執筆法

原稿を書くペースについて

「文章の書き方」も、分解してみるとその内側にさまざまな要素を発見することができます。

文体の作り方や語彙といったものもあれば、手順やペース配分などのプロセス・マネジメントもここに分類できるでしょう。

今回は、その中の「ペース配分」について考えてみましょう。

といっても、話は簡単です。

「毎日同じだけ書く」

以上。

言い訳を封じ込める「何か」

以下の記事で、その理由が心理学的な方面から解説されています。

無理のないペースをつかんだらめったなことで変えてはならない(ライフハック心理学)

書籍の原稿を書くような場合でも、書く前には一日一節などという、非常にざっくりした見積もりで進めるほかありませんが、書いているうちに一日一節半がこのテーマだとちょうどいいな、ということをつかんだら、あとは〆切に間に合うことを確認して、めったなことで動かしてはならないのです。

一日一節半書くと決めたら、それを守り続ける。それ以上でも、それ以下でもなく。一日一節半。

なぜか。

簡単に言えば「言い訳を発生させないため」です。

疲れているときは一節半じゃなくて一節でいい。ものすごく疲れているときはゼロでいい。こういう「言い訳」が発生し始めると、ずるずると「何か」が崩れていきます。あるいは、そもそもとして立ち上がりません。

その「何か」が大切なのです。

これは昨日書いた話に通じるところがあります。

「なぜブログを書くのか」(R-style)

私の頭の中には、「R-styleは毎日更新されるもの」という認識があります。それが、365日更新を続けるモチベーションを生み出しているのです。

「やれやれ、今日はちょっとしんどいな」と思っていても、「R-styleは毎日更新されるもの」という自分ルールが私に行動を促します。そこに「言い訳」が入り込む余地は一切ありません。

村上春樹さんの場合

『考える人』の2010年夏号に、村上春樹さんのロングインタビューが掲載されており、そこでも似たようなお話が出てきます。

考える人 2010年 08月号 [雑誌]
考える人 2010年 08月号 [雑誌]
新潮社 2010-07-03
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る by G-Tools

もう少し書きたいと思っても書かないし、八枚でもうこれ以上書けいないと思っても何とか十枚書く。もっと書きたいと思っても書かない。もっと書きたいという気持ちを明日のためにとっておく。

その理由を自身が「長距離ランナーだから」と言い、春樹さんは以下のように続けます。

だってマラソン・レースなら、きょうはもういっぱいだなと思っても四十キロでやめるわけにはいかないし、もっと走りたいからといってわざわざ四十五キロは走らない。それはもう決まりごとなんです。

この「決まりごと」というのが、自身の内側にある認識であり、自分ルールであるということでしょう。

二十マイル進行の効能

『ビジョナリーカンパニー4』という本に、10X型企業と呼ばれる大きな成果を生み出した企業が持つ特徴の一つとして「二十マイル進行」という概念が紹介されています。

ビジョナリー・カンパニー 4 自分の意志で偉大になる
ビジョナリー・カンパニー 4 自分の意志で偉大になる ジム・コリンズ モートン・ハンセン共著

日経BP社 2012-09-20
売り上げランキング : 3110

Amazonで詳しく見る by G-Tools

詳細は上の本に譲るとして、簡単に言えば「長期にわたって並外れた一貫性を保ちながら、工程表に従って着々と進む」ということです。苦境でも、快適な状況でも、一定のペースを保ち続ける。それがいかに困難であるかは、想像することすらできません。しかし、それを達成した企業が確かにあるのです。

1977年にストライカー社のCEOになったジョン・ブラウンは以下のような基準を設けました。

毎年二〇%の利益成長である。これは単なる目標ではない。願望、期待、夢、ビジョンでもない。ブラウンの言葉を借りれば、「法律」である。彼は「法律」を自社の企業文化に染み込ませ、会社の”生き方”としたのである。

またルールに関係した言葉が出てきましたね。自制心を呼び覚まし、行動を促したり抑制したりする。そういう効果がルールにはあります。

ただし、『ビジョナリー・カンパニー4』で以下のように注意されている点は留意しておきましょう。

良い二十マイル進行は、個々の企業が「自主的に考え、自らに課す規律」だ。誰かに押しつけられたり、どこかからコピーしたりしてはならない。

それは「やりがいがあり困難でもあるが、不可能であってはならない」のです。

自分ルールを生み出す

自身の心の中で、「自分ルール」がどのように発生していくのか、その具体的なメカニズムはわかりません。

たんに「こうする」と決めたからと言って、それがルールになるわけではないでしょう。

実体験から言えば、

行動の連続が「自分ルール」を生み出し、そのルールが後続の行動を生み出す。

という感触があります。

ようするに、「364日ブログを更新してきたから、365日目を更新する」ということです。もっとシンプルに言えば、「昨日やったから今日もやる」ぐらいの感覚かもしれません。

そのルールは一度発生すれば、自分の行動を生み出す源泉になるわけですが、なにせ明文化され共同体によって承認されたルールではありません。ほんの少しのきっかけで崩れてしまうことがあります。

ルールを作るのも自分であれば、ルールを壊すのも自分なのです。

さいごに

「ペース配分」のまわりを散歩してみました。

「2週間ぐらい頑張ればなんとかなる」

という仕事ならばともかく、何ヶ月間にも及ぶ仕事の場合は「ペース配分」は欠かせません。

今回ぐるりと散歩してきた感触から言って、本当に「毎日」原稿を書く必要はないでしょう。「日曜日以外」や「平日だけ」あたりは、自分ルールを生み出しやすいかと思います。

しかし、そうすると「祝日はどうするのか?お盆や正月は?」という疑問が湧いてきます。これが言い訳を発生させないとも限りません。「一週間に3日だけ」とかになれば、もはやザルです。その場合は「月・水・金は書く」という風に改めた方がよいでしょう。もちろん、その曜日は「実際に書ける日」を選ばなければいけません。

まずは、いろいろ試して「不可能ではない量」を探り、それを見つけたら自分のペースとして堅守する。そうすれば、一年後ぐらいにはびっくるする量の原稿が生まれていることでしょう。塵もつもれば千里の道も一歩でわたれる、とは言いませんね。はい。すいません。

では、良き原稿とアイデアがあなたと共にありますように。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です