ほぼ半額! 『EVERNOTE「超」知的生産術』がKindleの月替わりセール対象です

最近セールをチェックしていなかったので、半月ほど気がつかなかったのですが、2月のKindleの月替わりセールに拙著が選ばれております。

EVERNOTE「超」知的生産術
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46%オフで745円引き。875円となっております。

すでに懐かしくなってしまったツールの紹介等もありますが、それでもEvernoteを中心とした知的生産活動をいかに行うのかに役立つ知見が盛り込まれておりますので、ご興味あればこの機会にぜひどうぞ。

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Evernoteのinboxをflowboxに その2

前回:Evernoteのinboxをflowboxに その1

概要

  • タスク管理は情報整理に内包される
  • Evernoteでは情報整理を行っている
  • Evernoteの管理はタスク管理手法だけでは足りない可能性

タスク管理と情報整理

概念の関係を整理してみましょう。

まず、一番大きな枠組みとして、「情報整理」があります。情報というものを整理する行為です。

その情報には、いくつかの種類があるでしょう。たとえばその一つがタスクです。そのタスクを整理する行為が、タスク管理と言えます。言い換えれば、タスク管理とは情報整理の一分野なのです。

情報には、他にもアイデアと呼ばれるものがあります。それを管理することもまた情報整理です。それがアイデア整理術などと呼ばれるものです。これもまた、情報整理の一分野に位置づけられます。

Evernoteは情報整理

ほんとうにすべてとは言えませんが、私はEvernoteにさまざまなものを保存しています。ライフログ、タスク、アイデア、原稿、取扱説明書……。よって、私がEvernoteで行っていることは、総合的な意味での情報整理です。

当然その中にはタスクも含まれているのですから、タスク管理の技法が役立つ部分はあるでしょう。実際に役にも立っています。ただし、それは全体の中の一部に過ぎません。つまり、タスクに関与する部分だけ、ということです。

Evernoteで行っている情報整理のうち、タスク以外の部分については、タスク管理以外の技法が必要なのではないか。つまり、inbox zero という手法だけでは足りないのではないか。

それが少し前から私が持ち始めた疑問であり、flowboxという概念が生まれた理由でもあります。

(つづく)

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Evernoteのinboxをflowboxに その1

概要

  • inboxは受信箱。情報の最初の着地点
  • inbox zeroは、受信箱に情報を溜めておかないようにするメソッド
  • inbox zeroは、タスク管理における手法
  • Evernoteにもinboxはある
  • Evernoteは、タスク管理ツールだろうか?
  • Evernoteのinboxにinbox zeroを適用すべきだろうか

デフォルトノートブックとinbox

Evernoteには、「デフォルトノートブック」というものがあります。全ノートブック中たった一つだけ指定できるノートブックで、何も指定がない状態でノートが作成されると必ずそのノートブックにノートが到着することになります。Gmailなどのメールソフトにおける「受信箱」(inbox)の位置づけです。

一般的にEvernoteの運用では、まずこのデフォルトノートブックに情報を着地させ、その後処理を行った上で、適切なノートブックに振り分ける、という手法がとられます。私も十年近くEvernoteを使っていますが、まさにこのやり方で運用しています。役割が似ているので、このノートブックに「inbox」と名前をつける方も多いようです。

さて、このデフォルトノートブックの処理法ですが、inboxという名前がついていることから、inbox zeroの手法が用いられることが多いようです。概要は省略しますが、inboxをメールの置き場所にしないという指針を持つ運用法で、入ってきたメールに対して必ず何かしらの処理を行い(あるいは判断をくだし)、メールを片付け、その数をゼロにするという具体的な営みが繰り返されます。

これはまったく合理的な手法です。リストのコンテキストが混乱するのを避けられますし、どうせ避けられない「判断をくだす」という作業が促されるのも魅力的です。世の中には「あとでいいか」と思えるものもたくさんありますが、たいていそれは処理が面倒な案件に対して起こりがちな気持ちで、つまりは体の良い先送りでしかありません。そのときずばっと判断を下した方が、実は精神的にもよかったります。

