Posts tagged: 先輩と後輩

レールのおり方 [先輩と後輩シリーズ]

「せんぱーい」
「ん?」
「あのですね、ちょっと相談がありまして」
「なんだ、言ってみろ」
「私に投資してください!」
「断る」
「ちょっ! 決断が早すぎませんか。もっと熟慮してくださいよ。三日三晩悩み抜いてから重々しく答えを口にしてくださいよ」
「別に嫌がらせで言っているわけではないぞ。シンプルに投資する価値がないと判断したまでだ。というか、だいたい投資じゃなくて金を貸して欲しいだけだろ」
「いいえ、投資です。私は起業することに決めたんです」
「貴様、また何か本を読んだな」
「な、なぜそれを」
「いいから、ちょっと見せてみろ」
「ダメですよ! これは私だけの成功法則なんですから」
「仮にも出資をお願いしている人間にその態度は何だ? ん?」
「……この本です」
「『レールの外れ方』────そうか、わかった。まあ、頑張れ」
「ちょっと、逃げるように立ち去らないでくださいよ。みんなそんな調子なんですよ。最初に相談したときは、「やった方がいい」「人生はチャレンジだ」なんて言ってたのに、投資を頼みに言ったら「ちょっと現実的じゃないよね、それ」とか「もっと実績を積んでからでないと」って渋るんですよ。どういうことですか、これ」
「まあ、そうだろうな。応援するのはタダだし、言っている方も気分は良くなる。だが、お金を出すとなれば話は別だ」
「だったら、批判する人の方が正しいってことですか。そういうのはよくないって、この本に書いてありましたよ」
「どうして貴様はそんなに思考がシンプルなんだ。関係ない立場から批判するのだってタダだし、気分も良いだろう。そもそも、そんな外野から何を言われても聞く耳を持たないんじゃないか」
「それはそうかもしれませんが……」
「本当に大切なのは、信頼できる人からの厳しいアドバイスだ。誰だって親しい人には厳しいことなんて言いたくない。関係を壊してしまうかもしれないし、口から出た言葉には責任が伴うからな。でも、それでも言っておくべきことがある、という思いで紡がれる言葉には価値がある。わかるか」
「なんとなくですが……。はっ! だから今先輩は私に厳しい言葉を投げかけてくれてるんですね」
「いや、俺様は思ったことを素直に言っているだけだ」
「わかりました。私、先輩の信頼に応えられるように頑張ります!」
「ひとの話を聞いているか? まあ、そういう楽観思考が起業には必要だがな」
「だったら、投資してくれるんですよね。500万、いや100万でいいです」
「断る」
「え〜〜〜〜〜〜〜、今の話の流れだと、即決でキャッシュをポンっと投げて、「出世払いだ」とか言ってクールに立ち去るところでしょ〜〜〜〜」
「それは俺様のキャラではないし、そもそも出世払いと投資は別物だ」
「似たようなもんですよ。さあ、今こそチャレンジするときですよ」
「貴様のチャレンジに俺様を巻き込むな。あと、最低でもその区別ができるようになってから、人にお金をせびれ」
「せびってなんかいませんよ! 投資を求めているんですよ」
「その、「かっこよく言い換えたら中身もかっこよくなる」的アプローチは今すぐ捨てろ。不愉快だ」
「別に良いじゃないですか。誰にも迷惑をかけていませんよ」
「迷惑をかけなければ何をしてもいい、という発想はどこから生まれたんだ。あと、その理屈だと、迷惑をかけることは何一つしてはいけない、ということにもなるぞ。だったら息を吸うことすらできなくなる」
「よくわかりません」
「まあ、いい。ともかく人が投資する対象は二つしかない。事業か、人かだ。魅力的な事業があるなら投資を検討してもいい。あるいは、その人物に可能性を感じるなら事業プランが雑でも投資する価値はある。が、貴様にはそのどちらもない。ノーマネーでフィニッシュだ」
「可能性はありますよ。人の可能性は無限大なんです!」
「言ってて虚しくないか」
「……言わないでくださいよ」
「万が一、貴様がどうしても成し遂げたいことがあったり、やむにやまれぬ状況でその選択をしたのなら、この俺様だって冷血というわけではない。ちょっとは考えただろう。が、今の状態ではダメだ。覚悟も責任もないような人間に金を託すのは、ドブに捨てるのと同じだ」
「だったら、私はどうしたらいいんですか」
「別に普通にすればいいだろう。その本にはそういうノウハウはまとまっていないのか」
「ぜんぜん書いてませんよ。というか、レールから降りる方法しか載ってないです」
「まあ、そうだろうな。その後は高額のセミナーにご案内、というわけだ」
「どういうことですか」
「追い込み漁だ」
「だから、どういうことですか」
「ダークオブソーシャルだ」
「何ですか、その中二病感溢れるネーミングセンスは」
「貴様! 誰が深遠なる闇を称える邪眼魔導士だ」
