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【レビュー】ふせんの技100(舘神 龍彦)

文房具にはさまざまなジャンルがある。ボールペン、万年筆、情報カード、カバーノート、……と数え上げればきりがない。そして、あまり知られていないかもしれないが、ふせんもそのジャンルの一つである。

「いや、ふせんってあのぺたっと貼るだけのやつでしょ」と首をかしげられる方は、一度大きめの文具店の付箋コーナーに足を運んでみるとよいだろう。驚くぐらいの種類が発売されている。コレクション欲求がビンビンと刺激されるくらいだ。また、ふせんが持つ特性(貼って、はがせる)は、さまざまな使い方を可能にする。そういう意味で、探求しがいのあるジャンルなのだ。

本書は、そうした「ふせん」を丸々一冊扱った本である。

ふせんの技100 (エイムック 3484)
舘神 龍彦
エイ出版社 (2016-09-20)
売り上げランキング: 3,791

視点は二つある。一つは、タイトル通り「ふせんの使い方」を網羅したもの。非常に細かい使い方までが網羅されており、切り口も「まじめ」と「おもしろ」の両端がある。「おもしろ」は、実用性はないものの、何事も遊び心は大切である。

もう一つは、「ふせんのカタログ」である。先ほども述べたが、これがまた本当にたくさんある。使い方に汎用性を持たせたものや、ニッチな使い方に特化させたものなど、見ているだけで楽しくなってくる。

ちなみに私は、スマイルリンク工房さんの「正六角形の付箋」に強く惹かれた。アイデア出しに大いに活躍しそうな付箋である。


というわけで、本書は「ふせんの使い方」と「ふせんのカタログ」の二つの側面を併せ持つのだが、冒頭にさらりと書かれている「ふせん学入門」も見逃してはいけないだろう。短いが読み応えのある考察が展開されている。この部分を発展させれば、それだけで新しい知的生産系の書籍になりそうである。

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WorkFlowy企画:第八回:脳のオーガナイズ

WorkFlowy企画:第七回:かき混ぜることから生まれるもの

脳のオーガナイズ

これまでWorkFlowyの特徴を紹介してきた。簡単にまとめてみよう。

  • クラウドなので、「いつでも」使える
  • テキストのみだが、その分動作が軽快
  • 要素の組み替えが可能なので流動的なものを受け止められる
  • ズーム機能により「今何を考えているか」の縮尺を変更できる

こうした特徴により、WorkFlowyは脳のオーガナイズに用いることができる。

素晴らしいことなのだが、反面問題もある。それはわかりにくいことだ。明示的に「こう使えばいいですよ」と示すことができない。

それは流動的なものをテンプレートといった固定的な形式で表現することの限界でもあるし、そもそもあなたの脳について知っているのはあなた自身であるから、ということでもある。

有用な使い方の「例」はいくらでもあげられるが、それを使ったときにあなたの脳がフィット感を覚えるかどうかまではわからない。それはやってみるしかない。そして、違和感を感じるならば、よりそれが小さい形を自分で模索するしかない。

そういう前提を共有しておこう。

その上で、私が使っていて「うむ、これはなかなか良いものだ」と感じるのは、第一に本のアウトラインを考えているときだ。さすがにこの作業はEvernoteでは辛い。要素を書き出し、その配置を換えていきながら、適切な順番を見出すこと。そうした思考のプロセス(俗に言う「考える」という行為)を行うとき、WorkFlowyはフィットする。

第二に面白い発見だったのが、Evernoteの構造の「仮組み」をすることだ。

Evernoteも自分の使い方に合わせて構造を変えていける新時代の知的生産ツールではあるが、ノートブックを新しく作ったり、ノートを移動させることは、少なくともアウトライナーよりは手間がかかる。すると、プロトタイピング・プロセス(ためしに作って、徐々に改良)が進めにくい。

そこで、これからEvernoteで作ろうと思っている構造をまずWorkFlowy上で作り上げ、それを運用してみるのだ。もちろん、画像が使えないとか、外部から送信できるinboxが存在しないだとか、違いはいろいろある。しかし、「どういう情報」を「どのように振り分けれ」ば自分の中でしっくりくるのかの確認はできる。

使っているうちに、あたらしいカテゴリー(ノートブック)を思いつくかもしれないし、使ってみたら不必要だったことがわかるカテゴリーもある。そうやって、徐々にフィット感を高めていって、落ち着いたら「じゃあ、Evernoteでやってみましょう」とデプロイするわけである。

