7-本の紹介

【書評】数学ガールの誕生(結城浩)

小説を読みながら、「こんな環境(せかい)に身を置けたらなぁ〜」と思うことがある。それが作り物だと知っていても、あこがれを感じずにはいられないのだ。

『数学ガール』という青春数学物語も、そんな小説の一つである(私も理系の青年時代を経験しているのだ)。

ただし、小説というジャンルにぽいっと気軽にカテゴライズできる作品ではない。骨子としては小説だが、別の側面からみればとても教科書的な本でもある。わかりやすく短い言葉で括ってしまうと、どうにも伝えきれない何かがこの作品にはあるのだ。

結局の所『数学ガール』は、「数学ガール」という独自の形式を生み出したのかもしれない。それは、別の作者による似た形式の作品が出てきたとき明らかになるだろう。

それはさておき『数学ガール』は、対話を重視し、理解へのヒントをちりばめながら、学びの喜びを伝える__そんな本である。

そんな本がいかにして生まれてきたのか。それが語られているのが次の本だ。

数学ガールの誕生 理想の数学対話を求めて
数学ガールの誕生  理想の数学対話を求めて 結城 浩

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概要

内容は、著者が2012年に行った二つの講演がベースになっている。また、講演後に実施された参加者とのフリーディスカッションも加えられている。本書の副題は「理想の数学対話を求めて」とあるが、この本自身の中に対話が加えられているのがメタ的に面白い。

さて、本書のテーマについてだが、私がまとめるまでもなく、著者が「はじめに」で書いてくれているのでそれを引用しておこう。

  • 「数学ガール」シリーズが誕生した経緯
  • 教えることと学ぶことについて
  • 読者に伝わる本を書くことについて

この3つだ。それぞれが「いかにして数学ガールが生まれてきたのか」に通じている。

「いかにしてその本が生まれてきたのか」には、出版に至るまでの経緯という意味もあるし、そこにどんな想いが込められているのか、という意味もある。もっと言えば、著者のバックグラウンド的なものも含まれるだろう。本書において、バックグラウンド的な要素はあまり触れられてはいないが、経緯や作品に込めた想いは大いに開示されている。

趣味から始まるもの

たいへん興味深く、そして注目に値するのが、『数学ガール』の素(もと)になった最初の断片的なミニストーリーは、まったくもって著者の趣味から生まれた、という点だ。つまり、マーケティング的に「これをやればウケる!」という発想から生まれたものではない。

さらに言えば、出版業界的な(笑えない)笑い話としては「数式を一つ増やすと、その本の売り上げが半分減る」なんて話もある。あれほど数式一杯の本など、冒険以外のなにものでもないだろう。でも、その冒険をしなければ「累計22万部突破」のシリーズは生まれてこなかったわけだ。

既存のニーズを定義し、それを分割していくマーケティングには限界がある。

しかし、「じゃあ、好きなことをやっていればいいんですか」というわけでもない。少し長くなるが、「数学ガール」のはじまりについて著者が語る部分を引用しよう。著者が自分の趣味全開で文章を書いていた、という話の続きだ。

この文章はWebで公開してるんですが、そうすると、この物語が理系の男の子の心をわしづかみにしまして──いろんな方から「いいね!これだよこれ!」みたいな、「わかってるじゃん、結城さん!」みたいな、そういう声がやってきました。
で。
そういうふうにのせられると、ライターってのは、もうなんぼでも書くもんです。(後略)

ライターというのは、たしかにそういう性質を持っている。面白いと言われれば、どんどん書いてしまう。そうして書いていったものが、さらなる読者と反響を呼び、物語はさらに広がり・・・と良いサイクルが循環していったわけだ。おそらくこうした事前の人気の感触があったからこそ、数式が入っていても『数学ガール』が無事出版のラインに乗ったのだろう。

Webの面白いところは、こういう広がり方がいくらでもありえることだ。自分の趣味全開のものに関心を持ってくれる人を集められる。そして「出版」の新しい可能性も、こうした部分に潜んでいる気がする。

さいごに

今回は、『数学ガール』の出版の経緯だけを取り上げたが、「教えることと学ぶことについて」と「読者に伝わる本を書くことについて」についても大変示唆に富む内容だ。

本書を読めば著者が持つ強い「想い」を感じないではいられない。その「想い」に共感できる人ならば、「教えること」について得るところは多いだろう。

また「読者に伝わる本を書くこと」については、同じ著者の『数学文章作法』が具体的な作文指南として読みやすい。小説を書くための文章作法ではないが、誰かに何かを伝える文章を書く場合であれば、数学に限定されず役に立つ内容である。

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