「誰もそんなこと言ってませんよ。というかそれこそ中二病ですよね」
「まあ、いい。ようは魅力的な事業プランを考えるか、コツコツ実績を積んで人間的な信頼を得るか、そのどちらかだろう」
「それができるんなら苦労しませんよ」
「レールを降りるというのは、苦労するということだぞ」
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蛇口と呪文 [先輩と後輩シリーズ]

「せんぱーい」
「ん?」
「ちょっと聞いてくださいよ」
「なんだ、やけに真剣な顔をして」
「私、思うんです。人は夢を追いかけるべきじゃないかって」
「……」
「なんですか、その沈黙は」
「いや、まあ、なんだその、がんばれ。じゃあな」
「ちょっと〜〜〜、スタコラと立ち去らないでくださいよ〜〜〜」
「ええい、ひっぱるな。シャツが伸びる」
「そんなユニク○のワゴンに並んでいる半額みたいなシャツのことなんてどうでもいいじゃないですか」
「失敬な。これは2割引で買ったんだ」
「どっちだっていいですよ。先輩はどう思うんですか」
「どうって、貴様の好きなようにすればいいだろう。ただ主語をデカくする必要はないな」
「主語?」
「自分が夢を追いかけたいなら、追いかければいい。何かを決めるのは貴様の権利であり責任だからな。ただ、それを≪人は≫みたいな一般論に拡大して、自分の責任を希釈するのは褒められたことではないし、人に押しつけるのも間違ってる」
「……」
「なんだ、その沈黙は」
「先輩の口から、責任なんて言葉が出てくるとは思ってもみませんでした」
「貴様が妙なことを聞くからだろう。でなければ、こんなこと一生言いたくなかった」
「なんですか、デレですか。ついにデレですか。でも、私興味ありませんよ」
「俺様もだ。意見の一致をみたところで、この話を決着させてもらう」
「ちょ、ちょっと〜〜〜、まだ話は終わってませんよ〜〜〜〜」
「だから引っ張るなと言ってるだろうが。日の丸が楕円になってしまう」
「よくそんなシャツ見つけてきましたね。というか、よく平然と着てますね」
「こういうシャツを着てると、変な勧誘連中がよって来なくなるメリットがあるんだ」
「それはそれで別の人たちを引きつけちゃう気がしますが」
「何事もメリットばかりではない」
「はあ……、いやシャツの柄はどうでもよくてですね。夢を追いかけようと決意したんですが、となると、やりたいことがいっぱい出てきちゃうんですよ。フランス語も勉強したいし、体力もつけたいし、脳トレもしたいし、アラブのお金持ちが集まる婚活パーティーにも出たい……。でも、時間がぜんぜん足りないんですよ。いちおう講義にもでなきゃいけないわけですし」
「まあ、そうだな」
「そこで、いろんな趣味に手当たり次第手を出している先輩にご助言いただければ、と思いまして」
「貴様! 誰がサブカル界のドン・ファンだ!」
「誰もそんなこと言ってませんよ。というかドン・ファンって誰ですか」
「まあいい。とりあえず、一つ言っておこう。大切なことだ」
「ちょっと待ってくださいね。メモしますから」
「良い心がけだが、何、簡単なことだ。≪できないことは、できない≫、以上だ」
「以上?」
「うむ」
「できないことは、できない?」
「我ながらシンプルで良い言葉だな」
「なんですか、それ。ぜんぜんアドバイスになってませんよ。返還訴訟起こしますよ」
「貴様は何の対価も支払ってないだろう」
「時間ですよ。私の大切な時間が失われてます」
「貴様の戯言に付き合っている俺様の時間はどうなるんだ」
「それは、先輩たるものの義務でしょ」
「……貴様は、強く生きていけそうだな」
「よく言われます」
「別に屁理屈でもおためごかしでもない。純然たる、アルティメットな真実だ。できないことは、できない。筋力が足りない人間は重量挙げができない。目が悪い人間は遠くのものが見えない。だったら、手持ちの時間が少ない人間はそれ以上の行動が取れない。当たり前の話だ」
「でも、時間の使い方を工夫したりすれば……」
「まあ、ちょっとは改善できるかもしれんな。でも、それはちょっとのことだ。思い通りのことが実現できるようにはならない」
「夢も希望もありませんね……」
「貴様が漫画にあてられ過ぎてるだけだろう。突然眠っていたチカラが目覚めて、あまたの問題を解決し、圧倒的なカタルシスを得る、なんてことは起こらん。問題は地道を積み重ねて、一つひとつ解決していくしかないんだ」
「だったら、その地道な方法を教えてくださいよ」
「それはできん」
「なぜですか。ああ、なるほど、なるほど。わかりました。意地悪ですね。小学生が気になる女の子にちょっかいかけるみたいなやつですね」
「その想像力は、驚嘆に値するな」
「よく言われます」
「別に意地悪なわけではなく、意味がないだけだ。蛇口が閉まってないのに、風呂の水を桶ですくい上げる方法を教えても仕方があるまい」
