0-知的生産の技術

「遠出」のための地図

以下の記事を読みました。

アブストラクト・アーリー・サマー (23-seconds blog)

抽象化に関して、次のような指摘があります。

ちょうど、地図のアプリケーションのようなものです。
拡大させると、お店や交差点の名前まで細かく表示されます。航空写真のビューであるなら、道路のコンクリートまでも確認できるでしょう。
縮小させると細かい情報は見えなくなりますが、その分だけ広範囲を表示させることができますので、別に情報量が減っているわけではありません。
ディスプレイの大きさが変わりでもしない限り、ふつう、情報量の増減はないのです。

書いてあることは、なるほどその通りと思えます。直感には反しません。

でも、するっと飲み込んでしまえるかというと、なかなか難しいものがあります。飲み込めなければ、かみ砕くしかありません。文章を書くのは、有効な「かみ砕き」メソッドです。

今回は「地図と情報」について書いてみましょう。

縮尺の大きさ

車で遠出をする場合、役に立つのは全国地図です。

京都から新潟に向かっている最中に、「新潟で美味しいお酒が飲めるお店10選」をお供にしても仕方がありません。

もちろん、現地に到着すれば、その役割は反転するでしょう。コンビニを探しているのに、主要な都市名と国道番号しか掲載されていない地図は役には立ちません。都市別の地図、ないしはガイドブックの出番です。

さて、このことから何が言えるでしょうか。

まず、地図に優劣はないということは言えそうです。

高速道路を走っているときにガイドブックが役に立たなくても、それは使う場面を間違っているだけの話です。役に立つガイドブックとそうでないガイドブックの差はあるにせよ、全国地図とガイドブックのどちらが「優れているか」「正しいか」を問うことは無意味でしょう。

ただ、一点注意があります。これは頭のコルクボードにピン留めしておいた方がよいかもしれません。

それは、「スタート地点では、全国地図は大きな力を発揮する」ということです。

もしかしたら、世の中にはガイドブックなんて必要ないと豪語する人もいるかもしれません。そんなのは町中を歩き回ってみれば、嗅覚が反応するものだ。いちいちガイドブックに教えを請うなんて馬鹿らしい。あるいは歩き回って探すことそのものが楽しいんだ。そういう意見です。

別段、不合理な話とも思えません。時間の楽しみ方は人それぞれです。そういう人はガイドブックを捨てて、街に繰り出せばよいでしょう。

しかし、これからさあ新潟へ向かうぞという瞬間に全国地図が無ければどうなるでしょうか。なにせ、どちらの方向が新潟かもわかりません。一体どっちに車を向ければよいのでしょうか。これは、町中をうろついて美味しいお店を探すのとはワケが違います。

もちろん、日本中には至る所に看板や道路標識が出ています。それを頼りにすれば、新潟にたどり着けるかもしれません。しかし、京都から兵庫方向に車を進めてしまえば、「新潟まであと○○Km」なんて青看板を見かけることはないでしょう。方向をまったく間違えているときは、手がかりすら提示されないのです。

もし、一度でも全国地図を覗いて、新潟は兵庫とは(東西において)反対に位置することを知っていれば、「兵庫まであと○○Km」という看板を見たときに、「これは逆だ」ということがわかります。軌道修正ができるわけです。

あるいは滋賀県に入ったときに「よし、近づいているな」と思うこともできるでしょう。実感・安心感・進捗感・手応え、と言葉は何でもよいですが、そういうものを得られます。

私は「教養」という言葉を聞くと、この全国地図のイメージが浮かんできます。

ズームアウト情報

上の引用では、「地図のアプリケーション」という喩えが出てきました。

とてもわかりやすい喩えです。

・町中を歩いているときは、自分の視野に入るぐらいの範囲の情報があると便利
・長い距離の移動を計画している場合は、ズームアウトしてより広範囲の情報を求める
・その際、細かい情報は切り捨てられるが、その代わり別の情報が手に入る

その情報は街と街の位置関係であったり、山の配置であったり、交通網のつながりであったりとさまざまです。で、そうしたズームアウト情報は、たぶん「日常生活」の「利便性」を上げるためにはそれほど役には立ちません。ズームイン情報さえ持っていれば、大半は問題無く過ごせるでしょう。

しかし「遠出」をする場合、話は変わってきます。

ズームアウト情報を持っていないと、てんで間違った場所に向かってしまうか、最悪同じ場所をグルグル回ってしまう可能性すらあります。

もちろん、それはそれでいいんだよ、という割り切りも一つの選択かもしれませんが。

さいごに

目的によって、最適なツールは変わる。

特に難しい話ではないでしょう。

きっと、知識や思考法にも同じことが言えます。

さて、最後に二つだけ蛇足を加えておきましょう。

・ズームアウトを何度も何度も繰り返していったとき、地図に写っているものは何か?
・思考の「解像度」を上げるようなものは何か存在するか?

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