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Rashita’s Christmas Story 8

 視界の端の時刻表示が23:59から00:00に切り替わる。セカンダリースペースに置いておいた動画サイトから、サービス名を高らかと宣言するPR音声が溢れてくるが、今は気にしている場合ではない。イベントの始まりだ。

 僕はずっと待機していたイベント入場画面の「開始」ボタンが、暗い背景色から、赤みがかったクリックを促すような明るい色に変わった瞬間にそれをプッシュする。すぐさまローディング画面が視界いっぱいに表示された。予想通りサーバーは混雑しているようだ。

 僕は一時的にオフスクリーンにして、体を伸ばす。疑似フルダイブ型のVRは、体の動きが画面操作に直結してしまうので、予想外の動作を避けるためにはオフスクリーンにするのが基本だ。せっかくいの一番に乗り込んだイベントを「戻る」でキャンセルしてしまっては元も子もない。なにせこのイベントは、その内容も得られる報酬も、事前にはいっさい告知されていない。「惨劇のクリスマス」という不吉なイベント名と、開始時間だけが開示されただけだ。

 今どきのゲーム運営ではずいぶんと珍しいスタイルで、プレイヤーたちは大いに戸惑った。だからこそ、ゲーム攻略情報を公開している僕にとってはまっさきに乗り込む価値があると言える。きっと、僕のような引きこもりゲーマーが画面の向こうで今か今かとローディングが終わるのを待っているだろう。さっさとイベントをクリアし、その内容と適切な攻略方法を真っ先に提示できたサイトは、著しいPVをゲットできるだろう。通常のイベントでもバカにはならないが、今回は内容が不明瞭なイベントなのでいっそう期待できる。

「ゲーム運営会社からのクリスマスプレゼントみたいなもんか」

 僕は自分の冗談につい笑ってしまう。引きこもりのゲーマーにも振る舞われるクリスマスプレゼント。サンタさんも忙しい。

 now loading……の表示が消え、Ready? の文字がでかでかと表示された。

 僕は右手の親指と人差し指で輪を作り、少しだけそれを前に伸ばす。承諾のサインが受諾され、イベントが開始された。

※ ※ ※

「なんだ、あっけねぇ〜な」
 きっと、イベントに参加したプレイヤーは皆同じことを感じただろう。「惨劇のクリスマス」は、ソロプレイ固定イベントで、必要レベルも15〜だった。チュートリアルを終了して数日でもプレイすればたどり着けるレベルだ。また、ソロプレイ固定イベントは基本的に厄介な敵は出てこない。麻痺や石化は、単独戦闘だとそのまま死に直結するし、魔法しか効かない敵キャラは、武闘僧では絶対に歯が立たない。だからどうしても、誰がやっても問題なくクリアできる難易度設定になってしまう。

 攻略組にせよ、情報組にせよ、レベル100以上はザラザラいるので、このイベントは楽勝以外の何ものでもなかった。具体的な内容は、暴走したスノーマンを討伐すること。一応三段階の難易度が設定されており、街を徘徊するスノーマン、森に潜むスノーマン、ダンジョンを彷徨うスノーマンと徐々にレベルは高くなっているが、それでもレベル100のプレイヤーが苦戦するほどでもない。ダンジョンの奥に強力なボス__ビッグ・スノーマン__がいるかと思いきや、そういったものも一切登場しなかった。

 そもそもスノーマン自体、動きが遅く、攻撃力もほとんどない。低いボイスで威圧をかけてくるが、小学生低学年くらいでないとビビることはないだろう。どこまでいっても余裕の戦闘だった。

 それでも、スノーマンは後から後から湧いてきた。街が雪に覆われているのだから、それも当然だろう。ポップの限界はどうやらなさそうだった。

 僕は一体、また一体とスノーマンを屠っていった。イベント専用のウィンドウには、スノーマン・カウンターなるものがあり、その数字が徐々にカウントアップされていく。どうやら、どのマップでスノーマンを狩っても、カウントは同じように進むらしい。どのスノーマンでも困るレベルではないし、一応経験値もそれなりにもらえるが、イチイチ帰るのも面倒なので、僕は初期配置の街でスノーマンを狩ることにした。同じように考えているプレイヤーも多いようで、街には見知った顔が余裕の表情でスノーマンを狩っていた。

 珍しくイベント中にチャットが飛んでくる。普段は、生き馬の目を抜く__スノーマンを倒すよりもはるかに難しそうだ__戦いをしているもの同士、イベント中には一切情報のやりとりを行わないのだが、今回は「ハズれ」イベントの匂いが濃厚で、僕以外のプレイヤーも毒牙を抜かれているのかもしれない。僕も、半ば無意識でスノーマンを狩りながら、チャットのウィンドウを開く。情報組の古参プレイヤーからだった。
「おい、これいつまでやるんだ」
「とりあえず、100体を目指そうと思っている。カウントが3桁までしかないから、いっても999までだろう」
「なるほどね」
 無限にスノーマンが湧いてくる上、「この弱点を突かないと負ける」といった要素も皆無なので、攻略情報などどこにもない。ソロプレイ固定ゆえに効率的なパーティーの組み方も模索しようがない。ただひたすらにスノーマンを狩るだけ。それだけだ。あきれるほど退屈だが、不思議と撤退しているプレイヤーはほとんどいないようだった。まだ報酬が明らかにされていないからなのか、そうではないのか。

 次第に僕もスノーマン狩りに夢中になっていった。目の間に出てくる敵をただ倒す。そんな単調な作業は久しく忘れていた気がする。95、96,97、98、100。あっという間にスノーマンカウンターは100に辿り着いた。鈴鳴りのジングルと共に、大きなウィンドウが開く。
≪Congratulation! You get a present!≫
 提示された報酬は、ミステリーキューブ1つ。
 ……
 ショボい。実にショボい。ガチャすら回せない。まあ、イベント自体が簡単なものだったから、当然と言えば当然だけど、待機してまでイベントに一番乗りした期待は、思いっきり空振りしてしまった。
 ふとウィンドウのスクロールに気がつく。追加の説明があるらしい。
「おめでとうございます。あなたにはミステリーキューブ1つが送られます。あるいは、ミステリーキューブ1つをもらう代わりに、他の誰か二人にミステリーキューブ1つをプレゼントすることもできます。プレゼントしますか?」
 一瞬何が書いてあるのか理解できなかった。落ちているミステリーキューブ1は、ドラゴンの根城の前でも拾っておけ、がこのゲームの鉄則である。なのに、それをもらわないなんて選択があるだろうか。
 もう一度文章を読む。ゆっくりと氷が溶けるように、意味を吟味していく。僕がミステリーキューブ1つを放棄すれば、他の誰か二人が1つもらえる。つまり、全体のミステリーキューブが1つ増える、ということだ。
 僕は想像してちょっとゾッとしてしまった。貨幣でこんなことをやれば、一気にインフレになってしまうだろう。しかし、このゲームではシステム内でミステリーキューブが完結していて、直接トレードも金銭トレードも不可能になっている。完全に運営会社の管理下に置かれているのだ。だから、システム内でミステリーキューブがどれだけ増えても、新しいガチャなりなんなりを投下すれば問題は何も起きない。それにしても大胆な内容である。誰も反応しなければ、ただのショボいイベントで終わってしまうのだから。