で、問題はそのinbox zeroという手法がEvernoteのデフォルトノートブックの処理にも適用できるのか、という点です。

(その2につづく)

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2/6 〜 2/11 今週のまとめ

今週のまとめエントリーです。

  1. 裏NovelJamも無事終了しました
  2. WorkFlowyにある等価性と絶対性
  3. KJ法によくある勘違い あるいは真なるボトムアップについて
  4. シミルボンにて「僕らの生存戦略ブックガイド」連載を始めます
  5. ため息
  6. 「自分らしさ」を巡る断章

2月に入って、雪をよく見かけるようになりました。私が住んでいるところではかなり稀な現象です。そういう日は、あまり外には出ず家で粛々と作業を進めるようにしているのですが、これが案外捗らないのが不思議なところです。

今日の一言

今日の一言はこちらでつぶやいております。

2月6日

問題点恐怖症にかかるとやっかいですね。

2月7日

むしろ実行できることをいくら知っているかが大切かもしれません。

2月8日

常に考えてください。これはどのようなフィードバックになりえるのか、と。

2月9日

隠れている=悪、とは限りません。なぜ隠れているのかについて検討することです。暴くのはそれからでも十分でしょう。

2月10日

むしろ逆なことが多いかもしれません。

2月11日

「こんなことは前にもあった」と繰り返していたら、まったく異質な状況に放り込まれてしまっていた、ということが起こりえます。

今週のその他エントリー

Honkure

WRM 2017/02/06 第330号
『クロニクル・レギオン』(丈月城)
映画『ハドソン川の奇跡』
『亜人ちゃんは語りたい(1)』(ペトス)
『賭ケグルイ(1) 』(河本ほむら, 尚村透)
ロングテールとリトル・ピープル(5)

今週触った本

86―エイティシックス― (電撃文庫)
安里 アサト, I-IV
KADOKAWA ( 2017-02-10 )
ISBN: 9784048926669

明日のメルマガ告知

毎週月曜日に配信しているメルマガ。来週号の目次はこんな感じです。

○BizArts 3rd 「第五章 第五節 新しいツールとの接続を試みる」
○でんでんコンバーターで電子書籍を作る vol.8
○「本」を巡る冒険 「出版とは祭りである」
○今週の一冊 『アイデア大全』(読書猿)
○物書きエッセイ 「プロジェクトノート」

頂いた感想など:

Weekly R-style Magazineは、毎週月曜日の朝7時に配信されているメルマガです。

Weeky R-style Magazine
Weekly R-style Magazine ~プロトタイプ・シンキング~(まぐまぐ)

ブログに書けないテーマ、長期的な連載、日々考えていることなどをお送りしています。

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「自分らしさ」を巡る断章

自分らしさ

格好をつけるのが、自分の望みだとしよう。だったら、格好をつけることが「自分らしく」あることだろう。


「格好をつけるなんて、本当の自分じゃありませんよ」


本当の自分?

ポジティブ教の怖さ

ポジティブ教の怖さは、思考の柔軟性に欠けることではない。

その怖さは、あらゆるネガティブな要素を軽んじ、下にみることだ。まるでそれが悪魔によってもたらされたものであるかのように扱う。ネガティブな要素に浸っている人を、悪魔に誘惑された人であるかのように扱う。

その手つきのネガティブさに、自分では気がつかない。むしろ、ポジティブに扱う。「だって、それは正しいんです。人間万事塞翁が馬と言うじゃありませんか」

それも怖さの一つだ。

それはどこから生まれるのか?


本当の自分?

