3-叛逆の仕事術 7-本の紹介

機能する目標とは 〜『習慣の力』より〜

チャールズ・デュヒッグの『習慣の力』を、複数回に分けて読み解く連載の第六回。

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前回は、別の習慣の変化へと波及するインパクトのある習慣(キーストーン・ハビット)について考えてみた。

今回は、そこで登場した「目標」についての話を掘り下げてみよう。

オニールの目標


まず、前回紹介したアルコアのCEOポール・オニールについての文章を、もう一度取り上げてみる。

オニールはリストの最初に「安全」と書き、大胆な目標を立てた。それが「怪我人ゼロ」だ。これが最優先すべきことになるだろう。

「怪我人をゼロにする」

実際のラインを動かす企業としては、もちろん実現したい目標であろう。で、そう願うということは、実現が難しいということでもある。たくさんの機械、複雑な工程、大勢の従業員。それらが集う工場では、事故の原因となるものはいくらでも見いだせる。

オニールの目標は、「大胆な目標」と言ってよいだろう。

ビジョカン


さて、「大胆な目標」と聞いて心に浮かぶのが、『ビジョナリー・カンパニー』だ。偉大な企業の傾向を研究したこの本の中で、BHAG(ビーハグ)が紹介されている。

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BHAGとは「Big Hairy Audacious Goals」の略称だ。社運をかけた大胆な目標、それがBHAGである。その目標がいかに会社のエンジンになりうるのかは、『ビジョナリー・カンパニー』を直接参照してもらうとして、ざっくりとその特徴を引き出すと、

「明快で、具体的で、簡単には達成できない目標」

となる。

どうだろうか。「怪我人をゼロにする」はまさに、「明快で、具体的で、簡単には達成できない目標」ではないだろうか。

もう一つ、『ビジョナリー・カンパニー』つながりで『ビジョナリー・カンパニー4』も引き合いに出してみよう。

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『ビジョナリー・カンパニー4』では、BHAGに近しい概念として、SMaCレシピが登場する。

SMaCレシピとは「Specific,Methodical,and,Consistent」なレシピのことだ。つまり、具体的で整然としており、なおかつ一貫しているレシピである。

決断と行動に向けた明確・単純・具体的な指針

「怪我人をゼロにする」、言い換えれば「怪我人を出してはいけない」というのも、非常に明確な指針として機能するだろう。それにオニールは、「安全を守る」という方針を一貫させていた。泣いて馬謖を斬るようなこともしている。

「怪我人をゼロにする」は、BHAGとしても捉えられるし、SMaCレシピの土台とも捉えられる。

目標の方向性と高さ


さて、オニールが立てた大胆な目標と、「ビジョナリー・カンパニー」が持つ要素の類似性を確認した。どうやら、インパクトのある習慣を生み出す目標を探るヒントはこのあたりにありそうだ。

もう少し、この辺を探索してみよう。

まず、目標は会社の価値観に沿っている必要がありそうだ。あるいは、価値観を体現するものであってもいい。どちらにせよ、自社の方向性に関係しない目標は機能しない。そんなのは単なる絵空事である。と、社員に思われてしまっては目標は目標ではなくなる。

これは個人の目標についてもいえる。別に体重減らなくてもいいや、と思っている人がいくら体重を毎日グラフに書いてもダイエットが進むことはないだろう。

乱暴な言葉を使えば、その目標は「人をノリ気」にさせるものでなければいけない。そして、そこに「簡単には達成できない目標」が関係してくる。簡単に達成できるような目標には、人はそれほど意欲を燃やしたりはしない。意欲というのは、それを達成するのに十分な量しか生まれてこない、というのは少々言い過ぎかもしれないが、ある程度真実の側面を突いているだろう。

また、目標の困難さは達成感の大きさにも結びついてくる。

私は隣町に出かけるのにワクワクを感じたりはしない。しかし、小学生なら話は別だろう。ようは、そういうことだ。

総じてみると、何かを前に進める目標は、現状の枠組みよりも高い場所に位置している必要がありそうだ。そして、その高さの方向性は、その何か__人ないし組織__が向かう方向と合致していなければいけない。

自分の能力を超えるようなものが、全て「機能する目標」となるわけではない。たとえ一歩でも二歩でも、そちらに進みたいと思える方向に沿ったものが、はじめて目標として機能する。