「あのですね。もう少しわかりやすく言っていただけないと、こちらとしても法的な処置を考えざるをえなくなりますよ」
「一体どんな刑法に違反しているのかは知らんが、まあ、まて。説明してやる。時間の使い方を工夫すれば、たしかに少しの時間は稼げる。できることも少しは増えるだろう。が、その間、貴様が漫画的ドリーミングに浸っていたらどうなる」
「すばらしいじゃないですか」
「まあ、当面の間はな。ただ、実行できることは少しだけだ。減らしていけるのは少しずつなんだ。が、貴様はその間夢見心地でいろんなことを≪やりたければ、できる≫と次々に増やしていく。5減らす間に100は増えるかもしれない。これがどういうことかわかるか」
「たいへんそうです」
「もちろんそうだが、それだけではない。そんな状態では、何も減っている気がしないだろう。それはつまり、5減らすという行為に価値を感じなくなる、ということだ。なにせ感覚は相対的なものだからな。だから、5減らす行為が無意味に思えて、一気に100減らすようなものを探してしまう。元の木阿弥だ」
「だったら、夢を諦めたらいいんですか?」
「そんなことは言っていない。そうやってすぐに極論に走るのはやめた方がいいぞ。≪できないことは、できない≫を受け入れることと、≪夢を諦めない≫ことは別に矛盾しない。言い換えてみればすぐに分かる。≪夢に向かって進む≫と≪できることを、する≫だ。これなら納得できるか」
「それならなんとか……」
「問題は、≪できること≫を大きく考えがちなところだ。人は無限の可能性を持つ、みたいな言説が跋扈しているからだろうな。可能性を持つことと、実際にできることには大きな乖離があるはずだが、どうやらそういう言説はあまり人気がないらしい」
「じゃあ、どうやったら≪できないことは、できない≫を受け入れられますか。ずばっとした解法を教えてください」
「あのな、そうやって物事を一瞬で解決しようとするのもやめた方がいいな。現実の事象はそんなにシンプルにはできていない」
「わかりました。じゃあ、どうやったら一瞬で解決しようとするのをやめられますか。ずばっとした解法を教えてください」
「……」
「なんですか、その沈黙は」
「おちょくられているかどうかを思案していた。おそらく否だろう」
「?」
「だろうな。人がどう考えるのかや、どういう行動を取るのかは、習慣と環境に依る割合が多い。意志が関与するのは非常に狭い領域だ。習慣は強固だし、環境は硬い。だから、意志が介在して、それらを少しずつ変えていくしかない」
「だったら、どうすればいいんです?」
「呪文だ」
「呪文?」
「リピート、アフター、ミー。≪できないことは、できない≫」
「≪できないことは、できない≫」
「それが呪文だ。別に今は納得できなくてもいい。ただ、そうやって何度か口にしておけば、何かの物事や出来事を見つめるときに、ふとこの言葉が思い浮かぶかもしれない。そのときに、ちょっと考えてみることだ。この言葉を通して、そうした出来事をな」
「それだけですか?」
「簡単だろ」
「あっけないくらいです。ありがたみがありません」
「真実にありがたみがあったことなど一度も無いが、まあ、それだと信憑性に関わるかもしれないな。だったら、お代でも頂戴しておくか。高いコンサル料ほど真実味が増すと言うし」
「えっ、アドバイスをいただけた上にお金までもらえるんですか」
「さすがに、それはおちょくってるな」
「もちろんです」
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食い合わせとカメレオン [先輩と後輩シリーズ]

「せんぱーい」
「ん?」
「知ってましたか? 時代はうぃんうぃんなんですよ!」
「……ついに、暑さにやられたか」
「ちょっと、先輩! ご臨終した患者さんの前に立つドクターみたいに首ふらないでくださいよ」
「どうせ、また何かの本の受け売りだろ」
「失敬な! 受け売りじゃなくて、引用ですよ。引用」
「……うん、まあそうしとくか。で?」
「就活の面接に備えてですね、どどーんとビジネス書を買ったんですよ。どどーんと」
「どんなやつだ。ちょっと見せてみろ」
「えっとね、『七つぐらいの習慣』でしょ『絶対に相手を説得するプレゼン』でしょ『あなたの印象の9割は一言目で決まる』でしょ……」
「これみんな同じ著者じゃないか」
「そうです。ブックオーブでセット販売してたんです」
「で、安かったから買ったと」
「そうです! 買い物上手でしょ!」
「で、こんな馬鹿馬鹿しいことになってると」
「そうです! って、えっ?」
「貴様は、この本全部読んだのか?」
「もちろん。読みやすい本ばかりだったので、一日で全部読んじゃいました」
「で、それぞれに感嘆して、引用してまわっていると」
「そうですよ。やっぱり実践が大切ですからね」