セルフ

自分にしか関心がない人がいる。

自分の感情には敏感で、自分が相手にどう見られているかは気にしているにもかかわらず、相手がどう思っているか、なぜそのように感じたのかには注意を払おうとしない。

相手は、コミュニケーションの対象ではなく、単に攻略要素なのだ。いかにうまく立ち回るか。

自分の間違えは決して認めない。認めるにしても、「結局のところ悪いのは私ではありません」という婉曲な認め方をする。

弱さについても同様だ。自分の弱さをそのままには受け止めない。むしろ被害者的な意識でそれを増幅させ、烙印とする。

そのズレた眼差しがあるかぎり、私=私は、いつまで経っても成立しない。


本当の自分?

end

人間には、複数の(多階層の)意識がある。自意識はその中の一部に過ぎない。

しかし、自意識は「自分」という感覚を担当する。自己同一感と呼ばれる何かだ。その「自分」は理想を掲げる。「こうありたい自分」「こうあるべき自分」という理想だ。

でも、人間を構成する要素は、そんな理想ばかりではない。吐き気がするほどの愚かしさと弱さに満ちあふれている。そして、その吐き気を催す主体もまた自分なのだ。

「自分らしく」生きることとは、どういうことだろうか。

単に「あるべき自分」に自分を寄せることだろうか。それとも、理想を踏まえつつ、その他の自分にも注意を払うことだろうか。

光を目指し、影と共に歩く。


本当の自分?

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ため息

 はあ。ため息をついた。一体何度目のため息だろうか。
 ため息をつくと幸せが逃げてしまうなんて言葉があるけど、あれは嘘だ。幸せが逃げているからため息が出てくるのだ。観測者の認識違いによって、因果関係の混乱が生じている。ばかばかしい。
 はあ。もう一度ため息をついた。ため息をついている自分の状況にため息が出てしまう。冷蔵庫は空っぽだけど、買い物に出かける気力はない。ピザの配達を受け取るのすらおっくうだ。缶ビールの空き缶が山脈を形成している。
 はあ。これまでで一番大きいため息をついた。すると、一緒に気持ちも口から出てきた。ひさびさに見た。漫画なんかでは、よくハートマークで描かれる気持ちだが、実際はあんなわかりやすい形をしていない。ドイツ職人が作ったみたいな綺麗な円形のときもあれば、子守歌を歌いたくなるほどのジグザグさを持つこともある。不定形なのだ。でも、そのときの気持ちはいやにはっきりした形をしていた。四角形で固定されている。それに、とても冷たい。
 私は口から出てきた気持ちをしげしげと眺めた。何年ぶりだろうか。大学生、いやもっと前だろう。社会人になってからは、一度も目にしたことがなかった。そんなことをしている暇もなかったし、大人がするようなことではないとも感じていた。でも、ひさびさに目にした気持ちは、どことなく再会を喜んでいる風でもあった。冷たくはあっても、それは私の中から出てきたものなのだ。
 恐れ。嗤われることへの恐れ。四角形の気持ちはそれで凝り固まっていた。なるほど、それでは形は変わりようはない。私はひとさし指で、パチンとその気持ちをはじいた。ポンと小さな音がした。それだけだった。形は変わらなかったし、消えてなくなることもなかった。
 私は口からその気持ちを飲み込んだ。置いておくわけにはいかないし、適切に捨てるゴミ箱もない。私の中だけが、私の気持ちの居場所なのだ。でも、今度ははっきりその存在が感じられるようになっていた。心臓の右下の方で、今もその気持ちは脈打っていた。消えてなくなることはない。でも、少しは柔らかさを取り戻したかもしれない。別の形になることだってあるだろう。
 気がつけば、ため息は消えていた。

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シミルボンにて「僕らの生存戦略ブックガイド」連載を始めます

シミルボンというブックレビューサイトで、連載を書くことにしました。「僕らの生存戦略ブックガイド」という連載です。

ライフスタイル・働き方・時事問題・仕事術・情報整理術・デザイン・文芸・哲学・批評・経済・法律などなど、これからの厳しい社会でなんとか生き延びていくために有用そうな書籍を広くピックアップしていきます。

もともとシミルボンのコンセプトが、「自分が興味を持ったジャンルに詳しい人=”水先案内人”を見つけたら、読書ってもっと面白くなるよ」ということなので、若い人向けに読書の案内をしていければと考えています。

よって、こちらの連載では文体はぐっと軽めでいきます。でも、内容は軽くしません。その辺のバランスは、なかなか難しいところですが、『バーナード嬢曰く。』の町田+神林を一人二役するのが目標です。まあ、新しいチャレンジですね。