 僕は考えた。普通に考えれば自分でキープしておくのが良いだろう。僕が誰かにミステリーキューブを送っても、誰かから僕にキューブが送られてくるとは限らない。どうやらプレゼント相手はランダムに選ばれるようなので、どれだけ有名プレイヤーと友達であっても意味は無い。でも逆に、ある程度のキューブがプレゼントされるならば、一定の確率で僕に返ってくることになる。というか、全員がプレゼントを選択すれば、確率上は期待値は2倍になるはずなのだ。
 しかし、100人中99人がプレゼントを選択し、ひとりだけが自分のポケットに入れてしまえば、そいつだけが少し得をすることになる。そして、誰もがそのひとりになろうとすれば、結局期待値は変わらない。
 どうやら運営会社は、ゲームのイベントを使って、別のゲームを僕たちにやらせたいらしい。

 周りを見渡すと、他のプレイヤーも虚空を見つめて止まっている。ウィンドウのメッセージを「読み取って」いるのだろう。僕はふと我に返り、思わず笑ってしまった。そもそもミステリーキューブ1つなんてそれほど価値のあるものではない。入手が困難だから貴重ではあるが、かといって少なくとも5つ集めないとノーマルガチャすら回せないのだ。でも、僕たちはついつい真剣にこのイベントの攻略方法を考えてしまっている。それがゲームというものなのだろう。

 僕が≪誰か二人にプレゼントする≫を選択すると、スノーマンカウンターはゼロに戻った。それを確認した後で、先ほど声を掛けてきたプレイヤーに僕の意図を開示する。すぐさま彼は同意してくれた。なんと言っても彼もゲーマーなのだ。いったんイベントからログアウトし、情報を待ち望んでいるあまたのプレイヤーに向けて僕はシンプルな記事を書いた。きっと彼も別のテイストで記事を書いてくれているところだろう。
「今すぐイベントに参加して、みんなにプレゼントを配ろう」
 タイトルをそうつけた記事のPVなど気にすることもなく、僕は即座にイベントに戻り、そのまま夜が明けるまでスノーマンを狩り続けた。時間が経つにつれ、プレイヤーは増え続け、スノーマンは惨劇に見舞われた。
 僕たちにはミステリーキューブが見舞われた。

 メリークリスマス!

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Rashita’s Christmas Story 7

ある存在があった。その存在は有史を眺めていた。

ちょっとした実験と同じだ。惑星の環境にちょっとだけ変化を与える。そして、その後のなりゆきを見守る。何が出てくるだろうか。

新しい生物種が誕生し、それが地表を覆い始めるのにそれほど時間はかからなかった。その生物種は、どうやら他とは何か違う特徴を持っているようだ。実に観察のしがいがある。

表面的に見れば、それは火を扱う技術であり、刻まれる言葉だった。それが彼らに固有の力を与えていた。その力を土台にして、より大きな力を獲得する。そんなプロセスが繰り返されていた。無作為な突然変異による適者生存とは、大きく異なる戦略だ。観察者はそのことに驚いた。その生物種はランダムには生きていない。意志があるのだ。

ただしその意志自体は、強固たる信念とは異なるようだった。非常によく揺れる、曖昧模糊としたものだ。なんとその生物種は、その意志自体を認知し、名前を与えていた。すなわち感情、と。

感情という機能は、実に興味深いものだった。揺れ幅が非常に大きい。まっすぐ進んでいるように見えて、いつでもふらふら動いている。そのことが、静的なアルゴリズムと突然変異による進化の両方の効果を実現していた。危うい賭けではあるが、面白いものが出てくる可能性がいつでも残る。

有史を眺めるその存在は、無邪気な実験者の心で一つの装置を作り出した。生物種の言語フォーマットに倣えば「概念具現化装置」と呼べるだろう。何かしらの概念が多勢に共有され、名前が付き、そこにたくさんの感情が集まるとき、その概念を具現化させ、実体を与える。そんな装置だ。

観察者は、その装置で感情の真価を見極めてみたかった。それが何をもたらすのか知りたかった。だが、観察者はそこで姿を消してしまった。そして、戻ってくることはなかった。なぜかはわからない。ただ、その生物種と装置だけがそこには残った。

主をなくした装置は、それでも機械的にその役割をこなした。生物種を監視し、感情の行き来を見守った。そして、いくつかの概念を具現化した。ただし、数はあまり多くない。おそらく多勢に概念が共有されることが稀なのだろう。すでに彼らはいくつかの異なる言葉で世界を分断し、概念の共有に壁を設けていた。

もしかしたら、それで良かったのかもしれない。その装置から生まれてきたものは、数は少なかったものの、とんでもないものばかりだった。飛び抜けていたのは、全知全能の存在だ。そんなものが多勢に共有され、あまつさえ存在を願われるとは観察者は想像すらしなかっただろう。もし想像していたら、こんな装置など作らなかったに違いない。数度、この実験そのものが終わりかけたのだから。

比較的無害なもので言えば、一定の周期で幼少期の生物種に贈り物を配る存在があった。時空間の制約をまったく無視し、エネルギーの保存則すらあざ笑うかのようなその存在は、なぜか生物種の多くに受け入れられていた。そして、それは具現化された。

生物種の概念を適切に満たすため、装置は星中にそれを具現化させた。一つや二つではまるで足りない。星々の系ほどの数が必要だった。莫大なエネルギーを要したが、それは共有された感情の変換から得られた。それほどのエネルギーが充填されることは、もうないだろう。それくらい生物種たちは分断されていた。

当初は、うまく機能していた。贈り物はきちんと配られていた。しかし、それが長く続くことはなかった。生物種同士の諍いが頻繁に発生するようになったのだ。分断が諍いを呼んだのか、諍いが分断を招いたのかはわからない。ともかく、個体数が大きく目減りする状況が何度か発生した。

そんなとき、幼少期の生物種たちは、こんな風に願うらしい。「家族が欲しい」と。その願いを叶えるため、贈り物を配るだけの存在は、自身を実体化させているエネルギーのすべてを使い、その生物種へと姿を変えた。自分自身を贈り物とするのだ。

そのようにして、装置が生み出した贈り物を配る存在は、星中から少しずつ姿を消していった。一体ずつ、自らを贈り物へと変じさせていった。最後の一体が消え去ると、その星に物理法則を超越するような存在はいなくなった。

それでも装置は観測していた。生物種の感情の行き来は、依然とまったく変わりがないことを。むしろ、以前よりも活発になっていることを。

メリークリスマス!