こういうやり方はなかなか面白く、あたらしい。

さいごに

今回の連載では、観念的なことを集中的に扱い、具体的な「使い方」についてはほとんど触れなかった。その辺りは、第二回の連載があれば展開していこう。

操作方法については、ブログ「単純作業に心を込めて」さんの、

「 WorkFlowy 」

をご覧になると良いだろう。かなり詳しい説明が繰り広げられている。

また、アウトライナーというツールのコンセプトについては度々登場しているが、以下の本が参考文献だ。

アウトライン・プロセッシング入門: アウトライナーで文章を書き、考える技術
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WorkFlowyは、面白いツールである。カテゴライズすればアウトライナーなわけだが、このツールが志向しているのは、実際の所それよりももう少し広いレイヤーである。使い込んでいけば、そのことは徐々に体に染み込んで理解されるだろう。

おそらくではあるが、WorkFlowyのAPIが公開されたら「使い方」のバリエーションはさらに広がる。IFTTTなんかに対応すると、もう手が付けられなくなるに違いない。そういう展開を待ち望んでいるところである。

では、また機会があれば第二回の連載で。

Make your List.

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WorkFlowy企画:第七回:かき混ぜることから生まれるもの

WorkFlowy企画:第六回:すべての根源たるもの

Shake!

WorkFlowyは何に使えるのか。

もちろん、リスト形式で扱えるものなら何にでも使える。買い物リスト、タスクリスト、アイデアメモ、原稿の下書き(箇条書き)、エトセトラ……。

ただ「書き終えた原稿の保管場所」としては、いまいちかもしれない。書き終えた原稿は消してしまうか、あるいはcompleteして見えなくするのが良いような気がする(もちろん、保管場所として使えないわけではない)。

二つの極を考えよう。

一つは現実世界の「もの」だ。アウトプットと言い換えても良い。それは単一である。もう一つの極は、私たちの頭の中(認識の状態)であり、それは混沌である。

私たちはその混沌から素材を切り分け、調理し、何かしらまとまりのあるアウトプットへとまとめていく。頭の中では、あれとこれとそれとが混ざり合っていたものを、「これは、あれです」と整えて、他人にわかる形で提出する。

WorkFlowyは、その中間あたり、あるいは少し頭よりのものを入れておくのに適している。そうしたものは、アウトプットのように固まりきってはいない。いつでも変化する可能性を秘めている。言い換えれば、うごめいている。じつに流動的な存在だ。

『アウトライン・プロセッシング入門』の中に、「シェイク」という概念が登場する。トップダウンとボトムアップの視点を交互に行き来するアプローチのことで、バーテンダーがシェイカーを上下に振る動作を何度も繰り返す、というイメージがあるのだろう。

「シェイク」は動詞であるが、日本語では名詞でもある。マクドナルドとかで買えるあれだ。ミルクセーキ。

そのシェイクは、飲み物なわけだが「液体よ!」という感じもしない。かといって、「固体ですたい!」という雰囲気でもない。中間的な存在だ。リキッドでもソリッドでもない。ある程度のかたまりはあるが、固まりきってはいない。シェイク。

WorkFlowyは、そうしたものをうまく受け止めてくれる。

ただし、それはWorkFlowyに保存しておけばOK、ということにはならない。シェイクというのは、やはり動詞なのだ。何もせず放置しておけば、それはいずれどちらかの極に偏りすぎてしまう。上に振り上げ、下に降り下げを繰り返すこと。それがシェイクであり、それがシェイクをつくる。

ちなみにこのイメージの面白いところは、単なる液体をどれだけ混ぜてもやっぱり液体だ、ということである。それを固体に向けて進めるためには、何かしら異質なものが必要なのだ。が、そのイメージの探求はここでは避けておく。

「頭の中がもやもやしていたら、それを書き出してみること」というアドバイスはよくある。私も賛成だ。そして、それをシェイクできると面白い。そこから何かが生まれてくるかもしれない。

脳のオーガナイズ

第八回に続く)

▼参考文献:

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WorkFlowy企画:第六回:すべての根源たるもの

WorkFlowy企画:第五回:Make Lists, Not War.

