4-僕らの生存戦略

じぶんがたり

好きなブログについて(Word Piece)

たいへん嬉しい記事です。

コメント返し的に、ちょこっと書いてみます。

ホームグラウンドについて

もちろん倉下さんはプロの物書きだけど、ホームグラウンドはやっぱりブログR-styleなんじゃないかと思う。

ご指摘の通りです。

「R-styleはプロの物書きがやっているブログ」ではなく、「R-styleというブログをやっているブロガーが物書きになった」、というのが私の中でしっくりくる状況記述です。

つながる場であったり、探求する場であったり、研究する場であったりと、いくつもの役割を持ってはいますが、ホームグラウンドであることは間違いありません。

だからこそ、(他のブログではやっていても)R-styleではやりたくないことっていろいろあります。

視線について

なんといっても、その内容の広さと深さに脱帽します。豊富な読書量と、仕事を通じて若いうちから様々な経験をしてきたであろうことが感じられます。

 (・ω<) てへぺろ

にもかかわらず、文章にそういう人にありがちなクセがぜんぜんない。メジャーなブロガーさんの中には、そのクセ(もっと悪い言い方をすると傲慢さ)がつらくて正直読めないものもあるんだけど、そういうところがみじんも感じられない。

自分の心を透かしてみると、やっぱり傲慢な部分はあると思うのですが、少なくともその自覚がある分、フィルターをかけられる余地があるのかもしれません。

あと、威張れるようなものを持っていないというのが一つのポイントです。威張りようがありませんからね。

スタイルについて

それはプロの物書きにとっては、決して簡単なことじゃないと思うんですよね。だって時間とエネルギーがあるなら、ページビューや売り上げに直結する内容に使った方が収入につながるわけだから。

そりゃそうですよね。そういう文脈において「馬鹿なこと」をやっているな、と自分でも思います。

でも、__若干恥ずかしいですが__そういうやり方を押し通そうとしていることに、矜持みたいなものも感じています。

私たちは、「伝」の流れの中に生きています。遺伝、伝承、伝達、伝染・・・、

AからBへのパス。

私たちひとりひとりは、独立した生命体ではありますが、別の側面からみれば仲介者や中継者でしかないとも言えます。

ある瞬間までは、私たちは受け取ることしかできません。いってしまえばガキです。そして、大人になるにつれ、少しずつ誰かに渡せるようになってきます。

そのとき大切なのは、自分が受けとった「良いもの」を、できるだけ次にパスしていくことではないでしょうか。そして、自分が受けとってしまった「悪いもの」を、できるだけフィルターしていくことではないでしょうか。

そんな風に考えています。

さいごに

自分が影響を受けてきた本やブログを思い返してみると、「こういう風にしたい」「これはやっちゃいけない」という価値観がほんのりと浮かび上がってきます。

たとえ。

たとえその道が、茨の道であっても、バカでグズで愚かと罵られようとも、その道を外れてしまうことは、何か__たぶん、それはなくすと取り返しがつかなくなるもの__を、欠損してしまうような気がします。

ほんの少し昔ならば、それは孤独な旅路だったのでしょう。でも、現代では違います。

1件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です