「なぜブログを書くのか」

こんな疑問を見かけると、天の邪鬼の私としては

「そこにブログがあるから」

なんて答えが浮かんできます。

しかし、これはでまかせではありません。実感として、この答えは実に正しいのです。虫眼鏡を持って、この答えを注視すると、

「そこに(俺の)ブログがあるから」

という姿が浮かび上がってきます。

俺のブログ、ということ

私の頭の中には、

「ブログは更新されるもの」

という認識があります。

さらに、「このR-styleは自分のブログである」という認識もあります。すると、

「R-styleは更新されるもの」

という合成認識が出てきます。うん、別に不自然なところはありませんね。

私の認識の中では、更新されてしかるべきものなので、更新できていないと微妙にマイナスの感情が湧き上がってきます。「気持ち悪い」感じがしてくるのです。別の表現を使えば「更新できないと負け」なゲームに参加している気分です。

おそらく、自分の認識の中で「片付いたキッチン像」を持っている人は、キッチンが散らかっていたら即座に片付けはじめるでしょう。そこまでいかなくても、行動のためのモチベーションは湧いてくるはずです。

私がブログを__しかも毎日__更新しているのは、それと同じなのかもしれません。

自己認識の内にあるブログ

アイデンティティを広い意味で使えば、このブログも私のアイデンティティを構成しています。

それはあなたの部屋が、本棚が、洋服が、__付けていれば__義手が、__使っていれば__杖が、アイデンティティを構成しているのと同じです。

だから、R-styleとまったく同じデザインのブログを見かけると、ひどく奇妙な感覚を受けます。見た目は同じなのに、しゃべり方がそれまでと全然違う人を見てしまった、そんな感覚に近しいかもしれません。

おそらく、ブロガーと呼べるような人は、多かれ少なかれ似たような感覚を覚えるのではないでしょうか。ブロガーの明確な定義は難しいですが、ブログが__ごく一部であれ__自己認識に組み込まれている人。そういう言い方は、面白いかもしれません。

ブログのリターン

ブログを書くことで、あるいは書き続けることで得られるメリットは、確かに存在します。

私なんかはそれでジョブチェンしたようなものですし、田舎住まいではなかなか得られない交流の幅を得てきたことも確かです。それ以外のメリットもあるでしょうが、それはすでに多くのブロガーさんが書いていることでしょうから、ここででは取り上げません。

しかし、そういうメリットは、後から乗っかってきたものでしかありません。麻雀で言えば、ドラみたいなものです。他に役があって、はじめて意味をなす。そんな位置づけです。

少なくとも私にとっては、「書きたいから書いた。後悔はしてない」というだけの話です。上記のようなメリットが一つも得られなくても、きっとブログを書き続けていたことでしょう。

いしたにまさきさんの『ネットで成功しているのは<やめない人たち>である』を見ていると、他のブロガーさんにも似たような傾向が見て取れます。

ネットで成功しているのは〈やめない人たち〉である
ネットで成功しているのは〈やめない人たち〉である いしたに まさき

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かっこよく言えば、

「情報発信することが好き」「情報発信に意義を見いだしている」

ラフに崩せば、

「とにかく言いたい」「ここは一つ言っておきますか」

という姿勢。それが、黎明期からブログによる情報発信を続けている人の、ある種の原動力なのでしょう。

さいごに

結論として、「情報発信が好きな人でないとブロガーにはなれない」、と言いたいわけではありません。

この傾向は、あくまで黎明期の話です。今では、メリットとデメリットが解明しています(若干、デメリットへの言及は声が小さいかもしれませんが)。それを理解した上で、ブログを活用する、というのももちろんありでしょう。少なくとも、それを止めることは誰にもできません。

ただし、動機付けが違う人たちが使う「ブログ」という言葉は、意味しているものが異なっている、という点は留意が必要でしょう。

それでは、よきブログがあなたと共にありますように。

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