名前の付けられない大きなもの

ファイルを作るときに、絶対に必要になるものはなんだろうか。

そう、名前だ。ファイルには名前を付けなければいけない。何も付けなければ、システムが自動的に割り当ててしまうぐらい名前は必須の存在だ。

WorkFlowyにはファイルがない。従って、それに名前を付ける必要もない。全ての要素は「   」に含まれているのだ。

名前は便利な存在である。コミュニケーションを促進してくれる。名前を与えることは、機能を定義することでもある。それが何であるか、何でないかを決める。

しかし、名前は束縛する。どれだけ大きく、豊かで、含みのあるものでも、名前を与えると一部分に限定されてしまう。大きなクッキー生地に金型を押し込むようなものだ。

たとえば、限りなく超越的な存在である『神』ですらそうだ。おそらく、そこに名前がなければ、つまり感覚の段階であれば、そこにはこの世界のすべてを、そしてそれ以上のものすべてが含まれているはずだ。

しかし、名前が付くことで、それは人間の認識に限定され、勘違いや誤解を生じさせる原因となる。ただありのままに受容すれば満ち足りていたものが、言い争いの材料になったりする。

「名前」という便利なツールに付随する副作用のようなものだ。

WorkFlowyは、一枚の大きなラインにすべての要素が配置される。そして、それらは交換可能であり、配置換え可能である。「これはあれ、あれはこれ」だ。そして、すべてがつながっている。どのような要素であっても、それは「   」に含まれた子でしかない。

皆が等しく、平等であるとは言えない。階層があり、自分の子の豊かさの違いはある。差はあるのだ。しかし、根源は同じである。辿っていけば、いずれ同じところにたどりつく。

私は京都府民である。だから、他の京都府民と同じ地平にいる。私は日本国民であるので、他の日本国民とも同じ地平にいる。これはいくらでも拡大していける。地球市民、宇宙市民、三次元市民……。そして、→∞で、根源にたどり着く。決して名前の付けられない、大きな根源へ。

こうした拡大には、すべてのものが含まれる。人類の同一性ばかりではない、その他の動物だって、道ばたに転がる石ころだって、→∞のどこかで同一性の中に飲み込まれていく。

これは、世界の在り様であり、私たちの認識の在り様でもある。

すべての要素は決して名前の付けられない大きな根源に属するし、またすべての要素は私の認識の下にある。私の横でニコニコ笑う妻も、目の前にあるMacBook Airも、そろそろ湯気が消えつつあるコーヒーとコーヒーカップも、(階層の違いはあるにせよ)「私が認識している」という点では、同一のラインに属している。我認識する、ゆえに世界あり。

どれほど美しくみえることでも、どれほど愚かしくみえることでも、「(私が)みえている」という点では同じだ。すべての要素は、私が認識の下に接続されている。そして、その根源には名前を与えることができない。名前を与えようと意識した段階で、それは認識の下に接続されることになるからだ。それは、ただそこにあるだけ。

世界の在り様と、私たちの認識はコインの裏表のようなもので、結局は同じことである。すべての根源は同一で、しかも名前を与えることはできない。

WorkFlowy(およびEvernorte)の設計思想は、ファイルを持たない。下に含まれるものはいろいろあっても、根源は「     」である。

そしてその構造は、私たちの認識が__つまりは脳のメカニズムが__そうなっている以上、脳にフィットするためには必須なスタイルなのかもしれない。両ツールの開発者がそれを意識してこうした構造を採用したのかどうかはわからない。しかし、利用者として感じるこれらのツールの「自然さ」は、ぬぐいがたい感覚である。

もちろん、普通に利用する上で「そうか、これは私たちの認識と世界の在り様のメタファーなんだ!」なんてことを考える必要はない(疲れるだけだ)。

ただ、最初は違和感を覚えるかもしれない「ファイルがない一つのものに、どんどん保存していく」が、やってみると存外にフィットすることは知っておく方がよいだろう。

Shake!

第七回に続く)

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WorkFlowy企画:第五回:Make Lists, Not War.

WorkFlowy企画:第四回:根源たる場所

Make Lists, Not War.