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Rashita’s Christmas Story 6

「やっぱり、イベントあるよな」
 ケイタイの通知を確認してから、僕はブラウザを立ち上げた。季節が意識されているのか、iZenのサイトには雪が降り注いでいる。いささかウザい演出だ。トップにあるサンタの画像には「ポイント2倍!」の文字が大きく貼り付けられている。もちろん、赤と緑のクリスマスカラーだ。
 さすがにポイント2倍はデカい。僕はイベントの要項を確認しはじめた。


 今年の1月にリリースされた≪iZen≫は、善意SNSとして特異なスタートを切った。非常にクローズドなSNSで、リリース情報はどこにも出なかった。僕が知ったのはごく親しい友人が「善意」を実行しているのをたまたま見かけたからだ。彼から招待してもらえなければ、未だにその存在すら知ることはなかっただろう。
 iZenの利用者はスマートフォンにアプリをダウンロードする。GPSに連動したそのアプリは、街中でミッションをPOPさせる。多くのミッションは「公園のゴミを拾う」といったごく簡単なものだ。面倒だが5分か10分あればこなせる単純作業。利用者は、実際にゴミを拾い、その証拠写真をアプリからアップロードする。写真が認定されれば、めでたくポイントゲット。集めたポイントは、大手企業連合のポイントサービスに転換したり、スマートフォンのアプリ代として利用できるデジタルキャッシュに”換金”できる。


 iZenのメインのストリームには、参加者の「善意」の証拠写真が次々と流れてくる。写真には位置情報とミッション名のメタ情報も添付されており、それを解析して「ミッションPOPマップ」なるものを自作し、公開している「神」もいる。ミッションの発生しやすいポイントは、地域的な偏りがあるらしく、また季節によっても違うらしい。ただし、そのアルゴリズムは完全には解明されていない。まったくのランダムウォークだと断言する参加者もいる。ただ、僕はそういう風には感じない。ミッションの発生には、何かしらiZen側の意図みたいなものが感じられる。それが何なのかはわからないけれども。
 このSNSの特異さは、その”ミッション”にある。ときおりPOPするミッションは、参加できるユーザー数に上限があり、クリアしてしまうと一定期間をおかないと次のミッションが発生しない。限られた資源が争奪されるのは自然の摂理だ。だから、iZenの参加者は、他の人にわざわざその存在を教えたりしないし、他のSNSに情報を流すこともしない。ライバルは少ない方がいいのだ。
 それでも少しずつ参加者が増えているのは、ストリームを見ていれば明らかだった。iZenのプロモーションなのか、広めているユーザーがいるのかはわからないが、いずれかは臨界点を突破し、ミッションの奪い合いになるだろう。そうなる前に稼げるだけのポイントは稼いでおきたい。
 そういうタイミングでの巨大イベントは、大歓迎だった。イベントはミッションとは違い、あらかじめ実施期間と内容が告知される。参加者の上限もない。期間中であれば、どのタイミングで「善意」を実施してもかまわない。ただし、参加できるのは一人一回。生活圏や活動時間に制約を受けやすいミッションに比べれば、イベントは比較的公平な仕組みになっていた。当然、皆が参加することだろう。


 確認した要項は、クリスマスイベントらしいものだった。

・見知らぬ子どもにプレゼントを渡すこと。
・プレゼントを持った笑顔の子どもと一緒に映った写真を#happyのタグと共に投稿すること。
・写真の投稿は5枚まで可能。5枚でポイントの最大値がもらえる。
・サンタのコスチュームで写真をとれば、ポイントが2倍になる。

 iZenのやっかいなところは、具体的にどのくらいポイントが入るのかが事前にはわからないことだ。単に告知されていないだけなのか、参加者の行動によって変わってくるのすらも明かされていない。イベントのスポンサーや、政府の援助金の有無が関係するのではないか、と推測する参加者もいるが確定的な情報は何もない。
それでも、普段のイベントなら問題はない。「善意」には大してお金がかからないからだ。消費されるのは「手間」がほとんどで、せいぜいがゴミ袋代ぐらいなものである。
 しかし、今回はプレゼント代が発生する。しかも、子どもに喜んでもらえるものをプレゼントできないと、笑顔の写真が撮れない。奮発しすぎると赤字になるし、ケチりすぎるとイベントの条件がクリアできない。費用対効果の検討が必要だ。何をもらえば子どもが喜ぶのか、それを真剣に考えないといけない。しかし、大人の扉をくぐり抜けて数年経ってしまった僕にとっては、少々難問だった。身近に子どももいないので、情報収集も難しい。


「イベント、どうするよ。むずそーじゃね」
 僕はチャットアプリを立ち上げて、友人Aにメッセージを送信する。彼の性格の歪み具合が如実に反映されているID名だが、僕の招待者でもあるのでいちいちツッコんだりはしない。
 レスは即座に返ってきた。
「たしかにね。君はどう思う?」
「予算の費用対効果をどうとるかだよな」
「あいかわらず的外れだね。もっと大局を見たまえ」
「なんだよ」
 ……。じらしているわけではないだろうが、文章の入力時間がひどく長く感じられる。
「この殺伐とした人情砂漠の都市で、見も知らぬおじさんからのプレゼントを受け取ってくれる子どもがどれぐらいいると思うのかね。最初にして最大のハードルはそこだよ。だから、サンタのコスチュームは必須と考えてよいだろうね。その格好ならば、何かの企業のイベントと思ってくれるから親も容易く許可してくれるはずだ。中身については気にする必要はない。綺麗にラッピングされていれば、数百円のお菓子でも喜んでくれるさ。プレゼントというのはそういうものだからね。だから、赤字の心配はしなくていい」
「なるほど」
「だが僕は、確実を期して場所を選ぼうと考えている」
「近所ではやらない?」
「この辺の子どもはプレゼント慣れしている可能性がある。喜ぶかもしれないが、笑顔になってくれないかもしれない。充分な笑顔でなければ、承認されない可能性もある。そのリスクを考えると少々の交通費は充分投資に見合うだろう」
あいかわらず理詰めで考えを構築していく。
「じゃあ、どこでプレゼントを配るんだい?」
「ここまで書けば、あとはわかるだろう」
 たしかにそうだ。プレゼント慣れしていない子どもをターゲットにすればいい。たとえば、都市の中心部からはもはや切り離されつつある旧工場街、あるいはダイレクトに孤児院。
「どうせ皆が似たような結論に達するだろうし、そもそも最初の投稿者が出てくれば、模倣者が続くだろう。君もちゃっちゃと準備を整えた方がよいだろうね。”善意”を世に配るための準備を」
「了解」
 僕はチャットアプリを落とし、スーパーに出かける準備をはじめた。


