3-叛逆の仕事術

手帳術10周年について思うこと

以前、日経ビジネスアソシエの手帳特集号を紹介した際「手帳術10周年」という言葉に少し触れた。

10年というのは決して軽い年月ではない。なんといっても「天才!」(※)が生まれるほどの時間なのだ。
※同名のグラッドウェルの書籍を参照のこと。

私も手帳愛好家としてずいぶん長い年月を過ごしてきたので、今回は「手帳術10周年」について書いてみようと思う。

手帳の進化の流れ

手帳術の話をするのならば、まず手帳の話をしなければならない。

日本の手帳の歩みについては、館神龍彦氏の『手帳進化論』が明快に解説してくれている。簡単にまとめると

  1. 「軍隊手帳」≒「年玉手帳」の普及
  2. システム手帳の登場による手帳概念の解体
  3. 平成不況がもたらした新しい手帳のニーズ
  4. 手帳大空位時代の到来

となる。

まず、会社で一律に社員に配られる「年玉手帳」という存在があった。その手帳について館神氏は以下のように分析している。

つまり、明治時代から今に至るまで、日本における手帳とは共同体の時間感覚と帰属感覚の象徴なのである。そして同時に、そこに書かれた規範を守るべきものとして持たされるものなのである。

つまり、制服やバッチと似たような機能を有しているということだ。

私がコンビニで働いていたとき、一般的な手帳を目にして疎外感を感じたのも不思議ではない。多くの手帳は時間軸が7時からスタートしていたり、日曜日の欄が小さかったりするのだ。もちろんそれは機能的に使いにくい__なにせ365日24時間営業である__わけだが、それだけでなく、私の時間感覚と社会一般の労働者との時間感覚が、大いにずれていることも示している。

そのことを逆からみれば、共通の手帳と共同体の感覚にリンクするものがあることは容易に推測がつく。

一つの変化

そこに変化の鉈を打ち込んだのが、システム手帳だ。1980年代に日本にやってきた(輸入したと言ってもよいだろう)システム手帳の概念は、「手帳が使い手によって自由にできることを実証した」のだ。そのとき鉈がえぐった溝は、小さいキズのようなものだったのかもしれない。しかし、それは時間と共に拡大し、今では見逃しようもない大きな溝へと成長してしまった。

先ほどの話と合わせて考えれば、「使い手によって自由にできる」手帳の登場は、「共同体」の中にいながらも、違った時間感覚を持つ人間の登場を意味する。そして、そうした人間の登場は、必然的にもう一つの存在へ思いを巡らすことへも繋がっていく。つまり、共同体の外にいる人間の存在だ。

しかし、その時点ではまだ思いは思いでしかない。

有名人手帳の登場

その後、平成不況によって、年玉手帳の配布率は下がり、自分の手帳は自分で買うという傾向が生まれた。これには二つの側面がある。それは個人の裁量、つまり自由度が上がるということ。もう一つは、個人に対する会社の庇護が弱くなっているということ。結局の所、日本社会ではこの二つは切っても切れない関係にある。あるいはそういう傾向が強い。

会社の庇護が弱くなれば、自分自身で何とかしなければいけない。それが有名人手帳や夢手帳のニーズへと繋がった。空いた穴は何かで埋めなければいけないのだ。そして、それを提供するのがビジネスである。百花繚乱という言葉が適切なのかはわからないが、さまざまなタイプの有名人手帳が登場した。本稿は手帳のレビューではないので、そうした手帳の効能についてとやかく言うつもりはない。一つ言えるのは、それを欲する人、つまりニーズは確かにあったということだ。なんと言っても売れていたのだから。

有名人手帳をプロデュースしている人のほとんどが、共同体の外にいる人か、あるいは中にいても大きな裁量(と責任)を持っている人だ。そういう人へのあこがれがあったことは間違いない。しかし、あこがれだけでうまくいくほど仕事は簡単ではないし、置かれている状況が違えば、効果的なツールも違う。

そうして、現代の「手帳大空位時代」へとたどり着く。

決定版が見つからない時代

手帳大空位時代とは、「これさえ買っておけば安心」という手帳、つまり手帳の決定版と呼べるものが存在しない時代だ。

それはつまり、働いている人が置かれている環境が多様化していることを指し示している。これが意味するところはずいぶんと広い。たとえば、同じ業種だけれども会社が違えば働き方が違う、というのが一つ。あるいは同じ会社でも就業時間が違う、ということもあるだろう。もっと言えば、社会の中で非正規労働者の割合が増えてきている、ということもある。