WorkFlowyの左下には、こんなフレーズが載っている。

screenshot

「Make Lists, Not War.」

ヒッピー文化の「Make Love, Not War.」のモジりなわけだが、この言葉には気の利いたジョーク以上のメッセージが込められている。どういうメッセージだろうか。

たとえば、次のような二つのリストを作ったとする。

screenshot

プロジェクトA、プロジェクトBにはそれぞれ3名が含まれていて、Aに含まれている人はBには含まれていないし、Bに含まれている人はAには含まれていない。排他的である。ファイル形式であれば、別のファイルとして作成された可能性もある。特に両者のプロジェクトに何の関係性もなければそうなるだろう。

しかし、WorkFlowyにはファイルがないので、上のような作り方をすることになる。何か一つの大きな項目の下部リストとして作るしかない。それは、WorkFlowyで作成する全てのリストについて同じことが言える。

すると、次のような二つの思想的視点が生まれてくる。

  • 全ての要素は交換可能である
  • 全ての要素は「名前の付けられない大きなもの」の一部である。

ずいぶん大げさな話になってきたが続けよう。

WorkFlowyは、どのようなリストも一番大きなリストの下に位置することになる。そして、これらの要素はドラッグで移動可能だ。プロジェクトAに配置された人を、すぐさまプロジェクトBに移動することができる。つまり、それらは流動的であり、プロジェクトA、Bというのは暫定的な仮置きの場所でしかない。

「あれは、これ」であり「これは、あれ」であるのだ。私はあなたであり、あなたは私でもありうるのだ。

だから日記を書きながら考えたことを報告書の文章に混ぜ込むことができる。全然違う文脈のアイデアを、ひょいと持ってくることができる。イマジナリーに引かれた境界線をやすやすと越えることができる。仕事とプライベートを飛び越え、遊びと思想を飛び越え、敵と味方を飛び越え、過去と未来と飛び越える。全ては交換可能・配置換え可能な要素であり、そしてつながっている。

プロジェクトごとにファイルを作り、それぞれを開かないと中身が閲覧・操作できないツールでは、このようなことは不可能である。

WorkFlowyはリストという境界線を引くが、その境界線は暫定的、流動的、仮説的なものでしかない。このツールが育む思想的視点は、いわゆる「レッテル貼り」とは真逆の方向性を持っている。固定ではないのだ。ある場所に置かれたものが、まったく別の場所に置かれうる可能性を提示する。

それがどれほど可能性に満ちているかを想像できるだろうか。そこにはアイデアの閃きがあり、慈愛があり、共感があり、同情がある。「あれは、これ」であり「これは、あれ」であるのだ。

イマジン。

名前の付けられない大きなもの

第六回に続く)

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WorkFlowy企画:第四回:根源たる場所

WorkFlowy企画:第三回:ファイルがないこと

根源たる場所

ファイル構造がなく、すべてを一枚のアウトラインに収める、というのは居心地が悪いよう思えるかもしれない。パソコンのファイル形式に慣れていれば、特にそう感じられるだろう。

また、意識の問題にしても同様だ。私たちの意識は__「言葉」によって創出され、維持される意識は__、「あれは、あれ」「これは、これ」という傾向を強く持っている。全てがごちゃまぜに、一つにまとまっているのは違和感が強い。

しかし、私たちはそれぞれが一人の人間であり、一つの脳を有している。記憶も思考も、すべてそこで行われる。同一の主体が行う行為なのだ。

瞬間瞬間の私たちは、あたかも別の存在であるかのように感じるときがある。仕事をしている自分と、恋人と一緒にいる自分は、思っていること、考えていること、口にする言葉が違う。だから、あたかも違う存在であるかのように「感じられる」。

が、脳は一つである。それはビリー・ミリガンだって同じだ。

私たちは日記をつづり、仕事の報告書を書く。

アウトプットとしてはまったく別物だ。もし、報告書.docに日記.txtの文章が混ざり込んでしまえば、怒られることは必至だろう。しかし、報告書の文章に、日記を書きながら考えた論考を混ぜ込むことはおかしくない。むしろ、意義あるアウトプットはそんなところから生まれてくる。

脳は、カテゴリーごとに記憶を切り分けたりはしない。ファイルを分けたりはしない。だから、「ベンゼン環」を思い出そうとして「ジェレミ・ベンサム」という単語が頭に浮かんでしまう。蜜柑を食べながら、未完の作品についてふと考えてしまう。全てがごちゃまぜに、一つにまとまっていて、そのときそのときに応じて「切り出されている」だけだ。

WorkFlowyも、同じ構造になっている。

保存し、操作し、引き出す場所は単一。「すべてはそこにある」という感覚があり、実際的にもWorkFlowyにアクセスすればすべてが手に入る。ファイルを一つ一つ探し回る必要はない。目視でも検索でも、必要なものは見付けられる。

また「切り出し方」にもさまざまな方法がある。タグによるカテゴライズであったり、ズームによるフォーカスであったりと多様だ。

使う前に感じていたWorkFlowyに対する違和感も、徐々に使い込んでいくうちに消えていく。むしろ、この方が自然な気がしてくる。実際に、その方が自然なのだ。「あれは、あれ」「これは、これ」は人間の意識(主に前面に出ているもの)が持ち出した流儀であり、実際の本質ではない。あくまで意識にとっての便宜というだけだ。

そして、この設計(ファイルなし方式)は、ツールの使いやすさ・自然さだけでなく、そこに一つの思想を垣間見ることもできる。

Make Lists, Not War.

