冒険者のたしなみ

店内に足を踏み入れると、壁一面に武器が飾られていた。いや、陳列されていた。全てこの武器屋の店主が手で打った一品物の武器だ。ゆっくりと、一つ一つ確かめながら店内を歩き回る。
「いらっしゃい」
店主が顔を覗かせた。豪快に伸ばした髭を撫でながら、レジ代わりの机に歩み寄る。若い頃は冒険者として腕をふるい、その後は自分で素材を集め、武器を作って売る鍛冶&武器屋に転職したらしい。長袖で隠されているが、両腕には冒険者の名残がある。僕が興味本位で工房を覗いたとき、ハンマーを振り下ろすその右手には、壁紙の模様のような傷跡が刻まれていた。
こんにちは、と僕は頭を下げる。立場としてはお客さんだが、人生でも冒険者でも遙かに先輩である。礼儀は大切だ。
ガチャッ。
店主が机の上に剣を置いた。大型の剣__バスターソードだ。
「それは、新作ですか」
「あぁ、たった今打ち終えたばかりの剣だ。自信作だよ。これならドラゴンの鱗すら切り落とせる」
店主が鞘から剣を引き抜き、窓から差し込む日光へと掲げてみせる。刀身が白銀のように光り輝いている。まるで剣自体からオーラが発せられているような存在感があった。
いくぞ!大型のバスターソードを両手に構え、ドラゴンに向かって走りゆく僕。ファイヤーブレスを俊敏なステップでかわし、全身のバネを使った高い跳躍から剣を振り下ろす。深々と刺さった剣が、ドラゴンから悲痛と後悔が入り交じったような悲鳴を引き出す。ふっ、相手が悪かったな。僕はそう言いながら、剣を引き・・・
「おい、どうした」
店主の声で現実に引き戻される。剣に見入ってしまっていた。
「それ、おいくらですか」
「おいおい、君が買えるような値段ではないよ」
「大丈夫です。冒険者クレジットカード持ってますんで、分割で支払えます」
僕が食い下がると、ふぅ、と店主が息をついた。
「なあ、おまえさんは何なんだ」
「えっ」
「おまえさんの職業は何なんだ」
「ぼ、冒険者ですけど」
「だよな。だったら、この剣は売れない」
あまりにきっぱりと断られたが、僕は納得できなかった。武器屋は武器を売り、お客はそれを買う。そういうもんじゃないのか。
「もし、おまえさんが武器コレクターならこの剣を売ってもいい。まあ、その場合冒険者に売るよりは遙かに高い値段を付けるだろうがな」
彼はふっと笑みをこぼす。きっと実際にやったことがあるに違いない。
「まあ、そうしてもばちは当たらないだろう。あいつらは武器を飾って並べておくのが趣味だ。あるいは値段が上がるのを待って転売したいのかもしれない。そこまでの事情は俺は知らないし、興味もない。だがな、おまえさんは冒険者だ。この武器を持って、戦いの場に臨むわけだ。そのためにこの剣を買うわけだ。ちがうか?」
「えぇ、そうです」
僕はしっかりと頷く。
「この際だからはっきり言っといてやる。おまえさんにはこの武器は扱えない」
店主はそこで言葉を切った。店内がとたんに静まりかえる。店主が僕の目をじっと見つめて、残酷な続きを僕に告げる。
「見たところ、レベルは15ってところか。筋力ステータスは30もいってないだろう。それじゃあこの武器を装備することはできても、振るうことはできない。両手で持つだけでも筋力は60ほど必要だ。片手で振り下ろそうと思えば、120でも足りないだろう。そんな武器を持って、おまえさんは戦えるのか」
店主は、おまえさん、を強調した。
「この剣はレベル60の奴らを想定して作ってある。片手でも悠々とこいつを振るえるようなやつだ。そいつらは、この武器を持っても戦えるんだ。おまえさんがこれを持っていても宝の持ち腐れどころか、戦場に出ればすぐさま死んじまうよ」
僕は何も言い返すことができなかった。武器を作った本人が言っているのだから、そうなんだろう。僕にはこの武器は扱えない。
「ついでに、もう一つ言っといてやるよ。たしか先月も先々月も新しい剣を買っていたよな。そんなに武器を揃えてどうするんだ。どれだけ武器を持っていても、一度に装備できるのは一つだけなんだぞ」
「えっ、でも高名な冒険者の持ち物にはたくさん武器がありましたよ」
「そりゃそうだ。あいつらは長い間冒険を続けている。一つの武器を買って、それを使い込んでレベルを上げてから新しい武器を買う。そうやって一つ一つ自分の手に馴染む武器を増やしてきたんだ。新人が単に武器だけ揃えても同じにはなりはしないよ」
返事を返さない僕を見て、店主は続けた。
「おまえさんに必要なのは、ロングソードでもショートソードでも何でもいいから、自分のレベルに合った武器を徹底的に使い込むことだよ。後から武器のバリエーションが増えるのは構わない。ただ最初は一つの武器を使い込んだ方がいい」