「引用して回るのは、実践とはまったく関係ない気がするが、まあいい。問題は、食い合わせだ」
「食い合わせ?」
「さっき、貴様はwin-winがどうのこうの言ってたな」
「そうですよ。私自身の利益だけじゃなくて、相手の利益も考えなきゃダメなんですよ」
「俺様もその考えには同意する。でなきゃビジネスは略奪ゲームに堕するからな。だがな、ちょっと考えてみろ。そのwin-winと「絶対に相手を説得するプレゼン」はどう結びつくんだ」
「えっ?」
「絶対に相手を説得する、というのは相手の意志をねじ曲げるということだ。そうだろ。自分の考えを押し通して、相手の考えを退ける。でないと、「絶対に説得」なんてできるはずがない。重要でないことをさも大切だと飾り立てたり、取るに足らない数字を大きく見せたりして、「説得力」を持たせるんじゃないのか。それが嘘ではないにせよ、誘導が含まれていることは間違いない。その行為の一体どこにwin-winが含まれているんだ」
「でも、こちらの提案が相手の利益にもなるんだったら、その提案を通すことはwin-winになるのでは」
「なあ、おい。ちょっとは考えろ。自分の頭を働かせてみろ。誰かの利益になる、というのを決めるのは誰だ。相手なのか、貴様なのか。もし、貴様だったら、「相手の利益」じゃなく、貴様が相手の利益だと思っているものを押しつけているだけじゃないのか。そして、それがwin-winの理念なのか」
「それは……」
「なあ、おい。ちょっとは考えろ。考えるというのは、自分の意見にしがみつくことじゃない。自分の意見の反証可能性を探ることだぞ。一つひとつを取ってみれば、筋が通っているが、広げたり並べたりしたらまったく筋が通っていないことは山ほどある。で、俺様はそういうのが大嫌いなんだ」
「間違っているからですか?」
「そうじゃない。間違うことは悪いことじゃない。そもそも不完全な人類にとって、間違いは影のようなものだ。いつだって付きまとってくる。逃れることはできない。だからこそ、人類は前に進んできた。ただな、その場その場に応じて提出されるもっともらしい意見にはそれがない。カメレオンみたいに周囲の雰囲気に合わせて意見を変える。仮に何かを間違えていても、そこからの改善は起きない。だから、周囲の状況が変われば、また同じような間違いをおかす。メビウスの輪を歩いているようなものだ。それは、どこにもたどり着かない」
「なんか今回はシリアスモードですね」
「俺様はいつだって真剣だ。真面目じゃないだけで」
「たしかに、毎回単位ギリギリの出席日数しかない先輩を真面目と呼ぶのは無理がありますね」
「貴様! 誰が漆黒のボーダーブレイカーだ!」
「誰もそんなこと言ってませんよ。というかボーダーをブレイクしたら単位落としちゃってるじゃないですか」
「……」
「なんですか、その沈黙は?」
「まっとうなツッコミに驚きを禁じ得ない」
「そうですか、まあいいです」
「ともかく、そんな引用の寄せ集めコピペみたいな意見じゃ、面接でもぺらっぺらなことがすぐ露呈するぞ」
「先輩はごつごつしながら、さらにトゲトゲもしているから、やっぱり面接に落ちちゃうでしょうけどね」
「俺様が落ちるんじゃない。面接が上昇するんだ」
「ちょっと意味がわかりません」

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過ぎし日の色あせた成功譚

「せんぱーい」
「ん?」
「あのですね、私、ついに決めました。一流企業に就職して、その後ぐんぐん出世しちゃいます」
「とうとう頭のネジが緩んできたのか」
「違いますよ!夢ですよ、ジャパニーズ・ドリームですよ!」
「……」
「なんですか、その沈黙は?」
「いや、なんでもない。ちなみに参考までに聞くが最近何か本を読んだか?」
「『課長 嶋孝治』と、『サラリーパーソン桃太郎』シリーズを読了しました。マンガだけど、すっごく面白かったです」
「その影響されやすい性質はなんとかならんのか」
「なりません!」
「……胸を張って言われると、いっそすがすがしいな」
「でしょ」
「いや、特に褒めてもいないんだが」
「またまた〜。でも、やっぱり大きな会社に入って、人間関係をうまくわたり歩いて、ときどき無茶なこともやって、ドカンと大きな契約を取って、いずれは役員や社長に、ってなんかこう夢があるじゃないですか。サクセスストーリー的な」
「貴様は都合良く二つの作品をごっちゃにしてるが、あれは真逆のストーリーだぞ。片方は典型的、片方は破天荒だ。ピンフと国士ぐらい違う」
「ピンフってなんですか?」
「……たとえが悪かった。サザエさんとドラえもんぐらいに違う」
「ほとんど一緒じゃないですか」
「貴様の脳はほんとうに動いているのか? もしかしたら、パターン認識のスイッチがオフになってるんじゃないか」
