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本を書くことと師匠と電子書籍の出版

「僕にはビジネス書の師匠がいない」

なんて書くとライトノベルのタイトルみたいですが、おおよそ現実です。

まあ、もともと物書き仕事なんて、師弟関係で受け継がれていくものではありません。そういう煩わしい関係が嫌だから、一人でコツコツ書くという若干偏屈な・・・という話は悲しくなるので止めておきましょう。

私自身も、「どうやって本を書いたらいいのか」をずっと考えながら本を書いています。一つ言っておくと、既存のビジネス書は、あまりお手本にしていません。理由は簡単で、・・・、えっとこれも止めた方がいいですね。ともかく、既存のビジネス書からビジネス書の書き方というのを学んだわけではありません。だから、私の本はあまりそれっぽくないかと思います。

振り返ってみると、文章作法は小説から、構成については「知的生産の技術」系の本から、学んできました。たぶん。

そういう独自性というか、なんというかがあったほうが物書きとしては生存競争を生き延びやすいのではないか、なんて勝手に考えていますが、本稿の趣旨はそこではありません。

必ずしも生存競争を生き延びる必要はないのでは、という一つの視点の発芽についてです。

オーサー・アドバイザー

先日収録した「Rashitaの部屋 #005」で、新刊を出版された@Surf_Fishさんから、興味深いお話が出ていました。

すでに何冊もビジネス書を出版されており、大ヒット作もお持ちのとある作家さんから、本の書き方のアドバイスをもらった、と。しかも似たカテゴリーの本を書いておられる作家さんです。師匠とは違いますが、アドバイザーとしてはかなり強力な存在でしょう。

初めて電子書籍を出版させていただいてわかったことなど(はまラボ)

執筆にあたって、編集さんや他の作家さんから構成や書き方などについて何度かアドバイスをいただく機会がありました。これは大変ありがたかったです。

本を書く仕事ができる上に、物書きとしてのアドバイスももらえるなんて、社会人一年生みたいに贅沢な環境です。私は、部屋の隅で一人黙々と何かを学んでいくのが好きですが、そんなストイックな人はおおよそマクドナルドで淹れたてのホットコーヒーが出てくるくらいレアケースでしょう。適切な指導をしてくれる人の存在は、たいへんありがたいものです。

たぶん、物書きの人の中には「けしからん」なんて言う人がいるかもしれません。本の書き方なんていうのは、鍛練を積んで、魂を削って、自分の内側から出てくるものなんだ。なんていうのはさすがに古風というかマッドなノリですが、かなり薄めた似たようなことなら口にする人もいるでしょう。職人がいる世界は、だいたいどこも似たような風景が広がっているものです。

でも、別段本業の物書きじゃないんだから、有益なアドバイスをバンバンもらってもいいじゃないか。と、私は思います。

本の敷居の低下

以下は、@Surf_Fishさんの本の出版をプロデュースされた会社の代表取締役社長さんのブログ記事です。

電子出版をお手伝いしてわかったことなど(katsukinoboru.jp)

今回、新しい試みとして、構成や書き方についてプロ作家の方にアドバイザーとして加わって頂きました。従来「編集者」が担当していた仕事で、これまで一番分解が難しかった部分です。

「文章を書く」だけであれば、そんなに難しい作業ではありません。スクールで勉強していなくても、私たちが日常生活で頻繁にこなしていることです。日本中に存在する多数のブログを見れば、その容易さは簡単に推し量れます。

しかし「本の構成を考える」や「書籍用の文章を書く」は、そういう「日常的文章作成」とはやや乖離した場所に位置しています。特に「構成を考える」なんて作業は、「ちょっとやっといて」といわれて「はい、了解です」なんてすぐに頷けるものではありません。「本を書く」上でのネックなのです。

そこにプロの作家がアドバイザーとして加わることで、「本を書く」ことの敷居がぐぐんと下がります。「難しい」から「やってやれなくはない」に変化するのです。

それはつまり、知識をシェアし対価をもらうことが、より多くの人に開かれることを意味しています。そのことがもたらす影響は、たぶん想像する以上に大きいものでしょう。

広告でも、アフィリエイトでもなく、「情報」や「知識」を商品にできるのです。脱工業化・個人シフト。そんなキーワードがまぶたの裏をちらつき始めます。

さいごに

誰でもが本を書けるようになる。というのは素晴らしい環境のように思えます。

しかし、それは誰もが作家として生きていけることを意味しているわけではありません。もともと生存競争が厳しい業界ですし、多数の参加者が流入した場合、市場そのものの規模が一段階か二段階ぐらいあがらないと、作家楽園は存在しえないでしょう。

ただ、そういう生存競争とは別に、県のコンクールに自分の絵を出品するぐらいの容易さで、「本を書く」ことが選択肢として加わる、ということは十分にあり得そうに思えます。というか、もうすでに世界はそういう方向に一歩以上足を踏み出しています。

ニコニコ動画と、そこで見受けられる嵐のような素人作品の登場で、「プロの作品以外には価値がない」なんて価値観はすでに摩耗しています。

「本を書くこと」はプロではなくても、持っているコンテンツ(知識・情報)がプロレベルということはたくさんあるでしょう。それは十分に「本」にする価値があります。

きっとこれまで紙の本が__コスト的に__拾い切れていなかったものが、電子書籍の中で徐々に結実していくのでしょう。

もちろん、そういう世界の流れとは別にして、私としてはプロの物書きを志したいところではあります。

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