4-僕らの生存戦略

ちなみに、どんな数が思い浮かびましたか?

たとえば3つの数字が並んでいて、

[1,2,4,]

「次は?」

と尋ねられたときに、

「8です。もう、これは間違いなく8です。ほら、だって一個ずつ倍になってるじゃないですか。ほら、ほら。8です。8に間違いありません。8こそが絶対的正解であり、正義なのです。これ以外の答えなんてありえません。そんなの悪に決まってます」

なんて答える人は、ちょっと危ないですよね。いろいろと。

たしかに8はありうる答えの一つです。8を当てはめても規則性が崩れたりはしません。でも、それはあまた立てられる仮説の一つでしかありません。

並んでいる数字は、倍になっているとも捉えられますが、増加する数が1つずつ増えているという風にも捉えられます。その場合次の数は7ですね。まあ、そんなに違わないかもしれません。しかし、その次は16と11、さらに次が32と16。こうなるとまったく違った形になってきます。

あるいは、この数字

[1,2,4,1,2,4,1,2,4,1,2,4,1,2,4,1,2,4,1,2,4,1,2,4,]

と3つの数をループしていくだけかもしれません。だったら、上の二つの仮説はまったく的外れです。

「そんなの3つだけじゃ、何もわかんないよ」

というのは、その通りです。

ようするに、

「情報が少ない状況ならば、たくさんの仮説が<論理的>に説明できる」

ということです。そこから

「情報が少ない状況で、断定をする人の意見は<論理的>に見えるかもしないが、間違っている可能性もある」

ということが導かれます。これは一種の警句になり得ますね。

もしかしたら、数字が一つ一つ増えていくのを無心で眺めているのが一番「安全」なのかもしれませんが、人間の脳はあまりそういうことが得意ではありません。

何かしらのパターン(ないし意味)をついつい見つけ出してしまうのが脳の特性なのです。だから私たちは空に浮かぶ雲に動物を、夜空の月に表情を、魚の頭に人の顔を見てしまいます。さらにはルーレットの出目にまで規則性を求める始末です。でも、そういう心理的傾向が科学を進化させる原動力になってきたのかもしれません。功罪は背中合わせなのです。

というわけで、「仮説を立てるのはよいが、それが仮説であることを忘れない」という心構えを持っておきましょう。あと自分であれ、他人であれ「短期的な判断を過信しない」というのも重要そうです。

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