「大丈夫ですよ。そもそも先輩がいちいち細かすぎるんじゃないですか」
「貴様! 誰が、日本に残された最後のデリケート・サムライだ!」
「誰も、そんなこと言ってませんよ。というか、サムライはどこからきたんですか」
「なんとなくだ」
「……」
「なんだ、その沈黙は?」
「そろそろ本題に戻りましょう、の催促です」
「そうだな。典型的にしろ、破天荒にしろ、結局それは色あせた成功譚でしかない。過ぎし日の色あせた成功譚だ」
「色あせた成功譚?」
「この世界にごく一握りしかない、いつでも通用する法則を教えてやろう。それは、<時代は変化する>ということだ」
「平安とか鎌倉とか明治とか、そういうのですか」
「まあ、それでもいい。それぞれの時代は産業も文化も違う。人々の価値観だって変わってくる。当然、その時代における成功の形も、そこに至るルートも変わってくるんだ。言い換えれば、それぞれの中に、成功譚のバリエーションがある」
「でも、それと今の話がどう関係するんですか?」
「この時代だっていつかは変化するということさ。近代化が社会のアガリではない。だから、近代化における成功譚も、いずれは色あせていく。というか、もう色あせているかもしれない」
「じゃあ、私の夢は実現しえないと?」
「そこまでは言わないさ。色合いというのは、徐々に薄れていくものだからな。ただ、少しずつ難易度みたいなものはあがっていくだろうし、それによって得られる充足感も相対的に小さくなっていくだろう」
「だったら、もうサクセスストーリーは存在しないんですか」
「それは難しい話だな。存在しないと切り捨ててしまえば、楽ではある。たぶん、嘘でもないだろう。逆に、古いものとかありもしないものを称賛しておくと、財布が暖かくなる。そういうのを求める人は絶えないし、実体がないから売り切れることもない」
「じゃあ、どうしようもないじゃないですか」
「そうかもしれない。ただ一つ言えるのは、斜に構えていては何も生み出せないってことだ。それはカッコイイかもしれないが、そこから先には進めない。結局、愚直とも言える愚かさによってしか生み出せないものがある。そして、そういうものが新しい色合いを生み出していく。これからの社会に求められているのは、そこから立ち上がるポジティブさだろう。つまり、一度ネガティブさをくぐり抜けたポジティブさだ。まあ、それは俺様向きの仕事ではないがな」
「先輩はネガティブの塊ですもんね」
「そうだ。俺様と貴様の合いの子ぐらいがちょうどいいのかもしれない」
「……それってプロポーズとかじゃないですよね」
「だったらどうするんだ」
「もちろん断固として拒否します」
「俺様もだ」

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線の伸ばし方

「せんぱーい」
「ん?」
「少しお尋ねしたいことがあるんですが」
「なんだ、今日はやたら丁寧だな。ようやく先輩に対する心遣いを覚えたのか」
「就活の成果です!」
「腹黒くなった、というわけか」
「それは聞こえが悪いですよ。本音と建前を分けられるようになった、と言ってください」
「それも充分に聞こえが悪い気はするが、まあいい。で、なんだ」
「実は先輩の専門分野についてお聞きしたくて」
「専門分野? まずアニメだろう。あと、アニメだな。それにアニメとアニメと、そうそう深夜アニメを忘れちゃいけない」
「……」
「なんだ、その沈黙は」
「ツッコミすら放棄するほど悩みきってるんですよ!」
「悩み?」
「そうなんです。実は就活のガイダンスがありまして、自己分析をやった方がいいって言われたんですよ。それで、本屋さんに行って『15分でできる簡単自己分析!(CDガイド付き)』という本を買ったんです」
「……」
「なんですか、その沈黙は?」
「呆れ、だ」
「ひどいじゃないですかー。私は真剣に悩んでいるですよ」
「真剣に悩んでいるわりには、お手軽な解決法を求めるんだな。しかも、よりにもよってそんな胡散臭い本を選ぶとは」
「そうですか? わかりやすい本でしたよ。親切丁寧でしたし」
「きっと巻末に、著者が主催するセミナーに格安で参加しませんか? ぜひ、こちらへメールをどうぞ! 今なら25万円するセミナー動画が無料で閲覧できます。とか書かれてたんだろ」
「な、なぜそれを。まかさ目を盗まれた!?」
「貴様こそSFアニメの見過ぎだ。常套手段なんだよ。溺れるものは藁をも掴む。だったら藁を掴ませたければ、溺れているやつを探せばいい。高額で買ってくれるだろうからな」
「先輩はそういうことに詳しいですよね」
「日々研究しているからな」
「人を騙すのとか好きそうですもんね」
「貴様! 誰が、希代の策略家にして辣腕の詐術師だ」
「誰も、そんなこと言ってませんよ」
「まあ、いい。それでなぜ俺様の専門分野の話になったんだ」