 そうは言ってもお菓子を選ぶのは難しい。なにせ種類がたくさんあるのだ。
「何でもいいと言ったって、煎餅とかはダメだろうな……」
 僕はスーパーのお菓子コーナーをうろうろと歩き回る。さすがにPBブランドの100円均一菓子は避けたい。いっそのことショートケーキの詰め合わせという選択肢もあったのだが、大量に運搬するのは厳しい。できれば、今日中に5枚とも投稿したい。となると、子どもに喜ばれそうで、かつそれほど嵩張らないものを……。
 どうせ贈り物をするのだから、目一杯喜んでもらいたいと僕は思う。もちろん、そうした方が笑顔の写真が撮れるから、という下心があることは否定しないが、それだけではない気持ちもどこかにはあるような気がする。きっと彼は大笑いするだろうが、iZenで「善意」を実行しているとき、自分のその不思議な気持ちに気がつくことがある。きっと自利とか他利とかは、どこから光を当てるのか、という問題に過ぎないのだろう。
 僕は2千円ほどのお菓子の会計を済ませ、それをサービスセンターへと持っていく。同じようにラッピングを頼む人たちの行列ができていた。シーズンなのだから仕方ない。もしかしたら、他の参加者もこの中にはいるのかもしれない。あるいは、僕だけなのかもしれない。どうであれプレゼントは贈られ、ギフトは廻っていく。僕は、順番待ちのフダを受け取り、店内をブラブラしながら、イベントでゲットできるはずのポイントの使い道を考えながら時間を潰した。


<メリークリスマス!>
 というメッセージと共に、ストリームには次々と#happy付きの投稿がアップされていた。写真の子どもたちは、一様に満面の笑みを浮かべている。その笑顔に引き込まれたのか、一緒に映る参加者もニッコリと微笑んでいる。僕の写真もそうだ。あの彼ですら普段よりは柔和な顔をしている。もちろん彼は絶対に認めないだろうけども。どうであれプレゼントは贈られ、ギフトは廻っていく。
 僕は加算されたポイントをチェックして驚いた。サンタのコスチュームを一週間レンタルしてもお釣りがくる。サンタのお給料は良いらしい。こんなイベントが月に数回もあれば、「善意」を仕事にできるかもしれない。でも、人が増えたらまた環境は変わるだろう。そんなにうまい話はどこにもない。それでも、今回のイベントは悪くなかったと思う。ポイントの良さだけではない何かがあった。うん、なかなか悪くない。
 僕は買ってきたスパーリングワインをグラスに注ぎ、空に向けて小さく乾杯した。
 メリークリスマス!

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Rashita’s Christmas Story 5

ピンポーン、とチャイムが鳴ったので玄関を開けると、サンタがそこにいた。
「メリークリスマス!今、新築マンションのご案内を──」
「興味ありません。結構です」
とドアを閉める。何が悲しくてイブにマンションを買わなければいけないのだ。私はパソコンに戻り、停止していたプレイリストの再生ボタンを押す。まあ、あの人もこんな時間まで外回りは大変だろうが、仕事しているのは私も同じである。
二つほど原稿を終えたところで、再びチャイムが鳴った。私が玄関を開けると、サンタがそこにいた。またか。
「メリークリスマス!どうだい、私と契約してサンタにならないかね」
「興味あり・・・え、?サンタ?」
「そうだよ、サンタだよ」そういって、そのサンタは大きな袋を抱え上げる。プレゼントでも入っているのだろうか。
「サンタのアルバイト勧誘ですか」
「いやいや、そうじゃないよ。正真正銘、純粋無垢、言語道断、絶体絶命のサンタさ」
「なんか変なことば混じってないですか」
「サンタは細かいこと気にしちゃいけないよ。太っ腹でGO!さ」
はあ、と答えを返す。新しい宗教団体だろうか。
「すいません、会員費とか払う余裕がないので・・・」
「そんなことはまったくノープロブレムだよ。ほら、ここに名前を書くだけだから。そうしたら、君は今日からサンタになれるんだ。このサンタの衣装もすぐさまプレゼントしちゃうよ」
そういってサンタは袋の中から綺麗に折りたたまれた赤い服を出してくる。勢いというか、雰囲気というか、ともかく私はサンタの衣装を手に入れた。

特に深い考えがあったわけではないが、一人っきりの部屋の中に、サンタの衣装が置かれているというのは実に奇妙なものだった。簡単に言ってしまえば落ち着かない。そのせいなのかどうか、あのサンタが帰ってから一行たりとも原稿は進んでいなかった。文章が生まれないと、フラストレーションだけが溜まってゆく。良くない兆候だ。しかし、お酒を飲むには早すぎる。
そのサンタの衣装を見て、私は一ついたずらを思いついた。
この衣装を着て、不機嫌そうな顔をしながら街を歩いてやろう。さぞかし、インパクトがあるに違いない。ニコニコ笑っているサンタはお馴染みだが、不機嫌をまき散らしているサンタなど滅多にお目にかかれないだろう。私なりのクリスマスプレゼントだ。さっそく私はサンタの衣装に着替え、街へと繰り出した。

街はいつも通りのクリスマス模様だった。ツリーが飾られ、LEDランプが輝き、飾り物が宙を舞っている。商品を売り込む熱気と、計算でラッピングされた打算が目に見えるかのようだ。
私はとっておきの不機嫌な顔をして街を歩く。早すぎず、かといって遅すぎず。私の顔を見るとたじろぐ人も確かにいた。メリークリスマス!と呼びかけられても、一切無視して歩いていく。でも、街は私とは関係なしに回っているようだった。一人ぐらい不機嫌なサンタがいても、共同幻想がそれを覆い隠してしまう。もしかしたら、他の人から見たら私はご機嫌なサンタに見えるのかもしれない。それでも私は歩き続ける。ここで止めるわけにはいかない。せめて何人かには「プレゼント」を配らないと。
あてもなく歩き回り、目についた角を曲がる。不思議なことに、サンタの服を着て歩いていると、まるで自分がサンタになったような気分になってくる。でも、不機嫌な顔は崩さない。自分のアイデンティティーを間違えてはいけない。
すでに何軒が閉店している商店街に出ると、言い争うような声が聞こえた。諭すような大人の声と、反発するような小さな子どもの声だ。
「そんなことないもん。じゃあ、あのサンタさんにきいてみる」
私がその言葉を理解したとき、すでに子どもは私の方に走り寄っていた。私は、浮かべる表情に困った。さすがにここで不機嫌そうな顔をするのは大人げないかもしれない。
「サンタさんは、いつからいるの?」見上げるように尋ねてくる。小学一年生ぐらいだろうか。ゲームのキャラクターをモチーフにした帽子をかぶり、ピンク色のカバンを大事そうに抱えている。
私はしゃがみ込んで、視線を合わせてから答える。「ずっと、ずっと昔からだよ」
「じゃあ、サンタさんは神様なの?」
「う〜ん、神様とはちょっと違うけど、似たようなものかもしれないね」
「じゃあじゃあ、プレゼントにママをお願いしても大丈夫だよね」
真摯な目の問いかけに、私の思考が一瞬止まる。が、創作はお手のものだ。
「サンタさんは神様じゃないから、そのお願いはちょっと困るかな。ママはプレゼントできたりするものじゃないんだ。その代わり、別のステキなものをプレゼントしてあげるよ」
きっと父親に言われたことと同じだったのだろう。その子はシュンと顔を落とした。父親が近づいてきて、軽く会釈を交わす。
「ほら、ルミ。サンタさんは、今日はとっても忙しい日なんだ。あんまり迷惑をかけちゃいけないよ」
話がややこしくなるといけないので、じゃあね、と言ってすぐさま私は立ち去る。しばらくしてから振り返ると、二人の手はしっかりと握られていた。私は、どんな表情を浮かべればよいのかわからなくなっていた。それでも、共同幻想の中を歩き続けた。

