7-本の紹介

【書評】人を動かす、新たな3原則(ダニエル・ピンク)

マス・マーケティングが死に絶え、セールスマンも死んだ。

その死骸が集まる地面の奥底では、新しいセールスの種が眠っている。

いや、もうその種は発芽しているのかもしれない。ネットワーク構造にも似た根を張り巡らせているのかもしれない。

時期はどうあれ、いずれ私たちはその芽を捉え、幹と直面することになるだろう。時代の変化というのは、そういうものだ。遅かれ早かれそれは必ず起きるし、避けて通ることもできない。

その新しい時代では、私たちは皆「セールス」することになるのだ。

人を動かす、新たな3原則 売らないセールスで、誰もが成功する!
人を動かす、新たな3原則 売らないセールスで、誰もが成功する! ダニエル・ピンク 神田 昌典

講談社 2013-07-04
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本書は、新しい時代における「セールス」の意義について、そして考え方やテクニックについて解説した一冊である。

古いABCの機能不全

本書の著者は『ハイコンセプト』や『モチベーション3.0』で有名なダニエル・ピンク氏。ピンク氏の著書を読んだのは初めてだったのだが、なるほど確かに読ませる本を書く人だと納得した。売れるのも頷ける。本作も人気が出るだろう。

原題は「To Sell is Human」。なかなか意味深なタイトルだ。副題として「The Surprising Truth about Moving Others」とある。人を動かすことについての驚くべき真実、といったところだろうか。

日本語のタイトルは「人を動かす、新たな3原則」とある。新たな、ということは古い3原則があるということだ。古い原則と新しい原則の対比。これが本書の要点の一つである。

古い原則は、ABCだ。

「Always Be Closing」(必ずまとめろ契約を)

つまり、多少強引であろうが、ともかく契約をまとめてしまえ、というもの。この言葉からは、売り手側が強い立場にたっていることがわかる。

この原則が通用したのは、情報に非対称性があったからだと著者は説く。確かに、車の性能について、家電の機能について、洋服の流行色について、よく知っているのは売り手の方だ。買い手は、それをふんふんと聞き、自分で判断する__というよりも説得される。

扱われる商品は違うものの、こういうやりとりが「セールス」の本質だ。いや、本質であった。

現代において、この情報の非対称性はなくなりつつある。正直なところ、買い手の方が売り手よりも情報を持っていることすら珍しくない。素晴らしきインターネットが売買における情報格差を消し去ったのだ。それがマスマーケティングの威力を著しくそぎ落とした(それでもまだ力は残っているが)。

新しい世界の到来である。

その世界では、古いABCは機能しない。そういうやり方では、なかなか物が売れない時代なのだ。

代わりに機能し始めるのが新しいABC原則だ。これは、

Attunement ── 同調
Buoyancy ── 浮揚力
Clarity ── 明確性

の頭文字を取ったものである。この3つの要素が、新しい時代のセールスの要となる。

皆がセールスパーソン

なるほど、情報の対称性が無くなり、古いやり方のセールスが機能しなくなったことはわかる。そこでは新しいやり方が求められているのもわかる。でも、私にはセールスなんて関係ないよ。と思う人もいるだろう。

しかし、セールスと100%と無関係に生きている人はどれだけいるだろうか。

セールスの本質に目を向ければ、セールス=物を売る、と小さい定義に押し込めておくことはできない。何かを買ってもらうというのは、「買ってもらう」という判断を下してもらうことだ。それは、「他人を説得する、他人に影響を与える、他人に納得してもらう」という行為の一部である。

たとえば、私は物書きである。物書きといえば、クリエーターであり、セールスパーソンではない。

ではセールスについて無知でよいのかというと、残念ながら答えはNoである。

まず第一に、私は企画を通さなければいけない。編集者さんに「おっ、その企画良さそうですね」と納得してもらわなければ、企画がスタートすることすらない。

また、書いた本を、読者の方に買ってもらうことも必要だ。「そういうのは営業の仕事」とふんぞり返っていられるのは、よほど高名な著者だけである。今ではソーシャルメディアが使えるので、著者でも自分の本を多くの人に向けてセールスすることができるし、__物書きとして生き延びたければ__そうする必要すらある。

さらに、書いた本を「ふんふん」と面白がってもらうだけでも十分ではない。特に実用書の場合は、その人の行動を変えてもらいたい意図がある。ここにもセールスの要素が含まれている。

現代では、営業職以外でも本質的なセールスの要素を含んだ仕事は山のようにある。本書ではお医者さんや学校の先生までも、その対象に含めている。確かに、そういう人たちは他人に影響を与えるという意味で、セールスの要素を持っている。それに、仕事の内容はまったく関係なくても、面接で自分を採用してもらうことは必要だろう。起業するのだって、投資家にアピールできなければいけない。見渡してみると、この社会は超説得社会なのだ。
※この辺りは、野口悠紀雄氏の『「超」説得法』も参考になるだろう。

そういう社会では、我々はセールスパーソンでもあり、マーケッターでもあるわけだ。あるいはそういうレイヤーを持っていると表現してもいいだろう。

とりあえずセールスについて無知であるよりは、何かしらの考え方とテクニックを持っておいた方が良いことは確かである。

セールは人間の仕事

新しいABCの原則は、

Attunement ── 同調
Buoyancy ── 浮揚力
Clarity ── 明確性

といった。これは「セールスに必要な特質」として紹介されている。

それぞれの詳細は本書に譲るとして、興味深い点を拾い上げてみよう。

同調

まずは「同調」。

これは「相手に合わせる」ということだ。こちらを「押し売る」わけではない。この段階で、新しいセールスが、従来のセールスとはまったく違ったものであることがわかるだろう。押し売りが通用するのは、立場に強弱がある時だけだ。完全に無くなったわけではないが、現代ではそうした強弱の存在余地はかなり小さくなっている。