「そうでした。実はその本には”徹底的に自分の長所を伸ばし、専門分野を作りましょう”って書かれてたんですよ」
「バカでも書けることだな」
「でも、私って自己分析しても長所みたいなものがまったく見つからないんですよ」
「バカだからな」
「……今のはマジでショックを受けました」
「ジョークだ。上質のジョークだ。気にするな」
「言っていいことと悪いことがあると思います」
「いや、一面ではジョークだが、一面では真実だ。風刺というのは、そうでないと意味がない」
「じゃあ、私はやっぱりバカなんですね……」
「そうやって思い悩んだり、分析して何かがわかるつもりになっている、という点ではな」
「えっ?」
「わからないなら、それでもいい。とにかく話を続けてみろ」
「……はい。で、どうすればわからなかったんで『究極の自己分析 〜未来をあなたの手に〜(解説CD付き)』という本も買ってみたんです」
「貴様は付録CDに思い入れでもあるのか」
「なんかお得じゃないですか。CD付いてた方が」
「……まあ、いい。それで?」
「その本を読んでみたら、”これからはプロフェッショナルは危険です。多様な分野に手を伸ばしましょう”ってまったく正反対のことが書いてあったんです。で、ますます混乱しちゃって……。ここは性格がひん曲がっていても何とかこの世を渡って行けそうな先輩にご意見を伺おうと」
「それは人に物を尋ねる態度ではないな」
「でも、事実ですから」
「まあ、そうかもしれん」
「で、先輩はどっちが正解だと思います?」
「あのな、そんなものに正解なんてない。業界によっては尖ったプロフェッショナルでないとやっていけないところもあるし、別の業界ではジェネラリストが重宝されるところもある。それだけの話だ。あたかも人生全般に通用するような物言いは、基本的に疑った方がいいぞ」
「じゃあ、答えはないんですか?」
「答えはあるさ。正解はない、と言っただけだ」
「違いがいまいちわかりません」
「貴様が選んだ方が、答えになるんだ。それが正解かどうかはわからない」
「なんだかあやふやですね」
「人生とは、あやふやなものなんだ」
「じゃあ、先輩の答えはどっちなんですか」
「うむ。俺様の場合は、多重プロフェッショナル路線だな」
「多重?」
「そう。ひとつの分野をとことん追求する。で、満足したら次の分野に移る。そこでも同じことを繰り返す」
「なんだかふらふらしてますね」
「それが性に合ってるんだから仕方がない。ベクトルを思い浮かべてみろ」
「ベクトル? 力の大きさと向きを持ってるやつですか」
「そうだ。ベクトルはスカラーと同じように足し算ができる。まったく同じ向きのベクトルを足せば、線は延びる。違った向きのベクトルを足せば、平行四辺形の対角線に新しいベクトルが生まれる。どちらにせよ、どこかにはたどり着く。問題があるとすれば……」
「あるとすれば?」
「悩んでいて線を延ばすのを止めてしまうことだ。あるいは逆向きのベクトルを足すのもよくない。そういうことを避けていれば、自ずと自分らしい線が引けるはずだ。もちろん、止まってしまったり、縮んでしまうのもその人らしいと言えば、その人らしいわけだが」
「じゃあ、今の私がやるべきことは……」
「そんなブックオンで100円にしかならないような本を読むのに時間を使うのではなく、興味ある分野を貪り、引き寄せられるような体験に飛び込むことだ。それで線は延びていく。それに、長所はそうした行動を積み重ねた後にわかってくるもんだ」
「先輩のアニメ探求は、線を延ばす行為なんですね」
「然り」
「じゃあ、先輩はもう自分の長所をはっきり理解されてるんですね」
「そりゃもちろん」
「じゃあ、二つ三つ挙げてみてくださいよ」
「……」
「ぜひぜひ、遠慮せずに」
「……」
「一瞬、先輩を尊敬しかけた自分を呪いたくなりました」
「その追求心は、貴様の長所だな」

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斬新なアイデアと投石器

「せんぱーい」
「ん?」
「ちょっと聞いてくださいよ」
「なんだ、今日は質問じゃないのか」
「ある意味では質問ですし、別の意味では愚痴です!」
「ややこしいな。まあいい、言ってみろ」
「実はですね。この前、とある企業のインターンに行ってきたんですよ。結構有名な大企業だったので、ちょっとテンションあがり気味に」
「よくそんなところのインターン権ゲットできたな。貴様なんぞにコネなどなかろう」
「直接的にはなくても、コネを持っている人を探すことはできます!幸い同じゼミのオタクっぽい男子がその企業の部長さんの息子という噂を聞きつけて、ちょちょいとアプローチしたらばっちりでした!コネにコネをつなぐ、延長コード戦略です」
「……まあ、それも立ち回りの一つか。しかし、よくそんな噂話を手に入れられたな」
