している。

洗濯の後は、30代後半の婚活のような様相だ。

片方に合う靴下を探し回らなければならない。個人のファッションセンスに大きなブレ幅が無ければ、当然所有している靴下も似たようなものが多くなる。Aという靴下に似た、A’、A’’、A’’’の存在が、ベストフィーリングカップルの成立を阻害してしまう。さんざん苦労して、一つ一つカップルを成立させていけば、最終的には残ったものが自動的にカップルになる。選択の余地はない。

気まぐれな妖精のいたずらがはたらいて、最後に残った二つの靴下がまったく別のデザインということもある。それ以外の靴下たちは高級食器売り場に陳列されているコーヒーカップとソーサーのように違和感なく所帯を同一にしている。論理的に考えれば、残る二つもまた同じセットになるはずだ。しかし、世の中は不思議である。「論理」が通用しないこともあるのだ。

そういう靴下的煩わしさから解放されようと、全ての靴下をまったく同じものにしてしまう人もいる。全ての靴下がAであれば、セットを探し回る必要もない。合理的だ。ただ、靴下を選ぶ楽しさやコーディネートの幅は狭まる。何かを得れば何かを失うのだ。

だいたい多くの人は、日常的に靴下的煩わしさを受け入れ、それと付き合っている。

もし、片方の靴下に穴が空いたとき、その相方の靴下はどんな気持ちがするだろうか。洋服ダンスという一つの世界の中で、たった一人のパートナーに機能的欠落を見つけたとしたら。

靴下にとって穴の存在は天敵のようなものだ。それは靴下本来の役割を阻害し、しかもそれは徐々に徐々に拡大していく。靴下という存在が、少しずつ削られていくことになる。穴の空いた当人はひどく落ち込むことだろう。「私はもう靴下じゃないのね」と。

「そんなことあるもんか」。相方は言うかもしれない。「僕にとって君は永遠の靴下なんだ」と。

その靴下ペアは、タンスの中での存在感を徐々に失っていく。「これ、片方穴空いてるね」と見とがめられ、コーディネートからは外される。その代わり、頭の中の「次に捨てるものリスト」に加えられる。穴の空いた靴下にときめきを感じる人などいない。

そうして、タンスの奥の方、奥の方へと追いやられていく。

彼はきっと二重の苦しみを味わうことだろう。

自分のパートナーが靴下的存在価値を徐々に失っていくのを眺める苦しみ。そして、彼自身はまだまだ現役にもかかわらず、おそらくは一緒にゴミ箱に捨てられるかもしれないという苦しみ。

彼は、持ち主にこう主張することもできる。

「見てください。僕はまだまだ使えます。あのA’という靴下にそっくりじゃないですか。万が一の時のために、予備として置いておきませんか」

と。

あるいは靴下的プライドをかなぐり捨てて必死に訴えかけるかもしれない。

「もし靴下としての置き場所がなければ、ぞうきんとして使ってください。こんな素敵なデザインのぞうきんなんて素晴らしいじゃありませんか」

と。

でもきっと彼は、真っ暗なタンスの奥で何一つ主張することなく、相方と共にゴミ箱に送られるのを受け入れるだろう。

その結末は彼が誕生したときから定められていたものだ。彼は彼であると共に、彼女の相方でもある。それはどちらかだけで成立するものではないのだ。

もし、彼が相方であることを自ら放棄すれば、もはやアイデンティティーなど何一つ残らないだろう。そこまでして彼は生き延びたいと願うだろうか。過去の自分につばを吐きながら、生存を懇願するだろうか。

僕はそうは思わない。

これは片方の側面から見れば悲劇だ。運命という名の悲劇である。しかし、彼は自分が選び取ったことに満足し、靴下的プライドを保持したまま、消え去っていくだろう。

今日も、世界中のタンスの中で同じようなことが繰り返されている。それはどのような靴下にも起こりえる悲劇なのだ。

Related Posts with Thumbnails
Send to Kindle
Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

1件のコメント

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です