今日はクッキーの話をしよう。
といっても、かわいらしい「クッキー・モンスター」を想像してもらっては困る。グランマ__一部ではクッキーババアなんて愛称で呼ばれている、アレだ。
言ってしまえば、単純なゲームである。「総員、クッキーを焼きまくれ!」とにもかくにもクッキーを増やし続けること。それ自身が目的だ。魔王を倒して世界に平和をもたらす必要はない。世界一のアイドルを育てる必要もない。
ただただ、クッキーを増やし続けばいい。時に、クッキーを消費してまで。
ゲームの世界
画面をご覧頂こう。
左側にカントリーなんちゃらを彷彿とさせるクッキーがぽつんとある。もう、これだけで「ここをクリックしなよ」というアフォーダンスが強烈に発生している。説明書もラベルもいらない。ともかくそれをクリックしてみよう。するとクッキーが一つゲットできる。うむうむ。もう一回クリックすると、さらにもう一枚ゲット。ちょっと連打してみたりもしよう。すると右側の長方形ボタンが一つ明るくなる。
Cursor(カーソル)。
なになに、と思ってそれをクリック。すると先ほどの大きなクッキーの周りに一つカーソルが追加される。どうやら、私の代わりに自動的にクリックしてくれるらしい。10秒間に1回。明らかに自分でクリックした方が早いが初期段階ならこんなものだろう。カーソルをゲットしたのは良いが、私の手持ちのクッキーが15枚なくなってしまった。このゲームの世界では、クッキーが通貨なのだろう。
この段階でこのゲームについての理解が「ははぁ」と進む。なるほど、つまりはそういうことか、と。
Cursorの下に並んでいるさまざまなオブジェクト(ゲーム内ではBuildingsと呼ばれる)も、私の代わりにクッキーを増やしてくれるものなのだろう。当然下に行けば行くほど高価であり、高効率でクッキーを生み出してくれるであろうことは想像に難くない。クッキーを増やし、増やしたクッキーでよりクッキーを増やすためのオブジェクトをゲットする。そうしてまたクッキーを増やし・・・
これってまさに資本主義的世界観ではないだろうか。
クッキーを得る方法
一般的に私たちがお金を手にする場合、(勤労)所得と不労所得の二つの方法がある。そして、大金持ちになるためには不労所得に重点を置かなければならない。なんといっても勤労できる時間は限られているからだ。人の手持ちの時間は変わらないし、分身することもできない。私たちが一日26時間クッキーをクリックできないのと同じように、勤労所得には限界がある。何か別の方法が必要だ。
この手の話は『金持ち父さん貧乏父さん』に頻繁に出てくる。「自分のビジネスを持て。そうすればラットレースから抜け出せる」実際、その話は特に間違ってはいない。自分で働くことに限界があるなら、別のものに働いてもらえばよい。この手の話ならば「お金に仕事をさせる」なんて言い方もする。つまり、お金を発生させるためにお金を使うのだ。そういうのは一般的に「投資」と呼ばれる。そこから発生するのが「不労所得」だ。
私が(あるいは時間をもてあますアナタが)、自分でクリックしたクッキーを貯めてCursorを買うとき、それはごく単純化された「投資」を経験していることになる。その投資効果はあまりに微妙すぎて何か意味があるようには思えない。しかし、確実な変化がそこにはある。何もしなくても__微妙にではあるが__クッキーが増えていくのだ。Cursorを買う前はこうではない。0枚のクッキーはどれだけ見つめていても0枚のクッキーのままである。この差は限りなく大きい。
増え続ける先にあるもの
もちろんCursor1個では全然満足できないので必死にクリックを繰り返し、もう一つCursorを買うか、その次のオブジェクトであるGrandmaに挑戦してもよいだろう。Cursorは一つ15クッキーで買えるがGrandmaは100もする。しかし、100ぐらいなら気合いでなんとかなる。運送屋の仕事にのめり込めば、居酒屋ぐらいは始められるのだ。
必死のクリックとオブジェクトの購入で、徐々にクッキーの数が増えるようになってくる。すると右上の「Store」に目を向ける余裕も出てくる。どうやらここで販売されているUpgrede系のアイテムを買うと、いろいろ良いことがあるようだ。たとえば自分でクッキーをクリックしたときに得られる枚数を+1にできる、といったような。これは資格試験なり技能なりを身につけて、自分の「時給」を上げるというような行為だろう。もちろん、そういう行為にもクッキーが必要だ。
あるいは、Grandmaの生産効率を向上してくれるようなUpgreadeもある。これはさらなる設備投資や増資に近いものなのだろう。加えて「Cookie production multiplier +5%」などといった効果のUpgreadeもある。複利ではないか。
しかしながら、追加のオブジェクトは買えば買うほど価格が高くなってくる。効果の高いUpgradesも同様だ。
たとえばゲームスタート時のCursorは15個のクッキーで買える。一つ買うと次は17クッキーに価格があがる。では、170個目のCursorはいくらだろうか。
312,409,418,992
3千億だ。
ゲームが進めば「まあ、こんなもんか」という感覚の価格でしかない。そう、このゲームでは恐ろしい勢いでインフレが進んでいく。
設備投資とUpgradeを繰り返していけば、一秒で6億ものクッキーを生み出せるようにもなる。そんな状況では三千億は「ちょっとした出費」でしかない。そうなれば、1クリックで2千万しか生み出せない(勤労)所得には何の意味も感じなくなる。というか、実際にほとんど意味はないのだ。クリックだけで170個目のCursorを買おうと思えば、実に・・・えっと、誰か計算してください。ともかく莫大な数のクリックが要求される。どだい無理な話だ。大企業の社長はまだしも、高額のポジションを持つトレーダーはきっとこんな感覚なのだろう。シャンパンをラッパ飲みする気分もわからなくはない。
ともかく最初のうちは楽しいゲームだ。自分の力でクリック数を増やし、頭を使って設備投資先を考える。そうしてクッキーの数を増やしていくと、何か自分が達成しているような気分になる。しかし、ある線を越えてしまうと、別種のゲームに変質してしまう。もはや、自分のクリックには何の意味もなく、ただただ数字だけを追い求める世界だ。それは「快」ではないのかもしれない。でも、増やさずにはいられない何かがある。
このゲームをやってみて、「預金通帳の残高が増えていくのをニヤニヤと眺めている」という人の気持ちが理解できた。増えていく数字を眺めているというのは、人の心を刺激する何かがある。その裏に何も実体がないとしても、だ。
さいごに
ゲーム性としてはシンプルで、進むにつれダークでパンクな感じが出てくるゲームではあるが、「借クッキー」という概念がないだけ、__現実の経済社会に比べて__親切な設計になっていると言えるだろう。ちなみにCookie Clickerというゲームが持つゲーム性については、以下の記事が面白い。
クッキー・クリッカーについて(本の虫)
くれぐれも注意しておくが、自分の時間を大切にしている人は近寄らない方がよい。
「ネットゲームに幽霊が出る、Cookie Clickerという幽霊である」
▼こんな一冊も:
金持ち父さん貧乏父さん |
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ロバート キヨサキ シャロン・レクター(公認会計士) 白根 美保子
筑摩書房 2000-11-09 |