「先輩はなんにも知らないんですね。SNSですよ、SNS。シューカツSNSでは、そういう情報が3日間煮込みまくったカレーのように濃厚に飛び交ってますよ」
「あまり関わり合いたくない世界である、ということはよくわかった。それで?」
「えっと、それでですね、その企業のインターンの3日目のカリキュラムに企画会議があったんですよ。しかも、見学ではなく参加させてもらえるというビッグなチャンス。人数が限られているということで、真っ先に挙手したんですよ。やっぱりアピールって大切ですから」
「まあ、それはそうだな。その企画会議で何かあったのか」
「そうなんですよ。企画会議といえば、円卓で繰り広げられる超絶ブレストバトルじゃないですか」
「まず、貴様のその認識を改めるのが先だと思うが、まあいい」
「それで、私はばんばんアイデアを出しちゃったわけですよ。もう、業界を背骨から変えてしまうような斬新なアイデアさんたちを」
「きっと、参加していた社員らは目を見開いて、凍り付いていたんじゃないのか」
「よくわかりましたね。もしかして、監視カメラをハッキング?えっ、それともストーカー?……」
「正常な想像力が働いていれば、シャーロックホームズ検定一級でもわかる。それで、どうなったんだ?」
「結局、私の出した斬新なアイデアさんたちは、ことごとく否定、却下されました」
「罵倒されなかっただけでもありがたいと思うべきだな」
「しかも、その理由がひどいんですよ。前例がないだとか、リスクが計り知れないとか、そんなことばっかり。でも、おかしいですよね。新しいアイデアなんだから、前例がなかったりリスクが計れないのは当たり前じゃないですか。そんなこと言いながら、新しいアイデアを求めて会議するなんて矛盾してます。私、不愉快でした」
「そのセリフは赤いメガネをかけて言わないと魅力値に加算ボーナスが発生しないぞ」
「なんのことですか?」
「純然たる私の趣味の話だ」
「あぁ、アニメ嗜好に彩られたフェティズムをお持ちの先輩の趣味の話ですか」
「貴様!誰が、妄想の暴走者:ファナティック・デイドリーマーだ」
「誰もそんな二つ名付けてませんよ」
「ともかく、貴様は良い体験をしたのだよ。業界が健全に動いている証拠だ」
「健全?あれがですか。ちょっと納得できません」
「大企業には大企業のルールがあり、力があり、制約があるということだ」
「制約?」
「そうだ。もし貴様が提案したアイデアをその企業が採用して、大失敗に終わったとしよう。投資は全てゴミとなり、莫大な借金だけが残る。被害を被るのは誰だ?アイデアを発言した奴か、それとも承認印を押した役員か。もちろんそれで済むはずがない。そこで働く社員すべてに悪影響が出てしまう。最悪リストラもありうるだろう。そんなことにGoサインが出せるのか」
「それは……」
「もし、同じアイデアにチャレンジするのが少人数の、そして生まれたての企業ならばGoサインはずっと出しやすくなる。もちろん失敗はするだろうが、影響は限定的だ」
「でも、それだと大企業は新しいことにチャレンジできず、新興企業だけがイノベーションに取り組むことになりませんか」
「それでいいのさ。大企業は大企業であり続けるために、リスクの小さい施策を打ち出す。リスクを気にしなくていい新興企業がそのニッチに飛び込む。そこでチャンスを掴んだ一握りの経営者が、やがて会社を大きくしていく。古き大企業は没し、新しい大企業が生まれる。そして、同じサイクルが巡る」
「つまり、新陳代謝のような?」
「そうだ。それが機能している限り、その業界の水は濁らない。これは重要なことだ。業界というレイヤーで、大きいのが偉い、小さいのが偉くないと考えるのは愚かなこと極まりない。ヒエラルキーではなく、ポジショニングで捉えるんだ。そこではそれぞれの役割が違う。ダビデが大剣や大槍を振り回しても意味がないし、ゴリアテが投石器を装備したって扱えない」
「じゃあ、あの会議では、私は無難なアイデアを言っておけばよかったということですか?」
「貴様が、その企業にどうしても勤めたいというのならば、そうだろうな。わずかにだけ新しいアイデアをポンポン出せれば、<使える奴>と認知されただろう。ただし……」
「ただし?」
「自分の想像力を押さえ続けて仕事をするというのは、かなりハードだろうがな」
「……たしかに、それはちょっとしんどいかもしれません」
「人は、想像力の翼で空を飛ぶんだ」
「先輩は、妄想力に振り回されちゃってる感ありますけどね」

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Category Allegory 倉下忠憲

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ぶれない軸と刀鍛冶

「せんぱーい」
「ん?」