どこまで続けられるかはわかりませんが、ご興味持って頂ければ幸いです。

ちなみに、記念すべき第一回は以下。

大きな声では言えない「読まない読書術」

もちろん、若くない人でも面白く読めると思いますので、ぜひご覧ください。

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KJ法によくある勘違い あるいは真なるボトムアップについて

・KJ法はカードにすべてを書くわけではない
・KJ法はカードのすべての組み合わせを試すわけではい
・KJ法は「分類」ではない


・KJ法はカードにすべてを書くわけではない
 カードに書くのは「見出し」だけ
・KJ法はカードのすべての組み合わせを試すわけではい
 「近しい」カードを集めていく
・KJ法は「分類」ではない
 むしろカップリング


KJ法において、カードに書くのは「見出し」です。情報のすべてを記述するわけではありません。カードに記述される「見出し」は、ようするに概念(コンセプト)のラベルであり、それをひと言でまとめるには結構な技術が必要です。

また、KJ法は1つのカードに対して、他のすべてのカードとの組み合わせを機械的に試していくようなことはしません。カード全体を眺め、「近しい」と思うカードを近くに寄せる(→グループを作る)ことをしていくだけです。

ここでは行われているのは、いわゆる機械的な操作ではなく、むしろ極めて直感的な操作です。なにしろ、「近しい」と思うのは、その人の感性なのですから。よって、同じカードを用いても、人によってはまったく違うグループが形成される可能性は十分あります。人はそれを個性と呼びます。

ちなみに、上記二つの要素は呼応しています。つまり、カード全体を眺めたときの一覧性を高めるために、カードには「見出し」しか書かないわけです。細かい要素まできっちり読み込まないと、その概念(コンセプト)が想起できないようでは、直感による組み合わせを作り出すのは難しくなります。

「分類」しないKJ法

上記のやり方を遵守する限り、KJ法は「分類」にはなりません。つまり、カード全体を眺めてから、「○○に関する要素を集めよう」とはならないわけです。

「○○に関する要素を集めよう」という操作は、キーワードを用いた機械的な選別です。そこには、「近しい」と思うものを見つける直感的な操作はまるで含まれていません。その人の感性が入り込む余地が非常に小さいのです。

そこで行われていることは、あらかじめ存在している「分類項目」に、並べられているカードを配置しているにすぎません。

私はそれを「ボトムアップに見せかけた中途半端なトップダウン」と呼ぶことにしています。つまり、一つひとつの要素をカードに書き、それらを使って全体像を作り上げていく、という姿勢においてはボトムアップであるものの、そのまとめ方が(まとめ方の最初の一歩が)トップダウンなのです。下からの視点ではなく、むしろ中腰くらいからの視点でアプローチしてしまっているのです。

この二つ、つまり「KJ法的ボトムアップ」と、「ボトムアップに見せかけた中途半端なトップダウン」との違いは、実際にやっているときには案外に気がつきにくいものです。しかし、この二つから生み出されるものはまるで違います。前者は創造的・刺激的・挑戦的・アンチ規格的・アウトサイダー的になりますが、後者はたったひと言で言い表せます。退屈なのです。

さいごに

別にKJ法に信仰心を持っているわけではありません。単に「真なるボトムアップ」に潜む創造性と難しさに思いを馳せているだけです。

私たちは、ついつい「分類」してしまう、という心理の癖を持っています。使い慣れたその道具は、何かしらを「考える」ときに、頻繁に顔を覗かせます。ボトムアップ的アプローチは、その癖に変化を与える(あるいは変化を強要する)ものと言えるかもしれません。

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WorkFlowyにある等価性と絶対性

その1. アウトラインに存在する各項目は等価である
その2. それらすべては一つの大きな流れの下にある


その1. アウトラインに存在する各項目は等価である
 各項目に表現上の区別はない
 各項目は上位にも下位にも位置できる
 各項目はズームによってカレントになれる
 →すべては断片である
その2. それらすべては一つの大きな流れの下にある
 各項目は大きなアウトラインの一部である
 そこから逸脱することはできない
 移動しようが、ズームしようが大に位置する小の構造は動かない
 →ひとつの全体がそこにある