そろそろ帰ろうかと思っていたところ、ひらいたイベントスペースに多くの人が集まっているのが目に入った。「サンタ選手権」。どうやらサンタの衣装を着た人が集まって、何かの競技をしているらしい。赤い服があちこちに溢れかえっている。吸い込まれるように、私も会場に入っていた。ここでは、誰でもないサンタでいられる。
三輪車を改造したソリのレース、この街の地図を使った間違い探し、クリスマスケーキの早食い競争、・・・・・・。いくつかの競技が同時並行で行われている。選手権というか、出店のような感じだ。競技には、サンタの衣装さえ着ていれば参加できるようだった。家電量販店が協賛しているのか、各ゲームの賞品は今年話題になった家電ばかりである。真剣にそれを狙っている人もいるのだろう。サンタの争いを楽しそうに観戦しているカップルも多い。
街中で見かければ爆発しろと願うばかりのカップルでも、サンタの衣装を着て、サンタの中に混じっていると不思議とそんな感覚は湧いてこない。この中での異物は彼らなのだ。彼らは訪問者であり、滞在者であり、通過者に過ぎない。私たちこそが、サンタなのだ。たとえ家に帰り、サンタの衣装を脱ぎ捨てれば消え去ってしまうものでも、今この瞬間にここで感じている一体感は確かに本物だ。それこそが祝福の源なのであろう。もしかしたら、サンタの勧誘に来たサンタもここにいるのかもしれない。
私は会場内を歩き回り、一つの競技を見つけた。
マイクと共に、大きな電光掲示板が設置されている。デシベル、と表示があるので、どれだけ大きな声を出せるかを争う競技なのだろう。私は受付けに向かい、参加したい旨を告げる。「こちらにお名前とサンタ番号を」と書類が渡された。
「えっと、サンタ番号というのは?」
「はい、そちらのタグに記載されております」
とメガネをかけた秘書風の女性サンタが指さしてくれる。私が着ているサンタ衣装の袖に、小さなタグが付いており、そこに8桁の番号が記載されている。製造番号なのだろうか。あるいはこれは特別なサンタ服なのだろうか。ニコニコと笑っている秘書サンタは答えてくれそうにもなかったので、手渡された書類に名前と番号を書き付け、それを返す。「では、あちらへどうぞ」
マイクの前に立ち、胸の奥の奥まで息を吸い込んでから、街の通りという通りに響くように、私は叫んだ。
メリークリスマス!

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Rashita’s Christmas Story 4

人の心が色で見えるなら、この街はどんな風に見えるだろうか。
白い息を吐きながら、健介はそんなことを考えた。

信号待ちの向こう側には大量の人がうごめいている。喜びで満ちあふれている人の心は赤色、暗く沈んだ人の心は緑色。さて、どんな色が浮かび上がるだろう。
街は賑やかだ。不景気、不景気と騒がれる世の中でも、クリスマスだけは例外のように扱われている。しかし、実体は違う。売れるケーキの単価は下がり、靴下型のお菓子セットも売れ残る数が年々増えてきていると、依頼先のコンビニ店長が去年仕事の合間に話していた。どこも大変なのだろう。サンタの派遣仕事だって来年は無いかもしれない。
ダウンジャケットのポケットにしっかりと手を突っ込み、健介はゆっくりとした足取りで派遣会社のビルへと向かった。

仕事の前に簡単な説明会があった。サンタの衣装が手渡され、基本的な注意事項が口頭で説明される。世の中は実に簡単にできていて、この季節に赤い衣装で身を包めば誰だってサンタになれる。しかし、各企業向けにサンタを派遣するとなると話は別だ。サンタの立ち振る舞いで、その企業への印象が大きく変わってしまうこともある。当然、それは来年以降の仕事にも響いてくる。
細いフレームの眼鏡をかけた担当者が、「サンタの礼儀作法」と書かれたチェックリストを一つ一つ読み上げていく。健介を含む同僚は全てサンタ経験者であり、あくび混じりで聞いているものもいた。「くれぐれも、子どもさんに対して失礼のないように。あと、サンタの衣装を着てタバコを吸うのは厳禁です。では、よろしくお願いいたします」。簡単に声だしの練習をした後、衣装に着替えるために割り当てられたロッカールームへと向かった。

ガタンッ。
自動販売機から缶コーヒーを取り出す。アツアツのカフェオレだ。着替え終わっても、1時間ほど余裕があった。健介の派遣先は近場で、歩いて10分もかからない。先ほど説明を受けた会議室が開放されており、似たような境遇の同僚4、5人がそこで時間を潰している。健介もそれに加わることにした。
手近な椅子に腰をかけ、カシャッとプルトッブを引きながら、周りを見渡す。皆、健介と同じぐらいの年齢だ。30代半ばから後半で、会社の給料だけでは生活が厳しい。特に稼げるようなスキルもないので、サンタの派遣のような短期かつ技術を必要としない仕事はたいへんありがたい。実際にそういうことを確認したわけではないが、雰囲気でなんとなくわかるものだ。まるで不文律が存在するかのように、プライベートの話は誰もしない。会社への不満、社会への不満、政治家への不満。世界は、不満をぶつける対象には事欠かない。自分から探さなくても、誰かが教えてくれる。
不満は麻薬のようだ。それを口にしている間は、自分の現実から目を背けることができる。しかし、確実にそれは何かを蝕む。まるで、呪いのように。
日本中の呪いがこの部屋の中に集まっているようだ、そう思うと、ふと等価交換をテーマにしたアニメを思い出した。大きすぎる願いには、必ずそれに等しいだけの対価が必要になる。そんなことを語っていたアニメだ。
サンタは世界中の子どもに希望を運ぶ。その対価とは一体どのぐらいの大きさになるのだろうか。
健介は、会話の合間に質問を放り込んでみた。
「サンタに必要なものって何だと思います?」
あまり深刻さがないように言ってみたが、ネタとして捉えられたらしい。
「そりゃ、サンタ服だろ」
「いやいや、まずプレゼントじゃないっすか。むしろそっちがメインでしょ」
「まあ、受け取る側は、誰が贈ってくれても気にしないわな。それが父親でもサンタでも」
「むしろ、最近では知らない人から物をもらっちゃいけません、って教育もあるみたいだから、サンタは変人扱いされるんじゃないですか」
部屋中に笑いが満ちあふれるが、どこにも希望は見つからない。やはり対価は支払われているのだろう。