「ちょっと教えて欲しいことがあるんですよ」
「なんだ?」
「実はですね、<絶対にぶれない軸>ってどうやって作ったらいいんでしょうか?」
「そんなことか。まず、宇宙空間に行ってだな、ガンダニウム合金を・・・」
「いやいや、そういう金属即物凶器的なものではなくてですね。こう、なんというか精神的な軸です」
「あぁ、そっちか。貴様もとうとう兵器による自己防衛の重要性を理解したのかと思ったぞ。まあ、いいか。ようするに、<ぶれない心>とか<揺るぎない信念>の作り方だな」
「はい」
「まず聞くが、なぜそんなものを作りたがっているんだ」
「だってカッコよさそうじゃないですか」
「・・・。それだけか」
「はい!」
「満面の笑みで肯定されると、反論するのもバカバカしくなってくるな」
「いや、ちゃんと他にも理由がありますよ。ええと、その、あの、就職。そう就職活動とかで、キリッって出来そうじゃないですか。私は<絶対にぶれない軸を持っています>なんて言えたら」
「俺様が面接官なら、そんなことをほざく奴は即座に落とすがな」
「なんでですか」
「使いにくそうだからだ」
「そんなの、自分のこと俺様って呼んでる先輩に言われたくないですよ」
「俺様は自分で起業するからいいんだよ。雇われなければ、雇えばいいじゃない、とさる高貴なお方も言っていたしな」
「・・・・・・」
「なんだ、その沈黙は」
「健全な懐疑精神の発露です」
「そうか、まあいい」
「理由はともかく、ぶれない軸を持っていないよりは、持っていた方がいいじゃないですか」
「本当にそうか。たとえば、とあるヨーロッパの一国が、世界中を混乱に陥れる戦争を引き起こした。その国の指導者たる人間は、最後の最後までぶれない姿勢を貫いたぞ。赤い旗を振りながら、自国と周辺の国々に深刻な文化的打撃を与えた奴もいる。そいつらは、世界で偉人と語られている奴らとまったく同じ、あるいはそれ以上にぶれない軸を持っていただろう」
「そんなの・・・」
「そう、これは極端な話だ。だからといって、意味がない話でもない。単に物事の本質をわかりやすいようにデフォルメしたんだ。言いたいことはわかるな」
「・・・はい」
「ここから、一つ教訓が導かれる。<絶対にぶれない軸>を持ちたければ、周りの声に一切耳を貸さないことだ。何が起きてもまたく気にしない。こうすれば、その軸はぜったいにぶれない。なんといっても、ぶらすような干渉が存在しないわけだから、そうなるのは当然だろう」
「それって、頑固と何が違うんですか」
「一緒だよ。というか、見分けが付かない。いろいろな条件を考慮してなお揺るぎない姿勢を持っているのか、それとも単に何も考慮しないで盲信しているのかは、その時点ではまったくわからない。だから、ぶれないという点だけで人を評価すると後で痛い目を見る。そいつか変わるべき時に、変わらない可能性があるからな」
「じゃあ、ぶれない軸を持ちたければ頑固者を目指せばいいんですか。先輩みたいに」
「貴様!誰が、ダイヤモンドよりも硬い意志を持つ男だ」
「誰もそんなこと言ってませんよ」
「ともかく、頑固者なんて目指すものじゃない。ああいうのはな、なってしまうもんなんだ。気がついたら、重力のようにそこに引きつけられて、まったく離れられなくなってしまう。そういうもんだ」
「じゃあ、打つ手無しですか?」
「そういうわけでもない。<絶対にぶれない軸>ではなく、<ぶれにくい軸>ならば道はある。聞きたいか」
「はい」
「刀鍛冶を思い浮かべてみろ。鉄を叩き、強度を上げ、武器に仕立て上げる職人だ」
「一人で工房に籠もって、一日中鉄を叩いている人たちですよね」
「そう表現すると、とたんにダメ人間に聞こえてくるな。まあ、いい。彼らは鉄の強度を上げるが、決して折れない鉄を作ったりはしない。そもそもそんなものは作れないからな。手に入る素材を駆使して、最高の強度を目指す。それが彼らの仕事だ。それは決して折れない剣ではないものの、戦いの場で使うには十分なものだ」
「なるほど。空想の強度ではなく、現実的な強度、ということですね」
「そうだ。それに、刃こぼれすれば、再び鍛冶屋の出番だ。刀に新しい息吹が注ぎ込まれる」
「そうやって、戦える力を持ち続けるのが重要なんですね」
「重要、じゃない。そうするしかないのさ。唯一の現実的な方法だ」
「じゃあ、具体的にはどうすればいいんですか?」
「それは貴様が自分で考えろ。ヒントはここまでだ。ただ、鍛冶という比喩は役立つだろう。熱量、型、継続的な金打ち。そういったものを自分の周りに転写するんだ。あまりに強い力で叩いてしまうと、そこで折れてしまう、というのも一つのポイントだな」
「実体験ですか?」
「貴様は、もう少し先輩に対する気遣いを覚えた方がいいぞ」

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