時事ニュース

「赤ちゃんポスト」について

昨日に引き続き、「赤ちゃんポスト」の話題である。

安倍首相「大変、抵抗感じる」、「赤ちゃんポスト」関連で見解

安倍晋三首相は23日夕、熊本市の慈恵病院が親が育てられない新生児を引き受ける国内初の「赤ちゃんポスト」設置を計画し、厚生労働省が事実上容認する見解を熊本市側に伝えていた問題について、「私は基本的には匿名で子供を置いていけるものを作るのがいいのかどうか、私は大変抵抗を感じる」と批判的な見解を示した。

当然この国の首相としては、このポストの存在には否定的にならざる得ないだろう。
本来行政はこういったものが必要にならないように動いていくべきものである。
しかし、こういったポストが必要とされている、ということは行政がうまく動けていないということに他ならない。

やはり、日本の行政において育児に対するサポートの質の低さという点が目立つ。今までの日本においては、大家族の中で育児をしていくことが前提であった。高度経済成長が進み、家族の形が変化進む中でもそれをサポートしていく制度はたいした変化が見慣れなかった。
社会全体で、そういうものが必要だという認識が形成されてこなかったということだろう。
それは、単一の政党が政権を担い続けてきた、ということに起因するのかもしれない。
多くの声を取り入れるという民主主義の意味が損なわれていた、ということになる。

社会のサポートがきちんと成立していないかで、女性がほどんど一人に近い形で育児をしていくというのは本当はかなりの苦労があるのではないだろうか。しかし、今までの社会ではそういったことはあまり意識されてこなかったように思う。そのような環境でも育てていけるというような雰囲気があったのではないだろうか。

社会が変化していくにはそうした認識を変えていく必要がある。社会全体で共通の認識を持つ必要がある。そういった中で、制度の大幅な変更というのは怒りうるのではないだろうか。

そういう意味で、私はこのポストの存在を応急処置的なものとみなしている。
制度が整えば、しかるべきときに廃止になっていくものだろう。つまりこれが必要となくなる社会こそが我々が目指すべき社会であるということになる。
それまでは、このポストの存在は、母親の意識の片隅に置かれておいてもよいのではないだろうか。

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