さて、同調するために必要なことはなんだろうか。私なりにまとめれば「控えめなホームズ」になることだ。

ホームズは鋭い視線で観察し、その人の状況をまるで見てきたように再現する。「他人の立場にたつ」ことなど彼にとっては造作もないだろう。最初は秘密主義に、最後は自慢げに語ることを避ければ、きっと彼は優秀なセールスマンになれただろう。よく観察し、口を控える__つまり相手の話を聞くこと__これが同調への第一歩だ。

そこから、一つ面白い特徴を浮かび上がる。

超外向的な人__マシンガンのようにしゃべり立てる人__が必ずしもセールス向きではないという点だ。そういう人は、相手を観察しないし、話を聞こうともしない。でも、「セールスマン」(あえてマンと書いている)といって思い浮かぶのは、セールストークを押しに押してくる人である。たしかに、まったく何もしゃべらない人は一品たりとも売り上げることはできないだろう。超内向的な人の売り上げ<超外向的な人の売り上げ、であることは間違いない。

でも、もっとも成績が優秀な人は、その中間にいる人なのだ。本書の言葉を借りれば「外向性にも内向性にも極端に偏ることがないタイプ」。つまり、ハイブリッド型がベストということだ。これは吉報である。自分が外向的であれば少しばかり内向的に、内向的であれば、少しばかり内向的になればよい。必ずしも真逆を目指さなくてもよいのだ。手の届くところにあるわけだ。

浮揚力

続いて「浮揚力」。

これは「浮ついて飛んでいくこともないし、沈み込んでしまうこともない」力である。つまり、楽観主義と悲観主義のハイブリッドと言えるかもしれない。本書によれば「しっかり目の開いた楽観主義」となる。『ビジョナリー・カンパニー2』に似た要素があって、それは「ストックデールの逆説」と名付けられている。

「これはきわめて重要な教訓だ。最後にはかならず勝つという確信、これを失ってはいけない。だがこの確信と、それがどんなものであれ、自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視する規律とを混同してはいけない」

「俺は何だってできる」は浮ついた楽観主義だが、「難しいかもしれないが、何とかやれるはずだ」だと目の開いた楽観主義になる。もちろん「難しいから、自分にはできっこない」だと悲観主義であり、行動が生まれることはない。結局の所、シーソーのようにどちらにも傾きすぎずに、中心でバランスを取ることが必要なのだ。

これも「極端な楽天家になりましょう」というアドバイスよりは、遙かに一般の人には近づきやすい目標だろう。

明確性

最後に「明確性」。これは「はっきりさせること」だ。本質を取り出すこと、と言い換えても良いだろう。

情報が簡単に手に入る社会では、人は他人の助けを借りずに問題を解決することができる。しかし、問題そのものがわかっていない時はどうだろうか。あるいは問題を勘違いしているときは。

たとえば、

「人気ブロガーになりたいんです。どうしたらいいんでしょうか?」

という質問を受けたときに、アクセス数を集める方法を教える__のではなく、相手の本当の欲求を探り当て

「もしかしたら、KDPで出版したほうがいいかもしれませんよ」

とアドバイスを返せること。これも「明確性」の一つだ。

一方で、本当の問題を取り違えているとき、はっきり把握していないとき、あるいは皆目検討がつかないときに、他者の助けは大いに役立つ。そのようなとき、人の心を動かすために必要なのは、他人の問題を”解決”する能力よりも、問題を”発見”する能力なのである。

似たようなことは拙著の『ハイブリッド読書術』でも少し触れた。高度な問題解決はやがて全てコンピューターが肩代わりしてくれるかもしれない。しかし、問題そのものの発見は最後の最後まで人間の手に残るだろう。

ここで、これまで紹介した3つの特徴を振り返ってみると、一つのことが見えてくる。

それはセールスは「人間の仕事」だ、ということだ。コンピューターには代行できない。ビックデータも何もできない。

人を強く動かすのは、やはり人の仕事なのだ。

さいごに

ごく単純に考えて、現代は工業化社会から情報化社会へと移りつつある。物作り中心の時代は終わりを告げようとしているのだ。

であれば、作ったものを売るための方法論も、あるいは何を売るのかも変化するだろう。情報化社会では、物売りの形もまた変わっていくのだ。その新しい形をスケッチしたのが本書である。

今回は「セールスに必要な特質」を中心に紹介したが、もう一つ「セールスに必要なスキル」も本書では解説されている。

「ピッチ」「即興(インプロ)」「奉仕」の3つだ。

どれも役立ちそうだが、中でも「ピッチ」はすぐにでも使えるだろう。ピッチというと「エレベーターピッチ」がすぐに浮かぶが、本書では以下の6つのピッチが紹介されている。

  1. 一言ピッチ
  2. 質問型ピッチ
  3. 押韻型ピッチ
  4. メールの件名ピッチ
  5. ツイッター・ピッチ
  6. ピクサー・ピッチ

ブログなど文章を書く人は参考になるはずだ。そうブログを書く人もまた、セールスの一旦を担っているのである。

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