さらに「ワーク&ライフ」という言葉の流行からも窺えるように、人生における仕事への価値観の置き方も統一性がない。仕事はそこそこにと考えている人と、仕事には全力で、と考えている人が同じ手帳を使ってもうまく行くはずがない。

仕事の多様性、生き方の多様性が増してきているのだ。あるいは、増してきていることが意識されているのだ。

さらに会社の庇護は年を追うごとに弱くなっている。あるいは弱くなっていると感じている人が増えている。

そんな環境の中では、自分の人生は自分でコントロールしたいと考える人も増えてくる。そうした中で、単なる備忘録ではなく、手帳を人生を変えるためのツールとして、もう少し言えばセルフマネジメントの手段として利用する人の割合はどんどん上がってくる。

もちろん、産業が工場から情報へと移る中で、知識労働者の数が増え、そのことがセルフマネジメントツールの必要性を増してきている要素もあるだろう。ドラッカーが指摘したように、知識労働者は自分の仕事を自分で管理しなければならないのだ。

総じて見ると、

  • セルフマネジメントツールの需要は上がっている
  • しかし、働き方・生き方は多様化している
  • そんな中で決定的な手帳は見つけられない

というのが手帳大空位時代である。

だからこそ、「手帳術」なのだ。

手帳術、ということ

「この手帳を使えばばっちりです!」というのは、当然ながら手帳術ではない。単なる宣伝だ。

手帳術とは「どう使うか」であって、「何を使うか」は副次的な要素でしかない。もう少し言えば、

「何のために、どのツールを、どのように使うか」

これが手帳術だ。

多様性のおかげで「決定的な手帳」が見つけられない。それでもセルフマネジメントは自分で行わなければいけない。時代や環境がそれを要求してくるのだ。そこで「どう使うか」を研究・探求する。

それが、「手帳術10周年」の背景だったのではないだろうか。これはわりと実地的で切実なテーマなのだ。

手帳術にスポットライトが当たるようになったというのは、私の個人的な感想では非常に健全なことだと思う。たまにテクニック至上主義に陥る問題もあるが、手帳原理主義に比べればずいぶんとマシだろう。

相反するものを生むもの

しかし、手帳の使い方__つまりセルフマネジメントのスキルが上達しても、一つだけフォローできないものがある。

それは最初にあげた帰属意識だ。多様化した中では、帰属意識を持つのは難しい。もちろん会社の庇護も弱い中では、そこに依存することもできない。

アイデンティティというのは、社会生活を送る人間にとってきわめて重要なものである。それが欠落した状態は、大変苦しい。

そう思って見つめると、面白い特徴が見えてくる。たとえば、ほぼ日手帳。たとえば、モレスキン。たとえば、iPhone。

これらは最近人気が出てきているツールである。セルフマネジメントツールとしても使われるし、ライフログツールとしても使われる。そうした手帳の機能の分化についてはここでは言及しないが、生き方の多様化と共に手帳の使われ方も多様化している。

それはさておき、こうした人気のツールは、次の相反する性質を持っている。

  • みんなが共通のツールを使っている
  • でも、使い方は人それぞれ

つまり同じツール使いという帰属意識を生み出しながらも、その運用の段階ではカスタマイズによって多様化を実現している。

世の中を見渡してみると、手帳(やスマートフォン)以外にも、この「共通性」と「個別性」を両立させたものが、人気を博しているものがいくつも見つかる。これをジンテーゼと言うべきなのか、アイデアと呼ぶべきなのか、ハイブリッドと名付けるべきなのかはわからないが、とても面白い穴の埋め方である。

さいごに

手帳は、その人の人生を語る。

などと書くと大げさだが、長い時間を一緒に過ごし、さらにその時間を記録していくツールであることは間違いない。生きた時間、それはつまり人生ということだ。

私は、多くの人が手帳に大きな期待を寄せているのをみると、逆に個人がこの社会から期待されているものの大きさを感じてしまう。セルフマネジメントなんて何も気にしないで、気楽に生活していけるのが一番だ。が、それがなかなか難しいのが現代なのである。

10周年ということで、手帳術にも一つの大きなまとめみたいなものがあってもよいかもしれないな、とは感じた。

手帳術ないしセルフマネジメントについては今後もフォローしていきたい。

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