2-社会情報論

cakesについて、ぼんやりと

以下の記事を読んだら、なんだかステキだなぁ〜と思って、cakesについて書きたくなりました。

【 第0回】1周年記念インタビューの依頼をしてみたら!(cakes)

cakes代表である加藤さんが、糸井重里さんに宛てた手紙から少し引用。

一言で言うと、電車の中がスマートフォンを見ている
ひとばかりになってきたからです。
出版の未来、クリエイティブの未来を危惧してということもありますが、
作り手として、こんなに伸びてる場所で、こんなにみんなが使ってる場所で
やらないわけにはいかないという思いがいちばん強いです。

ほんとに、そう思います。

二つのメディア

片方には「本」があり、それは良い意味でも悪い意味でも、昔ながらの形を保っています。優良な文化であることが、変化を拒む要因にもなっているのです。

もう片方には「Web」があり、それは「本」とは違った方向を目指して走り続けています。それは、誰にも止められません。

「本」(およびそれにまつわる行為)は、すばらしいものですが、この媒体がリーチできない人々が出てきました。本は、安価なメディアとしてその存在感を示していましたが、より安価な、より手軽なメディアが登場したのです。

ここで「本を読まない奴はバカだ」なんて言いながら、変化を拒むことに意味はありません。読まれなければ、メディアとして機能しなくなるのは自明のことです。新しいメディアが、新しい層にリーチしているならば、そのことを前提に何かを考える必要があるでしょう。

その場所の心地よさ

しかし、その新しいメディアは、残念ながらクリエーターにとって心地よい場所とは言えないかもしれません。特にここ最近は顕著です。

・炎上させてアクセス数を稼ぐ
・デマぎみでもいいからともかく早くアップする
・クリックされやすい場所に広告画像を置く
・買ってもらいやすいように過激に宣伝する

作り手と受け手の信頼関係はどこにいったのでしょうか。受け手から返ってくるフィードバックで、作り手が得られる満足感はどこにいったのでしょうか。

結局、価値の評価基準と収益構造の話なのです。「だって、その方が儲かるじゃん」という話なのです。

「テストで100点取ったら、好きなもの買ってあげる」

これだったら、毎日にコツコツ勉強するのも、事前に一夜漬けするのも、__カンペを持ち込むのも__どれも同じことになります。とうぜん、「効率の悪い」ものは淘汰されていくでしょう。

そういえば

cakesの話をするのでした。

出版という仕事を、コンテンツと、作り手と、読み手の関係性をマネジメントするビジネスだ、と捉えれば、その活動内容は「本」という媒体に限定されるものではなくなるでしょう。

cakesのポイントは、豊富なコンテンツが有料で読める、ということです。

自分のwebブラウザの閲覧履歴を振り返って、「これ有料だったら読むかな」とチェックしてみると、大半が、まあ読まない、という結論になりました。2chのまとめとかまず見ないでしょうし、炎上している記事をちらっとのぞきに行くこともしないと思います。お金を払ってまでは読みたくない。

逆に言えば、無料だから読んでいる記事が大半です。あってもなくても困らないけど、なんとなく興味をひかれて、あるいは暇つぶしに。そういうアクセスを間接的に収益に変換するのがネット(というかブログ)の現状です。

別段それが悪いと言いたいわけではありません。このブログだって広告を載せています。ただ、そういう構図から抜け出たら、記事の書き方も・質も・方向性もきっとこれまでとは違ったものが生まれてくるのではないか、という話です。

しかし、クリエーターが一人でそれを行うのは簡単ではありません。仮に私が「一週間に一本、厳選した記事を書きますから、お金払って下さい!」と個人メディアを始めても、きっとションボリするような人数しか集まらないでしょう。単独で十分な数を集められる人など、そうとうに限られているものです。

そこでプラットフォームの出番です。

さいごに

現状をみるかぎり、cakesの仕組みはうまくできているように感じます。その辺りは、一年前の記事にも書きました。

お金を払ってでも読みたいコンテンツと、コンテンツを書くからお金を払ってもらいたい人と、お金を払ってでも読みたい人。これまでそれをつなぐのは「本」というメディアでした。
※メルマガは、いろいろあるので除きましょう。

いま、情報の収集および消費がネットメディアに移っている中で、「つなぐ」ものもまた変化していくのでしょう。

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