2-社会情報論

読書伝播率が低い本がもたらすもの

出生率という概念があります。

「一定人口に対する、その年の出生数の割合」をあらわす数字で、これが一定値以上だと人口は増えてゆき、それより小さいと人口は減少に向かってしまう。そういうパーセンテージです。

単純に考えて、一組の夫婦がひとりの子どもしか生まないならば人口はどんどん減っていくでしょうし、よにんの子どもを産むのならば、増えていきます。特に難しい話ではありませんし、直感にも反しません。

ふと考えてみると、出版業界にも同じような数字を持ち出せるような気がしてきました。読書伝播率とでも呼べるような数字です。

一冊の本から次の本へ

ひょんなことから、あなたは一冊の「本」を手にしました。生まれて初めて買った「本」です。

あなたはその本に大変な感銘を受け、雨が降ろうが槍が降ろうが、なにがなんでもその続編を購入することを決意しました。

こういうとき、その読書伝播率は100です。

逆に、その本に大変な失望を受け、「もう本なんて買わないよ絶対」と思ったとしたら、読書伝播率は0になります。

仮に読書伝播率が50であるとすれば、その人が次の本を買う確率は50%。

世の中のすべての本の読書伝播率が50だと仮定すると、四冊目の本が売れる可能性は、

一冊目(50%) × 二冊目(50%) × 三冊目(50%) × 四冊目(50%)

で、6.25%。かなり難しいと言わざるを得ないでしょう。

逆に、すごくすごく面白くて続編とそのまた続編まで買う固い意思が宿ったとすれば、読書伝播率は200となり、世の中の本はどんどん売れまくることになります。

※もちろん以上の話は極度に単純化しています。あくまでも思考実験のためのモデルとして捉えてください。

ポイント1

注意したい一点目。

それは、読書伝播率はその本がすごく売れたかどうかとは関係していない、ということです。ベストセラーであっても、読書伝播率が低い、ことは十分にあり得ます。その本は売れたけれども、後続の本は・・・ということですね。

逆に、販売部数が低くても読書伝播率(以降RS)が高い本の可能性も考えられます。

いちおう数字上は、RS1の本が100万部売れるのと、RS100の本が1万部売れるのはイコールです。どちらも次の本は1万部売れることになります。しかし、その次はどうでしょうか。計算式は省略しますが、続編もまたRS1ならば、本の売り上げは急激に低下してしまいます。逆にRS100を維持できるならば、そのまた続編も同じだけ売り続けられるでしょう。

ポイント2

注目したい二点目。

RSを明確に定義しないまま話を進めていますが、それを「一人の人間の次回購買活動に影響を与えるもの」にだけ限定する必要がないことはあきらかです。社会的動物である私たちは「ねえ、この本面白いから読みなよ」と誰かにアドバイスすることはよくあります。あるいは「あぁ、それだったらこの本がいいんじゃない」なんてことも。

つまり、

一冊の本が売れる→その本とは違う別の本が売れる
一冊の本が売れる→その本が別の人に売れる

こうした二つの伝播方向があるわけです。後者はすでにソーシャルマーケティングの範疇に入っているうえ、「誰が、どのように伝播させるか」によって影響力の大きさも変わってきてしまうので、今回はスルーしておきましょう。

ただし、当人が別の本を買う動機付けを生むものと、別の人に勧める動機付けを生むものは完全に同じではありません。詳しく考えるならば、垂直方向と水平方向に分解した方がよいでしょう。

※言うまでもなく、両方の値が高い本は、出版社・出版業界において宝のような存在です。

RSの低い本

では、RSの高さ・低さはどのように決まるのでしょうか。

もちろん、わかりません。

なにせ、思いついたばかりの概念です。ただ、いくつかのことは言えそうです。

まず、「面白くない本」のRSは低くなります。ただし、何をもって「面白い」かを決めるのは完全に読者依存なので、どうこうしようはありません。

さらに「閉じた本」は、RSがさほど上がりません。表現を変えれば、袋小路に入っている本。その本を読んでも、なんら知的好奇心が刺激されない。興味・関心のアンテナが広がらない。せいぜいが、同じ著者の続編を待つぐらい。そういう本のRSは低くなりそうです。

さいごに

売り上げを作るというのは、たいへん重要なことではありますが、RSを高める要因を無視してしまうと、短期的に売り上げは作れても、「本を読む人」がどんどん少なくなっていく可能性があります。結果的に、業界全体が栄養失調な状態に陥ってしまうでしょう。

そんな状況で、

「最近の人は本を読まない」

と嘆いたとしても、周りからハハハと笑われるだけです。

「本」というものが唯一の娯楽、唯一の情報源であった時代では、とっくの昔に終わりを告げている中で、変えてはいけないものと、変わらなければいけないものを適切に見定める必要があるのでしょう。

2件のコメント

  1. 最近は電子書籍のようにどこでも読書ができる環境なのに
    読書をする人が減っていますね。
    活字離れといいますか、長い文章を読むのが面倒になっている人が多くなっているんでしょうね。

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