WorkFlowyは、一つの大きなアウトラインを持ちます。すべての要素(項目)はそのアウトラインの中に位置づけられます。原則的に「他の場所」は存在しません。まるで私たちの人生のようです。

『アウトライン・プロセッシング入門』が示すように、WorkFlowyはプロセス型アウトライナーであり、見出しと本文の区別がありません。すべての項目が同じ性質であり、いつでも見出しになれますし、本文にもなれます。その意味で、すべての項目は等価な存在です。

ときに一つの項目にズームして、その他の項目を無視することもできます。私たちが「今」という瞬間にフォーカスするかのようにです。結局の所、私たちの人生が「今」という瞬間の連続でしかないように、WorkFlowyの各項目もフラグメント(あるいはピース)な存在でしかありません。むしろ、そうであるからこそ、移動したりズームしたりが可能になります。

とは言え、すべての項目がどれだけ等価で自由であろうとも、一つの大きなアウトラインに位置していることは代わりありません。それぞれの項目は相対的自由を手にしていながらも、一つの大きなアウトラインという絶対性の中に制約されています。それを人は(もしかしたら)一貫性と呼ぶのかもしれません。自我と呼ぶ人もいるでしょう。自分の人生という呼び方だってあるはずです。

自分の人生の中に位置するもの、それらはどれだけ偉大であろうとも、あるいは愚かしくあろうとも、すべては等価で、相対的です。環境の揺らぎの中で、ズームするもの、上位に置くものは代わりえます。それを私は自由だと呼びましょう。

しかし、それらはどこまでいっても、自分の人生の中に位置するのです。どれだけズームしたってそれはかわりません。逃れられないのです。その絶対性を受け入れること。どこにも逃れられないことを、肯定的に受け入れること。

これもまた、私は自由と呼びましょう。

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裏NovelJamも無事終了しました

まずは、表の「NovelJam」。Twitterのハッシュタグを見る限りでは大きな盛り上がりだったようです。レポート記事も見かけました。盛況であったなら、なによりです。

しかしながら、二日間で本を仕上げ、販売にまで持っていくというハードなセッションにも関わらず、きちんと本ができあがっているのは実に素晴らしいことです。以下のサイトで完成本及び受賞作が発表されております。

NovelJam 2017 – Powered by BCCKS / ブックス

中身もそうですが、表紙作りも大変だったのではないかと推測します。この辺は自分でセルフパブリッシングしているので、しみじみと感じるところです。

ともあれ、皆様お疲れ様でした。次回の開催も心待ちにしております(参加できたら…いいな…)。

で、もって裏です。勢いで発表してしまったので、最悪誰も集まらない、集まっても2〜3人くらいかな〜と悲観的な予想をしておりましたが、結果的に9作品もの投稿が。

タグ「裏NovelJam」がついた小説一覧 – カクヨム

いやはや嬉しい限りです。こちらも二日間で小説を完成させるということで、いろいろハードだったかと思いますが、ご参加ありがとうございます。

ちなみに私は以下の作品を投稿しました。

断片的詩編(倉下忠憲) – カクヨム

ブログなら2000文字程度で1記事としていますが、今回は500文字程度で細かくビートを刻んでいく形で投稿してみました。それでも6000文字程度の作品になったのだからなかなかたいしたものです。さすがにこれを毎日やれと言われると厳しいですが、期間限定なら、ブーストをかけるのはちょうどよいかもしれません。

あと、今回初めてカクヨムを使って小説を投稿したわけですが、とても心地よくエピソードを投下していけました。ルビ振りが楽なのもいいですし、連続投稿を念頭に置いてあるUIなのでサクサク投稿していけました。また利用させていただくかもしれません。

というわけで、「NovelJam」の第二回が行われる際には、裏の方の第二回も行われる可能性が大です。乞うご期待。

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