第五回に続く)

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WorkFlowy企画:第三回:ファイルがないこと

WorkFlowy企画:第二回:WorkFlowyの三つの特徴

ファイルがないこと

WorkFlowyの最大の特徴は、「ファイル」が存在しないことだろう。一連のアウトライナーツール群で見ても異質だし、知的生産を補助するツールで見ても同様だ。

私が最初にWorkFlowyを触ったとき、違和感を感じたのもここだ。ブランクのページにいくつか項目を追加し、順番を入れ換える。ふむ、なかなか良い。じゃあ、別のファイルを作って……「ファイル」という項目が見つからない。「New Page」のボタンも見当たらない。

……。

わかった。これは私が無料ユーザーだからだろう。機能制限を受けているのだ。有料アカウントになれば、たとえば3つとか5つとかファイルが作れるに違いない。

違う。解説ページを読み漁っても、そんな記述は一切ない。

WorkFlowyには、ファイルという概念はもともと存在していないのだ。ユーザーに与えられるのはただ一枚の大きなアウトラインだけ。

パソコンに慣れたユーザーならば違和感の方が強いかもしれない。どうやってこれでドキュメントを管理するんだよ、と。その戸惑いは、おそらくEvernoteと最初に遭遇したときに感じる違和感に通じているだろう。これまでの常識が通用しない、そんな感触だ。

Evernoteも、ファイルを持っていない。いや、実際はパソコンの都合上ファイルはある。ただ、ユーザーはファイル構造を意識しなくてもよい。そこがポイントである。つまり、扱うプロジェクトが変わるたびに「新規書類の作成」を押さなくてもよいのだ。そこにはドキュメントごとの切り替えはない。Evernoteというツールの(あるいはウィンドウの)上に、すべての情報が乗っかっている。それはつまり、プラットフォームとして機能するということだ。

WorkFlowyも同じである。ユーザーはプロジェクトごとにファイルを切り替える必要はない。すべてがWorkFlowyの中にある。それも一枚のアウトラインの中にある。

この両者が似た構造を持っていること、そして共に「脳」に言及しているのは、もちろん偶然ではない。機能的に重要な意味があるのだ。

根源たる場所


Make Lists, Not War.

第四回に続く)

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WorkFlowy企画:第二回:WorkFlowyの三つの特徴

WorkFlowy企画:第一回:WorkFlowyとは何なのか?

WorkFlowyの三つの特徴は以下である。

  • クラウドであること
  • 1ペイン方式であること
  • ファイルがないこと

それぞれ見ていこう。

クラウドであること

WorkFlowyはクラウド型ツールであり、IT中級者がクラウドツールに望むであろう機能を一通り揃えている。具体的には、

  • 端末を気にせずに使える
  • ネット環境にある限り自動的に保存される
  • 他者とのコラボ(シェア)が可能

などの機能だ。

なかでも重要なのは「端末を気にせずに使える」点である。ブラウザベースなので、パソコンのOSによる垣根もなければ、Flashを使っていないのでiOSでも問題ない。つまり、スマートフォンを運用している限りにおいて、WorkFlowyはいつでも使える。

これは便利であるだけでなく、脳に寄り添うツールなら必須でもある。なにせ私たち(の意識)と脳は切り離せないからだ。影のようにいつでも付きまとってくれないと困る。脳の中身を吐き出す、吐き出して整理したものを参照する。こうしたことがいつでもできること(ただし、as possible)。これが重要だ。

Evernoteも、もちろん似たことができる。むしろ、「できること」はWorkFlowy以上にたくさんある。しかし、それゆえに弊害も持っている。それについては後述しよう。

1ペイン方式であること

アウトライナーには1ペイン方式と2ペイン方式があるわけだが、WorkFlowyは前者である。
※両者の違いについては参考文献を。

一見、「organize」という目的を考えれば、2ペイン方式の方がうまくやれそうな気がする。見出しと中身が綺麗に分離された情報構造体の方が「組織」はしやすい。しかし、どのように観察のレンズの自分の意識に向けたところで、私たちの脳にあるものはそんな綺麗には分離されていない。

