4-僕らの生存戦略

『WIRED』vol.7を読みながら「働く」について考えた

「未来の会社」

と銘打たれた企画が目に入ったので、雑誌『WIRED』のvol.7を買ってみた。Webではよくお世話になっているが、紙の雑誌バージョンを買ったのは初めてだ。
WIRED

WIRED VOL.7 GQ JAPAN.2013年4月号増刊
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存外に「天才料理人フェラン・アドリアの近未来味覚ラボラトリー」の企画も面白かったのだが、やはり「新しい時代」における労働について、思うところがいろいろ見つかる一冊であった。

ハッピーを重ね合わせる


最初に付箋を貼ったのは、”Editor’s Letter”として日本語版編集長の若林氏が書かれた「ゆとり女子を笑うな」のページだ。

会社の「ハッピー」に働き手の「ハッピー」をきちんと重ね合わせていくことは、会社の未来にとって重大な課題になりつつある。

IT大手企業では、社員にすばらしい環境を提供しているところが多いと聞く。そうでないと有能なエンジニアを引きつけておけないからだろうし、エンジニアの生産性を発揮してもらうためにも必要だからだろう。

この傾向はIT企業だけにとどまらない。お客さんと直接顔をあわせる業種でも、スタッフのケアに重点を置いている企業は少なからずある。つらい職場環境で、にっこり笑うのは難しい。

企業が技術力なり顧客満足度なりで、他社と差別化を図っていく場合、働き手の力を最大限に発揮できる環境を整えていくことは、必須の要件となっていくだろう。

それはそれで、すばらしいことのように思える。

でも、本当にそうなのだろうか。イノセントにそちらの方向に邁進していくことが善なのだろうか。

価値を提供できるということ


『ほんとうの「働く」がはじまる』というページの中で、メディアセオリストのダグラス・ラシュコフ氏が次のように語っている。

けれども産業革命以降、時計の一般化によって、人は提供した時間に対してお金をもらうようになる。つまり、自分が生み出した価値によって価値づけされるのではなく、提供した時間で価値が計られるようになるんだ。

時給にしろ、月給にしろ、基本的に「提供した時間」によって給料を得ていることには違いない。ダグラス氏は、もちろんこの言葉にネガティブなニュアンスを込めている。

「提供した時間」によって価値が計られる。そして、時間こそは万人が持っている資源だ。だから、提供する人間はいつでも替えが効く存在として扱われてしまう。

個性なき労働。人間的価値不在の仕事。

おぉ、なんと嘆かわしいシステムだ!っと大声を上げるべきなんだろうか。

「提供した時間」によって価値が計られるということは、時間さえ提供できれば価値を作れるということだ。そして、繰り返すが時間こそは万人が持つ資源だ。つまり、誰でもが価値を提供できる可能性を持つシステムとも捉えられる。それは果たして嘆かわしいことなのだろうか。

椅子の数と質


スタッフがにっこり笑える環境を提供する会社の中では、にっこり笑えるスキルを持たない人の居場所はない。未熟な技術力では、大手IT大手企業に椅子を置くことすらできないだろう。

会社が持つ資源(使えるコスト)は限られている。ある人を優遇すれば、別の人の取り分はなくなる。簡単な理屈だ。

もしかしたら、何かしらの「売り物」がない働き手は、座る椅子を見つけられないかもしれない。仮に見つけられたとしても、以前座れていた椅子よりは、ずっとショボーンな感じの椅子になるかもしれない。

そういう時に、「売り物が無いやつが悪いんだよ」と切り捨てることができるだろうか。

何が正義なのか私にはわからないが、世の中には努力ではどうしようもないことがある。それに運の存在も見逃せない。明日、自分が何の売り物もないやつになってしまうかもしれない。

そういうことを一通り想像した上でも、「売り物が無いやつが悪いんだよ」と断じることができるだろうか。

ダグラス氏は

貧しい人に食糧や住居を保障することと『働く』の問題は切り離して考えるべきだね。雇用で解決しようってのは無理がある。雇用は増えないんだから。

と書いている。

この指摘は正しい。が物足りない。

確かに、必ずしも万人が働く必要はないだろう。BI(ベーシックインカム)の制度も真剣に議論されてしかるべきだ。

ただ、この二つの問題は切り離して考えると共に、同時並行で考えられるべきだろう。保障の問題を止めたまま、「働く」だけを前に進めてしまうと、いびつな状況が生まれるかもしれない。

あなたにとってのハッピーさ


もう一つ、会社と働き手の「ハッピー」を重ね合わせることについて考えたいことがある。

それは働き手の「ハッピー」とは何か、ということだ。

会社の「ハッピー」はなんとなくわかる。利益を上げることであり、社会に貢献することであろう。

では、働き手のハッピーはどうだろうか。

給料があがることであり、社会に貢献できることなのだろうか。あるいは、すばらしい職場環境で働くことかもしれない。はたまた一ヶ月の長期休暇が余裕で取れることかもしれない。もしかしたら、365日働いていられる職場だっていう可能性もゼロではない。

会社が働き手の「ハッピー」を自らのハッピーを重ね合わせたければ、働き手にとって何がハッピーかを知る必要がある。

そして、そのためにはそれぞれの働き手が「自分にとってハッピーとは何か」を知っておく必要がある。

表面的に「理想の職場」を語ることは誰にでもできる。何かのビジネス誌を読んでいれば余裕だろう。

しかし、自分が心の奥底で望んでいること__何にハッピーさを感じるのか__を知るのは、そんなに簡単なことではない。特に、そういうものに蓋をする癖がついているならばなおさらだ。その蓋を開けるときに感じるのは、開放感ではなく、むしろ恐怖心だろう。

Q. あなたにとってハッピーとは何ですか?

A. 

すらすらとA.に答えを書き込めるだろうか。

さいごに


私が主眼に置いているのは、いつでも個人だ。

新しい働き方や雇用について、政府は何らかの動きを進めていく必要があるだろう。企業も企業で、働き手とのハッピー共存関係を模索していく必要がある。

が、それはそれとして、個人はそれらにおんぶにだっこでいい、というわけにはいかない。

一つには、時間以外の価値を提供できるようになろう、という指針がある。それは技能かもしれないし、場作りかもしれないし、何か全然違う他の何かかもしれない。もしかしたら、自分が「価値」とはまったく認識していない何かの可能性もある。

少なくとも、そうしたものがあれば自分のハッピーさを得られる可能性が高まるだろう。

それと共に、自分にとってのハッピーさとは何かを、切実に自問することも必要だろう。普段そうしたことは、あまり考えないし、考えない方が「楽」に生きられる場面も多い(一生それで貫けるかどうかはわからないが)。

ただ、それについて、知っていなければ、それを求めることはできない。

アリス:すみませんが、私はどちらに行ったらよいか教えていただけませんか。
     
チェシャ猫:そりゃ、おまえがどこへ行きたいと思っているかによるね。 

アリス:どこだってかまわないんですけど

チェシャ猫:それなら、どっちに行ってもいいさ。

アリス;どこかに着きさえすれば・・・

チェシャ猫:そりゃ、きっと着くさ。着くまで歩けばの話だけど。

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