線の向こう側

線の向こう側にいる人々を眺めていた。ときに指さし、ときに憧れ、ときにあざ笑いながら。

こちら側は多勢。あちら側は少人数。何も問題ない。

ましてや壁は絶対だ。

それは真理のごとく僕の前に立ちふさがる。こちら側はこちら側であり、向こう側は向こう側だ。それはテレビの画面に入れないのと同じぐらい自明なことだった。

その両者は比較することすらできない。そもそも、同じ天秤に載せるという発想すら出てこない。認知の上に作られた、自明な線。

こちら側だって、そんなに心地は良くなかった。

でも、それが世界なのだから受け入れるしかない。一発の銃弾を込めて、こめかみに銃を突きつけるよりは遙かにマシである。

僕は、僕なりに少しでも居心地良い場所を求めた。それは結果的に、僕を集団から引き離すことになった。一歩ずつ、一歩ずつ、僕は集団から離れていった。仕方がない。僕にできるたった一つの冴えたやり方が、それだったのだ。カチリ。銃弾はまだ発射されない。

気がつくと、集団はずいぶんと向こうに見えるようになった。僕は僕なりに居心地の良い場所を見つけたのだ。そして、僕は、集団から指さされるようになった。

ちがう、そうじゃないんだよ。

あらん限りの大声で、僕は叫ぶ。

僕は君たちと同じ側にいるんだ。僕を指さすなんてどうかしている。僕たちは仲間じゃないかもしれないけれども、同じなんだ。同じ側にいるんだよ。

でも、僕の声は届かない。こちら側からは見えない壁によって遮られているらしい。カチリ。まだ銃弾は発射されない。

どうすればいいのか全然わからなかった。でも、僕が指さされるのは、何かがおかしい気がする。間違っている気がする。壁に掛けてある時計が、10度だけ右に傾いてしまっているようだ。時間はわかる。でも、違和感は決して消えない。

まわりの空気が薄くなってきた。僕を指さす彼らが、大量に酸素を消費しているのかもしれない。あるいは、どこかに穴が空いてしまったのかもしれない。その穴からヒューヒューと空気が漏れだしているのだ。

じわり、じわりと減ってゆく酸素ゲージを目にしながらも、僕は大声で叫ぶことを止めない。

ちがう、そうじゃないんだよ。

と。

しかし、大声を上げれば上げるほど、集団の姿は小さくなる。まるで、僕の声が聞こえているかのように。でも、線は線であり、壁は壁なのだ。

遙か彼方に見える集団は、もう黒い塊にしか見えない。

その塊から、一つの黒い点が離れていくのが目に入る。じわじわと、緩やかな速度ではあるが、決して減速することはない。彼にも線が見えているのだろうか。そんなことを考えながら、最後のトリガーを僕は引いた。

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