「連想」という行為をひとつとってみても明らかだが、思想の発展において主と従は容易に反転する。まだ固まりきっていない思想であればなおさらである。そして、私たちの脳内にはそんなゲル状のものが大量に潜んでいるのだ。

もし操作しようとしているものが最終的な成果物に近いのならば、2ペイン式でも構わない。むしろ、その方が好ましいだろう。最終的な成果物ではどうしたって見出しと中身は分離されなければいけないからだ。ただ、扱おうとしているものが、より脳に近いのであれば、その段階において見出しと中身を簡単に切り分けてはいけない。ベットのサイズに足の長さを合わせるようなことになりかねない。

おそらく理想的なアウトライナーは1ペイン方式を主としながら、2ペイン式のビューを持つものであろうが、その議論については割愛して話を先に進める。

ファイルがないこと

第三回に続く)

▼参考文献:

アウトライン・プロセッシング入門: アウトライナーで文章を書き、考える技術
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WorkFlowy企画:第一回:WorkFlowyとは何なのか?

脳をまとめる

Organize your brain.

クラウド・アウトライナー「WorkFlowy」のトップページに掲げられている言葉だ。

screenshot

Organizeは、組織する、計画する、調達する、体系づけるといった意味なので、少し意訳すれば「思考を体系化する」や「気になることをまとめる」となるだろう。

たかだかアウトライナーがおおげさな、と思う向きがあるかもしれない。段差を付けられるだけのテキストツールで、「思考を体系化する」ことなんてできるのか、と。その疑問はもっともである。その上、WorkFlowyはシンプルな外観をしており、詳しい使い方も__操作方法の動画を除けば__解説されていない。いっそ、不親切な響きすらある。

しかし、そうではないのだ。

WorkFlowyは、brainをorganizeしうるツールである。

そして、「organizeしうる」という可能性と、WorkFlowyの不親切さはリンクしている。詳しくはこれから考えていくが、簡単に言えば「未開の地には、道がない」ということである。

もちろんWorkFlowyのorganizeは完璧・完全とはほど遠い。それにMRIを撮影するときのように、寝転がっていたら自動的にorganizeされました、みたいな結果は訪れない。鍬や鋤と同じく手足のようにそれを振るい続ける必要がある。

しかし、ツールというのはえてしてそういうものだ。人間の拡張としてのツールが背負い込む宿命である。

WorkFlowy

まずは簡単に確認しておこう。

「WorkFlowy」は、クラウド型のアウトライナーである。

では、アウトライナーとは何か。その深遠な問いは本連載の手にはあまるので、以下を参考文献として提示しておく。

アウトライン・プロセッシング入門: アウトライナーで文章を書き、考える技術
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その上で、もう一度確認しよう。

「WorkFlowy」は、クラウド型のアウトライナーである。

では、その特徴とは何だろうか。三つ挙げられる。

  • クラウドであること
  • 1ペイン方式であること
  • ファイルがないこと

第二回に続く)

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新感覚ブレストツール「Wordrium」

というのを作りました。

以前紹介した付箋型のブレストツール「Barrett Idea」のアレンジバージョンです。今回は、入力した付箋を自動移動させられるようになりました。

百聞は一見にしかず。

まるで、水槽を泳ぐ魚を眺めるように、ブレストした言葉を眺めることができます。

ストップ&ゴーはボタンでコントロール可能。また、停止中だけでなく移動中でもマウスのドラッグで付箋を動かせます。

モダンブラウザを想定して作っておりますので、動かないブラウザがある点はご了承ください。というか、MacのFirefoxで動かすことしか想定していないので、他のブラウザだと変な動きをするかもしれません。なので、皆さんFirefoxを使いましょう、とまでは言いませんが、たぶんChromeでも動きます。

ご利用される方は、以下のzipファイルをダウンロード&解凍してお使いください。

ご利用される方は、以下のgithubページからどうぞ。

rashita/wordrium

実際に使えるデモページは以下。

wordrium.html

たぶん、「書籍のタイトルを考えるとき」のように、複数の言葉の組み合わせをさまざまに変化させていくタイプのブレストに有効かと思います。

ちなみに、付箋の保存及び削除はできませんので、ご了承ください。画面リロードであっさり消えます。

では、皆様の心躍るブレストライフを願って。

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