7-本の紹介

【書評】文科の発想・理科の発想(太田次郎)

現代で表現し直せば、「文系の発想・理系の発想」ということになるだろう。

文科の発想・理科の発想 (講談社現代新書 630)
文科の発想・理科の発想 (講談社現代新書 630) 太田 次郎

講談社 1981-10
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文系は文系でかたまり、理系は理系でかたまる。お互いに交流もなく、理解も少ない。はたして、そのような状況でよいのだろうか。昭和56年初版の本書が指摘している問題は、現代にも持ち越されている。

分野に生まれる溝

おそらく問題の一部は、「タテ社会」にあるのだろう。

ヨコではなくタテで繋がる日本社会では、どうしたって理系は理系、文系は文系といった区切り(枠)が生まれてしまう。そこで発せられる「私は理系ですから」という言葉は、その裏に「私は文系ではありませんので、そういうことはノータッチ、ノーフォロー、ノーコミットメントです」という心的状況を隠し持っている。

もう一つ現実的な問題として各分野の専門性が高まっていることもあるだろう。自分のことで精一杯で、他の分野(ましてや文系のことなんて)考えている暇がない。

結果、関心は失われ、対話の可能性はやせ細っていく。

しかし、それで新しい発想が生まれてくるのだろうか。ジェームス・W・ヤングは「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ」だと説いた。専門性の高まりによって、一つの分野での既存の要素の組み合わせはあらかた試されてしまっている。だとしたら、違う分野に目を向けなければ、新しいアイデアは生まれてこないのではないだろうか。

もちろん、私は学問の世界に属しているわけではないので、実体がどうなっているかはわからない。しかし、著者はこれにちかい危惧を持っているようだ。また『知の逆転』というインタビュー集で語られる、最先端の研究者の心情にも似たような印象を受けた。

そしておそらく問題を一歩引いてみれば、文系・理系の溝だけではなく、たとえば営業と開発といった企業内での溝にも似たような問題が潜んでいるのかもしれない。

章ごとの概要

どうやら本書はリニューアルした講談社現代新書では発売されていないようなので、簡単ではあるが章立てごとに内容を追っていこう。

文科の人、理科の人

文科・理科の環境の違いについて。仕事の進め方から業務評価まで異なり、そこでの人の振る舞いも違ってくる。

著者は「個性と能率とは調和しないのではないだろうか」と疑問を提示し、理工系の「能率化と均一化」をぐいぐい推し進める方向に否定的な意見を投げかけている。

能率的で均一化されたやり方からは、明日の生活に役立つ成果は上げられても、長い眼で見た大業績は生まれるのだろうか

デジタルとアナログ

30年以上も前からこのテーマが出ているのにちょっと笑ってしまった。もちろんこの時代にはiPadなど存在せず、コンピューターは非力で表現力も不足していたので、いまほど悩ましい環境ではなかっただろう。

そうした要素とは別に、著者はデジタル型人間の問題を指摘している。

デジタル型人間は、あまり悩まないで、数を信じる傾向がある。そして、数字による表現は客観的であると考える傾向がある。一方、もともと数に弱い多くの人々も、それに洗脳されてしまう。

これはデジタル型人間に限る話ではないように思えるが、確かに私たちが抱える弱点ではある。数字だけでなく、「論理」の姿形をしたものにもコロリと騙されてしまう。

本章の最後では「直感を育てよう」という提言がなされているが、これはある部分ではまったく正しい。しかし、人間の直感だけでは対応しきれない場合があることも、理解しておいた方がよいだろう。

ロマンチックな研究

ロマンチックな研究とは何だろうか。それは、線形に__あるいは階段を上るように__進めていくのではなく、大きな絵の構図をずばっと立ち上げてしまうような研究のことだ。

本書では例としてDNAの二重らせん構造を発見したワトソンとクリックを挙げている。ちなみにワトソンは、先ほど挙げた『知の逆転』にも登場する。本書では20代として紹介されているが、『知の逆転』に掲載されている写真はすっかりおじいちゃんである。

しかし、「二流の研究に時間と労力を費やすくらいなら死んだほうがまし」という彼のモットーからは、ロマンチズムを感じないではいられない。

怠け者の整理学

ここでは知的生産の技術について少し語られている。それも不精者、三日坊主の人に向けた__つまり著者にそういう自覚があるのだろう__整理法だ。

ここでは一つだけ、有用なアドバイスを引用しておこう。

整理を始めようとするとき、画期的なことはやらない方が無難である。「まあできるところから、ぼちぼちやっていこう」という心がけが長続きの秘けつのように思われる。

雑学と濫読のすすめ

さまざまなジャンルの本を読もう、という話。この辺は自著にもまとめてある。

数をめぐる話

著者は文科の人なので、「数学嫌い」についての話がいくつか出てくる。

面白いのは、電卓が普及したことで人間が計算下手になる可能性を指摘しながらも、そこからの変化を見据えている点だ。

そうなると、算数や数学の好き嫌いの分かれ方も変化するかも知れない。つまり、計算が上手か下手か、数に関する興味があるか否かはそれほど問題にならなくて、論理的な思考の有無が両者を分けるカギになるとも考えられる。

たぶん日本の義務教育では計算に計算機は使っていないと思うので、こうした変化は訪れないだろうが、そういう可能性に想いを馳せてみるのも悪くないだろう。プログラマーという仕事は、まさにこういうタイプかもしれない。

無知の勝利

無知の知、ということではなく、専門分野にはまり込みすぎていると、そこの「常識」に染まってしまって、新しいものが出てこない可能性がある、ということ。

もちろん常に素人が新しいアイデアを生み出せるわけではない。ただし、

全くのしろうとが、単なる思いつきを述べても役立たないであろうが、専門家が自己の知識にとらわれて袋小路に入りかけたとき、他人との会話などがちょっとしたヒントになって、そこから抜け出る道を見いだすこともある。

という指摘は頭に刻んでおいた方がよいだろう。

素質と環境

ここはスルー。

文・理を分ける実験

実験の有無は大きな違いになるよ、という話。あと社会科学で実験は可能なのか、という話。

しかし、それはそれとして「実験」から得られるものは多い。

実学的発想と虚学的発想

学問に付きまとう「何の役に立つのか?」という疑問。

はっきり答えられたら実学で、そうでなければ虚学に分類されるわけだが、それは一つの物差しでしかない。実学には実学の役割があり、虚学には虚学の役割がある。それを無理矢理「役に立つかどうか」という視点だけで評価してしまうといろいろ危うい。

専門用語の氾濫

これは近年ほどひどい。著者が大学の講義で「諸君が将来一人前の研究者になったさい、できるだけ新語をつくらないよう心がけて欲しい」と述べていた努力も徒労に終わったのかもしれない。

再び文科の人、理科の人

最後のまとめ。

文科と理科のズレが起きるのはしょうがないとして、それをいかにして埋めるのか。失われた対話をどのように取り戻すのか。

さいごに

今後必要になってくるのは、対話の場、あるいはプラットフォームなのだろう。

それによって異なった専門家が意見交換したり、あるいは専門家と一般市民が対話できるような環境が生まれれば、閉塞感に風穴、とまでは言わなくてもほんの小さい穴ぐらいは空けられるかもしれない。

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