そろそろ行こうか、誰かのそんな言葉で各自が準備し始める。缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れ、健介も派遣先に向かおうと会議室を出る。なあ、おい。後ろから声をかけられて、健介は振り向いた。部屋の隅の方でずっと黙っていた五十歳近い白ヒゲのおっちゃんだ。サンタというものがもし存在するのならば、こういうイメージだろうな、と思われるぐらいサンタ服が似合っている。きっと赤ら顔の影響もあるのだろう。
「おまえさんは、サンタって何だと思う?」
「サンタですか。そりゃ、子どもたちにプレゼントを運ぶ気の良いおじいさんじゃないですか」
いいや、ちがう。そういって首を振るおっちゃん。
「あいつらは、ああ言っていたが、実際サンタにプレゼントなんか必要ないんだよ。プレゼントなんていうのはおまけでしかない。だいたい考えてもみたまえ。一体誰がサンタからプレゼントをもらったことがある」
そういって、じーっと健介の瞳をのぞき込む。
「この世界中で、サンタからプレゼントをもらったことのあるやつなんて一人もいない。でも、サンタはサンタとして存在している。結局プレゼントうんぬんは付け足しでしかない」
「でも、プレゼントを配るからこそのサンタじゃないんですか」
「ようはな、こういうことさ。サンタというのは善意の象徴なんだ。この世界には善意というものが存在している、そういうメッセージを伝えることがサンタの存在理由であって、プレゼントはそれに付随する要素でしかない。そうじゃなきゃ、父親なり母親が、サンタの存在を媒介せずに、愛情いっぱいにプレゼントを贈ればいいじゃないか。そうだろ」
「つまり、なぜ現代にまでサンタクロースという概念が生き残っているか、ということですか」
「まあそう言ってもいい。これはな、一つの祝福なんだよ。愛情という因果関係に縛られていない存在からの祝福。そこには合理的経済性も、囚人のジレンマも、等価交換も一切存在しない。そういうものがただある、というだけで人はこの世界に希望を抱けるものなんだ。だから、サンタの仕事は祝福と希望を配ることと言ってもいい。それは派遣のサンタだってかわりはしない」
そういって、バシッと健介の肩を叩き、おっちゃんは右足を引きづりながらエレベーターへと向かっていった。あの足だと長時間立っているのは堪えるだろうな、と考えながら健介も足早にその後を追った。

寒さは一段と増していた。雪が降るかもしれない。
健介は信号を待ちながら、再び大量の人に視線を向けた。頭の中で赤と緑のイメージがグルグルと回り始める。その混沌としたイメージは、やがて大きなもみの木の形にまとまり始めた。ただ、その木はあまりにも大きすぎて、てっぺんがまるで見えない。首が痛くなるぐらい見上げても、最上部はかすんでしまっている。しかし、そのてっぺんには光り輝く星が誇らしげに存在しているような気配が感じられる。その星の存在を想像すると、ほんの少しだけ寒さが和らいだような気がした。
去年と同じ派遣先のコンビニに着いた健介は、少し顔を赤らめながら、今日一番の大きな声で挨拶をする。
メリークリスマス!

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「サンタな一日」___ Rashita’s Christmas Story 3

憂鬱は12月1日から続いていた。
玄関の郵便受けに挟まれていた赤紙を発見してからもう23日も憂鬱さを引きずっている。

「クリスマスは毎年面白くないけど、今年は憎悪の対象って気すらするな」
負け組の表明と自覚しながらも、達也はそうツイートするのを止められなかった。

サンタクロース制度が始まったのは去年からだ。「絆」政策の一環として、政府が鳴り物入りで打ち出した制度である。人権的に問題を含んでいる可能性を指摘されながらも、一部の熱狂的な支持者と、何も考えずに祭りに参加したいだけの大勢の奴らのバックアップを得て、その法案はすんなりと通った。一部のリバタリアンからは「これは兵役となんらかわりないものだ」という批判もあったが、実質的に健康被害や死傷者が出るわけでもなく、その声はいつものように世論の風にかき消されてしまった。

ただ、有名なリバタリアンブロガーが使った「赤紙」という通称だけは、ネット以外でも普通に使われるようになっている。めずらしく政府が出した、そしていつものように場違いな洒落っ気のせいで、「サンタクロース候補」に送られてくるハガキが赤と緑で彩られていたのが理由だ。

「まったく、なんで僕がサンタなんか・・・」
そんな気持ちをツイートすることすらできない。「今年のサンタクロース」が誰になるのかは非公開とされている。12月25日を過ぎるまでに、自分で公表すれば罰金刑すら待っている。もちろん、ネットのアングラな世界では「今年のサンタクロース」についての情報交換が当たり前のようにやりとりされている。達也もその掲示板をのぞいてみた。どうすれば断れるかが知りたかったのだ。

しかし、国民背番号制と紐付いているサンタクロース制度はかなり強固だ。雇用保険や健康保険が関連づけされているので、職業の状態や健康状態は簡単に把握されてしまう。「仕事が忙しい」「健康的に問題がある」という理由で断ることはできない。虚偽の理由でサンタクロースを辞退すれば、その事実が世間に公表されることになっている。それに比べれば100万円以下の罰金など安いものだ。今の世間の風潮からいって、サンタクロースを辞退した人間は、きっと「非国民」扱いされるだろう。

その板でも「とりあえず受けとくでFA」という意見で共通していた。「そこそこの給料ももらえるし、どうせおまいらクリスマスイブ一人で過ごすんだから一石二鳥じゃね」。そんな感じだ。女性のサンタとの出会いを期待する声もあったが、そもそもサンタは活動場所が重ならないので、作業中別のサンタに遭遇する確率はとても低いらしい。まあ12歳以下の子どもがいる家など最近では少なくなってきているので、集合住宅で配りものをしていたら曲がり角で突然別のサンタにぶつかって、というようなハプニングは期待するだけ無駄というものだろう。

金銭的にはありがたい臨時収入であったが、お祭り騒ぎと子どもが大の苦手な達也としては、今年のクリスマスは相当ひどいことになるのが予想された。師走ならではの忙しさに没頭することで、なるべく忘れようとしてはみたものの、24日が近づくつれ、つまりカフェでクリスマスソングがいやというほどかかるようになって、「今年のサンタクロースが自分である」というどうしようもない事実が、頭から離れることはなくなった。
「これで精神衰弱になったら、サンタ労災でも降りるのか」
彼のつぶやきは、もちろん誰に聞こえることもなく、寒空に消えていった。

—————————-
作業は順調に進んだ。もともと達也は夜型の生活を送っているので、午後10時から深夜にかけて行われる作業は苦痛ではない。むしろ、その時間帯の方がテンションが上がってくるほどだ。すでに雪がちらついているが、寒さもほとんど感じない。それは彼のテンションの高さだけではなく、「制服」として支給されたサンタ服のおかげもあるだろう。軽くてふわふわした赤色のコートは、寒さを拒絶するかのように達也の体温を維持してくれている。一体このサンタ服にいくらの血税が使われているかはあまり考えないことにした。自分で自分の気分を落ち込ませても仕方がない。

この制服の金額だけではなく、この日「雇われる」サンタクロースへの報酬もまた膨大な数になるだろう。若者の雇用を補助するという名目が乗せられたサンタクロース制度は18歳〜30歳までの男女が対象になっている。もちろん、彼ら彼女らは正社員ではなく、非正規の雇用あるいはまったく職に就いていない者ばかりだ。もしかしたら、サンタ報酬が初の「お給料」というやつもいるかもしれない。そういうやつらが一人乗りの電気自動車が買えるほどのお金を手にして一体何に使うのかは興味あるところだ。