私はイタリア語をまったく話せないが、「イタリア語を話せるようになる」という目標を立てても、きっと何一つ勉強など進まないだろう。ただ「英語をスラスラと読める」(これも能力圏外)ならば話は変わってくる。原文で読みたい文学作品がたくさんあるのだ。

一人の人間で考えた場合、目標とその方向の関係性は簡単に理解できる。しかし、これが組織となると見えにくくなってしまう。

社長一人が悦に入るような目標は、会社の目標としてはまったく無力なのだ。社長がそうあるべきと思っても、社員がそうですと頷かなければその目標は単なる声明であって、会社の目標としては機能しない。そこから何の行動の変化も生まれてこないだろう。

シンク・シンプリィー


もう一つ、機能する目標の特徴として考えられるのが「単純さ」だ。

言葉はいろいろある。明快、具体的、明確、単純、・・・。ざっくりまとめれば「わかりやすい」となるだろう。

  • 明確でなければ、どこに向かっていいのかがわからない。
  • 具体的でなければ、どうやって向かえばいいのかがわからない。
  • 単純でなければ、進んでいるかどうかの測定ができない。

「わかりやすい」要素が欠如していると、素晴らしい方向性を持った目標でも、人の行動を生み出せない。あるいは阻害してしまう。

その点「怪我人ゼロ」は素晴らしい目標だ。進むべき方向ははっきりしているし、進捗の度合いはすぐに見えてくる。で、それを邁進していくうちに、その他の仕組みが変わり、売り上げも著しく上昇した。

ここから二つのことが言える。

扱いやすい目標


一つは、数値目標は非常に扱いやすい目標だということだ。数を増やす、数を減らすといったことは、フィードバックサイクルを回しやすい。

ただし、数値目標は扱いやすいために簡単に使われすぎてしまう問題がある。怪我人ゼロの目標は、「安心して働ける職場」を作ると共に、「この会社は従業員を大切にしている会社です」というメッセージの発信でもある。もちろんオニールは本当にそう思っていたのだろうし、それが会社全体へと広がっていったのだろう。

しかし、そういう背景を一切無視して「怪我人ゼロにすれば、売り上げが倍増する」__まるでビジネス書のタイトルみたいだ__というテクニックとして受けると大変な目にあう。

きっと「目標:怪我人ゼロ」の社内通達が送られ、現場のあちこちで「怪我人が発生しても、なかったことにしよう」という気運が高まることだろう。オニールなら怒鳴り散らして、クビを切りまくるところだろうが、数値目標だけが浸透した社内ではそういう処理のうまさが「手腕」として評価されてしまう。

扱いやすい数値目標は、価値観との合致から外れやすい危険性あるということを念頭に置いておいたほうがよいだろう。そうでないと、見せかけだけの数字や帳尻合わせで満足してしまうことになる。

単純がもたらす複雑さ


もう一つ言えることは、単純な目標がもたらすものは単純ではない、ということだ。

「怪我人ゼロ」の目標導入で、きっとアルコアの内部は大きく変化したことだろう。目標は単純でも、それがもたらす影響は単純ではない。創発現象のように複雑さを持ちうるのだ。

きっとケネディの「10年以内の月面着陸」宣言も、さまざまな技術の促進を生み出したのだろう。ジョブズ復帰後のラインナップ・在庫の絞り込みも同様だ。

偉大な成果の達成は、結果だけみると複雑な現象のように思える。だから、後からそれを追いかける人は複雑な物事に取り組んでしまう。で、失敗する。

実際のところ、複雑な現象は成果物なのだ。単純で具体的な目標に邁進した結果、生まれてきた成果物なのだ。

情報過剰社会のせいなのか、「単純で具体的な目標」だと不安に感じる人がいるのかもしれない。もっと、複雑で知的__つまり抽象的__な目標でないとうまくいかなように感じるのかもしれない。でも、そうではないのだ。

さいごに


目標についていろいろ考えてみた。

どうすれば機能する目標を見つけられるのか、についての具体的な手がかりはない。それはその人(ないし組織)が向いている方向性と関係があるからだ。

ただ、それが機能するのかどうかの判断はある程度つけられるかもしれない。

なんにせよ目標というのは強力である分、扱いが難しい。人を月まで運べるロケットエンジンは、もちろん人を巻き込んで爆発してしまう可能性がある。

目標については引き続き考えることにして、次回は「社会と習慣」について考えてみることにしよう。

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