「たった一つですか」
「ああ、たった一つだ」
店主が頷く。
「でも、先週号の冒険者マガジンには、二刀流の剣士が紹介されていましたよ」
あれはかっこよかった。今もカバンの中に破り取ったページが入っている。ダンジョンの最下層に潜む凶悪な魔導士を、目にもとまらぬ連撃で打ち倒したエピソードが写真付きで紹介されていた。彼は間違いなく英雄だろう。
「憧れる気持ちはわかる。だが、あれはユニークスキルだ。あんなことはあいつしかできない。世の中には天才がいるのさ。他の誰も真似できないことをやり遂げるやつが。それを目標にしても押しつぶされるだけだぞ」
天才か。確かに彼は僕とは違った存在であるように思われた。別次元の人種。
「いや、天才というのは語弊があるかもしれないな。やつだって最初からあのスキルを持っていたわけじゃない。他の誰よりも剣のスキル、それに俊敏性のパラメータをずっと上げ続けていたからこそ、得られたんだ。決して生まれた瞬間から授かっていたもんじゃない」
「じゃあ、僕もレベルが上がれば二刀流になれますか」
店主は首を横に振る。
「どうすれば二刀流が身につくのかは未だに分かっていない。スキルの特性上、剣スキルと俊敏性が必要ということは推測されているが、似たようなレベルのやつらは一人も二刀流を持っていない。何か他の要素も必要なんだろう」
そうですか、と僕は首を落とす。
「そんなにめげるな。ユニークスキルが身につかなくても、レベルが上がればこの剣が使えるようになることは確かだ。そうすればドラゴンとも戦えるだろう。それにレベルが上がっていけば、おまえさんだけのユニークスキルが身につくかもしれないだろ」
「そんなことがあり得ますかね?」
「あるかどうかは断言できないさ。ただ、やってみないとわからないことは世の中にいっぱいある」
それにだ、と店主は続ける。
「おまえさんの職業はなんだ。冒険者だろう。だったらたとえ不格好な一刀流でも、ドラゴンを倒せればいい。そうじゃないか?」
「そうですね」
「だったら、おまえさんがやることははっきりしているな」
「はい」
「本当の冒険者はな、冒険者マガジンにうつつを抜かしていたりはしなさ。自分のレベルを上げるのに精一杯だよ」
店主は苦笑しながら僕に視線を送る。
「それにユニークスキルはあこがれの対象になりやすいが、そんな生やさしいものじゃない。なんといっても、他にそのスキルを持っているやつがいないんだ。誰にも教えを請うことはできない。自分自身でスキルの可能性を広げていかなきゃならない。それに比べれば、<当たり前>の一刀流は楽チンなものさ。やるべきことはすでに見えていて、困ったらアドバイスをいくらでももらえる。しかも、やればやるだけしっかり実力が付いてくる。こんなありがたいものはなかなかないだろう?」
たしかに。僕がレベル15になれたのも、教習所があったからだ。あそこでレベル5まで鍛えてもらわなかったら、村から出ることすらできていなかったかもしれない。
「世の中にはユニークスキルを呪いと考えているやつもいる。なにせそれを身につけてしまった以上、他のやつらと同じ道を歩くことはできなくなるんだ。単にスキルの情報が共有できないだけじゃなく、<別の存在>と思われてしまうのさ。それが嫌で一人で冒険することを選ぶやつもいるし、周りに<英雄>扱いされて、おかしくなってしまうやつもいる」
もしかして店主さんも、と言いかけて僕は口をつぐんだ。
「おまえさんが、ユニークスキルを目指すならそういう覚悟は持っておいた方がいい。それまでは、地道にレベル上げだな」
「じゃあ、今日はこの剣を打ち直してもらえますか」
そういって僕は、腰に掲げていた剣を鞘ごと店主に手渡した。
「もちろん。それも俺の仕事の一つだからな。現金払いでよろしく頼むよ」
笑いながら店主は、僕の剣を手に取り、工房へと戻っていった。
机の上にはまだバスターソードがある。ちょうど入口から一番よく見える棚が空いている。ここに陳列するつもりだったのだろう。僕はその棚にバスターソードを移動させ、カーン、カーンと心地よく響くハンマーの音を聞きながら、その光り輝く剣を眺め続けていた。

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Category Allegory
Category Allegory 倉下忠憲

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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