そんなことを考えながら、iPhoneの地図を眺める。画面の左上に赤いマークが点灯している。最後の1件だ。全部で4件の「配達」のうち2件はマンション、1件は一戸建てだった。順調に進んだのは、どれも子どもが寝ていたからだ。チャイムを鳴らし、出てきた両親に「メリークリスマス」と告げて、プレゼントを渡すだけ。簡単だ。宅配便のアルバイトの方がよほどしんどかった。同じ物を配達するという仕事でも、相手が家にいて、しかもこちらを暖かく迎えてくれるという事実があるだけで、実行する側の気持ちは大きく違う。

達也は時計を見る。午後11:30。この調子だと日付が変わる前に終わりそうだ。iPhoneをカーナビに接続して、達也は最後の1件に向かった。

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ピンポーン。
最後の1件はボロいアパートだった。「レトロな雰囲気」という言葉を使っても美化しきれない古さや汚れがしみこんでいる壁を見回しながら、達也は待った。願わくば、ここも子どもが寝ていて、両親が出てきますように。サンタとしてはいささか問題ある願いだが、仕方がない。サンタにもサンタなりの事情があるのだ。
ピンポーン。
もう一度チャイムを鳴らす。少し、嫌な予感がした。

ガチャ、とカギを回す音がして、少しだけドアが開く。ドアの向こうには誰もいない。いや、達也の視線には入っていない。首を傾け、視線を下げる。子どもだ。ピンク色のパジャマを着た女の子がこちらに視線を向けている。細められた目は眠気なのか、疑いの表明なのか。
「メリークリスマス!」
達也は、自分の中のテンションを最大限まで踏み込んでそう告げる。そうでもしなければ、玄関を挟んで二人の間に永遠の沈黙が落ちそうな気がしたからだ。
「おじさん、だれ?」
どうやら疑いの視線だったようだ。

ここは曲がりなりにも公務員的公僕精神を発揮して(サンタは一日だけのみなし公務員扱いだ)サンタを演じるべきだろうか、それともきちんと自己紹介した方が話は早く進むだろうか、ていうか僕まだ28歳だからおじさんじゃないんだけど・・・。
思考が渦を巻きそうになるが、それを押しとどめる。その先には何も待っていないことはわかりきっている。
「僕は、サンタクロース。君にプレゼントを持ってきたよ」
「ふ〜ん」
袋小路のような沈黙が舞い落ちる。どうやらやっかいな案件を引き当ててしまったようだ。世界中の子どもにプレゼントを運んでくるサンタクロースを信じるほどイノセンスではないが、日本のサンタクロース制度を知っているほど大人びてもない、そういう子ども。きっとサンタクロース制度も年度を重ねていけば、こういう案件に対するマニュアルなんかも生まれてくるのだろうが、制度が始まったばかりではどうしようもない。もちろんサンタクロース一年生で子どもが苦手な達也に打つ手はなかった。

iPhoneを使って、掲示板の住人に助けを求めるべきだろうか。「こどもでてきた たのむ」とかなんとか書き込んで。

いや、だめだろう。きっとそんなことをしたらますます彼女から信頼されなくなる。ここは毅然と構えておくことが必要だ。どうにかしてきっかけを作らないと。「日本政府が国民の血税を使って、君にプレゼントを配るように僕に指示したんだ」と言えば理解してもらえるだろうか。
「入る?」
唐突に彼女が声をかけてくる。
「いつまでもここ開けてたら寒いし」
「いや、知らないおじさんをそんなに簡単に家に入れちゃいけないと思うよ」
「じゃあ、帰って」
一蹴だ。彼女の中には迷いという要素が一切育まれていないのかもしれない。
「とりあえず、プレゼントだけでも受け取ってもらって・・・」
「わけのわからない人から物をもらわないようにしてるの」
「わけのわからない人を家に上げるのはいいのかい?」
「わけがわかるかどうかは、話を聞いてから判断するの」
子どもっぽい理屈なような気もするが、不思議と子どもとしゃべっているような気はしない。とにかくプレゼントを「手渡す」までは任務は終わることはない。とりあえず達也はその提案を受け入れることにした。

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中に入ると、六畳程度の小さい部屋とキッチンがあるだけだった。部屋の中にはほとんど物はない。生活に必要最低限な家電が置いてあるだけで、本棚もなければゲーム機も見当たらない。おそらく普段食卓に使われているであろう机には小さなホールケーキが一つ乗せられていた。
「お父さんとお母さんは?」
「お父さんはいない。お母さんは仕事。帰りが遅くなるから一人で食べてなさいって」
しかし、ケーキは一切手がつけられていなかった。そりゃそうだろう。28歳の「大人」でもクリスマスイブに一人でケーキを食べるのはひたすら寂しい。小学生ぐらいの女の子ならなおさらだろう。ケーキがあればクリスマスが祝える、というわけではないのだ。
ちょこんと座り込んだ彼女の向かいに座り、達也は話をおおざっぱに自分のことを説明した。子どもたちにプレゼントを配る大きな組織があって、そこの「配達員」として臨時の仕事をしている、と。まあ、嘘はついていない。
「なぜ、その大きなそしきはプレゼントを配っているの?」
「そりゃ、日本中の子どもに幸せを感じてもらいたいからじゃないかな」
「ふ〜ん」
そういって彼女は黙り込んだ。とりあえず、話は納得してもらえたようだ。

達也は白いカバンから「女の子用」のプレゼントを出す。プレゼントには「男の子用」「女の子用」「両用」の三種類がある。中身は確認していないが、それぞれ最適なプレゼントが、「有識者」のみなさんによって選ばれているのだろう。
「じゃあ、改めてメリークリスマス。これが君へのプレゼントだ」
達也はそういって綺麗にラッピングされた箱を彼女に差し出す。
彼女が受け取って、それで本日の任務は終了。そういう達也の思いは、プイと横を向いた彼女の態度によってもろくも打ち砕かれた。
「どうしたの?僕の<わけわからない人疑惑>はまだ晴れてないの?」
「ぎわくって何?」
「えっと、疑いってわかるかな。わかんないよね。つまり、僕はまだわけのわからない人なのかな、ってこと」
彼女は小さく首を横に振る。
「じゃあ、なんで受け取ってくれないの?」
「だって、プレゼントを受け取ったらおじさん帰っちゃうんでしょ」
たしかに帰る気満々だった達也は絶句した。

サンタの仕事は子どもに幸せを感じてもらうこと?ついさっきそう言ったのはどこの誰だ。

他人とコミットを持つことを避けていた達也にとって、自分が吐いた言葉で自分が傷つくのは久しぶりの体験だった。
サンタクロースには明確な業務時間は規定されていない。配る件数が地域ごとで違うので、終了時間を画一化するのが難しい点と、一人あたりの配達数が少なく設定されているので「残業問題」がほとんど発生しないというのが、業務時間が曖昧な理由だ。だいたい時給で仕事しているわけでもない。
早く配り終えたサンタは、さっさと制服を脱いで、自分のクリスマスを祝いに急ぐ。要領の悪いサンダも、入ってくる臨時収入に思いをはせながら最後まで配り続けるだろう。いつ終わってもいいし、いつまで仕事をしててもいい。
達也は、大金の使い道を考えながら歩む帰路の背後で、一人ぼっちでケーキとプレゼントの箱と対峙する少女の姿を思い浮かべてみた。それが一年一回だけのサンタの仕事と言えるのか。僕はサンタすら満足にできないのか。
「よし、おじさんと一緒にケーキを食べようか。ケーキでおなかいっぱいになったら、一緒にプレゼントを開けてみよう」
「うん」
彼女は満面の笑みを浮かべて、うなずいた。
こうして達也のサンタは日付をまたぎ、彼女の母親が帰宅するまで続くことになった。

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メリークリスマス!

