【書評】賢く決めるリスク思考(ゲルト・ギーゲレンツァー) 以前、このような記事を書きました。 R-style » 二種類の「何が起こるかわからない」 「正しいドアの選び方」を習得していても、隕石が降ってきたら何の役にも立ちません。星の動きでその兆候を察して、さっさと逃げるのが得策でしょう。あるいは、その先見性があれば、隕石鑑賞ツアーや、隕石の欠片ビジネスで大儲けできるかもしれません。 ともかく、「正しいドアの選び方」のノウハウでは、対処できることに限界があるのです。 しかし、「金槌を持っていれば、すべてがクギに見える」式に、正しいドアの選び方を知っているが故に、隕石が落ちてくるのを無視したり、あるいはドアを開ければ何とかなると思い込んでしまうことがあります。もちろん、悲惨な結果が待っています。 非常に困ったことに、人生の大部分は隕石の方の「何が起こるかわからない」で満ちています。そのため、世界の捉え方をより広く保ち、それに対処する考え方も複数持つ必要があります。 この話が丁寧に解説されているのが、次の一冊です。 ★Amazonリンクを入れる ※献本ありがとうございます。 現代では、決定が難しい事柄が多々ありますが、本書はそれに対峙する力を提供してくれるはずです。

副題は「ビジネス・投資から、恋愛・健康・買い物まで」と盛りだくさんです。 原題は『Risk Savvy』。リスク賢者という訳が与えられています。 「How To Make Good Decisions」。いかにして良い決断を下すのか。 本書はその助力となってくれます。

目次は以下の通り。 全部で3つの部から構成されています。 第一部「リスクの正体をとらえよ」では、私たちの認知の仕組みと、そもそもリスクとは何なのか、という点が解説されています。人間は、失敗を恐れ、損失を嫌い、それらに恐怖を感じて避けようとします。その心の動きは仕方ないにしても、問題がないわけではありません。「失敗したくない」「リスクを取りたくない」「最良の結果を得たい」と願うばかりに、あたかもそれが叶うかのように世界を捉えてしまうことです。 おそらくそれが、本書で提示されている二つの幻想なのでしょう。 第二部では、実際の事例を挙げながら、二つのツール(統計的思考と直観)をいかにして用いればよいのかが紹介されます。一番実際的な内容で、役に立つ知見も多く見つかることでしょう。特に第六章の「リーダーは直観で決めている」は、ビジネスの現場で非常に役立つ話が含まれています。大抵の場合、直観で決めて、理屈は後付けだというのです。だから、成功者のビジネス書で「理屈」だけを学ぶと大失敗してしまうのです。わかりやすいですね。むしろ必要なのは、「ビジネス書を読んで、勉強したら、成功できる」という考えを捨てなければいけません。それは、ゼロ・リスク幻想そのものです。だいたい、現場で起こることを、完璧にコントロールすることはできません。それを無視してしまうと、不具合がさまざまな場所で噴出してくるでしょう。 第三部では、リスク・リテラシーをいかにして身につけたらよいのか、という観点が提示されています。著者の提言と言えるでしょう。現代を生き抜くには、著者は3つのリテラシーが重要だと説きます。 健康リテラシー 金融リテラシー デジタル・リスクへの対処法 たしかにこうしたスキルは必要となってくるでしょう。少なくとも、社会の形と、そこで生活する私たちのスタイルが変わっているのですから、これまでの社会で必要とされていたスキルとは別のものが求められることは間違いありません。

本書には、具体例も多く、それはそれで役に立つのですが、重要なのは、この世界をいかに捉えるのか、という視点の提示でしょう。 3つのパターンが考えられます。 「確実性」 「リスク」(既知のリスク) 「不確実性」 世界の捉え方を誤ると、当然その対処法も誤ります。結果、悲惨なことが起きるわけです。 問題は、私たちが世界を勘違いする傾向があるという点です。本来「リスク」である世界を、「確実性」の世界と勘違いすることを、本書では「ゼロ・リスク」幻想と呼んでいます。ゼロ・リスク幻想は、本当に頻繁に見られて、議論を空回りさせる原因ともなっています。「絶対に〜〜な、○○」というのを求めると、高コストになるばかりでなく、現実性のないものしか手に入りません。 さらにやっかいなのが、「不確実性」な世界なのに「リスク」な世界だと認識することです。これはタレブの著作から「七面鳥の幻想」と名付けられています。いわゆるブラックスワンです。 ある家につれて来られた七面鳥は、毎日毎日餌をくれる男主人にこんな思いを抱きます。「この人は、昨日も、一昨日も、その前も餌をくれた。きっと、明日も、明後日も、その次も餌をくれるに違いない。この人はいい人だ」。クリスマスのその日、男主人の家のテーブルには丸々と太った七面鳥が、こんがりと焼かれて切り分けられています。 不確実性の世界では、何が起こるかわかりません。少なくとも、全ての出来事の期待値を計算し、最良のものを選ぶ、というアプローチは不可能です。

二種類の幻想のどちらに惑わされていても、大きな損失がまっている可能性があります。 しかし、人はリスクを恐れます。失敗を恐れます。ただし、それは克服できるのかもしれません。 どのような場面で、どのような意思決定を行えばよいのか。それを本書は解説してくれます。