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Rashita’s Christmas Story 2

inspired by finalvent’s Christmas Story 5

 突然手持ちぶさたになったクリスマスイブほど潰しにくい日もないだろう。バイトの休みは取りづらく、倍率は高かったが、一年に一度ぐらいしか発揮されないくじ運を使い切ってなんとか休みを勝ち取った。しかしながら、そういう苦労も何もかもむなしい思い出の一部に成り下がってしまった。くじ運の強さを誇れる人はもうだれもいない。少なくとも今年は、という事だが。

 街をぶらつけば気が紛れる、なんて発想は嘘と考えて差し支えない。僕だってそれぐらいの知識はある。明らかに不快指数が上がるだけだ。そう分かっていながらも、僕は厚手のジャンバーを羽織り、手袋を探していた。探すまでもなく手袋は玄関に置いてあるのだが、思い出と一緒に歩けるほどタフな心は持ち合わせていない。去年無印良品で買った指先の空いた手袋を見つけて、それを今日の相棒と決めた。

 まったくもって予想通りに街は賑やかだった。外れて欲しい予想ほど良く当たる、という厳粛なルールはこのクリスマスにおいても適用される全世界共通のルールらしい。

 この世界において、一人で街を歩いているのは僕だけじゃないかと勘違いしそうな雰囲気が街一杯に溢れかえっていた。もちろん、仕事をしている人は山ほど居る。年末の帳尻合わせに計算表をじっとにらんでいる人も一人や二人ではないはずだ。それでも、僕はこの世界で一人っきりだった。いや、この世界から完全に無視されていた。あるいはそれは拒絶なのかもしれない。
 一人きりで街を歩いている人間など不必要な存在であるばかりか、許されざる存在であるかのように、僕は徹底的に無視された。それはそうかもしれない。一体、そんな人間がケーキを買うかもしれないかと誰が想像するだろう。もちろん、僕だってケーキを売りつけられても困る。そのようにして、世界からの拒絶と僕の中の平穏は表面的なWin-Winの関係を構築していた。

 スターバックスに行こう、と思ったのは一体何がきっかけだったのだろうか。ともかくどこかに行かなければ落ち着かない気持ちがすることは確かだった。思い出を刺激しない、残り香のない空間へと逃げ込みたかった。世界がどうあろうと、僕が僕でいられる場所が必要だった。

 スタバの店員は、外のクリスマス騒ぎなどまったく存在しないようにいつも通り満面の笑みで僕のことを向かい入れてくれた。サンタ帽も無ければ、おすすめのケーキもない。
 店内でマグカップとを向かい合う他の客もいつも通りの顔ぶれだった。40代の男性は隅っこの席で読書をしている。僕が心の中で「推理小説」と呼んでいる男性だ。表紙のデザインからペイパーバックだということは分かるが、それがなんの本かはわからない。いつも難しい顔をしているが、その難しさを彼は楽しんでいるように思える。難しさがそこに存在している事が世界の存在価値であるかのようなその顔は、僕にシャーロック・ホームズを想像させた。
 その二つ隣の席には、大きめのサイズの手帳をペラペラとめくる女性が座っている。「社長秘書」だ。20代半ば、あるいは30代に入りたてかもしれない。肩口で切りそろえられた髪と黒のややタイトなスーツに白のシャツ。冷たい輝きを放つメガネのフレームは、クリスマスイブに仕事をしている状況に対して何一つ感情を抱いていない事を主張した上に、誰かから声を掛けられる事を拒否するための結界を周囲に張り巡らせていた。

 あいかわらずのメンバー。でもここにいるメンバーは皆クリスマス的空気を吸いたくないが故に逃げてきたようにも感じられる。私たちは、他人に無関心を装いながら少しばかり近しい空気に安心感を覚えているのかもしれない。少なくと、こんなクリスマスを体験しているのは私一人ではないんだ、と。

 いつもはトールのスターバックスラテを注文するのだが、今日はグランデにした。閉店ギリギリまではいるよ、というわずかばかりのサインだ。そのサインが通じたのかどうかはわからないが、満面の笑みともに男性の店員はカップに入ったラテを差し出してくれた。なかなかの男前だ。彼はこの時間、ここで仕事している事に違和感を感じていないのだろうか。彼女はいないのだろうか。それとも彼女もどこかのカフェで働いていて、お互いの休みはないのだろうか。あるいはイブにスタバの仕事を休むことができず、彼女を怒らせているのかもしれない。あるいは18年間彼女がいなくて、どうせ今年も、という感じで人での少なくなるイブに自ら挙手してシフトに入ったのだろうか。

 すくなくとも、笑顔からはその影をうかがい知ることはできない。きっとスタバの店員になるためには、ありとあらゆる状況で満面の笑みを浮かべる訓練をしなければならないのだろう。きっとそれは僕の想像を遙かに超える厳しい訓練なはずだ。僕のちっぽけな毎日の努力など砂の一粒に見えてしまうような。

 でも仕方ない、僕は僕でありスタバの店員ではない。何にせよ僕に出来ることは、ささやかな毎日を一つ一つクリアしていくだけだ。そこには「こうすべき」といった指針もなければ、「こうあるべき」という理想もない。冷蔵庫の中にある材料だけで、あり合わせの料理を作るような毎日でしかない。でも僕はそうやって今まで生き延びてきた。
 それだけが僕の中での唯一の真実だ。時は流れ、痛みは消え去り、新しい変化と共に、新しい傷の可能性が表れる。それはどこまでいっても続く螺旋階段のようなものだ。そこには豊富な選択肢などというものはない。階段を上り続けるか、あるいは思い切って飛び降りるか。ある人は日々の糧を得るため、必死に階段を上る。ある人はどのような状況でも満面の笑顔を浮かべられるよう、階段を上る。そうしてネジは巻かれ、世界はその歩みを続ける。
 彼が必死に訓練する姿を思い浮かべながら、僕はコーヒーの入ったカップでほの暗い空間に向けて乾杯した。この下世話な世界の中で、僕たちの聖域を頑なに守り続けてくれる彼の笑みに向けて。メリークリスマス!

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